禁断箱の中から出てきた“男”を、その場にいた警備員約100名と黒子や雷夢で包囲する。“男”に怪我を負わせ、治癒の力を使わせることで消耗させてはいるものの、黒子や雷夢達の戦力も明らかに目減りしていた。
「あれだけいたのに随分寂しくなったね」
男は地面に倒れている90人以上の警備員と立っている10人強を眺めて呟く。
「始めの方は途方もない数と思っていたけど、渦中は夢中で、気づけばゴールまであと少し」
男の構える様子に淀みはない。今までの消耗はほとんどなさそうに見える。
「おかしい……」
「何がおかしいの?」
黒子の呟きを律儀に拾う男。
「あれだけの傷を治癒したのなら相当量のエネルギーを消費したはず。すでに倒れていてもおかしくないのに……」
「まぁ、僕の
「いや、そうじゃない! 治癒には体内のカロリー消費が
「……んー」
黒子の発言に、男は斜め上を見上げる。彼が思考する時の癖。
それを隙と捉えた警備員が数人飛び掛かるが、足並みのそろっていない彼らは、あっという間に制圧された。
「多分、誤解がある。治癒の
「……そんな、はず…」
男の独白に黒子は驚愕する。
「
男の独白に証拠はない。全てが嘘かもしれない。
しかし、黒子には真実だと分かる。
「……さっきから何か変な
もっと早くにやるべきだったかもね。それか、さっきまでの戦闘がカオスすぎて出来なかったとか」
黒子が奥義、“
――しかし、
まだ勝機はある。自然と黒子の表情は緩む。
「……まぁ、そういう表情するって事は
男はため息を吐く。
「とはいえ、勝てるかもしれない希望を砕くのも愉悦の王道か」
ぼやきと共に男の姿が黒子の視界から消える。
瞬間移動。目の前で起きた現象に心当たりがある黒子。体を捻り、背後から伸びてきた手を掴んだ。
「後ろにも目がついてる?」
男の疑問も
男の手を取った黒子は刀を手放し、立ち関節技を男にかける。手首、肘、肩をロックされかける男だが、元々立ち関節技は対処さえ知っていれば早々極まるような技では無い。男は前方にたたらを踏んで逃れる。
黒子は男が前に逃れようとした瞬間、男の腕を引き寄せ男の動きを回転運動に変えた。そのまま右腕で渾身の掌底を叩き込む。
たたらを踏む男の真っ向からぶつけた一撃。しかし、皮膚を硬化させた男へのダメージはほとんどない。彼女の本領はやはり刀の間合い。
黒子が掌底を繰り出す間に、男は黒子の喉に手をかけていた。そのまま指で首の動脈を絞める。僅かに遅れて黒子も男の喉に手をかけ、同じく首の動脈を絞めた。
しかし、男は頸動脈に硬化点を集中させる事で、血管の硬化を成功させる。不死の
脳への血流を一時断たれた黒子はすぐに気絶。ぐったりと脱力した。
「はぁ…」
1人仕留め、息を吐き出す男。しかし落ち着く暇は無い。黒子の手が男の首から離れた瞬間、接近していた雷夢の手が男の首へと迫る。
再び頸動脈を絞められるのかと思い血管を硬化する男だが、雷夢の手は男の気道へと伸びる。判断を間違えた男、硬化場所を切り替える暇も無く、雷夢の手によって肺への酸素供給を断たれた。
男も瞬時に喉絞めを雷夢に返した。お互いに片手を
気道を絞められる男、動脈を絞められる雷夢。気絶、致死までの道のりは雷夢の方が短い。しかし雷夢は無勁を常に発動し、男の手を
しかし、味方の数は雷夢が有利。残っている数人の警備員が一斉に男へと飛び掛かった。
地面に倒され、踏みつけられる。だが、男が雷夢の首から手を離すことは無い。
脳への血流を絞られた雷夢。視界が明滅し、瞳の焦点がブレている。しかし、彼女も男の喉から手を離すことは無い。
男の唇、爪が紫に変色していく。典型的な
――雷夢の瞳が明後日の方向を向く。先に意識が途切れたのは雷夢の方だった。
男は
だが、雷夢の手は動かない。完全に意識は途切れているはずなのに、手に万力の力を込めたまま動かない。
男は雷夢の首から手を離し、自分を踏みつけんとする警備員の足を掴んだ。そのまま足を引いて警備員を転ばせる。直後、男の意識が酸欠で途切れた。
二人の意識が途切れた後も、雷夢の首絞めは続く。必死の殺意が意志のないはずの体を動かし続ける。気絶後の重なる気道圧迫に、男の体は脳死まで追い込まれた。
直後、男の不死の素能“
死ぬ10秒前。つまり
蘇生して、気絶までの僅かな時間でまた警備員を倒す。そうしてようやく男の前で意識を保っている人間はいなくなった。男は地面に転がっている黒子の刀に手を伸ばす。
刀まであと僅かという所で男は再び意識を失う。死亡、蘇生。次の命で、ようやく刀を手にした。
刃物を手に入れた男は雷夢の腕に刀を突き立て、
「――~~カハァッ! ハァッ! ハァッ…!」
ようやく首が自由になった男は、久しぶりの酸素を肺一杯に吸い込む。紫だった顔が朱色を取り戻す頃に、男は立ち上がった。
「……最悪。こいつらの反応も楽しめなかったし、骨折り損のくたびれ儲けだ」
男は改めて自分の状態を確認する。
「そういえば借りたこの刀。流石に科学技術が進んで出来た、ってわけではなさそう。それなら複数人が持っているはず」
男は黒子の方へと歩み寄り、彼女の顔に触れる。
「硬化はもういらない」
5秒。黒子の
「能力は後で試そう」
独り言の多い男は、黒子の頭に手をかける。そのまま
「多分…敵ッ!」
突如として現れた人間に蹴り飛ばされた。地面を転がり、数メートル先で体勢を立て直す。顔を上げれば、小柄の人間が1人と猫が1匹。
♢
しかし、電話からは聞きなれない男の声が聞こえ、次いで電話が途絶えた。恐らく封印されていた人物が抜け出し、戦闘になったのだろうと予測。柄鎖の兄は後詰めを動かす判断を下し、動ける狼牙は何が出来るかは分からなかったが、単身援軍に向かった。
とはいえ、施設までの道のりは遠い。本気で走っても30分以上かかる。向こうで勝つにしろ、負けるにしろ、恐らく間に合わない距離。何の意味があるのだろうと思いつつも走る狼牙。
急に猫が現れたのは、一つ山を越えた時だった。見覚えのある姿に足を止める狼牙。雷夢が飼い始めた猫。
猫の方も狼牙を覚えているのか、彼の肩に飛び乗る。
「お前、どこから……。いや、今はお前とじゃれてる場合じゃ…」
狼牙が猫を肩から降ろそうとしたその時。自分の体に
「にゃあ」
猫が一鳴き、狼牙の首筋を甘噛みする。しかし、抵抗する獲物を抑え込むような攻撃性は一切ない。
「……分かった、好きにしろ。悪いようにはならないんだよな?」
狼牙は不安を覚えながらも力を抜く。瞬間、景色が変わった。
畑が永遠と広がる風景から、死屍累々(ししるいるい)の風景に。足元には倒れた雷夢。他にも大勢が倒れている中、一人の男が黒子の首に手をかけていた。
「多分…敵ッ!」
狼牙は跳躍し、男を蹴り飛ばす。顔を狙ったが、寸での所で腕の防御を間に合わされた。男は離れた所で体勢を立て直している。
「急に新手。……その猫、復活早々見たような…」
狼牙の肩に乗っていた猫は地面へと降り、雷夢の方へ寄っていく。倒れている彼女の顔を舌で舐め始めた。
「主人が心配で助っ人を連れてきたのかな。一段落ついたら僕も飼ってみようか…。
とにかく、面白そうなのが来てくれた」
男は戦闘態勢に入る。狼牙も同じく。
「伝えておくけど、僕は今かなり弱ってる。普通に戦う分には問題無いけど、蘇生も出来ないし、治癒の力も使えない。致命傷を受けたら終わりだ」
「……」
手の内をぺらぺらと喋る男。その意図が読めず、警戒心を増す狼牙。
「信じるかどうかはそっち次第だけど、嘘は言ってないよ。ただ、こう言っておいた方が君も頑張ってくれると思うし、なにより僕が勝った時に弱っている相手を仕留めきれなかったっていう絶望が増すと思っただけ。君は良く怯えてくれそうだしね」
男の視線の先には、震えている狼牙の手が。
「安心してほしい。瞬間移動の
「……仮に、俺を殺した後はどうするんだ」
「この後? 生きてたらとりあえずお風呂かな。その後は……二回目の封印はごめんだし、元凶を探して始末しに行こうかな。昔にも相手の
廃病院でフシみんを相手にした時とはまるで違う。相手は明らかに自分を殺しに来ている。地面に寝転がっている奴らを全員倒したに違いない腕前を持った奴がだ。
狼牙は恐怖に震える。だが、臆病な彼が勇気をもって立ち向かえる理由を提示された。柄鎖の顔を思い浮かべ、震える手を握りこんだ。
男と狼牙、対峙していたのは数秒。狼牙の方から先に仕掛ける。雷夢から模倣した密着距離での戦闘を仕掛けようと踏み込むが、リーチで
「さっき見たのに似てる。そこで転がってるやつの弟子か、師匠か」
狼牙はもう一度踏み込む。再び蹴りで迎撃する男。しかし、狼牙は男の蹴りを避けない、防がない。脇腹に直撃するが、蹴られた方向に加重して耐える。
ダメージはほとんどなかった。
いつ死んでもおかしくない極限状態に放り込まれながらも、勇気をもって立ち向かっている現状は狼牙の脳を最大限に活動させる。結果、制御の難しい
“死に臨みて応戦しろ”
狼牙の父親が言葉で残した狼牙の最大の武器。それが今、遺憾なく発揮されている。
蹴りを
しかし構えから繰り出す関係上、出が遅いそれをギリギリの所で男は躱した。反撃に一本拳の一点集中の突きを繰り出すが、体の内部まで硬化させる狼牙に効果は薄い。
近い距離まで接近している両者。狼牙は自分の腹に当てられた男の腕を掴み、“
そのまま半分関節技をかけたような状態で、上から拳を振り下ろす。変則的だが、これも正拳突き。確実に殺してやる、と自分の持つ最強の技を繰り出した。
上からの振り下ろし、それも背中側からの攻撃。男は身を膝をついた状態から更に身をかがめ、狼牙を背負い投げるまではいかなくとも、僅かに前のめりにさせた。
狼牙の拳は男を行き過ぎ、地面を砕く。地面に着いた手で地面スレスレを鋭く跳躍し、二人とも様子見の距離に戻った。
先ほどの攻防で、お互いの技量の高さはお互いに知る所に。狼牙は、何か怯ませてからでないと正拳を当てられないと悟り、右腕に“