現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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 前回までのあらすじ
 禁断箱から出てきた男の手によって、100余名の警備員と雷夢、黒子達が地に伏せた。しかし、その代わりに男の異能をほとんど使い切らせる。そんな折、ただ一人、狼牙だけが男の前に転移してきた。
 数度の攻防で、お互いの技量の高さはお互いに知る所に。狼牙は男を怯ませてからでないと正拳を当てられないと悟り、右腕に“一具弓掛(いちぐゆがけ)”を溜め始めた。



49話 異臓厚壁症

 狼牙は右腕に“一具弓掛(いちぐゆがけ)”を溜めながら考える。目の前の男がどんな技を持っているかは分からないが、体内まで硬化する金剛不壊(こんごうふえ)を扱える今、そうそう致命傷を負う事は無い、と。男の懐に潜り込むため、体重を前にかけた。

 

 一方で男も考える。高硬度の硬化能力、あれを突き破るには点の攻撃、一本拳しか無い、と。握った拳の中指を浮かせた。

 

 仕掛けたのは狼牙。5mの距離を二歩で詰める。しかし、男は今までの攻防と変わらない狼牙の前のめりの構えを見て、至近距離での戦闘に持ち込みたいと看破。

 一本拳に構える右腕はそのままに、左腕を前に伸ばして狼牙を近づけさせない。無理に近付こうとすれば、髪の毛を掴まえられ、一本拳が飛んでくることは明らかだ。

 

 狼牙と男の身長差は20cm。リーチ差にして約10cm。たったそれだけの差を狼牙は攻略しかねていた。

 男が前に突き出している左腕を無暗に払おうとすれば、逆に腕を捕まえられ、そのまま展開を握られかねない。狼牙は左腕を突き出し、左腕同士での(はた)き合いに発展する。

 手を伸ばす、引く、指だけを動かしてフェイント、足さばきで距離を詰める、空ける。

 傍から見れば、じゃれ合いにも見えるやり取り。しかし、その(じつ)は高度な牽制合戦。それは2分も続いた。異能者にとっては気の長くなるような時間。

 

 長い間膠着状態が続くと、余計な考えがよぎるもの。元々臆病な狼牙は、“このまま時間稼ぎをすれば、援軍が来るまで持ちこたえられるのでは”、そう考えてしまう。

 真剣勝負の最中には余りに不純な邪推。結果、狼牙は左手の甲を男に掴まれていた。

 

 腕を引っ張られ、体勢を崩しながらも柳雪折無(りゅうせつむ)で男に働きかけようとする。しかし、柳雪折無(りゅうせつむ)を発動する頃には、すでに手は離れていた。

 狼牙の横面を一本拳が叩く。金剛不壊(こんごうふえ)を発動してもなお、ダメージを与える一撃。当たったのは乳様突起――耳の後ろの出っ張った骨の部分。

 

 三半規管に近い急所を突かれ、一時的な眩暈(めまい)や吐き気に襲われる狼牙。

 丁度、蹴りの間合いまで離れた二人の距離。男は容赦なく上段前蹴りを放ってくる。不調に見舞われる狼牙は、金剛不壊(こんごうふえ)こそ発動出来なかったものの、顎を引き、急所だらけの顔の中では一番マシな額で攻撃を受けた。

 

 そうして仕切り直しの距離に。男は変わらず左手を前に出し続けている。一方で狼牙は体を沈め、四つん這いに構えた。

 

 安全を追ってどのように死闘を制そうと言うのか。素能(エレメント)狼化(ヴォルフ)”を発動させ、体を四足歩行に適した骨格に変化。四つん這いに構え、突進以外を捨てる。

 

 狙いはあからさま。男は避けやすいよう半身に構えた。

 

 2人は僅かな間、動かない。

 

「にゃあ」

 

 雷夢の猫の声がキッカケ。瞬く間に事は終わっていた。

 男の遥か後方で狼牙が転がりこけている。

 

 ――避けられた、通用しない。技だけでなく素能(エレメント)を併用した力づくの突進も。

 

 ジワリと冷や汗がにじみ出る。まだ自分の技を全て試したわけでも無いが、漫然と何をしても通用しないイメージだけが頭に浮かぶ。

 

 狼牙は体勢を立て直すが、構えが定まっていない。今までに模倣してきたどんな構え、技を使えば良いのか分からない。

 

 狼牙が最悪の想像に到達するのは遅くなかった。汗の代わりに涙が滲み初める。そんな折だった。

 

「にゃあ」

 

 また猫の泣き声。いつの間にか狼牙の近くに雷夢の飼っている猫がいる。

 

「……獣、か」

 

 狼牙の構えが定まる。

 腰を落とし、右腕を上に、左腕を下に。腕でトラの口、指でトラの牙を模した虎口拳(ここうけん)。中国拳法に伝わる動物を模した象形拳(しょうけいけん)の一種。模倣を得意とする彼も昔に学んでいた。

 狼牙の構えが変わる。龍拳(りゅうけん)鶏拳(けいけん)蛇拳(へびけん)……。今までに学んだ象形拳(しょうけいけん)の構えを次々と。

 

「どうして今まで思いつかなかったんだ」

 

 象形拳(しょうけいけん)とは動物を真似、野生の力を借りる拳。しかし人間と動物ではどうしても骨格が違う。結局ただのモノマネだ。真の模倣とは及ぶべくもない。

 だが、狼牙は素能(エレメント)で骨格を変化させられる。蛇とまではいかないが。虎、犬ほどになら。

 

 狼牙の構えが決定する。先ほどと同じく四つん這い。その姿は、隣に居る猫とそっくり。

 

 同じ猫科でも虎ではなく、猫を選んだ。その理由は、狼牙が猫カフェに行った時に感じた猫の動きの読めなさ。

 今、狼牙は右腕に一具弓掛(いちぐゆがけ)を溜めており、近づいてそれを叩きこむことが第一の目標。なによりも、相手の牽制をかいくぐって近寄る事が先決なのだ。

 そのために、気分屋で予測不能なイエネコの動きを模倣しようと決意した。その構えに名付けるなら家猫拳(かびょうけん)

 

「……狼牙なのに猫か」

 

 冗談を呟いたのは、構えが決まったことによる僅かな心の余裕の現れか。とはいえ“自分の技が通用しないのなら、いっそ新しい型を“、という考えは危険だ。いくら模倣が得意とはいえ、ぶっつけ本番の技が通用するのか。

 

 一方で、男は狼牙の構えを見て困惑していた。戦闘経験豊富な彼とはいえ、流石に四足歩行と手合わせした経験は無い。ひとまず対応力の高いオーソドックスな構えで待ち受ける。

 

 狼牙はゆっくりと距離を詰める。まるで手のひらに肉球がついているかのように音がしない。

 彼我(ひが)の距離が10m程に縮まった。そこで唐突にそっぽを向く狼牙。死闘の最中に相手から目を離す。自殺行為にも思える暴挙。しかし、男は対処に困る。

 視線は外しているが、狼牙の注意は確実に男に向いている。どれほど小さな音、空気の乱れすら見逃さないだろう。わざと隙を見せて仕掛けさせようというのか。

 男が逡巡する間にも、距離は縮まる。残り5m。

 

 そこで狼牙は再び男の方を向く。その顔にはびっしりと汗。命懸けのよそ見。精神を大きくすり減らした代価として、男に迷いを植え付けた。

 

 不意に狼牙が寝転がる。文字通り、地面に寝転がった。相手に無防備な腹を見せて。

 明らかな隙だが、男は動かない。いや、“何かあるのでは“と動けない。彼我の距離は3m。1歩踏み込めば届く間合い。

 

 男は混乱を消すために決断する。次に隙があれば必ず行く、と。

 狼牙は死の(ふち)で予感する。次に来る、と。

 

 狼牙が再び寝返りを打つ。仰向けから四つん這いに戻ろうとした瞬間、男は踏み込んだ。狼牙は男の動きを察知する前に決め打ち。地面に手を突き、足払い。

 男の踏み足に直撃。しかし踏み込みの足。体重と勢いが乗った重い足。

 その足が崩れた。

 

 狼牙の素能(エレメント)は骨格を変えるだけではない。身体能力向上の副機能も備わっている。たった一回、それも確実な当てのない決め打ちのために、狼牙は全力で身体能力強化を発動した。

 

 男は膝を付き、狼牙は足払いから流れるように膝立ちへと移行。そして右手の一具弓掛(いちぐゆがけ)を掌底と共に男の顔へ解き放つ。

 

 もちろん男は腕で防御。しかし、防御の上からでも男は一瞬気を失う。それだけの威力が一具弓掛(いちぐゆがけ)には内包されている。

 

 そうしてできた隙。狼牙が男の胸に正拳突きを叩きこむには十分な時間だ。

 

 

 

 男の体は数十メートル向こうへ吹き飛んでいた。金剛不壊(こんごうふえ)で硬化した人間ですら、瀕死に追い込む狼牙の正拳。生身で受けた男が無事で済むはずはない。

 

 狼牙は確実な手ごたえの余韻に浸りながら、大きく息を吐いた。決着。

 いや、彼の持つ知識の限りではまだ決着は先のはず。男は不死の素能(エレメント)を持っているのだから。緊張と弛緩の余りの落差に忘れてしまっている。

 とはいえ、事実として男に(よみがえ)るだけの異能(キュリア)は残されていない。致命傷を治すだけの異能(キュリア)も同様。狼牙が力を抜いても問題は無い。

 

 

 

 はずだった。

 

「……正直、負けたと思ったんだけどね」

 

 男はゆっくりと体を起こす。その姿を見て、狼牙は激しく動揺する。

 

「本当は生き返るだけの異能(キュリア)は残ってなかった。いや、本当に。寝転がってる皆に削られてさ。君の勝ちだったんだ」

 

 男自身も驚いている。彼にとっても予想外の事態。

 

「君の攻撃で僕は死んだ。ほぼ即死だったよ。肋骨が折れて、心臓に突き刺さった。

 ……とはいえ、心臓の隣にある異臓にも刺さったんだ」

 

 男は自分の胸を指差す。

 

「そこから異能(キュリア)が漏れて来てさ、それで僕は復活出来た。ずっと胸のあたりが詰まった感覚が続いて、病気かなと思ってたんだ。異能(キュリア)が溜まって苦しかったわけだ。

 未来にならこの病気の治療法も確立されてるかと思って、あのでっかい箱に仮死状態で引きこもったんだけど、封印されちゃってね……あぁ、今この話はどうでも良いか」

 

 淡々と語る男とは対照的に、狼牙の目には涙が浮かんでいる。

 

「とにかく、骨が折れて異能(キュリア)が溜まった異臓に刺さって偶然復活できただけだ。

 蘇生時に傷は全部治るから異能(キュリア)の漏れは僅か。しかも蘇生に使ったからあんまり残ってないんだけど……君は僕以上に残っていないのかな」

 

 男は狼牙の弱弱しい所作から判断する。彼の見立て通り、狼牙の残り異能(キュリア)は上限の5分の1にまで落ち込んでいる。

 元々、彼の異能(キュリア)量は多くない。突進と足払い、二度の身体能力強化と骨格の変化によって、消耗し切っていた。

 

「勝ったと思っていた所悪いけど、もう1ラウンド付き合ってもらうよ。

 ここで僕が勝った方が君の絶望も大きくなりそうだし、張り切ろうか」

 

 男が再び構える。

 一方で狼牙は自分の腹に手を置き、服ごと握りしめる。その表情はまさに苦渋。しかし、すぐに腹を()えた目で、自分の服を捲った。

 シャツの下には腹巻。腹巻の下には大型の針が収納されている。禁断箱(パンドラボックス)を襲撃する作戦を立てる時、黒子に貰っていた針だ。

 

 それを引き抜き、間髪入れず自分の胸に突き立てる。黒子の素能(エレメント)逆夢(マニフェス)で作り出した針。それは異能者(シンギュラリティ)の体を貫ける強度を持っている。

 

 針は狼牙の体に深々と突き刺さり、肋骨をすり抜け、適切な角度で異臓に刺さる。異臓厚壁症の狼牙だ、針を抜けば今までに蓄えられていた異能(キュリア)が漏れる。痛みと怪我と引き換えに、戦うための異能(キュリア)を獲得できる。

 

 はずだった。

 

 現実には狼牙の手に針は無く、力強く胸を叩いただけ。

 

「な、んで……」

 

「本当、運が良いな今日は。それに勘も働く」

 

 愕然(がくぜん)とする狼牙。一方で男は腕を前に突き出し、拳を握りこんでいた。

 

「君が持っていた針。多分そっちで寝ている女の子の素能(エレメント)で作った物かな、って思ったんだ。女の子は刀を作っていたみたいだし。同時に、君も僕と同じ病気なのかな、って。針で自傷して異能(キュリア)を補給しようって魂胆」

 

 男が無表情で、しかし調子の良い口調で語り続ける。

 

「だから、さっき女の子から奪った素能(エレメント)を使ってみたんだ。そしたら針を消せてね。流石に素能(キュリア)を回復されたら厳しかった。これでまだ五分五分。そして……」

 

 男は黒子から奪った素能(エレメント)を発動し、手の中に針を作り出す。それは不格好だったが、人を刺すには十分。

 

 狼牙は男が何をするのかを察し、急いで距離を詰める。しかし、遅かった。

 男はさっきの狼牙と同様に、自分の胸に針を突き立てた。異臓に穴が開く。針を抜けば、血と一緒に(まばゆ)い光が。

 高濃度に圧縮された異能(キュリア)。同時に狼牙が制空権まで接近するが、次の瞬間には蹴り飛ばされていた。

 

「これで僕の圧倒的有利」

 

 針を抜いた傍から、男の怪我は素能(エレメント)で治癒されていく。残ったのは異能(キュリア)の貯金を大量に引き出した利益のみ。

 男は全盛の勢いを取り戻し、蹴り飛ばした狼牙に一瞬で肉薄する。異能(キュリア)の欠如で身体能力を満足に行えない彼は抵抗を許されず、そのまま首を掴まれて宙に浮かされた。金剛不壊(こんごうふえ)のおかげで動脈や気管こそ締まってないものの、為す術がない。

 

 男は自分の元まで狼牙を引き寄せ、まじまじと表情を観察する。絶望的な状況に追い込まれた彼の表情を見て、男は思わず口角を引き上げる。

 

「こういうのを楽しみたかったのに。今日は随分と遠回りしたな」

 

 体を引き寄せられ、手を伸ばせば相手の体に届く距離。狼牙は男の目に指を入れる。

 

「いっ…たた。目は困るな、君を見れなくなる」

 

 男は逆夢(マニフェス)で不格好なナイフを作り出す。それを軽く投げ、宙に遊ばせている間に、一本拳で狼牙の胸を突く。

 

「ぐ…ッ!」

 

 そして、空中のナイフを掴み、狼牙の両腕に突き刺した。

 

「な“ッ! んで……?」

 

 腱を切断され、だらりと垂れ下がる両腕。一方で男の目は再生し終わっている。

 

「異臓を打った。ショックで異臓がびっくりして、少しの間異能(キュリア)が使えなくなる」

 

 一時的に金剛不壊(こんごうふえ)が解除された事で、男の指が狼牙の喉に埋まる。

 

「ぁ“……っ”……!」

 

 体に酸素が供給されず、消費するばかり。分かりやすく死が近付いている感覚に、狼牙の気が()れていく。

 紫に染まる顔色、瞳から流れる大粒の涙、眉間に寄った苦悶の皺を男が楽しみながら呟く。

 

「こういうのは終わり際が大切なんだ。だらだらと引き伸ばしても反応が単調になる。

 ……それに、君みたいな目をした奴はトドメを刺さないと面倒な事になるんだよね。昔にもいたよ、死に近付くほど潜在能力を発揮する人種は」

 

 男が右腕を振りかぶるのと、狼牙の首を掴んでいる男の手が滑るのは同時。

 僅かな時間、自由になる狼牙の体。それは男の右腕に破壊されて終わった。

 

 男は滑った手を見る。

 

「……油? いや、涙か。

 すごいな、涙をこんなに滑りやすく。体を硬化させたり、力の流れを変えたり、あれもこれも異能(エレメント)じゃなくて奥義かな。100年で随分と技術が進化したものだね」

 

 呟きながら、男は倒れた狼牙の方へ歩み寄る。すでに瞳孔は開き切っており、対光反射が無い。

 

「折れた骨が心臓に刺さったかな。意図せずしてお返しになったわけだ。本当は腹を打つつもりだったけど、滑って体が落下したせいで打点が上にズレた。

 彼も僕と同じ病気だったみたいだし、異臓に刺されば第3ラウンドもあり得たのかな。……まぁ、生き返れればの話だけど」

 

 男は立ち上がり、大きく伸びをする。

 

「さ、お風呂を探そうっと」

 

 汚れた体に辟易(へきえき)しながら、戦場に背を向けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

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