狼牙が柄鎖の元で修行をした翌日。
健康診断のせいで、早朝からバリウムやら発泡剤やら内視鏡やらを飲み込ませられた彼はすこぶる体調が悪い。しかし、学校をサボるわけにもいかず、ムカムカする胃を抱えたまま授業を受けていた。
キーンコーンカーンコーン
学校の終わりを告げる6限のチャイム。アブノーマルな異能者達が集まる学園といえどチャイムはノーマルな仕様。
「狼牙くん♪」
退屈な授業を終え、やっと稽古に励めると考えた瞬間、狼牙に抱き着いて耳元で囁いてくる女生徒が。
「なんの用だ、フシみん」
「今日は驚かないのですね」
「お前の匂いは覚えた。近付けば分かる」
彼は耳だけでなく、鼻も良い。
「じゃあ今度からは風下から近寄る様にします」
「脅かさないって選択肢は無いのか?」
「一緒に遊びに行かないのです? お菓子貰えるのですよ」
会話のキャッチボールが成り立たないフシみんに、閉口しかけるロウガだが、何とか持ち直す。
「行かない」
「そんな事言わずに。有名な御三家の子女たちが集まる華やかな会なのです。きっと楽しめるのですよ」
「……御三家、か」
「あ、興味出てきたのです? お菓子貰えるので、是非行くのですよ」
「どれだけお菓子推しなんだお前は……まぁ行くけど。案内しろ」
(御三家は異能者の名門の中でもトップスリー。その子女であれば、当然学園の中でも最高峰のはず。最強を目指すならそいつらの面を拝んでおいた方が良いだろう)
「分かったのです。じゃあ一緒に行くのです」
狼牙の了承を得たフシみんは狼牙の背中も絡みついたまま、彼を推すようにして廊下を歩く。
「というか御三家の御貴族様の会にお前や俺が入っていいのか?」
「んー…多分大丈夫です。
「お前の“優しい”の基準、誘拐される子供と同レベルだぞ」
雑談をしながら歩く事数分、小さな会議室に到着。大層な奴らが集まる部屋にしては、随分とこじんまりしている。狼牙は少し、肩透かしを食らった。
「失礼するのです」
「邪魔するぞ」
フシみんがノックもせずに扉を開けたので、狼牙もそれに倣って入室する。すると5つの瞳が二人を射抜いた。
二つは柄鎖のもの。驚いたような呆れたような瞳。
もう二つは黒髪の女生徒のもの。人を値踏みするようなねっとりとした瞳。
後一つは狼牙より小さい女生徒のもの。侵入してきた二人の事などどうでも良いと思っていそうな無機質な瞳。
「
「まぁまぁ柄鎖君。せっかく来てくれたんだ、少しぐらいは良いじゃあないか。別に聞かれて困るような事を話しているわけでもあるまい。それとも柄鎖君は二人のお客をもてなしする心の余裕すら無いのかな?」
柄鎖に待ったをかけたのは黒髪の女生徒。身長は160cm程。黒髪は背中のあたりまで伸ばしている。顔つきは美人系で、服装は全身真っ黒。黒い制服に黒タイツ。今は被っていないが、学帽すら黒。そして常に微笑を浮べており、何を考えているか分からない不気味さがあった。
ともかく、黒髪の女生徒に反論された柄鎖はため息をつき、
「…好きになさって」
それだけ言い放った。
「
黒髪の女生徒は小さい女生徒に目線をやる。
「…」
彼女は喋らず、ただ目を閉じた。
「沈黙は肯定と受け取るよ。…と言う事で、改めて二人を迎えよう。何もない部屋だがようこそ、空いている席へ座ると良い」
「私は黒子ちゃんの隣に座るのです」
フシみんは黒髪の女生徒の隣に座り、机に置いてある個別包装のお菓子に手を伸ばす。狼牙は柄鎖の隣に座った。
「…どうしてここに?」
柄鎖が狼牙に小声で耳打ちする。
「フシみんに連れられて。御三家の奴らの顔を拝みにな」
「あの方ときたら…。というより“フシみん”って呼んでおりますのね」
「そう呼べって言われた」
狼牙がそう言うと、柄鎖は笑いを堪えたような表情に。
「何だよ」
「いえ…何でも…。…フシみん……」
顔を伏せて妙な奴だ。狼牙はそう思った。
「さて」
黒髪の女生徒の声に引っ張られ、全員が彼女の方を向く。
「二四三君はともかく、そちらの狼牙君とは初対面だ。お互い自己紹介と行こうじゃないか。まぁ、君は学園内じゃ有名人だから、ある程度は知っているんだけどね」
転校初日に決闘騒ぎを起こして気絶。二日目には首輪と手枷付きで柄鎖とのSMプレイを晒した狼牙だ。それはさぞ有名人だろう。
「では私からいこうか。
いたって普通の自己紹介。しかし、狼牙はどことなく嫌悪感を抱いた。黒子とは初対面のはずなのに。
狼牙は妙に思いながらも、表情に出すことはしない。
「その歳で当主なのか?」
「そうだよ。両親が早くに亡くなってしまってね。そして私の他に子供をこさえていなかった。それで私にお鉢が回ってきたというわけだよ」
「…そうか」
親を亡くした。自分と同じ境遇の黒子に、狼牙は少しだけ親近感を抱いた。
「黒子ちゃんはとっても優しいのです。ゴミクズの私にもお菓子をくれますし、お茶だって淹れてくれるのです」
「二四三君、あまり自分の事をゴミクズなどと貶すものではないよ。ほら、こっちのチョコも食べたまえ」
(……優しいというよりは餌付けしているだけな気が…)
狼牙は何となく打算臭さを感じた。
「さて、次は
黒子が席を立ち、戸棚から茶葉やティーカップの用意をし始める。
狼牙は少しだけその様子を眺めた後、自己紹介の手番を振られた女生徒――雷夢に目を向ける。
「……」
しかし、彼女は喋らない。顔を明後日の方に向けたまま
「…柄鎖、なぜあいつは喋らない。声帯が無いのか?」
「いえ、ただ面倒くさがっているだけだと思いますわ。代わりに私が紹介しましょう。
雷夢の容姿。身長は140cm程、紫の髪はボサボサで肩にかかる程度の長さ。服装はジャージ姿。そして一番特徴的なのはその左目。瞳にヒビが入っており光彩が無い。先天的なものか、はたまた後天的なものか。
仮面を張り付けたように無表情な彼女は、常に不機嫌そうにも見える。
そんな雷夢の左目を狼牙が見つめていると、彼女の無表情があからさまに不機嫌な顔に。それ以上は止めておけと、柄鎖が狼牙の袖を引っ張った。
「こいつのランキングは?」
柄鎖もやや不機嫌な表情に。狼牙が忠告を無視したせいだろう。とはいえ問いには一応答える。
「…46位ですわ」
「確か全校生徒が約300人だから…。なんだ、御三家の割に結構弱いんだな」
「狼牙様」
柄鎖の
「まぁ、片方の視力がないんじゃそれもしょうがないか」
ドギャ!
テーブルが狼牙に向かって飛んでいく。彼は咄嗟に蹴り上げて防御。
残骸が降りしきる会議室の中、雷夢が親の仇を見るような目つきで狼牙を睨んでいた。
「わぁ」
「おやおやおや」
フシみんと黒子が間抜けな声を上げる。それを皮切りに雷夢が動いた。ミサイルを思わせるような高速突進。狼牙はそれを迎え撃つべく構えを取ったその時。
「二四三様!」
「あいあいさー」
突如割り込んだフシみんによって突進を受け止められる雷夢。柄鎖に首根っこを引っ掴まれる狼牙。
「黒子様!」
「はいはい」
黒子が会議室の窓を開く。
直後、遠心力。窓の外へと投げ捨てられた雷夢と狼牙は空中で身を翻し、人気のない校舎裏へと着地した。
「やるなら外でなさって!」
柄鎖の怒号が三階から降ってきた。それをBGMにしながら二人は対峙する。
「なんだ、怒っちまったか? 御三家ってのは随分と煽り耐性がないんだな。御貴族様は口喧嘩に慣れてないご様子だ」
「…そのかまびすしい喉から声帯を引きちぎってやる」
決闘は突如として始まる。