現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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エピローグ 墓

 

 禁断箱(パンドラボックス)関係のいざこざは、狼牙(ろうが)が封印されていたνのリーダーを倒した事により収束に向かった。 

 この事件による被害は軽傷者数12名、重症者数134名、死亡者数19名。施設破壊による損害額2億4463万。しかし、この事件がテレビで報道される事は無かった。全ては異能者(シンギュラリティ)のコミュニティでのみ消費される情報。

 

 

 

 事件からたったの数日後。にも関わらず、当事者であった狼牙と柄鎖(つかさ)は異能学園へと登校している最中。

 

「……ここまで早く収束するとは思わなかった」

 

 狼牙が呟くと柄鎖が答える

 

「人的被害に関しては、死んでいなければ素能(エレメント)ですぐに治癒出来ます。施設の被害に関しては、そもそも封印する対象がいなくなってしまえば不必要。解体の方に時間がかかっているようです」

 

「いや、俺達は一応反逆者の立場だろ? (いかづち)家当主の雷夢がこっち側についていて、パワーバランスが拮抗しているとはいえ禍根(かこん)無く収束するものか?」

 

「普通はしないでしょう。とはいえ、先の事件で被害に遭ったほとんどは上戸鎖(かみとくさり)家と剣先(けんざき)の兵士です。剣先家に至っては当主が死んで混乱していますし。パワーバランスとしてはこちら側が有利な状態。そのせいで下手に手を出しづらい状況になっていたのが一つ。

 二つ目は、私の両親ですわね」

 

「柄鎖の親?」

 

「えぇ、私が生贄になる事に引け目を感じていたようで。こちら側に便宜を図ってくれたようです。とはいえ、流石に反逆者の私を上戸鎖家に置いておく事は出来ないらしく、勘当されましたが」

 

「大丈夫なのか?」

 

「一生働かなくても良いぐらいの餞別(せんべつ)を貰いました。食べる物に困るような生活はしなくても大丈夫です」

 

「……(いかづち)家の勢力が抜きんでた今、また戦争が起こったりしないのか?」

 

「雷夢様がそんな酔狂な事をなさるとお思いで?」

 

「……まぁ、しないな」

 

「ちなみに雷夢様は昨日、動物園でライオンの(たてがみ)を触ろうとして職員に止められてしまったため、アフリカに行くそうです。今朝、空港に向かう予定だと」

 

「病み上がりに良くやる……」

 

 などと話しながら下駄箱で靴を脱ぐ二人。上履きに履き替えて廊下を歩いていると、廊下の角から人影が。気配を察知していた狼牙は寸前で止まるが、向こう側の人間は狼牙に驚き、たたらを踏んで倒れた。

 

「黒子様! 大丈夫ですか?」

 

 倒れたのは黒葛原(つづらはら) 黒子(くろこ)。彼女の目元には大きな(くま)が刻まれている。禁断箱(パンドラボックス)の事件で(つるぎ)が死んでしまった事を定期的に思い出し、睡眠不足の状態。

 取り巻きの女生徒が彼女の側に駆け寄った。

 

「やはりお休みになられた方が…」

 

「……あぁ、そうだね。保健室に連れて行ってくれるかな?」

 

「はい! もちろん!」

 

 頼られた女性とは嬉しそうに黒子に肩を貸す。一方で他の取り巻きの女生徒は、不可抗力とはいえ、黒子が倒れるキッカケとなった狼牙に詰め寄る。

 

「アンタ! 前見て歩きなさいよ!」

「そもそも寝不足の理由もアンタなんじゃないの!?」

「あの事件に黒子様を巻き込んだのだって!!」

 

 確かに黒子を戦力として誘ったのは事実。狼牙が黙っていると、黒子が取り巻きを制止する。

 

「誘われたのは事実だが、私は自分の意志で戦場に(おもむ)いた。だから、彼を責める理由は無い」

 

「しかし黒子様…!」

 

「良いんだ。狼牙君も悪かったね」

 

「いや……大丈夫だ」

 

「それじゃあ、また今度」

 

 別れの言葉を残して黒子は保健室の方へ歩いていく。取り巻きは狼牙を睨みながらも、黒子の後を追った。

 

「……なんか変わったな、アイツ」

 

 狼牙は口元を押さえて、疑問符を頭に浮かべる。

 

「あんまり良い言い方じゃないが、媚びと卑屈さが無くなったというか……」

 

「先の事件で心境の変化があったのでしょう。確か、旧友が死んだと病室で泣いていましたし」

 

「……俺のせいなんだろうな」

 

 僅かに目を細める狼牙。柄鎖はその背中を擦る。

 

「責任を感じているのですか?」

 

「いや、柄鎖を助ける為にと割り切ってやった事だ。ただ、それで嫌われるならともかく割と普通に接してくるのには戸惑う」

 

「それは本人も言っていたでしょう。最終的に決めたのは自分だから恨む筋合いは無いと。

 そもそも、狼牙様も黒子様に病気を盾に無理な注文をされた事があったでしょう。にもかかわらず、そこそこ黒子様に優しくされているではありませんか」

 

「同じ、なのか…?」

 

「同じです。この界隈、ドライな人が多いので。そうでなければやっていけないというのもありますが」

 

「……」

 

 狼牙は再び廊下を歩き始める。柄鎖もその後に続いた。教室までの道中で狼牙がつぶやく。

 

「学校が終わったら墓参りに行くか…」

 

「失礼ながら誰のお墓参りに?」

 

「親父の。色々一段落ついたから、久しぶりにな」

 

「ご一緒しても?」

 

「良いけど……人の親父の墓参りなんか暇だろ?」

 

「いえ、狼牙様の両親なのですから、一応挨拶には向かいませんと」

 

「…まぁ、好きにしてくれ」

 

 教室に着いた2人。扉を開けると、騒がしかった教室が一瞬静まり返った。

 

「おい! 事件の首謀者の登場だぞ!」

 

 1人の生徒が叫ぶと、2人の周りに教室内の生徒が集結する。

 

 やれ、どうしてあんなことをしたのか。

 やれ、実戦はどうだったのか。

 やれ、何人倒したのか。

 

 聖徳太子でも聞き取れないほどの質問が矢継ぎ早に飛んでくる。その騒がしさに狼牙は(たま)らず、気配を消して人の輪から抜け出す。

 

 大勢の生徒は柄鎖の方に構ってもらっているらしく、狼牙がいなくなった事は気にしていない。

 

「何なんだあいつら……」

 

「ふぁ……あれ、狼牙君?」

 

 人の輪から外れた狼牙をあくび混じりに呼び止めるのは結界ちゃん。寝不足でホームルームまで寝ていたらしい。

 

「聞いてるよー。どえらい悪さしたんでしょ? それも柄鎖ちゃんのためだからってんだから。この色男」

 

 結界ちゃんの揶揄(からか)い口調を無視して、疑問を口にする狼牙。

 

「なんであいつらは悪さした俺達を持ち上げるような真似をする?」

 

「皆退屈している所にこんなトピックスが降ってくれば、そりゃ大騒ぎするよ。それがノーベル賞取ったでも、施設を襲撃するでも」

 

「……人死を出してもか?」

 

「人死を出しても。

 …そういえば狼牙君は寒門の出だっけ。異能者(シンギュラリティ)の界隈は大体こんなもんだよ。身内が死んだりしない限りは、人死にも“まぁ、無くはないよね”ぐらいの扱い。

 んで、身内が死んだ組はそっち」

 

 結界ちゃんが指差す方には、重い雰囲気を纏った数人の生徒。狼牙が自分の方を見ているのに気づくと、睨み返してくる。

 

「当然恨まれてるから、しばらくは周りに気を付けておいた方が良いんじゃない。柄鎖ちゃん助ける為に無茶したのは良いと思うけど、自分のケツぐらい自分で拭かないとダメだよ」

 

「……そうだな」

 

 狼牙が教室を見渡すと、ある机に花瓶に活けられた菊の花。

 

「この机、フシみんの…」

 

「あぁ…。この間の事件で亡くなったから、その弔いにね」

 

 教室の玄関が騒がしいのとは対照的に、花が飾られた机の周りは酷く静か。狼牙はフシみんの机を撫でる。

 

「お墓は体育倉庫の裏にあるよ。二四三ちゃん、身内がいないらしいから学園の方で埋葬したって」

 

「……助かる」

 

 狼牙は花瓶を手に持ち、水を変える為に水洗場へと向かった。

 

 

 

 

 

             ♢

 

 

 

 

 

 保健室。そこのベッドでは、目の下に大きな隈を作った黒子が横になっていた。取り巻きの子達は睡眠の邪魔になってはいけないと退出している。保健室には、黒子と保険医の二人きり。

 

 ふと、目を覚ました黒子が保険医に声をかける。

 

「……久しぶり、赤音(アカネ)姉さん」

 

 声をかけられた保険医(アカネ)はカーテン越しに会話を続ける。

 

「本当に久しぶりだよ。私が家を追い出されて以来だから……4年ぶりぐらいかな? 同じ学校にいるってのに何故だかお互い話をしない」

 

「許して欲しい。当主の時期は本当に余裕が無かったんだ」

 

「今も余裕がある様には見えないんだけどね」

 

 目の下の隈を指摘された黒子は目を伏せる。

 

「うん……どうにも私はストレスから逃げられないらしい。ツルもそうだった。だから、自暴自棄になって……」

 

 しばらく、すすり泣く音。保険医もその間は作業をして時間を潰す。

 

「……他の当主は、皆このストレスに耐えられる強い人なんだろうか。それとも、私達が弱いだけなんだろうか。それすら分からない」

 

「それは……」

 

 保険医がかける言葉を探す間もなく、黒子は続ける。

 

「……将来は精神科医になろうと思う。今までは医者になるなら、漠然と外科医を想像していたんだけど」

 

 黒子の将来に対する前向きな言葉を聞いて、保険医の緊張が幾分取れる。

 

「そうか、頑張っておくれ。とはいえ医者もストレスの多い仕事だからね。人の健康、生死に関わる仕事だ、真面目な人ほどやられやすい。

 ……とはいえ、今の黒子なら大丈夫だよ。きっと」

 

 黒子の返事は無い。不審に思った保険医がカーテンの隙間から覗くと、黒子は再び寝ている。保険医は黒子にそっと忍び寄り、涙の痕をハンカチで拭いた。

 

 

 

           ♢

 

 

 

 (いかづち)家の屋敷。その庭園の隅に、執事服で身を包んだ者たちが集まっていた。

 

「あの戦いで古株はすっかり男所帯になっちゃったな。どうしてメイド長ばっかり死んじゃったんだか」

 

 執事長の一人、リッチが二つの墓の前で手を合わせながら呟く。その隣には蹲踞――というよりは不良が良く行っている座り方で、執事長の一人、ハゲが居た。

 

「ほら、ハゲも手ぐらい合わせておきなよ」

 

「墓参り、黙祷(もくとう)に意味は無いんだが。やってる事無駄すぎて草」

 

「震え声でまったく説得力無いけど。こういうときぐらい、(こじ)らせるの止めたら? 内弁慶で他に話す奴がいないハゲが一番傷ついてる癖に」

 

 

 

 墓から少し離れた所を、雷夢、執事長の1人であるリーダー、それと新しくメイド長に任命された女性が1人、通りかかった。

 

「あいつらは何をしている」

 

 雷夢が墓参りをしている二人の方を見て、リーダーに尋ねる。

 

「先の戦いで死んだメイド2人の墓参りをしているようです」

 

「そうか。何をしても自由だが、仕事に支障が出ないよう言っておけ」

 

「仰せのままに」

 

 リーダーは雷夢に(うやうや)しく礼をした後、新しいメイド長の方に向き直る。

 

「これからあなたは雷夢様とアフリカに行くわけですが、身の回りの世話をしっかりするように。特に食事に由来する病気には細心の注意を払ってください。良いですね?」

 

「は、はい!」

 

「それではお二人とも、行ってらっしゃいませ」

 

 雷夢と新しいメイド長は、リーダーに見送られて行ってしまう。残されたリーダーは、墓参りをしている二人の方へと歩み寄った。

 

「あれ、リーダー。てっきり雷夢様と一緒に旅行に行くのかと思ってたけど」

 

「先の戦いで情勢が不安定な今、実質的に(いかづち)家の舵を取っている俺が外国に行くわけには行かん。……本当に! 何でこの時期に…! あんな小娘に雷夢様の世話を譲らねばならんとは……!!」

 

「すっごい不服そう」

 

「とはいえ自らのために戦い、命を落としたメイドの墓に対してあの興味の無さ……。あぁ……やはり雷夢様はそうでなくては。悪は犠牲に罪悪感など感じるはずもない」

 

 歯をむき出しにしたかと思えば、恍惚の表情を浮かべる情緒不安定なリーダー。

 

(あの戦いで死んだのがリーダーだったら、多分雷夢様は墓参りに来たと思うんだけど。

 ……とは言わないでおこう。面倒くさそうだし)

 

 リッチはリーダーを一瞥し、再び墓に視線を戻す。

 

「まぁ、人使いの荒い推しだから僕もすぐそっちに行くかもしれない。その時は雷夢様の話を土産に持っていくからさ」

 

 リッチは桶から柄杓(ひしゃく)で水を掬い、墓にかけた。

 

 

 

          ♢

 

 

 

 異能学園の片隅。学び舎には異様な、死を連想させる墓石が1つ。そこには、多くの墓碑銘が刻まれている。墓碑銘の一番端に、真新しい削り跡。

 

 五文銭 二四三

 

 “三”の一番下の棒を指が撫でる。墓参りに来た狼牙の指。その隣には柄鎖(つかさ)も付き添いで来た柄鎖。

 

 “食べ物 (そな)えるべからず”

 

 そう書かれた看板を尻目に、狼牙は教室の花瓶から抜いて来た菊を花立(はなたて)に差す。その後、狼牙は父親の墓参りのために持ってきていた線香にマッチで火をつける。

 火のついた線香を指に挟み、合唱。お参りが済めば線香を手で振り消化。

 

 付き添いに来た柄鎖も、狼牙から線香をもらい受けて同じようにお参りを済ませる。柄鎖が線香を消化した所で狼牙が口を開いた。

 

「殺そうとした本人と、殺した本人で墓参りってのも妙な話だ」

 

 狼牙の言葉に柄鎖が動きを止める。

 

「……知っていましたか」

 

 柄鎖は襲撃計画を万が一にも口外されないため、フシみんを始末しようと画策。結局、彼女が不死の力を持っていたため、失敗に終わる。その後、狼牙とフシみんが戦った事を聞いたため、狼牙が被害者本人の口から自分の謀略について聞かされている可能性は考慮していた。

 実際には、狼牙とフシみんの魂が一つの体に同居していた時、記憶の一部を無意識のうちに共有しており、その断片的な情報から真実を推測していたにすぎない。そして今、カマをかけた結果、仮定が証明された。

 

「軽蔑しますか?」

 

 自分のやったことは間違いではない。狼牙に“生きてくれ”と言われ、その約束を守るために最善と思われる手を打った。ただ、失敗しただけ。

 

「いや……本当なら協力を断られた時点で、俺がやるべきだった。柄鎖は俺が迷った代わりに遂行したにすぎない」

 

 自分のやったことは間違いだった。情に流され、二の足を踏んでしまった。“生きてくれ”と願った本人が。

 

「軽蔑するか?」

 

「いいえ。結果論で言えば、二四三様に手を出してしまったせいで計画が露見してしまったのですから、私の行動は裏目に出てしまったわけですから。そのせいで狼牙様自身の手で二四三様を……」

 

「……結果論で言うなら、それがフシみんのためには一番良かった。生きるのに疲れて、しかもどういう訳か俺に殺されたがっていたからな。俺が今生きているのも、アイツを殺したおかげだ」

 

 狼牙は自分の目の付近に手を当てた。あの日から変わってしまった渦巻き状の瞳孔が指の隙間から見える。

 

 その様子を見て、柄鎖は嫉妬する。生きて狼牙と話せるのは生者の特権だが、愛する人間にこれほどの証と傷を残して死ねるのも、そうは無い事だろうと。出来る事なら彼の目玉を交換してしまいたいが、流石に無理な話。

 

 などと柄鎖が考えていると、ふと首に狼牙の手が当たる。指は頸動脈に。自らの性の鼓動を確かめられる。

 

「……柄鎖は、死なないでくれよ」

 

 柄鎖は狼牙の目に滲んだ涙をハンカチで拭く。

 

「約束しましょう。柄鎖の名前に懸けて」

 

 墓前にもかかわらず抱擁を交わす二人。しかし、咎める者はいない。

 

 

 

 以上が20xx年6月5日~11月14日、禁断箱(パンドラボックス)事変の全容であった。

 

 

 

 




 これにて完結です。
 今回二次創作ではなく、一次創作。しかも独自の世界観を構築したため、設定に粗が目立ちますが、最後まで読んでくださった読者の方、本当にありがとうございます。

 やりたい展開は全てやれたので個人的には満足しています。

 また私の作品を見る事があれば、その時はよろしくお願いします。
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