突如として始まった
初手は雷夢の突進。速いが、狼牙にとって対応できないほどじゃない。
彼は軸をズラして突進を回避した後、視力の無い左目側から拳を繰り出す。
ガゴ
果たして狼牙の攻撃は面白いようにヒットした。しかし、雷夢は構わず突っ込んでくる。それに対して左拳で迎撃。ダッキングで躱される…が、その動きは読んでいた。
人間、片目では距離感が掴めない。そのため隻眼の雷夢が防御行動をとるなら受けやバックスウェーではなく、下に躱すと予想済み。
狼牙はフェイント気味に繰り出していた左拳を開き、雷夢の髪の毛を掴む。そのまま彼女の顔面に膝蹴りをかました。雷夢は咄嗟に片手をクッションにするが、それだけで完全に防げるわけもない。鼻をへし折る感触が狼牙の膝に伝わってくる。
が、雷夢は怯むどころか更に一歩前へ踏み込み、狼牙の腕を掴んだ。
(こいつ…、痛みを感じないのか?)
雷夢の右目は朦朧としており、膝蹴りのダメージが残っているのが容易に確認できる。
にもかかわらず、止まる気配が無い。
狼牙は嫌な怖気を心の奥に押し込め、拳を繰り出す。もろに突き刺さった。硬い腹筋を通り越し、衝撃が中にまでとどいた手ごたえ。だが、これでも雷夢は怯まない。狼牙の胸元に顔面を押し付けてくる。こうまで密着されると殴りづらい。
「離れろ…っ!」
拳を繰り出せばすべてが当たる。防御行動を取らないのではなく、取れていない。膝蹴りのダメージはまだ残っている。しかし狼牙の腕を掴む手にだけは万力の様な力が込められていた。
「…くっ!」
雷夢の執念に圧された狼牙は、彼女を引き剥がそうと、
「…取った」
雷夢の瞳が正気を取り戻す。直後、腕を振り上げたせいでガラ空きになった狼牙の脇腹に掌底が突き刺さった。
♢
「捕まってしまいましたか」
「転校三日目で二敗とはあの転校生も災難だねぇ。ま、喧嘩を売る相手を選ばないのが問題だと思うけれど」
三階から観戦していた
「二敗って、もう負け決定なのですか? 今までは狼牙君優勢だったと思うのですが?」
対して雷夢の事を良く知らないフシみんは疑問を口にする。
「そうだねぇ…負けは言い過ぎたかもしれないけど、今は雷夢君の勝利パターンにドハマりしている。密着距離での打ち合いで彼女の右に出る者はこの学園にはいないからねぇ」
「密着距離が得意ですか。…確かに凄いのです。普通、パンチは振りかぶれば振りかぶるほど威力が上がる。けど、あれだけ窮屈な空間にもかかわらず、凄い威力のパンチなのです。あれは“寸勁”ですか?」
「おや、お目が高い。確かにあの技は“
「加えて?」
「まぁ、実際に見てから解説しようか」
♢
「か…はっ!」
狼牙の体に衝撃が響く。金剛不壊でガードしているがまるで防げていない。
(硬化させた皮膚表面を通り抜けて体内に衝撃が伝わってきた。いったいどんな技を使ってやがる…?
いや、今はそんなことを考えている暇はない。この状況をどうにかする方が先)
「懐でちょこちょこと…っ!」
狼牙はお返しに殴り返すが、こう狭い空間では拳に体重を乗せられない。加えて、雷夢の体捌きで衝撃を受け流される。
(なら…っ!)
狼牙は素能を発動させ、身体能力を強化する。そして、自分の腕を掴んでいる雷夢の腕を抓んだ。そのままねじる。
規格外のパワーは、そのまま雷夢の皮膚と肉を千切り取った。
しかし、雷夢は顔色一つ変えず狼牙を殴り返す。
(マジで…痛みを感じて無いのか…!?)
ゾッとする狼牙。直後、雷夢が再び構えた。寸勁の再来。それに対する防御として彼は体を拳に押し付けた。
(いくら何でも接着状態から殴るのは不可能なはず…。せいぜい押すのが関の山……?)
「が…っ!」
しかし、現実は狼牙の予想を簡単に裏切った。
♢
「! 今のは完全に接着状態から殴ったように見えたのです。あれはいったい?」
「あの技の正体は…」
「“
興奮する二四三に、したり顔で解説しようとした黒子を遮って口を開いたのは柄鎖。
「一寸の隙間すら必要の無い
「良い所だけ持って行かないでおくれよ…」
不満そうな顔で呟く黒子。だが彼女はめげずに続きを解説する。
「付け加えるなら“無勁”は雷夢君が生み出した奥義だね」
「そうなのです? 普通、奥義は名門一家に伝わる相伝の技じゃないのですか?」
「普通はそうだね。上戸鎖家には“金剛不壊”が、我が黒葛原家には“心眼”がある様に。しかしね、雷家には奥義が無いんだよ」
「奥義が無いのに御三家入りしてるのです? 何か理由があったりするんですか?」
「奥義が無いのに御三家入りしている理由は雷家の者だけに現れる特有の“素能”にある。雷家の素能、それは電気を操る力。それが殴り合いにおいてどれだけ有効かは想像がつくだろう?」
「……触るだけでビリビリさせられる。そして痺れた体は脳からの電気信号を上手く受け取れなくて、思うように動かなくなっちゃうのです」
「その通り。雷家はそのアドバンテージだけで御三家入りした家なんだよ。強力無比な素能があるからこそ奥義を必要としない」
「じゃあどうして雷夢ちゃんはさっきから素能を使ってないのです? あれだけ密着してればビリビリ一発で終わりだと思うのですけど」
フシみんの素朴な疑問。黒子は肩を竦めた。
「使えないのです? それか出力が異常に低いとかなのです?」
「後者だね。雷夢君は素能の出力限界が低すぎた。彼女の出せる電撃はとても弱い。ボールペンのお尻を押すと電気が流れる玩具にも劣るぐらいだ」
「それはとても弱いのです。玩具以下なのです」
悪気なく呟くフシみん。彼女は更に続ける。
「それに加えて片目が見えないともなると大変そうなのです。距離感が掴めない上に死角も増えますから」
「そうだね。先天的な片目のハンデのせいで殴り合いは圧倒的に不利。だからこそ彼女はあれだけ執拗に前に出ようとする」
「密着しちゃえば距離感とか関係ないですからね」
「けれど素能の出力が低いせいで、密着しても電撃によるノックアウトは不可能。だからこそ彼女は密着距離で真価を発揮する “寸勁”と“無勁”を身に着けた。他にも色々技を持っているようだけど、パッと見て分かるのはその二つだねぇ」
黒子の説明を聞きながら、フシみんは雷夢をじっと見つめる。
「……雷夢ちゃん、良い表情なのです」
「表情? ……無表情に見えるが」
黒子が首を傾げた後、二四三も続けて首を傾げる。
「どこがですか? あれだけ苦しそうな表情は初めて見たのです。怒りと憎しみに満ちていて、思わず目を覆いたくなっちゃうのです」
とはいうものの、ジッと戦いを眺めるフシみん。黒子もそれに倣う。が、やはり無表情にしか見えなかった。
「怒りと憎しみか……。表情については知らないけれど、確かにそうだねぇ。生まれつきのハンデを背負った彼女は実力主義の雷一族で随分と無体な仕打ちを受けたと聞く。だからこそ狼牙君に隻眼を
我を失っている雷夢君が狼牙君を殺してしまう前に仲裁しないとねぇ」
「治外法権とはいえ、学園内で人死にが出るのは不味いですしねぇ」
二人の眼下には密着距離で雷夢にボコボコにされている狼牙が。大勢は決したという判断を下すのも当然だろう。
「……早く模倣なさい」
一人だけは別の結末を頭に描いていたが。
「……そういえば二四三様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何です? 柄鎖ちゃん」
「雷夢様の無表情が怒りと憎しみを携えているとおっしゃっていましたが……狼牙様はどうお見えになって?」
「狼牙君ですか?」
話を振られたフシみんは目を凝らして狼牙を見る。
「……とても臆病なのです」
「臆病、彼が?」
黒子は首を傾げる。
「はい、とっても。まるでハムスターみたいに」
「あら、奇遇ですわね。私も同じ感想ですわ」
「ですよねですよね!」
「とはいえ、ハムスターよりはチワワの方が的確な比喩でなくって? あれでいて結構甘えん坊な所がありましてよ?」
「え~、でもハムスターの方が可愛いのです。あの手に収まりそうな小ささ。狼牙君に抱き着いた時の温かさは昔動物園で触ったハムスターそのものだったのです」
「……私を置いて盛り上がらないで欲しいんだが…」
黒子は疎外感に眉をひそめた。
♢
「ごほ…っ!」
私の拳がおしゃべりクソ野郎の腹に当たる。硬い手ごたえ。柄鎖から金剛不壊を習ったのか? まぁ良い、こんな練度の低い金剛不壊では私の攻撃は防げない。体内に衝撃を伝える技、“
なんて考えている間にも反撃が。容易く避ける。
何度も寸勁と無勁を叩き込んでいるのに反撃できるとはタフな奴だ。…いや、私の膂力が劣っているのか?
その思考がよぎった瞬間、頭が沸騰しそうになる。
ただでさえ片目と素能の出力が低いハンデを持っているんだ、膂力ぐらいに恵まれても良いだろう? どうして神様は私に何も与えてくれなかった?
ダメだ。この憤りは目の前の肉人形を壊さないと発散できそうにない。無勁、寸勁と言わず、全力の拳。損壊、毀損、破壊。
真っ赤に染まった思考から繰り出される拳。それは大ぶりすぎたらしい。
振りかぶりの僅かな隙を突き、窮屈な隙間で体を半回転させる野郎。私は思わず目を見開いた。
その体捌きは私の…っ!
顎が跳ね上がる。脳を揺らされ、一時的に思考が飛ぶ。しかし、奴の腕を掴む手からは力を抜かない。例え腕の筋を切られようとも、関節という関節を外されようとも。絶対に離さない。
私にある才能はこの異常な執念だけだ。
クズの主席と次席から引き継いだ天性の性悪を排泄物共の坩堝でよく熟成させて出来上がった醜い執念だけ。
脳からの指令が無くとも意志を反映してくれる私の手。それが途端に弾けた。野郎の腕を手放してしまう。
……は? 何が?
私の手は奴の腕を掴んでいたはずなのに、手のひらを殴られたような衝撃が。
あり得ない。振りほどかれるならともかく、弾かれるなんて。私の“無勁“でもない限りは。
……まさか、コピーした? 私の無勁を?
蹴り飛ばされた。呆然と地面を転がる。
……私が無勁の開発と習得に何年かけたと思っている? 3年だぞ、3年。
地面との摩擦で勢いの死んだ体を起こす。
それをさっきの手合わせでコピーした? 見ただけで? 体験しただけで?
立ち上がる。が、膝が言う事を聞いてくれない。痛みは無いが相当ダメージが蓄積しているようだ。
素能だってそうだ。お前は身体能力向上なんていう強力でいて汎用性のある能力なのに、私は宴会芸レベルの電撃。
…なぜお前はそんなにも才に恵まれている? 私はこんなにも欠けているのに。
震える膝をぶん殴って黙らせる。霞む視界の中に野郎を捉えた。
許せない。許せるはずもない。野郎は雷家の排泄物共と同じだ。素能の出力が強力だったり、両目が揃っているという才能だけで私を踏みにじり続けてきたあのクソ共と。
「……この…………穎才がぁぁぁああああああ!!!!」
喉を切り裂き、血反吐を吐きながらの
私の右目が視界を取り戻したその時、綺麗な正拳突きの型が見えた。
それはとても綺麗で洗練されていて。眩しいくらいだった。
♢
「はぁ…っ、はぁ…っ…決着…」
狼牙はたまらず膝を付く。流石に殴られすぎたようだ。
(雷夢。隻眼かつ素能を使わなかったにも関わらず、恐ろしい強さだった。相手のミスが無ければどうなっていたか……)
「お疲れ様です」
いつの間にか下に降りてきていた柄鎖が、狼牙にねぎらいの言葉をかける。
「…あれで46位か」
「そう気落ちしないでくださいませ。彼女が46位にいるのは遠距離攻撃を得意とする異能者に勝てないからでございます。先ほどのように近接戦で彼女に勝利したのは片手で数える程しかいませんのよ?」
片目で距離感が掴めない雷夢。遠距離攻撃を苦手とするのは道理だろう。
(あれだけ強いのに片目が無いだけで46位、か)
「……悪い事言っちまったな」
(気軽に彼女の目について触れるべきでは無かった。煽って決闘を誘うためとはいえ言い過ぎた)
気落ちする狼牙の頭の上に柄鎖の手が乗る。
「気づいたのならよろしい」
柄鎖の手は戦闘で荒れた俺の髪を整える様に撫でてくる。
「ついでに申し上げますと、あなたの色盲について無暗に触れてしまった私の心境にも思いを馳せていただきたいものですが」
「俺の色盲は別にハンデになってない。トラブルの元ではあるが。……それと撫でるの止めろ、セクハラだぞ」
「しっかりと堪能してから言う言葉がそれですの? ペットなのですから主人からのスキンシップは素直に受け取るべきですわ」
「…」
「…え、本当に嫌でしたの? でも女性が男性の頭を撫でたくらいで…いや、今の時代そんなステレオタイプな性別観で物事をはかっては…」
狼牙が不貞腐れていると、ブツブツと何事かを呟き始める柄鎖。疲れている彼は彼女を放置して立ち上がる。
「あ、お待ちになって。一つ聞きたいことがあります」
すると柄鎖は我に返って狼牙を呼び止めた。
「疲れてるんだ、さっさと保健室に行かせてくれ」
「すぐに済みますので。…先ほどの決闘、雷夢様の手を弾き飛ばした後、どうして蹴り飛ばしたのですか?」
「……どういうことだ?」
「雷夢様の手を弾き飛ばした後、決定的な隙が存在していた。あそこで雷夢様を蹴り飛ばさず、正拳突きを放っていればそれで決着だったはずです。どうして貴方はそうしなかったのでしょうか?」
柄鎖の問いかけ。狼牙はすぐに答えられない。
彼は自分のプライベート空間に土足で侵入された時の様な不快感を押し込め、口を開く。
「…あの時は二度と懐に潜り込まれたくないと思っていた。だから距離を取るために蹴り飛ばした。それが判断ミスだったのは認める。それで良いだろ」
ぶっきらぼうに答え、足早にその場を去った。
♢
「やっぱり臆病ですわね」
柄鎖は去り行く狼牙の背中を見ながら呟く。
「ま、それは後でもよろしい。今は雷夢様の方が先ですわね」
柄鎖が視線を向けた先には半壊した校舎が。
「まったく…もう少し加減なさい」
狼牙に対して愚痴をこぼしながら、崩れた校舎を踏破する柄鎖。少し歩くと正拳突きによって射出され、校舎を半壊させる弾丸となった雷夢が卒倒しているのが見える。
「死んで…は、いませんわね」
雷夢の胸が小さく上下しているのを確認した後、外傷を確認していく。
「肋骨と胸骨体にヒビ。…狼牙様の正拳突きを喰らってこれだけのダメージとは。
先ほどの発言、撤回する必要がありますわね。狼牙様は急所を外した上で手加減もされていた。雷夢様が踏ん張らなかっただけですか」
「はぁ~…また派手にやったねぇ」
柄鎖が雷夢に対して舌を巻いていると、ぼさぼさの髪を掻きながら保健医が登場する。
「一昨日ぶりだね、柄鎖君。この子を担架で運ぶのを手伝ってくれるかな?」
「えぇ、問題ございません。…狼牙様とは会いましたか? 保健室へ行ったはずですが」
「会ったよ。もう治療した。今はエネルギー補給してもらってる。…ったく、三日で二回も決闘なんてどれだけタフなんだか。 3、2、1」
雑談をしながらも雷夢を担架に乗せる二人。担架はそのまま保健室まで緊急搬送されていった。
♢
意識の覚醒。瞼を開くと、欠けた視界に映るのは白い天井。
保健室、それも一番奥のベッド。それがすぐに分かってしまう程、私は保健室の常連だ。
「ご機嫌よう、雷夢様」
「……柄鎖か」
下手に体を起こしたりはしない。顔も動かさず口だけで返事をする。
「治療は?」
「最低限。残りは今から行うそうですわ」
「…私は何時間気絶していた?」
「5時間ほど」
私があいつと戦ったのは16:30ぐらい。つまり今は21:30か。
「起きたか不良娘。これでやっとこさ残業が終わる」
保険医の登場。彼女は素能を発動させ、私を治癒する。その後、手に持っていた料理を私の前に置いた。
「栄養補給してさっさと帰るんだね。それかここに泊まるか。どっちでも良いけど泊まった場合は宿泊料代わりに掃除しといておくれよ」
今日は流石に疲れた。泊っていく事にする。掃除は翌朝にすれば良いか。
「それにしても、もう少し怪我しないようにして欲しいねぇ。私の仕事の1/10が雷夢君の治療なんだが」
「最低限のダメージには抑えた」
「そりゃご苦労様。今度はノーダメージを目指して頑張ってくれ」
保険医はそれだけ他の仕事を始めた。私は目の前の料理に手を付ける。
しばらくの間、私の咀嚼音だけが部屋に響く。ふいに柄鎖が口を開いた
「狼牙様が謝っておられましたよ。“悪い事を言ってしまった”と」
べキ
その名前を聞き、私は持っていた箸を折った。
「野郎の名前を口にするな。虫唾が走る」
「あら、虫唾が走るだけで済むのですね。てっきり“殺したくなる”とおっしゃられるかと」
決闘中は確かにそう思っていた。しかし、あの正拳突きを見せられた後では話が違う。
「……野郎の努力は認める。あの正拳突きは一朝一夕で身につくものじゃない。……綺麗だった」
目を閉じれば嫌でも思い出す。動く芸術とも言える一連の動作。一体どれほどの修練を積めばあれほどの正拳突きを。
加えてあの威力。あの技が使えれば私の復讐に役立ちそうだ。今後修練を積むとしよう。
それにあの技ももう少しで実戦投入できる。そしてあの技も次の雷雨の日には…
「…ケヒッ…ヒヒヒ…ッ」
来るべき日を想像すると、どうにも気持ち悪い笑みを抑えられない。
ぐずぐずと渦巻く黒い感情に浸りながら目の前の飯をかき込む。味も匂いもしないが空腹の胃に料理が落ち込むたび、ほんのわずかな満足感を得ることができた。
「悪い顔になっていますわよ。一応生徒の間では雷夢様は寡黙でミステリアスなキャラと認識されているのですが、そのイメージが無茶苦茶です」
「勝手なイメージだ。そしてお前には言われたくない」
こいつは優等生の皮を被っているが、調子に乗っている奴を見ると虐めたくて仕方なくなるサディストだ。そんな奴からイメージについてとやかく言われたくない。
「逆の立場になって考えてみれば確かに。私には言われたくないでしょうね」
コロコロと笑う柄鎖を見ているとふと思い出した事があったので、聞いてみる。
「そういえばお前、一年後に死ぬって聞いたぞ。どうして平静でいられる?」
普通、一年後に死ぬともなれば怯えるのが普通だ。私のように何が何でも成し遂げたい宿命があって、そのために命を落とすのであれば今の柄鎖の態度も多少は納得できるが。
「……難しい問いですわね」
柄鎖はしばらくの間考え込む。そして極めて平静な口調で語り始めた。
「私が死ぬのはこの世界を救うためです。そして私は名家の子女であり、自分の役割を果たすようにと教育を受けてきました。長年続いた教育は私に張り付き、覆いかぶさり、“どんな時も優雅で美しいお嬢様”という仮面を作った。
その仮面が今の平静を装っている…。と言うのが私としてもしっくりきますわね」
「ならその仮面の下は?」
「剥がれるまでは分かりませんわ。
死に怯え、腰を抜かして泣き喚いているのか。それとも運命を呪い、怒り叫ぶのか。はたまた今と変わらず平静でいるのか…。
ま、そんなことを考えていてもしようがありませんわ。今を楽しみませんと。最近は愉快なペットを飼い始めた事ですし」
普段の優等生然とした顔を楽しそうに歪める柄鎖。新しいおもちゃを見つけて楽しいご様子。
とはいえ、今の柄鎖の顔は私の大嫌いな顔だ。実家で何度も見ざるを得なかった醜悪な顔。自分の内でどす黒い感情が無限にあふれ出し、次第に目の焦点が合わなくなってくる。
「……ふー……ふー…」
私の呼吸が荒くなり始めた頃、柄鎖が口元を隠して、私の背中を撫でてきた。
「落ち着きなさって。今飛び掛かってこられても困りますわ。私も不注意でした」
「…ふん」
鼻で返事をした後、ベッドに寝転がる。今日はダメージを受けすぎた。もう寝よう。
「お休みなさいませ」
ドアが開き、閉じる音を聞いてから私は目を閉じた。