現代異能の災禍希望(パンドラボックス)   作:RKC

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7話 師匠と弟子

 雷夢(らいむ)狼牙(ろうが)の決闘から2週間。転校3日目で学内ランキング46位まで一気に駆け上がった彼は、ますます注目の的だった。主に喧嘩を売られる的として。

 

「狼牙! どんなこすい手を使って46位まで上がったぁ!? メッキを剥がしてやるから相手しろぉ!!」

 

 そう言って狼牙にいちゃもんをつけた生徒。回し蹴り一発でのされた。

 

「ふふふ、野蛮な戦い方をする野良犬だ…。僕の高貴でエレガントな戦いの前にひれ伏すが良い!!」

 

 薔薇を咥えて狼牙に勝負を仕掛けた生徒。正拳一発でエレガントな顔を野蛮に変えられた。

 

「今までの決闘を通して君のデータは全て収集させてもらった! そして僕のPCが導き出した勝率99%!! さぁ、その順位を明け渡してもらおうか!!」

 

 パソコン片手に決闘を挑んだ生徒。今までの戦闘で使った事の無い技で1%を引いていた。

 

「正拳リベンジ! 三日三晩寝ずに考えたこの軟結界、破れるものなら破ってみさらせ! 柔よく剛を制すってね!」

 

 自慢の結界を破られたことを根に持っていた結界ちゃん。拳ではなく手刀で繰り出される突きによって、ゴムのように柔らかい軟結界を切り裂かれ、落ち込んでしまった。

 

 という風に狼牙はやたらと喧嘩を売られるようになった。彼にとって決闘を行う事はやぶさかではないが、相手が弱すぎる。こんなやつらに時間を取られるぐらいなら、一人で稽古をしていた方が為になる。

 そう考えた狼牙は学園にいる間の空き時間は一人で稽古するようにしていた。今は昼休み。校庭や中庭で決闘騒ぎを起こしている奴らを尻目に、彼は人通りがほとんどない校舎裏で正拳突きの練習をしていた。

 

 腰を落として右腕を引く。そして突き出された拳は半回転しながら風を切り裂き、衝撃波をあたりにまき散らしながら空を打つ。

 

 狼牙がその動作を数十回繰り返していると、校舎の角から誰かがやって来た。

 

「げ…っ」

 

「…チッ」

 

 やってきた人物――雷夢は舌打ちをかまし、彼女の顔を見た狼牙はバツの悪い表情を浮かべた。彼の脳裏には、この前片目が見えない事を揶揄した事が思い出される。

 

「ぁー…」

 

 狼牙が何を言うべきか分からずまごまごしていると、雷夢は両目を閉じた状態で彼の前を通り過ぎていく。しかし、彼女の行く先には工事用の資材が散乱していた。狼牙の正拳突きの衝撃で積まれていた鉄パイプや角材が散らばったのだ。

 

「お、おい…!」

 

 狼牙の声など一切気にせずそのまま歩みを進める雷夢。あわや資材に足を引っかけるかと思われたが、その足は器用に資材を避けていく。その光景に狼牙は驚き、顎に当てた。

 

(両目を閉じているにも関わらずいったいどうやって…。俺の場合は匂いである程度の判別は付けられるだろうが…)

 

「ちょっと待て!」

 

 狼牙が大声で呼び掛けると雷夢はようやく立ち止まった。

 

「何だ」

 

 振り返った彼女は開眼しており、無機質な左目と苛立たしげな右目が狼牙を見つめた。

 

「この前は……わ、悪かった。流石にデリカシーが無さ過ぎた」

 

 狼牙は頭を下げて謝罪する。

 

「……謝罪は言葉でなく行動で示せ」

 

 その声に狼牙が顔を上げると、雷夢が目の前まで近づいてくる。

 

「正拳突きを教えろ」

 

「わ、分かった」

 

 彼にとってそれぐらいはお安い御用。今まで人に教えた経験は無いので、上手くやれるかは不安だったが。

 

「とりあえず型を見せるから真似しろ」

 

 狼牙は雷夢の前で正拳突きの動作を行う。生まれた衝撃波が二人の髪を揺らした。

 

「…」

 

 仏頂面のまま狼牙の真似をする雷夢。そこそこ形になってはいたが、本家とは比べようもない完成度。

 

「足の開きが狭い。もう少し余裕を持って…そう。拳を突き出す時は真っすぐに。打点は膝の高さで調整した方が良い。それと腰のひねりが早すぎる。もう少しだけ溜めろ」

 

 狼牙はひとまず三つアドバイスをする。それを受けた雷夢が再び正拳突きを行う。すると、彼女の拳は風を切り、独特な音を立てた。

 

「良し。他にも改善するところとして…」

 

「今日はもう良い」

 

 狼牙の言葉を遮った雷夢は、正拳突きを何度も繰り返す。

 

「三つを体に覚え込ませる」

 

 そう言ったきり、狼牙には目もくれず稽古に精を出し始める雷夢。彼は教師を頼まれたものの、数分で仕事が終わってしまったため、彼女の横で自分の稽古を始める。

 

 狼牙の稽古内容は超至近距離での体捌き。雷夢の十八番の動きを記憶から引っ張り出し、現実で再現する。

 彼は身長が低いため、腕のリーチも短い。そのため相手の懐に入り込んで戦う場面が多くなるはず。そう考えての復習だ。

 

 狼牙がそんなことを思いながら模倣を行っていると、雷夢の拳が風を切る音が急に聞こえなくなった。彼は稽古を止めてしまったのかと思い彼女の方を見るが、正拳突き自体は続けていた。

 しかし、腕に力が入りすぎている。そのため動きが硬くなってしまい威力半減。

 良く見れば握りこんだ拳から血が流れていた。握力で爪が手袋を破り、更には皮膚まで食い込んで怪我をしている。

 

「そんなに力入れても逆効果……ぅぉっ…」

 

 狼牙の言葉の途中で、雷夢の手のひらから血が飛び散った。それに怯む狼牙に、雷夢は怒りを滲ませた声で呟く。

 

「私は日に三つぐらいの改善が限度だ。少しずつじゃないと技を習得できない。

 対してお前は数度見ただけで技を再現できる」

 

 稽古を中断した雷夢が狼牙へと近付く。その目は据わっており、何をしでかすか分からない不気味さを携えていた。

 

「この差はどうして生まれた? 他だってそうだ。私は片目なのにお前は両目が健在で、私の素能はおもちゃの電流を生み出す程度なのに、お前の素能は使いやすい身体能力強化系なんだ?」

 

 声を荒げているわけでは無い。眉を吊り上げ、歯をむき出しにしているわけでも無い。しかし、自分より背の小さい雷夢に狼牙は気圧されていた。

 

「教えろよ、なぁ天才」

 

 返答を誤れば殺されかねない。狼牙がそう感じる程、黒く、深く、重たい瞳。

 だからといって、狼牙はご機嫌取りには走らない。そんな服芸が出来る程器用では無いのも一つだが、そういう話題なら彼にも言いたい事があったからだ。

 

「俺は両目が見えてるし、素能も強力だし、模倣が人と比べて得意なのは否定しない。

 けどそれを持っている俺を指して天才って言うのならお前だって天才だろうが」

 

「…は?」

 

 雷夢が目を丸くした。狼牙は“こいつでも驚いた表情をするんだな”、と思いつつ話を続ける。

 

「ツカサから聞いたぞ。俺が模倣した“無勁”はお前が作った技なんだろ?

 俺のは既存の技を模倣してるだけだが、お前は技を新しく作った。そっちの方がよっぽど天才じゃないのか? 少なくとも、俺には新しい技を作るような真似は無理だ」

 

「……」

 

 雷夢の焦点の合っていなかった瞳が収束していく。

 

「…無いものねだり、か」

 

 雷夢は左目に手を当てて、そっぽを向く。

 

「新しい技を生み出すのは難しい事じゃない。型を体系的に学び、異能の(ことわり)を正しく知れば」

 

 雷夢はこっちに目線を送って来る。

 俺が説明する番、とでも言いたいのか?

 

「…模倣も難しい事じゃない。模倣したい動きを正しくとらえる目と、とらえた動きをきちんと再現できる体のコントロール技術があればな」

 

「けれど模倣は私にとっては難しい。

 そして多分、新しく技を生み出す事はお前にとっては難しい。無いものねだりだ」

 

 先ほどまでの感情的な姿どこへやら、雷夢は淡々と話を進める。

 

「…が、片目を欠損し、ゴミみたいな異能を持って生まれた自分の事は大嫌いだ。異能に恵まれた上に、数年かけて生み出した技を数分で盗んでいくお前の事もな」

 

 そう言われると狼牙は返す言葉が無かった。長い時間をかけて生み出した技をものの数分で盗まれれば良い気分はしないだろう、と想像したためだ。

 

「お前の技、使わない方が良いか?」

 

「…なぜ私に聞く」

 

 雷夢は怪訝そうな表情を浮かべた。彼女の疑問に答える。

 

「学ぶ事とは真似(まね)ぶ事。俺はお前から学んだ、つまりお前は俺にとっては師匠に当たる。

 そして俺は師を尊重する。そうするべきだと親父に教えられた。だからお前が望むなら、俺はお前の技を使わない。それが、尊重するという事だろう」

 

 俺の言葉に雷夢は再びそっぽを向く。

 

「……師匠、か」

 

 そして頬を僅かに緩ませた。笑っている、という程では無い。あくまで無表情の範囲内だったが。

 

「なら私にとってはお前も師匠か」

 

「まぁ…そうなるな」

 

 狼牙が答えると、雷夢は元の仏頂面に戻っていた。

 

「技は勝手に使え。お前の正拳突きも勝手に使わせてもらう」

 

「分かった」

 

 初対面では険悪、殴り合い。今日の逢瀬でも地雷を踏み抜きかけた二人。しかし今、この場は少しだけまともな雰囲気に。狼牙は少しだけ踏み込んで聞く。

 

「お前はどうしてこの学園に来た? …ハッキリ言って戦うには向いてないだろ。異能者になったからって戦わなければいけない訳じゃない。他の道だって選べる。なのにどうして」

 

「どうして、か……ケヒヒ…ッ!」

 

 狼牙の質問を皮切りに雷夢が気色悪い声で笑った。さっきまでの無表情が嘘のように口元を歪めながら手袋を脱ぎ捨てる。

 手袋の下にはボロボロの手があった。関節は歪み爪はズタズタ、骨も出っ張ったり凹んだりと不揃い、そして凍傷と思しき痣が広範囲を覆っている。

 

「この傷……ひひひっ…!」

 

 雷夢は手の凍傷跡に触れた後、上着を脱いだ。

 上半身裸になった彼女。その肌には無数の傷が刻まれていた。

 

 火傷、裂傷、凍傷、痣、雷撃傷。数える事すら難しい程のおびただしい傷痕。

 

「これらの傷を私に刻み込んだクソ共を苦しめてやりたい…。受けた苦痛を何倍にもして返してやりたい…。それから殺す…そう、根絶やしだ。あんなクズ共は根絶やしだ…!」

 

 うわ言のように呟く雷夢。その目はやはり焦点を失っており、半開きのまま緩んだ口端からは涎が垂れている。

 

「突きたい、飛ばしたい、弾きたい、打ちたい、殴りたい、蹴りたい、切りたい、刺したい、剥ぎたい、潰したい、折りたい、抉りたい、削ぎたい、千切りたい、焼きたい、漬けたい、挽きたい、溶かしたい、捥ぎたいぃ…」

 

 肺の酸素を全て使い切った雷夢は、大きく息を吸う。

 

「すー……~、ふ~……、すー~……、ふ~ー……」

 

 雷夢はギョロ目で手を震わせながら、深呼吸を繰り返す。ぐりん、と目が狼牙の方を向く。彼は思わず一歩後ずさってしまった。ギョロ目は次第に落ち着きを取り戻し、理知的な光を宿す。

 

「……ヒヒッ…」

 

 区切りをつけるように雷夢が怪しく笑うと、彼女はまた仏頂面に戻った。

 

「だから私は強くならないといけない。塵芥(クズ)共を私の意志一つでいかようにも左右できる程に」

 

「そ、うか…」

 

 垂れた涎を拭う雷夢に対して、狼牙は生返事をする事しかできない。彼は雷夢が脱ぎ捨てたジャージを拾い、彼女に渡した。

 

「お前は? どうしてこの学園に来た?」

 

 ジャージを着直しながら雷夢が問う。ショックから立ち直れていなかった狼牙は返答が少し遅れてしまった。

 

「あ、あぁ…。俺は、強くならないといけないから…」

 

「…どうして強くならないといけない?」

 

 抽象的な狼牙の返事に、雷夢は少しだけ不機嫌に聞き返してくる。

 

「強くなりたい理由は…」

 

 言葉が出てこない。

 強くなりたい理由は確かにある。しかし、それを言語化する行為に抵抗があった。言葉にしてしまえば、自分のコンプレックスを改めて自覚する事に繋がりかねないから。

 

「……っ」

 

「言いたくないなら別に良い」

 

 狼牙が言葉に詰まっていると、雷夢が打ち切る。

 

「昼休みがそろそろ終わる。今日は解散だ」

 

 雷夢は狼牙に背を向けて歩き出す。

 

「また明日」

 

 校舎の角を曲がる間際、それだけ言い残して去っていった。

 

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