柄鎖(つかさ)、フシみん、とショッピングモールに遊びに来た狼牙(ろうが)。彼は彼女たちの手によって2時間着せ替え人形にされたのであった。
「…疲れた」
「あら、まだ午前中でございましてよ。お疲れになるには早いのではなくって?」
「そうなのです。まだ半分も階を降りて無いのですよ。それに似合う服が見つかって良かったじゃないですか」
今の狼牙の服は狼牙が初めて試着した薄緑のワンピースだ。柄鎖が着せ替え人形にしてしまったお詫びという事で、狼牙に数着服を買った。それからタグを取ってもらい、今着ている状態だ。
「それに今の服、初めの半袖短パンの正直隣を歩いて欲しくないレベルのコーデからは見違えるほどなのですよ」
フシみんの言葉の槍が狼牙にぶっ刺さった。
「…そこまでだったか?」
柄鎖の方を向くと、彼女は扇子で口元を覆い狼牙から目を逸らす。
(……今後はもう少しファッションに気を付けよう)
狼牙は密かにそう思った。
「そんな事よりそろそろ飯食おうぜ。腹減った」
誤魔化すように話題を逸らすと、フシみんが乗ってくれる。
「そうですねぇ。じゃあフードコートに行くので……わっ、と」
狼牙達の方を振り返り、前を見ずに歩くフシみん。前方不注意の代償として彼女は他の客と衝突してしまう。
ぶつかった相手から離れるその瞬間、フシみんの手が相手のポケットから財布を抜き取った。そのまま自分のポケットへと収める。
(…いやいや。こんな白昼堂々? 気のせいか?)
とても自然に、まるで呼吸をするように行われたスリ行為に思わず我が目を疑う狼牙。
「ごめんなさいなのです」
「気を付けろよ…って、え、あ……」
ぶつかられた男は悪態をつこうとしたが、フシみんの赤く光る眼を見て愕然とする。
「な、あ、そ、その……こ、こっちこそ、すみません、でした…」
男はそのまま、人ごみに紛れるように逃げていく。
「やっぱり
「いや、お前…」
「
何事も無かったかのように振舞うフシみんをロウガが問い詰めようとしたその時、柄鎖がドスの効いた声で彼女の名前を呼ぶ。
「私の目がおかしくなっていなければ、貴方が先ほどスリを行ったように見えたのですが?」
「私がですか?」
とぼけたように自分を指差すフシみん。彼女は怪訝そうな顔をしながら服のポケットを叩く。すると、先ほどすり取った財布を押し込んだポケットに手が。
「あ、本当なのです。やるつもりは無かったのですが……ついうっかり」
窃盗犯は少し恥ずかしそうに笑った。まるで爪を噛む悪癖を見られてしまった、ぐらいの軽さで。
「……~~~っ!」
言いたいことがありすぎて渋滞したのか、しばらく固まる柄鎖。
「…とにかく! 財布をあの方に返すように!
とりあえず事態の収拾に向けた発言することに決めたらしい。
「は~い。…すみません。これ、さっき落としたのですよ」
窃盗犯はさっき逃げた男を人ごみの中から的確に探し出す。そして肩を叩き、いけしゃあしゃあと声をかけた。
「うぇっ! え、あ、ありがとう、ございます。……し、謝礼は何割ほどで…?」
「別にいらないのですよ」
フシみんは財布を返し終えると、再び人ごみの間を縫い、狼牙と柄鎖の元に戻って来た。
「返却終了なのです」
まるで良い事をしたかのようなニコニコ顔。その顔は柄鎖のゲンコツで歪められた。
「…痛いのです。どうして殴ったのです?」
「貴方も分かっているでしょうに。本当に分からないのなら、むざむざ私程度に殴られる貴方では無いでしょう?」
「それはそうなのですが…。しょうがないじゃないですか。もちろん私も頭では理解しているのですよ? 人の物は盗んじゃいけないって、ちゃんと習いましたし」
フシみんはバツの悪そうな顔から一転、口を尖らせて不満げに。
「でも、私は昔からずっとこういう事をし続けてきたのです。誰も私の悪事に気づいてはくれなかったのです。誰も私の事を叱ってくれなかったのです。だから人の物を盗むのは悪い事だ、と今更言われても心が納得してくれないのです。心が納得してくれないから悪癖を直そうと思えないのです」
彼女の言い分を聞いた柄鎖は頭を抱える。それからフシみんに対して説教を説き始めた。
「貴方の生い立ち、多少なら知っております。納得するのが難しいという事も分かりました。ですが、“納得できない”では世の中済まされません。頭で理解しておられるのならば、せめて少しだけでも抑えようという努力をですね…」
グゥ~~…
「お腹空いちゃいました。早くフードコートに行くのです」
説教を喰らった当の本人はお腹が鳴ったのを良い事にするりと逃げ出したが。
「二四三様!」
「ひゃー!」
追加の怒鳴り声を受けて全力で逃げ出すフシみん。人ごみの中を縫うように進んでいく。
「すごい身のこなしだな」
「まったく…追いましょう。きちんと注意しておかないと再犯しかねません」
「注意してもやりそうな感じだが…」
ぼやきつつもフシみんの後を追う狼牙と柄鎖。しかし、休日のショッピングモールというものは非常に人が多い。すぐに彼女を見失ってしまった。
「見失ったか」
「どういたしましょうか。お腹が空いていると言っていたので、フードコートに向かっている可能性が高いとは思いますが…」
「そんな回りくどい探し方は必要ない。俺の鼻で探す」
「鼻…?」
疑問符を浮かべる柄鎖を他所に、狼牙は目を閉じて鼻から息を吸う。すると多様なにおい成分が鼻の受容体を刺激した。
服屋から匂う
「こっちだ」
「まさか臭いで…? …少し、気持ち悪いですわね」
「聞こえてるからな」
自慢の耳で小声の悪口を拾いつつも、狼牙はフシみんの匂いをたどっていく。スポーツ用品店、玩具屋を通り過ぎると、匂いが強まっていく。
そうして行きついた先はゲームコーナー。中へ入ると、ピカピカ光る機械がけたたましい音を立てる中、微かに聞こえる話し声が。
(おい、静かにしろ)
(ん、んん…!)
(いいから早く金を出せ。この騒音だ少しぐらい暴れたぐらいじゃ誰も助けに来ねーよ。おっと、力づくでこの場を切り抜けようなんて変な気は起こすんじゃねーぞ。
俺とこいつの赤い目を見れば分かるだろ?
(そーなのです。…とはいえ、私はどうしてここへ連れてこられたんでしょうか)
(お前も異能者だ。あの掲示板見て来たんだろ? 一緒に楽しもうぜ)
フシみんの声。それとは別にもう二人いる。
二人が声がする方へ足を進めると、そこには大柄な男が、中肉中背の男の胸倉を掴み上げる光景が。その横でフシみんが不思議そうに首を傾げていた。
「これは…どういう状況なのでしょうか?」
柄鎖の疑問も尤もだろう。狼牙が問いかける。
「フシみん、そっちの二人は知り合いか?」
「違うのです。さっき出会って、ここまで連れてこられたのです」
「知らない奴について行くなよ…。ほら、さっさと飯食いに行くぞ」
狼牙がフシみんの手を掴み、この場から立ち去ろうとする。
「いえ、ちょっと待って下さる!?」
「そうだ! ちょっと待てよお前ら!」
なぜか柄鎖と大柄な男の声が調和した。
「失礼、お先にどうぞ」
「え、あ~…じゃあ失礼して」
手番を譲られた男は粗暴そうであったが、柄鎖のお嬢様な雰囲気に吞まれたのか、律儀に頭を下げてから口を開く。
「お前ら全員異能者だろ? 目も赤いし間違いねぇ。だったらあの掲示板見て集まってきたんじゃねぇのか?」
「掲示板…?」
柄鎖が顎に手を当てて疑問を態度に表すと、男が答える。
「ネットの掲示板だよ。異能者でオフ会しようって話だったろ? …その様子だとお前ら部外者か?」
狼牙、フシみん、柄鎖の三人は一様に首肯する。
「なんだよ…。まぁ良い、これもなんかの縁だ。お前らも参加するか?」
柄鎖は、今まで蚊帳の外であった胸倉を掴まれている中肉中背の男の方に目をやる。その男には異能者特有の目の輝きが無かった。
「そのオフ会とやらが一般人を恫喝する集いであれば、そのお誘いをお受けするわけにはいきませんわね」
「はぁ? お前真面目ちゃんか? そっちの二人はどうなんだよ?」
「これから飯だ。オフ会…? とやらに参加してる暇はない」
「私もお腹減っちゃったのです。不参加でお願いするのです」
「けっ、せっかく仲間に入れてやろうっていうのによ」
男の悪態を背に、狼牙とフシみんはその場を去ろうとする。
「ちょ~っと、お待ちくださる? もう少しだけ」
しかし、柄鎖はまだ用があるようだ。
「なんだよ。さっさと済ませろ」
狼牙の言葉に、柄鎖は大きなため息をついてから大柄の男に向き合った。
「そちらの一般人の方から手を離してくださるかしら」
「…あぁ? 真面目ちゃんを通り越して正義の味方ごっこか?」
男の声が低くなる。
「正義の味方…というよりも目の前で恫喝が行われていれば止めるのが普通でしょう」
「恫喝の何が悪い。強い奴が弱い奴から搾取する。それがこの世の常だろうが!」
「間違ってはいませんが…単純な腕力で搾取するのは法律違反でしてよ」
「国が決めた法律なんか知った事かよ! 持ってる力を好きに振るって何が悪い!? 雑魚の一般人は異能者の俺に従ってれば良いんだ!」
今にも掴みかかって来そうな程ヒートアップする男。そこに油を注いだのはフシみんの一言。
「力を振るうのは別に悪くないと思いますけど……“弱者は強者に従う”。その理屈でいくと君は柄鎖ちゃんより弱いので、柄鎖ちゃんに従う必要がありますけどね」
「誰が…この女より弱いだってぇ!!?」
激昂した男が柄鎖に殴りかかる。びっくりするぐらい
「暴れると周りに被害が出るので、力比べをしましょう」
柄鎖と男が手四つの形でくみ合う。
「お前みたいな細い女が俺に勝てるかよ! 異能者だからって筋肉が関係無いとでも思ってるのか? 異能による強化は元の筋肉量に比例して……ッ!!?」
単純な力比べで負けるわけ無いと思っていたのか調子づく男。しかし、その顔はすぐに困惑に染まった。
「確かに強化は元の筋肉量に比例して効果が上がります。しかし、貴方はあまりにも異能による強化がお粗末です。10×5と5×100では後者の方が強いに決まっているでしょう?」
拮抗していた状態から徐々に押し込まれる男。
「こっ、こんな…ッ! 俺はッ、選ばれた異能者で…ッ!」
「いいえ、あなたは選ばれてなどいません。その気になっていただけの凡人。いえ、同じ異能者からみればただの“落ちこぼれ”。取るに足らない存在…」
男を壁際まで追い込んだ柄鎖は奴の耳元に口を寄せる。
「所詮、あなたは自分より下を見て勘違いしていただけでございますわ。亀がナメクジを見て、“あいつは自分より遅いノロマ”だとイキがっていただけ。
いかがでしょうか、初めてチーターを見た気分は?」
えぐい事を囁いていた。サディストの部分が漏れ出ている。
「くっそがぁぁァァァァ!!!」
男は吠えるが、それだけで状況が改善すれば誰も苦労しない。最後の抵抗空しく、男は地面に膝を付く。
「はぁっ……はぁっ……くそ…っ、何で俺が負ける……っ!」
「それともう一つ。筋肉量が多すぎても、異能による強化効率が下がる事が知られています。バランスの良さが大事ですのよ。
……さて」
柄鎖は怯えている一般人の方に近寄る。
「怪我はしておりませんか?」
「っ、あ、ありがとうございますっ!!」
しかし、一般人はダッシュで逃げて行ってしまう。
「あーあ、怯えられちゃったのです」
「い、一応お礼は言ってくれていたので、怯えられたという事はないのではないでしょうか!?」
「何でも良いだろ。それより解決したんなら早く飯食いに…」
事態は解決したと、三人は雑談を始める。その時、狼牙の耳が衣擦れの音を捉えた。ポケットから何かを取り出すような音。
「どこに連絡しようとしたのです?」
「ぐぅ…っ」
衣擦れの音に反応して狼牙が振り返ると、フシみんが先ほどの男をすでに抑えていた。彼女がねじりあげた腕にはスマホが握られており、痛みに耐えかねたのか手からこぼれ落ちる。
狼牙は床に転がったスマホを拾い上げた。
「人のスマホを勝手に見るのはどうかと思いますが…」
柄鎖の抗議をスルーしながら狼牙がスマホを操作すると、画面にはいくつかの書き込みが。
(今到着)
(こっちはもう三階におるで。生まれて初めて万引きしてみたけど意外とバレんもんやな)
(俺はもう三回目やぞ。何か楽しくなってきたわ)
(俺は今エスカレーター。前に可愛い女性おるけど、スカートの中盗撮しても良いか?)
(聞く暇あるならはよせぇや)
「なんだこれ…? 分かるか?」
狼牙は画面の書き込みの意味が良くわからなかったため、柄鎖に画面を見せる。
「これは……ネット掲示板の実況でしょうか? 恐らくこのショッピングモール内で不特定多数の方が行っている行為や感想をここに書き込んでいるものと思いますが…」
「そういえばオフ会とか言ってたのです。君みたいな異能者が他にも来ているのです?」
「…っあぁ、そうだよ! 俺みたいなのが集まってショッピングモールで滅茶苦茶やってやろうってんだよ!」
「それはまた…生産性の無い…」
柄鎖が頭を抱えてそう呟くと、男が額に青筋を浮かべる。
「うるせぇ! テメェらはどうして俺らの邪魔をする!? 同じ異能者のくせに一般人の方を持つのか!?」
「別に異能者同士だからといって仲間という訳ではないでしょう」
「だとしても一般人を助ける必要はねぇだろ! あんなクソ共をどうしてかばう!?」
「…先ほどから、貴方は異能者でない普通の人間に悪しき感情を抱いているように思えるのですが…それは一体どうしてでしょうか?」
「あたりめェだろうが!! アイツらはいつも俺ら異能者を差別しやがる!! 小、中、高いつだって!! テメェらだってそうじゃねぇのか! 力もねぇくせに群れる臆病者共に差別された事は無かったのか!?」
「小、中は学校行ってないので分かんないのです。高校は周りの人皆が異能者ですし」
真っ先に答えたフシみんは、さらっと凄い事をカミングアウト。しかし、狼牙がそれに驚く暇も無く柄鎖が続ける。
「私の場合、異能者というだけで差別をしてくるような調子に乗ったお人は、あの手この手で立場を
二人の視線が狼牙に集まる。
「…俺の場合はぶん殴ったらそれ以降絡んでこなくなった。先生にはやたら怒られたが、それは無視した」
「少々雑では…?」
「当時の俺の目的は面倒くさいちょっかいを止めさせること。雑でもそれは達成したんだから良いだろ」
「まぁ、貴方がそうであれば良いのですが」
「なんなんだよお前ら…」
ぼそりと呟いた男に狼牙たちの視線が向く。
「…俺だってそこの目つきの悪い女みたいにしたさ。ムカつく奴をぶん殴って事を解決しようとした」
“そこの目つきの悪い女”、で指差されたのは狼牙だった。女用の服を着ているせいだろう。
「けど待っていたのは更なる排斥だ。手を出してくる奴はいなくなったが、俺は徹底的に無視された」
「なら良かっただろ」
「良くない!! 俺は…ただ普通に接してほしかっただけなのに…」
「要するに、お前は手段を間違えたわけだ。仲良しになりたかったなら他の方法を探すべきだったな」
狼牙がそう言うと、男は再び額に青筋を浮べる。
「じゃあどうすりゃ良かったんだよ!? あの時どうすれば俺は普通に暮らすことが出来た!?」
「知らん。そんなうまい方法があるなら当時の俺が実行してる」
「狼牙様は少し黙ってていただけますか。ややこしくなりますので」
狼牙の言葉で額の青筋を増やした男を見て、柄鎖が制止をかけた。
「とにかく、今は事態の収拾が先でしょう。ひとまずこの方を警備員に突き出しましょう」
「異能者を普通の警備員に突き出しても意味無いと思うのですが」
「大型施設には一人以上異能者の警備員を置く決まりがありますわ。その方にお任せすれば大丈夫でしょう。後は中に散らばる異能者達をどうするかですが…」
ガグォン!
建物全体を揺るがすような大きな音。少しして悲鳴のような声が聞こえてくる。
「…後手に回ったようですわね」
「どうする? 大騒ぎになりそうだし帰るか?」
「えー……面白そうですし、もうちょっと居ません?」
「この騒ぎを放置しておくと異能者の立場がますます悪く一方なので、事態を収拾するべきです。二対一の多数決で居残りということで」
「民主的なのです」
「俺にとっては衆愚だよ、くそ…っ」
三人は事態の収束に向けて駆けだした。