西木野総合病院
μ'sの1人、真姫の両親が運営する大型総合病院。
設備が充実しているため周囲の住民だけではなく遠くの方からも通院する患者が多く、アーマードライダー達が転入してきてからはすっかり行きつけの病院となった。
やはりこのご時世からか医師や看護婦が少ないながらもなんとか回しており、病院側も何等かの形で彼らに報いたいと公に語っている。
少子化により学生数が減少していく中、学校は集客率を高める為にスクールアイドルで人気を高める事に。
廃校が危ぶまれている音乃木坂学院にも学生達で組まれたスクールアイドルμ'sが誕生し、彼女達を守る為に転入してきたアーマードライダー鎧武。
しかし、音乃木坂学院の廃校を望む者によりμ'sのライブは成功するもののオープンキャンパスは巨大インベスが暴れ回るという大失態に陥ってしまう。
守る者と守られる側の者との間で亀裂が入るも、彼らが戦う理由も自分達と変わらない我が儘であると気付き、何とか和解する。
新たな信念と誓いを胸に、次のステージへと歩き始める9人の女神であったが、新たな暗雲が漂い始める。
啼臥アキトは思う。
世界にとって危ない存在、というのは多種多様にいる。
戦争を望む政治家なり傭兵なり、武力に限らずとも危ない思想もいうのは持っているだけで危険視される。
この世界ではないにしても、ヘルヘイムの森やインベスでさえ同じと言えるだろう。
しかし、本当に恐ろしいのはそんな大きなものではなく、有り触れたものだ。
それは例えば、身近なもの。
「は、はいダーリン。召し上がれぇ」
今で言えるなら、ツンデレ嬢の西木野真姫が引き攣った笑顔で
そして、それを恨めしそうに睨んでくる同い年くらいの小太り少年とか。
アキトはあの謎キャラサガラと肩を並べるほどの謎キャラではあるが、もはやメタいなどを放り投げて断言出来る。
啼臥アキト。絶賛の大ピンチである。
アキトは恐る恐る口を空けながら、どうしてこうなったと回想へと思考を投げた。
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ラーメン仁郎はアキトと父、啼臥仁の2人で経営しているこじんまりとしたラーメン屋だ。なので基本的にはほとんど休みはなく、しかし日中永遠とやっている訳ではない。日中の中でも定期的に店を閉めては材料を切ったり仕入れたりしているので、1日の間にはそれなりに自由時間はある。
しかし、1日丸々休みとなると仁が倒れた時やいない時くらいしかなく、それが3日も続くとなると奇跡に等しかった。
「町内会旅行?」
風呂に入って髪をタオルで拭いていると、仁がそんな事言ってきたのだ。
「あぁ、来週の火曜から3泊4日でな。町内会で欠員が出たらしく、年中無休のウチにって好意でくれてな」
へー、と生返事しながらアキトは冷蔵庫からお茶を取り出す。
興味なさそうな態度のアキトに、仁は予想していたように苦笑した。
「一応、お前の分も貰ってるが………行かないか?」
「行く訳ねーだろ。俺がいなくなったら誰が猫の餌やりやるんだよ」
ここで言う猫というのは本物の猫ではなく、幼馴染の星空凛の事である。
音乃木坂学院のスクールアイドルμ'sの一員である凛は、練習が終わると毎日のようにラーメン仁郎へ来てはラーメンないし賄い飯を食らっていく。
それは昔からの事だったので2人の間では、凛にご馳走する事を猫の餌やりと言うようになったのだ。
「その間、飯とかどうする? 一応、星空さん家に厄介になるかもしれないと凛ちゃんには伝えといたが」
「余計な事を……」
今日も凛はもう1人の幼馴染、小泉花陽とアーマードライダー龍玄こと呉島ミツザネを引き連れてやって来たのだが、確かにその時小言を交わしていたような気がする。
「…………そういえば」
ふと、アキトは思い出す。今日は真姫が一緒ではなかったことに、違和感を感じていた。もちろん、彼女にも予定というものがあるのだがら、そういう日だってある。毎日訪れてくる凛が異常なのだ。
その時、ピンポーンと来客のチャイムが鳴り響き、アキトと仁は顔を見合わせる。
時間は夜の10時を回っており、その時間に来るような知り合いは凛くらいだ。しかし、その場合はメールなりなんなりて事前と知らせてくるのだから、猫娘ではない。
誰だ、と思いつつアキトは店へと向かう。ラーメン仁郎は啼臥家の玄関口も兼ねており、日中は表札とインターホンは看板に隠れているのだ。ちなみにモニターなどないただ鳴るだけの機能しかないオールドタイプではあるが。
当然、店の入口は大きめな引き戸である為覗き穴などなく、万が一に心構えしながら引き戸を微かに引く。
「………………は?」
そして、そこから見えた微かな赤色の髪に、アキトは引き戸を開けた。
「…………まさかお前が来客なんて予想外過ぎるんだが、真姫」
そこにいたのは、今日は顔を出さないと思っていた真姫だった。
いつもはまとめていない髪をポニーテールにまとめており、着ている衣服も制服ではなくパーティードレスであり、色も真姫にマッチするようなワインレッドだ。薄い化粧もされているのか普段より大人びた雰囲気で、元が美少女なだけに目の前にいる同い年の少女が大人に見えた。
「…………ごめん」
普段から不遜な態度とうって変わって両手を前組む仕草はしおらしく、返ってそれが可愛らしく見えた。
正直に言ってしまえば、見惚れていた。
「…………何よ?」
「あ、いや………」
ようやく普段のようなジト目になった真姫にわざとらしく咳き込んで、意識を変える。
「えっと、馬子にも衣装?」
「潰すわよ」
いつもと同じように馬鹿な発言に呆れた真姫は、口元を緩める。
やっと普段通りに戻ったアキトは、首を傾げて尋ねた。
「で、一体何の用だ」
「匿って」
突拍子のない単語に思わず顔を顰めてしまったが、真姫の表情は真剣そのものだ。
普段、強い意思が込められているはずの紫の瞳が微かに揺れており、そらだけで冗談ではない事が読み取れた。
「…………なら」
アキトが言葉を発しようとした瞬間、遠くの方から男達の声が聞こえた。内容までは聞き取れないが、誰かを探しているようだ。
咄嗟に真姫の腕を引いて店の中に招き入れる。
真姫が可愛らしい声を上げるが、足音が近付いてくるのを感じて店の引き戸に鍵を掛けて、アキトは言った。
「俺の部屋に行ってろ」
アキトの短い言葉に頷き、真姫はドレスの裾を掴むとお姫様のように奥へと入って行った。
「ま、真姫嬢!?」
「ご、ごめんなさい! お邪魔します!」
仁と真姫のやり取りに、アキトは思わず半目になる。あのプライベートはだらしのない父親の事だから、パンツ姿で真姫に出会したのだろう。
アキトは一度入口を一瞥してから、来るまで奥に控えていようと踵を返した。
すると、入る間もなく引き戸を開けようとする音がして、チャイムが連呼された。
「乱暴だな……やのつく輩に追われてんのか、あいつ」
そうぼやきつつアキトが引き戸を開けると、そこに立っていたは3人のサングラスをした男達だ。しかし、やのつく輩と違い清楚な感じからしてSPのようだ。
「夜分に失礼。少し尋ねたいのだが」
礼儀正しく男の1人が一礼し、懐から写真を見せてきた。予想通り、そこに写っていたのは真姫であり、白いワンピース姿で引き攣った微笑を浮かべていた。
「この子の事を知らないか?」
「ウチによく来てくれる子ですね」
「今、この子を探している。ここへは来なかったか?」
「………あの、お宅ら何なの?」
有無を言わさせないような上からの男に、アキトは面倒そうに返す。知られまいと下手に演じようとせず、かと言って即答すれば隠しているという事を勘ぐられてしまう。
夜遅くに面倒なのが来た、という態度を全面に出すのが肝だ。そこまで相手は無礼を働くようではないので、何とか誤魔化せるだろう。
「彼女のご両親から捜索を頼まれた者だ。悪いが隠し事はなしで教えて貰いたい」
「そう言われてもねぇ」
アキトは表の看板を顎で示した。
「ご覧の通り、ウチはもう閉店してんだ。そんな時間に来るような常識知らずな子には見えないが?」
「面倒っすよ、リーダー。中見た方が早いっす。おい、中入れろ」
そう言ってきたのは若そうな男だ。比較的に若い集団ではあるが、その中でも群を抜いて若い。まだ学生っぽさが抜けていない、未熟な雰囲気があった。
しかし、そう言われて素直に通すほどアキトも馬鹿ではない。無理矢理入ろうとする男を腕で止めると、ぎろりと睨んでくる。
「………何のつもりだ?」
「それはこちらの台詞だな。警察でも家宅捜査には礼状ってのを持ってくるもんだ。それすらないのに人様ん家入ろうってのは、不法侵入するから訴えてねって合図かい?」
「あァ!? こっちは仕事だぞ。いいからさっさと入れろ!」
「よせ」
若手を制したのは、やはり礼儀正しい男だ。上司なのか不満そうに顔を歪めるも、踵を返して去って行く。
そんな部下とは反対に、上司は深々と頭を下げた。
「部下が失礼………もし、彼女が訪ねて来たらご両親が心配しているので戻るように、とお伝え下さい」
では、と男は一礼して去って行く。最後の1人は一言も喋らず、礼もせずに上司の後をついて行った。
奇妙な3人組、と思いつつもアキトは引き戸を閉めて鍵を掛ける。
そして、ロックシードを取り出して開錠すると、小さなクラックが開いてコウモリインベスが現れる。インベスゲームをやる訳ではないので、小人のようなサイズであるが。
「家の周囲に偵察用のインベスが配置されたかもしれない。探していたら、帰るよう説得してくれ」
コウモリインベスは小さく頷くと、羽ばたいて消えた。
それを見届けて家の中には入ると、家の居間では困惑した顔の仁があぐらをかいており、今だにパンツ一張羅という姿をしていた。
「…………真姫嬢が来るなんて聞いてねぇんだが?」
「日頃からぐーたらしてるからだよ。まっ、何があったのかは今から聞くけどさ」
そう言ってアキトは適当な茶菓子とお茶をお盆に載せて2階の部屋に向かう。
仁が店を構える前からあった古屋を再利用しているこの家は、かなり老朽化が進んでいる。今のところ床が抜けた、というのはないがそれも時間の問題なのかもしれない。
ギィギィと軋んだ音を立てながら部屋へ向かと、そこには疲れたように乙女座りをしている真姫がいた。部屋には質素なベッドとテーブルに、勉強机と本棚と簡単な位置になっている。
ベッドは凛。本棚前は花陽とミツザネ。その正面に真姫がすわるというのが定位置だった。
自然と身体が慣れているのか、そこに座る真姫はアキトを見上げると不安げな表情を浮かべた。
「大丈夫、SPみたいな連中は帰った。親御さんが心配してるらしいぞ?」
「わかってるわよ………」
疲れたように肩を竦める真姫は、どこかぎこちない様子だ。罪悪感と後悔が入り交じり、さらにはどうしたらいいかわからない、といった感じである。
何かしらに迷っている、といのは目に見えているのでお茶を出しながらアキトは本題を切り出す。
「で、何がどうなってんだ? 夜な夜な押しかけて怖いお兄さん達を追い返したんだ………無関係だ、なんて今更突っ撥ねるなよ?」
無関係、という言葉に真姫は肩を震わせ、やがて諦めたようにため息を吐いた。
「………私の実家って、病院経営してるじゃない?」
西木野総合病院。この付近では有名な大きな病院であり、アキトやチーム鎧武のメンバーも世話になった所だ。
真姫はそこの1人娘である事はアキトは知っている。凛やミツザネ達も知っている事であり、これといって話題にした事はなかったが。
「今日は病院の関係者が開いた誕生日パーティーに行ってたの」
「うわ、面倒そうだな」
率直な感想を述べると、真姫はくすりと笑った。
「まぁね……でも、この主催者がウチの病院を創立の時に多大な資金援助をしてくれたとかで、断れなかったのよ」
意外だな、とアキトは言いかけた。面識のある町内会の人達とのパーティーなら喜んで参加するが、面識のない所では息苦しい事この上ないだろう。
もっとも、それでも参加するのは真面目な真姫らしいと言えば真姫らしいが。
「で、面倒過ぎて逃げ出したのか?」
「違うわよ………いや、確かに面倒だったけど」
そう言って真姫は一瞬だけ目を伏せた。その仕草は言おうか言わないか迷っている感じである。
「俺に遠慮してるならなしだぜ。すでに巻き込まれてんだ。とことん巻き込め」
そうアキトが言うと決心がついたのか、真姫の瞳にいつもの強かさが宿る。
「…………このことは誰にも言わないで。凛や花陽、ミッチにはもちろん……正直、あんま話したくないんだけど…………」
「そんなに辛いなら言わなくても大丈夫だぞ?」
「…………ううん。大丈夫よ。思い出すのは怖いけど、誰かに話さないと潰れしそうなのよ……」
大きく息を吐いてから、真姫は言った。
「…………今日の誕生日会ね。資金援助してくれた人の子供の誕生日会だったんだ。前から面識はある男の子で、何度か家族ぐるみで食事行ったりしてね………」
最新から嫌な予感がするなぁ、と思いつつも続きを促すアキト。
「で、今回も当然呼ばれてね………で、まさか個別室にまで呼ばれて、ひしひしと嫌な予感はしてたけど………」
「あぁ、いい。もういいい、わかった。察したから」
真姫の言葉を強制的に打ち切り、アキトは額を抑えて溜息を吐く。予想はしていたが、いざ本人の口から知らされるのは嫌だった。
と、同時にアキトの中に怒りが芽生えてくる。
真姫は友達として大切な人間だ。そこには病院の令嬢やμ'sの1人という肩書きはなく、西木野真姫として彼女を見ている。
もちろん、その肩書きから逃れる事は出来ないのだから、そういった下心丸出しの輩と出くわすのは必然と言えよう。
しかし、しかしである。
大切な友達が、生々しい表現になってしまうが傷物にされて怒りが沸かないはずがない。
「…………凄い勘違いしてるようだから言っておくけど、ギリギリ貞操は守ったわよ。そこで怖くなって逃げて来たんだから」
そう言ってお茶を一飲みした真姫は、どこか安堵したような表情を見せた。言葉にせずとも察してくれた、というだけでも肩の荷が降りたらしい。
「でも、そうなら直接親に言った方がいいんじゃねぇの?」
身体目当てで実際に襲われたのだ。それは子供がどうこう出来る範囲を超えてしまっている。
しかし、真姫はアキトの提案を否定するように首を横に振った。
「言ったでしょ。資金援助してくれるって……今だにウチ、経営が安定してる訳じゃないから、もしパイプが断たれたら おしまいよ。それがわかっているからこそ、向こうも調子に乗っているんだけどね」
「マジかよ………」
素直にめんどくせぇ、と投げたくなったアキトだが、嘆く訳にはいかない。一番嘆いて逃げ出したいのは、真姫本人なのだから。
アキトは適当な煎餅を取って封を切りながら、溜息を吐く。
「…………まぁ、親に相談出来たら最初から相談してるか」
「そゆこと」
「………ちなみに、ウチに駆け込んだのは?」
「たまたま近くまで逃げてきて、アキトなら力になってくれるかなって思ったから」
真姫の言葉は偽りのないものだ。アキトは誰であっても頼られるなら助けるつもりではいる。が、アキトに出来る事は些細な事でしかない。
公に力を振るえないアキトだが、今回に限っては力そのものは使えないだろう。
「…………ちょっと待て。それじゃあ俺、力になれないぞ?」
「…………アンタってさ、凛とは本当に何でもないのよね?」
薮から棒に尋ねてくる真姫に、何となく意味を判りつつも惚けたようにアキトは首を傾げた。
「何が?」
「だから、凛と付き合ってるとかそんなじゃないのよね?」
何故、そこで猫娘が出てくるのか。嫌な予感がすると思いつつも真姫の表情は真剣であり、何時ものようなふざけた態度は見られない。
「ただの幼馴染だって」
「そういう奴に限ってそうじゃないのよねぇ……けど、今はアンタ以外に頼れる奴なんていないし」
そう言って、真姫は決意したかのようにアキトを見つめてくる。その瞳には若干の恥じらいがあり、けど踏み切るしかないといった覚悟が見えた。
それだけで、嫌な予感は確信へと変わる。
「アンタ、私の彼氏になりなさい」
「…………マジか」
まったく予想と相違ない展開に、アキトは溜息を吐いた。
「いや確かに力になるとは言ったけどは、これは無理があると思うぞ」
「……………うるさいわね」
サクラハリケーンの後部座席に真姫を載せて、アキトは西木野病院への道路を走っている。
私の彼氏になりなさい、という漫画であるならば有り触れた言葉を発したお姫様は、その日の帰りを送っていきなさいと命令してきたので送迎の途中である。
「つか、お前がいいのかよ? ラーメン屋の息子なんかと付き合ってる、なんて周りに知られたら厄介なんじゃねぇの?」
「むしろその方が好都合よ。そうすれば余計な害虫が付かなくてすむわ」
冗談ではなく本気で言っている辺り、この少女の恐ろしい所である。これから彼女と付き合わなければならないと考えるだけで、気が滅入ってきた。
「大丈夫。諦めさせたらこっちの勝ちよ。それまでフリをしていればいいんだから」
「それ、最終的に結婚までいってギリギリで実は……ってネタバレするフラグだよな」
べしっ、と後頭部をヘルメット越しに叩かれた。
「つかよ、彼氏役なら俺じゃなくてミッチの方が良くないか?」
「なるべくチーム鎧武やμ'sの皆は巻き込みたくないのよ」
音乃木坂学院。先日のオープンキャンパス時にて大きな事件を起こしてしまい、その解決に一役買ったアキトは何も言えなくなる。
あの日。アーマードライダー鎧武達に戦う力が戻った日。世間で罵詈雑言しか飛んでいなかった音乃木坂学院は、皮肉な事にも鎧武の活躍によって鎮静を見た。
ようやく落ち着いたμ'sに、不要な波紋は広げたくないのだろう。
「それに、ミッチには凛達の勉強を見てもらってるし」
「…………あぁ、そういや凛の奴がテストがどうとか言ってたっけ」
今日、猫娘が言っていたが、アーマードライダーとして活動する事を認める条件として、定期テストを課せられたのだという。ミッチ曰く「無能扱いされた事に対する腹いせ」だとか。
もっとも、学生ではないアキトには関係のない話しであるが。
「お前はいいのか?」
「学校にいる間は見てるわよ。でも、練習後はミッチに任せっきりなのよね。次の作曲もしないといけないし」
μ'sの作曲を手掛けているのは真姫だ。このツンデレお嬢様は何気に多忙なのである。
「次は決まってるのか?」
「だいたいわね……まぁ、どんなのにするってテーマ自体、決まってないんだけど」
こうこうしているうちに西木野病院までやって来た2人。
サクラハリケーンを停車してヘルメットを取ると、そこには物々しい光景が広がっていた。
黒塗りの車が4台ほど病院前に停車しており、幾人もの男達が立っており、その全員の顔に傷跡がある。どう考えてもやの点く輩達だ。
そして、全員がこちらへと目を向けて腰や懐にある物へと手を伸ばす。抜いていないもののそれが何かは容易に想像出来る。
「真姫!」
呆然となりながらもヘルメットを取ると声が掛けられる。
その中で異色といっていいほどの美しい女性が、真姫の姿を認めて駆け寄ってくる。かなり年若く、さらには真姫とまったく同じ容姿。まるで真姫をそのまま成長させたような女性だ。
「お前に姉がいるなんて知らなかったな」
真姫に小声で問い掛けると、彼女はどういう訳かにやりと笑いヘルメットを投げ返してくると、女性へ手を振り返した。
「ママッ!」
「…………はい!?」
思わずアキトは真姫と女性を見比べてしまう。似ているから身内だとは察する事は出来たが、どう見ても年の離れた姉妹にしか見えなかった。
驚くアキトにしてやったり、とどや顔を披露する真姫。アキトが知っている真姫そのものだが、すぐに面を被るがごとく表情を変える。
「もう、どこに行っていたの!? 心配していたのよ!?」
「ごめん、ママ。初めてのパーティー会場だったから道に迷っちゃって、外に出た時に暴漢に襲われて………街を逃げ回ってたら」
と、真姫はアキトの腕に自分の腕を絡ませると、知人からしたら無理な、他者からしたらギリギリ輝かしいそうに見えなくもない笑顔を浮かべた。
「この人……アキトに助けて貰ったの!」
一斉に、こちらへと視線が突き刺さる。殺気にも近い視線に真姫が口の中で悲鳴を上げるが、アキトは「どうもー」と飄々とした態度をしている。
「真姫、こちらの方は………」
「私がよく行ってるラーメン屋の息子さんなの」
「あー、啼臥アキトです。いつも彼女には贔屓にしてもらってます」
見えない所で肉を抓られ、アキトは話しを合わせる。
すると、真姫の母はまるで値定めるようにアキトを見ていた。
ある意味で親に挨拶するんだから、きちんとした格好をしなさい。という真姫の要望で持っていた服の中から彼女が選んでくれたのはどこぞのハーフボイルド探偵のような紺のチノパンツに白いワイシャツ、そして黒のカジュアルジャケットに白の帽子だ。
似合う似合わない以前に胡散臭いだろう。アキト自身も何故これをチョイスしたと思ったが、他よりかはマシだ。
「アキト………あぁ、この前真姫が言ってた?」
「そっ、そうそう! それのアキトよ!」
一体どんな風に紹介したのか気になる所ではあるが、それよりもアキトとしてはこちらを見る輩の目が辛い。
流石にいい年した大人が揃っているからか、嫉妬などの視線は少ない。しかし、突然現れた謎の男を不審がるのは仕方がないという事だ。
「おい、おいいおいおいいおいおいいおい」
不審がる一団から出てきたのは、さきほど追い払った男だ。それを見た真姫は表情を引き攣らせ、アキトは面倒なと肩を竦める。
「テメェやっぱ匿ってたんじゃねぇか!」
「匿ってたんじゃない。あの後、俺も心配になって探しに出たんだ。数少ないお得意さまだからな」
「そ、そう! そこで助けて貰って………」
慌てて真姫がフォローに入るも、真姫ママを含めて信じ難い目をしている。当然と言えば当然である。
本当よー、と真姫ママに詰め寄る真姫本人
と、あの若い男がアキトの胸倉を掴んできた。
「何か?」
「ムカつくんだよ、テメェ!」
まさしくチンピラのごとく理由で拳を振り被る若い男。
それをアキトは“あえて“受けた。
「アキト…………!」
サクラハリケーンごと吹き飛ぶアキトに、若い男は追撃するかのごとく襲いかかる。
「よせ!」
上司が制止の言葉を投げるが、若い男は止まらなずアキトへ馬乗りとなってタコ殴りにする。
「餓鬼が生きがってんじゃねぇぞ!」
「どっちが餓鬼だよ、チンピラ」
次の瞬間。なすがままになっていたアキトの右腕が動き、若い男の顎を襲った。
一撃。たったそれだけで若い男には凄まじい衝撃が走り、それは脳震盪を起こす。
結果、若い男は白目を剥いて倒れたのだった。
「なっ……貴様ッ!」
新入りとはいえ仲間が倒れされた、という事態に黒服達は隠していた拳銃を抜いてアキトへ向ける。
しかし、そのようなものにはお構いなしに、殴られた拍子に飛んだ帽子を拾うとついたゴミを吹き飛ばすように息を吹きかけた。
「やめないか」
上司は若いながらこの場で一番偉いらしく、その一言で男達は拳銃を下ろした。
それを確認した上司は、真姫ママへと頭を垂れる。
「部下が失礼をしました」
「…………彼は娘の恩人です。以後、このような事はないように」
厳かに告げると、真姫ママは破顔してアキトを見やった。
「ごめんなさい。彼には厳しく言ってもらうから」
「お気になさらず。ただのチンピラに絡まれた程度、どうってことないっす」
「怪我をしていたら手当しましょうか?」
「大丈夫です。彼女を送り届けるだけでしたから」
そう言ってアキトはサクラハリケーンを立て直して跨ると、真姫を見やる。
「じゃあな。もう変なのに付き纏われるなよ」
「う、うん…………」
引き攣りながらも寂しそうな表情で頷く真姫。
今日はきっかけだ。ここから仲を急接近させていく、というシナリオを真姫と立てたのだ。
なので、アキトはここから去らなければならない。少し漫画を参考にし過ぎたかとは思うが、いきなし「この人を彼氏にする」と言ったら、普段の真姫から考えて何かあったと勘ぐられるだけだ。
アキトはヘルメットを被り、帽子をベルトに引っ掛ける。
「またな」
そう言って真姫と真姫ママに会釈し、バイクのアクセルを吹かす。
男達の殺気を受けるがバナナの君に比べれば軽いものだ。それすらも特に害なすほどのものではないのだが。
バイクを走らせる事数分。人気のない大通りに出た所だ。かつてアーマードライダー鎧武と龍玄とアーマードライダーデュークが初めて邂逅した、この辺では広い道路だ。
そこで停車し、アキトは目を細める。
時間はもうすぐ日付けを跨ごうとしている。明日は平日なのだし、仕事に備えて休むのは普通だ。
しかし、かといってまだ夜中であって深夜ではない。まだ宴会などで起きている人がいるはずだ。ここには深夜まで営業している居酒屋がいくつかあるはずだった。
なのに人気がなく、店も閉まっている。
嫌な予感を覚えたアキトが来た道を引き返そうとした時、唸り声と共に閃光が弾けた。
「っ!?」
直撃はしなかったもののすぐ傍で火花が散り、アキトは瞬時にバイクを走らせる。
同時に路地の暗闇から飛び出す影があった。先日、音乃木坂学院を襲った殺し屋が召喚したイーグルインベスだ。
それが合計4体。その全てがアキトに向かってエネルギー弾をばら撒く。
降り注ぐエネルギー弾の雨から逃れるようにサクラハリケーンのハンドルを切り、アキトは舌打ちした。
「明らかに俺を狙ってるって事は、野良インベスな訳ねーよな。このタイミングからして………」
そうぼやきながら、アキトは片手を懐に伸ばしてこの世界にはないはずの力を手にする。
ゲネシスドライバーを腰に当てるとベルト部分が伸びて、身体に巻き付いた。
人気がないという事は誰も見ていないという事。これからの光景は真姫にはもちろん、誰にも見られたくないものだ。
もう1つ、左手でレモンエナジーロックシードを構えてアキトは魔法の言葉を口にする。
「変身!」
『レモンエナジー!』
言葉と共にレモンエナジーロックシードを開錠すると、頭上のクラックが開いてアーマーパーツが現れる。
バイクの運転中なのでいつものような変身ポーズはぜずに、代わりにバナナの君のごとくロックシードを回してからゲネシスドライバーにセットした。
『ロック・オン』
その時、イーグルインベスが放ったエネルギー弾が、目の前で炸裂してコンクリートの噴煙が舞う。
アキトの姿が隠れた瞬間、
『ソーダ! レモンエナジーアームズ! ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!』
アーマードライダーデュークへと姿を変え、サクラハリケーンが加速する。
突然、目標が違う姿になったからかイーグルインベス達に動揺が走り、動きが止まった。
その隙を逃さまいと、サクラハリケーンに乗りつつソニックアローを構えたデュークはイーグルインベスに向かって矢を放つ。
矢は違う事なくイーグルインベスを貫き、1体が爆散する。
仲間がやられた怒りに震えたのか、それとも恐怖したのかはわからないがイーグルインベスが羽ばたいてエネルギー弾をさらにばら蒔いてくる。
それらを掻い潜ったデュークは、サクラハリケーンから飛び上がってイーグルインベスをソニックアローで斬りつけた。
墜落したイーグルインベス達が立ち直るより先にソニックアローで斬りつけ、さらには打撃技も混ぜて攻撃する。
不意打ちにも近い形たったからか、2体目のイーグルインベスも撃破に成功。
残りは2体。しかし、一瞬で仲間を失った事に旗色を悪く感じたのか、逃げようとする気配をかんじた。
「逃がすかよ」
そう嘯いて、デュークはノッキングドローワを引き絞る。
奴らはアキトがデュークである事を知っている。ここで逃したりして正体を明かされたりしたら、厄介な事この上ない。
放たれた矢は寸分狂う事なく、イーグルインベスを貫く。しかし、その爆散する影を縫って、最後の1体が場を離れた。
「あっ、待てや!」
慌ててサクラハリケーンを発進させ、イーグルインベスの後を追うデューク。
イーグルインベスが逃げたのは西木野病院がある方だが、放置する訳にはいかない。
このタイミングで現れ、さらにはアキトに狙いを済ましてきた。それはつまり、真姫を狙っていたというヤクザの若頭なり財閥の御曹司が関係しているのだろう。でなければ襲撃される理由の説明が付かなかった。
上空で逃げ続けるイーグルインベスに、延々続けていたらこちらが不利になるだけなので、デュークはソニックアローよエナジードライブベイにレモンエナジーロックシードをセットする。
『ロック・オン』
そして、ノッキングドローワを引き絞って狙いをイーグルインベスへと定める。
ポインターがイーグルインベスの背中へと辺り、その事に気付いたイーグルインベスは左右に動いて狙いを
外そうとする。
が、一度定着したポインターは外れる事なく、むしろ矢の軌跡を予告するかのようにレモンを輪切りにしたようなエネルギーが現れて道を作っていく。
「これで決まりだ!」
『レモンエナジー!』
引き絞っていたノッキングドローワを放し、矢が放たれる。それを認めたイーグルインベスがさらに加速するが、逃げられる術などもはやない。
数瞬も置かない内にイーグルインベスは矢に貫かれ、爆散した。
持ち上げていたソニックアローを下ろし、デュークは一息付いてからレモンエナジーロックシードを外してゲネシスドライバーにセットし直す。
呆気ない勝利ではあるが、これが普通である。アキト自身の戦闘力が低くても、それを補うだけの力をゲネシスドライバーとエナジーロックシードは引き出してくれる。
オープンキャンパス時にはボロボロに敗北したが、普通の裏家業をやっている輩が操るインベスなどこの程度だ。
「ったく、真姫も厄介なのに目を付けられたな………」
ここ連日してインベスの襲撃に関わっているから忘れそうになってしまうが、インベスで人を襲うのは犯罪だ。アーマードライダーは基本的にインベスゲームなどで暴走したインベスを鎮圧するのが主な目的であり、人を襲うインベスは本来あってはならない事だった。
もちろん、この世は誰か曰く屑で満ち溢れているので、毎日のようにインベスを使った犯罪は起きているが。
「どうにかしないと、デュークだってバレるかも………」
そうぼやいて、デュークは変身を解く。
それは、恐らく一連の出来事が終わった事による安心感が齎した油断だったのだろう。
啼臥アキトにとっての、一番の失態の原因だ。
「あらあら、あらあらあらー?」
びくりと、アキトの肩が跳ね上がる。
慌てて振り向くと、そこにはさきほど会った顔が。
一瞬、同い年のツンデレ嬢にも見えたが、その柔らかい物腰と柔和な笑みは彼女ではない。しかし、そのまま成長させたような姿は、先程驚いたばかりだ。
「ま、真姫のお母さん!?」
「いやー、まさか真姫の彼氏さんがあのデュークだなんて! あ、サイン貰ってもいい? ファンだったのよ、私ー」
焦るアキトに対し、能天気な発言をする真姫ママ。
先程着ていたドレス姿ではなく、部屋着なのかTシャツにジャージとお金持ちの奥様とは思えない格好だが、それでも美しさが一片の欠片ほど落ちていないのはどういう事なのだろうか。
いや、そんな事はどうだっていい。重要ではない。
問題なのは、真姫の母親にアキトがデュークであると気付かれたという事だ。
「真姫ー」
「だぁぁぁっ!? 待って、待って下さい! 真姫にはバラさないで、何でもしますから!」
「ふふっ、ここは病院の裏手だから真姫はいないわよ」
からかうように笑う真姫ママに、アキトは大きく息を吐いた。
改めて周りを見回すと、アキトが戦っていたのは駐車場らしく、病院からは少し離れたところにあった。
誘導体されていたのか、それとも逃げ出すギリギリだったのかは、わからないが、少なくともあの輩に正体がバレている事はないだろう。
「えっと、その……俺がアーマードライダーデュークだってのは秘密にしておいて欲しいんですが……」
「うふふっ、正義の味方には秘密が多いのかしら?」
「………まぁ、そんなトコです」
もっと色々と複雑な事情はあるのだが、説明するのも億劫なので適当に濁すアキト。
その事に気付いているのか気付いていないのかはさておき、真姫ママはにこりと笑って踵を返す。
「じゃあ、気を付けて帰ってね? 彼氏さんが傷ついたらって知ったら、あの子泣いちゃうから」
「…………いやいや、さも付き合っているかのように言ってますけど、まだそんな関係じゃ……」
わざと失言するように漏らして語句を濁す演技をすると、真姫ママは面白そうに笑った。
「じゃあね、秘密のヒーローさん」
まるで憧れていたタレントに出会えたかのように上機嫌となった真姫ママは、そのまま病院棟へと歩いて行った。
それを見届けたアキトは、大きく息を吐いて全身から力を抜く。
どうもあぁいった、母親という人種が苦手だとアキトは思う。この前の南理事長と然り、こちらの思惑を見透かされているような気がしてならないのだ。
こちらが優位に立っているようで、その実は逆。頭が上がらない、とはこのことを言うのだろうか。
「………………寂しいのかねぇ」
ヘルメットを被り、サクラハリケーンのアクセルを回し発進させながら思う。
とりあえず、あの猫娘にバレませんように。
翌日。
仁を送り出したアキトは、面倒そうに携帯電話の画面を睨み付けた。
真姫とは昨晩のうちにメールで連絡を取り合い、放課後の練習後に会おうという約束になっていたのだが。
「μ'sの皆とで秋葉って………何故にそんな事に…………」
μ'sのメンバーとで秋葉原に出向いている、というメールを貰ってしまい、アキトは予想外の暇が出来てしまったのだ。
その為、仕方なく店前の掃除をしている訳だが、店長不在のた為ラーメン仁郎は休店である。
いつもやっていることなので、さっさと終わってしまい、再び手持ち無沙汰になってしまうアキト。
こういう時に限って凛やミツザネが多忙だという事が恨めしい。てんやわんやと凛の泣き面を拝めるというのに。
ちなみに、凛はしばらくここへは来ないだろう。ラーメン仁郎が休店である事を知っているだろうし、昨夜の電話で『巨乳だらけの陵辱エロゲするから来るなよ』と言ったらにゃあともがぁぁとも取れない咆哮以降、まったくの音信不通だ。
どうせラーメン仁郎が復帰すれば、花陽やミツザネに引き摺られながらやって来るだろう。
閑話休題。
さて、街に出てインベスが暴れていないかパトロール、というのはアキトのキャラではない。そもそも、インベスが暴れるというのは沢芽シティでもない限り珍しい事であり、だいたいはユグドラシルが対応する。
デュークが現れるのは、とある少女の危機かたまたま通りすがった時のみだ。アキトも良心だけで動いている訳ではない。
「さて、どーすっかなぁ」
自室のベッドでごろんと横になったアキトは、天井を見つめながら嘯く。
ふと、机の上に置いてある写真が目に入る。
1つは幼稚園の時、凛と花陽と3人で撮影したもの。
もう1つはチーム鎧武とμ'sが和解後、仁の提案で一緒に撮ったもの。
そして、もう1つはアキトが赤ん坊の頃、母親に抱かれている父との写真。
アキトに母親はいない。幼稚園になる前、凛と花陽と出会うよりもっと前に病気で死んだらしいが、詳しい事はアキトも知らなかった。
母親がいない事を寂しいと思った事はない。父親しかいない事がアキトにとっては当たり前だったし、それが特殊であると気付いた頃には凛は花陽が一緒にいたから寂しさはなかった。
母親がどんなものか、というのに関しても興味はない。よく凛と花陽宅に通っていたから、こんな感じかというイメージはある。
「……………イカンイカン」
真姫ママと出会ってからというものの、どうもセンチメンタルな気持ちになりがちである。
頭を振ってセンチメンタルな気持ちを吹き飛ばし、出掛けようと着替えを始める。この東京都で遊ぶ街は秋葉原以外にもたくさんある。
ジーパンに適当な白シャツを羽織ったアキトがいざ出掛けようとした時、突然インターホンが連打された。
荒々しくはないものの、焦りが見える感じにアキトはすぐさま玄関へ赴いて開けた。
そこには案の定、焦った表情の真姫が。
「何があった?」
「あ、アキト………!」
「なるほどなるほど、そいつが例のか」
アキトの顔を見れてほっとしたのも束の間、飛び込んできた声に真姫の顔が青くなり振り向く。
アキトもそちらを見ると、そこには屈強そうな黒服の男達に囲まれた少年がいた。
少年、とは辛うじて判断出来るのは顔付きのみで、腹は力士のごとく膨れ上がっており、着ているスーツが弾けそうになっている。
一目見た印象は最悪だ。嫌悪感すら抱けるくらいに不潔を表した姿に、アキトは思わず顔を顰めた。
「…………これが例の?」
小声で尋ねると、真姫は小さく頷いた。なるほど、真姫が嫌がるのも頷けるタイプだ。
アキトは真姫を背中に隠し、面と少年と向き合う。
「お前、真姫に何かしたのか? 警察呼ぶ?」
「失礼だな、お前。失礼だぞ」
「不審者に払う礼儀なんかねぇよ」
切り捨てるように言って、いつでも使えるように腰のベルトに付けたロックシードに手を伸ばす。
その気配を察したのか、周りの男達も懐に手を伸ばし構えた。
「初対面の人間を不審者だと?」
「真姫がお前に怯えている。不審者と思うには十分な判断材料だと思うが」
そう返すと、少年は仰々しく肩を竦めた。
「それは誤解だよ。彼女は照れているだけさ……だって僕達は許嫁なのだから」
「そ、それはパパ達が勝手に決めた事でしょ! 泥酔した状態で交わした約束なんて無効よ、無効!」
アキトの後ろから真姫が吠えると、少年は仰々しく天を仰ぐ。
「あぁ、なんという事を。君は天啓を覆すというのかい? 君と僕が結ばれる………それは運命だというのに」
突然、厨二病的な言い回しを始めた少年に、アキトの柳眉がぴくりと動く。
「運命は何者にも決められない。そいつが足掻いて切り開くものだ」
「…………あ?」
「真姫の
アキトが強い瞳で少年を睨む。同い年のはずなのに射抜く力は段違いで、彼の身体が震えた。
その並々ならぬ気配に、周りの男達はロックシードを取り出す。
その時、
「わ、私この人と結婚するの! だから、アンタとはもう会わないから!」
時が止まる、というのはこういう事を言うのだろうか。
流石のアキトも予想外過ぎる言葉に固まり、黒服達ですら唖然としている。
そして、一番驚いているであろう少年は、
「………………」
無言のまま倒れてしまった。黒服の男達が慌てて彼を担いで、こちらに「覚えておけ」的な目を向けてからだっとのごとく逃げていく。
それを見届けてからアキトは息を吐いて、真姫を見やる。
「…………何で事を大きくしたんだよ」
「だって………」
緊張が解けたのか、疲れたように真姫が言う。
もっとも、真姫であそこで何かしらのアクションをしなければインベスゲームとなっていただろう。デュークに変身するわけにもいかず、勝てる見込みはなかったので助かったといえば助かったのだが。
「しっかし、ありゃ相当ネジ吹っ飛んでんぞ」
運命や決められているだのと、本気で言えるのは漫画のキャラクターくらいである。
「だから、アンタに彼氏役を頼んだのよ。真正面から嫌いだの何だのと言っても、あぁやって流されるだけなんだから」
「ちなみに、あいつってヤクザ?」
昨日今日の取り巻きを思い浮かべると、どうしてもそっち系に思い当たるのだが真姫は首を横に振った。
「違うわ。確か……どこかの財閥の御曹司よ。ヤクザを相手にしているらしいから、自然と強面な輩が集まるんだって」
「………武器商とかじゃないよな」
そう言いつつ、アキトは溜息を吐いた。
結婚だのと事はさらに大事になっていく。
思った以上に厄介事になったものだと、アキトは思いつつどう切り抜けるか考えるのであった。
時は最初に戻り。
差し出された未元物質を口に含んだ瞬間、アキトに衝撃が走る。それは感動や歓喜とは正反対の、負の感覚だ。
それを差し出した真姫が不安そうな表情のまま息を飲み込む。
衝撃と戦いながらも料理人の端くれとして、気合い入れて未元物質を胃袋へと叩き込むアキト。
「ど、どうよ……?」
慎重に尋ねてくる真姫に、半目になりながらアキトは包み隠さず告げた。
「お前は台所に立つな」
「ゔぇえ!?」
傍から見たら恋人のやりとり(?)には到底に見えるのか、ストーカーメンレラ少年は羨ましそうにこちらを見ている。
この少年から真姫を引き離す口実の為、彼氏役を引き受けたアキト。
するとストーカーメンレラ少年は仲の良さを証明しろと言ってきたので、真姫宅で3人きりでいるのだが。
「俺が手本を見せてやる」
そう言ってアキトはソファーから立ち上がり、台所へと向かう。
彼氏というのは演技ではあるが、つくづく思う。
こいつ、結婚したとしても家事を任せるのは危険だ。
恋人(演技)の未来を憂いつつ、アキトは台所にあった箱を見る。それはホットケーキと書かれており、げんなりとした表情でアキトは台所を片付けから始める。
それからアキトは調理を始める。アキト自身、そこまで菓子類は得意な方ではないので、袋に書いてある通り無難に作ると、イラスト通りのホットケーキが完成した。
しかし、これが普通であり、むしろ真姫のように見た目からして未元物質にする方が困難なはずなのだが、彼女はどうやって作ったというのだろうか。
アキトは呆れつつも2人の元へケーキを届けると、2人は驚いたようにケーキを見てからぱくりと食べる。
「す、凄い………」
「お、美味しい………」
「凄いって………これ、普通に作っただけなんだけど」
アキトはそう言って真姫を見やる。
「お前、もう少し家事スキル身に付けろって。いくら少し前まで中学生だったからって、ホットケーキすら作れないのって相当だぞ」
「……しょ、精進します」
「ぐぬぬっ………おのれ啼臥アキト! 真姫ちゃんを困らせるなどなんという不届きもの! 羨ましいだろうが!」
「おい、昨日とキャラ変わってんぞ」
騒ぐストーカーメンヘラ少年はぐぬぬっ、と唸ってから何かに気付いてにやりと笑った。
「そうえば、君は真姫ちゃんと結婚するんだったなぁ………?」
「そ、そうよ! このとおり、彼ってば家事を完璧にこなすんだから!」
ばっと腕に抱き着いてくる真姫に、アキトは嘆息した。本人は意図していないのだろうが柔らかい物2つが押し付けられているのだが、喜ぶ気分ではない。オープンキャンパスで銃撃を回避した時の方がテンションは上がったものである。
真姫の言い分を全面的に信じているのか、ストーカーメンヘラ少年は悔しそうな顔をしてからホットケーキを指さした。
「だったら、はいあーんなんて簡単に……」
「それ、さっきの
「…………………だ、だったら!」
まるで言いたくないものを言うように、若干涙ぐみながら言った。
「口移しで食べさせる事くらい造作もないはずだ!」
「…………………ゔぇえええっ!?」
予想外過ぎる発案だったのか、真姫はアキトから離れた。そして、アキトの顔を見てボンッと顔を赤くする。より正確にはアキトの口元を見て、であろう。
かく言うアキトも、真姫の唇を凝視してしまった。学校帰りなので化粧はしていないが、まるで化粧でもしたかのように瑞々しい張りと美しい形は恋人など持った事のないアキトでさえ魅力的だとわかった。
やはり言われてしまえば意識せざる得ないものだが、アキトは顔を赤くする事もなく考え込む。
「ほらほら、出来るはずだよ!?」
「そうだな。んじゃ、やるか」
「………………えっ?」
同じように狼狽えると思っていた真姫から惚けた言葉が漏れるが、アキトは構わずホットケーキを口に含んだ。
そして、離れた真姫の肩を掴み、抱き寄せた。
「なっ………!?」
「えっ、ちょっ、アキ……ほ、本気!?」
予想だにしない行動に真姫は当然焦った声を漏らし離れようとするが、それより強く引き寄せて顔を近付ける。
そしてわざとゆっくり、見せ付けるように唇を近付けていき、
「……………だァァァァァッ!!」
それを阻むようにストーカーメンヘラ少年が2人を引き離した。
「何だよ。お前がやれば信じるって言ったんだろ」
「そこまで言ってない!?」
ぜーはーと肩を上下させるストーカーメンヘラ少年にやれやれとため息を吐くアキト。
真姫はというと頑張って耐えているが、若干涙になりつつある。
少しやり過ぎたか、と思いつつアキトは押黙る。
しばらく沈黙が漂い、誰も口を開かないという微妙な空気になる。
その時、壁に掛けられている時計からベルが鳴り響く。時間を確認すれば7時を回っていた。
「っと、もうこんな時間か………」
エプロンを外しながら言って、アキトは思い出したように真姫に言う。
「なぁ、さっき冷蔵庫見たら食材がなかったんだが……お前、今日晩飯どうするんだ?」
「えっ……あぁ、今日からパパもママも学会で出張なの。だから、外食で済ませるつもり」
少
し間を置いての返答だったが、何とか返してくる。
そして、真姫ママがいない、という事にアキトは内心安堵する。あの人にはこちらの秘密がバレており、そうでなくとも母親という人種には勝てそうになかった。
「なら、作ってやろうか? どうせそいつだって引っ付いて来るんだし」
「引っ付いてって………人をストーカーみたいに言わないでくれるかな。僕は婚約者として当然の……」
ガミガミと言ってくるが、結局アキトも仁が不在で適当に済ませるつもりなのだ。本当は幼馴染みの星空凛や小泉花陽、友達の呉島ミツザネ辺りでも誘おうと思っていたのだが。
この状況をミツザネに見られた確実に面倒事になるだろうし、何より凛に見られたくなかった。
「アンタもアンタの家で飯があるだろ。そろそろ帰ったらどう?」
真姫の言葉にアキトが時計を一瞥すると、時間はすでに19時を回っている。真姫の学校が終わってから合流したのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
しかし、親不在の娘の家に男子が長居して良い時間帯ではない。
「…………そうだね。今日の所は素直に引き下がるとしよう」
「だから、キャラが定まってねぇって」
本人にそう聞こえないくらいの大きさでぼやくアキトだが、せっかく帰ってくれるというのならそれに従った方が楽だ。
しかし、昨日運命だのと言っていた姿とはまったく別人のように見えて紳士的だ。アキトがいるからかわからないが、真姫を襲うような事もしていない。
真姫もそこを奇妙だと感じているのか、警戒芯丸出しで帰りの身支度をしている男を睨んでいる。
「今日は大人しく引き下がるけど、君なんかが真姫ちゃんを幸せになんか出来はしない。君に思い知らさせてあげるよ」
アキトに対する敵意は変わらないが、一昨日襲撃を計画した当人だとしたら闇討ちでもしてきそうだが。
考え過ぎだろうか、とアキトが思っているうちに、ストーカーメンヘラ少年は帰って行った。
姿が無くなると同時に、真姫から力抜けたようにソファーに座り込んだ。μ'sのライブとは異なった慣れない緊張感は、かなりの負担を彼女に掛けただろう。
「大丈夫か?」
「内心、かなりヒヤヒヤしたわよ。あいつ、実力行使して来るんじゃないかって………」
真姫もR指定的な意味で襲われかけたのだ。その杞憂やトラウマは当然と言えた。
「て言うか、アンタってさっきみたいな事、凛にもしてるの?」
若干顔を赤くさせて尋ねてくる真姫に、アキトは息を吐く。
「んな訳あるか。あぁいう演技しとけば、無理やり介入してくる事くらい予想出来るだろ」
あの少年がキスをしろと言ったのは、こちらが本当に付き合っていないと見抜いているからだ。実際はそうだし、アキト自身付き合っていると演技の発言をしていないのだから正解なのだが、確かめずにはいられなかったようだ。
ならば簡単な話しで、わざと接近すれば見ていられなくなりあれやこれやと言わなくなるだろう。
本来なら真姫とて容易に予想出来ただろうが、いつ襲い掛かってくるのかと気が気でなかったからか、そこまで頭が回らなかったようだ。
疲れ切っている真姫を見て、アキトは肩を竦める。
「なぁ、流石に親御さんに相談しろって。ありゃ子供の手に負えるような相手じゃないぞ」
「そんな事したら、ウチの経営は終わりよ。言ったでしょ、パトロンの1人だって」
「そいつ1人に頼ってる訳じゃねぇだろ。それに、それでお前が傷ついたら親御さんだって………」
「アンタに何がわかるのよ」
疲労が溜まっていたからか、真姫の言葉にはどうしようのない憤りが隠されず吐き出された。
「パパとママに言えば、絶対に助けてくれる。例え結果的に重大なパトロンを失ったとしても」
うつらうつらと眠気に襲われているのか、真姫の言葉に覇気はない。
「けどね、それで路頭に迷うのは私達西木野だけじゃない。そこに勤務している医師や看護師も含まれるの」
真姫の病院は総合病院であるが為に、かなりの大型だ。運用するには多くの医師や看護師といった人達が勤務しており、病院の運営は彼らが支えているといっていい。
「その人達の為にも……私の我が儘で………病院をつ、ぶすなん……て………」
やがて語句が消え入り、真姫は静かに寝息を立て始めた。
アキトは息を付くと、ソファーに畳まれているタオルケットを掛ける。
今の言葉は、ようやく真姫が無遠慮に吐き出した本音であり、戦う理由だろう。そこにあったのは、アキトが思った通りの言葉だった。
同い年とはいえ、普段から男慣れしていないお嬢様気質の真姫が、男に言い寄られていい気分であるはずがない。(それはそれで相手さんが可哀想だが、今回の相手はそんな罪悪感を微塵に吹き飛ばした相手なので考慮しない)
そもそも、自分ではなく他者の、それも年上である大人達を思って耐えている、という事に思わず笑みが零れる。
彼女もかのライダー達同様、お人好しバカだったというだけの話し。
ならば、アキトがやるべき事は1つだ。
「さて、まずは飯の買い出しに行きますかねぇ」
真姫を起こさないように物音を立てずに部屋を出たアキトは、自前のバナナロックシードとレモンエナジーロックシードを開錠した。
クラックが出現し、コウモリインベスとイーグルインベスが出現する。
「俺が出掛けている間、真姫の警護を頼む」
あのストーカーメンヘラ少年がアキト不在を狙って来ないとも限らない。先ほどはキャラが変わったように善人面だったが、それらが演技だった可能性は十分にある。
それか、もしくは“貌“を変えられたか。
何にせよ、この家には初めて訪れたのだから鍵の在処など知るはずもなく、真姫を起こすのも可哀想なのでアキトはインベス達に護衛させる事にしたのだ。
コウモリインベスとイーグルインベスは頷くと、羽ばたいて飛んでいく。小柄な体躯だが、彼らに任せておけば相手が本格的な襲撃さえしてこなかれば対応出来るだろう。
「……………フラグに何なきゃいいけど」
一人でそう呟いたアキトは、外に止めてあるサクラハリケーンに跨り、使い慣れているスーパーへと走り出した。
啼臥アキトが所持するロックシード
・レモンエナジー
・バナナ
・サクラハリケーン
・ローズアタッカー
次回のラブ鎧武!は…………
「むぅー………」
「何時まで剥くれてるのよ。困ってるなら私を頼りなさいよ!」
「はわわっ、お姉ちゃんダメだよ……凛ちゃんも一杯一杯なんだから………」
アキトに会えない寂しさでむくれる猫娘に手を差し伸べるのは、かつての旧友の双子。
「こいつ、ただのインベスじゃない!?」
「ミツザネ、気を引締めろ!」
突如現れた未知の敵に奮戦する呉島兄弟。
「さぁ、お前の罪を数えろ」
2色のハンカチの代わりに投げる、アキトの言葉の意味とは。
次回、ラブ鎧武!
12話:Darling ~アキトの距離感~
クッシュン!
鼻水が止まらない………のどにも違和感が…………
いえ、ハウスダストによる花粉症です。
どうも、鼻の蛇口を閉めたいグラニです。
今回も読んでくださってありがとうございます。皆さん、風邪には気を付けてくださいね。ノロだけではなくインフルエンザや他にもウィルスが蔓延しやすい季節ですからね………。
今回では今までも十分出張って来たアキト君が中心で、真姫との話しになります。本来の構想ではしばらく真姫とのぎこちないイチャイチャを描きたかったのですが………アキトが凛ちゃんにまっすぐすぎて靡く姿がまったくイメージ出来ない………wwwどうして頑ななのだ、アキトよ。生みの親である自分もびっくりですww
次回ではなぜ、そのセリフをアキトが口にしたのか…………
2人の無理がある恋人(カリ)はどうなるのか。
次回もぜひ、よろしくお願いします!