西木野真姫誕生日記念
薔薇の花言葉
「愛」
「美」
「内気な恥ずかしさ」
「輝かしい」
「私はあなたを愛する」
西木野真姫は普段から釣り目であると自覚しているが、今日はいつも以上に目が釣り上がるのを感じていた。
真姫の前に広がっているのは参考書とノートに筆記用具。これだけあれば勉強していると、誰が見てもわかるだろう。
真姫は今、何気にピンチなのである。
真姫の夢は医者になる事だ。その為には医科大学に通わなければならないが、それには難関な入学試験を突破しなければならない。その為にもスクールアイドルをやりながら塾にも通っているのだ。
が、ここ最近はスクールアイドルに集中し過ぎて塾の勉強が疎かになってしまい、テストにおいて悲惨な結果となってしまったのだ。
塾の講師からもスクールアイドルは辞めた方がいいと言われたのだが、今やりたい事を捨てられるはずもなく、勉強をする事になったのだが。
「にゃーっ、アキトずるいにゃ!」
「ばーか、ボムオンリーにした時点でこうなる事は予想着いただろうが!」
勉強している真姫のすぐ傍でゲームに興じているのは啼臥アキトと星空凛だ。
真姫の勉強を応援する、と豪語していた癖に来るやいなやゲーム開始。ガリガリと真姫の集中力を削るお邪魔虫となったのだ。
こんな時にストッパー役となるはずの人達は所用で席を外している為、真姫には耐えるという選択肢以外なかった。
誰が助けて、と切実に思ったその時、ガラリと扉が開かれ入ってきた人物は迷う事なくお邪魔虫の2人に拳骨を落とした。
「ぐえっ!?」
「痛いにゃ!?」
「2人とも、あれほど邪魔をしないでね、って言ったよね………?」
拳骨を落としたのはここ、呉島邸の主の弟である呉島ミツザネだ。続いてスーパーの買い物袋を持って入ってきたのは小泉花陽。普段は心優しい天使のような少女も、弁明出来ないという風に呆れた顔をしていた。
ミツザネは割と本気で怒っているらしく背中越しであっても感じられる威圧に、真姫は冷っとする。
凛も流石にふざけ過ぎたのかと感じてあわあわとしているが、アキトは平然とした表情でゲームの電源を落とす。
「まぁまぁ、俺達がいたって真姫の勉強見れる訳じゃねぇんだからさ。だからミッチじゃなくて俺が買い出しに行こうかって言ったのに、それを突っ撥ねたのはみだろ」
「真姫さん自身が勉強法を見つけなければならない。その為には付きっきりにならない方がいいと思ったんだ」
「じゃあそれは失敗だな」
飄々と言ってのけたアキトは立ち上がると、花陽へと目を向ける。
「で、頼んでたモノは買ってきてくれたか?」
「う、うん。一応は………」
花陽が差し出した買い物袋を受け取り、アキトは中身を確認するとうんうんと仕切りに頷く。
「よしよし、時期的にきついかと思ったけど揃ってる。ありがとな、かよちん」
「けど、そんなに沢山の食材、料理出来るのかい?」
ミツザネが尋ねると、アキトはふふんと鼻を鳴らした。
「凛がラーメンしか食わないからな。おかけで多少の料理は覚えられたぜ」
「なっ、まるで凛が家事出来ないみたいじゃないかにゃ!」
「実際に出来てねぇだろ! とにかく、台所借りるぜ。凛とかよちんも手伝ってくれ」
まさしく、ここからは俺のステージだと言わんばかりに張り切るアキトの背中を追いかけるように、凛と花陽が退出していく。
それを見届けた真姫はミツザネと顔を見合わせる。
「じゃ、続きをやりましょうか」
「そうね、お願い」
かくして、長い戦いが再び始る。
正直な話し、ミツザネは緊張していた。
家に友達を招いた事は何度かはある。当然、その中には女友達の姿はあるのだが、アキトなどの男友達と一緒か複数人の女友達がほとんどだ。
なので、女の子とこうして2人っきりになるなど、滅多にない機会だ。さらに勉強を教える為に真横に真姫がいる。かなり距離が近い。
異性とこれほど至近距離で触れ合った事のないミツザネとしては、ドキドキと鼓動が跳ね上がるのも無理はない。
ちらりと、横目で真姫の表情を盗み見る。白い肌に整った顔つき、美しく揃えられた眉や睫毛。さらには瑞々しい唇に、アメジストのように輝く紫色の瞳。
それらは間違いなく、西木野真姫という存在は格別であると世界に物語っている証拠である。
「……………ミッチ?」
「えっ」
声を掛けられ、ミツザネは思わずはっとなる。見ればいつの間にか真姫はこちらを見ており、目線が合う。
「私の顔に何か付いてる………?」
「いえ、その………すみません、少しぼぅっとしてしまいました」
頭を下げて、今までの邪念を振り払う。いけない、今は真姫の勉強に集中しなければ。
ミツザネがノートに目を移すと、どうやら行き詰まったらしく式が途中で止まっている。そこから頭の中で式を当てはめ、真姫がそこに辿り着くように言葉を選びながら説明した。
すると真姫はすぐに辿り着いた。しかも、与えられたピースを使い、そこから発展させて色々な問題を解いていくのだ。
それはまさしく、天才と呼ぶのに相応しい才能だった。
「…………何?」
見つめるのではなく、くすりと笑ったからか真姫が怪訝な表情を向けてくる。
「いえ、こうスラスラと問題を解かれては、勉強を教えてくれって頼まれたのに立つ瀬がないと思って」
「それはミッチの教え方が上手いからよ。どうしてそんなに上手いの?」
真姫の質問に、ミツザネは困った顔をする。別段、教え方が上手いと思った事はなく、自分なりに普通に教えてるだけなのだが。
「うーん、特にこれといって意識してる事なんて………」
「凄いわね………ミッチみたいな人を天才というのかしら」
天才、という言葉にミツザネは思わず顔を顰めた。天才というのは真姫のような人間を言うのであって、己のような屑が呼ばれるのにはふさわしくない相応しくない言葉だ。
「そんな、僕は優秀な人間じゃないですよ。昔から、人の上に立つ為に仕込まれて来たから、こういうのに慣れてるんですよ。僕より真姫さんの方が凄いです」
この年で医者になりたいという具体的な夢があり、それに向かって大なり小なりの努力をしている。
それは誰にでも出来るようで、出来ない事だ。
「そんな事ないわ。きっと、ミッチにもやりたい事が見つかれば、私以上に突き進むわよ」
「そういう物でしょうかね………」
ミツザネが首を傾げていると、部屋のドアがノックされる。
「真姫ちゃん、ミッチ。晩御飯の用意出来たよー」
ドアから顔を覗かせるように言ってきた花陽に、ミツザネと真姫は顔を見合わせてから時計へと目をやる。
確かに時間は19時を回っており、かれこれ5時間は勉強をしていた事になる。そろそろ休憩しないと後が続きそうにない。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうね」
ミツザネに頷いて参考書を閉じると、真姫はんーと伸びをして深呼吸をする。
ミツザネも流石に目が疲れたので、よく勉強後に使っている市販の目薬を目に指して息を整えた。
「ミッチは目薬使うんだ?」
「えぇ、長い時間本を読んだりしたらね。花陽さんも使う?」
医者から支給された物ではないので、使い回しても問題はない。
差し出された目薬を受け取った花陽は、眼鏡を外して目に薬を落とす。
「っくぅー………初めてこのシリーズ使ったけど、けっこう爽快感あるね」
「えぇ、良かったらウチにとう何個かあるので持ってく?」
「本当?」
花陽と目薬で盛り上がるミツザネ。それを見て真姫が笑った。
「真姫さん?」
「ううん。ミッチも敬語が取れてきたなー、って思って」
言われてみれば、とミツザネはここ最近を思い返す。確かに年上を除いて1年生組にはアキト同様にタメ口で話していた気がする。
ミツザネにはタメ口で話せる相手はアキトのみであった。元いた沢芽シティですら同年代に友達はおらず、チーム鎧武のメンバーにも基本的に敬語だ。
アキトにも最初は敬語だったのだが、こそばゆいからという理由でタメ口を強要され、今となっては慣れたものである。
そんな彼と一緒にいたからだろうか、真姫達に対してもタメ口を使うようになっていた。
「うん、その方がいいわね」
「そうかな………」
だが、アキトがこそばゆいと言った気持ちが今なら少しわかる。敬語を使えば遠回しに距離を作っている事になるのだから、関わらないで欲しいという印象を与えてしまうようだ。
もちろん、仕事柄などもあるが、仲間内では使わない方がいいものだとミツザネは遅ばれながら気付いたのだ。
「さっ、アキトと凛さんが待ってる。行こう」
ミツザネの先導でリビングへ降りると、空腹に突き刺さるいい匂いが漂ってきた。
リビングでは凛が待ちかねたように椅子に座っており、わくわくしている子供のように目の前に広がるご馳走を見つめていた。
「おっ、来たな」
「凄い………本当に君が?」
テーブルに乗っているのは数々のレパートリー。高校生が1人で作れそうな物ではない。
「呉島家の最新キッチンのおかげだな。まずは豚肉のクリーム煮にささみと春菊のお浸し。ひよこ豆のマリネにおろし雑煮………一応、集中力アップや疲労回復といった効能がある料理だ。凛とかよちん用にラーメンとご飯もあるから好きなだけ食べてくれ」
「ラーメンも作ったの!? 君の女子力はどれだけ高いんだ………」
「お、女として少し自信無くすわね………」
予想以上の出来にミツザネと真姫は驚く意外のリアクションが取れない。花陽はご飯を大盛りで茶碗に盛って席につき、凛は恨めしい目でミツザネ達を見ている。早く席に着け、という事らしい。
苦笑を浮かべて席に着いた2人に合わせて、アキトは普通に盛ったご飯をテーブルに出してくれる。
「ありがとう」
「じゃ、食うか」
テーブルは4人掛けなのでアキトだけ簡易椅子に座り、5人で合唱。
「頂きます」
5人で食材に感謝の言葉を述べ、食事を始める。
「お、美味しい!」
「凄い……本当に凄いとしか言いようがない………!」
「そう言ってくれるだけで有難い。凛なんかここ最近、頂きますもご馳走様もねぇからな」
ジト目でアキトが凛を見やると、むっとした表情を返した。
「ちゃんと感謝してるよ! 言葉にしなくても後片付けは凛がしてるでしょ!?」
「わかってるよ。美味いと思ってくれるだけで、作った甲斐がある」
「うぅ………」
アキトとしては本気で言ったのだろうが、凛は褒められたからか顔を赤くしてしまう。
何と言うか、人の家まで来てイチャつかないで欲しいものだ。羨ましくはないが反応に困る。
花陽は慣れたようにご飯を食べており、真姫も諦めの境地に至ったのかスルーしている。この2人に対してはそれが正しい反応なのかもしれない。
「ところで、日中邪魔しといてアレなんだが……勉強はどうなんだ? 今度のテストは大丈夫そう?」
カチャカチャと、食器が動く音が響く中でアキトが訊ねる。
「まぁ……大丈夫かどうかはわからないけど、捗っているのは確かね」
「そっか」
その返答に満足したのかあきとは頷くと、また食事に集中。
何だろう、アキトがもの凄いしおらしいというか、大人しい。
「アキトは基本的にこういう食事の席だと静かになるよねー」
ミツザネの考えを表情から察したのか、凛が言う。
「へぇ……もしかして食事の時はテレビを消す派?」
「そこまでは言わないけど……何となく口数は減るな。何でだろ……」
本人もわかっていないらしく首を傾げている。今まで夕飯を一緒にした事はあったが、ほとんどがラーメン屋だったりと騒がしい所だった。そういう場では気兼ねなく話せるのかもしれない。
「けど、真姫ちゃんがスクールアイドル続けたいって言ってくれた時は嬉しかったにゃー」
「うん、μ'sは9人いないと意味ないもん!」
「………9人でいられる時間は限られてるけど、だからこそ……その時間を大切にしたいと思ったのよ」
学生である以上、この9人は永遠に一緒にいられる訳ではない。いつまでもこの時間が続けばいいのにと願った事はミツザネもあるが、それは終わりのこない永劫の牢獄だ。
人はそこから動き出さなければならない時が必ず来る。そして、人は自然とそこから離れていく。未来へと歩いていく。
そこに未練がましくしがみついていると、、取り残されていくのは自分だ。再び出会えるかもしれない未来を投げ捨てている事になる。
だからこそ、今を大切に精一杯生きていく事が大事なのだ。
何せ、ここにいる5人も。廃校を救う為に立ち上がった9人も。女神を守る為に集った5人の鎧武者も。
そこにいる事が奇跡。
それが僕たちの奇跡なのだから。
明日は休みであるが、流石に邪魔になってはいけないと凛と花陽はそれぞれ家に帰って行った。元々、真姫は泊まり込みで勉強をするつもりではあったので用意してはある。
夜も遅いのでアキトとミツザネが家まで送って行っているので、今この家には真姫しかいない。
しーんと静まり返った家は、先ほどのような喧騒があった場所とは思えないほどで、集中する所か少し不安を駆り立てられそうになる。
前はこれほど静かなら集中力が増したというのに、弱くなったのだろか。
しかし、真姫はこの弱さを心地よいと感じていた。決して、悪くない気分だと。
「毒されたのかしらね……」
今更ではあるが、あの8人に。破天荒な友達に。
その時、誰もいないはずなのに扉からノックが響き、真姫の肩が跳ね上がる。
「真姫ー、勉強進んでるかー?」
「あ、アキト………?」
扉から顔を覗かせていたのはいつの間にか帰ってきたアキトであり、真姫は思わず安堵の息を吐く。
「も、もう………戻ってきたなら戻ってきたくらい言いなさいよ。ビックリしたじゃない……」
「あー、悪い。勉強の邪魔したらまずいと思ってこっそり入ったんだ」
その気遣いを出来れば日中にして欲しかったが、この際目を瞑ろう。
「ていうか、アンタは帰らないの?」
「あぁ、何でも明日、ここで宴会やるとかで、そのつまみを作って行って欲しいんだってさ」
何だその居酒屋は。というか、未成年に作らせていいのか。
「ミッチはまだ戻ってないみたいだな………んじゃ、下にいるから、力にはなれないけど何かあったら呼んでくれ」
「わかった。ありがと」
下がっていくアキトの姿が見えなくなったところで、真姫は細く笑む。流石に1階と2階とでは離れているので音は聞こえないが、やはり誰かいるとわかっていればこの静寂も恐れはない。むしろ返って集中出来るというものだ。
スラスラとペンが驚くほど進む。もちろん、進むだけでは意味がない。そこからミツザネに与えられたように自分の中に取り込んで行かなければ。
そうして行くと、やがて下の方からミツザネの声がする。どうやら花陽を送り届けて戻ってきたらしい。
よくよく考えれば、同い年の男子と1つ屋根の下にいるんだなぁとしみじみ。
以前ならば考えられない事に苦笑を浮かべて、自分は変わったのだと思う。もちろん、いい意味で。
やがて、アキトもやることが終わったのか別れの挨拶をしているのが聞こえる。おそらく真姫に挨拶がないのは、勉強の邪魔をしてはいけないという配慮なのだろう。
それからやがて、ミツザネが上がってきた。
「真姫さん、そろそろ休んだ方がいいよ?」
そう言ってミツザネはお風呂上がりなのか髪が濡れており、タオルを首から下げていた。頬が赤く高揚している姿は真姫でさえドキリと鼓動が跳ね上がり、慌てて目を逸らす。
「真姫さん?」
「そ、そうね! もう夜遅いし………」
改めて時間を見てみると、深夜の1時を指している。これ以上は身体の負担にしかならないだろう。
「じゃあ、僕は部屋にいるから……お風呂は沸いてるから好きに使ってね。何かあったら遠慮なく来て」
「う、うん………」
そう告げてミツザネは部屋へ出ていく。
真姫は参考書を閉じて伸びをしてから、席を立つ。バックから洗面用具類を取り出すと、下の階へと降りていく。
ミツザネに限って有り得ないとは思うかま念のため脱衣所の鍵を閉めて真姫は風呂へと入る。
入浴剤を使っているのか湯船のお湯は緑色であり、いい匂いが浴室を充満していた。
「ふぅ………」
息をついてシャワーで頭と身体を洗い、湯船に身体を沈める。じわぁ、と身体にお湯の優しさが染み込み、今日1日で相当疲れたのだと理解出来る。
ふと、思った。
この湯船、ミツザネも浸かったのだと。
特に意味はない。本当にふと思っただけだ。特別な感情を抱いてるはずもない。
なのに、何故か身体がかーっと熱くなる。今まで体感した事のない感覚だが、真姫は嫌悪感よりも好意的な気持ちを抱いた。
きっとこの湯船には滋養強壮の効能があるのだ。そうに違いない。
そう決めて真姫は逆上せてはいけないので湯船から出ると、寝間着に着替えて部屋に戻った。
取り敢えずベッドにダイブしてみるものの、身体の火照りは止まず眠気も全く来ない。悶々としたまま枕に顔を埋めてみるも、熱が逃げる事はない。
「……………ミッチ、どうしてるかな」
そう呟いてみると、身体は自然と動いていた。
気付けばミツザネの部屋の前におり、ノックしようと手を上げている所だった。
真姫は慌てて手を引っ込める。もう夜も深いというのに、今放室しては迷惑以外の何者でもない。
しかし、だからと言ってこの火照りは1人でいても収まりそうになかった。
うじうじ考えていても仕方がない。意を決して真姫はノックをしてみる。
が、どういう訳か返答はない。やはり時間が時間なだけに寝てしまったのだろうか。
「眠れないんですか?」
「ゔぇええっ!?」
後ろから突然話し掛けられ、振り向く。
そこには白いシャツにハーフパンツというラフな格好をしたミツザネが、瓶タイプの梅酒を持って立っていた。
「み、ミッチこそ………って、梅酒………?」
「兄さんには内緒ですよ」
「…………未成年の」
「僕も所詮、悪名高いビートライダーズですから」
そう言ってミツザネは真姫を部屋に招き入れる。何度か入った事のあるミツザネの部屋は綺麗に整頓されており、机にはミツザネ自身も勉強していたのか参考書が広がっている。
「ミッチも勉強を?」
「人に教えるという事は、自分でも理解していなければならないという事だからね」
くすりと笑ったミツザネは梅酒をコップに軽く注ぐと、真姫へと差し出した。
「良かったらどうぞ。少し飲んだら寝れるかもしれません」
「…………じゃあ、ちょっとだけ」
真姫とて酒を飲んだ事がない訳ではない。病院を経営しているという家柄、お偉方との付き合いで飲む事はあるのだ。
真姫はミツザネのベッドに腰掛けて、ミツザネは椅子に座る。そして、半分以上残っているは梅酒瓶をそのままラッパ飲みし始める。何故だろう、
「ごんなさい、寝付けなくて………」
「僕もだから気にしないで」
時計を見ると深夜の1時を回っており、もし明日が平日だったのならば壊滅的な結果になっていただろう。
こくり、と梅酒を傾ける。よほど身体は疲れていたのから梅の味意外の苦味が身体に染み込み、ふぅと息を吐く。
それを見て、ミツザネはくすりと笑った。
「何………?」
「いえ、妙に色っぽいというか、様になってるって思って……」
取り敢えず、前半の台詞はスルーしよう。
しかし、酒を飲む姿が似合っていると言われて、医者を目指している身としては複雑な気分だ。
「親の付き合いで飲む機会があるからね」
「同じですね、僕と。僕も家族が幹部クラスだから、よく付き合いで飲まされるから」
「まるで似た者同士ね、私達」
家族が偉い地位にあり、どこか打算的で素直になれない所が。
「そうだね……」
ミツザネは同意の言葉を述べるが、それ以上は喋らない。会話が続かず、真姫は普段の彼らしくなくて内心狼狽する。
思えば、今日1日ミツザネの様子は普段より変だった。真姫の方をじっと見てはぼぅっとしたり、何かと目線を逸らしたりと。
「………今日のミッチ、どこか変よ?」
らしくなくて、思わず聞いてしまった。
「……………そう、かな」
「えぇ、いつもみたいに腹黒くないというか……全く弄りがないじゃない」
今日1日足りなかったもの。それはミツザネの遊び心だ。もちろん、勉強している間にふざけられても困るが、アキトや凛達の前ですら真面目に過ごしていたと思う。
語弊のある言い方になってしまうが、ミツザネはそれだけ周りを弄り倒しているのだ。
「もしかして、迷惑だったかな? やっぱり………」
「そんな事ないっ!」
突然、ミツザネは激高して立ち上がる。よく見れば頬が僅かに紅潮しており、瞳もどこか揺れ動いている。
アカン、酔ってる。
男というのは酔ったら何をしでかすかわからない。その結果、真姫は何度も面倒な事に巻き込まれてきた。中にはトラウマレベルの物もある。
ミツザネにはありえない、と思っても身構えてしまうのは仕方が無い。
だが、真姫が身体を強ばらせるのを見て、ミツザネは冷静さを取り戻したように椅子に座る。
「…………すみません」
「う、ううん………ミッチ、飲み過ぎじゃない?」
ミツザネが酒に強いのかは真姫にはわからないが、心配を余所に梅酒瓶を飲んでいく少年。
真姫はちびちびと梅酒を飲んでいく。それだけで身体は浮遊感が漂い始め、いい気分になっていく。
「…………緊張してるんです」
「えっ?」
ミツザネが零した言葉に、真姫は目を丸くする。聞き間違いでなえれば彼は今、緊張していると言った。
何故、緊張する必要があるのだろうか。いつも遊んだりしている仲で、何度か泊まる事もあったというのに。
「…………真姫さんと2人っきりっていう状況に、緊張するのは可笑しいかな?」
その瞬間。
真姫の思考から何かが弾け飛ぶ。それは真姫が知り得ない何かであり、けれども不快なものではなかった。
「………そうね」
外れたのは緊張の箍だったのだろうか。真姫ははにかみながら告げる。
「私も緊張してる。男の子の家に泊まるんだもん」
「………やっぱり、僕ら似た者同士だね」
ミツザネと似た者同士。その言葉はなんの変哲のないはずなのに、何故か嬉しさが込み上げてくる。自然と頬が熱くなっていくが、原因がわからずとも真姫は気にする事をやめた。
「だけど、一緒なのがミッチで私は………」
それ以上の言葉を真姫は紡げなかった。
見ればミツザネは椅子にもたれ掛かり、器用に寝入っていた。飲み干した梅酒瓶が手から落ちそうになっており、真姫はそれを取る。
その際に触れたミツザネの手は優しく、男とは思えないくらいに柔らかい。
不意に、ミツザネの顔が目の前にある。ミツザネはムッシュバナーナと異なり男らしいというより男の子だ。イケメンである事に違いないかま、所謂美少年と称される顔である。
そして、真姫の視線はミツザネの唇に注がれる。特に意識した訳ではない。どうしてそこに注目したのかもわからないが、どうしてかそれに触れたくて仕方ない衝動に駆られた。
「…………馬鹿ね、私は」
その言葉で真姫の思考は現実に引き戻される。ほろ酔いしているからか浮遊感は消えないが、夢から覚めたような感じだ。
ミツザネから離れ、梅酒瓶を机の上に置くと、再びベッドに腰掛けて梅酒をちびちびと飲む。
目の前にミツザネがいるのに、どうしてか頭からミツザネの事が離れない。
やがて、コップの梅酒も飲み干した真姫は、そのままミツザネのベッドに横になった。
ミツザネが普段から寝ているという事は、その匂いが付いているという事で。まるでミツザネに抱かれているような気分になり、頬が赤くなる。
しかし、それは決して不快なものではなく、むしろ心地いいのだった。
「…………何なのかしら、これ」
そう呟いたのを最後に、真姫の思考は沈んでいく。
真姫が感じた感情は、真姫が生まれて感じた事のない名の感情だ。
真姫がその名を知るのは、もう少し先の事。
ミツザネが目を覚めた時、朝陽が登りかけているところだった。
椅子に座って寝ていたからか、身体を動かすと痛みが走る。が、それを無視してミツザネは立ち上がり、自分のベッドで寝ている真姫を見つめる。
薄手のシャツで寝ている少女は、そこにいるだけで絵画を見ているかのような美しさがあった。幾人もの外道達が魅了されたのも肯ける。
が、その誘惑を断ち切るように視線を逸らし、ミツザネは踵を返してベランダへ出た。
涼しい風が吹き抜けてミツザネの頬を撫で、それが意識をはっきりと覚醒させていく。
「………本当に、困った人だ」
その姿がどれだけ毒なのか、本人はわかっていないのだろう。
だからこそ、彼女は美しい。それこそ穢れを知らない高嶺の花のように。
風に乗って、不意に嗅いだことのある匂いがやってくる。確か隣人の夫婦が新たに植えた薔薇の匂いだ。
見れば朝陽の微かな光を浴びて、赤い花が咲いている。
花言葉は「内気な恥ずかしさ」「気まぐれな美しさ」。
「それと、私はあなたを愛する」
そう呟いて、もう一度眠る真姫を見やる。
「もしも、僕から薔薇を送られたとして……きっとあなたは、その真意に気付きはしないんだろうね」
それは最初から諦めている事の現れ。
それは己を戒める呪詛。
だが、今はそれでいい。その想いは決して外に出してはならない闇の想い。
それは内に秘めなければならないものだから。
だけどいつか、もしその想いを放つ事が許されるのなら、
きっと、こう言うのだろう。
『僕は君を愛する』
やがて、朝陽が登り切る。本来ならば起こして勉強の続きをしなければならない所なのだが。
今だけもう少し、この寝顔を見ていたいと思うミツザネだった。
Happy Birthday Miss Maki!!!
と、いう訳で如何でしたか、真姫ちゃんの誕生日のお話は。
本編とは別の世界として捉えてくれるとありがたいです。
うぅーむ、難しい。甘い話しとか書けない………
本来はこの話しに真姫を狙う何者かからミッチとアキトが守る為に奔走するというものだったのですが、長くなりすぎて間に合わない可能性があったのでまたの機会に。
今更だけど真姫ちゃん全然ツンケンしてない……ラブコメというか友情の話しを書いてる感じに。最後の方で恋心を自覚するみたいな。
もう少し頑張ってラブコメ書けるようにしたいです。何年チェリーアームズの妄想には限界があるだろうけど………
最後の薔薇は、真姫ちゃんに合いそうな春に咲く花は薔薇かな、と。色合いはもちろん赤で、最後のは薔薇の花言葉。テレビ版で執拗に舞さんに固執していた彼こそ、愛の花言葉がある薔薇を持つのが似合うのかもしれません。
彼ほど愛に情熱を持てる人もいないでしょう。
改めて誕生日おめでとう、真姫ちゃん!
次に誕生日が迎えるのはのんたんですね、6月という事で一雨降りそうですな………
ではでは、この辺で。
次回はコウタがやらかす!?