ラブ鎧武!   作:グラニ

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フリージアの花言葉

白『あどけなさ』『清い香り』『慈愛』

黄『無邪気』『天真爛漫』

赤『純潔』『愛想のよさ』

紫『期待』『感受性』『あこがれ』


フリージアをポケットに忍ばせて

出会いがあれば分かれがある。

 

陳腐でつまらない言い回しになってしまうが、それは空気がなければ人は生きてはいけないというのと同じくらい当たり前の事だ。始まりがあれば終わりがある、と同じ意味くらいに、当たり前の言葉。

 

それを別の言葉で現すとしたら、何が思いつくだろうか。

 

もっと簡単に言えば、行事などに例えると。

 

そう言われれば、誰しもが思い付くのはコレではないだろうか。

 

入学と卒業。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃーん!」

 

元気よく手を振ってくる妹に手を振り返して、絢瀬絵里は隣で座っている少年に申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんなさいね、付き合わせちゃって」

 

「まったくだ」

 

普通なら「そんな事ない」と気遣う場面だが、九紋カイトにおいてはそのような優しい言葉は期待するだけ無駄である。

 

腕を組んでベンチに座ってふんぞり返っているカイトの両足には赤いスケートシューズが履かれており、絵里も同じように水色のスケートシューズを履いている。

 

絵里がカイト、そして妹の亜里沙を連れて訪れたのは東京某所にあるスケートリンク場だ。ラブライブ本大会出場が決まったμ'sは、練習に身を費やすばかりではなく休みの日を多く取るように予定を組み込み、絵里がカイトをスケートリンクに誘ったのだ。

 

本来ならば3年生組で来る予定だったのだが「最近、英雄の魂を宿したロックシードみたいなものがあるらしいから探すから無理や」「虎太郎がなんか一人でに動くミニカーを見つけたらしくて、それに付き合うから無理」と明らかに嘘っぽい言い訳で断られた。

 

しかし、カイトとはいえ2人だけと知れば誘いには乗ってこないだろう。なのでここは、亜里沙に協力してもらいカイトを誘い出したのだ。μ's衣類担当にも匹敵する亜里沙のお願いは絵里ですら絶え難い威力を秘めているのだが、カイトが身体を吹き飛ばして了承するのは当然と言えよう。

 

………………絵里がやったら同じように吹っ飛んでくれたのだろうか。

 

「けど、意外ね。カイトがスケート出来ないなんて」

 

「………………出来ないのではない。初体験なだけだ」

 

くすりと笑って言うと、むすっとした表情でカイトが告げた。

 

スケートを履いてそうそう、まずカイトの歩き方がぎこちなかった。その時点でもしやと思った予感は的中。意気揚々と踏み出したスケートリンクで大いに転倒(もはやすっ転ぶというレベル)で、絵里は我慢出来ずはしたなかったが大爆笑してしまい、亜里沙でさえも笑ってしまったほどだ。

 

周りからもくすくすと笑われる中、何とか立ち上がったカイトは走ろうとするが再度転び、また立ち上がる。それを何度も繰り返していくうちに流石の周囲も不憫に思えてきたのか笑いがなくなり、絵里と亜里沙の手により一旦リンク外へ救助され、そこからロシア人の孫2人によるレクチャーが始まった。

 

が、驚くほどにカイトは飲み込みが悪く、最終的に見てるだけでいいとカイトが座ってしまった、までが現状に至る道である。

 

「カイト、戦闘は出来るのにこういう運動は苦手なのね」

 

「……………余計なお世話だ」

 

カイトは学生とは別に、もう1つの顔を持っている。

 

アーマードライダーバロン。西洋の騎士を模したインベスと戦う戦士だが、カイトの容姿はともかく性格はあまりにも騎士と呼ぶにはほど遠かった。

 

が、その力に絵里は何度も助けられてきた。その身も、この命も。

 

だから、という訳ではない。つり橋効果などでもなく、心の底から言える。

 

絵里はカイトが好きだった。

 

半年ほど同じ時間を仲間として過ごし、その中で芽生えた恋心は時が流れるのにつれて強くなっていき、やがて大きな花を咲かせた。

 

それはまるでフリージアの花のごとく、慈愛に満ちて無邪気な小学生のようで、純粋な期待で胸が膨らむような気持ちを絵里にもたらしてくれた。

 

もっとも、絵里はその気持ちを打ち明ける事はないだろう。

 

「出来れば希とにこにも来て欲しかったな………」

 

「思い出、か」

 

カイトに向けて言った訳ではないが、自然と返って来た返答に絵里は頷く。

 

次のラブライブ!の開催日時は3月。つまり、絵里達3年生は卒業間近、という時期だ。

 

2月の肌寒い今の季節よりかは暖かくなっているだろうが、その暖かさとは裏腹に絵里の心は重く寂しい空気が入り込んでいる。

 

卒業とは別れの事で、絵里はしばらく仲間達とは会えないのだから。

 

「お前、卒業したらロシアに帰ると言っていたな」

 

「……………えぇ、お婆様の体調が悪くてね。介護の為に」

 

カイトが遠くで滑っている亜里沙を見つめながら言う。

 

そう、絵里はラブライブ!が終了して卒業と時期を同じくしてロシアにいる祖母の元へ移り住む事になった。

 

昨年の12月頭。両親達はμ'sに打ち込む絵里の邪魔をしたくなかったらしくて黙っていたのだが、ロシアに住む祖母が倒れたそうだ。幸いにも近所にいた心優しい住民のおかげですぐに病院へ搬送され大事には至らなかったが、祖母はそれなりに高齢だ。頼れる親戚はロシアにも当然いるが、やはり直系の絵里の親が見なければならなくなり、ロシアに移り住むという話しになった。

 

元々、絵里の両親の仕事はグローバルで海外でも支社を持つ企業の為、無理を言ったが都合をつけてもらい向こうでも職に就くことに。

 

そして、絵里もそれについていく事にした。仲間達と、何よりカイトと別れてしまうという結果になってしまうが、それでも大好きな祖母に残された時間を天秤に掛けた時、勝ったのは祖母の方だった。

 

親は「絵里まで付いてくる必要はない」と言ってくれたが、これは絵里が決めた事だ。誰にも左右された訳ではなく、さんざん否定してきたスクールアイドルを始めたように、自分がやりたいと決めての道だ。

 

この事を知っているのは亜里沙と親友の巫女。そして、カイトだけだ。時を見てμ'sやアーマードライダーの仲間達には告げるつもりではいるが、なかなかに言いだすタイミングが見つけにくい。正直、留学の話しをどうしようかと迷っていた衣装担当の気持ちを痛感した絵里である。

 

親友は「エリチが決めた事なら、ウチは応援するよ? まだまだ先の話しやしね」と背中を押してくれた。

 

亜里沙は音ノ木坂学院に入学するという決意は変わらず、また祖母の容体もそこまで切羽詰ったものではないという事もあり、日本に残る事となった。1人で残すのは不安だが、μ'sリーダーの妹や家族、他にも仲間達がよくしてくれるので、それほど心配はしていなかったりする。

 

そして、カイトは。

 

「カイトも卒業したら沢芽シティに戻るのよね?」

 

「………………あぁ」

 

卒業後、カイトは神田には残らず地元の沢芽シティへ戻るらしい。

 

九紋家は元々工場を経営しており、その土地をユグドラシルのタワーを建てる為に多大な金額による取引が行われたそうだ。それが九紋家を引き裂くまでに至ったそうなのだが、詳しくはカイトは話してくれなかった。

 

そして、今現在はそこにタワーはなく空き地になっているのだが、近々工場を建てるそうだ。ユグドラシル直下の工場で、ユグドラシルの主任からそこで働いてみないか、と声を掛けてもらったらしい。

 

かつて誇っていた父親の背中が残る地で働く。その事にカイトは悩んだが、了承したという。この話しはすでにμ'sやアーマードライダー達に話してあり、誰もが快く受け入れてくれていた。

 

さっさと話して普段通りの環境に戻したカイトを凄いなと思う一方で、残念がる絵里がいた。カイトの事だから国外までメールをしようなどという思わないだろうし、絵里の事も忘れるだろう。

 

だがら、絵里の恋は身のならない。咲いたフリージアは誰にも見られる事なく、その花びらを散らすのだ。

 

「卒業したらみんなとは簡単に会えなくなるわね。今のうちに思い出を作っておかないと」

 

「思い出など、所詮は記憶の残骸だ。いずれ廃墟のように塵となって忘れ去っていく………」

 

それはいかにもカイトらしい物言いと言えた。確かに思い出とは記憶で創られたもので、人間には忘れるという事があるのだから忘れてしまう思い出も確かにあるだろう。

 

だが、そんな極端な理屈だけが思い出というものではないはずだ。

 

「そうかしら………どんなに形が変わったとしても気持ちは残ってると思うの。私にとって思い出は廃墟じゃなくて宝箱なの。μ'sのみんなやカイト達アーマードライダーとの、ね」

 

「……………そうか。お前がそう思いたいならそれで………」

 

と、そこまで言いかけたカイトが言葉を止めて表情を険しくしてスケートリンクを睨み付けた。

 

何事かと絵里も目を向けてみれば、スケートリンクで滑っていた亜里沙の周りを絵里と尾内どりくらいの金髪や茶髪といった軽そうな男達が囲んでにやにやと厭らしい笑みを浮かべていた。あぁいった輩に亜里沙は体性がなく、元々純粋な塊でもあるような妹は小動物のように脅えてしまい、どうしたらいいかわからず震えていた。

 

「亜里沙………!」

 

「ちっ…………」

 

舌打ちをして立ち上がるカイトだが、慣れないスケートシューズだからか体勢を崩して座り込んでしまう。

 

「カイト、どうせ転ぶんだからここは私に任せて」

 

おい、と後ろから抗議の声が上がるが無視をして、絵里はスケートリンクへ飛び出す。子供の頃からよくスケートを遊びでやっていたのもあり、カイトのように無様に転ぶという事もなく絵里は一団の傍まで滑った。

 

「すみません、妹に何か用ですか?」

 

声を掛けられた男達は振り向いて絵里を見ると、にやぁと亜里沙に向けていた笑みをした。

 

「うひょー、この子のお姉ちゃん?」

 

「姉妹お揃って上玉じゃねぇか。ついてるぜ」

 

「いやぁこの子が1人で滑ってるからさぁ、寂しいって思ってさー」

 

「お姉さんもどう? よかったら一緒に遊ぼうよ」

 

「結構です。間に合ってますので」

 

下品な笑いに寒気がするがここは耐えて亜里沙の手を握ろうと伸ばした絵里の手を、耳にピアスをした金髪の男が腕を握って来た。

 

「いいじゃんか、楽しもうよ」

 

気持ち悪い。他者を悪く言わない絵里がまっさきに浮かんだ言葉はそれだった。ぞわざおわと嫌悪感が全身を駆け巡り、振る払おうとするが思いのほか力が強くただただ男達を調子づかせるだけだ。

 

「いやっ、離して!」

 

「釣れないねぇ。別に何も………」

 

それ以上の言葉は、突然起きた風によって遮られた。

 

室内であるはずなのに吹き荒れた風に、絵里は一瞬だけ目を瞑ってしまう。

 

そして、絵里が目を開けた時、手を掴んでいる男の眼前に足を掲げてスケートシューズのブレード部分を突き付けているカイトの姿があった。

 

ベンチから飛び出してその勢いで滑った余波があの風らしい。規格外な話しだが、カイトならば納得出来てしまうのが不思議である。

 

「………悪いが、その2人はオレの連れだ。連れて行きたければオレに断って貰おうか」

 

「い、いえ……すみませんでしたー!」

 

ナイフのようなカイトの鋭い眼光に恐れをなしたのか、絵里と亜里沙の手を離すと一目散に逃げて行った。

 

「ハラショー……」

 

「カイト………」

 

カイトが来てくれた。それは絵里の心を揺さぶるには充分くらい嬉しい事であり、頬を赤く染めてしまう。

 

「…………フン」

 

そして、反射的に飛び出してしまい追い払った言葉にようやく気恥ずかしさを覚えたのかカイトもそっぽを向いて1歩踏み出す。

 

「カイトさん、かっこ………」

 

「ぐわっ」

 

「……………悪いです」

 

いい所で亜里沙の心を掴めず転ぶヒーローに、絵里は乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一騒ぎを起こしてしまい、亜里沙も充分スケートを満喫したようなので3人はスケートリンク場から出ると、近くのゲームセンターへ足を伸ばした。

 

「うわぁ、これって………」

 

ゲームセンター内の一角にある箱型のゲーム機を見て、亜里沙が目を輝かせた。

 

「ふふっ。亜里沙、これはね………」

 

「私、知ってるよ! プリクラだよね、雪穂と撮った事ある!」

 

「は、ハラショー………」

 

自分が知らなかった事を知っていた妹にショックを受ける姿が意外にもツボに入ってしまい、カイトは肩を震わせ。その事が気に入らなかったのか絵里から亜里沙に気付かれないよう肘打ちを受けるも、当分弄るネタには困らなそうだ。

 

「ねぇねぇ、やろうよ! 3人で!」

 

カイトと絵里の手を握り、亜里沙が無邪気な笑みで引っ張る。カイトはどうも亜里沙の無邪気な笑顔が苦手だ。亜里沙だけではなくμ'sの衣装担当の笑顔も、前もって構えていれば耐えられるが不意打ちの場合では必ずといっていいほど敗北している。

スクールアイドルの写真が使われているプリクラ機に入り込むと、亜里沙が手慣れたようにパネルを操作していく。何度かμ'sメンバーに連れられて強引ではあるがプリクラを撮ったが、未だにこのゲーム機には慣れそうになかった。

 

『10秒後に写真撮るよ! ポーズをしてね!』

 

 

「あ、ほら2人とも!」

 

機械音声に促され、カイトはどういう訳は両脇に絵里と亜里沙を添えて腕組みをした。その腕に絵里と亜里沙が抱き付くという状態は傍から見れば両手に花で、誰もが敬う状況だ。

 

以前のカイトならば問答無用で振り払っていただろう。それがこうして悪くないと思うくらいに、カイトは牙を抜かれ抜き身のようなナイフは錆び付きなまくらとなった。

 

もっとも、最近はそれも悪くないと思っている自分がいるのだから、人は変わるものだと自分でも思う。

 

「ほら、カイト。笑顔笑顔!」

 

「…………フン」

 

 

『3、2、1………パシャッ』

 

 

プリントアウントが終了したシールを取り出した瞬間、絵里はジト目でカイトを見やった。

 

「なんでこんな凶悪そうな笑みを浮かべてるのよ」

 

「笑えと言われたからだ」

 

「そういう意味じゃないでしょ!」

 

「ハラショー………人間ってこんな表情も出来るだ」

 

「しかし、このバナナとは何だ」

 

「え、カイトさんはバナナのライダーでしょう?」

 

「バナナじゃない、バロンだ!」

 

「似たようなものじゃない。って、そう言いながら私の所にKKEって書いたのカイトでしょ!」

 

「何か問題があるか? 賢い可愛いエリーチカ?」

 

カイトの表情に妙な関心を覚えつつも楽しそうに笑う亜里沙に、つられて絵里が笑い微かにカイトも頬を緩める。

 

「絵里、いつだったか勝負は引き分けだったな………決着(ケリ)を付けるか」

 

カイトは視線に止まったエアホッケー台に指さして告げる。一度、μ'sそしてアーマードライダー達を交えて遊びに出掛けた際、カイトと絵里とスピリチュアル巫女の3人でエアホッケーで遊んだのだが、その結末は何とも煮え切らないもの(ドロー)だった。

 

後味の悪い後悔を残しておけば、後々に響く。たとえ些細な事でも、対等でありたいと願う相手ならば。

 

「………………いいじゃない。私の本気、見せてあげるわ」

 

にやりと笑うのを応じて、カイトはエアホッケー台に立つ。その対面に絵里が立ったのを確認してからカイトは100円玉をコイン投入口に入れた。

 

ポップなBGMと共にゲームがスタートし、カイト側のエリアに円盤(パック)が排出され、それを一旦マレットで受け止めて絵里を睥睨する。

 

「手加減はしない」

 

「加減なんてお断り。本気で来なさい!」

 

その時の絵里は獰猛そうに笑うのを見て、カイトも好戦的な笑みを浮かべてパックを弾く。

 

そこからはあの時と同様、激しい攻防が続きパックが台を走る。それはまさしく軌跡を生み出し横から見ている亜里沙がおぉ、と感嘆の声を漏らす。その凄まじさに周囲のカップルや学生達までもが注目していき、あっという間に周りは人で埋め尽くされる。

 

しかし、2人はそんなものは関係ないと言わんばかりに戦う。それは2人が対等だからこそ、今この瞬間だけけ誰の為でもない、互いの為の時間。

 

それはある意味で、甘い甘い時間にも似た甘美なものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくさん遊んだねー!」

 

亜里沙がきゃっきゃと走り回りながら振り向くと、絵里は苦笑を浮かべながらそのあとを追ってきてくれている。その後ろからは仏頂面でカイトが付いてきてくれていおり、それも見慣れた光景となってきていた。

 

「亜里沙。離れるとまた変なのに絡まれるわよ」

 

「その時はカイトさんが助けてくれるモンね!」

 

「ふざけろ。そう何度も何度も面倒な事していられるか」

 

ぶっきらぼうな物言いをしているが、先ほどから亜里沙達に絡んでくる変な輩はカイトの一睨みで追っ払ってくれている。カイトの意思はともかく助けてくれているのだから、やはり亜里沙にとっても絵里にとってもヒーローだ。

 

亜里沙とカイトの出会いは意外にも早かった。音ノ木坂学院のオープンキャンパスの時だ。友人と音ノ木坂学院を訪れたが初めての学校で迷ってしまい、そこで出会ったのがナイフのような鋭い雰囲気を纏ったカイトだった。友人は完全に脅えきってしまったが、亜里沙が勇気を振り絞って訳を話すと近くまで案内してくれてたのがきっかけだ。(案内と言っても勝手に歩き出しただけだが)

 

それから姉やスクールアイドルを通じて少しずつ親交を深めて行けたと思う。

 

そう、亜里沙はカイトに恋をしていた。

 

無邪気で無垢な少女だが、幼い心ながらもそれが恋であるとはっきりと理解出来た。それは少女漫画のようなときめきに憧れを抱いていたからか、それも女の本能とでも言うのか。

 

ともかく、亜里沙はカイトが好きだ。それはお兄さん的なものではなく、1人の女の子として。

 

「亜里沙、こけて濡れても知らないわよ」

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

 

噴水の淵に足を掛けてステップを踏む亜里沙に、絵里が呆れたように声を掛けてくる。ちらりとカイトを一瞥してみるとくだらない、と不機嫌そうな顔をして腕組をしているものの亜里沙が落ちないかとチラ見してくれている。それがたまらなく嬉しかった。

 

「あっ……」

 

「亜里沙!」

 

カイトに目をやっていたからか絵里の懸念通り、亜里沙は足を踏み外して噴水に落ちてしまった。

 

「大丈夫!?」

 

「う、うん。怪我はしてないよ。だけど……」

 

幸いにも怪我はしなかったのだが服はビチョビチョ。下着まで濡れてしまい、気持ち悪い感覚に流石の亜里沙も顔を顰めてしまう。

 

「だから言ったのに………」

 

「ご、ごめんなさい」

 

しゅんとなってしまう亜里沙に、仕方ないなぁといった表情をする絵里。

 

しかし、カイトは亜里沙の前に立つと、耳を抓った。

 

「馬鹿なマネをするな」

 

「ご、ごめんなひゃい」

 

「…………フン 」

 

耳から手を離したカイトはジャケットを脱ぐと亜里沙に放り投げるようにして被せて、絵里へ言った。

 

「近くのどれよりもコンビニまで行ってタオルを買ってくる。ここら辺で待っていろ」

 

「えぇ、お願いね」

 

「ごめんさ………くしゅん」

 

「無理をするな。それと、()()()()()()()()

 

一瞬、亜里沙は言っている意味がわからず首を傾げた。しかし、絵里は何かに気付いたようにカイトのジャケットで前を被せてからキッと睨み付けた。

 

「カイト!」

 

叱られながらカイトは愉快そうに肩を震わせ、懐からバラの意匠を象ったロックシードを取り出して、この場から離れていく。

 

噴水に落ちた事で亜里沙のブラウスは透けてしまい、着けている水色のブラジャーを見られてしまった。その気恥ずかしさから亜里沙は頬を赤く染めて、ぎゅっとジャケットで自分を握りしめる。

 

絵里に促されるようにベンチに座らされ、亜里沙はしゅんと首を垂れてしまう。

 

「亜里沙、はしゃぎ過ぎよ」

 

「ごめんなさい………大好きなカイトさんと一緒だからやり過ぎちゃった」

 

ぴくりと、亜里沙が『大好き』という言葉を口にした瞬間、絵里の柳眉が動いた。それを見逃さなかった亜里沙は、離れた位置でベンチに座るカップルに目を見やる。

 

亜里沙はカイトが好きだ。しかし、その想いを打ち明ける事は出来ないだろう。

 

何せ亜里沙はカイトが好きだが、それ以上に彼を愛しているのは他でもない姉だからだ。

 

「……………お姉ちゃん。もうちょっと素直になりなよ」

 

「す、素直って………」

 

「ロシアに帰ったら、カイトさんと下手したら会えなくなるかもしれないんだよ?」

 

亜里沙はまだ日本にいる。音ノ木坂学院のある神田に残る。カイトは沢芽シティへ戻ってしまうかもしれないが、会えない訳ではない。

 

しかし、国外と国内とでは違いがある。距離とは実際の話しだけではなく、心も。言葉を伝えるにもしても。

 

「お姉ちゃん、カイトさんが好きなんでしょ?」

 

「……………………………………うん」

 

「だったら、それを言葉にしなきゃ」

 

だけど、と言って亜里沙の言葉にうずくまってしまう絵里。昔から絵里は異性と接した事は少なく、ましてや恋心を抱いたという話しは聞いた事がない。

 

初恋かもしれない。初恋とは実らないとよく言われるが、そんな眉唾な話しで足踏みしている訳ではないだろ。

 

誰だって恋をすれば当たる壁。もし振られて、元の関係に戻られなくなったら。それが怖いのだろう。

 

「怖がってちゃダメだよ。お姉ちゃん………時間はそんなにないんだよ?」

 

「わかってるけど…………カイトが、私を受け入れてくれるかどうか………」

 

コミュニケーション障害の塊であるカイトが、普通の他人という線よりもさらに踏み込んだ関係にあたる恋人になるという事を是とするだろうか。

 

という懸念を思い浮かべているのだろうが、その時点で”普通の恋愛”という観点ではない事に苦笑を禁じえない事は仕方ないだろう。

 

「あのね、アキトさんが言ってたんだけどね。手が届くのに手を伸ばさなかったら、きっと死ぬほど後悔するって………だから、お姉ちゃんも手が届くかもしれないのに怖いからって手を伸ばさなかったら、絶対後悔するよ! そんなお姉ちゃんを、お婆ちゃんは見ても喜ばないと思う」

 

「亜里沙…………」

 

亜里沙にとって姉はいつだって見守ってくれてて、味方でいてくれた。

 

背中を押してくれた優しい、大好きな姉。

 

だからこそ、亜里沙はその場から身を引く。何よりカイトの隣に相応しいのは、自分よりこの隣の姉だと思うからだ。

 

それに。

 

「お姉ちゃんも、意外に鈍感だからね」

 

「えっ…………?」

 

「何でも。それで、お姉ちゃんは…………」

 

亜里沙の言葉はそこで止まった。

 

突然、ベンチの背後に気配を感じて亜里沙は振り向いた瞬間、突然視界を何かに奪われ口元に布のようなものを押し付けられた。

 

声を上げる間もなく、亜里沙の意識は闇に叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………」

 

ベンチに残されたジャケットに手を伸ばしてみると、濡れた身体を包んでたのだからジャケットも濡れていた。

 

そして、まだ微かではあるが温もりが残っている。

 

「………………フン」

 

鼻を鳴らしてその場を去る。

 

その背中で燃え上がる叫びを纏いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誘拐されたらしい。

 

目隠しをされて手足を縛られて真っ先に思いつく言葉と言ったらそれだ。

 

近くに亜里沙の息遣いを感じるという事は傍に一緒におり、一応は無事と見ていいのだろう。

 

「亜里沙…………」

 

「お姉ちゃん、私達………………」

 

「誘拐ってやつだよ。わかりやすく言えばなぁ」

 

響いた声に、絵里はビクッと肩を震わす。そして、その声には聞き覚えがあった。

 

「貴方、さっきのスケートリンクで……………!」

 

「おっ、覚えててくれたんだ? 嬉しいねぇ………ま、顔までは覚えていないだろうけど」

 

男は先ほど、スケートリンクで亜里沙をナンパしてきた男の1人だ。多分、カイトにスケートシューズを突きつけられた男だった気がする。

 

続いて下品な笑い声が響き、他のメンバーも一緒だという事に歯噛みする。

 

「まさか、亜里沙を狙って…………!」

 

「いやいや、主な狙いとしてはアンタかな。スクールアイドルμ’sの綾瀬絵里ちゃん?」

 

違う男の言葉と共に、頬をなぞられた感覚が走り身体を固くする。その反応が可笑しいのが下品な笑い声は続き、今まで以上の危機に恐怖を押し殺すように叫んだ。

 

「私が狙いなら亜里沙は関係ないでしょ!?」

 

「まぁな。知ってるかい? 君のような金髪で碧眼の人間ってそうそういないんだよ? 遺伝子レベルでその組み合わせになる可能性は限りなく低いんだと………だから、君のような金髪碧眼は希少価値って訳」

 

「実際、外国とかじゃ高値で取引されてるんだぜ」と言う男が立ち上がる気配がして、絵里は身を震わせた。

 

幼少の頃から両親や祖母、周りの人間からは常に不審者には気を付けるよう絵里は教えられてきた。だから暗い道などでは決して1人で出歩かないように言われ歩けば怒られた。それが絵里が暗闇に恐怖を抱く原因となったのは間違いなく、日本という少しは治安のよくなった国に来てカイト達多くの仲間に囲まれて油断していたのかもしれない。

 

ずっとそう言われ続けてきたのは、こういう事があったからなのか。

 

平和ボケをしていたと言っても良かったのかもしれない。金髪碧眼という点を除いてもラブライブに出場出来るくらいになった絵里を誘拐しようという者がいても可笑しくはない。少し前からスクールアイドル狩りというのも流行っていたのだから、もう少しは警戒するべきだった。

 

アーマードライダー達が転校してきてくれて守ってくれるという安心感に、ぬるま湯に浸っていたように身をゆだね過ぎたのかもしれない。

 

少なくとも今日の遊びも、カイトが一緒にいてくれるのだからと安心してロックシードを持たずに出かけてしまったほどに。

 

「そんな訳で君たちはこのまま国外に出荷されて闇市で人身売買に掛けられるのさ。妹ちゃんも金髪というかクリーム色で碧眼だし、お人形さんみたいで可愛いからそれなりの値段で売れるよ、きっと」

 

「なぁなぁ、それよりさぁ………俺達で頼んじゃってもいいんだよな…………?」

 

じゅるりと舌を舐めずる音がして、その意味に絵里は顔を青くする。純粋である亜里沙はともかく純情である絵里にはその言葉の裏を容易に想像出来た。

 

「価値が下がるぞ」

 

「処女のままならいいでしょ。後ろとかならバレやしねぇって」

 

「や、やめて………!」

 

妹の前で強がっている姉の仮面も恐怖によって壊されそうとしている。止めようとする仲間に「平気、平気」と近付く気配に身をよじらせる。

 

それが逆に男達の神経を興奮させたらしく、他の男達も便乗するような気配が続く。

 

それにより亜里沙も気付いたのか身を絵里へと寄せてきて、絶望に覆われた瞬間。

 

 

カイト……………助けて…………………!

 

 

心の中でヒーローの登場を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えぶっきらぼうでツンデレでコミュニケーション障害でむっつりでも、

 

料理が美味い乙メンだとしても、

 

騎士の名に程遠い性格だとしても、

 

"それ"を付けて、地球規模の遠回ししない手を掴めなくても、口が裂けても誰かの為になどの言葉を言わなくても、

 

それでも何かの為に立ち上がれるのならば、それだけでヒーローの資格は十分である。

 

だから、九紋カイトは立ち上がる。

 

絵里(ひと)が望む時、九紋カイト(仮面ライダー)は必ず立ち上が()る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人気のない道路を疾走するトラックを追従するように、カイトはローズタッカーを走らせる。

 

腰に装着されているのはカイトの力の象徴たる戦極ドライバー。そして、手にするは愛用のバナナロックシード。

 

「変身」

 

 

『バナナ!』

 

 

左手でハンドルを握りながら右手でバナナロックシードを解錠すると、頭上にクラックが出現してアーマーパーツが追ってくる。戦極ドライバーにドライブベイにバナナロックシードをセットし、スライドシャックルを押し込んだ。

 

 

『ロックオン』

 

 

カッティングブレードをスラッシュしてキャストパッドを展開する。それが”変身”の為に必要な儀式だ。

 

 

『カモンッ! バナナ・アームズ! ナイトオブスピアー!!』

 

 

アーマーパーツと共にライドウェアに包まれたカイトの姿をアーマードライダーバロンへと変化させた。

 

そのまま右手に握りしめたバナスピアーを掲げると、トラックの荷台にエネルギーの刃を突き刺す。火花を散らして荷台のダが開き、そこにスケートリンク場で会った男達と目隠しをされた絵里と亜里沙の姿を認めた。

 

ならば、やる事は簡単。

 

騎士や男爵とはほど遠い悪鬼羅刹が、仮面の中でにやりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カモンッ! バナナ・アームズ! ナイトオブスピアー!!』

 

 

聞き慣れたその声が耳に届いた時。それだけで絵里は救われ、絶望の鎖にからめとられていた意識は気を失った。

 

次に目を覚ました時はタクシーの中で、絵里と亜里沙でカイトを挟むような形で寝ていたようだ。

 

話しを聞くに誘拐犯達は元々、何者かに雇われたゴコツキだったらしくすぐに真犯人の名前を喋り、警察によって逮捕されたそうだ。

 

タクシーで秋葉原駅の近くで降ろしてもらった3人は、未だ眠っている亜里沙をカイトが背負い、その1歩ほど右後ろを絵里が歩くような形で帰路についていた。

 

「……………本当にごめんなさい。迷惑をかけてしまって………」

 

「フン…………」

 

気にするな、という言葉は期待するだけ無駄であろう。どんな状況であっても慰めの言葉を口にしないのが、カイトという男だ。

 

「……………気にするな」

 

「えっ…………」

 

俯いていた絵里は、思わずカイトを見やってしまう。

 

「カイトは強いわね、本当に」

 

「………………強くなどない」

 

足を止めて亜里沙を背負い直し、カイトは絵里へ振り向く。絵里より少し高い身長であるカイトから見下ろすような形になり、絵里は頬を赤くする。

 

「確かに昔は強さを追い求め、そして強者たる資格に相応しい生き方を望んでいた。が、今はただ踏ん張っているだけだ。強くあろうとして、無様に見栄を張ってな」

 

「………………そんな事ないわ。カイトは強いわ」

 

「………いや、自分でもわかる。オレは弱くなった………μ'sに、いや…………」

 

少し言いよどんだ後、カイトは言った。

 

「お前に会ってオレは、弱くなった。そして、それを悪くないと思っている自分がいる」

 

「えっ……………」

 

驚く絵里の前に立ち、真っ直ぐカイトは絵里を見つめてくる。気恥ずかしさのない、そして敵意もない。それなのに強い眼差しに、絵里はそうだと思う。

 

きっと、この優しさと強さを秘めた瞳に絵里は惹かれたのだ。ありふれたものではないが、それは絵里にとってありふれた想いの中で見つけた気持ちだ。

 

「いいか、1度しか言わないぞ」

 

らしくない。らしくないが、本当に似合っている優しい笑顔を浮かべてカイトが言った。

 

「オレは、絵里が欲しい。μ'sとしても、元生徒会長としても、元バレエ選手だったお前も全部ひっくるめて………お前が欲しい」

 

「…………………っ」

 

それは、普段は遠回しな言い方でしか気持ちを伝えられない不器用な男なりの、真っ直ぐな告白だった。

 

その事にすぐ気付けた絵里は今度こそ、顔を真っ赤にして狼狽えてしまう。何かしらのコメントをしなければ、と思うのだがいざという時に限って言葉が出てこない。本当に不意打ちには弱いポンコツエリーチカであった。

 

「…………………オレの独り言だ。気にするな」

 

「いやいやいや、無理でしょ無理! どうしてそこで引くのよ!?」

 

「オレの独り言だ。気、に、す、る、な」

 

「なんで2回も言うのよ!? もう、どうやって私も好きだって伝えたらいいのって悩んでた私がバカみたいじゃない!」

 

言ってから、あっと言葉を止める絵里。知らず知らずの勢いで自分の気持ちを伝えてしまった絵里は、カイトと目を見合わせる。心なしかあのカイトの頬が若干紅潮しているのを見て、ボンッと顔を爆発させた絵里はその場に蹲って頭を抱えた。

 

「もう、ムードもへたっくれもないわ!」

 

「……………そも、オレにムードを期待するのが無理な話しだ」

 

「えぇ、そうね。わかってる、わかってたけど女の子はムードとかロマンチックに憧れているものなの!」

 

そう言われても困る。絵里が見上げたカイトの顔にはありありと書いており、それ以上2人は黙ってしまう。

 

気持ちを素直に吐き出せない男と、周囲を優先してしまい自分を素直に出せない女。

 

一般的な男女の色来沙汰とは異なった時間の進み方で、この2人は道を重ねていくのだろう。

 

それをカイトの背中で狸寝入りを決め込んでいた亜里沙は、小さく笑った。

 

 

 

 

さようなら、私の初恋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラブライブ大会はμ'sの優勝で終わりを迎えた。

 

そして、海外からぜひとも番組に出演してくれないかというオファーを貰ったが、絵里がロシアへ行く事。カイトも沢芽シティへ戻ってしまう事。何よりμ'sはこの大会をもってお終いにするという決意を無駄にしない為にも、μ'sはそのオファーを断った。

 

μ'sの代役として選ばれたのは前大会優勝チーム、スクールアイドルA-RISEだ。

 

海外へ飛びだったA-RISE達の次に、絵里がロシアへ飛び立った。

 

飛行機の中でμ'sの仲間達から受け取った選別に目を落として、絵里は我慢しきれなくなった涙を拭う。大好きな秋葉原を、仲間を、何よりカイトのいる日本を離れなければならない。それはやはり寂しいもので悲しさを隠す事は出来なかった。

 

「…………………っ」

 

カイトを思ったら、再び涙が溢れてきた。

 

カイトは見送りには来れなかったのだ。すでに1週間前、卒業を迎える前に沢芽シティへ戻ってしまったのだ。その後ろ姿は絵里だけが見送った。本人曰く、「大勢に見送られるのはキャラ」じゃないと最後まで強がっていたのは、絵里からしてみれば微笑ましい気持ちにさせてくれた。

 

しかし、今日国外へ出るので電話の1つでもしたかったのだが、何故かカイトは電話に出なかった。メールなどの連絡手段すべてに応じず、今日に限って完全に音信不通だった。

 

その事が、絵里に強い後悔を残していた。

 

「……………………………………バカ」

 

溢れ出した涙を隠すために、膝に頭を落としてすすり泣いてしまう。

 

もうじき出発する時間だからか隣の席に乗客が座る。後ろの少し離れた座席に両親は座っており、絵里だけが少し離れているような形だ。

 

やがて、アナウンスが流れると同時に飛行機が動き出し、離陸する。

 

シートベルトを外す許可のランプが点灯した所で、絵里は顔を上げて大きく息を吐いた。

 

「なんて顔をしている」

 

「えっ…………」

 

有り得ない声がした。その声は今、沢芽シティにいるはずで、それに見送りにも来なかったはずだ。

 

しかし、咄嗟に見たその顔は、心の底から望んでいた絵里のヒーローそのものだった。

 

「どうして、カイト…………!?」

 

隣の席に座っていたカイトに絵里は驚きの表情を浮かべて立ち上がろうとするが、ベルトを固定したままなので立つ事が出来ず息を吐き出してしまう。

 

その様子を相変わらず、というより普段以上の不機嫌さの顔を浮かべながらカイトは溜息を吐いた。

 

「っ、どうしてここに………電話にも出なかった癖に…………!」

 

「携帯はクソ姉に没収された。沢芽シティの工場が出来上がるまで近くの工場で働く予定だったんだがな……5日前にクソ主任からロシアの同系列の工場で働けと言われてな」

 

その言葉にまさか、と絵里はベルトを外して後ろの両親を見やった。そこにはいい笑顔でサムズアップをしている両親の姿が。

 

つまりは、ドッキリだった訳だ。沢芽シティへ行ったのは本当だったが、絵里との関係を知った主任が域な計らいをしてくれて両親も乗ったという事だ。

 

「じゃ、じゃあ向こうでもちょくちょく会えるのね」

 

「ちょくちょくどころか、毎日顔を合わせる事になるぞ」

 

え、と一瞬思考が止まり、カイトは1枚の紙を見せてきた。

 

カイトの宿泊先は綾瀬さんのご両親が快く引き受けてくれたから、迷惑かけるんじゃないわよ。絵里ちゃんにお尻叩かれるわよ。ばーい、姉。

 

もう一度絵里はばっと振り向く。両親から返ってきたのは再びいい笑顔だった。

 

「ど、同棲………って事?」

 

「ホームステイだ」

 

「同じ事よ…………」

 

はぁと力抜けた絵里は座席に深く身体を沈めて、深々く息を吐いた。

 

「嬉しさ7割、ムカつく2割………残りの1割は表現の出来ない気持ちね。ロシア着いたら1発ビンタさせなさい」

 

「物理的愛情表現か………誰に似た」

 

「決まってるでしょ」

 

むすっとした絵里は、ふと親友のスピリチュアル巫女から「飛行機が出発してから開けてな」と言われた筒状の箱を取り出した。

 

「何だ、それは?」

 

「希から飛行機で開けろって…………あ………………」

 

スポンと心地いい音と共に蓋が開き、その中身を広げてみる。

 

それは1枚の紙だった。ただの紙ではなく、絵里にしてみればつい先日音ノ木坂学院から貰った大切なものだ。

 

「これ、カイトの…………」

 

「………………フン」

 

それは本来、カイトが卒業式で貰う予定だった卒業証書だった。沢芽シティへ郵送される手はずだったが、どうやら誰かが根回しをして回収していたらしい。誰が、などと考えずともわかるが。

 

「……………域な計らいに感謝ね」

 

「チッ…………」

 

ウィンクをして卒業証書を筒に戻しカイトへ差し出す。嫌々ながらも受け取ろうとカイトが身を近付けた時。

 

絵里はぐっと顔を近付けてカイトの唇に自分の唇を押し付け、その拍子に猫娘の幼馴染から貰ったフリージアの花が落ちる。ほんの一瞬、ほんの刹那の触れ合いだったが、隙を突かれたカイトは瞠目していた。

 

付き合い初めて、実は手を繋ぐなどはしなかった。キスすらもだ。カイトが拒んだのではなく、絵里が恥ずかしがった為だ。

 

茫然となるカイトにチロリと舌を出して、出し抜けた嬉しさとこれからもずっと一緒にいられる嬉しさを込めて絵里は告げた。

 

「これからもよろしくね、未来の旦那様」

 

ちなみに、ロシア空港に着いてしっかりとビンタはしておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9年ぶりに降り立った日本の地で、カイトは時計を確認しながら後ろにいる絵里に目をやる。

 

「式の予定は何時からだ?」

 

「夕方の5時よ。それまで………」

 

「神田を回るか」

 

「ハラショー。さすがね、カイト」

 

「パジャールスタ」

 

9年という年月で培ったロシア語は、カイトも絵里同様に日常会話で飛び出ようになった。それだけロシア暮らしに慣れたという事だろう。

 

ロシアへは一時的の予定だったのだが、沢芽シティに建つはずだった工場の計画が断念。ロシアで着々と地位を築いたカイトは、9年間をロシアで過ごした。いつか沢芽シティで、”自分の城”を持つ為に。

 

「一度、亜里沙のトコに寄って葛葉への祝い品を冷やすぞ」

 

「祝い品ってバルティカビール………お酒じゃない。本当にそんなので良かったの…………?」

 

絵里の言葉にカイトはフン、と鼻を鳴らして袋に入った瓶を掲げる。

 

「オレ達には、これで十分だ」

 

「男の友情、ね」

 

「そのあと、まずは神田庭園だ」

 

「……………そうね」

 

少ししんみりとした空気の中、絵里が手を繋いでくる。

 

「じゃあ、亜里沙に会いに行きましょ!」

 

「………………あぁ」

 

頷いてカイトは歩き出す。

 

その道を。不器用な2人が不器用なりに選んだこの道を。

 

繋いだ2人の手。その指に嵌められらエンゲージリンクが未来を照らすように輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




間に合った、本当に間に合った!

どうも、グラニです。

10月の頭から構想を練っていたのですが、どうも収集のつかない事態となってしまったので4日前に白紙に戻して書き直しました。

にやにやしてくれたら、嬉しいな。にやにやするポイントほとんどないけど………

絵里ちゃん誕生日おめでとう!

みんなのお姉さんでしっかり者のくせして純粋なトコ、僕は好きです。

さて、立て続けに凛ちゃんの誕生日。推しメンとしてはしっかりやらねば…………と思ってもあんまし練ると失敗すると今回教えてくれたので、自分らしく歩くような速さで書いていきたいと思います。

ではでは、たまにはお茶を飲みながら昔語りでもいかがですかな?

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