ラブ鎧武!   作:グラニ

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情があるから人を愛せる

情があるから人に優しく出来る

情があるから人に怒れる

情があるから人に喜びを感じれる



情があるから人でいられる

情がなければ人でいられない



だから情は、楔となる




41話:泪目 ~情で霞む道~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそもが、間違いだった。

 

瀬賀長信とアネモネは確かに、黒の菩提樹に身を置いている。表向きはインベス否定派の宗教団体だが、その実態は反ユグドラシル組織だ。もちろん、構成員のほとんどはインベスにより何かしらの悲劇に見舞われ、インベスを完全に人類の支配下に置きたい、もしくは復讐したいという人間が集まっていた。

 

しかし、その運営の中枢を担う幹部たちはユグドラシルより追放された、ユグドラシルの重鎮という名の老害達だ。結局は、ユグドラシルが世界の覇権を握っている事が気に入らない、本来ならば自分達が握るはずだった栄華を別の誰かに委ねられるのが気に入らない、という者達だ。

 

党首の狗道クガイは、老害達とは別の思惑を持っているようだが、おおよその目的は一緒だった。

 

瀬賀とアネモネにとって、黒の菩提樹の目的などどうでもいい。ただ、2人の目的を達成させるのにはいい隠れ蓑だったから席を置いているだけだ。

 

瀬賀が親しんだ学校を離れ、次に赴任したのは小学校だ。小学生はまだまだ幼ささが抜け切っておらず、些細な事で喧嘩をする。しかし、それが妙に可愛らしくて、結婚しておらず子供のいない瀬賀にとっては1人1人が我が子のようだった。

 

元々、熱血漢であるという自覚があった瀬賀は、多少の喧嘩は目を瞑っていた。もちろん、怪我につながるような事は絶対に看過せず、そして最後には必ず仲直りをさせてきた。

 

何度も何度も保護者から面談を要求され、小言を言われたりもしたが、決まってこう言った。

 

「喧嘩をするという事は建前ではなく、自分の本音をぶつけあっているという事です。それを今、取り上げてしまえば、心の底から笑い合う友を得る事が出来なくなる」

 

事実、月日を重ねる度に瀬賀が担当したクラスではいじめなどはなくなり、他のクラスよりも一段と強い結束を作り出していった。

 

そして、それは起きた。

 

 

 

 

 

 

火花が散る。

 

頬を熱気が掠め、瀬賀は呻きを漏らしながら顔を上げる。

 

目の前で炎が上がっている。燃えているのは四角い形のバスで、今まで自分が生徒達と一緒に乗っていたバスだと理解するのに考えるまでもなかった。

 

そのバスの上の、4体ほどのずんむりとした怪物が立っている。奇声を上げて、喜んでいるのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、感情の色は読み取れない。

 

数年前、世界各地で公表された隣接する世界、ヘルヘイムの森。そこの住人であるインベスだ。

 

インベスは人間が生身で太刀打ち出来るような存在ではない。そのためにアーマードライダーと呼ばれる戦士達がいるのだが、数は多くない。警察の特殊部隊のようで、まだまだ至らぬ事の多い組織だと聞いている。

 

「みん、なは…………」

 

煙幕を吸い込んでしまい、咳き込みながら瀬賀は頭を振って、周囲を見渡す。山奥で襲撃されたからか、周りは木々が生い茂っており、舗装された山道に倒れていた。

 

舗装された道だが外灯は設置されておらず、夜道ともなれば車のライトのみが唯一の光源となるのだろう。

 

瀬賀はようやく、そこで1人だけバスの外側に投げ出されている事に気が付いた。バスを外から見ているのだから当たり前だが、それがわからないくらいに動揺しているらしい。

 

突然、乗っていたバスが襲撃されたのが最後の記憶だ。和気あいあいとしていた空気が一気に霧散して、衝撃と悲鳴が上がる。そこからの記憶がないのだから、どれだけの時間が経ったかはわからない。

 

生徒達が気がかりだ。意識が明瞭になって、まず支配したのはそれだ。

 

そして、瀬賀は気付く。

 

燃え盛っているバスの窓に、黒い細い何かが見える。

 

何か、ではない。

 

それは、焦げた子供の腕だった。

 

「あぁ………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」

 

慟哭が上がる。

 

悲劇を前にして、瀬賀の心は崩壊した。反乱狂になって立ち上がり、痛みすら忘れて燃え盛るバスへと駆けだす。すでに燃え上がっていて手遅れだとか、拾った命を投げ捨てるなどの思惑を浮かべる余裕もない。

 

子供達が燃えている。ならば、救わなければ。

 

手を伸ばして炎に触れようとした時だ。ガソリンタンクに引火したのだろう。バスが大きな唸りと共に爆発して、瀬賀の身体を吹き飛んだ。

 

燃え盛っていたバスは崩壊し、インベス達も悲鳴を上げて劫火に飲み込まれる。それを離れていくように見ながら、瀬賀の身体は木々にぶつかり地面に叩き付けられた。

 

さらにそこは斜面だったらしく、ゴロゴロと転がり落ちていく。身体の至る箇所をぶつけ、枝先で切り裂き、ようやく止まった時には再び意識が朦朧としていた。

 

緩慢な動きは、身体全身を痛みが襲っているからだ。のろのろと上げた瀬賀は、自分は近くを流れていた山川の所まで落ちたのだと気付いた。地図にも乗らないようなか細いちょろちょろとした川は、満たす空気を冷やしている。

 

立ち上がろうとした腕を動かそうとして、激痛が走った。目を向ければ肘あたりが青く変色しており、骨折による内出血だという事は素人目でもわかった。

 

「……………ここまで、か」

 

普通に暮らしていれば、死の窮地というのは早々に巡り合う事はない。しかし、この状況で助かるという希望を見出すほど、楽観的な思考は持っていなかった。

 

瀬賀はだらりと仰向けになり、力を抜く。たちまち全身からも熱が抜けていき、気力も一緒に抜け落ちて言っているようだ。

 

瞳を閉じると、自然と涙が顔を伝う。子供達を護れなかった、子供達を死なせてしまった。

 

教職者として、それは身を引き裂かれる事に等しいほどの残酷な仕打ちだった。

 

瀬賀に何か出来た訳ではない。仮に他の教員だったとしても、この悲劇の流れは変わらなかったかもしれない。

 

それでも、何も出来ないという無力さに、瀬賀は嘆く事しか出来ない。それが腹正しくて、悔しくて、出来るなら拳を握りしめたいほどだ。

 

さらさら、と水の流れる音が耳に飛び込んでくる。不思議と心は落ち着いており、目前まで迫っている死にも抵抗を覚える事もなかった。

 

清流の音は人を安らがせる効果があると聞いたが、それは意外にも合っているかもしれない。

 

 

 

—————―……………けて

 

 

 

瞬間、瀬賀は顔を上げて周囲を見回した。

 

今、確かに声がした。か細い、水の流れで掻き消されしまいそうなほど小さかったが、確かに聞こえてきた。

 

「………今………………」

 

「………………たす、けて…………!」

 

今度こそ聞こえてきた声に、瀬賀の消えかけていた気力に火が点る。

 

折れていない方の腕を基点にして立ち上がり、足に痛みが走るのも堪えて歩き出した。

 

声がしたのはここではない。もう少し離れた所で、しかしそう遠くはないはずだ。

 

そして、瀬賀の予想通り、それは近くの岩場にいた。

 

岩場にもたれかかるようにしがみ付いている少女がいた。水流はそれほど強いものでないが、それに対抗するのにも精一杯なほどに衰弱しているようだ。

 

その少女を、瀬賀は知っている。

 

何せ、バスに乗っていた教え子の1人だった。

 

「っ、あっ……………!」

 

「くっ…………踏ん張れ!」

 

しがみ付いていた両手が、力尽きて片腕になる。もはや流されるのは時間の問題だった。

 

瀬賀は激励しながら足を引き摺り、岩場に踏み入れる。何度も転びそうになり、足を挫くも構わず突き進む。今は痛みを叫ぶ時ではなく、手を伸ばす時だ。

 

瀬賀に気付いて、少女は空いた手を伸ばしてくる。岩場からでは届かないと直感した瀬賀は、思い切って川に足を踏み入れる。確かに水流は早いが、何とか耐えられる程度だ。

 

引き摺りながら近付き、ようやく瀬賀は少女を片腕で抱き上げた。抱き上げるが、その拍子で尻もちをついてしまう。それでも少女を離さまいと強く抱き締める。

 

「……………先生、痛い…………」

 

「あ、あぁ…………すまない………」

 

少女の嗚咽混じりの言葉に、瀬賀は慌てて腕の力を緩める。

 

そして、唇を一文字に縛って肩を震わす。瞳を閉じて、熱を帯びた。

 

「…………先生…………?」

 

あの子達は失ってしまった。もう取り戻しようがない。

 

それでも、生き残ってくれた子がいる。

 

希望を残してくれた。

 

それだけで、瀬賀は救われた。

 

希望の光を照らされたような気持ちになり。

 

瀬賀は静かに、大きく涙を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#############

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてですか!?」

 

星空凛の隣で、西木野真姫がテーブルを叩きながら呉島タカトラに詰め寄った。

 

作戦本部となったリビングは本来、凛達のような一般人が入っていいよな場所ではないが、真姫の剣幕に押されて誰も何も言えないでいる。

 

幼馴染である啼臥アキトが倒れ、特に問題ないと診断されて一息ついたが、それでもずっと気になってしまい食欲は沸かなかった。

 

それを気にしてくれた東條希と小泉花陽の提案で、お粥を作ってくれたのだ。心を砕いて作ってくれたものを拒否する訳にはいかず、凛はありがたくそのお粥を台所で食べていた。塩気の効いた味が口に広がり、幾らか気分的にも楽になった時だ。

 

「西木野君、休むと言っただろう」

 

「黙ってられないわ!」

 

隣のリビングから荒々しい音がして、真姫の声が聞こえてきたのだ。

 

3人は顔を見合わせて扉をこっそり開けて様子を伺おうとしたら、それを察した戦極リョウマに開けられて雪崩れこむような形を見せてしまった。

 

凛が見やると、タカトラに真姫が詰め寄っているようだ。それを高坂穂乃果と園田海未が宥めるが、ふり払うように詰め寄っている。

 

どうしたのか、と希がリョウマの隣にいる九紋ヨウコに問い掛けると、アキトの他に意識を失っている葛葉コウタと九紋カイト達を休ませている部屋から、呉島ミツザネの姿がない事を穂乃果と海未が発見したのだという。

 

ぎょっとする凛達に付け加えるように、リョウマが言うには「黒の菩提樹の所へ向かったんだろね」との事だ。

 

凛は詳しい事は知らない。そもそも、合流した時もアキトが倒れたと知って気が気ではなかった為に、一体何が起きているはまったく把握出来ていないのだ。

 

ただ、真姫が切羽詰った表情を察するに、かなりまずい事態だという事はわかった。

 

そして、それに対してタカトラの答えは淡泊なものだった。

 

「私しか戦えるアーマードライダーがいない以上、ここを離れる訳にはいかない」

 

それは、ミツザネを見捨てるという事だ。血のつながった弟を切り捨てる、という選択に真姫が激昂するのも無理からぬものである。

 

「コウタとカイトが倒れている以上、ミッチしか戦えるアーマードライダーはいない…………それを見捨てると………」

 

「そもそも」

 

真姫の言葉を遮る様に、嘲笑うようにリョウマは口を開いた。

 

「彼は我々………アキト君に銃を向け、君たちにも敵意を向けた。そんな彼が黒の菩提樹の元へ向かったとして………普通に考えれば、寝返った敵の陣地に戻ったと考えるのが妥当だよね」

 

「っっ!」

 

殺意にも似た視線を真姫は向けてるが、リョウマはむしろ面白がるように笑って見せる。それに顔を顰めたヨウコのひじ打ちが入りのたうち回るのを見て、タカトラは息を吐く。

 

「…………リョウマの言う通り、その可能性も捨てきれん」

 

「でも……………!」

 

それは、ミツザネを捨てるという事だ。

 

穂乃果が顔を青くして真姫と同じように乗り出そうとするのを海未が腕を掴んで止める。しかし、海未自身も驚きのあまり顔を青くさせてしまい、瞳も大きく震えてしまっている。

 

「タカトラ先生は………いいのですか…………!?」

 

愕然とした風に、海未が叫ぶ。仲間を見捨てられた、という感情を抑えるようにしながらも、溢れて爆発してしまっているようだ。

 

「弟を見殺しにして、いいんですか!?」

 

「園田」

 

短く、タカトラが背を向けて一言放つ。

 

「部屋に戻れ。ここでお前達に出来る事は、何1つない」

 

「………………」

 

タカトラの言葉に、海未は返さない。

 

しばらく背中を射抜くように睨んでた海未は、場の旗色の悪さに気付いた穂乃果に引かれるようにリビングを出て行った。真姫もここにいても意味はないと感じたのか、後に続くように出ていく。

 

凛は空気の悪さに顔を顰めて、どうしようか、と希の表情を伺うと頷き返してくる。

 

「凛ちゃん、部屋に戻ろう」

 

「……………うん」

 

花陽にも促され頷き、2人と一緒に部屋に戻った。

 

現在、アキト達が寝ている隣の部屋をμ's達は使っている。しかし、荷物を取りあえず置いてあるだけで、ほとんどはアキト達の部屋で過ごしていた。

 

凛達が戻ると、どんよりと重たい空気が部屋に漂っていた。

 

この空気を払拭して明るくしようとしてカレーを作ったというのに、ミツザネの失踪により再び陰気が満ち溢れ始めている。それを見た希は息をついて窓際まで行くと、思いっきり解き放った。

 

「っ…………希……………」

 

そこでようやく、絢瀬絵里が驚いた顔を向ける。それにつられて矢澤にこと南ことりも顔を上げるが、その表情は暗い。

 

「そんな顔してたら、重苦しい空気で押し潰されてまうよ?」

 

「……………わかってるわよ。けど………」

 

希の言葉に反応するも、にこは再び顔を俯かせてしまう。この様子ならば、ミツザネが失踪したが捜索も何もしない、という事も真姫達から聞いているのだろう。

 

何も言えず、誰もが黙っていると、不意に穂乃果が顔を上げて凛達のいる出入り口へと足を向けた。

 

「どこ行くの?」

 

「ミッチを探してくる」

 

なっ、と誰もが息を飲んで言葉を失う。今、この島には暴徒と化したインベスが闊歩している。この周辺にはまだインベスの影はないが、それも時間の問題である。

 

さらに、ミツザネが向かったのは、おそらくだが黒の菩提樹の拠点だ。そこがどこなのかは彼しか知らず、探し当てるのはほぼ不可能に近い。

 

しかし、穂乃果はやると言ったらやる性分だ。きっと本気で探すつもりだ。

 

だからこそ、海未が慌ててその手を握った。

 

「待ってください、穂乃果!」

 

「待てないよ!」

 

その腕を振り払い、穂乃果は叫ぶ。

 

「ミッチは責任を感じちゃってると思う。詳しい話しはまだ何も聞いていないけど、ボロボロな状態で……きっと……!」

 

ミツザネは腹黒く、よく仲間を弄っては遊ぶ。それでも、仲間想いで、心を砕いてくれている事はずっと一緒にいた凛達がよく知っている。

 

だからこそ、凛も穂乃果と同じようにミツザネが心配だ。凛だけではない、ここにいるメンバーは全員が当たり前に心配している。

 

「わかってます! 穂乃果の気持ちは、私達だってミッチが心配だから……………!」

 

「だったら!」

 

「私達に、何が出来ると言うんですか!?」

 

海未の剣幕に、穂乃果は言葉を詰まらせる。海未の瞳は悔しさにまみれて揺れており、掴む手は震えている。無力さに打ちのめされるかのように。

 

「…………外に出ても、インベスに襲われて殺されるだけです。ただの女子高生の、私達に………」

 

譫言のように繰り返す海未が、力が抜けたように穂乃果の腕を離した。しかし、もう穂乃果は抜け出そうとする事なく、現実を直視した子供のように悔しそうに唇を噛む。

 

凛達には出来る事など、何もない。ただの一般人で、ただの少女である凛達には。

 

スクールアイドルなど謡ったところで、結局はただの人間である現実からは逃れられない。この非常時だからこそ、余計について回っているのだ。

 

本当は穂乃果もわかっている。わかっているからこそ、目を逸らそうとした。

 

けれど、それは結局逃げているだけなのだ。どうしようもない現実から。

 

ならば、現実から逃げずに直視したとして、凛達は何をすればいいのだろうか。何もせず、ガタガタといつインベスが襲ってくるかもしれないという恐怖に身を震わせて、縮こまっている事しか出来ないのだろうか。

 

そう考えた所で、凛はぶんぶんと頭を強く横に振る。再び思考が走り出そうとしていた。そうすると俯き、陰気な気分になってしまう。そうならないようにする為に、カレーを作って注意を他所に向けようとしたと言うのに。

 

凛は息をついて、横になっているアキトの隣にしゃがみ込んで寝顔を眺める。小学生の頃、喧嘩別れしてしまって再会してからは何度も見ている横顔だ。見る度に温かい気持ちになっていたが、今では不安な気持ちが広がる。

 

規則正しい寝息が早く収まって、閉じた瞳が震えてくれないかとずっと思っていた。その口から、優しい言葉が零れてくれないだろうか、と耳を澄ます。

 

だからか。

 

窓の方でどさり、と何かが倒れる音を聞き取る事が出来た。

 

凛が顔を上げると、他のメンバー達には聞こえなかったのか俯いて誰も言葉を発しない。まるでお通夜のようなムードに顔を顰めつつ、凛は希のいる窓際に歩く。

 

そして、そこから外を眺めて下に目をやって。

 

倒れている人影を見つけた。

 

それが誰なのか、目を凝らさずともわかる。

 

「ミッチ!」

 

「えっ!?」

 

凛の声に真っ先に反応した希が振り返り、他のメンバーも顔を上げて窓際に殺到した。そして、口々に少年の名前を口にすると、真姫が部屋を飛び出す。

 

凛達も釣られて部屋を飛び出し、階段を騒々しく降りて外に出る。警邏しているユグドラシル社員達の制止を振り切って外に飛び出して、別荘の裏手に回る。

 

「ミッチ!」

 

凛が駆けつけた時には、すでにミツザネを真姫が抱き上げていた。医者の娘というだけあって即座に脈などを測り、安堵したように息をつく。

 

「大丈夫。眠っているだけだわ」

 

朗報にμ's達に安堵の空気が広がる。ここにきてミツザネの命が落とされた、などの絶望は御免だった。

 

「何をしている!」

 

振り向くとタカトラが憤慨したように歩み寄り、ミツザネの姿を確認して驚愕の表情を浮かべる。それはすぐに消え去り、今度は警戒の顔をして片手を上げる。

 

背後に控えていた警邏社員たちがマシンガンを構え、ミツザネに向けた。

 

「何をする気!?」

 

「ミツザネが黒の菩提樹の放った密偵の可能性がある。容易に……」

 

「貴方は! ミツザネのお兄さんでしょう!?」

 

マシンガンを構える警邏社員の前に、ミツザネを撃たせまいと穂乃果と海未が両手を広げて立ち塞がった。無抵抗の民間人に銃を向ける、という事に嫌な気分を覚えたのか、警邏社員達は困惑の声を漏らす。

 

「………………………………」

 

タカトラは何も言わない。判断をあぐねいているようで、思考しているようだ。

 

「……………んっ」

 

不意に、ミツザネが声を漏らして瞳を震わせる。

 

全員が視線を向けると、ミツザネの瞳はゆっくりと開かれ、抱えている真姫を捉えた。

 

「……………真姫、さん………」

 

「っ、ミッチ…………!」

 

感極まった真姫は、ミツザネを抱きしめる。その瞳に涙の影を見て、タカトラは息を付いて警邏社員達に銃を降ろす様に指示を飛ばす。

 

「いいのかい?」

 

「心にもないこと言うな」

 

リョウマの言葉に、タカトラは嘆息する。

 

「……………俺の弟は、そんなに柔じゃない」

 

「……………甘いね」

 

全てを見透かしたような友の言葉に、タカトラは頬を緩める。そして、ミツザネへと歩む寄り腰を落とし、遠慮なく頭をひっぱ叩いた。

 

「まったく………あまり心配させるな…………」

 

「兄さん…………」

 

撃たれるのかと思っていたのか、ミツザネは叱られるのを怖がる子供のように縮こまる。

 

その姿に昔を懐かしむようにはにかんだタカトラは立ち上がり、真姫を見やった。

 

「ミツザネを運んでくれるか? 話しを聞かなければならない」

 

「……………わかりました」

 

ミツザネに危害を加えないと知って、真姫は素直に頷いて気遣いながら立ち上がった。

 

しかし、凛はふと首を傾げてしまう。ミツザネがいなくなった凛が知ったのは、お粥を食べている時に真姫達がリビングに入った騒ぎでだ。

 

真姫達ミツザネ失踪を知ってから知らせてくれるまで、それほど時間は経っていないだろう。気付いてすぐ様、知らされたに違いない。

 

しかし、一同が最後にミツザネがちゃんといる事を確認して降りたのは凛と海未、希だ。その時はちゃんと横になっていたし、起きる気配もなかった。

 

出た後にすぐに起きたとして、誰にも気付かれないように外へ出るのは困難だ。出入り口には警戒の為に配置された社員がいて、出るにはあの部屋の窓から飛び降りるしかない。それなりの高さはあるが、アーマードライダーとして鍛えられたミツザネならば、上手く着地出来れば問題なく出られるだろう。

 

そこから黒の菩提樹の元へまでロックビークルを走らせたとして、襲い掛かってくるインベスを蹴散らして、この状態のミツザネ1人で戻って来れるのだろうか。

 

他に、誰かがミツザネを助けてくれたのでは。

 

そう思った瞬間、凛は軽く周囲を見渡す。別荘の前には道路が走り、その向こう側には浜辺と海が広がっている。その他には囲うように軽い木々が生い茂っているが、人が隠れるにはいささか緑の数が少ない。

 

ともなれば。

 

凛は反射的に屋根を見上げた。一瞬だが、夜空を背面に月明かりを光源として、何かが動いた気がした。

 

「誰かいる!」

 

凛が反射的に声を上げると、ヨウコがライフル銃を屋根へと向けて躊躇いもなく狙撃する。屋根の一部に着弾して破片が飛び散り、その音の中に何かエンジン音のようなものを聞きつけた。

 

咄嗟に、凛は自分が持っている物に目を落とす。それは空になったお粥に入っていたお椀だ。片手でも問題なく持てるほどのもので、陶器なのかなかなかに丈夫に出来ている。

 

特に、何か策があった訳ではない。何かを思った訳でもない。

 

だから凛は、脊髄反射に近いような形で、そのお椀を上空へと投げ放った。

 

「ちょ…………!?」

 

隣にいた希が突然の行動に目を剥くが、直後に響いた音にそちらへ全員がを向ける。

 

凛がお椀を投げたとほぼ同時に、屋根から小型の何かが飛び立とうとしている時だった。それは人間1人くらいが乗れそうなバイクであり、お椀はその搭乗者の頭部に見事命中したのだ。

 

ガンッ、と鈍い音と共に飛び立とうとしていたそれは蛇行を始め、近くの木に激突して落下した。一同は警戒するようにそちらへと近付き、タカトラも先頭に立っていつの間にか戦極ドライバーを装着して、愛用のメロンロックシードを構えていた。

 

そして、がさりという音と共に出てきたのは。

 

「ってぇー………おいおい、普通陶器を投げるか…………? 当たり所が悪かったら死ぬぞ」

 

「…………………………………っ!」

 

その姿を見て、絵里が金縛りにあったかのように息を飲んで、隣にいた穂乃果の腕にしがみ付く。普段の生徒会長といった姿から想像出来ないほどに弱弱しいものだが、その反応を仕方ないものだ。

 

何せ、目の前の男はかつて、絵里を人質にとり、ともすれば殺そうとした男なのだから。

 

「……………何故、貴様がここにいる………シド」

 

「おぉ、おぉ………相変わらず物騒な歓迎だな、呉島」

 

錠前ディーラーシドは、にやりと口元を緩めてタカトラと対峙する。一見すればシドには戦極ドライバーは装着されておらず、右手はハットを抑えて、左手はキャリケースを引いている。ロックシードは握られていないが、油断ならない男はこの場にいる全員が知っている事だ。

 

シドは以前、会った時と異なり黒のベストに白いスラックスを着ており、かなり若々しい雰囲気を感じさせる。しかし、凛は何故この場所にいるのか、よりも気になっている事があった。

 

「……………顎髭がない?」

 

「ブフゥツ!?」

 

前回、遭遇していた時、一番目を引いた顎鬚は剃られている。それもあってか一見するとシドと判別付かないが、そうであると断言出来たのは被っている帽子のおかげだろう。

 

敵意が満ちた重たい空気の中、思わず凛がぼやくとリョウマが盛大に噴き出した。それに伴いヨウコの肩までもが震え出し、この場に何とも言えないものが流れ出す。

 

元凶たる凛は「えっ、えっ!?」と周囲を見渡し、真面目な表情でメロンロックシードを握り締めているタカトラは、苛立ちを爆発させないように息を吐いた。

 

そして、シドは肩を上下させてハットを深くかぶる。この状況でまったく見当違いな発言をした凛を馬鹿にしているようだが、心なしが頬が赤い。まるで恥ずかしがっているような気がして、凛は目を丸くする。

 

「凛ちゃん………」

 

「えぇっ、凛のせい!?」

 

「貴女以外、誰がいるのよ…………」

 

花陽のジト目に凛が吠えるが、真姫がミツザネを抱えたまま呟く。

 

ほぼ無意識のうちに呟いた事なので、凛には本当に何かしらの思惑があった訳ではない。なのに、この言いように釈然としない気持ちになり、凛は口をへの字に曲げた。

 

「……………相変わらず愉快な奴らだ」

 

「おやおや、髭がない事に顔を赤くしていた奴が何を言っているのかな?」

 

シドの呟きに、リョウマが笑みを浮かべたまま返す。

 

売り言葉に買い言葉とはまさしくこの事で、一瞬だけ敵意が膨れ上がる。しかし、それはすぐに収まり、シドからも敵意が消え失せ、タカトラもメロンロックシードを降ろした。

 

「…………何故、ここにいる?」

 

タカトラが再度、同じ質問を投げかけるとシドは肩を竦めてあらぬ方向を抜いて腕を組んだ。

 

「今回の事件………それの顛末を見届けろ、ってスポンサーがうるさくてな」

 

「………ことりちゃん、スポンサーって…………?」

 

「μ'sにとってのユグドラシルみたいなもの、かなぁ」

 

「穂乃果。ちょっと静かに」

 

「……………事の顛末だと?」

 

ことほのうみのコメディをスルーして、タカトラが再度投げかける。

 

「お前は黒の菩提樹と行動を共にしているのではないのか?」

 

「馬鹿言え。こちとらロックシードを売買して稼ぐ組織だぞ。大元のインベス、ヘルヘイムの森を潰して何の得になる」

 

シドの物言いは正しい。行っている事は悪法ではあるが、稼ぎ口を潰す事に加担しては意味がない。農家が畑を焼くのと同じくらいに無意味なものだ。

 

「まぁ、確かにこの島のキル・プロセス・プログラムの情報を渡したのは俺だ。もっとも、まさか呉島ミツザネをあんな方法で使ってこじ開けるなんざ、思いもしなかったけどな」

 

「っ…………」

 

ミツザネが歯を食いしばる音が聞こえる。その様子から自分が何をしてしまったのか、しっかりと記憶に残っているのだろう。

 

「……………ミツザネを操った技術は何だ?」

 

「知らねぇな。あいつらにも独自の技術があると聞いた事があるが…………」

 

「……………ミッチの首裏に植物のようなものが生えていた。それが原因じゃ…………?」

 

真姫の言葉にタカトラは一瞬だけ振り返る。先ほどの食事に時にそれとなく知った内容だ。首にそんなものが生えていた、と思うとゾッとして凛は思わず首を摩ったが、ミツザネ自身に外傷はなく今も見た限りでは平気そうだった。

 

「ミッチは何か覚えていないん?」

 

「…………多分、植え付けられたのはこの空港に来た直後、銀色の髪の少女に植え付けられたと思います」

 

「そんなに早くから!? じゃぁ、もしかして…………」

 

まさかこの島に来て早々に植物を植え付けられたとは思わず、希は腕を組む。

 

「あの時、あそこにアネモネちゃんがいたのは…………」

 

希が差しているのは初日で、ミツザネとアキト、真姫、希が食材などの買い出しに向かった帰り道、多くのインベスに襲撃されたアネモネを救出した時の話しだ。

 

つい先ほど知った事だが、そこで瀬賀がアーマードライダーである事を知りつつ、真姫達は黙っていたらしい。より正確には瀬賀に秘密にしておくように言われたのだが、今思えばタカトラに勘繰られないようにする為だったのかもしれない。

 

しかし、そこで凛は変だなと率直に思って首を傾げた。

 

「……………インベスを操れるのに、襲われるって変だにゃ」

 

「どうしてあの時、あの場所にアネモネさんがいたのか聞いてないですし、話してもいない………」

 

「能力が不完全だったのか、それとも我々を欺く為の演技か」

 

「…………初日と言えば」

 

ふと、思い出したように真姫はタカトラを見やった。

 

「タカトラ先生、一体どこに行ってたんです?」

 

初日、島に到着して早々、真っ先に姿を消したのはタカトラだ。その後、ミツザネは用を足す為に離れ、戻ってきてから所用で別行動する、というのを聞いたのだが。

 

「……………この島の施設で、インベスが暴走。その跡地に調査にな………そういえば、スピーカーが落ちていたが…………」

 

「そうそう、そのスピーカーなんだけどね」

 

思い出したように口を挟んだのはリョウマだ。

 

「調べてみたら、ワイヤレス機能が付いていたよ。小型だから有効範囲はそれほど広くないだろうけど」

 

「何の為に…………?」

 

「まっ、俺には関係ねぇ事だがな」

 

瞬間、はっと誰もが顔を上げた。

 

そこにシドの姿はなく、いつの間にか先ほど墜落した飛行機に跨って浮遊していた。

 

「貴様っ……………!?」

 

「じゃあ、去り際に爆弾でも落としていくかね」

 

ビクッ、と全員が身体を強張らせる。しかし、シドが落とした爆弾は殺傷性のある物ではなく、違った意味でμ'sに衝撃を与える爆弾だった。

 

「今回の事件。計画も首謀者も黒の菩提樹で間違いねぇ………だが、ここまで大きなテロ事件にはなりはしなかった。こんな大きなテロになったのは、μ'sが原因だ」

 

「えっ……………」

 

黙っていた穂乃果が声を漏らす。他のメンバーも愕然となり、凛も瞳を大きく見開かれる。

 

「元々、奴らの計画に戦極ドライバーを無力化させる、というのはなかった。それを齎すよう、俺に指示した奴がいる」

 

「………………誰だ?」

 

タカトラの問いかけに、にやりとシドは口を歪めた。

 

「志木、元議員」

 

雷を撃たれたかのような衝撃が走った。不自然に凛の奥底で何かが跳ね上がり、背中を冷たい嫌なものがなぞり落ちる。

 

それは凛だけではなく、当然μ'sのメンバーにも伝染した。ミツザネも愕然としたように瞳と口元を震わせ、何か言葉を出そうとしても出ないようだ。

 

志木議員。

 

その名前はμ'sだけでなく、チーム鎧武。ひいては音ノ木坂学園に関わりを持つ人間にとって、ただの名前では済まないものだ。

 

今は元、であるが音ノ木坂学園を廃校にして他の施設を建てようと企てた政治家だ。奇蹟的と言うべきか、ミツザネ達が転入初日というタイミングで実力行使で音ノ木坂学園を廃校せよ、と脅しにかかってきたがアーマードライダー達の活躍で怪我人も出ずに済んだ。

 

そして、ミツザネの機転により志木の悪行が露見し、政界を追い出されたという話しだった。

 

それから、志木は大量の保釈金を払い世に出ては、再びオープンキャンパスで仕掛けてきた。その件から何だかんだで、志木の名前は世間から忘れ去られたはずだ。

 

しかし、ここで志木が出てきた。

 

それはつまり、志木はまだ音ノ木坂学園の廃坑を諦めていないという事だ。

 

いや、廃校よりも。

 

「奴は相当、お前さんらを恨んでいるみたいだなぁ。そんなちっぽけな理由でここまで大事の舞台を用意するなんざ、なかなかに狂ってるとしか思えねぇが」

 

「シドッ!」

 

タカトラの激昂の直後、シドを乗せた飛行機が高く飛び上がる。銃声が上がり弾丸が撃ち落とそうと殺到するも、それらは当たる事なく夜空の闇へと消えていった。

 

静寂が場を包み込み、タカトラは悔し気に歯を噛み締める。

 

「……………そんな…………」

 

言葉と共に、穂乃果が膝をつく。μ'sの誰しもが顔を俯かせ、再び絶望の中へと放り込まれた気分になった。

 

「私達のせいで、こんな…………」

 

昨日。

 

穂乃果は言った。廃校阻止を阻んでいる何かが働いているようだと。まるで凛達の行動は間違っていると知らしめるような気持ちになり、希望を見出す事は出来なかった。

 

コウタは言った。そんな事はさせない。そんな事をするような悪は、絶対に許さないと。

 

しかし、コウタは倒れてしまい、その悪を砕く者は誰もいない。

 

それが拍車をかけるように、9人に今やっているは間違いだ、無駄だと強く心に刻まれるようだ。

 

「…………アキトがいてくれたなら」

 

いや、アキトでなくてもいい。コウタでも、カイトでも、誰でも構わない。昨日のようにそんな事はないと言ってくれたのなら、この絶望は振り払えるのだろうか。

 

凛はふと、背後を顧みる。真姫に支えられているようにしているミツザネはコウタ達と同じように凛達を励ましてくれる希望だ。

 

しかし、今は瞳を震わせ、まるで凛達と同じように絶望に染まっているようだった。

 

「……………みんな、中に戻ろう」

 

どう声を掛けるべきか、タカトラは悩んだようだが絞る出すように出た言葉がそれだった。

 

「今は黒の菩提樹の暴動を止める。我々が成すべき事はそれだ」

 

「……………どうして止めるんですか」

 

タカトラが踵を返した時に呟かれた静かな言葉は、一瞬誰が口にしたのかわからなかった。

 

凛は思わず振り返り、声の主を見やった。

 

穂乃果も、海未も、ことりも、絵里も、希も、にこも、花陽も。

 

抱えている真姫も、愕然とした表情でそこに座る少年を見つめる。

 

「…………どういう意味だ、ミツザネ」

 

「言葉通りだよ」

 

そう言って、ミツザネは立ち上がる。絶望に染まりきった瞳を、胡乱気に兄へと向ける。

 

昏い、冥い闇を覗いてしまったような気がして、凛の胸奥が跳ねる。

 

「だって、彼らの言い分もあるじゃないですか………彼らは、インベスによって悲劇を齎され、その運命を捻じ曲げられた人達の集まりです。それはある意味で、アーマードライダーとなった僕やコウタさん達と同じと言える」

 

黒の菩提樹は、上層部はユグドラシルから追放された社員で構成されている。宗主たる狗道クガイの目的は別として、奴らが掲げたのはインベスを完全に隷属させるというもので、集まったメンバーはその多くがインベスによる悲劇に見舞われた被害者だとアキトは言っていた。

 

アーマードライダーはインベスの被害者。インベスに唯一対抗できる戦士がアーマードライダーであるならば、その存在はまさしく表裏一体。

 

インベスが存在するから、アーマードライダーが存在する。

 

インベスが暴動を起こすから、アーマードライダーは戦いへ赴く。

 

ならば、インベスが存在しなければ、アーマードライダーは存在しなくてよかったはずだ。戦う必要も、命を掛ける必要も。

 

彼らもまた、インベスが存在しなかれば、失うものはなかったかもしれない。

 

違いは、アーマードライダーは望んで戦う力を得た。彼らは理由のない悪意で悲劇のどん底に投げ込まれた。

 

意思があったか否か。それだけで物事は大きく、その意味を変える。

 

「待ってよ、ミッチ…………」

 

膝を着いていた穂乃果が、ゆっくりと立ち上がって言う。

 

「確かにインベスは暴走を起こすよ。でも、そんなのごく一部で、秋葉の街ではよく最近起こるけど、皆仲良くやってけて……………」

 

「わかってますよ、穂乃果さん」

 

穂乃果の言い分は、一般論で正論だ。穂乃果はミツザネ達が転校してきた初日に、それまで一緒だったバディインベスを失った。それでも決してその悲劇を恨む事なく、新しい子に愛情を注いでいる。

 

一度しか会っていないが、穂乃果の母親もインベスとの関係は良好だ。それは凛の母親にも言えたことで、インベスとは侵略者などの悪魔的なイメージよりお手伝いというイメージの方が合っている今では、どう考えても悪いイメージを抱く事は出来なかった。

 

世界はインベスと共存していけてる。それは凛だけでなく、この場の誰もが確信している事だ。

 

しかし、ミツザネはそれを肯定した上で言った。

 

「問題はそこじゃなくて、そのごく一部でも悲劇が起きたって所なんです」

 

告げて、唇を噛み締めるようにミツザネは俯く。

 

「…………僕には、その事に対して何も言う事が出来なかった………否定する事が、出来ない…………!」

 

インベスが関連していようとしていなくとも、訪れた悲劇が齎した痛みは、齎された当人にしかわからない。友や恋人といった近しい者ではない第三者が、容易に口にしてはならないデリケートな問題だ。

 

もし、ミツザネの立場に凛や他の誰かがなっていたとしても、同じように返答する事が出来なかっただろう。

 

「…………否定しなければ戦えないほど、君は弱かったかな?」

 

「………………何?」

 

リョウマの指摘にミツザネは顔を顰める。

 

「少なくとも私が知っている呉島ミツザネという少年は、自分のやるべき事を迷わず見据えられる人間だったよ

?」

 

「……………貴方に何がわかる」

 

視線を逸らすミツザネに、凛は希の言葉を思い出す。

 

ミツザネは、アネモネに恋している。

 

人は、何の縁のない人間の事に関しては無関心だ。興味がなければ、関わる事がなければ、繋がる何かがなければ人と人は結びつく事はない。

 

ここにいる9人も、穂乃果達が学校廃校を阻止しようとスクールアイドルμ'sを結成し、花陽がアイドルになりたいという気持ちがあって凛達は集った。

 

もし、μ'sが存在しなかったら、この9人は知り合う事はなかった。学校の行事や委員会、部活動などで知り合う事はあったとしても、ここまで密接な絆を築く事はなかっただろう。

 

そして、ただ繋がっただけでは、人は絆を生み出す事は出来ない。

 

相手を知ろうとする心。友と認める心。

 

情がなければ、他者を受け入れる事はない。

 

情がなければ、人と繋がる事はない。

 

「……………ミッチ、アネモネさんの事を本当に………」

 

凛の言葉に、ミツザネはびくりと肩を震え上げる。そして、食いしばる様に両手拳を握りしめる仕草は、それが正しい事を示していた。

 

真姫が愕然とした瞳を凛に向けてから、ミツザネに叫ぶ。

 

「ミッチ! 貴方はアネモネに操られて…………!」

 

「操られてた。確かに、操られてた…………」

 

ゆっくりとミツザネが顔を上げる。そこには昏いながらも己を見失っていない、はっきりとした意識が瞳は宿っていた。

 

「でも、彼女を想うこの気持ちは………絶対に嘘じゃない…………! そう信じたいんだ!」

 

だって。

 

何故なら。

 

「僕はアネモネさんが、好きだから…………!」

 

それは羞恥でもなんでもない、はっきりとした告白だった。

 

茶化す事も、否定する事も、偽りだと思う事も出来ない。

 

誰にも口を出す事の出来ない、刃金のように強い崩される事のない決意だった。

 

「……………ならば」

 

それを受け止めたタカトラは、真っ直ぐに弟を見据えて言う。

 

「お前は、我々の敵になる、という事か」

 

「っ、待って!」

 

メロンロックシードを掲げ、敵意を瞳に宿したタカトラに応じて、周囲の社員達も銃口を上げる。

 

それを見て、凛達の背中に冷たいものが滑り落ちた。今は仲違いをしている場合ではない。限られた戦力でこの地獄を脱しなければならないのに、仲間同士で戦うというのはただでさえ少ない活路を潰す事を意味している。

 

身体を強張らせるミツザネを庇うように、真姫が両手を広げて立ち塞がる。続いて海未も我に返ったように並び、タカトラに呼びかけた。

 

「待ってください! 今、こんな事をしている場合ではありません!」

 

「そ、そうだよ! ミッチと協力して、この事態を切り抜けるのが先のはずにゃ!」

 

「切り抜ける為に、立ち塞がる障害は排除しなければならない」

 

海未と凛の言葉を切り捨て、タカトラの瞳に冷酷さが宿る。おそらく凛達には向けた事のない、アーマードライダーとしての顔に変化していくのを感じて恐れを抱いた。

 

「……………わかってます………」

 

しかし、その敵意が現実のものとなる前に、ミツザネが口を開いた。

 

「止めなきゃならないってのはわかってるんです。でも、心がそれを許さないんです…………」

 

「…………情は時に、諸刃の剣となる」

 

ずっと黙り込んでいたヨウコが、ふと呟く。

 

「ミツザネ。貴方は彼女がやろうとしている事が間違っているとわかっている。だけど、彼女の言い分は一理あると知ってしまった」

 

静かに、語るよう言葉にミツザネはこくりと頷く。

 

「情が彼女に情けをかけてるのよ。非情になりきれない………本当、そこはタカトラの弟だわ」

 

「おい」

 

突然の評価に、タカトラが憮然と声を上げる。しかし、ヨウコの表情は決して責めているのではなく、諭すような感情が見てとれた。

 

「人は一度、情を持ってしまえば取り除く事は出来ないわ。よほどの事がない限り………アネモネに銃を向ける事が出来ないというのなら、貴方は戦うべきではない」

 

「……………っ」

 

ミツザネが悔し気に唇を噛む音が聞こえる。

 

ミツザネが戦えなければ、もはや残ったアーマードライダーはタカトラのみだ。敵な巨大で膨大。さらにはシドという厄介な存在も加わり可能性が高い。

 

限りある希望がさらに少なくなる。しかし、、今のミツザネを戦場に立たせた所で戦力になるとは、素人の凛でもわかるほどだ。

 

戦えないのならば、戦場に出るべきではない。

 

ヨウコの言わんとしている事は、誰もが理解している事だった。

 

それに反論出来ず、ミツザネは押し黙る。

 

それが答えと見たのか、リョウマはもはや用はないと言わんばかりに壁に預けていた背中を離して、別荘内へと戻って行く。

 

それに習い他の社員達も戻り、ヨウコも踵を返す。

 

帰って行く大人達に、凛達は何も言えなかった。所詮、何も出来ない子供の言い分にしか感じないのだろう。

 

ミツザネ達の意見を取り入れてくれていたのは、1人の戦力として数えられていたからだ。それが満たせないのならば、ただの子供に成り下がるしかない。

 

最期にタカトラだけは残っていた。先ほど宿っていた冷酷さは消え失せているが、どこか悲し気な色を刻んでいる。

 

そして、何か言おうと口を開きかけるが、結局は何も言わず踵を返して他の社員同様に別荘へと引き換えしていった。

 

残ったのはミツザネとμ'sの9人のみ。

 

無力さや虚無感が襲い掛かり、昏い陰気が漂う。

 

何も言えず、何も出来ない。

 

凛が顔を上げると、月がいつの間にか夜空が広がって月が上っていた。

 

闇夜の帳が完全に世界を支配し、幻想的な空を映し出す。しかし、美しいと思える事はなく、どこか霞んでいるようにも見えた。

 

「……………朧月夜………………」

 

誰にでも言う訳でもなく、口の中で呟く。

 

本来ならば霧や靄でぼんやりとした風景を朧と言い、柔らかくほんのりと見える月を朧月と呼ぶ。当然、朧月が出ている夜を朧月夜と言うのだが、それは夏ではなく主に春に見れる光景だ。

 

小学生の頃、学校の屋上でアキトと一緒に寝そべって星を見ていた時に語られた思い出がふと思い出された。よくもまぁ小難しい事をアキトは知っていたものだ、と今でも感心してしまう。

 

ぼんやりと見せているのは、夏の霧のせいだろうか思ったが朧月夜は主に春に見れるものだ。

 

「……………あぁ、そうか」

 

ぼんやりとしいるのは夜空ではない。

 

度重なる衝撃的な展開が立て続けに起きたせいで、凛の方が参ってしまっているのだ。気付けば身体はずっしりと重く、それを認識した瞬間に一気に疲労感が襲ってきた。

 

視界がちらつきそうになり、眩暈と共に意識が遠くなる。しかし、ここで倒れてしまえばさらに絶望がこの場を支配する事になってしまうだろう。花陽もきっと心配のあまり、倒れてしまうかもしれない。

 

気丈に意識を繋ぎとめていると、ふとミツザネが茫然とした感じで踵を返した。

 

「ミッチ……………?」

 

突然の行動に一同は困惑の表情を浮かべる。

 

しかし、決して自暴自棄になっているなどではない。

 

ミツザネが向かうように歩き出した先は、暗闇が広がっている海を一望出来る浜辺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呉島タカトラが所有するロックシード

 

 

・メロン

・ドリアン

・ヒマワリ

 

 

 

 

次回のラブ鎧武!は…………

 

 

 

「でもね、無力感を感じても、それ以上に胸の奥から込み上げてくるものがあったんだ」

 

穂乃果が語る度重なる試練への心情。

 

 

 

「僕は、アネモネさんを止めたい…………!」

 

自分のやるべき事ではなく、やりたい事を見据えた龍玄が立つ。

 

 

 

「一度、情報を整理しませんか?」

 

明日を生き抜くために、今出来る事を。

 

 

 

そして。

 

 

 

「繋がったわ…………! 脳細胞が、トップギアよ!」

 

真姫が提示する打開策とは!?

 

 

 

次回、ラブ鎧武!

 

42話:モザイクカケラ ~絶望の軌跡~

 

 

 






誤動作が続いて若干イラついっちゃってます、暑さのせいもあるのかな

どうも、グラニです

ミツザネが悶々と悩み、引き鉄すら引けなくなってしまいました。

相手を理解してしまったら、人は何も出来なくなってしまう。

その想いが強ければ強くなるほど、それは鎖のように何も出来ないよう縛ってしまうように思えるのです。

と、ここ最近陰陽師熱が再熱してきたので、ちょっとそれっぽいことも織り交ぜてみました。

退魔系ファンタジーって、物語の定番ですけどラ!界隈では見かけませんよね

時間があったら書いてみたいですけど、自分はラブ鎧武で一杯一杯だからなぁ。

そんな事を思いながら、次の話しを書く事とします




感想、評価随時受け付けておりますのでよろしくお願いします!

Twitterやってます
話しのネタバレなどやってるかもしれませんので、良ければどうぞ!

https://twitter.com/seedhack1231?s=09




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