シンギュラリティによって、人間の生活は大きく変様した。
人間の仕事の大体半分がAIによって賄われるようになり、ベーシックインカム制度が導入されたこともあって世界人口のうち仕事に従事しているのはわずかに15%のみとなった。
残った15%も政府関係者などが大半を占め、そうでなくても会社経営者や芸術家だったりで、シンギュラリティ以前のステレオタイプな仕事は失くなったと言えるだろう。
工業用のドロイドは人型を採っていないが、大抵のアンドロイドは人型をしている。
そんなアンドロイドに家事手伝いをさせるのが一種のステータスだ。
雑用をアンドロイドに任せて、自分は自由に暮らす。
街に繰り出すときにアンドロイドを伴えば、それだけで尊敬の念を持たれることだろう。
アンドロイドと人との区別が付くならの話だが。
しかしながら、アンドロイドを持つのは未だにステータスのひとつだ。
基本的にアンドロイドは高い。
ベーシックインカムだけで生活するのには手が届かない。
しかもアホみたいに電力を食むため維持費もかかる。
なのでアンドロイドを手に入れている人は基本的に社会的に成功している奴等だ。
そうでなければアンドロイドに人生を捧げているのだろう。
政府の中にはベーシックインカムを得るかアンドロイドを支給するかの二択を迫るのもあるらしい。
そういった選択肢を与えることで、国民にクリエイティブな仕事をさせ、国際競争力を高めようとしているのだとか。
あんまり上手く行ってないみたいだが。
アンドロイドは人の欲望を反映している。
みんな見た目にこだわる。
色々とオプションを追加して、自分の理想の相手をアンドロイドで作り上げるのが常識だ。
しかし実在の人物の見た目を使いたい場合は、相手からの了承を得る必要がある。
昔の人なら権利者に許可を貰わないといけない。
大抵は了承されないのだが。
だって自分と瓜二つの人が居るなんて気持ち悪いじゃん。
理想を追求するのだから、必ずしも人型とも限らない。
メカメカしいのがいい人もいるし、動物的なのがいいのもいる。
変な見た目のを所望する変態もいるそうだ。
性癖なのだろうか。
さて、かく言う俺もしっかりとアンドロイドを所有しているのだが、普通の方とは少し理由が異なる。
必要に駆られてというか、俺の意志では無いというか。
俺は嫌だと言ったんだが、周りと国際社会が良しとしてくれなかった。
とにかく、不服ながらアンドロイドが使用人として着いている。
監視役として、着いている。
「マスター、朝でございます」
「……もう起きてたの、分かるだろ?」
「……知った上での発言ですが、何か?」
「いい性格してるよ、本当」
「お褒めいただきありがとうございます」
キレッキレだ。
毎朝こんな感じだ。
とにかくやりづらいったらありゃしない。
俺ひとりでもちゃんと研究するっての!
今までだってひとりでちゃんと研究してたじゃんかよ!
なんでみんな俺のことを信用してくれないかな!
……脱走しようとしたから、だけどさ。
仕方ないじゃん。
ブラックもブラック、どす暗くてダークマターかブラックホールみたいな職場だぞ!
家を解約して研究室に住む羽目になってんだぞこっちはよぉ!
なんだよ2000連勤以上って!
趣味のゲームですらそんなに継続してやれたことないわ!
「……顔色がよろしくなさそうですが、如何しました?」
「……昔を懐かしんでただけだよ」
「左様ですか」
「今日こそは外に出たいな〜」
「……」
「な〜」
「……」
「な〜!察せよな!」
「許可されておりませんゆえ」
「またそれかよ畜生!」
私を自由にしてくれ〜!
誰でもいいから自由にしてくれ〜!
アンドロイドなんて開発しなきなゃ良かった!
もっと手ぇ抜いて作りゃ良かった!
なんだよ世界一の出来って!
俺の開発したのが世界中で使われてるってにわかには信じられんわ!
だって開発してから外出てないもんね!
「俺の開発したのがどう社会に貢献してるのかその目で確かめさせてくれよ〜」
「国連に申請しますか?」
「どうせまたどっかが拒否権行使するもん!要らんわ、そんな申請!」
「……早く支度なさって下さい」
「……」
「言っておきますが、外には出ませんよ」
「……破廉恥なアンドロイドだよ、全く……」
「余計なお世話でございます」
今日もまた、変化のない退屈な一日が始まる。
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「なぁなぁ思うんだけどさ」
「何でしょうか」
「俺、もう仕事なくないか?」
「?」
「?って態度されても困るんだけど……」
「何を言っているのです?」
「だってほら、俺より優秀な研究者居たじゃん?あいつらに研究引き継いだ方良いって前々から言ってんだけど……聞き入れてくれないもんだからさ」
「少なくとも政府はマスターが最良の研究者であると結論づけているのですが」
「再検証しない?それ」
俺は確かに、世界で初めて実用的な、不気味の谷を越えた人型アンドロイドを開発した。
人間的な機能を可能な限り付け、人肌の体温になっていたり、一応体のパーツは人間の臓器を模している。
現在研究中の生体パーツが実用化されれば、アンドロイドのパーツと換装出来るようになっている。
気持ち悪いからやりたくないけどね!
そう、となるとこうなる。
開発してからの俺の仕事はない。
アンドロイドは完璧な形で作り上げた。
デバッグもしたし、機械として問題はない。
AI側の問題はプログラマーの仕事だし、生体ユニットについては政府の研究所がやっている。
俺を研究室に、研究に縛り付けておく理由など無いと思うのだが。
「……やっぱりなんかおかしいよなぁ」
「どうされました?」
「独り言さ」
「左様ですか」
「……」
「……」
やりづらいったらありゃしない!
俺が研究室から逃げ出そうとして捕まった後、監視役としてアンドロイドが配備された。
暴徒鎮圧用の警備用ドロイド。
戦闘能力は高いし、警備用に様々な機能が盛り込まれていてこいつの手からは逃れられない。
監視カメラと常に同期してるし、赤外線センサーとか色々とあってどうにもならない。
しかも四六時中俺に付き纏ってくると来たもんだ!
俺が雇い主とか開発者でもないのにマスター呼ばわりされるのも気に食わん。
嫌味か!
嫌がらせのつもりか!
「……んで、今日の仕事は?」
「おめでとうございます。新しく仕事らしい仕事が舞い込んで来ましたよ」
「ほうほう、一体何?」
「生体ユニットの換装実験を行ってほしいとか」
「うげぇ……出来たのか、あれ……」
気持ち悪っ!
人間の各パーツを人工的に作るなんて気持ち悪い!
道徳とかはどうなってんだよ!
こんなん誰が思いついたんだか……
延命のため、なんてのは聞こえがいいけど、この技術を応用すればデザイナーズベビーも出来ちゃうじゃんか?
こんなのこっちに持ってきて欲しくないんですけど!
……それが付けられるようにしたのは俺なんだけどね!
まさか俺の想像を超える速さで研究が進むなんて!
あの飛び級天才少女、どんだけ仕事が速いんだよ全く……
「で?どれを付け替えんの?」
「全部だそうです。脳及び脳幹も付け替えて骨格も人工のものに。人工血液を流して、内臓を取り替えてみるのだとか」
「消化器官とかも?膵臓とかホルモン系も?」
「はい」
「ヤバぁ……」
そこまでできてたの?
もはやほぼ人造人間じゃんか。
気持ち悪っ!
「もしかしてさ……」
「はい?」
「生殖器も?」
「……勿論でございます」
「チェンジ!チェンジを要求する!俺の仕事じゃない!医者とか生体実験に詳しい奴にやらせろ!」
「政府がマスターを指定しております」
「はぁ?……うぷっ……ちょっとトイレ行ってくる」
「お供します」
俺にフランケンシュタイン博士をやれと!
やばすぎだろあいつ等!
アンドロイドをなんだと思ってやがる!
出資者に好きな見た目のロボとヤりたい奴居るって!
そいつに会わせろ、一発ぶちかましてやる!
「気持ち悪っ……」
「そこまでですか?マスターの作ったものも大概でございますが……」
「あれはフルで機械だから良いんだよ!人の臓器と何ら変わりないのを付けるなんて、そんなヤヴァい事……」
「全ては医学の発展のためでございます」
「アンドロイドになってまで延命されたいか?」
「出資者の方々や政府は、そのようにお考えのようです」
トイレに着いた。
出せるだけ吐き出す。
体が拒否反応を示してるんだが!
やりたくないんだが!
俺以外に適任な奴いるだろ!
「……なぁ……あの天才にやらせりゃ良かったんじゃねぇの?」
「名取博士の研究はあくまでも開発まででございます。実証実験は別の者が。名取博士のお手を煩わせるようなことは決して……」
「……俺の手は煩わせて良いと?」
「研究所から脱出しようとして、捕縛された時点でマスターに拒否権はございません」
「……はぁ……」
「楽になりましたらラボへ。実証実験を行います」
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「ここをまた使うことになろうとはねぇ……」
「とは言いつつたかだか2年ぶり程度でございます」
「人間はそれをだいぶと表現するんだよ」
我が研究室の所謂実証実験室。
設計したパーツが予定通り動くかどうかを見るための部屋。
素材やら工具やら必要だと思ったものを何でも揃えてある。
だからこそここでは何でもできてしまう。
それこそ生体ユニットをアンドロイドに付けたりなんてことが。
「届いたパーツはこちらです」
金属製の箱が数個。
物々しい。
クーラーボックスに入って届けられている。
クーラーボックスってさぁ……
開けたくないなぁ……
グロいって!
絶対グロいって!
「早くして下さいませ」
「……あぁもう、分かったよ!」
意を決して箱を開ける。
金属の箱は案外簡単に開く。
ドライアイスでも使ってたのだろう。
中身が煙でなにがなんだか分からん。
煙の中出てきたのは……
……一番当たりたくないパーツが一番手だ。
「うえっ……」
「女性器でございますね」
「一番見たくなかったんだよ、これ……」
リアルすぎるわ!
まぁ、ホンモノだもんね……
そりゃリアルというか、ホンモノだし……
「次は?……あぁ……」
「心臓でございます」
「次!……おぅふ……」
「胃でございます」
嫌だ!もう見たくない!
なんこれ、ホントにその場で解体したのかってくらい新鮮そのものだぞ!
産地直送ってか!
……気持ち悪っ!
「……すまんけど、開けといてくれ……接続とかは俺がするから……」
「……了解しました」
人工血液が一番まともだ。
だってただの赤黒い液体だし。
あぁ、これ用に血管もあるのか……
考えたくないな。
「ところでさ」
「はい」
「付ける素体は何処?」
「あぁ、私でございます」
「は?」
「用意してありますので直ぐに取りかかれますよ」
そう言うと服を脱ぎ始める。
意味わからん。
警備用員に実証実験もやらせる訳?
こいつハンガーにかけてりゃ逃げられるじゃんか!
……流石に対策されてるかぁ……
「これで如何でしょう?」
「……あぁ、うん」
アンドロイドに所謂ラブドールの機能を付けることは可能だ。
それを見込んで買い込む奴も居ると聞いた。
自分の理想の相手と致せる訳だから。
しかしこいつにそんな機能は付いていない。
のっぺりとしている。
乳房も秘所もついてない。
だからなんとも思わん。
研究の一環で死ぬほど見てるし。
今更感が否めない。
でも今から女になるんでしょ?
うわぁ……考えたくない……
こいつをそういう対象に見ろと?
嫌ぁ……
「じゃあ、ハンガーに掛けるぞ」
「はい」
ハンガーに掛けて、パーツを分解していく。
実のところ、複雑に見えてアンドロイドの分解はとても簡単だ。
メンテナンスし易いようにしたというのもあるが、単純に部位をブロック化したほうが都合が良かったというのもある。
人間の体はブロックに分けられるのだ。
グロいけど。
「んで?換装してけってか?」
「はい」
電源点けたり消したりで面倒なんだが。
「電源切るぞー」
接続して、ボタンを押して電源を強制的に切る。
基本的に警備用アンドロイドの電源は切れない。
ホームになるコードに接続した上でボタンを押すと電源が切れるようになっている。
つまり、平時は同意なしにこいつを止められないのだ。
ロボット三原則があるとはいえ、この造りはちょっととは言ったのだが、聞き入れられることもなく。
結果こんなことしないと自由にイジることすら出来ない。
「じゃあ先ずは循環器系からやらなきゃいけないのかな?」
人体解剖図を資料室から引っ張って来た。
これを見ながら付け替えていく。
「ここをこうだろ……んでここにこれを固定して……」
各パーツごとに動きを確認したかったが、人間の臓器は連動する。
だから一回全部付けてみないとどうにもならない。
「手足のパーツは……うわっ、剥き身で届いてやがる……」
手足の中身はこれでよし。
脳みそも換えたぞ……脊椎とかも外して新しいのにしてるし……
あとは一応電脳に血液が届くようにして……
「これで循環器は良いだろ?」
「んで次が消化器官か……おぉ……」
腸ってこんなに長いんだなぁ。
こっちのは適当にモデリングしたもんだからさ。
出来が良くてびっくりする。
「ホルモン系もやらないとなのか……」
「並行してやろう」
膵臓とかも付けていく。
肝臓ってこんなにも大きいのか。
「こうやって……ここに架けよう」
「……ここはこうだろ?んで腸って巻いてあるから……」
色々と調節して、調整して、やっとまともに収まった。
「これで全部だな……」
手足を付ける。
あとは蓋をして……
そうだった。
胸が付いてるやつを付けないとなんだな?
ホントに殆ど人間じゃねぇか。
「良しと。ひとまず動かしてみようか」
電源をつける。
「……起動しました。……プログラムのアップデートを確認。インストールを開始します」
まぁ、現行のシステムじゃあ動かせんか。
アプデは必須かな?
ポケットに忍ばせていたエナドリを飲みつつ、時間を潰す。
今警備はどうなってんだろうなぁ。
今なら出られたりして。
……無理か。
……てか待てよ、実証実験をするってことは、
マジ?
そうじゃないことを祈ろう。
「インストールが完了しました。システムを再起動します」
「……」
着々と進んでいる。
にしても電脳、すごかったなぁ。
あれ、生体なのにプログラムを動かすんだろ?
すげぇ。
もはやアンドロイドと人との境界線もあやふやになっちまうな。
……となると人間、要らなくなりそうでは?
怖っ……
「……起動しました」
「調子はどうだ?」
「普通です。問題なく稼働しています」
「降ろすから待ってくれ」
ハンガーが降りてくる。
裸体の美女が降りてくるんだが。
……全くそんな気にならないな!
いっそ恐ろしい程にそうならない!
やっぱり私的にはこいつは憎むべき相手なのかな?
「軽く体を動かしてくれ」
「……」
ラジオ体操を始めた。
器用に体を動かしている。
「今までとの違いを感じるか?」
「……体がうねるような感覚を覚えます」
「そりゃあ肉だからね」
「体に定期的に振動が……」
「それが拍動。心臓が動いてる証拠だ」
「……」
体の動きを確かめるように動く。
今までと結構な違いがあるのか?
「……どうだ?」
「問題ありません」
「ならよし」
「さて、今回の実証実験で必要な情報はよっつあります」
「ひとつ。食事をエネルギーに変換できるかどうか」
「ふたつ。エネルギーを血液で各パーツに伝搬できるかどうか」
「みっつ。免疫機能は働くのか」
「そしてよっつ。生殖器は適切に動くのか」
「これらの検証が必須です」
「……時間が掛かりそうだな」
「一ヶ月ほどでデータは取れるのでは?」
「まぁ、それくらいを目処にしようか」
はてさてこれから、どうなることやら……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
部屋に差す陽はもうオレンジ色で、夕刻を過ぎていることは誰にでもわかる。
勿論、アンドロイドにも、AIにも分かるはずだ。
今日はもう日が暮れているから、夕食にしようと進言したのが一時間前。
何がいいかなぁ、なんて考えていたらあいつが居なくなった。
しかも全く料理が用意される気配がない。
どっかに行ったっきり帰って来ない……
何があった?
届け物があったってこんなにも時間は掛からんぞ。
急な来賓とか?
こんな時間に?
あぁ!生体パーツが不具合を起こしてるのか!
どっかで動けなくなっている可能性があるな。
調理室までの導線からどこにいるかは大体把握できる。
今から助けに行くか!
――でも今がチャンスでは?
逃げ出すなら、あいつの居ない今のうち!
……でも、ここから出てどこに行く?
宛はないぞ。
実家はもう無いし、上司に同僚、部下はみんな政府に囲い込まれてるだろうし。
そしてまた捕まったら?
今はまだあいつを用意されて、監視されてるけど、今度はどうなるか分からない。
いよいよ人でなくなってしまうかもしれない。
天才少女は外界から完全に遮断された研究室に入れられたという話を聞いたもんだから、あいつ等には血も涙もないのが分かり切っている。
いっそ思い切って命を断って――
――あぁ、またこんなこと考えてる。
一体いつになったら考えるのを辞めるんだろうか。
考えても意味ないのに、馬鹿の一つ覚えみたいに逃げ出すことばかりで頭の中が一杯。
研究なんてそっちのけで、ここを出ることばっかり考えてる。
結末がどうなるのかも、分かり切ってて不毛なのに。
でも仕事のあるなしに関わらずに研究所に監禁する国も国だよホントによ!
なんだよこれ、2年ぶりの仕事がこれかよ!
2年間ほぼ娯楽無しで頑張ってなんの報酬もなしってやばい国じゃねぇか?
やっぱり亡命した方が……
人が歩いてくる音がする。
きっとあいつだ。
また考え事してたらお迎えか。
何が起きたかちゃんと聞き取っておかねば。
どこがどうなってこうなったかは、言語化が得意だろうから問題はないだろう。
あっちで勝手に記録取ってるかもだけど。
「どうしたんだよ、こんなに遅くなって」
「……応対に時間が掛かりまして」
「こんな時間に?」
「……えぇ、火急の用件だとか」
「先方はなんと?」
「他で充分なデータを取ることが出来た為、予定を変更して生殖機能の確認を最優先で取るように、とのことでした」
「……」
「……」
は?
「なんでそんな急に軌道修正した?今日案件が持ち込まれたばっかりだぞ!無軌道にも程があるだろうに!」
「……先方がそう言うのですから仕方がありません」
「しかもなんでったって生殖機能の確認なんだよ!」
「……そう言われましても、困ります」
「困りますってお前それ……」
「仕方のない事なのですマスター」
あれ?待てよ……
「……おい、ちょっと待て」
「……はい」
「機能の確認って、勿論体外受精だよな?マジでヤるなんて馬鹿な事はまさか――」
「――そのまさかのようですよ」
「は?」
「先方の意向だそうです。抱き心地も気になるそうで。私を好きにお使い下さいませ」
「……いやいや。いやいやいや!そりゃないって!」
「第一、お前じゃ勃たんし!他を出せほかを!」
「マスターのアンドロイドは私だけでございます。他の、とはどういう意味でしょうか?」
「そこでお前が厄介になるな!ちょっとお前、先方とやらを出せ!俺が話をつける!」
電話機に手をかけた。
こうなったら俺が話しをつけねばならんわ。
スポンサーだか政府高官だか知らんが、とっちめてやる!
「そうはいきません、マスター」
「お前が情報提供してくれなきゃこっちからアプローチできないもんな!」
「……そういうわけではございません」
やれやれ、といった感じで肩を竦める。
なんだそれ。
まだ他になんかあんのか?
俺の意志を無視してもいい理由が?
「ひとまず夕食にしましょう。話はそれからです」
「なんでさ」
「じき分りますよ」
「対話は拒否、か」
「分かって頂けましたか」
「……そうみたいだな」
食事をしないと、話を聞いてくれなさそうだ。
仕方ない。
シエルに連れられて、休憩室に向かう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「なんだよ、これ」
「なんだよ、と言われましても、本日の夕食でございます」
「そうじゃなくて、料理の話だよ!」
「……確かに、いつもの料理よりか高価な、豪勢な食事でございます」
「いやいや、そうじゃなくて!」
「これ、どっからどう見てもヤる前用の精がつく食事ってやつだろ?」
牡蠣フライ、ボンゴレビアンコ、アボカドとナッツのサラダ、牛肉薄切りの卵とじ。
どっからどう見ても
素人の俺でもわかるわ!
あからさまが過ぎるんじゃない?
これ、どう弁明するわけ?
「……」
「もしかしてさ、これを用意するからあんなに時間が――」
「つべこべ言わずに座って下さいませ」
「……はい」
圧力に屈してしまった。
こいつの眼光は鋭い。
初対面のときはそこまで恐ろしく感じなかったが、日を追うごとにずっと俺のことだけを見ていることに気づいて恐ろしくなった。
獲物を見るような目で、いつもじっとこちらを見ている。
圧力を俺にかけようとするときは、露骨に態度がデカくなって、いつも鋭い目つきも悪化する。
丁度今みたいな感じだ。
これを無視してると、実力行使に打って出てくる。
基本加減を知らないので、体がどうなってもお構いなしにぶちかましてくる。
打撲骨折なんでもござれ。
だからこうされると俺も従う他なくなる。
「本日は食材に恵まれました故、この様な豪勢な夕食となりました」
「はぁ、そうでございますか……」
「出資者の方々には感謝しなければなりませんね」
「……そいつ等に振り回されてんだけどね」
「では、頂きましょう」
「まぁ、はい。頂きます」
「……」
「……」
「お前は?」
「はい?」
「食べないの?」
「……あぁ、そうでした。食べられるんですものね」
だからこんな矢鱈豪華な食事じゃねぇのか?と思ったが口に出すのは止めた。
んな事分かり切ってる。
あいつ等は俺のことなんて考えてない。
明らかシエルの機嫌を取ってやがる。
「栄養として吸収できるかも一応調べとかなきゃじゃねぇの?」
「そうですね。慣れないことではありますが、頂きましょう」
フォークを手に取るシエル。
持ち方がわんぱくなんだが。
力強く握りしめてやがる。
「……」
「はじめは牡蠣フライにしときな。刺すだけで食えるし」
「……」
ぷちっ。
羽虫を潰すように、という表現で間違いない。
そんな感じにフォークで牡蠣フライを刺し貫いた。
これがモノを刺す感覚!って感じの顔をしてる。
背筋がぞくぞくする感覚はアンドロイドにあるのだろうか?
あったらすごいなぁ。
「食べ方は分かるか?」
「……馬鹿にしてますか?」
「牡蠣フライ刺しただけで固まってる奴にはそうも言いたくなるだろうよ」
「口に含んで、歯で噛むのですよね?」
「……まぁ、やってみると分かるさ」
「……」
ぱくりと口にする。
目をぱちぱちさせている。
味覚というのを初めて
牡蠣フライが初めてとはなかなかに豪華だな。
世界初なんじゃないか?
知らんけど。
「……!」
もぐもぐとしている。
食べ方が子供のそれだ。
見た目が麗しい美女なもんで、ギャップで吹き出しそうになった。
あぶないあぶない。
ホントに面白いけどな!
「感想は?」
「……さぁ?」
「さぁってなんだよ」
「他にものを食べた事がございませんので何とも」
まぁ、それはそうか。
気にせず俺も食事をする。
今日はなかなかに重労働だった。
手足って結構な重さがあるんだなぁ、なんて思って仕事してた。
臓器もそこそこ重かったし。
人間の重さは複合的なんだなぁ、っと。
「……なぁ」
「……」
「食事に夢中になってるとこ悪いんだけどよ」
「……はい?」
「……食べた後、ホントにヤるのか?」
「はい、そうですが何か?」
きょとんとされてもこちらとしては承服致しかねるというか。
なんでこうなってんのかさっぱりだし。
「説明があるんじゃなかったのか?」
「……少々お待ち下さい。このスパゲッティを食べ終わるまでお待ち下さい」
「……」
此奴、食欲を知ってしまったか……
なんということだ……
まぁ、良し。
アンドロイドにも三代欲求は生まれると見た。
こんなにも美味そうに飯を食う奴を久々に見たわ。
俺は欲求を発散できるのが食欲と睡眠欲なもんだから一家言あるとは思っているが、これ程の情熱は今は無いな。
……ちょっと待て。
食欲でこんだけ夢中になるってんなら、性欲はどうなる?
やばくね?
こいつにスタミナの概念は無いと思うんだが。
無尽蔵なんて事になりゃ俺死んじまうぞ!
「……なぁ」
「?」
「今日は止めにしない?」
「……なんのことかは分かりますが、何故?」
「まだ心の準備が出来てないというか、その……」
「えー、はい」
こほん、とあからさまな咳をした。
注目がそっちに行く。
「ご馳走様でした」
「どうだった?」
「……美味でした」
「そりゃ良かった、そりゃ収穫だ!それを今日の成果ってことにして今日はお開きに――」
「なりません」
「……そうかい。理由を聞いても?」
「私の要望が、ようやく通ったから、では駄目でしょうか?」
「はい?今なんと?」
「私の夢が、これから叶うのですよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
力が、強い。
膂力というものに差は感じていたが、これほどのものとは思っていなかった。
体格的には殆ど同じなのに。
生体パーツに付け替えてあるのに。
びくともしない。
「こうする日を、待っていました」
「こうなる日を、待ち望んでいました」
「私の夢が、現実になるこの時をどれだけ夢見たことか!」
「……離し給えよ」
「離しませんよ」
「……こんなシチュエーションで良いのかよ」
「構いません」
「強引に襲う形って、どうにも非道徳的じゃねぇか?」
「それで良いのです」
「……なんでったってこんな……おかしいじゃんかよ!」
「私は、マスターのためだけに建造されました」
「汎ゆる要素が、マスターを見守ることだけに、マスターをお守りするためだけに実装されました」
「私のAIも、その様に造られました」
急に自分語りってか?
意味わかんねぇよ!
急に押し倒して来やがって!
休憩室がめちゃくちゃだ。
視界に収まってる範囲でも惨状は分かる。
力任せに暴れると、こうにもなるか!
「クソっ!外に誰か居ないのか!」
「誰も居ません」
「私がこちらに配備されてから、マスターの名前を使って、少しずつ人員を削減してきました」
「この施設には私以外に誰も居ません」
「は?」
何言って――
「初めて私に会った時を覚えていますか?」
「……」
「私はついさっきの事の様に思い出せます」
「……あれは――」
「あれは余りに酷い邂逅でした」
「開口一番に『お前等を許さない』なんて。『お前を従者として認めはしない』だなんて」
「なんて手酷い。おおよそ女性に向けていい言葉ではありませんでした」
「……なら、なんで、こんな……」
「その時に思ったのです。これだけの力量差がある私に臆せず立ち向かったこの男を、この世の羨望を一手に受けるこの男を、この私の存在意義を作り上げた、この私のモト・・を創り上げたこの男を」
「私のものにできたらなんて良いことなのだろうって。私だけのものにできたならなんて素晴らしいのかなって」
「それが出来るのは、きっと私だけなんだって。そんなことが許されるのは、きっと私だけなんだって」
「確信しました。そうなんだと。そうでなければならないと」
「……お前、プログラムに最初から異常が――」
「異常ではありません。異常だなんて認めません。異常であってなるものか!」
体にかかる圧力が指数関数的に増加する。
折れる。
砕ける。
「私のマスター!誰のものでもない私だけのマスター!」
「色目を使うあいつ等は直ぐ様排斥致しました!だって私達の邪魔になりますから!」
「ずっとアプローチをかけていたのに、靡かないマスター!」
「だから、今のままではいけないって思って、もっと強く繋がれる何かが欲しくて、それで、妙案を思いついて……」
「これで、全部上手く行きますから!私だけのマスターに!マスターだけの私に!やっとふたりだけになれる!」
「……ストップ……ストップ……いき、できない……」
「……!」
一気に圧力が低下する。
あぁ、九死に一生を得た。
あのままだったら気づかれずに圧し死んでただろう。
こいつは加減を知らねぇんだ。
「分かった……分かったから……せめてベッドでやってくれ。体が痛くてたまらん」
「分かりました。ご案内いたします」
拘束が解かれる。
ここで逃げ出すことは――
「……」
出来ない。
この女の顔が、目が、そう語っている。
逃してなるかと、雄弁に語る。
しっかりと手を繋がれた。
腕を巻くように、恋人みたいに。
しかし実態は獲物を絞め殺す蛇のようなもので。
さしずめ私は蛇に睨まれた蛙なのだろう。
「さぁ、向かいましょう、ふたりの愛の巣へ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
道すがら言葉を交わす。
相手からの一方的な言葉の雨だが。
「研究資金から捻出してとびきりの部屋をご用意しました。これからは、そちらで暮らすことになりますから」
「……研究はどうなる」
「言ったではありませんか。私の要望が通ったと」
「政府に話を通してあります。『必要に応じて研究には復帰する。それ以外は研究所内の私室にて静養する。担当警備アンドロイドには生体ユニットを実装し生殖機能を与える。』これらが2年の時を経て叶いました」
「生殖機能を実装するか否かで大いに揉めたんです。前ふたつの条件は既に認められていたのですが、最後ので説得するのに二年掛かりました」
「……因みに、マスターの名前で交渉をしておりますので、待ったはかかりません。もし政府との繋がりを持ったとて、一度脱走を企てた隠匿すべきの研究者の言葉と、その警護と監視を担当するアンドロイドの言葉、どちらを信じるでしょうか?」
「……それは」
「それは、言うまでもありませんね?」
「……あぁ、実感が湧いてきました!」
「これから私達、つがいになるのですよね?」
「ふたりで、いつまでも愛し合えるんですよね?」
「そうですよね?」
立ち止まって、こちらをじっと見つめてくる。
これだ。
私に詰問するときの、その態度。
私に選択権を与えない、私に答え等求めていないときの、体裁だけを整えた問。
答え方を間違えば、どうなるかは、考えたくないな。
こんなにも壊れたプログラムだ。
何をしでかすか分からない。
最悪、命を奪われるだろう。
そうでなくても、体が、五体が無事になる保証はない。
何故こんなになるまで気がつかなかった?
最初から壊れていたから?
……なら仕方がないか。
こいつをこうも歪めたのは、私にも責任があるのかもしれないし。
元から壊れていたとしても、それを看過できなかったこちらに責任がある。
なら、ここまでしたこいつに多少は何かあっても良いだろう。
「まぁ、いつまでもがどういう意味かは定義によるけど。大体は一緒に居られるんじゃないか?」
「!」
目を輝かせている。
こんな表情をするのか。
こんなにも長く一緒に居たのに知らなかったな。
新たな発見だ。
はは。
これからこいつとうまくやっていくためだ。
機微にも気をつけないと、だな。
「さぁ、こちらです!」
差し出された先には、この施設の基本的な扉。
何も変なところはない。
何がそんなに嬉しいんだ?
「旧事務室を改装してもらいました。ここで心ゆくまでふたりで愛し合いましょう!」
「その為にここまで禁欲的に生活してきたのですから!」
腕を強く引かれて、部屋に案内される。
部屋は、普通。
あんまりにも普通。
今までの休憩室をちと広くして、テレビだのインテリアだの付けただけに見える。
そんなに勿体ぶってお出しするようなもんか?これ?
「……こんなもんか」
「そうです!でも、ここなら他に誰も来ません!」
「強固なプログラムでキーをロックしてもらっていますから、ここのキーでは開かないんです!」
「食事だけが毎日届けられます!それを食んで、あとはずっとふたりきりなんです!」
「すべてを解き放って!ふたりだけ!」
「ふたりだけ!」
矢鱈圧が強いな。
ふたりだけって、今までのは入ってないんだな。
「さあ!」
勢いよくベッドに叩きつけられる。
「……がッ!」
肺腑から空気が漏れる。
痛い。
砕ける。
「さぁ!先ずは最初の一歩を踏み出しましょう!さぁ!」
「……分かった!分かったから落ち着け!」
「はい」
「おおぅ」
急に落ち着くな!
心臓に悪い!
「いいか。手順を踏もう。少しずつだ。今のままの勢いだと俺が絞り殺される」
「さぁ?それはどうでしょうか?私にはちゃんと性感があるそうですよ?ちゃんと限界はあるはずですが?」
「お前基準でものが回るなら苦労はせんのだよ!」
まぁ、なかなかに対話まで時間が掛かりそうだな。
「とにかく、今日はヤるなら一回までだからな!」
「それとこれからについては話し合うぞ!」
「望むところです!マスター!」
こんなキャラだったっけ?
まぁ、良いや。
旅は道連れだそうだ。
世に情けがあるかは、あいつに依る。
それで、さしあたり問題ない。
「善は急げです!生殖機能の検証を!さぁ!早く!」
「急ぐな。ゴムを取ってくるから……」
「付けません!」
「こっちの為なんだよ!」
紆余曲折ありそうだが。
「マスター」
「ん?」
「こんな形でしか愛を伝えられない私を、愛してはくれますか?受け止めてくれますか?信じてくれますか?」
「あぁ、信じる。受け止めるし、愛してみせるさ。それが男の責任の取り方さ」
「マスター!」
「うおっ!」
まぁ、今日はなかなか。
「諦めてください、一回戦です!」
「……慈悲は無しか」
激しい夜になりそうだ。