僕の幼馴染の幽神千尋は、所謂天才だ。
やろうと思えばなんだって出来るし、人並み以上、或いはトップクラスにそれらをこなすことが出来る。
小学校の頃はスポーツ関連の大会で優秀な成績を収め、気まぐれに始めた声楽では世界大会に出場した。
中学になると運動部には入らずぱったりとスポーツは辞め、文学とか科学の方面に触手を伸ばし、若干中学2年生にして学術論文を執筆し、史上初めて中学生でカナリア文学賞(若手作家の登竜門らしい)を受賞した。
高校生になったらやはり文学や学術研究は辞めてしまって、今は株に首ったけらしい。
曰くそのうち長者番付に載る位稼いでいるとか。
そんな彼女とは家族ぐるみの付き合いをしている。
ことの発端は小学校の頃、隣の家に引っ越して、偶然ばったり登校の時間が被ったことに端を発する。
隣の家はそれはそれは大豪邸で、明らかにウチの敷地10個以上はありそうな感じのアレだった。
すっげー大豪邸がお隣なもんで、引っ切り無しにテレビ局の方々が出入りするもんだからウチは家賃がとんでもなく安く、貧乏な我々には有り難い額だった。
親たちが社交辞令でご挨拶をしているときに、僕のことを品定めするように見て、こう言い放った。
「わたしたち、けっこんしましょう」
けっこんかぁ、なんて思っていた気がする。
結構可愛かったので、満更でもなかった。
うちの家族はなんとも可愛らしい子供のやり取りだと微笑ましく見ていたが、相手の家族はそうではなかったらしい。
「ぜひ、我々と仲良くしましょう!」
彼女の父親曰く、彼女が初対面の人に好意的な印象を持つことは滅多に無いこととのこと。
ましてや結婚等とは……なかなかに飛躍した思考をお持ちのようで。
彼女にここまで言わしめたのは初めてのこととのことだったので、付き合いが始まった。
お隣さんと仲良く暮らせるというのは良いことだ。
色々と良くしてもらって、お父さんは彼女のお父さんが経営する会社に就職させてもらった。
これで我々の財政状況も多少は良くなった。
しかしながら我々とは文化というか、決定的に何かが違う。
話が通じないというか、冗談が通じないというか。
週末に出かけましょうと言われてのこのこと付いていったらプライベートジェットで所有する島に連れて行かれた。
我々が終始口あんぐりだったのは想像に易いだろう。
まあ、楽しかったので結果オーライだ。
様々なことで便宜を図ってもらう一方、我々が差し出すのは、当然僕。
僕の生活は、彼女を中心に回っていくことになる。
平日の学校生活では殆どを彼女と過ごした。
学校に融通してもらって同じクラス・隣の席になり、何をするにも僕と一緒、僕が居ないと何もやりたがらない始末。
今までは何をモチベーションにやってきたのだろうと思うが当人はこれで満足、学校側も彼女の機嫌を損ねず、効率的に学校の評判を上げてくれるので満足、僕も必要とされるのは一応満更でもないので満足、の三方良しと言うことで卒業までコレが続いた。
私生活だととにかく彼女にべったりされた。
何をするにも彼女と一緒。
屋敷に連れて行かれて、お人形遊びやらごっこ遊びをされられた。
決まってごっこ遊びは夫婦がテーマ。
大抵彼女の突拍子もない行動に振り回されるのだが、やってる当人が楽しそうなのでそれで良しと思っていたのを覚えている。
寝るときも僕と一緒、なんて言われたが流石にそれはやばい。
丁重に、角が立たないようにお断りした。
なので一日の殆どは学校と彼女のお屋敷、晩ごはん(こちらも先方にお願いした)と寝るときはウチ、という感じで日々が過ぎていった。
なので常に僕と一緒にいるのだが……
しかし大会があると僕を連れて行きたがるのはどうかと思う。
しかもオーストリアのウィーンって。
パスポートを無理矢理作らされて連れて行かれた。
周りが何言ってるのかさっぱり分からないままあれよあれよとしているうちに一週間が終わり、帰国した。
結果は3位だった。
大会は一般の観覧ができず、関係者のみの観覧で行われるものだったらしい。
僕を関係者としてなんとか会場にねじ込もうとしたらしいのだが失敗し、彼女のモチベが下がり、曰く"見たことのない"感じで発表に臨んだらしい。
戻ってきてからのスキンシップがそれはそれは凄かった。
キスを求められたが流石に止めた。
その時は英断だったと思う。
余りにもスキャンダラスだ。
その後は野球やらサッカーやら陸上やらの大会に連れて行かれ、出場する各種目で優勝する彼女を延々と見せられた。
当たり前のように勝つもんだから見てる側は暇で暇で仕方ない。
そんな中集中力を保って彼女を応援していた小学生の自分を褒めてやりたい。
卒業式では男女が別々になって座るというのに大いに彼女が反発し、式をボイコット。
僕も諸共連れて行かれてしまった。
そういう訳で、卒業式の記録は残っていない。
代わりに家の前で写真を撮った。
それを彼女は大切そうに部屋に飾っている。
そんなこんなで小学生時代は終わり、中学生編に突入する。
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まず入学した中学校なのだが、一般家庭では到底払える額ではない(どっからどう見ても桁が多い)所で、我々家族が全く想定していない展開での入学だった。
まず初めに、ウチは公立の中学校を志望していた。
ウチに私立に入るお金は無い。
なので金銭的に余裕ができる公立校にしようということになったのだが、そこで登場するのが幽神千尋である。
盛大にゴネられた。
大層ゴネられた。
彼女は皆さんご存知の超名門校の附属中学校に進学することが決まっていたのだが、挙句入学を拒否してウチと同じ公立校に入学すると言い始めたもんだ。
これに困ったのは向こうのお家と附属中学校。
彼女の家は、多感な小学校位までは一般家庭とともに過ごさせ、中学校からお家が代々進学してきた学校に、というスタンスだったらしい。
向こうのお家は最大限譲歩して公立校でも……という感じだったのだが、全国で最も注目を集めるタレントをみすみす逃す訳にゆくまいと名門校の方がとんでもない選択肢を用意した。
僕まで入学させるときたもんだ。
しかも、大学まで学費等は一切合切タダ。
この条件は受けるしかないだろう。
これには皆にっこり。
学校、向こうのお家、ウチの三方良しということで入学が決まった。
金持ちやらタレントやらのお子様がひしめく名門校に、である。
当然僕の意志は関係無いわけで。
そんなこんなで放り込まれた。
当たり前のことだが、金持ちのお子様方は一般人と接することなど殆どない。
しかも一般の大人ではなく子供、となると全くと言っていい程ないのだ。
というわけで僕は好奇の目で見られることになる。
しかも常に彼女が付いているから更に浮いてしまう訳で。
学校生活は散々。
何をするにもクラスメイトと話が通じず、文化的な隔たりを感じた。
不思議なものを見る目で接されるので、優しいとは言えど壁のようなものを感じる。
これが中学生の僕には響いた。
運動だって特別できるわけでもない。
寧ろ後ろから数えたほうが早いほどで。
小学校の頃は運動が出来たほうなんだけどなぁ。
やっぱり高貴な方々は色々と違うんだなぁと感じた。
何よりも困ったのは学力だ。
皆頭が良くてついていけない。
学力に応じてクラス分けが一応されているのだが、彼女と同じクラスにさせられているため、トップ層のクラスに押し込まれた。
これじゃなんともならない。
彼女が僕に合わせるよりも、僕が彼女に合わせるべきで。
ということで死ぬ程勉強した。
彼女との付き合いも程々に、勉強に勤しんだ。
テストでなんとか赤点は回避できるのだが、今度は彼女との時間が作れなかった分の埋め合わせをしなければならない。
スキンシップがなかなかに過激に(頬ずりされたり、抱き締められたり、同衾させられたりetc.)なってきていて、非常に困っていたのを覚えている。
そんな彼女との関係性も、大きく変化していった。
彼女はスポーツやら声楽といった小学生の頃に勤しんでいたたぐいのものをぱったりと辞めてしまった。
曰く、飽きた、とのこと。
その代わりに始めたのが、小説を書くことだった。
学校終わりに遊ぶ代わりに、どうしても勉強させてほしいと彼女を説得したのは、中学に入ってすぐだった。
全くごねられなかったかわりに提示された条件は、ふたつ。
ひとつ、最大限彼女の家で勉強すること。
ふたつ、勉強ばかりで構わない分、テスト終わりに彼女からのお願いを聞くこと。
当然僕の勉強部屋が用意されるわけではなく、彼女の部屋で、彼女がいる中で勉強することになったのだが、彼女は当初多少なら僕が構ってくれるものだと思っていたらしい。
しかし全くと言っていい位構わなかったため、ふたつ目の条件を付け足された。
僕に構ってもらえない分、暇になった間にやり始めたのが、小説を書くことだった。
僕が彼女の家で勉強している間、僕の方をちらちら見ながら、ちまちまと書いていた。
そうしてちまちま書いて中学二年生のときに完成したのが、おなじみ「山紫水明」である。
気まぐれに文学賞に提出されたそれは、それはまあ恐ろしい程に出来がよく、新人作家の登竜門・カナリア賞を掻っ攫い、彼女は文壇に鮮烈なデビューを飾ったのだった。
なんてったって処女作でこれである。
末恐ろしい事この上ない。
しかし作品が完成する位になると、どうやら小説を書くのにも飽きたようだった。
小説はほぼ完成していたのでさっさと終わらせて、代わりに始めたのが学術論文を書くことだった。
ある日急に思いついたように席を立って、興奮気味に物理学の素晴らしさを語られたが、何を言っているかさっぱりだった。
彼女は大学生や学士、博士が日々挑んでいる世界の神秘にいとも簡単に触れ、それを理解したらしかった。
彼女は中学二年生から三年生までの約一年半の間に三つの論文を発表した。
難しい事は分からなかったので、その論文が長年学者たちを悩ませていたある問題を完全に解決したということを聞いて、スケールの大きさに驚くべきだったのだろうが、彼女の近くで五六年生活しているのだ。
その程度では驚かなくなっていた。
さて、彼女の才能はそちら側に発揮されたわけだが、そういった分野に長けているくせに、いや、天才肌だからだろうか、恐ろしい程に常識を知らない場合がある。
そういった事例の最たるものが、性に関することである。
学校の授業で、所謂性教育というものが行われた。
男女に分かれてお話を聞いたのだが、授業が終わって皆不思議な感じになっていた中、彼女がすっ飛んできて、開口一番こう言った。
「子供を作りましょう!」
いや。
いやいや。
駄目だってば。
周りにいたクラスメイトにすごい目で見られたのを覚えている。
そりゃそうだ。
誰だってそうなる。
このときも丁重にお断りしたのだが、言葉の使い方が悪かった。
誘導された、とも言う。
約束させられてしまった。
それからが酷かった。
テスト終わりに要求されるお願いは、セックスすること。
「絶対に駄目!」
「駄目じゃないもん!」
対話は常に平行線。
これが学校なら周りに助けを求められたのだが、彼女の家となると話が変わる。
誰も止めに入らないのだ。
いやいや。
使用人の方々は見てないで止めてくださいよ。
御息女のご乱心でございますよ?
初めて言われたとき、声高にこう言った。
「親は良いとは言わないんじゃないかなあ」
「あら」
「許可は取ってあるわ」
さようでございますか。
まずい。
とてもまずいぞ。
非力な僕は彼女にベッドに押し倒された。
そうなったときにとっさに出た一言で、彼女を静止することに成功した。
「合意があるべきじゃないかな?」
「!」
動きが止まった。
これは彼女もそう思うらしい。
彼女にも多少の良識はあるらしい。
そういう訳で、彼女に求められる度に、合意の必要性を突きつけて止めている。
首の皮が一枚繋がっているという感じだ。
これが中学校生活の大筋だ。
そして、高校時代に突入し……
「動かないでね」
学力的やら精神的に余裕が出てきたところで……
「貴方を傷つけるつもりはないの」
今、彼女に押し倒されている。
「で」
「何、あの女」
全面的に僕が悪いのだが。
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高校生活に入るに当たって、転校生が入ってきた。
曰く現役アイドルなんだとか。
アイドル活動をするに当たって、多少なりとも融通の利くわが校を選択したわけである。
そんな彼女は、僕たちと同じクラスになった。
そんな彼女を、僕は放っておけなかったのだ。
彼女は、地頭は良いのだが、授業に出席できない為、どうにも学校の勉強についていけていなかった。
必死で授業に付いていっている彼女を見て、昔の自分を見ているようだった。
今の僕は、中学時代の勉強貯金とも言えるもので学力が担保されていて、授業についていけないとか、テストで赤点を取りそうなんてことも無くなっていた。
幽神さんは株に首ったけなのもあって、僕に対する執着が軟化して、私生活に余裕が出来た。
その時間を使って、彼女の勉強を見るようになった。
席が近かったのもあって、思い切って言ってみたら、快く返事をくれた。
「とっても困ってたの、ありがとね」
放課後や授業前の隙間時間を使って勉強を教えて、彼女と何でもない話をする。
彼女は高校からアイドル活動を始めて、数年でトップアイドルの地位までのし上がったとのこと。
学業に努めている暇は無く、テストは直前期になんとかして、出席点は学校側になんとかしてもらったらしい。
さて、今彼女はアイドルというよりタレントとしての活動がメインになっているらしい。
そうなると、多少スケジュールに余裕ができて、学校にも行けるようになる。
しかし、高校時代は地頭でなんとかしてきたのだ。
まともに勉強をするのは久しぶり。
そんな中で、手助けしてくれる人が現れてくれてとてもありがたい、と度々感謝された。
そんな楽しい生活を始めて一週間、ある日目が覚めると、見覚えのある天井が見えた。
彼女の部屋だ。
昨日は自分の部屋で寝たはずだから、連れてこられたらしい。
起き上がろうとするが、縛られているようだ。
彼女のベッドに縛り付けられていた。
どうやらご本人が登場するまで何もできない。
そうこうしているうちに部屋のドアが開いて、人が数人入ってくるのが分かる。
来た。
「おはよう」
「おはよう」
「早速で悪いんだけど、これは一体どういう――」
その瞬間。
ドスンと突き刺さる音がした。
何が起きた?
混乱している頭を整理していると、状況が飲み込めた。
彼女は僕の上にのしかかり、包丁を僕の顔ギリギリに突き刺していた。
ヒュッ、と息が漏れた。
まずい。
とんでもなくまずい状況だ。
幽神千尋は天才だ。
天才ゆえに、彼女は、時に突拍子もない行動に出る。
何をしでかすか分からない。
思いつきで何でもやる女だ。
今回は、きっと、アイドルの子との件だろう。
なんとかして彼女の納得する回答をしなければ。
彼女は暗い表情で、瞳孔の開ききった目で僕を見つめている。
こんな状況でも、冷静な自分に驚いている。
彼女と一緒に居たことで、こういったことも鍛えられたか。
「動かないでね」
「傷つけるつもりはないの」
「で」
「何、あの女」
見たこともない表情で、ボソボソと呟くように、それでいてはっきりとこちらに語りかける。
「何って」
「只の友達だよ」
「友達かも怪しいかも」
ザクッと、より深く包丁が突き刺さる。
ほっぺたが少し切れた。
「貴方、彼女が好きなのよね?」
「いや、そんなことは――」
そんなことは、無い。
そう言う前に彼女は勢いよく包丁を引き抜くと、逆の方に包丁を突き刺した。
頭の真横に、である。
当たったらきっと死んでいただろう。
背筋がぞっとする。
怖い。
彼女が怖い。
なんでったってこんなことを?
「好きなのよね?」
「……まあ、多少、好意は有ったというか」
「でも、友人に向けるそれであって異性に向けるそれではないという感じ――」
包丁が深く突き刺さる。
刃は完全にベッドに刺さり切っている。
なんと答えても無言で包丁が振り下ろされる。
会話が成立していない。
これはまずい。
身体が震えるのを感じる。
血の気がサーッと引いていく。
脳に血がしっかり行き渡っていないような感じで、ぼーっとするような、そんな感じだ。
思考が停滞する。
「つまり」
「好き、ということですね?」
「……はい」
据わった目でこちらをじっと見つめている。
僕はそれをぼーっと見つめ返していた。
反射的に、見つめ返していた。
「つまり」
「浮気、ということですね?」
「?」
僕が表情を曇らせたのを見て、彼女はまた包丁を抜き取った。
グサッ。
途中まで死を覚悟するような軌道で振り下ろされたそれは、左胸の近く、つまり心臓近くに突き刺された。
死ぬかと思った。
「異性にいかなる好意を向けても、それは浮気です」
「そういったものは、私にだけ向けられるべきもの」
「ましてや将来を誓い合った我々が、してはならないことでしょう?」
「……待ってくれ話の流れが分からな――」
ふと横を見ると、使用人の方が立っていた。
その手にガムテープらしきものを携えて。
ぺたりと、テープを貼られた。
口に。
それはもう強力で、唇を開けることすら叶わない。
きっと外すのには手がかかるだろう。
つまり、こうするということは。
今の僕に、
「なので、折檻をします」
「具体的に言うと、セックスを」
「!」
「〜〜〜!〜〜〜〜〜〜〜!」
「合意なんて」
獲物を狙う蛇のような。
暗く淀んだ、瞳孔の開いた、据わった目が。
瞬いた。
今からすることを想像してのことなのだろう。
周りにいた使用人たちがその場を離れてゆく。
ガチャリと音がして、ドアが閉まったと分かる。
今からすることを知ってのことなのだろう。
この場にはきっと、僕と彼女の二人だけ。
つまり、することといえば――
「必要ありません」
熱の籠もった声で、そう囁かれた。
「もう、要らないんです」
「だって、気づいてしまったんですもの」
「貴方に」
――合意する権利なんてないのですから。
「?」
どういうことだ?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「貴方の父上は、私の会社の系列で働いているとか」
そうだ。
彼女の父親に便宜を図ってもらって就職できた。
収入が安定したのがとても嬉しい、とよく語っていた。
「貴方の母上は、私達の手の届く範囲にいらっしゃいますね?」
お隣さんだからそうなるだろう。
嫌な予感がする。
「そう、例えば」
「貴方が私を拒絶したなら、貴方の父上は満足に働くことが出来るでしょうか?」
「貴方の母上は安全に生活出来るでしょうか?」
何を言っているか分からない。
脅されている?
「貴方が私との性交渉をしたがらないのを、最初のうちは納得していたのです。確かに、まだ早い、かもしれないと」
「しかし、今ならもう良いでしょう。我々を縛る理由は、なくなりました」
それは一体どういう?
"縛る理由がなくなった"とは?
「先程申した通りです」
「貴方は、貴方がたは、我々の庇護無しでは生きてゆくことが出来ない。我々の、貴方を軸とした救済措置がなければ路頭に迷う存在なのです」
確かに、そのとおりだ。
僕たちの生活の殆どは、彼女たちの握る要素によって成立している。
僕たちは、与えられる側の存在だ。
「となると、我々の関係は対等ではありません」
「私は、与える側で、貴方は、
「私は、権利を有する側で、貴方は、権利を持たない側」
「私は、貴方を好きにできるが、貴方は貴方を好きには出来ない」
最初から、この構図は完成していた。
僕が彼女に好かれているから。
だからこそ出来ていた関係で、保てていた生活なのだ。
僕に多少でも選ぶ権利が与えられていたのが有情というものであり、本来はその自由もあるはずはなかった。
「であれば、好きなときに、私の好きなことが出来ると、気付いたのです」
「あんなことやこんなことも、自由自在」
「そんな簡単なことに今まで気付いていなかったのが、そもそもの間違いでした」
だからこその今の状況だ。
僕に自由に動く権利は、認められていない。
僕に発言する権利は、認められていない。
発言する権利が認められていないということは、拒否する権利を与えられていないということになるので……
「そのことに気付いて、その気になれば、このカードを切るのは容易い事でした」
「しかし、今まではそうしてきませんでした」
「自然な形で好き合って」
「自然な形であるべき形になれば良いと、思っていました」
対話は拒否されている。
今はただ、彼女の話を聞くことしか出来ない。
「だから今までは色んな事をして、気を引いて」
「それが駄目だと分かったから、現実的にお金を稼ぐ事にしたんです」
「お金、という分かり易い強みがあれば、私に傅いてくれるだろうと」
「それなのに」
その場にあった枕を掴むと、包丁を抜き取り、切りつけ始めた。
どこに当たるかもお構いなしに、無我夢中で振り回す。
「あの女がやって来て」
「私の気が緩んだ隙に」
「私のものなのに」
「ずかずかと上がり込んで来て」
「ゆるさない」
ゆるさない、ゆるさない、とうわ言のように呟きながら、包丁を叩き込む。
「私のすべてを」
「私の人生に光を与えてくれた人を」
「あの女が」
「あの女が汚した」
枕の生地が破れて中の綿が溢れる。
ふわふわと空気中を綿が漂う。
「でも、赦してあげます」
「私と貴方が
「赦します」
ゆっくりと、僕の方に首が回る。
まるで、壊れたロボットの様に、ぎこちなく、ゆっくりと。
「話を戻しましょう」
「貴方の家族は、私達の手の上にあるのです」
「生かすも殺すも、私達次第」
「いや、私の気分次第なのです」
「今、私は貴方と一つになりたい、そう言いました」
「答えは、勿論、解りますね」
そう言うと口のテープを外された。
乱雑に、こちらのことはお構い無しに。
そして、その答えに関する自由もまた、僕には与えられていない。
「解りました、
「よく出来ました♡」
彼女が、僕に襲いかかる。
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何がなんだか分からない。
痛い。
痛い。
何をされているのか分からない。
痛い。
気持ちいい?
視界には、いっぱいに彼女がうつっている。
熱っぽい視線を向けて、獣のように僕を貪る、満ち足りた様子の彼女が、瞳にはうつっている。
痛い。
痛い。
気持ちいい?
気持ちいい。
きっと、気持ちいい。
彼女が嬉しそうだから、僕も
彼女が満ち足りた様子だから、僕も
彼女が気持ち良さげだから、僕も
ああ。
とても気持ちがいい。
とてもとても気持ちがいい。
「ずっと一緒に居ましょうね」
「一生一緒に、居ましょうね」
「貴方は私だけを見て」
「私も貴方だけを見て生きる」
「幸せ、ですね?」
しあわせだ。
とてもしあわせだ。
「うん」
「とってもしあわせだよ」
彼女の動きが激しくなる。
彼女が、僕の名前を呼んでいる。
僕もそれに応える。
ああ。
僕には勿体無いくらい。
とっても
試しに段落を付けてみました。
おかしかったり変だと思ったら教えて下さい。