ヤンデレ詰め合わせ   作:小野間トペ

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高嶺の花孤立誘導モノヤンデレ

モテたい!

 

とにかくモテたい!

 

誰でもいい、なんて綺麗事は言わない!

 

可愛い子とイチャイチャしたい!

 

あわよくばしっぽりやりたい!

 

だって仕方ないじゃんか!

男の子だもんね!

不純な欲望のひとつやふたつあるものさ!

 

そんなことを考え始めたのは中学校2年生くらいの頃。

周りに少しずつそういった関係のペアが生まれるようになってからだ。

俺と親しくしてくれた女の子と急に疎遠になって、その理由を探ったら野球部のキャプテンと付き合っているのを見たのが、俺がカップルを見た最初の機会だった。

 

その時、女の子を取られた!なんて全く思わなかった。

優しい子だとは思っていたが、恋情の念を持っていたかと言われればそんなことを全く無い。

ただ周りの、しかもよく話す相手がカップルになって、青春を謳歌するのを見て、ずるいと、そう思ったのが色恋への入り口だった。

 

中学生の時は、どうしたら女の子にモテるかの具体的な方法が分からなかった。

 

先ずはとにかく人に優しくすることにした。

家族に、近所の方から、クラスメイト、先輩後輩に、先生にも優しくした。

率先して物事に取り組んで、皆の負担を軽くするように努めた。

皆にありがたがられることはあったが、告白されるとかそんなことはなかったし、女の子の方から俺の方に寄ってくることも無かった。

 

次はスポーツに打ち込むことにした。

全く経験のないサッカー部に入って、それこそ血の滲む程の努力をした。

体格はそこまで良くなかったから、技術力と、足の速さを磨いてなんとかしようとした。

毎日居残って、コーチや先輩や同学年の奴、後輩にもいろんなことを聞いたし、実践して自分の力になるように努めた。

 

結果2年の終わりくらいからベンチに入って、フォワードとしてピンチヒッター要因で起用されるようになった。

俺が試合に出るときは、点が欲しいとき、攻撃力を上げたいときだ。

ピッチの中で一番頭を使った自信があるし、兎に角がむしゃらに自分の仕事をこなした。

結果に結びつくことは少なかったが、それでも監督やコーチ、チームメイトに認められて、途中入部ながらチームの一員になることができた。

 

しかし全く女の子は寄り付かない。

寧ろ距離を置かれている気さえする。

一部の女の子、マネージャーとかサッカー部に関係のある子は多少話しかけてくれるが、皆他に本命が居る。

流石に取るなんてことはしない。

その頃になるとモテることより活躍することのほうが大切になったので、あんまり気にならなくなったのだが。

 

中学3年生になるとスタメンで起用されるようになった。

学校では生徒会役員になって、学校内で俺を知らないやつは殆ど、いや、きっといなかった。

 

生徒会には部活もあってあまり参加できなかったが、相談役として行き詰まった問題の解決策とか、新たに生まれるであろう問題への対策を求められた。

どんな問題を持ってこられても大丈夫な様に、いろんな人脈を作って先手を打ってなんとかしていた。

 

部活ではワントップとして起用されるようになった。

ワントップにはフィジカルが要求されるのだが、その頃には体格が周りに追いつくようになって、178cmにまで成長した。

それによってチームの基本戦略であるカウンターに常に応えられるように、ディフェンダーともがっつりやり合えるように成長した。

 

結果として県大会3位で終わってしまったが、自分なりに納得の行く結果だったので不満は無い。

全力でぶつかって負けたのだから、仕方ない。

 

その後は品行方正な振る舞いと、部活での活躍、生徒会役員としての活動を評価されて、県内でもトップの進学校に推薦で合格することができた。

 

出来ることなら、いい大学に行きたいし。

これまでの生活からガラッと変わって、新天地でモテまくってやる!

これを胸に抱いて、大都市へと旅立った。

 

そういえば、同じ学校からあの子が進学するらしいのだが。

中学時代全く関わりがなかったから特にこれからも関わりはないだろう。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

高校ではサッカーを続けるつもりは無かったが、熱烈な勧誘を受けて、俺が折れる形でサッカーを続けることになった。

 

ウチはあんまり強いチームではない。

ディフェンダーの体格はそこそこだが、ミッドフィルダーの質があんまり高くないし、フォワードの能力が足りてないからまるで勝てていなかった。

戦術は良く練られているのだが、肝心の能力が足りていないのが問題だ。

 

とりあえず問題を洗い出すことから始めた。

皆それぞれが問題を持っている。

これをなんとかして初めて、自分を高めるフェイズに入ることができるわけだ。

 

新入生がそんな差し出がましいことをして良いのかと思ったのだが、俺みたいな選手が進学してくることがめちゃくちゃ珍しいことらしく、寧ろありがたがられた。

俺の最初の一年は、サッカー部の抜本的な改革に終始した。

 

こんなことをやってはいるが、それとは別にモテるための活動、略してモテ活を始めた。

とにかくモテて薔薇色の青春を送るんだ!という強い意志を持ってモテる術を研究した。

部活のモテてそうな先輩からご教授頂いて、色々と実践した。

 

やはり先ずは人に優しくすることにした。

学校に馴染めていない子に知り合いの優しい子を充てがったり、勉強会を開いて、頭のいい子に勉強法を教えてもらったりした。

 

もちろん会う人会う人に挨拶は欠かさない。

しかし、先輩方からの印象は良く持たれているように見られるのだが、同級生、特に女の子からあまり良い印象を持たれていない様に感じてしまう。

 

何かあるのか?

変なことはしてないと思うのだが。

ちょっとでしゃばり、目立ち過ぎただろうか。

そう考えて、そこからは部活の改革に本腰を入れて、人との関わり方は普通にやることにした。

 

しかし同学年にも、俺に優しい子が居る。

同じ学校から進学した、一乗院さんだ。

中学時代はとにかく頭のいい子で、地元一の秀才として有名だった。

天は二物も三物も与えるもので、スポーツでは卓球で県大会で優勝、全国大会に出場したし、とにかく顔が良い。

なんというか、可愛いというか、綺麗な

全国大会のために東京に行ったときは、スカウトに遭ったのだとか。

 

もちろんこんな子の隣に立てるやつなんてそうそう居ない訳で。

周りの囲いが男を遮断していたのもあるが、男が出来たとか、男と会話したなんて話すら聞かない程に遠い存在だったのだ。

所謂高嶺の花ってやつだろうか。

まさにそれなのだ。

 

しかし高校に入って同じクラスになったのだが、向こうから結構気さくに話しかけられた。

 

「君、同じ学校だったよね?」

 

「ま、まあ、そうだね」

 

「仲良くしようね」

 

「そう……だね……」

 

その時点で彼女には囲いが出来ていて、そいつ等から恐ろしい程の殺意の目を向けられたもんで、冷や汗が出たものだ。

出来るだけ胃がキリキリしない奴と関わりたいのだが。

 

しかし、あちらから話しかけられたのだから、脈はあるのでは?

 

こう考えてしまうんだから男は単純な生物なのだ。

手痛い結果が待ち受けているのも、又保証されている。

そんな地雷原に自分から飛び込む馬鹿になりかけたんだから恐ろしいのだ。

 

「……あんなのが彼女になったら、すげぇんだろうなあ」

 

「どうした?」

 

「いえ、ちょっと考え事をですね――」

 

「休憩終わり!戻って来〜い!」

 

「はーい」

 

「あんまり考え過ぎんなよ」

 

「きっとお前にはいい相手ができるからさ」

 

先輩に肩を叩かれる。

 

――ほんとにそうなればいいんですけどね!

 

そんなこんなで、高校2年生になるわけだ。

色々と問題を抱えたままで。

 

 

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高校2年生になってちょっと経った。

 

部活動ではスタメンの座を不動のものにしたし、チームのレベルの底上げは完了して、後輩にうちの学校を誘ったのもあってチームのレベルが高くなった。

部活動の方は、充実してきたわけだ。

 

県大会が待ち遠しい。

あわよくば優勝も目指せる気がするんだ。

あわよくば、って考えてるから駄目な感じもするけど。

 

まあそれは良いとして。

最近思うんだけどさ。

 

「見て、アイツが来たわよ……」

 

なんというかさ。

 

「近寄らないでおきましょ……」

 

なんか心象が悪くないか?

明らかに何かおかしいよな?

 

皆ひそひそ喋って聞こえないように、なんて思ってるんだろうけどさ。

 

聞こえてるからな!

ばっちりくっきり聞こえてるからな!

 

俺と関わりのない、関わりを持とうとしてこないし持とうとすると逃げる奴らは、いっつもこんな感じだ。

何か、その、やらかした奴に対する態度なんだよな。

大罪人に対するそれというか、村八分というか。

 

これが同学年だけなら良いんだが、先輩後輩にもこれが伝搬してると来た。

サッカー部のコミュニティでは全然そんなことないし、部の先輩後輩の知り合いとかも普通の反応なんだが、関わりがないと明らかにやばいやつを見る目で見てくる。

最近は身内の方でも何か含みのある言い方をされるってのがきつい。

 

明らかに何かあるよな?

俺が悪いのか?

 

なんにも心当たりがないんだが。

こうなったら調査する他ないよな。

何が原因か、究明する他ない。

 

ということで。

知り合いのつてを頼りに、なぜ俺がこんなに酷い仕打ちを受けているのか、それとなく聞いてもらうことにした。

何が理由なのか、どれくらい嫌悪感があるのか、誰から聞いたのか。

とにかく情報を集めよう。

 

そんなこんなで大体一ヶ月。

知り合いの知り合いの知り合い位に遠い関わりから、有力な情報が得られた。

 

俺が中学校時代に、クラスメイトやチームメイトをいじめていて、それは酷い仕打ちをしたと。

あまりにも凶暴なのだが、上っ面を取り繕うのがとにかく上手で、裏で何を考えているかわからないぞ、と。

地元のやつからは煙たがられているが、力があるし、信用もあるから手出しができないと。

上手く先生に取り合ってここに進学してきたが、何をするかわかったものじゃないと。

きっと関わったら手酷くやられてしまうし、目をつけられると何をされるかわからないと。

だから、出来るだけ距離を取ったほうがいいぞ、と。

 

何だこれは。

根も葉もない噂じゃないか。

あんまりな言い様だし。

 

俺がいじめてた?

そんなのに心当たりはない。

人の嫌がることをした覚えは無いし、もししたとしても後味の悪くならないように取り計らうに決まってる。

 

誰かの恨みを買ったとか?

そんな覚えも無いが……

急な改革が快く思われていないのかもしれない。

それなら理解が及ぶのだが……

そこまで言う謂われはないし、そんなことをするようなチームメイトでは無い。

 

なら一体誰が?

なんのために?

 

そこの情報が掴めなかった。

皆人づてに聞いたとまでは証言するのだが、誰かと言われると急に口が止まるらしい。

誰からか、というのが、経由している人の数が多すぎて、分からなくなっているのだとか。

 

由々しき事態だ。

チームメイトは気丈に振る舞ってくれるが、疑念は尽きないものだ。

皆俺の日々の立ち振舞から信じてもらえているが、いつそれが崩れるかわかったものじゃない。

 

しかも遂に先生からも疑惑の目を向けられるようにすらなってしまった。

これは流石にただ事じゃない。

 

あんまりじゃないか!

そんなに俺がいけ好かないか?

きざに振る舞ってた感じはあるけどさ!

そこまで言う程じゃないだろうに!

 

こんなにヤバい状況でも、一乗院さんは優しい。

囲いはそれをよく思っていないようだが、当人は俺への風評を何とも思っていないように振る舞っている。

 

ここで彼女を疑ってしまう自分を愚かに思う。

こんなに優しい彼女を疑うなんて!

 

「どうしたんだい?」

 

「いや、皆、俺を避けるんですよ」

 

「あることないこと言われてて、困ってるんです」

 

彼女はちょっとあらぬ方向へと目を向ける。

こっちへ向き直った。

 

「それでも」

 

「僕は君の味方だからね」

 

「……そう言ってくれると嬉しいよ」

 

嬉しいのはそのとおりだ。

しかし、やけに彼女が満足げなのが気になった。

本人は隠しているんだろうが、醸し出される雰囲気がそうなんだ。

 

何故?

 

俺とは慈善活動として接している感じなのだろうか。

ならば納得がいく。

彼女は昔の誼で関わってくれているだけなのかもしれない。

 

それのほうが納得がいく。

そういうことなのか。

それなら仕方ない。

 

もう人との関わりに期待しない方がいいだろう。

聖人のような彼女ですらこんな感じなんだから。

この学校の関係者との関係は悪化の一途をたどる。

チームメイトに疑念を持ち始めたらチームとして終わりだ。

そうなる前に解決したかったが。

きっとどうにもならない。

 

こうなるとサッカー部のために辞めるのも選択肢に出てくる。

そうしたほうが絶対良い。

皆何を考えているか分かったもんじゃない。

そんな奴らと一緒に居たくない。

 

こうなったらもう人との関わりは最低限にするほうが絶対良い。

皆俺に後ろ指を指すんだ。

誰も俺のことなんて信じちゃくれない。

そんな奴らに期待なんて出来ない。

 

もう良い。

諦めるほかなさそうだ。

もう、どうでもいい。

 

 

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辞めたい。

もう辞めてしまいたい。

 

「もう少しで県大会なんだぞ!」

 

「お前が一番頑張って、楽しみにしてた公式戦なんだぞ!」

 

限界だ。

限界なんだ。

 

「誰もお前のことなんて悪く思ってないって!」

 

「あんなの気にすることないって!」

 

サッカー部に退部を申し入れた。

当然の事ながら止められる。

県大会が間近で、スタメンを張ってる奴が急に辞めるなんて、到底許される話ではないだろう。

 

でももう限界なんだ。

皆の事は信じていたいのに。

どうしても、皆を信じきれていない。

 

皆肚の奥では何を考えてるかなんてわかったもんじゃない。

皆引き止めてるふりをしてるんだ。

きっとそうだ。

皆心の底では嘲笑ってるんだ。

 

そう考えることしか出来なくなった。

どうしても、その考えを拭い去れない。

 

そしてそう考えると、相手も同じことを考えているんじゃないかと思ってしまう。

疑心暗鬼になるのは、何も俺だけじゃない。

チームの皆だって、口ではそう言っても、本当はどう考えているかなんて分からない。

 

そんなことを気にしたら終わらないって?

そう言われたって、当人は追い込まれているのが事実だ。

気にするななんて言われても、嫌でも気になってしまうのがこの学校生活なんだ。

どうにもならないほどに過敏になって、何をされても過剰に反応して、自分でも突飛な思考になってしまっている。

 

明らかに何かがおかしい。

家族にも心配されている。

でも、家族すら信用できなくなってきた。

父さんも母さんも、頭の中で俺をどう思ってるかなんて分からないんだ。

 

もう、八方塞がりじゃないか?

 

もう、手遅れなところまで行ってしまったのではないだろうか?

 

ならいっそ、もう全て投げ出してしまえないか?

 

そうしよう。

 

それでいい。

どうせあと一年と半年だ。

人の頼りがなくたって生きてはいける。

赤点さえ取らなければ、問題さえ起こさなければ。

サッカーだって、周りに上手く合わせれば、問題は起こらない。

大学だって自分の実力に見合った所を選べば、人の助けを借りなくても何とかなるはずだ。

 

きっとそれで、救われる筈だ。

 

今日もまた耐え忍ぶ日が始まる。

足早に教室に向かう。

運良く席替えで隣の人の居ない一人席になったのがありがたい。

人の目とかそういったものを気にしなくてもいいのは楽で良い。

 

そういえば、ここまで色々とやってきたのには理由があった気がしたんだが。

一体、何だったっけ。

 

「?」

 

ドアを開けて、自分の席が何処か分からなくなった。

どこの席も隣にもう一つ席がある。

見てみると、左端の席、俺の席にも、確かに隣に席が用意してある。

 

嫌がらせか?

遂に学校ぐるみで嫌がらせをするようになったのか?

流石にそこまであからさまな事はしないだろうが。

 

隣の席は何のために?

 

誰か来るのだろうか。

俺の平穏な日常が、侵食されてしまうのだろうか。

 

本を読んで時間を過ごしていると、一乗院さんがやってきた。

 

「おはよう」

 

「おはようございます、一乗院さん」

 

「そんなに他人行儀にならなくても良いじゃないか」

 

「私達、幼稚園からの付き合い、なんだからさ」

 

そうらしかった。

彼女に指摘されるまで知らなかったが、彼女と幼小中高と確かに一緒なのだ。

いっそ気味が悪い程に進路がおんなじだった。

 

「そう言われても、困ります」

 

「いつもそう言うよね」

 

「でも、さ」

 

「言っちゃああれだけれど、君と親しくしてる人なんて、このクラスの中で私位じゃないか?」

 

「……それはそうだね」

 

「なら、もっと親しくしてくれてもいいじゃないか」

 

そうは言う彼女だが、その裏の顔を俺は知っている。

俺には哀れみの心で接しているようなもので、俺に関心があるとか、そういうわけではなさそうなのだ。

 

だからこういった言動も信じたりはしない。

彼女の取り巻きも俺のことを快く思っていないから、彼女だけが優しいのも裏があるように思えるのだ。

 

ならやはり俺との関わりも周りの奴らへのアピール、いい子ちゃんぶっているだけな気がするのだ。

だから絶対に心を許したりはしない。

 

「止めとくよ」

 

「どうして?」

 

「俺、色々言われてるだろ?」

 

「ああ云う風評被害をさ、出来るだけ他の人には与えたくないんだ」

 

「一乗院さんみたいな人とかには、特に」

 

「……そっか」

 

「なら、仕方ないね」

 

「朝会始めるぞー」

 

ドアを勢いよく開けて、担任が入ってくる。

またね、と言って一乗院さんは席へと戻っていく。

 

朝会は特筆すべきことはない。

今日の授業の話とか、来月の体育祭についての連絡とか、そんな感じ。

 

しかし、説明があるはずだ。

俺の隣のこの席に、誰かが座るはずなんだ。

 

「それではA組の諸君」

 

「今日から新しいクラスメイトが転入してくることになった」

 

「入ってきたまえ」

 

来た。

やってきたのはいかにも勝ち気そうな、気の強そうな女の子。

屋外スポーツでもやっているのだろうか、こんがりと小麦色をしている。

 

「お前ら湿気た顔してんな」

 

「ま、どうでもいいか」

 

「私は象潟夏海!宜しくな!」

 

「象潟君には、山形の隣の席についてもらう」

 

「皆仲良くするように」

 

盲点だった。

転入生・転校生が入ってくれば、必ず一人だけのやつに充てがわれてしまう。

そこは考えていなかった。

 

勇み足で彼女がやってくる。

面白そうなものでも見るような目で俺を見る。

 

「お前、運動部?」

 

「……まあ、そうですが」

 

「にしてはやたら暗い奴だな」

 

「なんというかさ、ナヨナヨしてるぜ、お前」

 

「……そうですか」

 

「そういうとこだよ!」

 

肩を思いっきり叩かれる。

単純に痛いから止めてほしい。

 

「スポーツやってるならさ、どっしりと構えてりゃ良いんだよ」

 

「……まあ、なんか理由もありそうだけどさ」

 

席に着きながら、彼女は俺をジロジロ見つつそう言った。

ふんぞり返って席に座っている。

 

大きなお世話だ。

どうせこの子もいずれは俺に敵意とか、そういったネガティブなものを俺にぶつけてくるのだろう。

何でも口に出しそうなタイプだし、きっと面と向かって言ってくるはずだ。

 

「……はあ」

 

「そう落ち込むなよ」

 

「なるようになるさ、いずれは」

 

「そうなら良いですけどね」

 

俺の生活は、一体どうなってしまうのだろうか。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

転校生が来てから、たった数日。

ほんとにたった数日で、彼女は俺にこう言ってきた。

 

「お前、そんな奴だったのか?」

 

人の噂もなんとやらとは言うが、俺へのネガティブキャンペーンは終わっていない。

また何かこじつけられて、あることないこと言われそうで怖い。

彼女も、例外なく俺の噂を耳にしたらしかった。

 

「お前、サッカー部のキャプテンだったんだってな」

 

「こんな性格のやつがチームスポーツなんて、って思うんだけどなあ」

 

首を傾げる象潟さん。

まあ、無理もない。

人とのコミュニケーションを拒否してるやつがチームスポーツをやってるなんて、そんなに可笑しな話はない。

 

「お前、自分からお前のことを教えてくれないからさ」

 

「他のやつから聞くしかなかったんだ」

 

「大抵のやつからは、とんでもない奴だって言われたよ」

 

「後輩とかをいじめてる、マジでヤバい奴だって」

 

「でも、一定数お前のことをいい奴だって言うのもいる」

 

「同時に、お前のその噂を疑問視してるって言うやつもいるんだ」

 

無遠慮に俺の両肩を掴んで、俺を真っ直ぐ見据えてくる。

 

「お前のあの噂、ホントの話なのか?」

 

「中学の頃の話とか、高校に入ってからのやつとか」

 

「ホントにお前がやったことなのか?」

 

やっぱりそうなるか。

こうなることは予想してたが。

そうなって欲しくはなかったな。

 

「なあ」

 

「お前の口から聞きたいんだ」

 

「あの噂はさ、ホントなのか?」

 

「……」

 

「答えろよ山形」

 

どうすればいい?

ここで俺が身の潔白を主張して、それを認められるような要素なんて何処にも無い。

口ではどうとでもごまかせるんだから、どうとでも言えてしまうんだ。

 

でも、もしかしたら。

外部からやってきたこの子なら。

俺を信じてくれるんじゃないか?

 

チームメイトだってそうだ。

みんな俺の敵だと思って遠ざけてしまったけど、本当に俺を信じてくれているんじゃないか?

 

なら、ここで俺が自分の無罪を主張しても、いいんじゃないか?

 

「……俺は」

 

言うだけ言って、楽になろう。

この子にどう思われても、それは仕方ない。

 

「俺は、そんなことやってないんだ」

 

「誰かが勝手にあることないこと言いふらしただけで、俺はそんなことやってない」

 

「やってないんだ」

 

「でもみんなその根も葉もない噂を信じてるんだ」

 

「みんな俺のことを目の敵にしてくるんだ」

 

「だから今まで誰も信じていられなかったんだ」

 

「辛いんだ」

 

「とっても辛いんだ」

 

涙が出てきそうだけど、我慢する。

 

「でも、誰も助けてはくれないんだ」

 

「助けを求めるべきだったのはそうだけど」

 

「限界なんだ」

 

「皆を疑ってしまって怖いんだ」

 

ああ、言ってしまった。

赤の他人だから、言えたのもあるのかもしれないけれど。

 

「よく言った!」

 

「よく言ったよ、山形」

 

抱きしめられた。

加減を知らないのかなかなかに力が強い。

女子なのに力が強いな。

流石はテニス部か?

テニスにこんな力を使うことってあるのかな。

 

「お前を初めて見た時さ」

 

「体格の割に暗い奴だなって思ったんだ」

 

「クラスのやつとかと話すとさ、皆お前のことを悪者呼ばわりでさ」

 

「あいつには近づくな、ってばかり言うんだ」

 

「なんかおかしいと思ったんだよ」

 

「なんか裏がありそうだと思ったんだ」

 

がばっと急に向き直る。

 

「私はお前のことを信じるぞ」

 

「言葉ではなんとでも言えるけどさ」

 

「お前のこと、絶対に信じてやるからな」

 

「ホントのホントに信じてやるから」

 

真剣な顔でそんなこと言われたらさ。

そんな目で見つめられたらさ。

 

「……ありがとう」

 

「ありがとう……ありがとう……」

 

今まで溜まってたものがさ。

我慢してきたものがさ。

溢れてきちゃうじゃないか。

 

隣の席に理解者が出来てからは、学校生活が格段と楽になった。

どれだけ周りがどう思おうとも、俺には味方がいる。

それがとにかく心強かった。

 

サッカー部でも、思いの丈をぶちまけた。

皆俺の話を真剣に聞いてくれた。

ありがたい。

みんなとまた一つに成れた気がした。

 

そんなこんなで時間は過ぎていって、夏休みに入るくらいの頃。

 

何事もなく普通に過ごしていた。

着実に俺の理解者が増えていった。

俺の学校での悪評も、少しずつながら薄れていった。

 

そんなある日。

 

「山形君」

 

「どうしたんです?一乗院さん」

 

「少しお話がしたいのだけれど、いいかな?」

 

「と、言いますと?」

 

「君のこれからに関わる、重要な話なんだ」

 

「放課後に、4階自習室に来てくれ」

 

「そこで担任と一緒に待っているよ」

 

担任との面談?

何かあるのだろうか。

クラス委員の一乗院さんが一緒となると、クラスに関しての事だろうか。

まあ、特に変な話はないだろう。

 

それよりも大事なのはその後の練習だ。

あと2週間後には公式戦が始まる。

実戦形式にして、とにかく問題点を一つずつ丁寧に潰していかなければ。

 

さて、昼休みが終わる。

午後は楽な授業ばかりで気が楽だ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

放課後になった。

この時間になると気温もある程度は落ち着く。

流石に外には出たくないが。

 

「4階なんて来たことないぞ」

 

こうなってから、独り言が増えた気がする。

なにかその、話し相手が欲しいからなのだろうか。

何とも言えないのだが。

 

「ここか」

 

学習室と書かれた札のある、建物の端の部屋。

何故か中は暗幕らしきものが掛けられていて見ることができない。

 

おかしくないか?

本能が危険信号を発している。

ここに入ってはいけない気がする。

なんというか、男の勘というものだ。

 

どうしたものか。

 

「山形君」

 

「どうしたんだい?」

 

「部屋の前で立ち止まってさ」

 

一乗院さんは俺よりも後にやってきたみたいだった。

不思議なものを見る目で俺を見る。

 

「入り給えよ」

 

「先生はもう部屋にいる筈だよ」

 

「……そうか」

 

「なら、待たせちゃあれか」

 

ドアを開けて、中へと入っていく。

暗幕をくぐって、部屋の中へ出ると――

 

「あれ?」

 

おかしい。

誰もいないぞ。

担任はどこにもいない。

一体何がどうなって――

 

「うおっ!」

 

突き飛ばされた。

幸いというかなんというか、部屋には殆ど何もなくだだっ広いので、椅子とか机にふっ飛ばされることは無かった。

椅子も机も掃除の時みたいに捌けられている。

 

ここ、自習室じゃなかったか?

何のためにこんな空間を取るようなことしてるんだ?

 

「山形君」

 

「はい?」

 

「こうはしたくなかったんだけどね」

 

「事が上手く運ばないのも織り込み済みさ」

 

ガチャリと、音がなった。

振り向くと、一乗院さんがドア鍵を後手で閉めていた。

 

とても満足げな表情をしてこちらを見ている。

この表情を俺は知っている。

彼女が、俺の味方だと言ったあのときのそれだ。

そしてそれは、試合終了間際、自チームの勝利がほぼ決定的になったときにみんなのする表情のそれによく似ている。

 

「山形君」

 

「そう、山形君」

 

「僕の山形君」

 

「僕だけの、山形君」

 

「何を言ってる?」

 

なんだそれ。

『僕だけの』?

あんたの所有物になったつもりも筈もないぞ。

 

「中学校の頃、僕に近寄る男の子は居ないに等しかった」

 

「いや、子供の時から、僕に近寄る男は居なかった」

 

「僕の囲いが露払いをしていたのもあるが、単純に僕に話しかける勇気のある男が居なかった」

 

「居たとしても、皆下心のある奴だけ」

 

「でも君は、山形君は違った」

 

「僕にだって皆と同じく、優しく接してくれたね」

 

モテるためにしていた筈。

下心はあったのだが、一乗院さんと付き合おうというつもりは無かったな。

 

やけに優しい口調で、噛みしめるように語る。

 

「なにか困っていたら助けてくれて、時には僕のためを思って優しく叱ってくれた」

 

「それが僕にはとても嬉しかった」

 

「張り合いのない学校生活に、君は光を与えてくれたんだ」

 

「でも、それは僕だけのためじゃなかった」

 

急に表情が変わる。

苛ついているような、憤っているような。

とにかく怒気を孕んだ雰囲気を纏っている。

 

「君は僕を特別視していなかった」

 

「僕は君の好意を受け取る大多数のうちの一人でしかなかったんだ」

 

「それがどうしても認められなかった」

 

「僕にやっと白馬の王子様がやってきたと思ったのに」

 

「君は皆に媚を売ってばかり」

 

「挙句の果てにサッカー部に入って、僕を放ったらかしにしたんだ」

 

こっちにゆっくり、ゆらゆらと歩み寄ってくる。

 

顔は笑っている。

笑ってはいるのだが、引き攣っている。

何とも不気味だ。

 

「サッカー部での活躍はそれは目覚ましいものだったね」

 

「学校中で話題になったよ」

 

「『かっこいい』とか、『優しくていい人』だってさ」

 

「皆君が最初に献身的に皆に尽くしてたときは何も思ってなかったくせに、何かで有名になったらすぐにこれだ」

 

「それがどうにも許せなかった」

 

立ってはいけない気がして、立ち上がれない。

 

一乗院さんは目の前まで来た。

目はいつもの輝きを失って、据わったものになっている。

 

その目が、見つめているものは。

勿論、俺だ。

 

「君に他の子が言い寄ったら、きっと君は優しくて絆されてしまうから」

 

「私の元を離れるは愚か、他の人のものになってしまう」

 

「だから、策を弄したんだ」

 

「ごめんね」

 

「根も葉もない噂を」

 

「君から人が離れるような、それは酷い嘘を流したんだ」

 

「……お前だったのか!」

 

声が喉から絞り出された。

自分でも驚くほどに、どすの効いた声。

 

それでも彼女は歩みを止めない。

なにかに突き動かされているように動きを止めようとしない。

 

簡単に押し倒されてしまった。

単純な力量差なら俺が勝つのだろうが、うまく体に力が入らない。

何か恐ろしいものに対峙した時には、こうなるのだろうか。

 

「中学高校と噂を流して、悪い虫を退治できたのは良かったんだけどさ」

 

「君が憔悴し切って、人を信じられなくなって、僕を頼らなかったのは誤算だったんだ」

 

「僕が助け舟を出したら、縋ってでも乗ってくれると思ったのに」

 

「君、勘がいいからさ」

 

「気づいてたんだろ?僕が裏で手を引いてたの」

 

息がかかるほどの距離で囁かれる。

鼓動がまるで耳元で鳴っているようだ

 

直感的に抱いた違和感。

俺の本能は正しかった。

こいつは、明らかにヤバい。

 

「そうでなくてもさ」

 

「僕に靡かなかったのは事実だよね」

 

首を掴まれる。

怖い。

命を握られたような気がする。

 

「それも許せなかった」

 

「でもまあ、何時かは僕の許へとやってくるって信じて今までやってきたんだけど」

 

「あの女が来てからさ」

 

「全部が全部上手く行かなくなっちゃった」

 

「あいつ、声だけはやたら大きいから、皆あいつの言うことを信じちゃうんだ」

 

「僕は足がつかない様に色々工夫したのにさ」

 

「寧ろそのせいで説得力で負けちゃってるんだ」

 

「皆に頑張って流布したのに!」

 

覗き込まれる。

心の奥の方。

肚の奥。

思考のその先を読まれるようで、気味が悪い。

 

「でも、もう良いことにしたんだ」

 

ふと腕が首から離れる。

 

今しかない!

 

「喰らえ!」

 

「うわっ!」

 

鍵は内側からならすぐに外せる。

問題ないはずだ。

 

大声を出して助けを呼ぶのは得策ではない。

俺の噂がまだ流布されている訳だから、事後処理が面倒だ。

 

とにかく鍵を……

 

鍵を……

 

鍵……

 

「開かないだろう?」

 

事態は、俺の想像を越えるほどに手がつけられなくなっていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

俺は必死になりながら鍵を開けようとする。

しかし全く鍵が開かない。

向こうから強い力で開けられないように力を掛けられている。

 

「この部屋の鍵はね、僕が合図を送らないと開かないんだ」

 

「君より屈強な男を使ってるからね」

 

「開かないよ」

 

「更に皆に頼んでね、ここら一帯を封鎖してもらってるんだ」

 

「声を上げても、届かないよ」

 

周到だな。

ならどうする?

 

どうにもならなくないか?

 

「どうにもならないよ、山形君」

 

「もう、諦めないかい?」

 

「助けは来ないよ」

 

そんなことはない!筈だ。

神は克服できる試練しか与えないんじゃないのか?

 

――可能性はあるぞ。

 

完全なる密室。

どうにもならないのかもしれないが。

一縷の望みに賭けよう。

 

象潟さんだ。

彼女が来てくれたなら。

なんとかなるかもしれない。

彼女なら。

この状況を打開してくれる筈だ。

 

「山形君はさ」

 

「優しいよね」

 

「優しいから皆を攻撃したりしなかったし」

 

「優しいから自分一人で抱え込む方向に行ったんだよね」

 

「……何が言いたい」

 

「もし今象潟さんが今ここにやってきたら、どうなると思う?」

 

「……それは」

 

それは、想像したくない。

きっと上手くやってくれると信じてはいるが、もしもを想像してしまう。

 

彼女は転校して間もない。

気さくな性格もあって直ぐに皆と打ち解けたが、それでも仲間は多くないだろう。

俺を助けるなんて大それたことをしてくれる仲間なんて、殆ど居ないはずだ。

 

「そのうち嗅ぎつけて、やってくると思うんだけどさ」

 

「彼女を傷つけたくないもんね?」

 

「穏便に済ませたいよね?」

 

「……その通り、です」

 

「賢明な判断だね」

 

最早、どうすることも出来ないか。

 

万事休す、といった感じか。

 

「まだ僕がやりたいことの続きなんだ」

 

「偉い子だから、すべきことは分かるね?」

 

無駄な抵抗はするな、ということだろう。

 

両手を上げて、降参の意を示す。

もうこうなったら仕方ない。

相手は俺の学校生活をめちゃくちゃにしたやつなのに。

俺の明確な敵なのに。

どうすることも出来ない。

 

不甲斐ない。

不甲斐ないことこの上ない。

 

「じゃあ、続き、しちゃうね」

 

俺を組み敷いて、床に寝そべらせる。

何をするつもりだ?

 

「今から、君を僕のものにするね」

 

「?」

 

「具体的に言うと、一つになるんだ」

 

「お互いに、初めてを分け合うんだよ」

 

「……それは、流石に――」

 

「駄目、とは言わせないよ」

 

俺の口に人差し指をつける。

所謂静かに、というジェスチャーだ。

 

「君に拒否権は無いよ」

 

「もしも、僕を拒もうものなら」

 

「君が今受けている仕打ちを、あの女にするよ」

 

「今より苛烈に、精神が壊れるくらい激しく攻撃してやる」

 

「誰も信じられなくして、そんな酷いことになったら、どうなるんだろうね?」

 

「……分かったよ」

 

俺を救ってくれた、救世主。

俺に可能性を与えてくれた、彼女。

 

彼女を貶めたくない。

彼女を悲しませたくない。

 

「本当は君の中に他の女が居るだけで気が狂いそうだけど」

 

「それはこれから、僕がじっくり塗り替えてしまおう」

 

「今はとにかく、僕だけを見ていて」

 

「僕だけでいっぱいになって」

 

「……」

 

外が何やら騒がしい。

象潟さんが来てしまったのだろうか。

 

しかし、もうどうにもならない。

彼女は服をはだけて、あらぬ姿になっているし、俺もまた服を脱がされてしまっている。

この状態を見られてしまっても、何の弁明も出来ない。

なんと申し開き出来ようか。

 

ああ。

なんて酷い結末なんだろうか。

この悪魔にいいようにされて、なんにもやり返せずに終わってしまう。

 

「さあ」

 

「楽しくやろうね」

 

悪夢だ。

救いはないのか。

 

きっとない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「どうしたんだよ!急に!」

 

「おかしいじゃんか!」

 

「あの時何があったんだよ!」

 

「……」

 

「黙ってないでなんとか言ったらどうなんだよ!」

 

ごめんなさい。

本当にごめんなさい。

でも、こうすることしか出来ないんだ。

一乗院さんの指示に従わないと、何をされるか分かったもんじゃ無いんだ。

 

象潟さんを助けるためなんだ。

君に被害が及ばないようにするには、これしかないんだ。

 

「……ごめん」

 

「なんでかは、言えないんだ」

 

「何だよ……何だよそれ!」

 

「アイツが元締めなんだろ!」

 

「あの女さえ抑えられりゃどうにかなるんだろ!」

 

「試してもないのに諦めちゃ駄目だろ!」

 

彼女は顔が広い。

何かこちらがアクションを起こせば、直ぐに用意されていた対抗策を出してくる。

 

そうなりゃ状況は悪化する一方だ。

俺の立場も、象潟さんの立場も悪くなる。

 

仕方ないんだ。

ああいった奴に目をつけられたが最後なんだ。

諦めて賢明な判断を下した方が良い。

 

「……俺とはあんまり関わらないほうが良いよ」

 

「何をされるかわからないからさ」

 

「お前はそれで良いのかよ!」

 

「あることないこと言いふらされて、人生めちゃくちゃにされた相手に何もしないで良いのかよ!」

 

「きっとそうなんだろ!」

 

「――少し、良いかい?」

 

「……ッ!お前……!」

 

彼女がやって来てしまった。

作り笑いをしているが、目がまるで笑っていない。

当人も体裁は取り繕っているが、殺気の類を隠すつもりは無いらしい。

 

「僕の彼氏に、何か用かな?」

「彼氏だって?んな訳ねぇだろうが!」

 

「こんな関係のどこが彼氏彼女の関係なんだよ!」

 

「でも、君も見たはずだろう?」

 

「僕と肇の愛し合っている姿を、さ」

 

「あれのどこがそんな様に見えんだよ!」

 

「あんな大掛かりな事しやがって!」

 

「あんなのそんなうちに入らねぇよ!」

 

「それでも、僕は肇を愛している事に変わりはない」

 

「それは変わりないんだ」

 

しなだれかかってくる。

自分のものだと言い張るように。

お前のものでは無いと主張するように。

 

それが気を逆撫でたようだった。

 

「……お前がこいつのあることないこと言いふらしたんだろ」

 

「自分が独占できるように」

 

「自分に依存させるために!」

 

急に距離を詰めて、胸ぐらを掴む。

彼女はされるがままにされている。

 

「でもさ」

 

「その証拠はどこにあるんだい?」

 

「僕がそれに加担したっていう証拠はさ」

 

ニヤリと、笑った。

勝ち誇ったように、笑った。

 

「どこにもないんじゃないか?」

 

「……」

 

掴みかかっていた手を放す。

少しよろけて、わざとらしく俺に寄りかかってきた。

 

「でも、変わりないことがある」

 

「学校中の生徒が、僕と肇の関係を知っていること」

 

「肇の悪評は、もう語られることは無いということ」

 

「そして、僕が肇を心の底から愛していること」

 

「これだけで十分じゃないか?」

 

「他に何が欲しい?」

 

「……クソっ!」

 

そう吐き捨てると、あっという間に教室を出て行ってしまった。

あまりにも悔しそうな顔をしていた。

 

彼女の信頼を、期待を裏切ってしまったことで胸が張り裂けそうだ。

今にも、消えてしまいたい。

 

「肇」

 

名前を呼ばれた。

 

「何で女と話をしてたんだ」

 

「答えて」

 

「……あっちから話しかけられたんだ」

 

「ふぅん」

 

「そっか」

 

「でも、話すのは許可してないよね?」

 

「……その通りだね」

 

この話の流れ方はまずいぞ。

 

「じゃあ、約束どおりにあの子のこと、虐めちゃうからね」

 

「それは!」

 

「それは、止めてください」

 

「どうしてだい?」

 

「話を受けてしまったのも、話しかけられる隙を作ったのも、俺の責任です」

 

「だから、どうにか許してほしい」

 

「責任は俺が取る。何だってしてもいいから、どうか」

 

「どうかそれだけは止めてください!」

 

深々と頭を下げる。

最早こうするしかない。

この場を収めるには、こうするしか方法は残されていない。

 

「まぁ、とにかく頭を上げなよ」

 

「彼氏が彼女にすることじゃない」

 

畏まった態度は緩めない。

何よりも、相手を刺激しないのが大事だ。

 

「君、これからもそうやって、僕の良心に訴えかけてさ、手心を加えるように言ってきそうだね」

 

「まあ、今回ばかりは許してあげようかな」

 

「不慮の事故、ってことにしてあげよう」

 

良かった。

これで象潟さんに危害は加えられない。

 

一乗院さんは約束を絶対に破らない。

そういうポリシーらしい。

その点は信頼できる。

 

「でも、君が約束を破ったのは事実だよね」

 

「……そうなりますね」

 

「その畏まった態度、止めなよ。不愉快だ」

 

「……分かった」

 

「埋め合わせをしてもらおうかな」

 

「丁度今日から親が旅行に出かけてね。家には僕一人しか居ないんだ」

 

「今日から土日にかけて、家で一緒に過ごしてもらうから」

 

「荷物を準備して、家まで来ること」

 

「夕飯前には遅くとも来てね」

 

今週は試合がなくて良かった。

話が拗れなくて済む。

 

これでいいんだ。

これでいい。

 

一乗院さんは優しい。

あのときのことも『仕方なくやった』らしいから、基本的には優しい。

皆に羨まれるほどの美人さんだし、付き合っていて楽しいのはそうだ。

そのうちこの関係にも慣れていくだろう。

 

与えられた環境の中で、幸せを探すんだ。

それで皆生きている。

なら今は幸せか?

 

きっと幸せの部類に入る。

 

今日は彼女の家で何をするんだろうか。

映画鑑賞が好きだとか言ってたな。

趣味の一つに料理があるとも聞いている。

今日は楽しみだな。

 

「肇」

 

「なんだい?」

 

「こんな私でも、好きになってくれるかい?」

 

答えは決まっている。

 

「勿論さ」

 

「その答えが聞けて嬉しいよ」

 

そう言ってくれると、嬉しいな。

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