ヤンデレ詰め合わせ   作:小野間トペ

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不思議天才ちゃんモノヤンデレ

天才はいる。

悔しいが。

 

どれだけ頑張ったとしても地頭だったり、運動能力というもの、その素となる才能というのは持ってして生まれたものだ。

それを努力によって育むことこそ出来れど、絶対的な差がそこにあった場合、越えることはおろか、並び立つことすら、酷ければ追いすがることすら出来ない。

 

絶対的な差があれば、の話だが。

実際のところ、天性の才能なんて大したことはない。

それこそ血の滲むような努力を重ねれば、越えることは可能だ。

 

才能は努力でカバーできる。

所謂努力信仰、努力神話。

何を隠そう僕もその信奉者の一人だ。

 

絶対的な差なんて、そうそうあるものではない。

だから弛まぬ努力を続けることで、トップ層に至ることは充分に可能であると。

闘うという明確な意志さえあれば、彼らに対抗する力を、皆が持っていると。

そう信じて、高校までを過ごした。

 

高校は県内トップの進学実績を持つ所へ。

毎年コンスタントに東大への合格者を出している。

僕は多分両手で数えられるくらいの順位でこの学校に入学してきた。

だから、十分に狙うことが可能だ。

 

意気揚々とやってきた県立第一高等学校。

綺麗な校舎だ。

県内でも有数の学校なだけはある。

 

生徒数も結構多いから、入学式ということで、大勢の人々で犇めいていた。

 

入学式の立て看板で写真を撮る長蛇の列。

恐らく勧誘をしている運動部の先輩方。

それを冷ややかな目で見ては学校の方へと歩を進める新入生。

 

それぞれがそれぞれの時間を過ごしている。

入学式だもの。

浮足立っても仕方ないじゃないか。

 

僕の番がやってきた。

スマートフォンを父兄の方にお願いして、写真を撮る。

校舎をバックに、入学式の文字。

これは欠かせない。

 

父や母が、時間の融通の利く仕事に就いていれば、この場所を、時間を共有できたろうに。

 

僕の次の子は、家族全員で写真を撮っている。

目立ってしまって恥ずかしいのだろうが、満更でもなさそうだ。

それを見て皆ほっこりとしている。

 

良いなぁ。

 

父は海外に居てもう2年も会っていない。

母は県庁で働いていて、今日に休みを入れていたのだが、発生した職員の不祥事の影響でお流れになってしまった。

 

仕方ない。

仕方が無いんだ。

父も母も、全力で仕事に取り組んでいる。

それは、きっと僕のためでもあるのだろうから。

言われはしなくても、愛情は感じているから。

僕はそれでいい。

 

これから毎日通うことになる道を進む。

これが、これからの流れ行く景色。

物思いに耽ったり、友達と話したり、テストのことで頭が一杯になったり。

きっとそんな感じになる。

 

校舎まで着いた。

県内最大の公立高校だ。

校舎は大きい。

地元の高校より、遥かに大きい。

 

ここが、僕の学び舎。

ここで研鑽を積んで、羽ばたいてみせる。

そのための一歩を、今、踏み出す。

 

人類にとっては小さな一歩だが、一人の人間にとっては大きな飛躍だ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

入学式が終わって、クラス会が行われる。

皆が席に座って、担任と副担任の紹介を受け、春休み期間に出されていた課題を提出して、これからについての説明を受ける。

入学式の後にやることとしては普通だ。

 

地元の書店に渡すことで教科書一式を購入できるプリントを貰う。

僕のクラスは所謂特進コースで、一年の最初から理系を主体とした学習に取り組む。

文転することも可能らしいが、その場合は普通科に編入することになる。

 

一年生で購入するはずの教科書類だが、二年生向けのものまで含まれている。

特進クラスということもあって授業進度も相当に速いのだろう。

話を聞くに、三年生になる前に高校範囲の学習が終わり、残りの一年は志望校対策に費やされるらしい。

 

凄い学校だ。

都心だと当たり前らしいが、地方都市の進学校にしては頑張っている。

 

先生の話も一段落つき、クラスメイトの自己紹介が進んでゆく。

真面目に答えるやつも居るし、巫山戯たやつも居る。

各々が自分の個性を出して、同類を探しやすくしているのだろう。

 

隣の子まで進んだ。

 

この子、天才型だ。

佇まいが不思議な、大人びているように見えて、幼い部分はとことん幼い、そういうタイプだ。

 

その証拠に雰囲気は大人だが、さっきまで暇すぎて軽く癇癪を起こしそうになっていた。

あちらこちらを見ては急に一点を見始めて、手持ち無沙汰になると居心地が悪そうに座っていた。

普通の学校にいたら、まず間違いなく変な子と言われる。

 

「次、名取さん」

 

「はい」

 

ゆっくりと席を立つ。

 

「名取幽華です。趣味は散歩です。短い間の付き合いになると思いますがよろしくお願いします」

 

「はい、名取さんでした」

 

「次、七課さん」

 

短い間の付き合い?

なにそれ。

 

親の都合で転勤が決まってるとか?

なら転勤先に進学すれば良いのでは?

 

他に理由なんてあるか?

想像つかないぞ。

 

海外の学校に進学するとか!

 

無理があるか。

 

今のところ一番気になる子だな。

他にも波長の合いそうな奴はいるけど、興味が湧くのはこの子だ。

隣の席になれたのは僥倖。

色々とお話してみよう。

 

「次、穂積さん」

 

俺の番だ。

 

「はい」

 

「穂積極と言います。趣味は音楽を聞くこと。よろしくお願いします」

 

我ながら当たり障りが無いな。

まぁ、趣味らしいものも無いし、仕方ないのだが。

 

「では次、槙原さん」

 

「はい」

 

「僕は槙原――」

 

ふと横を見たら、目が合った。

名取さんが、こちらをじっと見ている。

 

「……」

 

目を逸らしてはいけない気がする。

なんというか、そんな気分になる。

 

ずっとこっちを見てるぞ。

なんで?

 

「……」

 

なんとか言ってくれないかなぁ。

 

クラスメイトの紹介が終わるまで、いや、終わっても名取さんはこちらをじっと見ている。

気味が悪くなってきたぞ。

 

なんか憑いてるとか?

想像したくないな。

 

そんなこんなで放課後になった。

同じような趣味の奴らが集まって、SNSでも交換しているのだろうか。

教室の中で、人の塊が数個出来ている。

 

あそこはアイドル好きの奴らかな。

こっちはゲーム趣味の奴ら。

後で僕もやらないと。

 

さて、なぜ後回しにしなければならないのかというと。

まだ見つめられたままだからだ。

 

「……」

 

「……」

 

何だこれ。

なんの意図があってこんなことしてるんだ?

多分僕より頭がいいから何考えてるかてんで分からん。

 

「穂積さん」

 

「はい?」

 

「私、名取幽華。宜しくね」

 

「穂積極です。こちらこそ宜しく」

 

あっちの方からアプローチを仕掛けてくれた。

有り難い。

僕から接点を持とうとするならどうしようかなんて考えてたから、良かった。

 

「お隣だから色々とこれからお話出来るでしょうから、楽しみだわ」

 

「僕も君のことが気になってたんだ」

 

「そう」

 

「なら嬉しいわ」

 

「そうだ」

 

「早速聞く様で悪いんだけどさ、短い間の付き合いってどういうこと?」

 

「どうにも引っかかるんだ」

 

彼女の自己紹介で気になったそれ。

気になって仕方が無い。

 

彼女は僕のことをずっと見ながら、口を開いた。

 

「ふふっ」

 

「そうね」

 

「貴方にだったら、言っても良いかも」

 

「そう?」

 

早速教えてくれるのか。

それは良かった。

眠れずに夜を明かさずに済みそうだ。

 

「私、アメリカの大学を受験してるの」

 

「結果次第では直ぐにアメリカに飛ぶわ」

 

「だから、ここでの生活は準備期間」

 

「日本での生活を楽しむための、余暇みたいなものなの」

 

「そうか……」

 

凄ぇな!

俺の想像を超えてきたぞ!

海外の大学に飛び級?

なんだそれ。

聞いたことないぞ。

 

「凄いね。何かやりたいことがあるのかい?」

 

「世界一の化学者になりたいの」

 

「他の誰にも真似できない、他の誰にも越えられない化学者にね」

 

「それはなかなかな夢だね」

 

「応援するよ」

 

スケールが違うな。

やっぱり第一印象通り、天才だった。

しかもこの世に数人しか居ないであろう天才だ。

 

こんなレベルの子とお隣で勉強できるなんて、そんな贅沢なこと出来るのは一体どれだけの確率だろうか!

人生でまたとないすげー機会だ。

直ぐに居なくなるであろうが、刺激的な学校生活になりそうだ!

 

「そう、今急に伝えられたら変に思うかもしれないけど、ごめんね?」

 

「どうした?」

 

「その、解決に協力してほしいの」

 

協力しないと解けないなんて言われても、君に無理なら僕がいても無理では?

まぁ、当人がそれで満足ならいいのだが。

 

「で、なんだい?」

 

「私、貴方のことが好きだと思うの。何故かは分からないのだけれど」

 

「は?」

 

「その何故かが理論的に説明できないのが問題なの!」

 

「こんなことになったの生まれて初めてで……」

 

「今まで自分で理解できなかった事なんて何一つなかったのに!」

 

「……はぁ」

 

好き?

好きだと思う?

 

曖昧が過ぎないか?

しかもあって数時間しか経ってないし、理由が当人にも分からないってそうなりゃ何にも分からないじゃないか!

 

意味が分からん。

天才ゆえの飛躍した思考が、理解を超えた結論を叩き出したのか?

 

「その、それは一体どういった流れでそうなったの?」

 

「それが全く分かんないのよ!」

 

「……あぁ、わかんない!なんでこんなことに……」

 

「あれとこれは繋がらないし……」

 

「あぁ、もう!……お先に失礼するわ。また明日!」

 

「ん?あぁ」

 

「……何がどうなってるのかしら。第一理由がわからないってどういうことよ。思考を再現しないと……」

 

ぶつぶつと何かを呟きながら行ってしまった。

台風みたいな人だな。

所謂頭がいい人特有の矢継ぎ早な物言いだった。

まくしたてる様な、急に論点があっちへ行ったりこっちに行ったり。

挙句の果てに自分で疑問に思ったことを口に出さずに自分で解決しちゃうから、何が起こったか聞き手が分からないまま話が進んだり。

 

果たして自分の思考を整理して明日登校してくるのかな?

ああいったタイプの人は、混乱すると立ち直るまでに時間がかかる。

俺の友人の友樹は、何故自分が存在するのか分からなくなって一ヶ月登校しなかった。

そんなことになったら困るのだが。

 

まぁ、僕がどうこうできる問題ではない。

気長に待とう。

気楽に行こう。

 

あの子と話すのが楽しみだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

それからはまぁ、割とそこまで変に刺激的な生活は待っていなかった。

彼女は僕を見てはなにやらぶつぶつと呟きつつ考え事をして、一部納得がいったことを僕に共有してくる。

 

「やはり穂積くんが好きなのは、一目惚れ的な現象が私の中に発生したからではないのかしら?」

 

「その可能性が高いと思うよ。僕は知らないけど」

 

「そうだとしたら穂積くんみたいな人はこの世界にはごまんと居るはずなんだから、何故穂積くんでないといけなかったのかしら?」

 

「名取さん。論点がずれてないかい?」

 

「ずれてない」

 

「ここに関しても検証の余地はありそうね」

 

「……そうかい」

 

昼食になると、名取さんは僕を伴って屋上に繰り出す。

弁当を食べながら、仮説を色々と説明してくれるのだけれど、別にそこまでしなくてもいいのでは?

 

「やっぱりこの論には暇疵があるわね」

 

「結論ではないわ」

 

「そうか」

 

「そのタコさんウインナー頂けない?」

 

「良いよ」

 

「その玉子焼きと交換してくれ」

 

「交渉成立ね」

 

僕は今、破茶滅茶に青春している。

隣の女の子が僕に恋慕の情を見せてくれていて、休み時間に喋ったり、昼休みには一緒にご飯を食べたり、途中まで一緒に下校したり。

今週末は一緒に勉強会を開くことになってる。

 

なんと素晴らしい学校生活だろうか!

満ち足りているとはこのことなのだろう。

まさかこんなに青春できるとは思わなかったな。

 

「いやぁ、良いねぇ」

 

「何?」

 

「こんなに良い生活が出来るとは思ってなかったからさ」

 

「こんなに人と密に関わったこと無かったし」

 

「すっごい幸せなんだ」

 

「ありえないくらい幸せさ」

 

「それは良かったね」

 

こんな生活が、いつまでも続けば良いのに。

幸せというものを、何時までも享受していたい。

そう考えるのは人間の性だ。

 

何時までもこのまま。

何時までも幸せ。

 

それが良い。

 

でも、そうはならない。

 

5月に入って、一週間程度。

その日は妙に名取さんがよそよそしくて、妙に動きがぎこちなくて、不思議な態度をしていた。

 

変だな、とは思ったけど、理由は大体察していた。

大学に合格したのだろう。

喜ばしいことだ。

 

名取さんと、いつも通り昼ごはんを食べる。

屋上に向かう扉を背に、名取さんが語りだした。

 

「アメリカから荷物が届いてさ」

 

「大学、合格したの」

 

「9月から、向こうの学校に通うことになった」

 

「それに先んじて、もう向こうに行ったほうが良いってさ」

 

「学校側から提案されたの」

 

名取さんは目標を達成した。

志望校に合格したのだ。

アメリカの大学に、飛び級で合格。

しかも15歳なんて、考えられない!

 

なんて凄いんだ、なんて感心してると、急に腕を掴まれて、屋上に引き込まれた。

 

「私、まだ分からないの」

 

「なんで穂積くんのことが好きなのか」

 

「結論が出てないの」

 

「なのにもう向こうに行かなきゃいけなくなったの」

 

「……それは仕方ないよ。もう結果が出たんだから」

 

「仕方なくないの!」

 

力づくで床に組み伏せられた。

僕より力が強くないか?

運動もできるのか。

 

「……私まだ日本に居たい」

 

「まだこの学校に居たい」

 

「まだ穂積くんと一緒に居たいの!」

 

「でも――」

 

「でもそれは出来ないよね。自分の夢を叶えるためなんだから」

 

「自分の思い描いた未来のためなんだからさ」

 

「前を向いて、アメリカに行くしかない」

 

「でも!」

 

「でも……」

 

余りにも混乱しているもんでかける言葉に困る。

自分でも何がなんだか分かっているように見えない。

急に届いたアメリカからの便りのせいで、感情の整理がついてないようだった。

 

「好きなことに変わりはないの……」

 

「一緒にいたいの……」

 

「でも無理なんだろ?」

 

「それは……」

 

「夢と僕とを天秤にかけなよ」

 

「夢を選ぶべきじゃないか?」

 

「またとないチャンスなんだぜ?」

 

「……」

 

「ご飯でも食べて落ち着こう。麦茶でも飲んでさ」

 

割とあっさり、拘束を解いてくれた。

いつもの場所に座って、弁当を開ける。

 

「穂積くんはさ、約束してくれる?」

 

「何を?」

 

「私がアメリカに行ってしまっても、私のことを思ってくれるって」

 

「私が穂積くんに会いに行ったら、必ず応えてくれるって」

 

「約束してくれる?」

 

「……それはどうだろう」

 

「……だめ?」

 

「お互いにより良い相手が出来るかもしれない。お互いを想うことで生じる弊害もあるんじゃないか?」

 

「しがらみってのは、無い方がいいんじゃないか?」

 

「僕が理由で、名取さんの将来とか、視界を狭めたくない」

 

「……」

 

名取さんは弁当に目を落としている。

今日は素朴な三色弁当らしかった。

鮭、肉そぼろ、卵の3つが散りばめられている。

 

普通大学に合格したらステーキの一つでも持ってきたりしないのだろうか?

そこら辺の価値観も違うのが、天才らしかった。

 

「……」

 

「……」

 

黙々と弁当を食べ進める。

今日の弁当はやけに味が濃い。

しょっぱいな。

 

「……私」

 

「私、アメリカに行く」

 

「そして私はいずれ結論を出す」

 

「私はいつか穂積くんを迎えに行く」

 

こちらを真っ直ぐに見つめて、そう言った。

その目に迷いはない。

曇りなき眼でそう言った。

 

「分かった」

 

「僕はどうすればいい?」

 

「穂積くんは待ってて」

 

「それまでは、何をしてても良いよ」

 

「出来れば、お淑やかに待ってて欲しいな」

 

「その、ね?」

 

彼女が笑っているのを見るのは、初めてかもしれない。

慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

 

美しいと思った。

僕もやはり、彼女に恋をしているらしかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

その後すぐに、彼女はアメリカへと旅立っていった。

 

その際に連絡先を交換するように進言したが、学業に専念できないからと断られた。

その時の彼女の表情を覚えている。

彼女にも断腸の思いだったのだろう。

 

その後は普通に高校生活を送った。

途中入部で卓球部に入り、今までに作れなかったような友達を求めた。

運動はからっきし。

レギュラーの座は遠い。

それでも頑張れば報われると信じて努力を続けた。

 

勉強は元々やるつもりだったし、夢の東大を目指して頑張った。

特進クラスなんで勉強の方法には事欠かない。

高一から過去問を解いてみたり、模試に挑戦してみたり。

 

入学テストこそ彼女に負けたが、それからは一度も負けなかった。

死ぬ気で勉強した。

彼女が迎えに来てくれるなら、その横に立つことができる存在にならなければ。

 

そうやって2年以上が経って、己を磨き上げた。

 

部活動では結局レギュラーには入れたが公式戦に出ることは叶わなかった。

それでも三年間の研鑽で得難い経験をした。

運動というものは、良い。

三年間でそう思った。

 

運動部の奴らと仲良くなったんで、陽気な奴らと楽しく過ごせた。

あいつらは関わりにくいが、嫌なやつはそんなに居なかった。

一緒にいたお陰で寂しい思いはしなかった。

 

そして、勉強について。

三年間の努力が報われるか否かが今日、明らかになる。

 

「……」

 

緊張する。

口の中がからからだ。

心臓が痛い。

 

「合格しててくれよ……」

 

時間まであと15分。

サイトの合否確認ボタンはまだ有効ではない。

この時間が一番キツイ。

 

「……」

 

合格しなくちゃいけないんだ。

それだけの格が必要だから。

いずれ迎えに来るんだから。

 

――彼女の気が変わってなければ、だけれど。

 

それが一番怖い。

お互いがお互いを信じた上で、最善を尽くさなければ、約束は果たされない。

 

僕が信じていたとて、向こうの考えが変われば?

より良い男が向こうにいるかもしれない。

 

僕じゃなくていいや、なんて思われたらどうすればいい?

そうなったら僕は何を信じて生きていけばいい?

今の今まで何をやってたんだってことになる。

 

彼女が迎えにやってくるのは何時だ?

彼女とのその約束は、何時果たされる?

 

考えたくもない。

嫌だ。

自分の望まぬ方向に進んでしまうのは嫌だ。

 

彼女は今頃、何をしているのだろうか?

 

画面に目を向けると、合否が確認できるようになっている。

 

結果がわかる。

 

結果だ。

物事、結果が全て。

結果が伴わなければ。

 

結果が出ないのなら、それに見合った材料が手に入らなければ。

その材料を使って、結果を出さなければ。

 

震える指で合否確認のページを見る。

 

押した。

押したぞ。

 

画面をスクロールしていく。

 

番号はあるか?

 

番号はないのか?

 

少しずつ近づいてくる。

 

あと一つスクロールしたら、結果が出ているはず。

 

どうだ。

 

あったか?

 

――あった。

あった。

あったぞ。

 

「……やった」

 

やったぞ。

結果は出たんだ!

努力は報われたんだ!

 

これで東京に出ることが出来るぞ!

ひとり暮らしが始まるんだ!

自由な生活が待っているぞ!

 

何より、約束が守れることが嬉しい。

これで、僕の出来る最大の結果は出た。

あとは向こうからのアプローチがあるのかどうかだ。

 

それがいつになるかは、分からない。

 

インターホンが鳴る。

 

どっちの結果になっても、ご褒美となるものを用意してある。

ゲーム機は高校に入ってからは買っていなかった。

勉強のために、意図的にセーブしていた。

でも大学生になったら、セーブしなくたって良いだろう。

 

楽しみにしていたタイトルが丁度最近販売されたので、ゲーム機ごと買うことにしていた。

限定モデルだそうだ。

プレミア価格だったが、結構な貯蓄があったんで買うことができた。

 

「ごめんくださーい」

 

「今行きまーす!」

 

楽しみだ。

思いっきり楽しめるぞ。

 

ドアを開ける。

 

よ〜し、今日は深夜までぶっ通しでやっちゃうもんね!

 

「どうも、こんにちは」

 

あれ?配達業者さんじゃない?

スーツを着た人が沢山いる。

皆その、やり手の警察官みたいな風貌だ。

 

「穂積極さんですね」

 

「我々警視庁の者でございまして」

 

警察手帳を見せられる。

 

……ほんもの!?

 

「国の方から出頭命令が出ております」

 

国?

 

「つきましてはこちらに乗って、走行中に事の経緯を話させて頂きますね」

 

「は?」

 

二人組に取り押さえられる。

 

「嫌、ちょっと!」

 

「止めて下さいよ!」

 

「何がどうなってるんですか!」

 

「それを車の中でお話させて頂きますので」

 

「ひとまず車内に大人しく座って頂けますか?」

 

力を込めてもびくもとしない。

従う他無いのか?

 

「ご安心下さい。我々は公的機関でございます」

 

「本日は穂積様の護送のために参りました」

 

護送だって?

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

車は快速に高速道路を走っている。

モーターの駆動音は今にも振り切れそうで怖い。

 

「流れはご確認頂けましたか?」

 

「……まだ、その、飲み込めていません」

 

「なんでここまでして僕を研究施設に……」

 

「万が一があってはならない、という名取様のご意向でございます」

 

「抵抗される可能性を考えて、今回の計画が立案されました」

 

話を聞く限り、彼らの話を信じるなら、僕は名取さんの居る研究所に連れて行かれるらしい。

国が進めている最先端技術の研究において、無くてはならない存在である名取さんを仕事から外す訳にはいかないので、僕が彼女のもとにやって行くしかないとのことだ。

 

世界と開発競争になっている、生体パーツの開発。

人工臓器に、人工義肢。

骨格や神経、血管に至るまで、人間の持つ器官の殆どを生産するというプロジェクトらしい。

 

日本はアメリカに次ぐ進度で研究が進んでいるらしく、名取さんが研究に参加することで、アメリカを追い越す算段になっているのだそうだ。

 

しかし、ただでは参加しない、と息巻いているみたいで。

 

僕を連れてくるというのが、プロジェクトに参加するために要求した条件、なんだそうだ。

他には特に要求は無いと。

僕が居さえすれば良いとのことだ。

 

彼女は最近大学を早期に卒業し、国立科学技術研究所に入って、大学院で研究を進めつつ国の研究に参加している。

しかし僕が居ない事を理由に挙げて、サボタージュを敢行しているそうだ。

 

僕が来るまでは何もしないと。

食事に睡眠も取らないと。

決死の覚悟でサボっているらしい。

 

「穂積様には本当に申し訳なく思っております」

 

「しかし政府としては、一市民の権限を奪い取るのと研究が滞るのを天秤にかけたときに、一市民の権限を損なう、という選択肢を取ったのであります」

 

「そう言われましても、困るんです」

 

「だってそれ、何時まで続くんですか?」

 

「名取様の気分次第としか申し上げることが出来ません」

 

「我々としては、研究が進むのが第一」

 

「穂積様の人生と国の命運、どちらを取るかは明白です」

 

僕に拒否する権利は無い。

この車から出ることも出来ないし、僕がどれだけ拒絶したところで結果は変わらない。

黙って指示に従わないと。

 

「そろそろ目的地に到着します」

 

ETCを出た。

聞いたことのない出口だな。

研究所用の通用口か?

 

「名取様との付き合いに於いて、くれぐれも粗相の無いよう、お願い致します」

 

「機嫌を損ねないよう、お願い致します」

 

淡々とした口調で告げられる。

 

現実味は湧かないが、これから名取さんに会える。

3年ぶりに、彼女に会う。

 

どんな見た目になっているのかな。

前とは大きく違ってたりして。

アメリカに染まってたら面白いな。

 

車はトンネルに入っていく。

厳重な警備が敷かれている。

 

……

 

…………

 

………………

 

合格発表程じゃないけど、緊張する。

粗相のないようになんて言われたら、身構えないほうがおかしいじゃないか!

ホントはこんなに胃がきりきりするような再会はしたくなかったなぁ。

 

車が研究所の入り口につけた。

ドアが開いて、外に出るよう促される。

 

「我々が案内します。さぁ、こちらへ」

 

数人に囲まれて、護送される形で研究室に入っていく。

横を見ようとするけど屈強な体格のボディーガードが居るせいで何も見えない。

 

セキュリティロックのかかったドアにぶち当たった。

キーをスライドさせて、中へと入っていく。

 

ちょっと進むと、また同じようなドアに当たった。

またロックを解除して、中へと進んでいく。

 

一本道だ。

向こうのドア以外に出る場所がない。

隔離されてるみたいだ。

 

ドアに辿り着いた。

 

「穂積様」

 

「ここからは、一人で向かって頂きます」

 

ドアロックが解除されてドアが開く。

また道が続いている。

 

「では、我々はこれで」

 

一歩進むと、ドアが閉まって僕一人になった。

道はどうやら一方にしか続いていないらしい。

 

段々と明るくなってきた。

 

あった。

研究室だ。

 

ドアにはセキュリティロックがかかっているようだ。

 

インターホンみたいなのがある。

 

「穂積です」

 

「来ましたよ、名取さん」

 

ドアが開いた。

 

中は薄暗い。

ちょっとじめじめしている。

血肉の匂いがするのだけれど。

気持ちが悪くなってきた。

 

「え?」

 

壁を見てみると、写真が貼ってある。

いろんなアングルから、いろんな場面の、盗撮写真。

 

僕だ。

僕の写真が壁一面に貼られている。

名取さんが居なくなってからのイベントでの写真に、学校とは関係ない時の写真。

僕の家の中で撮られたであろう写真まである。

 

「なんでこんなことに……」

 

こんな写真、知らない。

こんな写真を撮られた覚えはない。

家の中の写真なんて、犯罪じゃないか!

 

一体、何がどうなって――

 

「穂積くん」

 

「……!」

 

来た。

名取さんが、来た。

 

声の方を向くと、彼女は立っていた。

前と見た目は殆ど変わっていない。

髪が若干長くなったかな。

 

手には何やらポーチのようなものが握られている。

なんだろうか。

嫌な予感がするのだが。

 

「本物だよね?」

 

「整形した偽物とか、私の技術で作った紛い物じゃないよね?」

 

「本物の穂積くんだよね?」

 

両の肩を掴まれる。

 

目を見てやはり、尋常でないことが分かる。

目に光がない。

焦点も合っているように見えない。

所謂据わった目をしている。

 

「本物だよ」

 

「証明する手立ては無い――」

 

「あるわ」

 

手を離すとすぐに、持っていたポーチから何やら機械のようなものを取り出す。

 

「腕、捲ってくれない?」

 

「……何、するの?」

 

「血液を摂取するの」

 

「それで私の持ってる穂積くんのデータと合ってたら、本人ってことになるよね?」

 

「それはそうだけど……」

 

針が怖い。

注射は苦手なんだ。

 

「そんなことよりあの写真って何なのさ!」

 

「僕の写真で一杯だけど、僕の知らない写真だらけだよ!」

 

「家の中の写真まで有るし……」

 

「それは、仕方なかったの」

 

「仕方ない?」

 

「私が私らしくいるために、必要な物だったの」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あっちの学校に行ってから、なんで君が好きなのか考えてたの」

 

「考え始めると、何にも考えられなくなっちゃって」

 

「気を紛らす為に色々やったけど、それでも頭から離れないの」

 

「だから、結論を出すべく何日間かそれだけに頭を使ったの」

 

「でも、結論は出ない」

 

「一目惚れなんて曖昧な物で、愛を証明するなんて陳腐な事はしたくなかった」

 

「そうやって考えれば考える程、穂積くんが恋しくなって、寂しくなって、どうにもならなくなって」

 

「最初は学校に相談して、9月までは日本に居るようにしたかった」

 

「でもそれは出来ないって」

 

「政府として看過出来ないって」

 

彼女の中で、僕は凝りとなって残っていた。

彼女の活動を阻害する、癌になっていたんだ。

 

やっぱり、あのとききつぱりと断ち切るべきだった!

そうすれば、名取さんは無駄な労力を使わずに済んだのに!

 

「それでアメリカに釘付けになって、君がどうしてるか分からなくなって」

 

「嫌な想像ばっかりしちゃって、私との約束が、守られないんじゃないかと思ったら頭がおかしくなりそうで」

 

「だから、国にお願いしたの」

 

「家の者にもお願いしたけど」

 

「逐一、穂積くんの動きを教えるように」

 

「写真の形で、毎日の行動を伝えるように」

 

「そうすれば寂しくない」

 

「そうすれば、一緒に居るのと同じ」

 

「ずっと一緒に居られる」

 

「……だから写真を部屋中に?」

 

「どこを見ても、穂積くんが居るの」

 

「どこを見ても、どこに居ても、穂積くんを感じていられるの」

 

「……」

 

彼女は、名取さんは、変な方向に歪んでしまった。

清らかだった感情は、めちゃくちゃになってしまった。

頭の良さが、悪い方向に働いてしまった。

こうなっては、どうする事も出来ない。

 

「大学生活も寂しくなかった。毎日穂積くんが何をしてるか教えてくれるから、満たされてた」

 

「大学を早く出て、日本に帰ろうと必死だった」

 

「例外中の例外として、一年そこらで卒業した」

 

「人造人間の研究はそこまで難しくなかったから、楽だった」

 

「そこからここに移されて、研究をして、穂積くんもやって来て」

 

「でも」

 

「でも?」

 

「本人は、ここには居ないの」

 

「すぐ近くに居るのに、会いに行けないの」

 

「仕事だなんだって、外に出してくれない」

 

「穂積くんの動向なんかで、もう満足出来ない!」

 

「だから政府に掛け合ったわ」

 

「穂積くんを連れてこないなら、死んでやる、って」

 

「大慌てで計画を立ててたわ」

 

必死よね、と名取さんは笑う。

目は据わったまま、どこかしらを見つめている。

 

「最初は代替案を色々と用意されたけど、ナンセンス」

 

「私は本物が欲しかったの」

 

「そしたら今日、やっと届いたわ!」

 

両手を握られて、ぴょんぴょん跳ねている。

まるで欲しかったおもちゃを貰った子供のよう。

ニコニコ笑顔でこっちを見る。

目には輝きが戻っていた。

 

「さぁ、何をしようか?」

 

「ここ、なんにもないんだけど、お願いすれば何でも届けてくれるよ」

 

「あぁ、恋人同士が何をするかって事、ちゃんと調べておけばよかったなぁ」

 

「先ずは一緒にご飯でも食べて――」

 

「名取さん」

 

「何?」

 

「僕はここから出られるの?」

 

「……なんでそんなこと言うの?」

 

目の瞳孔が急に開く。

目は僕を射抜いている。

手を握る力も、女の子にしては余りにも強い。

 

「私とまた一緒になれたんだよ!」

 

「ずっとずっと一緒に居られるんだよ!」

 

「研究が終わったら、晴れて自由の身さ!」

 

「それこそ何だって出来るんだよ?」

 

「それまでの辛抱じゃないか!」

 

捲し立てるように、一息で言ってみせた。

どうやら彼女は本気だ。

僕をここからは出さないつもりらしい。

 

でもそれは困る。

まだ僕は大学に入学していない。

それはおろか、高校を卒業していないのだ。

名取さんの隣に立つには不釣り合いなんだ。

今のままじゃあ駄目なのに!

 

「……僕、まだ高校も卒業出来てないんだ」

 

「大学にもまだ行ってない」

 

「まだ目的を、目標を達成してないんだよ」

 

「だから、もう少し待っててくれないか?待っててくれたらきっと君の隣に居てもみすぼらしくない僕に――」

 

「うるさい」

 

何か注射された。

じんわりと何かが体に広がる。

 

「そんなことどうだって良いんだよ?もう一緒になれたんだから、考えなくて良いんだ」

 

「急に連れてこられて錯乱してるんだもんね。分かるよ、ちょっと休憩しようか。ベッドは一応のために大きく作って貰ってたんだ」

 

力が入らない。

なにかその、リミッターが付けられたみたいに体が動かない。

 

「それ、鎮静剤」

 

「過度に興奮してたみたいだからさ。打つしかないよね」

 

「こんなに素晴らしい、求めていた通りの今になったんだ。そうそう手放しは出来ないよね」

 

恐らくベッドのある方に引きずられていく。

全く抵抗できない。

声を出そうにも、何故か上手くいかない。

 

「恋人同士がベッドの上でやることといったら、決まってるよね?」

 

「曰く、噛み跡とか引っ掻き傷とか、キスマークってのを付けるとより良いらしいね」

 

「だって、穂積くんが僕のものって分かりやすくなるもんね?」

 

「……だめ、だよ……からだを、だいじにして……」

 

「今使わないで、いつ使うのさ!」

 

「赤い糸で結ばれた相手と感動の再会をしたんだよ?ならやることはひとつじゃないか」

 

「だめ、だめだ……!ひとときのかんじょうに、のまれちゃ、いけない……」

 

「一時のものであるもんか!」

 

「こうなる日をどれだけ待ちわびたと思ってるの?」

 

「君が誰かの物になってるかもしれないって想像して頭がおかしくなりそうなときは、いっつも今日のことを考えてた」

 

「君がやって来て、ふたりは結ばれるんだよ……」

 

ベッドに上げられる。

力を振り絞って、抵抗する。

 

「君はきっと誰かに何か吹き込まれたんだよね?」

 

「私の預かり知らぬところで洗脳されたんだよ」

 

「だから、私が正してあげなくちゃ」

 

「だめだって……!」

 

「うるさいよ」

 

「大丈夫。何もおかしなことはしない。ただ、君が本来あるべき姿に戻すだけだから」

 

「……だめ……」

 

「あれはどこにあったかなぁ?一応のために準備してた筈なんだけど……あった。ちょっとごめんね」

 

「!」

 

ガムテープで口を封じられた。

今の力じゃ、剥がせない……

 

「今君に建設的な発言を求めても、駄目な気がするからさ」

 

「これで良い。これで、全て良くなる……」

 

「……」

 

「安心して。手荒な真似はしないから。あくまでも愛情たっぷりで、君を正気に戻してあげるからね……」

 

嗚呼、一体なぜこうなった?

はじめからこうなる定めだったのか?

 

分からない。

何も、おかしなことはしていなかったはずなのに!

事態は、最悪な方へ移っている。

 

「ほら、こっちを見て」

 

「じゃあ、始めるよ」

 

なんで、なんでこんな目に……

 

嗚呼、駄目だ。

そんなことしちゃ駄目なのに!

ただ、見ていることしか出来ない!

 

地獄だ。

 

誰か、助けてくれ……

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

食事の配膳された回数を見るに、一ヶ月位が経過した。

研究は順調に進んでいるらしく、器官の動きを再現することに成功したらしい。

このままそれを生体ユニットで継続的に動作させることが出来れば、晴れて開発成功、となるそうだ。

 

「はぁ、疲れた……」

 

デスクワークばかりで椅子に釘付けになっていたもんだから、ため息が零れている。

ユニットの動きについての研究は大方終了したため、ここでの研究はそのうち終了して、もっと自由の利く、クリアランスの低い研究室に配置されることになっている。

 

「極ぅ〜!」

 

「……何?」

 

「肩、揉んでくれない?」

 

「了解」

 

僕のやることと言えば、彼女の補佐。

と言っても専門知識はまるで無いので、生活補助、というのが仕事の基本だ。

 

「上手だよね、肩揉むの」

 

「そりゃあね。母さんの肩をよく揉んでたから」

 

「先生の肩とかも揉んでたよ」

 

「ねぇ、極」

 

「何?」

 

「その先生って、女?」

 

急に空気が張り詰める。

まずい。

口が滑った。

 

「……男の先生、だけだよ」

 

「心拍数が普段より1.25倍になってる」

 

「極が緊張したときとか、嘘をついたときになる心拍数の変動だ」

 

「今回ばっかりは嘘じゃないよ!」

 

「僕のこと、毎日追ってたら、担任の性別くらいわかるでしょ?」

 

「……」

 

矛を収めた。

緊張が解れる。

 

とき偶に僕に女の影がちらつくと、彼女は発狂する。

僕が学校時代に誰か悪い女に吹き込まれて、自分を拒絶したと信じて疑わない。

だから女の影が少しでも見えると、すぐさま僕に問い正してくる。

 

毎度のことながら心臓に悪いし、変に気を遣う。

そんなことはないと言い張っても、聞く耳を持たない。

僕を悪いやつから守ると言い張ってその一点張りだ。

 

「今日は、何しようね?極」

 

「仕事が終わったら、映画でも見たらどう?なと――」

 

「……幽華」

 

「よくすんでのところで言い換えたね」

 

「偉いね」

 

頭を撫でられる。

 

僕と彼女の関係は、一挙に縮まった。

いや、縮められてしまった。

彼女はもう僕の名前を呼ぶようになったし、自分を名前で呼ぶように言ってくる。

これを忘れると大変なことになる。

 

一回間違えて名取さんと読んでしまったら、丸々一日塞ぎ込んでしまった。

部屋の隅でいじけていた。

僕が隣にいないと不安だと言ってくるので、いつも一緒に居るようにしている。

その時も部屋の隅で一緒に過ごした。

 

彼女は僕に拒絶されることをえらく恐れている。

それこそトラウマになるくらいに、恐れている。

僕に拒絶されれば、ふたりはばらばらになってしまって、永遠にもとに戻ることはないと信じ切っている。

 

「極」

 

「何?」

 

「今日はふたりでゆっくり過ごそうか」

 

「映画を見るんじゃなくて?」

 

「一緒にイチャイチャしててもいいじゃない?」

 

「……まぁ、そうだね」

 

「ならそれで決まりだね!」

 

椅子から勢いよく立ち上がって、ベッドの方へと一目散。

それについていかなきゃいけないのがつらい。

運動能力も彼女に軍配が上がる。

 

「ささ、ここに座って」

 

「わかった」

 

「ポテチとか用意するように頼んどく?」

 

「幽華はどうしたい?」

 

「食べたい」

 

「ならそうしよう」

 

「分かった!」

 

「……やれやれだね」

 

高校時代よりやりたい放題で、より幼いように見える。

取り繕うのをやめると、こうなるのか。

まぁ、可愛いからいいけど。

 

「そのうち届けるってさ!」

 

「それは良かったね」

 

「ねぇ、極」

 

「何?」

 

「何時までも一緒って、約束してくれる?」

 

「……」

 

彼女は毎日、縋るようにこう質問する。

なんの脈絡もなく、急に。

今にも泣きそうな目で、そう尋ねてくる。

 

「……約束するよ。ずっと一緒さ」

 

「……ありがとう」

 

ぎゅっと抱きしめられる。

毎度のことながら力加減を知らんもので痛いのだが。

これが彼女の愛情表現だ。

 

「さぁ、待ってる間、何してようか?」

 

「何もしなくて良いんじゃない?」

 

「それもそうだね」

 

僕は、幽華の隣に立つための、肩書に固執した。

そうでなければ資格がないと。

そうでなければ意味がないと。

 

でも、そうではなかった。

ありのままの相手を受け入れること。

歪んだ彼女を受け入れることが、僕には必要だった。

 

肩書なんて要らなかった。

受け止めきれる器が必要だった。

 

今僕の器はどれくらいの余裕があるのだろうか。

まだまだ受け止める愛はあるのだから、気張っていかなければ。

 

「極は、幸せ?」

 

「……うん、幸せだと思うよ」

 

「思うって何さ?」

 

「さぁ?僕の感覚だからね」

 

一時はどうなるかと思ったけど。

これはこれでアリだ。

 

これが僕たちなりの落とし所。

これが僕たちなりのハッピーエンドだ。

 

 

 

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