本編もしっかりと書かせていただいてますので、今しばらくお待ちください。
「チョコレートをください!」
城の中を響き渡るような大音量の声がとある青年から発せられた。
この日は私達の世界でいうところの二月十四日。
そう、バレンタインデーである。
お菓子会社の策略により、好きな人やお世話になった人などにチョコレートを女性から男性へ贈る素敵な
現代でこそ節分を追い抜き二月代表の座にいるバレンタインであるが、この世界のこの時代にはまだその文化は無い。
「急にどうしたんですか、兄さん?」
そんな青年に対して呆れたように口を開くのは妹であるハーフエルフの少女。
ハーフエルフ差別が激しいこの時代において、青年に救われ、その恩に報いるためにこうして妹としてついて来ている妹だが、未だにこの兄の謎行動だけは理解出来なかった。
英雄に憧れ、英雄日誌を書くことはまだ良い。
一国の王女を助け出すために奮闘するのも良い。
笑わない占い師を笑わせるために希望を見せるのだって良い。
しかし、文脈をどう読み返しても理解できないような脈絡のない発言だけはどうにかして欲しいというのがこの少女の想いであった。
「実はだな、今日は『ばれんたいん』なる日らしい。日頃お世話になっている人へのお礼や愛しき恋人にチョコレートを贈る。そんな素晴らしい祭日なのだ!」
「…………聞いたことありませんけど」
「何!?最近私が街に根回しをして盛り上げていたのに、知らないだと!?」
そう。この道化、街どころか国中にバレンタインを広め周り、チョコレートをたんまりと貰うつもりだったのだ。
ちなみに商人にも既に根回しは済んでおり、この
恋する乙女は商人からチョコレートの原料となるカカオ豆を購入し、そこから城の料理人や菓子屋が広めたレシピをもとにチョコレートを作り、今日という日に好きな異性(中には同性)にチョコレートを渡している。
カカオ豆自体がそこそこ希少なのだが、この日は乙女からすれば勝負の日。値段にとやかく言っている暇は無いのだ。
そして商人はたんまりとカカオ豆を仕入れ、恋する乙女はそれを買い、受け取った男はそのお返しを買う、という商人ぼろ儲けサイクルが出来上がっていた。
まぁ売上の二割程はこのバレンタインを広めた青年が貰っているため、青年もぼろ儲けである。
そんな青年は義理とは言え妹からチョコレートを強請っていたのが冒頭の部分だ。
「なるほど、最近やけにカカオ豆が売られていたのはそういうことだったんですね」
「その通り!というわけで妹よ!チョコレートをください!」
「……ちなみに、兄さんは何故ばれんたいん?を知っているんですか?どう考えても、兄さんの発案じゃないですよね?」
「そ、それはだなぁ……」
そう。この道化がラクリオスにバレンタインを広めたが、元々はこの道化の発案ではない。
道化が旅の途中で見つけたとある古い書物にて、バレンタインについて記述されたものがあったのだ。
そしてその中には先程説明した通りのことが書いてある。
だが、それだけではない。
バレンタインは男もまた、勝負の日なのである。
恋する乙女は気になっている者にチョコレートを贈るが、男もまた受け取ったチョコレートの数でモテ度が決まる。
一個でも貰えればそれは勝ち組確定である。
例えそれがお世話になったという理由の義理チョコだとしても、貰えた男は
そして現在青年はチョコレートを未だに貰えた数は零であった。
これが妹に懇願してでも欲しい理由なのだ。
ちなみにバレンタインが記載された古の書物によれば、
『バレンタインでチョコレートを貰えた数が零の男は、うん、その、まぁ、強く生きろ』
などと記述されている。
そういうことで、青年はめちゃくちゃチョコレートが欲しかった。
「はぁ……兄さんは本当に……」
「お願いしますフィーナ様!チョコレートを恵んでください!」
青年はついにはそれは綺麗な土下座をし始めた。
された少女、フィーナもこれには困惑するしかない。
というか、フィーナだってバレンタインを知らなかった訳がないのだ。
街に溢れかえったバレンタインの広告は嫌でも目に留まり、フィーナもこっそりチョコレートを準備していた。
兄にだって渡そうとしたのだが、いざ渡そうと思うと言い知れぬ恥ずかしさが込み上げ、どうしようかと悩んでいた所に冒頭のあれである。
渡す機会を完全に見失ってしまったのだ。
だが今ならばまだ渡せる。
そう思いチョコレートを包んだ箱を取り出そうとすれば……
「何をしている、道化」
「なんじゃ、また何かやらかしたのか?」
「これはこれは愉快な光景にございますなぁ〜!この光景も後世に語り継ぎたいところですな」
ここは城の廊下であり、もちろん人が通る。
そしてやって来たのは既知の戦友達。
「おぉ我が同士達よ!今日が何の日か知っているかな?」
「は?」
「何かあったかのう?」
「おやおや皆様はご存知ありませんか?今日は『ばれんたいん』なる祝祭ですよ」
さすが吟遊詩人のリュールゥは知っていたが、他の男達は知らなかったようだ。
リュールゥが説明をすれば、二人は何か合点がいったように納得をした。
「なるほど。だから貴重な栄養源であるチョコレートを貰えたのか」
「納得したわい。急に渡されたものだったから驚いたわい」
「え?」
寝耳に水な言葉に思わず道化は笑顔が凍りつく。
今、目の前の男共は何と言っただろうか?
チョコレートを貰えた?
急に渡された?
待て待て待て、いや、落ち着け天下無敵の道化師よ。
今のは聞き間違い。そうだ、そうであるに違いないだろう。
楽園を
そう思い道化の青年は尋ねる。
それは
「君達はチョコレートを何個貰えた!?」
「二十個だ」
「儂は十個じゃの」
「貰いすぎだろ!!」
道化は血反吐を吐いて力尽きた。
道化の 目の前が まっくらに なった。
だがすぐさま復活し立ち上がる。
生命力たくましい限りである。
「何でそんなに貰えてるんだ!私なんてまだ妹からすらも貰えてないのだぞ!?」
「そんなこと知ったことではない。確かに少し多いかとも思うが、だが、貴重な兵糧だ。多いに越したことはない」
「そうじゃな。儂等はまた怪物共と戦うことになる。その時の備えはいくらあっても良いわ」
「お前等純情な乙女の気持ちを少しは考えろ!」
「それを貴方が言いますか、アル殿」
道化が踊り、ハーフエルフと狼とドワーフが呆れ、エルフが歌う。
いつもの光景。
彼等がいるからこそ、この国は笑顔で溢れるようになった。
彼等が戦うからこそ、この笑顔は未来にも引き継がれていった。
彼等は間違いなく英雄。
しかし、今だけはただの人でいさせてあげて欲しい。
だってこれは、後世に残らない、ただの喜劇なのだから。
「おい、うるさいぞ」
そんな風に一人の青年が不機嫌そうに声をかける。
しばらく部屋にこもっていたのか、髪はボサボサに乱れており、目の下にはハッキリとわかる隈ができていた。
不健康で不規則な生活を嫌う彼であるが、そんな彼でもここ最近はどうしても忙しく、休む暇がない状況が続いている。
自分でも理解はしているのだが、休んでいる間に犠牲者が増えてしまう。であれば彼は休まず薬を作り続けることを選択したために、こうなってしまっているわけだ。
「あ、
「うるさいと言っているだろうが。あと話がちっとも見えてこん!ちゃんと要点をまとめて話せ!」
「すみません、先生。実は……」
そうしてカクカクシカジカと切実な悲鳴をあげる兄に代わりに説明するフィーナ。
先生という存在は道化をにべもなくあしらい説明に耳を傾けるが、聞くにつれ段々と顔をしかめていき、最後にはため息をついた。
騒いでいる理由が理由なのだ。
ため息もつきたくなる。
「そんなくだらないことで騒ぐな。大体、お前はこの国の英雄だろうが。貰えんはずがないだろう」
「いえ、私はすでに舞台を降りた身!観客は次の舞台を見ています。そこに私はいない。ならば観客から贈り物をいただけるはずも無いではありませんか!」
ご尤もである。
舞台を降りた役者が表舞台に出てこなくなり、最後に立った舞台から数年以上も経過していれば忘れ去られるものだ。
それは社会が回っている証拠。
世界がつつがなく運営されている証左。
何も間違いではなく、至極当たり前な誰もが知っている常識。
道化の彼が言う通り、観客達は今の舞台を見ている。
過去の『喜劇』ではなく、今の『騎士道物語』を。
魔物達から世界を取り戻すため、人類の存亡をかけた『大反抗作戦』は、もう間もなく行われる。
人々は願いを勇敢なる騎士に、祈りを強者たる英雄に、希望を戦う全ての者達にかけた。
そこに道化と医者の姿はない。
道化は舞台を降り、医者は元々舞台にすら上がっていないのだ。
だからこれは道化を綴る物語ではない。
ただの青年が、チョコレートを欲するだけの物語なのだから。
しかしまぁ自分で貰えない理由を分かっているのだから、どうしようもない。
「分かっているなら騒ぐな」
「でも!欲しい物は欲しいんです!」
「なら先程から機会を伺っているご様子のフィーナ殿に聞いてみては如何ですかな?」
「「え?」」
医者の青年から怒られていた道化とその妹はエルフの吟遊詩人の提案に気の抜けた声を発してしまう。
どちらも予想外のことに二人して吟遊詩人を見て固まり、再び動き出したかと思えばお互いを見て固まる。
そして吟遊詩人の言葉の意味を先に理解した妹がみるみるうちに顔を赤く染め上げていく。
その姿は真っ赤に熟れた苺や林檎の様であり、顔から湯気が出そうな程に熱が上がっている。
「わわわわわわわわ!?」
「ふぃ、フィーナさん?大丈夫ですか?ま、まずは落ち着け?」
「これが落ち着いていられますか!リュールゥさんは何言っているんですかね!?私にはさっぱりですよ!本当に何のことだか!大体兄さんにあげるチョコレートなんてさっきまでバレンタインを知らなかった私が持っているはずが無いじゃないですか!そもそも数日前からカカオ豆を買って試行錯誤して兄さんが好きな味になるように頑張ってお
「素晴らしい説明をありがとうございます、フィーナ殿」
「はぅ!?」
フィーナが喋ったことが全てである。
バレンタインを知らないのは真っ赤な嘘。
兄の部屋にたまたま入った時にたまたまそのバレンタインが記述されていた本を読み、バレンタインのことについてはバッチリだったのだ。
そして一人で作っても上手く出来なかったため、義理の姉である王女を巻き込みチョコレート作りを実行し、そして今日に至るという訳である。
いざ渡そうとすれば気恥しさで渡すに渡せない状況だったところを道化に見つかり、冒頭へと至る。
そしてフィーナが一人でチョコレート作りをしていたのを最初から見ていたリュールゥが渡す機会を逃したフィーナに助け舟を出したのだが、まぁ結果はご覧の有様である。
「…………えぇ、そうですよ。兄さんには貰ってばかりで、私は何も返せていなかったから。だから少しでも返したくて、その、チョコレートを作りました……」
「フィーナ……」
「兄さん。いつもありがとうございます。これは、私を妹にしてくれた、あの日からのお礼です」
そう言ってフィーナは道化に綺麗に包装された箱を渡す。
中にはもちろんチョコレートが入っており、いくつか形が不揃いではあるが、そこには想いが詰められていた。何物にも変え難い、信頼と感謝の想いが。
「ありがとう、フィーナ。私の方こそいつも君に助けられてばかりだ。君がいなければ私はここにはいない。ここに立てていないんだよ。だから、私の方こそ言わせてくれ。私の妹になってくれて、ありがとう」
道化はチョコレートの入った箱を受け取り、嬉しそうに微笑む。
初チョコが妹からということに思うところが無いわけでは無いが、それよりもチョコレートを貰えたことの方が大事であった。
妹とはいえ女性からのチョコレート。
これで道化はあの惨めな慰めの様な言葉を受けずに済む………
「フィーナ、さっき何て言った?」
「え?兄さんには貰ってばかり──」
「さらにその前」
「えーと、兄さんが好きな味になるように」
「なるように?」
「お、お
そう、道化は気付いてしまった。
妹からのチョコレートに舞い上がってしまう程に嬉しさを爆発させかけていたのだが、彼の耳はちゃんと聴き逃しなど許さなかった。
フィーナが姉と慕う人物は一人しかおらず、その一人は道化にとっても近しく大切な女性。
彼女の笑顔を見るために無茶をした。
彼女を助けるために命をかけた。
そんな女性はこの国でも高貴な女性。
そう、新ラクリオス王のアリアドネである。
「勝った!!」
「何にですか!?」
「放っておけ。アレは僕でも救えないものだ」
「そろそろ儂等は行っても良いかのう」
「時間を無駄にした気がする」
「私は楽しいひと時でしたとも!ですが我々は行かねばならない。我々人類の存亡をかけた戦いに。アル殿、フィーナ殿、医神殿。貴方達の勇姿をもう一度見たかった」
ユーリ、ガルムス、リュールゥがこれから向かうは魔物達の生まれる場所、『大穴』である。
救いはなく、希望は届かず、闇が支配する地獄。
死地としか呼べぬその地に、彼等は向かう。
人類の存続のために。
対して道化、フィーナ、医神と呼ばれた先生は何も待ち呆ける訳ではなく、彼等には彼等の目的もある。
その目的のために別れるだけ。
そのつもりの彼等だが、これが最後になるということも何となしに予感はしている。
今までで一番大きな戦いとなるだろう。
最も苦しく、最も犠牲を払い、最も勝利を望む戦い。
だが、道化は知っている。
目の前の彼等は、そう簡単にくたばるような存在ではないと。
「何を言っているんだ、リュールゥ。きっともう一度会えるとも。何せ君達は私が知る中で最強の戦士達だ。だからさ、約束をしよう。ここに再び、誰一人かけることなく集おうと」
この戦いに道化の出る幕はなく、道化はただ喜劇を紡ぐことしか出来ない。
しかしそれでも、彼の喜劇は多くの者達を勇気づける。
主役ではなくとも、彼は彼の役目をまっとうする。
明日を願う人々の笑顔のために。
「ところで、私のためにチョコレートを作ってくれた王女はどこにいるのかな?」
「……さっきまでのいい雰囲気を返してください。それと、お
ユーリやガルムス達がこの場にいるのは先程も言った、もう間もなく始まる『大反抗作戦』に向けて、その準備のためにこのラクリオスにまで戻って来ていた。
そこには『勇者』と『聖女』、そしてその彼等に付き従う優秀な騎士達が共にこのラクリオスへと来ているのだ。
コーマック王とその妃であるグラニアが何者かに討たれ、新たにアルキティーネ・ディオンドラがコーマック王へと即位したのもつい数ヶ月前の話である。
そうして新国王主導のもと『大反抗作戦』が計画され、その最終調整をこのラクリオスにて練られているというのが現状だ。
作戦の総指揮を執るのは『勇者』を名乗る
金色の髪と蒼い瞳は整った容姿を構成しており、多くの女性を魅了する美貌と礼儀正しい
そんな彼が今の舞台の主役。
民衆は彼と彼の仲間達の物語に惹き付けられている。
「何だか騒々しいと思ったら、君達か」
「おや?その声は我が友、
「今は
そんな勇者は会議を終えた様で、道化達の元へと来ていた。
勇者の後ろには『聖女』と二人の『王女』、そして勇者の戦友である『騎士』も着いてきていた。
「相変わらずね、アル」
「はぁ、本当に大丈夫なのかしら……」
「仕方ないでしょう。我々よりも彼等の方が此度の任務には向いています」
「これがあの
四者四葉の想い。
特に王女と騎士はため息をついてしまう程に呆れており、偉大な英雄とは思えないその佇まいにこれから任せる重大な任務を本当に任せてもいいものか悩んでしまう。
既に決定したこととは言え、不安しかない。
「ハッハッハ!私はあくまで『道化』!『英雄』に憧れ、『喜劇』を紡ぐことしかできない愚かな『道化』だとも!これが私なのだから安心して受け入れてくれ!」
道化は愚者として振る舞う。
例え本当は思慮深く、誰よりも英雄を欲しているとしても、誰よりも英雄に憧れているとしても、それはこの喜劇には必要ない。
彼は道化。
その仕事は人々を笑わせること。
そこに悲嘆も、慟哭も、葛藤も、嫉妬もいらない。
「安心できる要素が欠片も無いんだけどね。まぁそんな君だからこそ、任せたいことがある」
そのことをわかっているからか、勇者も少しばかり苦笑いをする。それでも、この道化だからこそ、彼が今から頼む任務には必要であると確信する。
それは、人類が勝つためには絶対の条件。
『勇者』がいても、『聖女』が道を切り開こうとも、『狼帝』や『剛傑』が敵を倒し続けようとも、それでも人類が勝つにはまだ足りない。
そして、彼等が勝つ確率を限りなく引き上げることができる存在は、医神の様な存在を除けばこの世界においてたった一人しかない。
「アル、いや、アルゴノゥト。君に、『聖域』にいる『大英雄』の説得を頼みたい」
「なるほど。やはり、彼の力が必要なのだな?」
「あぁ。僕等だけでは、きっとこの戦いは勝てない。例え君の先生が用意してくれる『切り札』があろうとも、それでは恐らく届かない。だから、彼の力が必要なんだ。『天の炎』を授かった、
聖域の守護者。
道化達が活躍するその前から『天の炎』を使い、数々の魔物を倒してきた大英雄。
道化もまた、彼に憧れを抱き、一度は会いに行ったものの取り付く島もなく追い払われてしまったが、もう一度会いに行けるということがどうしようもなく嬉しかった。
「あぁ、任せてくれ。必ずや、かの『大英雄』を君達の元まで連れて行こう!この物語を、数多の英雄が活躍する『英雄神話』として語るために!」
道化ならば、きっと
それは道化を知り、道化に
道化なら必ず成し遂げてくれる。
そんな信頼を彼等は道化に置いていた。
「あ、そういえばフィン。君はチョコレートはいくつ貰ったんだい?」
「っ!」
良い話だった。良い話だったのだ。
しかしこれはバレンタインに一喜一憂する道化達の『茶番』であり、『英雄譚』でも『騎士団物語』でもないのだ。
故に、話を戻そう。
今日ばかりはチョコレートの話をしよう。
そしてフィンは道化からの問いに明らかに戸惑いの表情を見せる。
既に勇者としての名が知れ渡っている彼ならば大量のチョコレートを貰っているに違いない。
そう確信したからこそ、道化は質問した。
「…………個だ」
「え?」
「………………個だ」
「え?」
「零個だ!これでいいかクソッタレ!!」
「「「「…………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?!?」」」」
「ふざけるな!そうだよ何でか知らないけど零個なんだよ!ヘルガがくれるとは思ってなかったけどメイリアすらくれないし!騎士団の他の奴等も何でか『ごめんなさい、まだ死にたくないです』とか訳の分からないこと言い出すしさ!?何で誰もくれないんだよ!少しくらいくれたって良いじゃないか!!」
勇者はただの少年に戻った。
「大体ラザルはチョコレートを
「お、落ち着け、フィン」
「待てディム!あれは誤解だと言っているだろ!?」
「そんな……ラザル、じゃあ昨日のあれは、嘘、なの?」
「待て待て待て!お前まで入ってきたらややこしくなる!」
「大体『ばれんたいん』なんて考えたやつが馬鹿なんだよ!誰だこんな馬鹿げた催しを考えたやつは!きっと頭の中がお花畑で夢見がちな精神年齢が十四歳くらいで止まっている馬鹿なやつなんだろうな!」
「ゴフッ!」
「兄さん!?」
「ハハハハハッ!名高き騎士であるフィン殿も『ばれんたいん』に踊らされている様子。これはあまりにも愉快でありますなぁ」
飛び火をしたラザルはアルキティーネの悪戯に振り回され、ディムは最早勇者の仮面を捨てて錯乱しており、道化はディムの言葉で
呆れたユーリとガルムスは付き合ってられないとして静かにその場を去り、収拾は付けられない状態となっていた。
「落ち着きなさい、ディム。それ以上騒ぐとそのちゃらんぽらんな脳天に旗を突き立てますよ」
「はいすみませんでした!」
「よろしい。そして道化アルゴノゥトよ」
「コフッ……はぁ、はぁ……私かい?」
「えぇ、貴方です。こちらを」
フィアナがディムを落ち着かせ、死にかけていた道化を呼び起こし綺麗に包装された箱を渡した。
まるで大切な人に渡すかのようなその箱をその場の誰もが目を点にした。
ディムは口をあんぐりと開けており、まるで信じられない光景でも見たかの様に固まっており、他の面々も同じように固まっている。
聖女の顔は仮面がされていて表情を読み取ることはできないが、彼女は何の恥ずかしげもなく道化に渡している。
いち早く道化が我に返り、返事をする。
「麗しくも精強なる聖女よ。何故に私めにこの贈り物を?」
「貴方には過去に騎士団を救っていただきました。その恩は一生かかっても返せません。そのお礼の一部だと思ってください」
「私はそんな風に見返りを求めて助けた訳ではありません。ただ、貴方達に笑って欲しかった。悲劇も、惨劇も必要ない。皆が笑って明日を向かえれる、そんな喜劇が良かっただけですよ」
聖女は道化に救われた。
彼女だけでなく、彼女の仲間達も道化に救われた。
悲惨な結末を塗り替え、陰惨な王と残虐な王女の魔の手から守った道化に対し、フィアナもディムも感謝してもしきれない程であり、そのことはラザルやアルキティーネも知っている。
だからこそこのフィアナの行動に驚きはすれど納得もしていた。
しかし、あのフィアナが贈り物、それもチョコレートを贈るなどとは誰も考えつかなかった。
「それでも私は貴方に感謝をします。貴方にどういった意図があろうとも、私は確かに貴方に救われたのですから」
「……わかりました。ならばその贈り物をありがたく頂戴いたしましょう!」
そう言って道化は聖女からチョコレートを受け取った。
聖女は何ともない雰囲気で渡しているが、少しだけ頬を紅く染めていたのはここだけの話である。
そして聖女は思い出したかの様にディムとラザルにも『義理』としてチョコレートを贈った。
「ふぃ、フィアナァァァ!」
「うるさいですよ、ディム。ヘルガもメイリアもどうせ準備をしています。ですが、貴方はまず受け取るべき女性がいらっしゃるでしょう?」
嬉しさのあまり泣き出しそうなディムを冷たくあしらい、ディムにすべきことを告げる。
そう、ディムは今はフィンであり、そしてそのフィンに惚れた女性が陰から機会を伺い続けているのをフィアナもヘルガもメイリアも知っていた。
故にチョコレートを贈るのを
しかし、いつまでも渡そうとしない彼女に痺れを切らし、フィアナはディムにもチョコレートを渡したのだった。
そうしてそれを見ていた女性も決心をしたようである。
「…………わかったよ。少し行ってくる」
ディムは先程までの情けない姿から『勇者』の仮面を被り直し、女性が待つ方へと歩みを進めた。
その姿を見送った道化もどこか微笑ましそうに眺める。
こうして彼等が笑い合う日々がまるで遠き理想の様なこの光景を目に焼きつけるために。
「アル、私も渡したいものがあるの」
「お待ちしておりましたとも、姫。いえ、今は王ですね」
「そんなに畏まらないで。はい、これ。貴方のために作ったの」
アリアドネが渡したチョコレートが入った箱も綺麗な包装がされており、二人よりも少し豪華な飾り付けがされていることが高貴さとどこか特別感を感じさせた。
そんな風に彼等は彼等なりのバレンタインを過ごした。
約一名、悲鳴をあげて逃げ回る姿が目撃されたが……。
彼等はこれからそれぞれの戦地へと向かう。
それまでの
彼等の物語もいずれ語るとしよう。
ちなみにこの後に道化を忘れない多くの民衆達からチョコレートを貰い過ぎて、道化と勇者は魔物と戦う時よりも死にかけながらチョコレートを食べた。
「「もう、甘い物はコリゴリだ……」」
番外編で読んでみたいのは?(時間軸などに合わせ執筆時期が異なります)
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ベル君がオラリオに来るまでのお話
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金時、師匠になる(終了後予定)
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ジャンヌとアストレア・ファミリアの女子会
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英雄神話組の何気ない日常
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花のお兄さん、恋する乙女を応援する
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次回執筆予定のちょっと先出し