今後も更新はしていきますが、遅くなることは度々あると思います。
気長に待っていただければ幸いでございます。
轟音が響く内の一つ、ジャンヌ達とアルフィアの戦いは一進一退の攻防であった。
技の応酬。絶えず続くぶつかり合う剣戟の音。光と音は激しく混ざり合い、その余波で辺りの建物は跡形もなく消し飛ばされていく。
そんな状況下でもアルフィアは涼しい顔をしながら魔法を使い、剣を振るう。対してジャンヌは一瞬の隙も見せない様に必死にアクティブ・スキルを使い、旗を振るう。
どちらも並の冒険者では太刀打ちできない戦場へと変える化け物であるが、それに挑む者達もいる。
【アストレア・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】の者達、そして【ヘルメス・ファミリア】のアスフィである。
誰もが負けたままで終わっていいと考えてなどいない。
足は力が入らず、手は震え、今にも逃げ出したいと誰もが感じている。
それでも、そのどれよりも恐ろしいのは背中を向けて逃げ出し、多くの仲間達の死をただ眺めるだけの負け犬になってしまうことであった。
逃げるのは別段悪いことではない。
自分の身の丈に合った相手を選び、戦うことも立派な戦略だ。
しかしそうではない。
今はそうではないのだ。
目の前の強大な敵を相手に、たった一人で立ち向かっている少女がいる。
誰よりも先頭に立ち、その旗を振り続ける少女がいる。
自分達よりも歳下の少女が、今、目の前で戦っている。
それなのに逃げ出すのは、冒険者として失格だろう。
敵は強い。遥かに強い。
ならばこそ、自分達が超えてみせると声をあげる時だ。
理不尽に挑み、不条理に挑み、そして踏破してみせる。
それが『冒険者』となった彼等の覚悟である。
そして何より、『冒険者』とは負けず嫌いな生き物なのだ。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
「遅い」
「おらぁぁぁぁぁぁ!」
「温い」
「これでも!」
「舐めるな」
ジャンヌが作り出した隙へアリーゼ達が攻撃を仕掛けるが、そのどれもが
Lv差というのもあるのだろうが、それでも魔法を無効化し、剣は本職の者達より上で、
さすがはかつてオラリオで最強と謳われた
ジャンヌの『我が神はここにありて』による回復がなければ即座に戦闘不能へと陥っていたはずである。
全くもって、敵ならば何と厄介なことか。
「どうした、冒険者共。さっきまでの威勢は口だけか?」
「くっ、言ってくれるじゃない!」
そうアリーゼは強がって言い返すが、力の差は歴然。
普通なら心が折れ、為す術なく倒されるものであるがそれをただの痩せ我慢で乗り越えようとするというのは無謀に近い。
無謀な勇気はただの蛮勇である。
だが、蛮勇を真勇へと至らせるのもまた『冒険者』なのだ。
「やはりお前達では私達の失望は覆せない。諦めろ」
「それで『はいそうですか』って言うと思ってんのか?」
「その方が無駄がなくて良い。お前もだ、聖女よ。こんなやつらはいずれ滅びる。そんな者達を守って何になる」
滅びは約束の刻を待たずしてやって来る。
そのことを誰よりも理解しているアルフィアだからこそ絶対悪に加担していて、冒険者達に希望を見出そうとしている。
それは多くの犠牲を伴おうとも、どれだけの涙が流れようとも、数多の悲劇が生まれようとも、彼女は『未来』を願った。
過去の英雄達は成し遂げた。
恐ろしき猛牛を打ち倒し、楽園を築き上げた。
狡猾な骸の王を破り、人類の強さを証明した。
圧倒的な単眼の王を貫き、勇気の蹄跡を刻んだ。
最強の黒竜の片目を奪い、未来へと希望を繋いだ。
神々がいないあの時代に、今よりも魔物が
ならば今の我々はそんな彼等を超える義務がある。
それは重くのしかかる責務であり、多くの人々が望む願いであり、背負うべき覚悟なのだ。
その想いは決して表には出さず、胸に秘めると教会にて二人と一柱で決めた。
それ故に、彼女は全力をもって立ち塞がる。
強者に怯えていた小悪党達も使い、静かに消え去る時を待っていた自身の命も削り、絶対の壁として。
「……貴女は、海を見たことがありますか?」
「…………何?」
ジャンヌからの唐突な質問に、思わず攻撃を止める。
海とはあの海のことだろう。
どこまでも広がっているように思えてしまうほどに広く、空を映したようなほどに蒼く、そして全てを飲み込んでしまうほどに深い、あの海であろう。
海ならば何度も見ていた。
かつて
だが、その海がどうしたというのだろうか。
ジャンヌの意図をここにきてアルフィアは図りかねていた。
「私は見たことがありません。人から聞いたことがあるだけ。どんな色なのか、どんな大きさなのか、どんな景色なのか、そのどれもを私は知りません」
彼女は海を知らない。
どこぞのリゾート地で同人誌を描いていたり、ラスベガスで
初めて見るあの壮大さも、誰かと見るあの胸の高鳴りも、全てを受け入れ全てを飲み込んでしまうあの慈悲深さと恐ろしさも、彼女は本当の意味で知らない。
そして何より、あの美しさを、あの感動を、彼女は知ることも無く命を終えた。
そう、彼女は知らない。
そして、目の前のアルフィアもまた、知らないことがある。
「知らないんです。でも、だからこそ私は
「……」
「一体どんな景色なのか、どんな匂いなのか、どんな音がするのか、そのどれもが楽しみなのです。知らないことが多い私ですが、でも、その分私はそれだけ多くのことに感動することができます」
「…………だから何だ?」
意図がわからない。
ジャンヌの話すそのことが今の状況とどう関係するのか、どういう繋がりを持つのか、アルフィアには全くわからない。
結論だけを聞き、煩わしいこの時間を早く済ませたい。
そう思う彼女は仕方なく話を聞く。
あまりにも無為な時間であると感じながら。
「貴女は知らないのでしょう。今、私と共に戦う彼女達のことを。今、どこかで大切な人を守ろうとする誰かのことを。貴女は何も知らない。そんな貴女に、彼女達の『未来』を決めつけることはできないでしょう?」
「…………くだらんな。この小娘共のことは確かに知らないとも。だがそれで何か変わるわけでは無い。そんなことでは、何も変えられない」
「いいえ、変えられますよ」
「……」
「一人では知りえなかったことも、二人なら知ることもできます。二人で駄目なら、三人で。三人でも駄目ならもっと多くの人で、互いが知らないことを教え合えばいい。互いを支え合うということができるから、人は強くなれる。貴女も知っているはずですよ」
「……」
確かに知っている。
人は、一人では限界がある。
だが友や仲間といった者達とならその限界も引き上げることができる。
それは過去の経験からも理解している。
「それでも遠く及ばないとしたら?」
しかし、それでは届かなかったではないか。
あの怪物の恐怖を知っている。
為す術なく殺されていく仲間達の無力さを知っている。
そして何よりも、手も足も出なかった自分達への『失望』を知っている。
あの恐怖を、絶望を、無力を、失望を超える光を生み出すために、こうして文字通り命を懸けている。
誰もが望む『最後の英雄』を生み出すために彼女は今、この場に立っている。
「お前は偉そうに講釈垂れていたが、それでも届かぬ頂きというものがある。力を合わせても太刀打ちできぬ理不尽などこの世にごまんと転がっているということを、そこにいる貴様等は知っているであろう?」
アリーゼは知っている。
どれほど正しいことをしようとも、正しさだけでは何も解決できない問題があると。
ライラは知っている。
他より背が低く身体能力も少し劣っているというだけで虐げられ、それを良しとする多くの悪意があると。
アスフィは知っている。
どれほど知識を身につけようとも、どれだけ守ろうとしても、それでも届かない手があると。
他の冒険者達も同様に知っている。
だからこそ、目の前の悪党の言っていることは、事実であると頭でも心でも理解する。
「それが、諦める理由になると?」
「無駄だと言っている」
「ならば貴女はやはり間違っています」
ジャンヌは知っている。
罪の意識なき人々の悪意も。
故人を嘆く悲しみも。
隣人を喪った怒りも。
敵へと向ける憎悪も。
その一身に受けた彼女だからこそ、知っている。
同時に彼女はそういった感情とは別の感情も知っている。
「絶望も、憎悪も、嫉妬も、悲嘆も、憤怒も、苦痛も、そのどれもを人は抱かずにはいられません」
「なら───」
「ですが、同時に貴女も、彼女達も、そして何より私が知っています。人々が抱く、想いを!」
人は、負の感情だけで生きている訳ではない。
多くの困難を前に、膝をつき、顔を下げ、足を止めるとこもあるだろう。
それでも再び歩き出す。例えどれほどの時間を要したとしても、もう一度歩き出すことが出来る。
そこには、誰もが抱く正の感情があるから。
「喜びも、楽しみも、歓喜も、希望も、願望も、祈りも、そのどれもを人は同時に抱いて生きています」
どれもが人間を構成するのに必要な感情。
「これは間違いなどではない。どれだけの理不尽に襲われようとも決して諦めなかった人を、どれだけの絶望に晒されようとも立ち向かった人を、私は知っています!」
彼等から教えてもらった。
諦めないということを。
挑み続ける覚悟を。
絶望は決して諦める理由にはならないと。
「一瞬一瞬を生きるその眩しい光を知っているからこそ、私は何度でも貴女のその『失望』を否定しましょう!」
その言葉をもって再び戦闘は再開する。
ジャンヌは先程よりも速い動きで旗を振るう。
それをアルフィアは何ともなく剣で受け止め、即座に反撃をするがそれはすでに近付いていたライラとアリーゼにより阻止される。
ここで固まっているなら、と次は魔法を放とうとするがこれを察知した三人はすぐさま距離をとり、それを見計らってアスフィが用意していた
「【
それもすぐに放たれた魔法により意味をなさなかったが、休む暇もなくジャンヌ達は攻撃を仕掛ける。
どれもが決定打には遠く及ばず、無意味とさえ思えてしまうほどに軽い攻撃にアルフィアは思考を巡らせる。
アルフィアの弱点は長期戦だ。
自身が持つ忌々しい病により身体は
しかしそのことを目の前の少女達は知らないのだろうと考える。
もし知っているならばもっと早くに長期戦に持ち込む動きを見せていたはずだ。それがなかったということはまだあの生意気な
なら自分達で気が付いたか、ということも考えるがそれもない。
それならば誰かがすでに情報共有をしていてもおかしくはないというのにその様子もないのだから、これらの攻撃はただの偶然、というには少し出来すぎている。
(ならば別の何かを狙っているというわけか)
しかしこの街中で大規模な魔法を行使するというわけではないだろう。
まずそんな魔法を使える者がこの場にはいないということ、仮に使える者がいたとしてもアルフィアには魔法を無効化させる魔法がある。
街にも大規模な被害が出ることも考えれば使うとは考えにくい。
ならばやはり近接戦闘で何かを狙っている、と考える方が妥当である。
アルフィアが思考している時でもジャンヌ、ライラ、アスフィによる攻撃は絶えず行われているが、そのどれもを片手間でいなしている。
人数がいようとも、Lv差があり、戦闘における経験も段違いである。
警戒すべきはジャンヌくらいで、他の面々は特に気にすることもない、という考えにいたり、尚も思考を続けた。
しかしアルフィアの慢心こそが、彼女達の狙いである。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「くどい」
ジャンヌの攻撃を難なく受け、続くライラも捉えアスフィの動きも確認した所で違和感を覚える。
何か抜けている。
その考えに至った所で遅かった。
完全なる死角、三人の連携攻撃を受けていたが故に、目の前の戦闘における情報を
炎のように燃え上がる髪をたなびかせ、諦めを捨てた強い意志が輝く緑の瞳がアルフィアを捉えている。
動きは第一級冒険者には及ばない。
しかし、この攻撃をどうにかするには遅い。
アリーゼの下から斬り上げる渾身の袈裟斬りを
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「惜しかったですねぇ」
「かはっ……!」
アリーゼの一撃よりも早く、悪意の剣がアリーゼを貫いた。
誰も失敗していなかった。
しかし、彼女達もまた思考の外に置いてしまっていた。
動かないと思い込んでしまっていた。
敵は、アルフィアだけだと勘違いしていた。
「気配を消すならば、もっと念入りにしなければなりませんよ」
「こ、の……!」
「アリーゼ!」
「【
「しまっ────!」
近付いていた勝利は、あっさりと遠ざかる。
連携のためにアルフィアに接近戦をしかけていたジャンヌ達は至近距離によるアルフィアの超短文詠唱魔法【サタナス・ヴェーリオン】の餌食となってしまい、アリーゼを刺したヴィトーへは魔法が当たらないようにするという器用さも見せつける。
確信した勝利から一転、この場における勝敗は既に決してしまったようなものである。
(迂闊でした……!敵を、彼女ただ一人だと思い込んでしまった!)
アルフィアの魔法を至近距離で防御が間に合わずに食らったにも関わらずジャンヌは何とか意識を保てていた。
元々の打たれ強さがあったからこそ何とか耐えれているのだと考えるが、それよりも目の前の状況をどうするべきかに思考を巡らせる。
敵は二人。
そして味方は軒並み意識を失っている。
特にアリーゼは腹部を刺されているため出血が多く、最初にアルフィアから受けた魔法による
しかし敵はそれを簡単にはさせてくれないだろう。
それにジャンヌが助けるよりも早く敵はアリーゼにトドメをさせる位置にいる。
一か八かという賭けにしてはあまりにも分が悪い。
(ですが、ここで諦めるわけにはいきません。どうにかして、アリーゼも、他の方々も助け出さなければ!)
「まだ動けるか、小娘」
「しぶといですね。ですが、彼女も虫の息のようだ。終わらせてあげましょう」
ゆっくりとジャンヌへと近付いてくるヴィトー。
その歩みは近付きながらもアリーゼを助けるための道を塞ぐ様に歩いてくる辺り本当にタチが悪い。
底意地の悪い男だ。
ジャンヌは何とかして旗を支えにして立ち上がり、目の前の敵を見据える。
過去にも何度も窮地に陥ったことはあるが、今回ばかりは厳しい。
これがゲームならば、Artsカードを並べて宝具を使いながらNPを回収して
しかし、この場ではできない。
宝具を使おうにも魔力を貯める必要があり、ターンなど関係なしに戦闘を進め、尚且つ敵は近い実力者一人に明らかな格上一人でこちらの体力は残り僅かという神様でいうところの鬼畜ゲー過ぎる状態だ。
勝ち目はきっと少ない。
それでも身体が、心が、己に刻まれた魂が叫んでいるのだ。
『諦めるな』と。
こんな状況でも無茶ぶりをしてくることにジャンヌは笑うしかできない。
それを見たヴィトーは余裕と捉え
この状況でまだ何かしようとするジャンヌを三者三葉の面持ちで待っている。
周囲には敵影は見当たらず、援軍は見込めない。
ヴィトーはただの強がりだと結論付けた。
ここから盤面を覆す手など今のジャンヌにはあるはずがないと思っていたから。
そうだ。
彼等もまた、意識を外していた。
パァン!
パァン!パァン!
大きな音と共に広がるのは煙幕。
どこからか投げ込まれたそれらは瞬く間にその周囲へと広がり、隣に立つ者すら分からない程の濃さとなった。
人の動きをヴィトーは感じ、辺りに剣を振るい、瓦礫を投げつけてみるが手応えはなく、空振りが続く。
アルフィアは近くに倒れていたアリーゼへと視線を向けるが、そこにはすでに誰もおらず、ただ血痕のみがそこに人がいたことを証明しており、魔法で辺りの煙幕を晴らすが、その時にはすでに誰もそこにはいなかった。
激しい戦闘の跡のみが残されており、確かに戦っていたのは事実だと理解できたが、何者かの助力によって彼女等が離脱したのは一目瞭然だとわかる。
「やられたな」
逃げられたというのにあっけからんとしており、大して気にした様子でもなく告げるエレボスにヴィトーは歯を食いしばりすぐさま次の行動へと移ろうとする。
「くっ!今すぐにでも追えばまだ──────」
「いや、良いよヴィトー。きっと
「…………わかりました」
ジャンヌ達がここまで早く退散できるはずがなかった。
ジャンヌだけならまだしも、他の面々は確実に意識を失い、戦闘不能という状態であったことから考えれば当然不可能である。
そんな状況の彼女達を。煙幕を使って逃がすなんて如何にも
ヘルメスの眷族達ならばこんなことも朝飯前だろう。
アルフィアは気配を感じていたようだが、それもあえて見逃した様子であることから、エレボスも気付いていなかったヴィトーに深追いをさせず、ここは見逃した方が面白そうだと考える。
とびっきりの
「また会えると嬉しいな」
「あの小娘達が『災厄』程度に負けると本気で思っているのか?」
「何が起こるか分からないからなぁ。でも、きっと彼女達は勝つんだろうさ。何せ───────」
エレボスはジャンヌ達が去って行ったであろう方向を見ながら、嬉しそうに言葉を紡ぐ。
この計画を立てていた最中に聞いた医者の青年から教えてもらった異世界の歴史や伝承。
それらを知ったからこそ含まれる、誰よりも強い『期待』の感情。
幼い子供達のように、胸を高鳴らせたその物語を思い出しながら言葉にのせる。
「永きに渡る戦争を終わらせた救国の聖女と、あらゆる種族と手を取り誰よりも人であろうとした
この世界で、ジャンヌ・ダルクという聖女と坂田金時という武士を知っている者はいない。
それはそんな歴史が無かったから。
それはそんな伝承が変化したから。
しかし、唯一エレボスのみは知っていた。
ヘルメスも出会ったあの青年から
故に信じている。
あの二人はもう一度会えると。
そして、用意した【災厄】すらも打ち砕いてくれると。
───────────────────────
無事に逃げることに成功したジャンヌ達は【ヘルメス・ファミリア】により戦線を離脱することに成功し、現在は
数に限りがあるため完全には治せなくとも、致命傷になりかねない傷などは治すことができ、それぞれが命に別状が無い状態まで回復することができた。
「助かりました。貴方達が来てくれなければ、我々は……」
「それなら【
【ヘルメス・ファミリア】が駆けつける数刻前。
全体の指揮を執っていたフィンの親指が急激に疼き始め、地図と照らし合わせるとジャンヌ達がいる辺りが特に疼きが強まったのを確認し、すぐさま機動力の高い【ヘルメス・ファミリア】に声をかけ、ある程度の
それがあったからこそ、あの状況に何とか間に合い、こうしてアリーゼ達は治療を受けることができている。
「それにウチの団長に死なれちゃ、次は俺が団長をしなきゃいけなくなっちまう。それは避けたかったからな」
今ジャンヌと話している
それだけに【ヘルメス・ファミリア】の団長というのは他のファミリアに比べて大変なのだろう。主に心労が。
ちらほらと
現在は複数の馬車を使っているためLvの低い
「現在の戦況は?」
「今のところアンタ達がいた所より少し離れた外壁が破壊されたのが一番大きな被害だな。被害人数は不明だ。あと幸いモンスター共は入ってきていない」
治療も一段落したところでジャンヌは現在の戦況を確認する。
大きな爆発音が外壁の破壊とわかり、尚且つ被害者数が不明な点が気がかりではあるが、それよりも感じる違和感を疑問としてファルガーへと投げかける。
「モンスターが?外壁周囲にモンスターはいないのですか?」
「あぁ。そこは【
「何かから、逃げるように?」
敵の切り札はアルフィアとザルドだけでは無いのか?という疑問が浮かび思考を重ねる。
もし違うというのであれば、敵が追撃してこないことにも理解ができる。現在も馬車で
モンスターも
そこまで思考がたどり着いた所で馬車は目的地である
すぐさま怪我人を医療班へと託し、ジャンヌはフィンの元へと向かい、敵の動きを確認しようとする。
が、そのタイミングで今までに感じたことのない悪寒が身体を駆け巡った。
生理的に本能が拒絶する邪悪さ。
おぞましいほどの醜悪な気配。
これだ。これこそが、エレボス達が呼び寄せたものだ。
そう直感しフィンの元へと向かう足を速めた。
これは人がどうこう太刀打ちできるような存在ではない。
これは、
───────────────────────
リューはフィンの元へと向かっていた。
オリヴァスにより告げられた不可解な言葉を、【災厄】というアルフィアともザルドとも違う存在のことを、何よりもオリヴァス達をあそこまで余裕にさせるという危険性をフィンへと伝えなければならなかった。
心のどこかではきっと勝てると、アルフィアもザルドも打ち倒し
しかし、オリヴァスのあの発言を聞いてからはその想いは無意味だとでもいうような不安がリューを襲い続けている。
リューは本能的に理解していたのだろう。今から襲い来る【災厄】は、本当にオラリオを終わらせてしまう存在なのだと。
故に一人疾走する。
有象無象の敵も、あちらこちらで戦い続けている同士達も、その全てを振り払い駆け抜けていた。
だが、その足はふとしたことで止まってしまった。
風の様に駆け抜けていた彼女の一瞬目に止まったソレが足を止めざるを得ない存在であると瞬時に理解したからだ。
所々血などで汚れているが、それでも有り余る清廉さが失われていない純白の衣装。
長い胡桃色の髪をたなびかせ、いつも柔和な微笑みを浮かべる顔と星海の如き深い藍色の瞳は何時にもなく厳しく前を見据えている。
彼女の存在をリューが見間違えるはずがなかった。
自身の主神、『正義』を司る
一人でどこかへと向かうアストレアを見つけ、周りに護衛がいないという危険な状況に気付き急ぐ足を止め、リューはアストレアへと駆け寄った。
「アストレア様!」
「リュー?どうしてここに?」
「それはこちらの台詞です!どうして一人でこんな所まで!?」
あまりにも突然の出来事につい声を荒らげてしまうが、リューとしても自分達の主神がいつ襲われるかもわからない状況の中を堂々と歩いている光景は感化出来なかった。
彼女を喪えば今も戦っている【アストレア・ファミリア】は恩恵を失い、直ちに物言わぬ肉塊へと成り果ててしまう。
そのために、多くの神々は自身を天界へと帰還しないように
そのどちらもしない自分達の主神にリューは気が気でならなかった。
「私はエレボスと話したかったの。それに、護衛はちゃんといるわ」
「え?」
人っ子一人見当たらない周囲を隈無く探すが、どこにも人がいる気配はなかった。
アストレアの言葉に更に疑問を覚え、今一度アストレアを注視しようとすれば、彼女の足元には見たことのない白い蛇のモンスターがいることに気付く。
瞬間、リューは腰に差していた剣を握り振り抜こうと構えた。
しかし、そこに待ったをかけたのは他の誰でもなくアストレア自身であった。
「安心して、リュー。この子は大丈夫よ」
「安心など出来ません!それはモンスターです!それも見たことのない!今は良くとも、アストレア様が襲われない保証がありません!」
リューの言葉は尤もだ。
主神の傍に自分の知らないモンスターがいる。
そのことは酷くリューを動揺させた。
先程も述べたが、各
恩恵も受けずモンスターや冒険者と渡り合えるなど、それこそ英雄神話の登場人物達くらいである。
今を生きる者達では、その域にはたどり着けない。
それが分かっているからこそ、リューはアストレアの身を最優先で守る必要があった。
それを何処の馬の骨かもわからない冒険者ならまだしも、モンスターが護衛するなど、聞いた事もなければ信じられるわけがない。
この後、更にリューは困惑することになるのだが。
『言うだけ無駄だぞ、貴様』
「……え?」
『僕も何度も止めようとしたが、その度に「なら貴方が護って?」と言ってくる始末だぞ?この頑固さは向こうのやつ以上だ。全く、これだから神ってやつは』
「…………」
『どうした?ちゃんと聞こえているのか?』
「…………しゃ」
「しゃ?」
「モンスターが喋ったぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
この場にいるのはリューとアストレア、そして白い蛇だけである。
つまり第三者の声など聞こえるはずもなく、もし聞こえたならそれは
しかし、現に話しかけてきているのは白い蛇であり、実際に口を動かしているよりかは頭に直接話しかけられているようなのだが、それがあまりにも不気味であった。
得体の知れなさに拍車をかけ、より警戒する気持ちを引き締める。
だが白い蛇の方は何事も無いように話を続ける。
『そんなことはどうでもいい。アストレア、いい加減に戻るべきだ。恐らくエレボスはもうこの先にはいない』
「そう、それは残念ね」
『あぁ、だから今すぐ広場に戻れ。そろそろあの糞野郎も戻ってきているはずだ。それに僕もやるべきことがある。そろそろこいつを返してもらうぞ』
白い蛇はそう言うとアストレアの傍を離れ、どこかへ去ろうとする。
この蛇自体に意志があり、目的を持って行動をしている様に思えるその姿はリューをより困惑させることとなった。
あれは確実にモンスターだと理解している。
しかし、人と同じ様に喋り、憎しみを抱くはずの神を護り、意志を持って行動するその姿は今まで見てきた知性の無いモンスターとは明らかに違っていた。
その疑問をどうにかして解決したかった。
否、しなければならないと心のどこかで言っている。
「……待ってください」
『何だ?』
意を決して話す。
目の前の存在についての疑問を解決せねば。
この蛇は何者で、どうして神を護ったのか?
他のモンスターとはどう違うのか?
同じ様な仲間は存在しているのか?
無限に湧き続ける疑問を問いたかった。
だが、そのどれもよりも先に言わねばならないことがあった。
「私達の主神を護ってくださり、ありがとうございます」
相手はモンスターだ。
人類の敵で、滅ぼすべき悪で、多くの人を殺した忌むべき存在だ。
しかし、それを理由に礼を言わないのはエルフの矜恃を踏みにじる行為だ。
理由がどうあれ、意思疎通を可能とするモンスターが神を護った。
その事実は揺るぎないもので、謝辞を述べるに相応しい真実である。
故に、リューは感謝を述べる。
その行為に蛇は少し驚いた後、納得したように笑う。
『……なるほど。アストレア、貴女の眷族らしいな』
「そうでしょう?私の
「ア、アストレア様……」
『そのようだ。貴様、名前はなんと言う?』
モンスターに名前を聞かれるなど一生で一度も無いだろう体験に目を白黒させながらもリューは素直に名を教える。
「……リュー・リオンです」
『そうか。誰よりも純粋で、実直、そして正しくあろうとするお前は実に
「え?」
『それじゃあな』
そう言って蛇はどこかへと去って行った。
僅かだが、それでいてかなり奇妙な時間を過ごしたと感じるリューはようやく肺に詰まっていた空気を吐き出す。
モンスターであるにも関わらず人と会話することができ、敵であるはずの冒険者や神に対しての関わり方はこの世界の常識としては不可解極まりないことである。
その疑問も、不可解さも、主神であるアストレアに尋ねることにした。
「あのモンスターは一体何なのですか?」
「そうね。私もよくはわからないわ。でも」
「でも?」
「彼は神様なんて大嫌いだけど、人のことは愛してるみたいよ」
「???」
「ふふ。私を護ってくれたのも貴女達が死なないようにって言っていたわ。神の恩恵を与えられたが故に、神が天界へと送還されることによる恩恵の消失。そしてそれに伴う
根幹にあるのは、本人すらも気付いていない人類愛。
かつて自身が神の怒りを買い殺されたように、かつて母が冤罪により殺されたように、彼は神々、特に理不尽な死を良しとする神々は心の底から嫌悪している。
三千年生きてきて、多くの者達と出会い、最初に出会ってしまった『道化』に
それをしなかったというのは、アストレアの発言が理由であるが、アストレア自身の善性があったからだろう。
理不尽な死を良しとせず、危険を
故に護った。
それだけの簡単な理由。
そしてそんな彼にアストレアもまた好感を抱いていた。
彼の行動原理を汲み取り、その根幹にある人類愛はとても優しく、人々の明日のために
あの白い蛇には主人がおり、その主人が蛇を通して会話しているということも教えてもらった。
口調はぶっきらぼうで、淡々と告げていく言葉は他の者が聞けば酷く傲慢に聞こえるだろう。
神も呼び捨てにし、敬意など感じられず、寧ろ嫌悪を隠そうとしていない。
だが、怪我をした人がいれば丁寧に処置を施し、その者の傷を癒す。
例えそれが善人だろうと悪人だろうと。
善人ならば励まし、悪人であれば何か話しをする。
その内容を聞くことは出来なかったが、大体の者達が泣き崩れていく様子をアストレアは見ていた。
彼は『治療しただけ』としか言わないが、悪人達は憑き物がとれた様な表情をしていることだけは理解できた。
それがアストレアがザルドから道を開けてもらって進み、リューと出会うまでの間の出来事。
「いつかわかる時が来るはずよ。だって貴女も同じ様な考えをしているのだから」
「私が、あの者と、同じ?」
「分かれた枝先は違っても、根幹にあるものは何も違わないわ。学びなさい、リュー。貴女の目指す『正義』を体現するために」
「アストレア様……」
アストレアの言っていることをリューはあまり分かっていない。
それでも、この出会いは決して無駄ではなかったと確信できた。
悩み続ける己の『正義』についての答え、それが僅かに見えた気がした感覚を確かに掴んでいた。
仲間や友それぞれに正義があり、あらゆる正義がこの世界には存在している。
だからこそ、自分なりの正義を見つけられると、リューは感じ始めていた。
「とりあえず戻りましょうか。リューも急いでいたのでしょう?」
「はい、そうで─────────────」
あまりにも寒気のする感覚は階層主と対峙した時よりも遥かに上回る程であり、本能が警鐘を鳴らしている。
『あれは駄目だ』
胃の中はからっぽのはずなのに込み上げてくる吐き気を抑えられない。感じたこともない恐怖と悪寒が身体中を覆い、迫り来る絶望から逃がさないようにしてくる。
リューは剣を支えにして何とか立ち続けるが、呼吸が浅くなったことで心臓は早鐘のようにうるさく鳴り続け、冷や汗は出続けるため脱水症状となりかねない程である。
「……急ぎましょう、リュー。これは、これだけは今すぐに対処しないと!」
「……はい!」
同じように冷や汗をかいているアストレアは強い意志で恐怖を押し込め、今すべきことを成そうとする。
そんな主神の姿を見たリューは呼吸を無理矢理落ち着かせ、アストレアをお姫様抱っこで抱えてリューは本部へと駆ける。
自身を最大限にまで加速させてもなお足りないと歯痒さ感じてしまう。もっと速くなければ、そうでなくては何もかも手遅れになってしまうと予感できていたから。
「待っていてください、アーディ!」
そんなリュー達の様子を去って行ったはずの白い蛇が眺めていた。
「まさか、あのエルフがあんなにも真面目になるとはな。全く、わからないものだな」
その白い蛇を通して全て見ていた青年は思わずそう零す。
かつて共に戦った道化に集った英雄達の一人。
語る詩は多くの英雄達を奮い立たせ、紡ぎあげる言葉は民達に希望を見せた。
多くの勇姿を、多くの偉業を、たった一つの牡牛を倒した物語を、悪逆なる暴君と偽りの王妃から真なる王権を取り戻した勇者の物語を、道化が踊り、詐欺師が騙し、集った勇敢なる戦士と騎士により未来を切り拓いた英雄神話を横に広めた道化の大ファンであるエルフの吟遊詩人。
そんな彼女?によく似た若きエルフの娘がいたのだ。
それだけならまだしも、このオラリオには他にも似た者達がいる。
偽りの勇者を名乗った詐欺師によく似た
頑丈な肉体と砕けぬ強い意志を宿した大戦士に似たドワーフ。
同胞と共に勇敢さと屈強さを示した誇り高き武人に似た
偽りの王妃に復讐を果たし、人類の強さを世界に知らしめた女王に似た
他にもかつて共に戦ったり、共に食事をした者達とよく似た者達がいるというのだから、この巡り合わせを彼は笑うしかない。
「全く、これもお前の為のお膳立てか?」
誰にも聞かれず、風に消えるほどに小さな呟き。
「ここまで揃ってるんだ。きっと、お前が来る頃には舞台は整ってるぞ」
それはかつて道化の奇跡を知っている彼だからこそ予測できる事象。
「
ただの独り言。
しかし風に乗せてそれは二騎の英霊にも届く。
彼もまた、もう一度観たいのだ。
誰も成しえなかった偉業を成し遂げた『道化』の喜劇を。
「僕に示してみせたんだ。お前の喜劇は、患者への特効薬であると」
彼では出来なかった治療法。
彼では思いつかなかった特効薬。
故に、彼は今を生きる者達へと力を貸す。
理不尽な死を嫌い、英霊がいたことで生まれてしまった災厄なんぞにこの舞台を壊させないために。
「お前の代わりに僕が言ってやる」
これは絶望の物語ではない。
恐怖に染まり、正義も悪も関係なく飲み込んでしまうような理不尽で不条理な絶望など必要ない。
これは明日を諦める物語ではない。
希望を捨て、未来を閉ざすのはあまりにも無意味な行為でしかない。
これは、勇気を示し、笑顔を勝ち取るための正邪の戦いの記録である。
関係の無い役者はご退室願おう。
この記録に、お前のような品のない蟲は不必要だ。
貴様を打ち倒し、正しき正邪の決戦を記録するために、敢えてこの言葉を告げよう。
「さぁ、『喜劇』を始めよう」
番外編で読んでみたいのは?(時間軸などに合わせ執筆時期が異なります)
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ベル君がオラリオに来るまでのお話
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金時、師匠になる(終了後予定)
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ジャンヌとアストレア・ファミリアの女子会
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英雄神話組の何気ない日常
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花のお兄さん、恋する乙女を応援する
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次回執筆予定のちょっと先出し