――暗闇の中に光を感じた。
それは比喩的な表現ではなく確かな実感であった。
黒一色で染まった世界に、差す様な光を感じ取った。
しかし出所はよく分からず、ただ眩しい光と感じるだけ。
どういうことなのだろうかと上手く回らない頭で考える。
もぞもぞと身体は身じろぐはできる。故に肉体はある夢ではない。
意識は明確にある様に思えるが、されど視界は真っ暗であり、どうしたのかと不思議に思い少し考える。
そうして……。
(ああ、目を閉じてるからか)
至ってシンプルな答えに納得し目を開く。するとそこには見慣れた天井があった。
自室の天井、それが見えると同時に光が視界に入る。見るとカーテンの隙間から入り込んでいる様だ。それが上手い具合に自分の目の付近に当たっていたのだろう。
窓から差し込む陽の光を浴びながらフォルトは上半身を起こす。
ベッドの上で眠っていたので身体には毛布がかけられており、そのせいで少し暑かった。まだ春先だというのに、そう思いつつベッドから降りる。
当たり前だが部屋の中はフォルト以外に誰もおらず、静寂に包まれている。
時間が時間なら騒がしいのだが、生憎まだ早朝だ。騒々しいのは食堂辺りと一部の人のみ。それ以外はまだ夢の中か、フォルト同様に起きた頃合いだろう。
「くぁ」と欠伸を噛み殺し、寝ぼけ眼でカーテンに近付く。そしてシャッと勢いよく開けると、再び眩しさに目がくらむ。
朝陽がフォルトの瞳を射貫き、思わず瞼を閉じた。
それでも何とか耐えて、ゆっくりと瞳を開けた。
「あ……」
つい、声が漏れた。
理由は眼前に映える光景にあった。
――白く輝く羽が無数に舞っていた。
◇◆◇◆
夥しい数の白い羽が、まるで雪の様に空から舞い降りてくる。
普段はすぐに目に入る木々が、その羽によって遮られ、本来の姿が視認出来ない。
羽は雪の様に積もることなく地面や物体に触れると溶けるように消えていく。
幻想的とでも呼べるこの現象を見たのは二回目だっただろうか。
物思いに耽りながらフォルトは屋敷の通路を歩いていた。
既に寝間着から着替え、朝食もそこそこに彼は窓から覗くその光景を眺める。
《
ふと、右手の甲を見る。すると一瞬だけだが、何か刻印の様な紋様が光った。それはすぐに消えて手の甲には何の痕もない。
《聖刻印》。《ルーン》とも呼ばれるそれは人に魔力と異能の力を与えるとされている。種類は様々、用途も色々とある。
それらを手にする方法が今外で起きている現象――《降翅》に関与している。
周期は不明だが、数年に一度降るとされる羽の雨。その羽に触れた者は《聖刻印》を宿すことができるとされる。
触れた全ての人が持てる訳ではなく、数十人に一人という確率らしい。何かしら適性があるのだろうが、そこも分かってはいない。
ただ、一度なれなかったからといって二度目以降も同じという訳ではないらしく、何年か越しに宿す者もいる。
《聖刻印》の有無は大きく、人生を左右することもある。それこそ命に関わる程に重要な……。
既に《聖刻印》を持つフォルトはともかく、それ以外の持たない者は皆、この機を逃すまいと外に出て羽を追っているはずだ。
老若男女問わずそれは必ず起こるらしいからきっと今年もそうなのだろう。
「はぁ……」
恐らくは暫く騒がしくなるだろうと思うとため息が自然と漏れた。
「……ん?」
そうして、顔を上げた際に再び窓の外を見ると輝く羽が舞う中一人の少女がいた。
◇◆◇◆
「よ!」
「っ!?」
屋敷の中庭に出ると件の少女の近くに行く。
その少女は声を掛けられて驚いたのか、慌ててこちらを振り向いた。
年は十歳程。美しい金髪銀眼が目を惹く。天使とも妖精とも思える浮世離れした容姿。
初めて目にしたのであればきっと心奪われたであろうが、生憎とフォルトは彼女がまだ幼児であった頃からの付き合いだ。
可愛い、綺麗と思うことはあれど今更心奪われる程見惚れたりはしない。
「フォルト、さん……?」
「おっと、驚かせて悪いなベル」
おっかなびっくりの表情は見た目相応で、愛らしさを覚える。如何に人間離れした美しさを持っていてもやはりまだ子どもなのだと実感した。
ベルクトール・バイゼンハルト。ベルという愛称で呼ばれているその少女は、フォルトの育ての親であるヴァイスの実の娘であり、今年で十歳になるらしい。
容姿は似ていないが、天才と謳われた父親の才能は引き継いでいるようで、幼いながらもその才覚を発揮している少女だ。
娘という立ち位置的にいつもは彼の傍らにいるはずなのだが、どうにも今は一人の様子。
それが気になって声を掛けてしまったのだが、どうやら驚かせてしまったらしい。
「い、いえ、大丈夫です」
「……それで何やってるんだ?」
謝罪をした後に改めて聞いてみた。
いくら屋敷の中とはいえ、あの親バカが娘を放置をするとは考え辛い。となれば、何かしらの理由があるのだろう。
気になってしまった以上聞かずにはいられなかった。
その質問に対し、返答をどうすべきか暫し思案した後、ベルは応えた。
「……はい。実は新たに生まれた《聖刻者》の数を確認しているんです」
《聖刻者》とは《聖刻印》を宿した者達の総称だ。
丁度《降翅》によりそうなる者が増える頃合いではあるが、その数を確認するとはどういうことだろうか?
「そんなことできるのか? どうやって?」
頭に疑問符が浮かんだのが見えたであろう。
「ごめんなさい、フォルトさんといえど教えることは出来ないんです」
しかし、それに関することはどうにも機密事項らしく語ってはくれないようだ。申し訳なさそうにその小さな頭を下げた。
だがそれも詮無きことと割り切り、フォルトも納得した。
そして、ふと疑問を感じたのでベルに訊ねてみる。
「いいさ、別に。それはそうと、ベルはなんでそんな事をしてるんだ?」
「それは……」
言い淀み、俯いたまま黙ってしまう。
表情から見て「答えられないから」ではなく、思案中といった感じだ。
顎に人差し指を当て数秒。彼女の中で判断がついたのだろう、真っ直ぐ向き直って答えてくれた。
「……実は、お父さまのお手伝いなんです」
そう言ってベルは照れくさそうに笑い、フォルトの問いに答えることにした。
ベルの父であるヴァイスは、自分たちの住まう国――クルシェード王国において相当な地位にいる。それ故に多忙であり、休める日はあまりないのだとか。
そんな父の惨状を見かねて手伝いを申し出たのだろう。
『手伝い』とは言ったが、元々が請け負う人選を考えても誰にでもできるものではあるまい。だが一般的な子どもに比べ、ベルは地頭が良く、勤勉家でもある。同い年の子に比べて遥かに博識だ。更に言えばヴァイスは身内贔屓な所は多々あるが、それでも過大評価しての人選というのはまずしない。
故に、彼女がヴァイスの仕事を請け負ったのに不自然な所はない。
強いて言うなら機密情報を取り扱う程の重要な仕事であるにも関わらず、我が子に任せたのは『出来る』という確信的な信頼以外に『ウチの子は優秀』という親バカな面が出ているくらいか。
いくら優秀でも普通はやらせないだろうと内心呆れてしまう。
「へぇ、えらいな」
しかし、何処か誇らしげに語る彼女に向け水を差す気はない。
単純にフォルト自身もベルに対しての評価は高い為『妥当』であると思ってもいる。
「あ……」
踵を返そうかと考えているとふとベルが思い出した様に声を漏らした。
「そういえば、お父さまがフォルトさんのこと探していましたよ」
「……仕事か?」
「断定はできませんが、名指しで呼んでいたから多分フォルトさんに関係することなのは確実だと思います」
ヴァイスがフォルトに何か頼むとなれば仕事か、はたまた面倒事か。
仕事であれば問題はない。元より“それ”が生業だ。
しかし面倒事の場合、出来れば関わりたくはない。
理由は明白。かなりの確率で無茶振りをしてくるからだ。
信頼の証か、それともただ厄介事を押し付けたいのか、無論両方共という可能性もある。
何にせよ、あまり良い予感はしない。
(仕方ないか)
とはいえ、ヴァイスは歴とした上司だ。逆らうのは難しい故に観念する。
「……わかった。じゃあ俺はもう行くから、そっちも頑張れよ」
「はい、フォルトさんも頑張ってきてください」
ベルに見送られながらフォルトはその場を後にする。
別れ際に見せたベルの天使の様な笑顔に僅かばかりに元気を貰いつつ、フォルトは重い足取りでヴァイスの下へ向かうことにした。