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「あー……ムカつく程晴れてるな」
不機嫌気味にそう呟くフォルトの言葉通り、空は雲一つない快晴であった。
見事に晴れ渡っており、それだけで晴れ晴れとした気持ちになること間違いない。そう断言できる程に清々しい天気である。
しかし、今のフォルトにとってはそんなことはどうでも良かった。
「……聖刻学院か」
彼の眼前には大きな石造りの門がある。
その奥には視界に収まり切らない程の大きな建物がある。
白塗で清潔感のあるそれこそが件の建物――聖刻学院なのだろう。
クルシェード王国は《大帝》が住まう王都を中心に東西南北四つの領土に分かれている。
それぞれの領土の領主には《十賜星》のいずれかが就くとされ、彼等に与えられた役目を果たすことが義務付けられている。
例えば、フォルトが居を構えるのは東にある領土――トランド領であり、そこの領主にはヴァイスが就いている。
彼は《大帝》から《聖刻印》に関する改良や発展を任されており、領土そのものも影響を受けている。具体的には《聖刻者》の生まれる数が他の領土よりも多かったり、《聖刻印》を用いた技術などが普及していたりと特色がある。
この様に領主となる《十賜星》の影響は強く反映され、領土そのものが特定の役目を持っているのだ。
そして今フォルトがいるのは西の領土――アーバス領は学術や教育に重きを置く。
王国の学生の八割はこの領土にいるとされる程学問に力を入れているのだ。
勿論そうなった原因は領主にある。
アーバス領の領主は昔から《大帝》より民の教育を任されており、それはもはや個人としてではなく機関として成り立っている。
それ故に『育てる』という分野においてこの領土は他と比べて抜きん出ているのだ。
無論、聖刻学院もその教育機関の内の一つなのだ。
「……にしても広すぎるだろ」
事前に得た情報を頭の中で反芻しつつ学院の敷地内に入るが、あまりの広さに気付いたら迷子になっていた。
門を潜った先にあった白塗の建物が学院だと思っていたら、実はそれも本人確認と手続きをするだけの役割しかないらしく、外に出たら広い敷地に複数の建物が並び立っている。
与えられた
しかし、それにしても自分は何処に向かうべきなのか?
フォルトの場合事情が少し特殊だ。一般生徒とは扱うは違うはず……となれば。
「まずは教師に会うべきだろうな」
待遇の事を考慮するなら間違いなく教師陣にはフォルトの件は行き届いているはず。
ならばまず会うべきは教師か。
「……まあ、そう都合よくはいないか……」
そう結論づけたが、呟いた通り都合よく近くを歩いてはいない様だ。
代わりといっては何だが、生徒と思わしき者達は何人か歩いている。ならば彼等の内の誰かに近くに教師がいないか尋ねよう。
案内書を見る限り教師棟は結構奥にあるようだし、近くのいてくれるのならば万々歳。そうでなくても、メリットはあるだろう。
(図面だけで見ても結構遠いし、転移装置はありそうだな)
例えば移動手段とか。それぞれのエリアがかなりの敷地を有しているせいで、隣のエリアに向かうにも歩いていくには一苦労な距離だ。
恐らくは建物内に棟と棟を繋ぐ転移装置くらいあるはずだが、生憎案内書には建物の内部情報は記載されていない。何処にどういうエリア、棟があるかくらいであとは興味がない学院の歴史とかがつらつら述べられているだけ。
だからこそ教師に会うだけでもメリットはあるのだ。
「……と、あの人でいいか」
そうしてフォルトが目を付けたのは一人の女学生だった。
オレンジ色の腰まで髪が目を惹いた為だろう。その少女に声を掛けることにした。
「すみません、ちょっといいですか?」
「あ、はい」
振り向いた少女は顔の端正や纏う雰囲気から同い年程と思われた。
人の良さそうな気配を感じ取ると、単刀直入に質問をした。
「学院の生徒だよね? 実は俺、今日から此処に通うことになったんだけど近くに先生っていないかな?」
当たり障りのない様にしたそれに対し、少女は「え?」と一瞬驚くものの、すぐに嬉々とした表情になった。
「あ、そうなんだ! もしかして貴方も『聖刻科』の生徒なの! いいよいいよ! わたしの方が少し早く来ていたから色々知ってるし教えてあげる!」
「あ、ありがとう……」
「いいのいいの、お礼なんて! それで先生だよね? たしかさっきそこで見かけたから案内してあげる! 行こう!」
「え! ちょっと待って!?」
息をつく暇もなく早口で喋り、両手をしっかりと握られ呆気に取られしまうフォルト。
そんな彼をしり目に少女は勢いは衰えない。高めのテンションそのままにフォルトの腕を引っ張り駆けて行く。
◇◆◇◆
「せーんーせーいー!」
「おや?」
遠くから自分を呼ぶ声が聴こえ、振り返ったのは二十代前半の男だった。
黒い髪にメガネを掛けた見るからに生真面目そうな雰囲気を持つ彼は、その声が告げる通り学院の教師であった。
そんな彼の元に女学生が見知らぬ少年を引き連れて駆けてきた。
「先生!」
「どうしました?」
少年を引っ張って全力疾走してきたであろう女学生は、教師の前にまで来ると、少し息を整えてから要件を伝える。
「はい! 実はこの人、今日来たばかりらしくどうすればいいのかわからないみたいで先生を探していたようで連れて来ました!」
「…………あー、なるほど。そうですか、それはありがとうございます」
捲し立てるように一息で言うものだから頭の中で内容を噛み砕くのに少し時間が掛かったらしく、僅かな合間を持ってから教師は女学生に礼を告げる。
「はい! では失礼します! キミも
そうして要件だけ告げると、女学生は風の様に去って行った。
『……………………』
残された二人は正に嵐が過ぎ去ったような感覚に見舞われ互いに沈黙してしまう。
「……えっと、それでキミは?」
気を取り直し、眼前にいる少年――フォルトに教師は問いかけた。
「あ、俺はこういう理由で来たんですけど」
それに対し、フォルトはバッグから例の入学申請書を出して渡す。
すると教師は合点がいったらしく「あぁ、キミが……」と小さく頷いた。
「うん、ヴァイス卿から話を伺っているよ。すまない、御足労かけたね。本当は迎えに行ければよかったんだけど、この時期学院は色々と
そうして申し訳なさそうに謝罪する。
「いや、いいですよ。《聖刻者》を育てる機関なんでしょ? だったらこの間《降翅》が起きた時点で大体予想付きますから」
《聖刻者》は基本《降翅》の羽に触れることで力を宿す。つまりあの現象が起きた後に爆発的増えるのは当たり前のことであり、そんな彼等を育成する機関である以上、その育成は急務だろう。
「はは、そう言って貰えると助かるよ。丁度新入生を迎える時期でもあるからね」
苦笑する教師だが、それでも忙しいのは事実なのだろう。疲れが見える。
しかしすぐに真剣な顔になり、フォルトを見据える。
「さて、自己紹介がまだだったね。僕はこの学院で教師を務めるユーベン。ユーベン・アルカシオンだ。よろしく頼む」
差し出された右手をフォルトも握り返す。
(……ん? 『アルカシオン』? それって確か……)
その名が気にはなったが、しかし手を握ったまま呆ける訳にもいかず、一旦それは頭の片隅に追いやった。
「フォルト・フォーネルです。こちらこそ、宜しくお願いします。ユーベン先生」
挨拶を済ませ、フォルトは案内されるままに彼のあとを着いていく。
◇◆◇◆
「さて、もう聞いていると思うけど、フォルト君。キミは他の学生とは違う特別カリキュラムを受けて貰うことになっている」
フォルトの予想した通り、あの後転移装置を使っての移動を済ませ辿り着いたのは他の建物と比べて些か小さな所であった。
その棟の長い廊下を歩きながら教師――ユーベンはフォルトに向け話し始める。
「キミは既に《聖刻印》の扱いに長けている。故に他の生徒と共に授業を受ける意味はない。此処はあくまで『基礎』と『応用』、あと多くはないが『実践』を学ぶ所だ。キミはその全てを十分に身に付けているからね、生徒と同列に扱うべきではないのは道理だ」
それは当然の話しだとフォルトは頷く。前線で戦ってる
ユーベンが言われずともフォルト自身きっと拒否したであろうし、ヴァイスからも『そんな悠長な時間はない』と釘も刺されていたので既に承知済みだ。
フォルトの表情からそれを察したユーベンは話しを続ける。
「しかし、生憎マンツーマンで教えれる程教員達の手は空いていないんだ。だから申し訳ないのだが、キミはとあるクラスに一時編入してもらう形になる」
「それは大丈夫なんですか?」
フォルトの疑問は尤もだ。それは先に挙げた問題点に抵触するのではないか?
「無論、それが起こらないように配慮した結果だよ。何せキミが身を置くクラスは普通ではないからね」
だがそれは杞憂だったらしい。
意味ありげに微笑むその態度に嫌な予感を覚えると同時に、二人はある教室の前に止まる。どうやら目的地に着いたらしい。
軽く咳払いをした後、ユーベンは三度扉を叩く。
「失礼。ユーベンだ、例の『彼』を連れてきた」
「あ、はい、どうぞ」
扉の向こうから聞こえた声は女性……いや、少女のものだった。
(あれ? この声は……)
何処かで聞いたことのあるそれにフォルトが首を傾げていると、構わず扉は音を発て開かれた。
――そこは一般的な教室に比べるとこじんまりとした部屋だった。
机と椅子は四つしかなく、その内三つには既に人が座っている。
一人は見るからに目つきの鋭く、ガラの悪い態度の金髪の少年。
一人は新たな訪問者が来たというのにまったく興味を示さずに何かの本を黙読しているブロンド髪の少年。
そして、最後の一人は窓の外を眺めている長い黒髪を一つに束ねた少女。
皆は学生服を着ており、年齢は近いようではある。だから此処の学生なのかと思ったが……。
(……ああ、なるほど)
纏う雰囲気が学生の『それ』とは違うことに気付くと、フォルトは何かを察した。
正しくは彼等は『学生』ではない。少なくとも一般的な生徒ではなさそうだ。
(面倒くさそうだな)
きな臭い匂いを感じ取ったフォルトの目の目は死んだ魚のようだった。
「はいそこ、ボケっとしてないで入ってきて下さい、『兄さん』」
「え?」
軽く現実逃避しかけていたフォルトに向け掛けられた声。
それは先程も耳にした馴染みのあるものであり、何よりも自分を『兄』と呼ぶ者なぞ一人しか該当しない。
「……お前何してんの? イリス」
そうして、フォルトが向けた視線の先、教壇にはよく見知った顔の少女がいた。
柔らかそうなふわふわとした藍色の髪。幼さを残したあどけなさを映す翡翠の瞳。それを際立たせるかのように付けているメガネ。着ている服は自分達とは違い学生服ではなくスーツだ。
「何って見てわかりませんか?」
「うん」
即答で返され、遺憾だと言わんばかりに顔を顰めるイリス。
そんな彼女に代わり、笑いを漏らしながら隣にいたユーベンが答えた。
「ふふ、驚いたかな? 彼女は
「………………は?」
その言葉に呆けたフォルトの素っ頓狂な声が静かに教室に響き渡った。