シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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「あぁ、でも……貴女のソレは本当にヘイローなのかしら。生徒でない貴女がどうしてヘイローを持っているのか、理由は分からないけれど……唯の機械である貴女がヘイローを持っているのは────そう、狂気に包まれたあのAIと同じ。貴女が天啓を受けるとは思わないけれど……えぇ、猶更、貴女を放ってなどおけない」
呟き、リオはタブレットを操作し────待機させておいた機械を起動させて。
「さあ、貴女の出番よ────美甘ネル」
その言葉と共に現れたのは、途轍もないほど不機嫌そうな顔をしたネル。その登場に3人の顔色が露骨に悪くなった。先生も居ない今、例え3対1でもネルに勝てる見込みは皆無だ。
────ならば、せめて
ユウカの背筋に冷たい嫌な汗が流れた。
「……」
「……あまり、彼女を悪く思わないでやってね。今の彼女はエージェント、私的な感情はない。私の命令に粛々と従うだけ」
C&Cという組織はセミナーの……否、正確には会長直属の組織なのだ。故にネルは今、リオの命令でこの場に立っている。美甘ネルではなく、エージェントが一人、コールサイン
「幾らユウカが居るとはいえ、ネルが相手では分が悪いでしょう? それに、外部に助けを求めたとしても……周囲はAMASで掌握しているわ。救援が間に合う事は無い」
完全な詰み状況。覆せる手はない。策はない。このままでは────。
「さあ、仕事の時間よ。ネル、アリスを回収してくれるかしら?」
「……ネル、先輩……」
ネルはスカジャンのポケットに両手を突っ込みながらアリスの前まで歩いて来て、彼女を見下ろす。
勝ち気で生意気だった青の双眸は恐怖と不安で濡れていて。小さな体はユウカに縋るように震えている。
よく知った彼女の、見知らぬ一面。それを目の当たりにしたとき、ネルの何かがぷつりと音を立てて切れた。顔に青筋が浮かぶ。歯を噛み砕かんばかりに喰いしばる。銃のグリップが砕けることも厭わず握り締める。
あぁ、そうだ。これは────怒りだ。
「くっそ、やってられっかよ!」
その声と共に奏でられる銃撃音。部室には傷を付けずリオの傍で待機していたAMAS数機を碌な抵抗すら許さず1秒未満でスクラップにした。
「……ネル、何のつもり?」
「今までだって依頼内容を気に入った事なんてあんま無かったけどよぉ……今回はそん中でも最悪だ。同じ学園の生徒を、何も分かってねぇヤツを……アタシの後輩を誘拐しろってか? ふざけんな。そんな依頼、やってられっかよ」
ネルはユウカに目配せをする。『ここは任せろ』と。頷いた彼女はアリスの手を引いて立ち上がらせた。
「コールサイン
「ここで裏切るつもりかしら、ネル」
「裏切る? ハッ! ふざけた事言いやがる、先にアタシを裏切ったのはテメェだろッ!」
「そう……ネル、貴女はいつもそう。気分次第で命令を違反する姿……いつ爆発するか分からない癇癪玉のような側面が貴女の長所であり、一番厄介だった」
リオは「でも」と言葉を続けて。
「対策は当然しているわ。この状況は想定内よ。C&C全員だったら勝ち目はない。でも、貴女だけなら────敵に回っても勝ち目はある」
「あぁ? んだって?」
「トキ────貴女の出番よ」
その声と共にするりと入り込んできた少女。彼女は氷のような瞳でネルを見上げる。その手に握られていたのは────何の変哲もない手榴弾。
「ッ! 逃げろテメェ等ッ!」
爆発音が鳴り響いた。
▼
転がり出た廊下。其処には無数のAMASとリオ、そして────メイド服に身を包む、見慣れない少女が立っていた。
「初めまして、先輩。C&C所属、コールサイン
「5人目の……エージェント……」
「あぁ、テメェがアカネの言ってた5人目か。ったくよぉ、随分ご機嫌な挨拶してくれたじゃねえか。覚悟はできてんだろうなぁ!?」
怒りと共に引かれるトリガーと、それに伴って吐き出される銃弾。無数にいたはずのAMASがあっという間に数えられるほどになり、ユウカ達がリロードする頃には殆ど全滅していた。
────これが、C&C最強。その名に勝利を背負う物。
リオとてAMAS程度でネルを止めれるとは思っていなかった。ミレニアム最強の理不尽さは、それを抱えていた彼女が一番よく知っている。故に。
「こんな事はしたくなかったのだけれど……トキ、武装の使用を許可します」
「────イエス、マム」
切り札を1つ、使用した。
「テメェ────!」
布の落ちる音が聞こえた時には既にネルの目の前、鼻の先が触れそうな距離にいた。服装も長袖ロングスカートのメイド服からノースリーブミニスカートのメイド服に変わっていて────その右腕にはアームギアが装着されていた。
機械音を立てて展開する装甲と、ミサイルの発射口。咄嗟にネルは腕をクロスさせて致命傷を貰わないようにガードするが、トキはお構いなくそのガードの上からミサイルを叩き込んだ。
「ぐ、ぅ────ッ!」
断続的に響く爆発音。皮膚が焼かれる感覚と、骨まで届く衝撃。それをミサイルの弾切れまで耐え切り、反撃をしようとしたが────。
「なッ!」
煙の晴れた眼前、トキの姿は何処にもなかった。あるのはスラスターとバーニアでホバリングしているアームギアだけ。本命たるトキは────。
「ネル先輩、後ろッ!」
その言葉に反応し、咄嗟に振り向いたが……僅かに、トキの方が速かった。向けられた銃を躱し、続く鎖による打撃も低姿勢で回避。そのまま足払いをしてネルの姿勢を崩すと、その頭を思いっきり廊下に打ち付け関節を極めた。
「────大人しくしてください。抵抗すれば、曲がってはいけない方向に腕が曲がりますよ、先輩」
「て、めぇ……」
「皆さんも下手に動かないでくださいね。無駄な抵抗はお勧めしません」
周囲を見れば、追加のAMASがユウカ達を包囲していて、その銃口を少女達に向けている。抵抗する自由すら奪われた彼女達は正に絶体絶命だった。
「……勝負あり、ね。もう少し苦戦すると思ったのだけれど……先生が居ないと考えると、これ位が妥当かしら」
そうして、リオは向かう。アリスが1人取り残されたゲーム開発部の部室に。AMASを引き連れて。俯いて、現実を受け入れられず彼女は、その綺麗な双眸を曇らせながら。
「リオ先輩……1つだけ、聞いても良いですか?」
「……何かしら」
「先生は、何処にいるんですか?」
────ずっと、気になっていた事だった。例え彼がアリスの事を嫌いになっても他の少女達は違うはずだ。ミドリもユズもユウカも、ネルだって彼はきっと好きなままで、助けるためにきっと此処に来るだろうと思っていた。何時ものように飄々と、『助けに来たよ』と……まるでゲームのヒーローのように。
しかし、彼は終ぞ現れなかった。
その疑問にリオは「伝えてなかったのね」と呟いて────最悪のタイミングで、彼女にとって最悪の真実を開示した。
「何処にいるも何も、貴女が殺しかけたのよ」
「会長ッ! 言って良い事と悪い事が────ッ!」
「……アリスが、傷つけたのですか?」
アリスから発せられたとは思えないほど冷たい声。絶望と、悲しみと、諦観と────様々な負の感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った、聞くだけで胸が痛くなる音色だった。
「あ、アリスは、モモイだけではなく、先生にまで怪我を……?」
「怪我で済む話じゃないわ。総頚動脈損傷……貴女の所為で、先生は今も生死の境目を彷徨っている。眼を覚まさない可能性もあり得るし、仮に目を覚ましても後遺症は残るでしょうね」
「本当は、私もこんな強硬手段に出るつもりはなかった。先生の届出……あの機械達の掃討と、天童アリスの身分の保証。だけど、それを承諾する前に事が起きてしまった」
シャーレの届出。リオに宛てられた書類にはあの機械に関するデータと、それらを掃討する作戦の概要、承諾書。それに加えて、先生がアリスの身分保証人になる旨が記載された書類が同封されていた。ミレニアム全体、キヴォトス全体としても決して悪くない条件。
寧ろ此方に求められているのは、アリスをミレニアムの生徒としてこれからも認める事くらいで、それ以外には何も無かった。
リオ本人としても、流れる涙の量は少ない方が良いと思っている。誰もが笑い合えて、幸せならそれに勝る事は無い。
アリスを危険だと思った自身の判断を間違いとは思わない。アレは紛れもなく終幕を下す引き金であり、何かきっかけさえあればキヴォトスを終わらせるだろう。だが、適切な管理を行った場合に爆発しないのであれば、解体するよりもそちらの方がリスクが低く、合理的であろう。
故に、認めようとしたのだが……その矢先に事件が起きてしまった。しかも、先生は意識が戻るかも分からない、生死を彷徨う危篤状態。
これが、希望の末路だというのならば。
彼一人に何もかも背負わせようとした代償だというのならば。
────
「アリス、貴女は────自身を受け入れてくれる唯一の
「……ッ」
「他の誰が許しても、先生が許しても、一番その光景を許せないのは……他ならない貴女自身よ、アリス」
アリスの強張った体から力が抜ける。彼女はもう諦めてしまった。友達を傷つけて、大切な人を傷つけて。それでも皆と居たい────なんて思うのは……あまりにも罪深い。
「ちょ、ちょっと待っ────」
「下手に動かない方が良い。無関係な子を傷つけたくない」
部屋の外から聞こえる声を確認する事もなくリオはあくまで冷静に対処する。敵はアリス唯一人、それ以外は……リオが守るべき生徒だ。
「貴女が縋る
「……あ、アリスの剣が……
アリスが何度も使い、何度も助けられた宝物。アリスを繋いでくれた、大切な勇者の証。その電源が完全に落ちてしまっていた。電源を操作しても何も返さず、何処のランプも点灯しない。それはまるで、アリスが勇者ではないと雄弁に語っているようで。
「……あ、あ……うぅ……」
モモイを意識不明にして、先生を殺しかけ、それでも尚手元に残った宝物は沈黙しか返さない。
────アリスの心は、もう折れてしまった。
「……全部、アリスがいるからなんですか……? アリスが魔王だから、起きたことですか?」
「そうよ」
「アリスが此処にいたら、また同じことが起きますか……?」
「えぇ。そして、もっと多くの生徒が傷つく」
「……アリスが、アリスが消えたら……解決しますか?」
アリスの最後の疑問。それに首肯したリオを見て────彼女は、決めた。
「……そう、ですね。アリス、全て理解しました……アリスが、消えるとします」
その命を、終わらせることを選んだ。
「駄目ッ! アリスちゃんッ!」
「アリスちゃん……!」
「チビ、テメェッ!」
「やめて、アリスちゃん!」
アリスを止める数多の言葉と意志。勇者であろうと、魔王であろうと……例え彼女が何であってもアリスはアリスだと信じる彼女達。泣いてしまうほど暖かいけど……否、だからこそ。
「アリスは、もうこれ以上誰かを傷つけたくないです。怪我、させたくないです」
モモイが怪我をしたと聞いたとき胸が痛かった。
先生が怪我をしたと告げられた時も、同じくらい胸が痛んだ。
どうしてこんな事になったのか、未だにアリスの中で明瞭な解答は出ていない。しかし、それでも確かな事は────自分は、大切な人達を2人も傷つけた。
「色んな話を聞いて……やっと、理解しました。アリスがずっとこのまま居たら、いつか皆が傷ついてしまいます。そんなの、アリスは嫌です」
リオの手を取り、立ち上がるアリス。
「大丈夫です。アリスは生命体ではないのですから。アリスはミレニアムの生徒ではないから、いなくなっても大丈夫です。アリスは……勇者、ではないから。アリスは、先生に……き、嫌われて……しまいました、から……アリスは……だい……じょうぶです」
彼女はまるで、自分に言い聞かせるようにそう言って。
「ミドリ、ユズ、ユウカ、ネル先輩。今までありがとうございました。皆、アリスと一緒に冒険してくれてありがとうございました。モモイ、ごめんなさい。出来れば直接会って、謝りたかったです」
そして、最後に。
「先生、ありがとうございました。そして、ごめんなさい。手を握ってくれた時を、信じてくれた時を、アリスは一瞬も忘れませんでした。アリスと生きてくれて、ありがとうございます。今まで本当に、幸せでした」
リオとアリスは歩いていく。これからアリスを殺す場所に向かって。誰も笑ってなどいなかった。誰も喜んでなどいなかった。トキや、リオでさえ。
────こうして、全員が己の無力を噛み締めて。アリスは皆の前から姿を消した。