シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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ミレニアムサイエンススクールの会議室。本来ならばセミナーに使用目的、時間、人数を申請し認可を貰わなければならない部屋であるが、ユウカとノアの力添えにより今日一日丸々貸切る事ができた。
最新鋭の設備が惜しげもなく投下された場所でヴェリタス、ゲーム開発部、C&Cが一堂に会している。皆の表情は、決して明るいとは言えない。
「……結局、会長がアリスを連れて行ったんだね」
「ねぇ、これって結構ヤバいんじゃない……?」
「はい、非常事態です」
リオによる、同意の上でのアリス誘拐。それは彼女の事を可愛がっていたヴェリタスに大きな衝撃を与えた。会長の性格上、無意識下とはいえ部室棟崩壊の要因の一端を担ったアリスを放置するとは思えない。必ず何かしらのアクションはするであろうと予想していたが……まさか弁明の機会すら与えず強硬手段に出るとは考えていなかった。
そして、もう一件。
「……では、リオ会長が部長以外を呼び出さなかったのは」
「恐らく、最初からリーダーが裏切ると想定していたのだろう」
「酷い! アリスちゃんを連れてった上にリーダーの事も虐めるなんて!」
「そして、その虐めた相手がコールサイン
リオの懐刀にして切り札、C&Cのコールサイン持ち。拝命以降、ずっとその存在を秘匿されていた5人目のエージェントがリオ側として立った。恐らく、彼女の目的に賛同している訳ではなく、ただ彼女の道具として振る舞っているだけなのだろう。正にリオが欲した便利なナイフ。揺さぶりも説得も一切通用しない。主たるリオが諦めるまで、彼女もまた諦めないだろう。
「アカネちゃんはトキちゃんの事何か知ってる?」
「……いえ、詳しい事は殆ど。私も、私達以外にもう一人コールサイン持ちがいる、という事くらいしか知らなかったので……5人目のC&C、任務に赴く事は無いリオ会長専属のボディーガード……それが彼女です。リーダーは彼女と戦ってみて、どうですか?」
「強ぇ。それだけは確かだ。からくりはあるだろうが、それを差し引きしても強ぇ」
基礎と基本を徹底的に極めた優等生の戦闘スタイル。セオリー通りながらも独自性を持ち、相手に一手先を読ませない技巧。全てが高水準かつ、隙がない。敵にするとかなり厄介なタイプだろう。
そしてネルは大きな溜息を吐き、表情を有り余る悔恨で歪めた。
「……目の前でアイツが連れて行かれるのを……アタシは、ただ見てる事しかできなかった……」
「リーダー……」
「リーダー、気に病む必要はない。正面から戦った訳じゃないだろう?」
「そうだよ! あんなの無効だよ、無効!」
「────お前らは、任務が失敗してもそんな言い訳をするのか?」
あの日、アリスに言われた言葉。それをオウム返しのように、目の前にいる仲間達に投げかける。
トキの武装が初見であった事。
部室を傷つけられない事。
ユウカやゲーム開発部に気を配らなければならなかった事。
トキが徹底したネル対策をしていた事。
トキが切り札を切った事。
リオのサポートがあった事。
ネルにとって不利な条件は多くあって、トキにとって有利な条件は多くあった。あの戦闘は全くフェアではなかった。だが、だからと言って無かった事にはできないだろう。反則も無効も、現実にはない。
ネルはトキに負けて、アリスが涙を浮べながら連れて行かれるのを見ている事しかできなかった────その結果だけが真実だ。あの日噛み締めた無力感だけが、
「なぁ、どうしてだ」
ネルは片手で顔を覆いながら、疑問を吐く。
「あのチビはどうして、ヘイローを壊すなんて話をされたのに、リオに付いて行ったんだ? 言葉の意味を理解して、納得した上で付いて行ってるのか? なぁ……ゲームがちょっと上手い程度のチビに、何でリオはあんな事を言ったんだ?」
────あの時見た、アリスの涙が脳に焼き付いて離れてくれない。
「アタシだけが理解できてないのか? だったら教えてくれよ、一体これは何なんだ?」
「……取り敢えず、一旦状況を整理してみましょう」
コタマは部屋の隅に置いてあった大型のタッチディスプレイを持ってきて、ペンを持つ。それを見て自分ばかり弱音を吐いていられないと思ったのか、ネルは立ち上がって。
「そうだな……情報共有といこうか。アタシ達には、知らない事が多すぎる」
▼
アリスの起動から暫く経ったある日から、ミレニアムの廃墟にて
シャーレが
リオの追跡から逃れた
事件から二日後、リオがゲーム開発部の部室に来訪し、トキとAMASを用いてアリスを誘拐。彼女の目的はミレニアム、ひいてはキヴォトスの為にアリスのヘイローを破壊する……つまりアリスを殺す事だった。
────そして、今に至る。
流れのままに、流されるままに。抗う事すら許されず、彼女達の意志が及ばない所で様々な部分が決定してしまった。返してと叫んでも届かなくて。奪わないでと泣いても意味がなくて。
少女達は大切な人を3人も失ってしまった。
「……アリスちゃんは……会長の言う通り、本当に……魔王なんでしょうか?」
「アリスちゃんの気持ちをちゃんと聞いて、お話したいよ……アリスちゃんは、そんなんじゃないって、魔王なんかじゃないって……会長を説得したい……」
アリスに会いたい。会って、ちゃんと話したい。また心を交わしたい。少女達の本音はこれに尽きる。リオの言葉を、アリスの涙を否定したい。魔王なんかではないと証明したい。
だが、どうやろうというのだ。ミレニアムを隈なく探してもリオもアリスも、トキすら見つけられない。そして、ヴェリタスの部長と特異現象捜査部の部長を兼任しているミレニアム屈指の反則札のヒマリも数日前から行方不明だ。
したい事、しなければならない事。それらはあるのに、やる方法が無い。無力で、無知で。
ギリ、と誰かが奥歯を噛み締める音がやけに大きく聞こえた。
そんな時。
「────モモイ」
誰もが予期しなかった。
「降臨ッ!」
誰もが求めた少女が部屋の入り口で仁王立ちしていた。
「お姉ちゃんッ!」
「うわっ!? なになに!?」
それに真っ先に反応したミドリは椅子を蹴飛ばしながらモモイまで駆け寄り、その勢いのまま抱き着いた。突然体当りからの熱い抱擁をされた彼女は目を白黒させながらミドリの方を見ると、彼女は泣いていた。だが、それは悲しみから来るものではなく……安堵と歓喜。
「良かった……本当に、良かった……ッ!」
「ミドリがアンチコメ読んだ翌日の一日限定甘えん坊モードになってるんだけど!? 何で!?」
「モモイ、眼を覚ましたんだ……良かったぁ……」
「なんかユズもそんな感じになってるし!?」
ミドリとユズ、大切な2人に揉みくちゃにされているモモイ。口では疑問と驚愕を言っているが、その表情は満更でもなさそうで。
「お姉ちゃん、体は……?」
「勿論大丈夫! ぐっすり寝たから体力ゲージもマックス! そう……今の私は、棚からポーションを手に入れ、次ステージの推奨レベル以上にレベルを上げ終えた戦士……! 怖いものなんて何もない、超強化女子高生状態だよ!」
▼
深夜のショートケーキすら怖くない超強化女子高生なるものに進化を果たしたモモイ。意気揚々と部屋に入ったはいいが、何も状況を知らされてない彼女に対する説明を終えて。全てを聞き終えた彼女は、思いっきり息を吸い込み────。
「このおバカさんが!」
と、開口一番叫んだ。
「正直、難しい話はよく分かんないけど……何言ってるか結構さっぱりだったけど……皆の話聞いてたら胸がぎゅって痛くて、あんまり言葉が纏まらないんだけどさ……でも、1つだけ確かな事はあるよ!」
「……確かな事?」
「私達がこの事態に納得できてないって事! 正直アリスが魔王だろうがドラゴンだろうが何だろうが、そんな事どうでもいいの! 私はこのままアリスとお別れなんて嫌だよ!」
世界を滅ぼす魔王だろうがなんだろうが、そんな事はどうだっていい。重要なのは、この帰結に己が納得するか否か。あの別れを今生の訣別にしたいかどうか。涙のまま死に逝くアリスを、見殺しにしたいのか。
そんなのは嫌だと────ただ、シンプルに。
「アリスの最後の言葉、別れの挨拶でもなんでも無いじゃない! まともなエンディングですらない! 最悪だよ!」
アリスにそんな事を言わせるために言葉を教えた訳じゃない。あんな寂しい別れを言わせたくて今まで一緒に思い出を育んだ訳ではない。言葉を教えたのは、思い出を育んだのは、これからもずっと友達でいるためだ。
その未来を、否定すると言うのならば────。
「だから私はアリスを連れ戻しに行く! 連れ戻しに行きたい! 皆、そうじゃないの!?」
アリスの下へ行く理屈なんて、それで充分だ。難癖をつけられたなら理由なんて後で幾らでも後付けしてやればいい。
今、早急に考えなければならない事は、この事件の真相なんかではない。囚われたアリスをどうやって助けに行くかだ。それ以外の事なんて心底どうでもいい。
「……うん、そうだね」
「流石モモ! 良い事言うね~!」
「えぇ、シンプルで分かりやすいです」
モモイの単純な、力強い言葉。アリスを助けたいという一念にヴェリタスの3人は笑みを零す。そうだ、簡単でいいじゃないか────と。友達を助けるのに、小難しい理屈や理由なんて不要なのだと。
「……感謝するぜ、チビ。あぁ、そうだ。ごちゃごちゃ考える必要はねぇ。殴られたら殴り返せばいい。奪われたものがあるなら奪い返せばいい。単純明快だ。アタシも、あの結末に納得なんかしてねぇしな。なぁ、お前達はどうだ? アカネ、アスナ、カリン」
「ふふ、言葉にする必要がありますか?」
「それが部長の決定なら」
「勿論付いてくよ~♪」
C&Cの4人も、アリスの救出に同意を示す。
ネルはあんな弱い者虐めに加担するために、黙認するために
そんな彼女に3人のメンバーも当然のように同意を示す。リーダーらしいと笑いながら、自身達の雇い主に反逆を決意。ミレニアムの為に奉仕を続けてきた少女達は、アリスという一人の生徒の為だけにその正義を投げ捨てた。
────此処に、アリス奪還作戦の決行が決定された。
▼
奪還が決定したは良いが、決まっただけ。相変わらず何から手を付けて良いかは不明であり、リオの潜伏先とアリスの居場所は闇の中だった。だが、それでもできる事から、目先の事から始めようと思った時────突然、会議室のドアが音を立てて開いた。
ドアの向こう側に立っていたのは先の一件でアリスを守り切れなかったユウカと、彼女の親友たるノア、そして強制連行されたと思われるコユキ。セミナー室から全力疾走してきたのだろう。額には僅かに汗が浮かんでいて、前髪が張り付いている。それを鬱陶しそうに払い除けて、ユウカは。
「リオ会長がアリスちゃんを連れて行った先が分かりました」
と、誰もが求めた情報が手の内にある事を開示した。
「本当!?」
「えぇ……というかモモイ、起きたのね。無事でよかった。身体はもう大丈夫なの?」
「勿論! ぐっすり寝たから万全だよ!」
偽りが無いその言葉にユウカも笑みを零す。口では少々淡泊に言っているが、事件の後処理に追われる日々の中でもお見舞いを欠かした事は無く、最低でも一日一回はモモイの顔を見に行っていたのだ。その事を知っているノアは『素直じゃありませんね。でも、そこも可愛いんですけど』と思い、手帳に記録する。
「んで、その潜伏先は何処だ?」
「今画面に映しますね……此処です」
ユウカは手元のタブレットとスクリーンをケーブルで繋ぎ、画面をミラーリングする。接続から少し経った後、画面が数回明滅して……そして、映し出されたのは。
「んだこりゃ……都市、か?」
茫然としたネルの呟きの通り、画面に映し出された場所は都市であった。理路整然とした未来都市。立ち並ぶビル群と網目のように張り巡らされた道路。キヴォトスの中枢都市も宛ら、といった都心が映っているが……人が、1人も居ない。発展しているのにも関わらず、人の気配と生活の痕跡が皆無だった。
「ネル先輩の言う通り、これは都市です。データベースから消去された資料を復元して見つけた、存在しない筈の場所のデータ……コードネーム、
「そうだがよぉ……こんな規模の都市を秘密裏に建てるなんて、リオのリソースはどうなってんだよ」
ネルの至極真っ当な疑問。この場に居る誰にも……同じセミナーの少女達にすら悟らせず、秘密裏に作る手腕と隠蔽力も驚愕するが、一番はリソース問題だ。
現実問題、この規模の都市を建造するのには莫大な資金と資材が必要になる。リオが会長であっても彼女の独断で一度に動かせる資金には上限があり、それに縛られる限りこの規模の都市は十年経っても建造できないだろう。
故の疑問。リオにはトキ以外にも、これらの資金と資材を融通した協力者がいるのではないのか……という想定。仮にいるとしたら、それは一介の学生の身分で収まる器ではない。最低でもリオと同等の……学校の会長クラス。もしかしたら大企業の役員・取締役という説もあり得るかもしれない。仮にそうであるならば、ただ単純な暴力で解決する問題ではなくなってしまう。ネルとしては、そういった企業や外部の利権が関わる面倒事は避けたかった。
鋭い彼女の疑問にユウカは「その……」と気まずそうに眼を逸らして
「……セミナーの予算を横領してたんです」
「普段から突飛な行動をされる方ではありましたが……本当にショックです。こんな事をされるなんて……」
「いや、横領には気付けよ。何のための会計と書記なんだお前等は」
「にはは! ぐうの音も出ないですね!」
ネルの容赦ない正論が突き刺さったコユキ以外のセミナー2人は、互いに示し合わせたように肩を落として苦い顔をする。特に会計のユウカは大きなダメージを受けていた。彼女はセミナーの、ミレニアムの財政を担う重要な役職に就いている。本来、こういった不正を防ぐ役割を担っていたはずなのに、防ぐことはおろか気付くことすらできなかった事には人一倍責任を感じているのだろう。これではゲーム開発部を始めとした、今まで資金に関して口酸っぱく言っていた部活に示しがつかないとも。
対するノアは苦い顔をしているが……必要だったと割り切っている。彼女は、リオが予算を横領してまで作ったエリドゥの価値を知っているのだ。彼女が建設した要塞都市は来るべき決戦に於いて重要な役割を担っている。住民の避難場所として、或いは決戦の地として。
それを知っている身としては、幾ら予算を横領しているとはいえ悪くいう事はできない。アレが無ければ、もっと多くの血と涙が流れていただろうから。
「それにしても、予算を横領ですか……この都市の存在も、そこから知れたのですか?」
「はい。予算の一部に不透明な流れを発見し、それを追跡して……という形です」
────リオが不透明な流れをそのままにする、なんて初歩的なミスを犯す訳がない。敢えて残す必要もない。となると考えられるのは、気付いても残すしかなかったか……或いはリオ以外の誰かが、残るように細工したか。
「いやぁー、それにしても、リオ会長がまさかマジヤバ生徒誘拐をするなんて……」
「……リオ会長は、ご自身がやると決めた事に関して絶対に迷いません。合理的な判断を────時には重要な決断が必要な場面でも何ら迷う事はなく、目標達成のためであれば、ブルドーザーみたいに強引に事を進めてしまう。そうして危険を排除し、キヴォトスの終焉を防ぐべく奔走した結果、出来たのが……」
ノアは瞳の奥に読み取れない感情を滲ませて。
「あの要塞都市、エリドゥなのでしょう」
────そうだ、リオはやるべきと決めた事、やらなければならない事に関しては決して迷わない。基本的に自己完結しているから、良くも悪くも他者の意志が介在しないのだ。故にその意思が揺らぐ事はなく、ただ只管求めた理想に向けて前進する。例え、その理想の果てで己が糾弾されようとも、罪人として罰せられようとも……彼女は決して足を止めない。
その姿が、ノアは先生と重なって見えた。
やるべきと決めた事、やりたいと思った事には愚直で。恐れを消さず、疑問を忘れず、希望を捨てず、自分を疑わず。戦いには無縁なはずなのに、誰よりも前に立って走り抜ける姿。誰かの幸福と平穏を祈り続け、生徒を救い、守り、教え、導き、寄り添い……
あぁ、覚えている。彼の言葉を。
────死へと向かう巡礼の旅、その果てが昏くとも、今まで積み重ねた全てを無駄にしない為に
そう言って、彼は
だから、今度こそは。そう誓ったあの夜を、彼の温度に抱かれた日を彼女は忘れない。もうこれ以上、責任を抱える誰かを見捨てたりはしない。彼も、リオも。一人でその道を歩むには、余りにも寒いだろうから。
本音を言うと、死の淵を彷徨う彼の傍から一瞬たりとも離れたくない。手を握ってあげたい。黄泉へ向かう道から引き戻してあげたい。オルフェウスのように音階を奏でながら、彼を暗い道から連れて、明るい空の下へ。
でも、それは我慢。彼に胸を張ってまた会えるように、今はやれる事をやるのだ。目が覚めた彼に呆れられてしまわないように。
それに、彼はきっと願っているのだ。彼が誰かの手を引いて歩いたように、彼に救われた誰かが誰かの手を引いて歩く事を。そうやって善意と優しさの輪が広がって、キヴォトスを包む事を、彼は祈っている。
その細やかな願いを叶えてあげたい。彼に救われ、彼に手を引いてもらった一人の生徒として。今度は自分が、誰かを救い、手を引く番だと。
立場の関係もあり、
「……アリスちゃんは、エリドゥの中心部にあるタワーに連れて行かれた可能性が高いわ」
ユウカがタブレットを操作すると、一際高いタワーが拡大された。サンクトゥムタワーやシャーレのオフィスビルと比べたら見劣りするが、それでもかなりの高度を誇る建造物。エリドゥの中枢機能を担うタワーは確かにアリスを連れ込むのにはうってつけの場所だろう。安全性も申し分なく、侵入者の迎撃もしやすい。
「地上340mのタワー、屋上付近は電波塔も兼ねてるようね。地下は20階まであるけど……復元したデータからは、地下に何があるかまでは分からないわ」
「電力の消費はどうなってるの?」
「あくまで設計当初の想定ではあるけど……屋上付近と地下が特に」
「となると、その2択か……アスナ、どっちだと思う?」
ネルの問いにアスナは数秒「うーん」と唸り……そして、閃いたように。
「高い方!」
「おし、じゃあアリスは屋上付近か」
「……改めて見ても、その直感、本当に反則技よね……」
「……でも、何でこんな目立つ物が今まで見つからなかったんだ?」
「カリンの言う通りです。このような規模の都市、いくら会長であろうとも必ず何処かで情報の流出が……」
設計当初の図面を見るに都市の面積は100km2。大小様々なビル群が立ち並ぶ未来都市と、中央に聳えるタワー。完成するまでは、少々無理があるがリオの完璧な情報統制でどうにかできたと仮定する。
だが、完成品はそうはいかない。あの規模ではどう考えても目立ってしまう。頑張れば隠し通せる、なんていう範疇を超えているのだ。高所から眺めれば確実に発見できてしまうだろうし、例え地上であっても一際高いタワーなら眺めることは出来るだろう。規模も何もかも、隠すのには向いていなさすぎる。それなのに今まで影すら踏むことができなかったのだ。
故に、何かしらのからくりがある。
「……鏡面偽装技術。実験段階の迷彩……簡単に言えば、透明人間になれる技術を使っているんです。周囲の風景と同化して、鏡のようにテクスチャを張り付ける……直視はおろか、音波も電磁波も遮断した完全なステルスを、会長はこの都市全域に使用しています」
「……成程な。理屈や理論は分からねぇが、言ってることは粗方理解できた。つまりリオはずっとエリドゥとかいう場所でコソコソやってたんだな。セミナーの予算を横領して、ステルスも使いながら」
────全ては、自身が予期してしまった決定的な『滅び』に対抗するために。類希な頭脳はキヴォトスの終点を見てしまい……そして、その終わりを回避するためにリオは未来に奉仕する奴隷になってしまった。彼女は
まるで、救世主であれと捧げられた彼のように。
「エリドゥの座標は此処です。鏡面偽装は都市をドーム状に覆っているだけなので、内部に足を踏み入れてしまえば影響を受けません」
「……確かに受け取った」
ネルのスマホに転送されたエリドゥのデータと、その座標。距離は少々離れているが、行けない場所ではない。陸路では行けないだろうから、必然的に空路を使用する事になるだろう。C&Cでヘリを出すか、或いは別の部活からヘリを借りるか……いや、それでは駄目だ。迎撃システムで叩き落とされる。ならば、別のルートを……と考えても、ぱっと思い浮かばなかった。
「ここから先は私達の仕事です。御三方はミレニアムに残ってください」
「ッ! でも……!」
「お気持ちは分かります。ですが、セミナーが不在となってはミレニアムの行政が麻痺してしまいます。どうか、ご理解を」
考えてみれば当たり前の話だ。セミナーが全員出払ってしまえば、それだけでミレニアムは混乱に陥る。特に今は大きな事故が起きた直後、生徒の安全はセミナーの責任に関わる。そんな状態でミレニアムを離れてしまうのは悪手だろう。確かにアリスもミレニアムの大切な生徒であるが、ミレニアムの生徒は彼女一人ではないのだ。アリス救出の為に他の生徒を蔑ろにしてしまっては……それこそ、大勢の為に一人を切り捨てたリオと変わらない。
それでも、アリスを助けたいという気持ちが大きい。あの時取れなかった手を、握れなかった手を握りたい。今度こそは、と何度思った事か。アリス奪還の実働メンバーに参加できないユウカの心中は察するに余りある。だが、それでも────ユウカは自分のやるべき事、やれる事を合理的に、冷静に見極められてしまうから。
彼女は苦虫をダース単位で噛み締めた様な顔をして、絞り出したように「……分かりました」と呟き。
「お願いします……リオ会長を止めて、アリスちゃんを連れ帰って来てください!」
その願いを、彼女達に託した。