シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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重厚な鉄筋コンクリートに覆われた光を一切通さぬ独房。あらゆる希望が絶たれた現代のシャトーディフは要塞都市エリドゥ内部────中央隔離施設と呼ばれる場所にある。
隔離施設と呼称される事から読み取れるように、此処の本来の用途は独房ではない。あくまで干渉を遮断する目的の施設であり、その性質が偶々独房として非常に優れていただけだ。故に罪人を収監する施設にしては設備が整いすぎており、正に至れり尽くせり。だが……快適なのかと問われれば、囚われの花は満面の笑みで首を横に振るだろう。
思考を煙に巻く午前三時。ヒマリは車椅子に背を預けながら、心底忌々しそうに閉ざされた天井を見上げた。
「リオ……あなたがやっている事は、やろうとしている事は本当に忌むべき事です。直視に耐えません」
『……貴女はいつも悪し様に私の事を罵るわね。陰気だとか、浄化槽に浮かぶ腐った水だとか……』
ヒマリの独り言に反応し、通信を繋げて来たのはいつもの仏頂面をしたリオだった。相変わらず明るさの欠片も無い陰気な顏、見ているだけで気分が沈みそうになる。
「あら、盗み聞きとは趣味が悪いですね。そうやって陰に隠れていないと他人の本音も聞けないのですか?」
『盗み聞きも何も、此処は私の領域内よ。この場でのあらゆる活動は私の手にあるわ』
「相変わらずですね。えぇ、下水道の水のようなビッグシスターらしさが出ていて何よりです」
『……まぁ、良いわ。そんな風に私を非難する事ができるのはこのミレニアムで……いえ、このキヴォトス上で、ヒマリ……貴女くらいでしょうね』
つまりは、面と向かって対等に対話ができないほど、リオは他者と隔絶してしまっているのだ。その優れ過ぎている知性の所為で。そんな彼女の唯一の対等がヒマリであり、彼女だけが唯一面と向かって対話ができた。幼馴染、という言葉だけでは言い表せない深い仲。彼女達は互いに唯一無二であり……同じ地平を見る事ができるのだから。
だが、それも今は過去の話。
『そんな貴女だからこそ、私が今からしようとしている事を理解してくれるのではないかと、期待していたわ』
「アリスのヘイローを破壊する行為を、ですか?」
『……』
「あなたは自分の行いを、ミレニアム────ひいてはキヴォトスを守るための……そういった類の行為だと信じているのでしょうけど」
ヒマリは目を逸らさず、ホログラムに映るリオの双眸を見つめた。
「結局の所、何も知らない少女を誘拐して、都市に監禁し、
『その言葉は間違っていないわ……でも』
リオは何か反論を言おうとした。ヒマリが納得してくれるように、理解してくれるように言葉を尽くそうという意志を持った。だが、リオは『いえ……』と言って、その相互理解に至る可能性を孕む道を自らの手で閉ざす。
『貴女はそう考えているから、私の事が理解できず……許容もできないのでしょうね』
「えぇ、私はあなたに賛同しません。そして────シャーレの先生も黙ってはいないでしょう」
『……そうね。彼と関わった時間は決して長いとは言えないけれど、それでも
「……どういう意味ですか、リオ」
『先生は
端的に告げられたその言葉の意味、その理解をヒマリの心が拒んだ。笑えない冗談であってほしいのに、リオがそういう遊びを一切行わない性格である事は良く知っている。故に紛れもない現実であると脳は解を出しているのにも関わらず、彼女の心はその真実を拒んだ。
────先生が、死ぬわよ。
先日の会合でリオが言っていた言葉。それが真実になりかけたのだ。だが、あくまでなりかけただけ。リオは意識不明の重体と言った。彼女が決して事実を歪めない性格をしていることは長い付き合いでよく知っている。だから、彼はまだ生きている────そう思って、不安を薙ぎ払った。
『それでも、向こうにはC&Cというミレニアム最高峰の戦力が渡っている。油断も慢心もできないわ』
「……元々そんな可愛い部分がある性格じゃないでしょう、あなたは」
リオの辞書に油断やら慢心やらといった言葉が皆無な事は長い付き合いから身に染みて知っている。良くも悪くも遊びがなく、同時に隙も無い。がちがちに凝り固まった合理主義者がリオの顔だ。
『────全く、誰一人私の事を理解してくれないのね……唯の一人でさえも。えぇ、でも、それでも構わないわ。私も子どもじゃない、誰も彼も理解してくれるとは思っていないわ』
「そうやって誰も理解してくれないと腐るのも、それなりに子どもだと思いますよ?」
理解してくれないと嘆くリオは、果たして歩み寄る努力をしたのか。自分はこういう事を考えていて、こういう意図があると……自分はこういう人間であると一度でも他者に晒した事はあるのか。
逆に、リオは他者を理解する努力をしたのか。一度でも、誰かと面と向かって本音を話したのか。互いを知るための言葉を、合理性を盾にして彼女はずっと蔑ろにしていたのではないのか。
理解されないからと決めつけ、他者を遠ざけて独りで腐るのは……あまりにも、子どもだ。
『……ヒマリ、貴女はこの前言っていたわね。私がセーフハウスを作っているんじゃないかって。でも、その回答だと半分以上不正解よ。より正鵠を得るならば、このエリドゥは未来に起こる脅威を防ぎ、迎撃するために建てた要塞』
外界からの干渉、外界への干渉……その双方を遮断するこの場所は要塞であり、シェルター。危険を排除する剣ではなく、危険から身を護る盾。全ては、破滅へ至る未来を覆すため。
「リオ、あなたは相変わらず……」
『理解されなくても、この世が私を悪と規定しても構わない』
生き方は決めた。今更引き返す事はしない。ならば、後は自分に出来る事を精一杯やるだけだ。
『私は、私が正しいと信じる道を進むだけよ』
────例え、その果てが地獄でも。
▼
通信を切ったリオは全てを見下ろせる管制室の椅子の背凭れを軋ませる。
────ヒマリには全て話した。意図も、目的も、何もかも。後は自分が全力を尽くすだけだ。もし万が一失敗しても、その後はきっと彼女が道を正してくれるだろう。
リオは目を開き、エリドゥを見つめる。誰かを、未来を守りたいという願いの結晶。リオがその身を捧げ続けた証は……相変わらず何も答えてはくれなかった。
「起こりうる全ての変数を考慮し、計算しても……私が目標を達成する確率は99%以上。備えは充分、後は実行するだけ……」
『────リオ様』
これからキヴォトスの敵を屠るのだと、躊躇うな、疑問を持つなと……自分に言い聞かせるように呟いたリオに届いたのはトキからの通信。彼女の平坦な声音を聞いて心が冷えたのか、リオはいつも通りの表情を張り付けた。
「何かしら、トキ」
『エリドゥの監視システムから報告が』
「……分かったわ。結局、データが示した通りになるのね」
リオは長い髪を払い、エリドゥの全システムを励起させる。侵入者を決して逃さないフィールドが完成し、合理性の元に磨り潰さんとビッグシスターの意志が駆動する。
「では、後は手筈通りに」
『イエス、マム』
短い一言と共に通信が切断される。侵入者を表すポインタが幾つか。地下と空中。数は空中の方が圧倒的に多いが、これは恐らくデコイも含まれている。スピードは圧倒的に空中が速い。このまま手を打たなかったら数分と経たずにリオの座す中央タワーに足を踏み入れるだろう。
この場合、本命は────彼女は冷静に、相手の策を分析し、使っても痛くない手札から切っていく。
そして、彼女は小さく呟いた。
「全てが終わったら、ヒマリ、貴女も……先生も……きっと────」
己を受け入れてくれるのかもしれない、なんて都合の良い妄想をリオは胸の奥底に埋葬した。
▼
エリドゥのシステムの探知内に入った事を確信したアスナがネルにハンドサインを送ると、小柄な彼女は小さく頷いて────冷たい声を発した。後ろに降下用のハッチがある作戦スペースにて、最強戦力達は作戦の最後の確認を行う。
「────お前等、準備はいいか?」
「勿論!」
「あぁ、問題ない」
「いつでも開始できます」
最新鋭のヘリの機内。ミレニアムサイエンススクールが誇る最強の武闘派集団であるC&Cは、当然の如く移動手段を自前で持っているのだが……彼女達はそれを全機スクランブルさせたのだ。C&Cが乗っている機体以外にもデコイ目的の機体が何基も隊列を組んでいる。
全機の目標地点はエリドゥの中央タワー。撃墜にリオがリソースを割けば作戦通りに、仮に見過ごす事を選んだのならばヘリを質量兵器代わりにしてタワーをへし折る算段。操縦しているAIには何重にもプロテクトが掛けられており、その解除にリオ本人を動かせるならばそれはそれで良い。
彼女達は陽動、リオのリソースを少しでも割かせた時点で勝ちなのだ。
尚、今回の作戦で破損したヘリの費用は全てリオに請求するつもりである。
「アタシ達の役割は陽動。リオに無視されなきゃそれで勝ちだが……どうせなら、アイツのリソースを可能な限り吐かせた方が良い。本命のアイツ等が楽できるからな」
「えぇ。ドローンは都市全域で1000らしいですが、このデータはあくまで建設当初のもの。今はこれよりも多くなっていると考えた方が良いでしょう。流石に倍になっているとは思いませんが……それでも、1500機はあるかと。そこから非戦闘用の機体とメンテナンス中の個体、私達の降下ポイントから離れている個体を除くと……」
「大体、1000弱か」
「はい、そのくらいになるかと────」
刹那、爆音が轟いた。隣を見れば隊列を組んでいたヘリが一機撃墜されていて、機体を空中分解させながら地に落ちていく最中。撃墜に使用されたのは迎撃用パトリオットミサイル。だが、それ以外にも隠し玉はあるだろう。
「リーダーはトキちゃんに掛かり切りになっちゃうから、私がドローン達と戦うんだよね?」
「となると、私達3人で最低でも600は持って行きたいな」
「一人200機ですね。分かりました、それを目安にしましょう」
そう話している内に、次々とヘリが撃墜される。最新のヘリを容易く撃墜せしめる迎撃性能は流石リオ手製というべきだろう。あれだけ持ってきたはずの機体がもう片手で数えられる範囲になってしまった。
「うし、固まったな。アタシがトキと
4名のインカムにヴェリタスの通信が入る。降下ポイントである、と。後部のハッチが開くと、辺り一面に広がる要塞を冠する未来都市。だが、其処は既に硝煙弾雨飛び交う戦場。破滅的な香りが鼻孔を擽り、ネルの口角が自然と吊り上がる。
────最近は、ずっと消化不良だった。
アリスとの戦いは目的を果たしたために銃を収めた。
アリスが攫われるのを止められなかった日は最悪だった。
だが、今は違う。伸び伸びと戦える。誰かの命令ではなく、自分の意志で。アリスを助けるという、自分が望んだことの為に引き金を引ける。
それの────なんと気分の良い事か。
「
誰よりも早く飛び出たネルはミサイルとCIWSが飛び交う戦場へと身を晒した。その次にアスナ、カリン、アカネと続いて降下し────そのタイミングで彼女達が乗っていたヘリが撃墜。降り注ぐ熱風と破片、そしてミサイル。それらを巧みに躱しながら、防御しながら彼女達は銃を構えた。
重力加速度に従い落下する中、視界が飴細工のように伸びる。眼下、見下ろした先にはAMASが銃口を向けていた。ミサイルもターゲットをヘリから4人に変えて、彼女達を撃破せんと白煙を吐く。
だが────。
「甘ぇよ」
その程度で倒されるメンバーは誰一人としていない。圧倒的な制圧能力を誇るネルは二丁のSMGの火力と連射力を生かし、向かってくるミサイルを片っ端から撃墜し、CIWSの弾丸は振り回す鎖で叩き落とす。その間にアスナとアカネが地表のAMASを制圧し、カリンがミサイルやCIWSの発射口を的確に射貫く。空中という生身の人間では身動きを取る事すら困難な悪環境ですら、彼女達の能力を下げる足枷にはなり得ない。
あれだけの迎撃、対空防御、近接防御、AMASを使用したのにも関わらず、リオはC&Cに掠り傷一つ与える事が出来なかった。
「降下成功。次のフェーズに参りましょう」
アカネの言葉に呼応するように彼女達はマガジンを新しいものに交換し、再び銃を握る。わらわらと集ってくるAMAS、各部からせり上がる機関銃とミサイル発射装置。たった4人しかいない彼女達はあっという間に囲まれた。だが、この程度の雑兵で彼女達の余裕は崩せる訳がなく。
「熱烈な歓迎だね~」
「えぇ、そうですね」
「……どうやら、行かしてくれそうにないけど」
「ハッ! 関係ねぇよ、押し通るまでだ────行くぞッ!」