シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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C&Cに嗾けられたリオ手製のドローン、AMASは全滅した。彼女達が相手にしたドローンの数は4桁に迫る勢いであったが、その悉くを戦闘不能に追いやり、徹底的に破壊。
周りの被害も一切気にしなかった所為か、彼女達の戦場となっている場所は見るも無残な姿に成り果てている。道路のコンクリートは捲れ上がり、ビルや建造物も大半は吹き飛び原型を残しているものは4割にも満たない。あらゆる迎撃武装、隔壁も当然の如く全て粉砕。彼女達は僅か数セクションという限られた範囲であるが、エリドゥを破壊した。
そして、今は。
「アスナ、いっくよー!」
この戦いを心底楽しんでいる事がよく分かるアスナの声が聞こえたと思ったら、彼女は銃を片手に突貫する。ブルパップ式のアサルトライフルから発射される弾丸は全て直撃コース。驚異的な精度と言わざるを得ない。回避は困難だろう────トキ以外であれば。
「────ッ」
「わお! 凄いね~!」
トキは弾丸の弾道を全て見切り、最低限の動きで弾雨をすり抜ける。跳弾すらも演算に織り込んで、弾丸が自身に命中する可能性を排除した。それに驚嘆するアスナをトキは冷たい目で見る。そして彼女は────この場で一番何をしてくるか分からないアスナを最優先で叩き潰す事を選択した。
彼女は余りにも危険だ。ネルに次ぐ実力を持つ、という時点で大概なのに、それに加えて異常な直感を持っている。意図的に発動させれば相応のデメリットがあるが、それを差し引いても破格と言わざるを得ないだろう。使うだけであらゆる状況不利を無視して盤面をひっくり返せるポテンシャルがあるのは非常にやりにくい。特に、リオのように盤面を整える事で強さを発揮する戦略家タイプにとっては。そして、そのリオの作戦の下で動いているトキにとってもやりにくい事この上ない。
────相手の逆転の目を潰すなら最優先で狙うべきはアスナだ。
トキは足のスラスターを稼働させて加速。両アームギアに搭載されている超小型機関銃を展開し、その両手でアサルトライフルを構える。圧倒的な初速と加速により一瞬で零になる彼我の距離。互いが攻撃を仕掛ける前のコンマ数秒間、アスナは思考する。
────右をよく見てるから右かな? でもそれはブラフだよね。本命は部長にやったみたいなギミック……この距離で機能するならブレードとかスタンガン? もしかしたらショットガンって線もあるかも。
そして、彼女の直感から導き出された最適解は。
────首! 左! あとはアドリブ!
「捉えましたよ、アスナ先輩」
いつの間にか銃から離されていたトキの右手。それは紫電を纏いながらアスナの首筋に伸びていた。予想通りのスタンガン。だが、間違いなく一般に流通しているものよりも高電圧だろう。もしかしたらアンペアも高められているかもしれない。仮に当たれば間違いなくこの戦場から脱落してしまうのだが────それは当たればという仮定の元。この行動はアスナの直感の範疇にある。
「あはっ! 当たらないよ!」
彼女は直感の赴くままに上体を逸らし、トキの魔手を回避。そのまま彼女は右手を地面に突き、それを軸にして左足を延ばし体を捩じる。繰り出された蹴りはトキが構えた銃を腕ごと弾き、彼女は胴体ががら空きに。アスナはその隙に滑り込ませるように左手で持つ銃を突きつける。トキの顎下、数mm。
トリガーが引かれるまでコンマ何秒のオーダー、回避可能な距離ではない。両腕は共に攻撃に使ってしまい、防御は間に合わない。余人なら絶体絶命のその状況、しかし────トキにとってはまだ巻き返しが可能だ。
彼女は脚部のスラスターを全力で逆噴射し、アスナの銃口から離れる。刹那、狂い咲いたマズルフラッシュ。銃口から逃れられたアスナと両手を戻したトキ……両者が再度、互いに照準を定めたのは全く同時であった。
銃の銘や型番は異なるが同じアサルトライフルを扱う者同士、互いが最も得意とする距離感は必然的に近くなる。このまま状況が進むとあとは本人のスペックが物を言う純然たる実力勝負に転がり込むのだが……アスナは別に一人で戦っている訳ではない。
「今だ!」
地面をホバリングするトキに飛来する対戦車ライフルの弾丸。アスナと距離を取ったという事は、支援射撃にアスナを巻き込む可能性が無くなった事を示す。C&Cの狙撃手、カリンがその本領を発揮した。
次々と飛来する弾丸、その全てが正確無比であり致命打。速度で振り切ろうと思っても未来の位置をある程度予測しているのか、その照準に揺るぎは見られない。
猛追するアスナと、それを支援するカリン。厄介極まる組み合わせを前にトキも己の武装全てを用いて距離を話ながら迎撃し────そしてある地点まで来たタイミングで、「カチ」と嫌な音が足元から聞こえた。
瞬間、ホワイトアウトする視界。各ギアに仕込まれたシールドが稼働し体の機能を保護するが、相手はそんな事なんてお構いなしに。
「無駄です!」
と、足が止まったと見るや否や有りっ丈の爆弾をぶつけにくる。何重にも奏でられる爆発音。どこにそんな量の爆弾を隠し持っていたのか、と思ってしまう量と種類でアカネは徹底的にトキを磨り潰しに来ていた。
幾らシールド機能があるとはいえ爆心地に長く留まりたくはないトキは空中に離脱するが────その背に追従する影が1つ。
「逃がさねぇ!」
二丁のSMGと、一丁のアサルトライフルが交錯する。発射された弾丸をトキはシールドで受けて、ネルは肉体強度を神秘で底上げして防御。互いにマガジンを空にした後は流れるように格闘戦に移行、トキはブレードを両手で握り締め、ネルは徒手空拳と鎖で迎え撃つ。
空中という足場が皆無な劣悪な地形、有利なのは外付けアタッチメントにより飛行能力と姿勢制御の術を持っているトキであるが……ネルは一歩も退かない。トキの攻撃を巧みに利用し、空中に於ける格闘戦を成立させていた。恐ろしさすら感じてしまう近接戦闘のセンス。これを土壇場で、トキを相手にやっているともなればミレニアム最強というのも納得がいく。
攻撃偏重の戦闘スタイル。クロスレンジでは負けなしの力量と、それを支える本人の身体能力と神秘。近接格闘もCQCを超高水準で修めているため隙が無い。だが、何よりも恐ろしいのは圧倒的なセンスと学習能力であろう。比喩抜きで彼女は一秒前の彼女自身を常に凌駕し続けている。
こうしている内にもネルは進化を果たす。有利だったはずの状況が徐々にイーブンまで縺れ込む。空中戦に適応し始めているのだ。既に彼女の脳内には『どうすれば良いか』という教科書の基本骨子が組み上がっていて、今は白紙のそれを猛スピードで埋めている。このままではあと数回の交錯でネル側に天秤が傾く────そう思ったトキであるが、その拮抗が崩れる瞬間は彼女の想定より早く訪れた。
「……ッ!」
強固なはずのシールドを紙切れのように引き裂いたネルの打撃は、そのまま吸い込まれるようにトキの右アームギアにクリーンヒット。破砕音が鳴り響いたそれはほぼスクラップ寸前になっていて、このまま装備していてもデッドウェイトにしかならないと判断したトキは即座にパージを選択。
身軽になった腕で狙うのはネルの首。指先をぴんと張って手刀を模った彼女は人の意識を刈り取るのに最低限の力と、ネルが反応し切れない最速で以て攻撃を仕掛けるが────破滅的な音が2つ重なって聞こえた。途端にぐらつき、不安定になる姿勢。右脚部のスラスターが破壊された。
「カリン先輩────ッ!」
視線の先、そこには膝立ちで白煙を吐く銃を構えるカリンがいた。照準越しに交わる視線、次弾を発射しようとしている彼女にトキはドローンを嗾けターゲットを己から外す。その間に破壊された右脚部をパージしようとしたが、それを隙と見たネルが畳み掛けるような攻勢に打って出た。
ショートブレードは鎖で巻かれへし折られる。超小型機関銃は銃口を握り潰され、五指に内蔵されたスタンガンに至っては効いている様にすら見られない。こうしてトキはバランスを崩し武装殆どを潰された状態で、ネルと超至近距離で真っ向勝負する必要を迫られた。
無論、トキも手練れだ。その身一つでもアスナに匹敵する戦闘能力を備えており、ただ荒事に慣れているだけの生徒では全く太刀打ちできないだろう。
そんなトキが彼女専用にリオ自ら製造・チューニングした武装を装備し、更にリオ等のバックアップ受けているともなれば、その戦闘能力は更なる高みまで押し上げられているのは想像に難くない。エリドゥという都市の中であればこの状態……モード2と呼称される今であっても1on1であればネル側の勝ち目は4割を切っていた。
しかし、今回は状況が異なる。ネルは1人ではない。頼れるC&Cの仲間達3名が同伴しているのだ。何度も一緒に任務を熟した一心同体と言っても差し支えない戦友の間柄。視線一つ、呼吸一つでやりたい事も機敏も読み取れる。しかも、彼女達も超の付くベテランであり手練れ。単騎での戦闘能力も申し分ない。
そんなC&Cのコールサイン持ち全4名、それぞれが全力でトキを狙い来ればこの劣勢も納得できてしまう。寧ろこの4名に狙われて尚『勝負』の体裁を保てているトキが凄まじいと言う他ないだろう。どれだけ好条件を重ねてもトキと同じことが出来る存在はビナー等の神格クラスを除けばこのキヴォトスに存在しない。それだけの偉業であった。
だが、輝かしい英雄譚はいつまで続かない。禍福は糾える縄の如しとはよく言ったもので、栄枯盛衰がこの世の避けられない理だ。
輝かしい繁栄の裏側には、澱んだ退廃が。
生の延長線上には暗い死が。
勝者であり続けられる生命なんて存在しない。人間である以上敗者になるタイミングは必ずあり、終わりはいつでも背を追っていて、前で口を開けて待っている。
トキにとってはそれが今だったというわけだ。ネルの小さな体の何処にそんな馬鹿げた力があるのかと言いたくなってしまうほどの攻撃。嵐、台風、暴風雨。彼女の攻撃を形容するならばこれらの言葉が最も適しているだろう。一撃一撃受ける度にリオから賜った装備が壊れていく。
否、ネルの攻撃だけではない。嗾けたドローンは全て破壊されたため、アスナ、アカネ、カリンの3名も今はフリーだ。地上から絶え間なく浴びせられる銃弾の雨霰は空中に於ける高機動が可能であった先ほどまでは脅威でなかったが、今は異なる。機動力の要であったレッグギアを一基パージしているのだ。現在は腕部スラスターを使って無理矢理機動力を確保しているが、空中戦闘能力は大きく下がってしまっている。
「────ッ!」
腕部のブレードエッジを利用した横薙ぎの一閃。銀の軌跡を描くそれは、しかしネルには当たらない。彼女は思いっ切り上体を逸らす事で回避。切断された明るいオレンジの髪が数本空中を舞う。その姿勢のままネルは肘打ちを繰り出すが、五指を広げたトキにより受け止められる。彼女はそのまま肘関節を壊そうと力を籠めるが、それも失敗。拘束から抜けられてしまった。
次の攻撃までのインターバル、ネルは思考する。押している。間違いなく今は優勢だ。だが、現状は決め手に欠けるのだ。役割が陽動である以上、このままトキと戦っていても良いが、それは余りにも不毛だろう。それに、何より……そんな及び腰の逃避なんて選択は己のプライドが許さない。目指すのは勝利だ。
そして、トキもまた空白に思考を重ねる。地上からの弾丸は全てシールドの局所展開で防いでいるが、それも長続きしない。シールドバッテリーの残量の底が見えてきた。このままではジリ貧だ。本当の奥の手を使用すればこの4人であろうと確実に勝てるだろうが……その手を使うのは今ではない。この奥の手はトキにとっても、リオにとっても秘策なのだ。
その奥の手の対価はエリドゥの全リソース。今この場で使ってしまえば本命部隊に回す余力がなくなってしまう。使うならば陽動部隊と本命部隊が同時に殲滅できるタイミングに限るだろう。
────で、あるのならば。
再びの交錯、激突する寸前にトキはレッグギアをパージ。2人の間に挟まるように舞う機械の残骸はネルの攻撃により瞬く間にスクラップにされ、壁としての役割は1秒も果たせていない。だが、この僅かな時間でトキは交戦距離から離脱。地上から追い縋る弾丸も華麗な身の熟しで回避し、トキは与えられた権限を行使した。
建物が地面ごと稼働し、隔壁が立ち上がる。都市区画の移動────揺れの大きさに差はあれど、これは先ほど体感した現象であると合点がいったC&Cは分断されないように固まろうとするが……都市の構造はトキの方が詳しい。あの交戦の間、彼女はずっと全員の立ち位置を気にしていた。都市を動かした際にネルだけが孤立するように。
「……成程な。さっきの揺れの正体がこれか。随分と大規模な玩具じゃねえか」
「えぇ。ここ一帯の都市構造を変更し、他の先輩方と隔離させていただきました」
トキのすぐ近くに落下するアタッシュケース。そこには先ほど全て壊した各種ギアが入っていて、彼女はそれを装着していく。徐にネルが引き金を引いても、その弾丸は防御用のドローンに阻まれる。
そして────全てのギアを装着したトキは再び構えて、眼前のネルを見た。
「さあネル先輩。これであなたの勝率は限りなく低くなりました」
「はぁ……勝率だの何だの、言葉遊びが好きなのか? 全く……ふざけてやがる」
再三、ネルとトキの銃口が交錯した。