シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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罪を見上げて

「分断されてしまったな」

 

 呟き、カリンは隔壁に向けて引き金を引く。響く轟音と靡く白煙。圧倒的な運動エネルギーを持つ弾丸であったが、隔壁を貫通するには至らなかった。僅かな凹みを作った程度で、これでは貫通するまでに何発必要か分かったものではない。先ほどまで展開されていた隔壁とは強度が段違いだ。

 

 ちらり、とアカネを見ると彼女は無言で首を横に振る。この場で最も火力が高い彼女もこの隔壁を力技で強引に突破することは不可能らしい。

 

「ん~、どうしよっか?」

「最優先は部長との合流です。分断したのは何か考えや策があっての事でしょう。その作戦の渦中にいる今はあまり良い状況とは言えません。本当ならばこの隔壁を突破して最短距離で向かいたいものですが……」

 

 爆弾を放り投げ起爆しても、揺らぎはない。この壁を強引に突破するのはあまり現実的とは言えないだろう。となると、残された選択肢は。

 

「迂回路を探すしかないか」

「えぇ、そうですね。アスナ先輩、お願いできますか?」

「はーい! まっかせてー!」

 

 道は決まった。あとはネルの元に辿り着く速さでその明暗が分かれるだろう。トキがネルを倒すほうが速いか、C&Cがトキの策を食い破る方が速いか。

 

「あら、お客様ですね」

「予想はしていたけど……まあ、来るよね」

「わー、いっぱいだね~」

 

 けたたましい音を奏でながら向かい来るのは全機破壊したはずのドローン達。先ほどよりも数こそ少ないが、それでも決して無視できる数ではない。隣接するセクションに配備されていたドローンだろう。そう考えると、これは恐らく前座。本命はこの後だ。

 

 しかし、やる事は変らない。ドローンを破壊し、突き進み、トキの策を真正面から踏み越える。

 

「では……もう一度、お掃除を始めましょう」

 

 

 ▼

 

 

 本命部隊の道中は、陽動部隊のそれと比べてかなり順調だった。接敵するドローンの数は少なく、都市の防衛機構はヴェリタスとエンジニア部で何とか潜り抜けることが出来た。エリドゥのAIからカウンターハックを受けたときは少し焦ったが、此方もヒマリが作成したプログラムパッチを適用したらどうにかなった。

 

 危ない場面はそこそこあったため順風満帆とは言えないが、それでも作戦を大幅に修正しなければならない問題には今のところぶち当たっていない。勢いはある。ならば、このまま行ける所まで全速力で────そう思った時。

 

『……?』

『え!? ちょ、ちょっと待って! 今、通信の状態が……!?』

 

 ハレが覚えた違和感。マキの焦り。エリドゥのAIからハッキングを受けても尚揺るがなかったヴェリタスの通信が揺らいだのだ。電波状況が悪い訳ではない。通信機の故障でもない。となると、思い至る可能性は1つしかない。

 

『これは……』

 

 ────秘匿回線への介入だ。そして、エリドゥのAIですら入り込めなかった回線に介入できる存在なんて1人しかいないだろう。より一層酷くなるノイズ。参照する介入コード。理路整然とした文字列の上に並ぶ、第三者が入り込んだ証。一切の遊びがなく、必要最低限のコマンドでヴェリタスの通信を殺しに来ていた。

 

『ヴェリタス……やはり貴女達だったのね。流石あのヒマリの後輩なだけはあるわ』

 

 紛れもなく人間でありながらも己を機械と定義しているような冷たい声。ミドリとユズが無力さを味わった時、目の前に立ち塞がった大きな壁は相も変わらず他者と同じ地平を見てはいなかった。

 それが聞こえた瞬間、不安定になっていた通信はさらに不安定になり……そして。

 

「ヴェリタスの通信が……」

「途絶えちゃった……」

『予想はしていたけれど……本当にここまで来たのね』

 

 ヴェリタスと変わるようにコンタクトを取ってきたのは、この場所の主たるリオ。彼女はホログラム越しにメンバーを見渡す。才羽モモイ、才羽ミドリ、花岡ユズ。白石ウタハ、豊見コトリ、猫塚ヒビキ。予想以上でも以下でもないメンバーだ。

 ゲーム開発部の交流関係は当然の如く洗い出している。内向的な活動内容、度々起こす問題事、アリスを除けば広いとは言えない友好関係。それらを総合的に判断したら、自ずと鏡の一件で協力関係にあったヴェリタスとエンジニア部を頼ると分かっていた。

 セミナー……特にユウカが唯一実働部隊に加わるか確率的に不明であったが、リオは彼女の性格も考えて来ないと判断し……そして、それは見事に的中した。

 

 やはりイレギュラーは起きない。全ての事象がリオの掌の上だ。しかし、それを自慢することはない。突き詰めればこの世はおしなべて0と1の羅列。数理的に考えれば解は一意的に決定されるのだ。

 

『やはり、あの時の私の言葉と行動だけでは貴女達を説得できなかったのね』

「……説得とは面白い事を言うね」

 

 ウタハは瞳を細く、鋭く……近く遠くに居るリオを射貫く。

 

「私はその場に居たわけではないから、彼女達の伝聞でしか当時の状況を知らないけれど……それでも、リオ会長の言動は断じて説得とは言わないと思うよ」

『……』

「自分の都合を一方的に話すだけでは、説得足り得ないのさ」

『私の都合じゃないわ。これはキヴォトス全体の都合よ』

「だけど、彼女達はそう思っていない」

 

 リオ個人の都合ではなくキヴォトス全体の都合であると伝える事こそが、あの場における説得だったのだ。納得するか否かはあくまで結果。そして、きちんと伝えることができていれば納得は得られなくても一定の理解は得られるはずなのだ。

 しかし、リオはゲーム開発部から……否、あの場で徹頭徹尾道具として振る舞っていたトキを除いて、誰にも理解されていないのだ。故に、彼女達にとってリオは自分勝手な理由でアリスを誘拐した人物でしかない。その時点でリオの言動は断じて説得ではないのだ。

 

 合理性を好みながら、相手には論理を飛躍した納得と理解を強要する────それが、リオの矛盾だった。

 

「その矛盾を見つめない限り、あなたは誰にも理解されることはないよ」

 

 ウタハの指摘にリオは何も言わない。少し前にヒマリにも似たようなことを言われたのだ。そして、その時に結論は出した。ある種の開き直り。もう理解や説得を得られるような余裕は残されていないから────前に、進むしかない。

 

 同じ地平を見る事ができた幼馴染、理解者になってくれるかもしれなかったヒマリを置き去りにして。

 キヴォトスのイレギュラー、計数されざる孤独な命であるながらも美しい未来を思い描いた先生の手を振り払い。

 世界を滅ぼす兵器であるAL-1Sを殺す。

 

 どんな大義があれど、意味があれど、所詮やることは人殺し。断頭台の刃を振り下ろす己が正義だとは一切思わない。

 人を殺す事の意味は正しく理解している。この両手が血で染まる事はもう受け入れた。罵倒も罰も等しく受け入れよう。全てが終わった後ならばアリスと同じように断頭台に乗せられても構わない。

 

 最大多数の最大幸福。大勢の為に少数を切り捨てる。世界という機構を生かす為のシステム。その生き方を選んだ。その本音を択んだ。

 

 愛したキヴォトスを守る……それが自分で決めた道だ。

 

 ────この決断の、その先に。少しでも多くの人が平和と幸福を謳歌できる未来を信じている。

 

 

 ▼

 

 

 要塞都市エリドゥ、外周。本命部隊とも陽動部隊とも全く異なるルートでリオの掌の上に入り込んだ先生とノアの両名は度重なる区画移動により迷宮と化した市内を駆け抜けていた。

 視界の隅に映る破壊されたビル、道路、隔壁、防衛機構。この場で激しい戦闘があった事を示す痕に見向きもせず、向かうのは────エリドゥの根幹を成す中央タワー。

 

 この都市の中であれば基本的にリオは最強だ。仮に先生が万全であればシッテムの箱の規格外の性能と合わせて真っ向からでも勝てるだろうが、生命維持にリソースを割きアロナも眠っている今は分が悪い。勝率は2割を切っている。

 

 恐らく、先に入っている彼女達もかなり手を焼いているだろう。エリドゥとリオのバックアップを一身に受けて絶大な戦闘能力を持つトキ。多くの防衛機構、都市の構造。それらは到底一筋縄で突破できるものではなく、通常の手段では間違いなく磨り潰されてお終いだ。

 

 故に、勝とうと思うならばその部分……エリドゥのシステムを潰すことが最低条件だ。中央タワーの地下20階、屋上と並んで電力消費の激しい箇所にメインコンピューターが座している。厳重なセキュリティが施されているそこをハッキングし、落とさなければ勝機はない。

 

 幸い、今までドローンとは一度も接敵していない。先生が迂回ルートを選択している事もあるが、両部隊が大半を釘付けにしているのだ。戦闘能力が0どころかマイナスに片足突っ込んでる先生と、荒事がさほど得意な訳ではないノア。その2人が相手にできる上限は決して高いと言えないため、この状況は非常にありがたかった。

 

 だが、例え一度の戦闘行動を挟まなくとも先生の体に莫大な負荷が掛かっている事には変わらない。彼は元々病院を脱出してきた身、その肉体は半分以上死にかけている。

 

「……ッ」

 

 ぐらりと湾曲する視界。遠くなる意識。足首が嫌な方向にねじ曲がって、先生はそのまま音を立てて地面に倒れ込んだ。

 

「先生ッ!」

 

 駆け寄り、先生を抱き上げるノア。か細い呼吸と喘息の発作の様な咳に嫌な予感がして、背中を優しく擦ると勢いよく咽て……その口からゲル状になった血の塊と肉片を吐き出した。全身の血が冷えたノアは急いで彼を抱えて休める場所に向かおうとしたが、彼の転倒音を聞きつけたドローンが1機、此方に来ているのを見つけた。

 

 彼女達を発見し、照準を定め、トリガーが引かれて弾丸が到達するまで約3秒。エリドゥのシステムと接続していないスタンドアローン個体。増援を呼ばれる心配は排除していい。間に合うか────否、間に合わせるのだ。

 

 キヴォトス基準では非力な方のノアであっても先生を抱えることは造作もない。背中と膝裏に手を回し────その瞬間、発見された。予想通り増援は呼ばれない。やはりスタンドアローン。無機質なフォーカスリングが回転し、2人にピントが合わさる。システムが励起し、巡回(クルージング)モードだった機体が戦闘(コンバット)モードへ移行する。

 

 ノアがドローンに背を向けるのと、ドローンが銃弾を射出したタイミングはほぼ同時だった。横抱きにした彼への射線を切り、一目散にビルの外壁へ駆け抜ける。背中に突き刺さる弾丸の感触にノアは顔を歪めながら、それでも負けるものかと歯を食いしばる。

 

 キヴォトスの少女にも痛覚は存在する。ただ頑丈なだけで殴られたり撃たれたりすれば真っ当に痛みを訴えるし、場合によっては血が流れることだって。故に、銃撃戦こそ日常茶飯事となっているが自ら望んで銃口に身を晒す者なんていない。誰だって痛いのも怖いのも嫌なのだ。

 

 それはノアも同じであった。ただ記憶力が良いだけの、何処にでもいる女の子。背中に感じる鋼は決して心地の良いものではない。弾雨に背を晒す恐怖はいつだって鮮明で、『死』を知る彼女だからこその葛藤がある。

 だが、それでも────その恐怖を捩じ伏せて彼女は先生を守っている。彼を傷つける数多から。

 

 ────あの日、心臓を抉り出した彼を見ている事しかできなかった。『行かないで』の言葉も届かなかった。ずっと後悔と共に歩んできた。あの時ああしていれば、なんて意味のないifばかりが頭を過って、彼を終わらせたキヴォトスの大きな意志を憎んだ。

 

 そして────やっと掴めた彼の手。死地へ向かうはずだった彼の手を取ることができたのだ。『行かないで』の言葉も頷いてくれることはなかったけれど届けることができた。その果てに彼と共に同じ場所(ハッピーエンド)を目指して駆けることができている。それはノアが望んだ彼の選択とは異なるけれど、彼らしいとも思ってしまう。

 

 ────だから、こんな所で息を止めることなんて他の誰が許してもノアが許さない。

 

 容赦なく浴びせられる弾丸の雨に顔を顰めながら、ノアはビルの外壁を使って射線を切る。背中はまだ痛む。こういう時は親友のシールドが羨ましい。あの技能があればもっと先生を安全に運ぶことができたのに……なんて。

 

「……ふぅ」

 

 彼を下ろし、安静な体勢にしたノアは1つ息を吐いて銃を構えた。敵の位置も武装も、全て見えている。彼のシステムがあるのだ。いくらリオ手製のドローンとはいえ1体如きに苦戦する訳がない。

 ノアは半身を外壁から晒し、先の敵に銃口を向ける。それに反応してドローンも此方に照準を合わせるが、先手を取ったノアの方が当然早い。

 発射された弾丸は3つ。一発はカメラに、残り2発はそれぞれ両腕に取りつけられている銃器に。彼女らしい正確な弾丸は的確に敵の目と武器を奪い、更にもう2発追加で射撃し足回りを破壊する。

 

 だが、敵の撃破はあくまで前座。今一番気にしなければならないのは先生だ。ノアは焦燥が滲む顔で彼を抱き上げ……その悪い顔色を見て血の気が引く。首に巻かれた包帯は赤く滲んでいる。傷が開いているのだ。念のために持ってきた医療キットを使用し、傷口を塞ぎ血を止める。輸血が必要な程の出血量ではないが、今の彼には大きな負担となっているだろう。早く、治さないと────そう思った時、先生が薄っすらと目を開けた。そのまま彼はシッテムの箱を操作し、クラフトチェンバーから物資を取り寄せる。

 

「……ッ!」

 

 落下するアンプルと注射器。その正体をノアは良く知っていた。肉体を効率的に使い潰すための道具。あの世界の晩年の彼はこれを常用しなければ真面に生活する事すら難しかった。眠る事すらできなかったから副作用で無理矢理意識を断って、起きたらまた別の液体を打ち込んで先生の仮面を被る。その裏側に全てを隠して。

 彼の傍でずっと見ていたから知っている。あれは薬なんかではない。猛毒だ。服用しつづければ最後、人ですらなくなる。

 

 そんな劇物を、彼は躊躇いなく首筋に打ち込んだ。

 

「服用、し過ぎると拙いけど……用法用量を守れば、大丈夫さ……」

 

 彼は力のない笑みで、ノアの不安を払拭するように言葉を紡ぐ。音を立てて転がり割れるアンプル。ガラスの破片が街灯の光を受けてキラキラと輝いた。浅く、荒かった呼吸も少しずつ深く穏やかになり目の焦点も段々と定まってきた。

 

「……そんなお体になっても、まだ」

「うん、進むよ。私が望んだものの為に」

 

 ノアに抱えられたままの彼は手や足の感触を確かめ、首の包帯をもう一段緩める。風が吹くと包帯がマフラーのように靡いて、その下から斬首痕が覗いていた。決して癒えないその傷口を彼は愛しそうに撫でて……誰にも聞こえないように呟く。

 

「この痛みが君の証明なのかい、ケイ」

 

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