シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
感想評価お気に入り登録誤字ありがとうございます。滅茶苦茶励みになっております。本当は2日か3日に一話投稿したいのですが、文字数が嵩んでる関係で4日か5日に一話になっております。本当に申し訳ございません。
リオが考案しトキに任せたC&Cの二分。これによりC&Cの盤面に与える影響力を最小化し、最高戦力たるネルはトキが直々に封殺する。残りのC&Cのメンバーはエリドゥの機構を用いて足止めし、ネルとの合流も突入部隊との合流も防止。
そうすれば残るのはゲーム開発部、エンジニア部、ヴェリタスというお世辞にも戦闘行動に長けているとは言えない集団だけ。無論、エンジニア部とヴェリタスは一芸に秀でているがエリドゥをどうにかできる程ではない。
先生の復帰こそ予想外だったものの、彼が戦力として頼るのは親交があったセミナーである事は想定内。ユウカも、ノアも、コユキも盤面を破壊し前提を覆す特異点にはなり得ない。そして、先生も決して万全とは言えない状態であるため、封じるのは可能であった。
如何にもリオらしい手腕。遊びも油断も慢心も皆無。病的と言えるまでに完璧を求めた合理性。全体主義と功利主義の煮凝りの様な彼女は、事が此処に至ってもまだ盤面を詰めようとしていた。
先ず、最優先で潰しに掛かったのは先生。トキは動かせない、アバンギャルド君は突入部隊に宛てている。となると、彼女が動かせる戦力はドローン程度しかないのだが────それは過去の話。
先生の敗因は時間を掛けすぎてしまった事だ。
「……本当に、手強かったわ」
あぁ、認めよう。こと戦術、戦略、指揮に限れば彼はキヴォトス最強だ。単体で盤面に及ぼす影響力が尋常ではない。攻撃力は皆無だが、戦場の頭脳に求められる防御力と生存能力はきっちりと確保されているのも高評価だ。仮にイーブンな条件であったなら確実に敗北を喫しているだろう。だが、これはお互いにプレイを称えるフェアな試合ではない。互いの目的と意地を掛けた戦争だ。そこにリオの勝機がある。
サブモニターに映された各種のパラメータ。アバンギャルド君には及ばないが、それでも彼とセミナー3名を叩き潰すのには過剰とも言えるスペック。アバンギャルド君の予備パーツ、その他ドローンの機器を搔き集め作られた機体の名は────。
「アバンギャルド君・レプリカ、発進」
単体でゲーム開発部を含む少女達を圧倒できる戦闘兵器が先生達のいるセクション目掛けて飛び出した。
▼
最初に気付いたのは、シッテムの箱から周囲の詳細データを拾っている先生だった。ドローンとは比べ物にならない程のエネルギー反応。どんな動力を使えばこんな馬鹿げた出力を実現できるのか疑問になるほどのスピード。この系統の反応に心当たりはあるが……当のアバンギャルド君はゲーム開発部達と交戦中だ。
しかし────思い至った可能性がある。それは、リオの抵抗の少なさだ。彼への妨害の大半をセクションや中央タワーのAIに任せ、直々に手を下したと言えるのがトキ襲撃しかない。妨害手数を減らした理由がリソースの温存であるならば……。
「流石だね、リオ」
全てはこのためだろう。彼女は嗾けたトキが突破される可能性すら考慮に入れて、作戦を立てていた事になる。今ある手札で無理ならば増やせばいい……力押しにも程がある方法だが、非常に合理的だ。此処は彼女のホームグラウンド、望むものは大抵は持ってこれるし取捨選択も自由自在だ。ドローンの工場を停止させて、アバンギャルド君擬きの組み立てに舵を切らせるのだってお手の物だろう。
復旧前の本調子ではないシッテムの箱、維持できて残り5分の生徒との接続、生命維持機能と引き換えになる各種強化、クラフトチェンバー内にある物資、大人のカード。それが今持ち得る彼の手札の全てだ。
ノア、ユウカ、コユキ……頼もしい生徒達は居るが、彼女達だけでアバンギャルド君擬きを相手にするのは流石に荷が重い。
故に────ここは彼も腹を括るべきだろう。
彼がこの場面を突破する方法を考えている間にも、アバンギャルド君擬きは近づいてくる。彼我の距離は約10km。あの機体の足ならば到着まで10分弱だろう。その地点で、彼は足を止めた。
「リオが新しい戦力を投じた。狙いは私達だ。この場で迎え撃とう」
彼の唐突とも言える言葉に生徒達は驚きながらも確りと頷いてくれた。本当に、自分には勿体無いくらいに眩しい生徒達だ。つくづくそう思う。
彼はタブレットを操作し全員のスマホにスキャンして得た情報を送信する。機体名や各種武装、システム、スペック、外見。それらが事細かに記されたデータを見たコユキは開口一番。
「にはは! なんですかこのダサいデザイン!」
と、爆笑しながらスマホを眺めていた。アバンギャルド君の意志を確かに引き継ぐ黄金比の盾と如何にもな頭部ユニット。でかでかと印刷されたミレニアムのロゴ、肩のマーキングには『Mr.Avantgarde-replica』と印字されている。本物のアバンギャルド君に負けず劣らず、この機体もリオの美的センスが全面的に押し出された非常に前衛的なデザインになっていた。
「人の美的センスはそれぞれだから、ね?」
「でも、これをダサいって思うのは万人共通だと思いますよ?」
苦笑いしながら先生がフォローしても、切れ味の鋭い言葉でばっさりと両断するコユキ。彼女は3Dのアバンギャルド君・レプリカをくるくる回しながら『全方位どっから見てもダサいのは逆に凄いのでは?』と、リオが聞いたら拗ねそうな事を思い浮かべている。
「……デザインは一旦置いておこうか」
「あ、先生が話を逸らした。実は先生もダサいって思ってるんじゃないですか?」
「ノーコメントで」
「それは駄目ですよ~!」
作戦会議特有の緊迫した空気感は遥か彼方に消え去った。先ほどから息を吐く暇もなく、コユキの表情も雰囲気も張り詰めてばかりであったのだが……それが今は緩んで、彼女のありのままが表に出ている。甘えたい、じゃれ合いたい……15歳の少女性。先生としても、彼女がこうして甘えてくれるのはとても嬉しかった。だからついつい彼も沢山甘やかしてしまうのだが……それをあまり面白く思わない生徒が1人。
「コユキ、先生が困ってるでしょ」
「え~、そんな事ないですって!」
コユキは「にはは!」といつものように笑いながら彼に近づき……少しだけ不安が滲んだ表情で彼を見上げて。
「迷惑じゃない……です、よね?」
「全然。だから、コユキはありのままで良いよ」
コユキの心の片隅を埋めていた不安を取り除く様に彼が強く否定すると、僅かに翳っていた彼女の表情は向日葵を思わせる大輪の笑顔に変わる。先生が一番好きなコユキの表情、それを見た彼は少しだけ表情を頬転ばせて何時もの癖で手を伸ばしたが……中途半端な段階で彼は下ろす。いくら手袋をしているとはいえ、血に塗れ壊死しかけている穢れた手で綺麗な彼女に触れたくはなかった。
「……?」
コユキはそんな不可解とも言える彼の行動に疑問符を浮べるが……手を気にする彼を見て合点がいく。確かに、彼を含めたこの場のメンバーは戦闘行動を何度も繰り返しているため、決して衛生面が完璧とは言えない。汗も掻いているし、硝煙やら何やらで汚れている。だから、また今度────そう笑って手を完全に下した彼の意に反するように彼女は更に一歩彼に近づいた。
帰ったら長時間のバスタイムが確定しているこの状況、幾ら汚れても同じだとコユキは笑って頭を差し出す。まるで、『汚れているのは貴方だけではない』と言うように。
流石に彼もこんな風に切り返されると思わなかったのか苦笑いを浮べる。『どうしようか』なんて思いながらも、信頼がくすぐったくて苦笑いは直ぐに優しい笑みに変質。そして、コユキの『撫でないんですか?』と言わんばかりの上目遣いが最後の一押しになって……彼は手袋を新しいものに交換した後、彼女の頭に触れた。
気持ちよさそうに目を細めるコユキと、彼女を愛に満ちた眼差しで見つめる彼。まるで何時もの日常……セミナー室に戻ったような光景を前にユウカは少しだけ安堵を覚えると共に、どうしようもない部分がずきりと痛んだ。どうして、この当たり前の毎日が続かなかったのだろう────と。
ユウカとノア、コユキ……偶に来るリオと先生、可愛い後輩であるゲーム開発部。扉を開ければ暖かく出迎えてくれる誰かが居て、共に笑い合える誰かが居てくれる。過ぎ行く日々が美しくて名残惜しく思えても、次の一瞬が待ち遠しくて『また明日』という言葉が福音にも思えた。
────それなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。ユウカにはそれが分からなかった。
あの日々では駄目だったのか。あのまま続くことが罪だったのか。アリスが幸せでは駄目なのか。どうしても殺すしかないのか。より良い未来の為という大義さえあれば、今ある幸福を踏み付けても許されるのか。
誰もが生きたくて。幸せになりたくて。生きていいと誰かに叫んでほしくて。誰かに生きてほしくて。
日常を望んだ。青春を望んだ。今日よりも少しだけ幸せな明日が欲しかった。
────それは罪なのか? そんなものは幻想だと、世界の残酷さを前に平穏を望む心は磨り潰されるしかないのか? それは違うだろう。世界は残酷なだけではない。それはあくまで世界の一面だ。確かに悪意はある。闇はある。だが、それと同じくらい……否、それ以上の善意と光を人間という知生体は積み重ねてきたのだ。それなのに暗い部分だけを取り出して、真実を知ったような顔をするのは間違っている。少なくともユウカの知る世界はアリスの生存すら許せないような狭い場所ではない。
だって、こんなにも────
思わず頬が綻んでしまう、日常の象徴のような一幕。此処がセミナーの執務室であったなら咎める事はなかったが、生憎と今はエリドゥで戦場のド真ん中なのだ。だからユウカは一回軽く咳払いして。
「……あまりコユキを甘やかさないでくださいね」
「善処するよ」
ジト目で苦言を呈すると、彼はあまり反省が見えない顔で笑う。確実に懲りていないし、止めるつもりもないだろう。甘やかしすぎとは思うが、コユキの無邪気な顔を見ると怒る気になれなくなるのもまた事実で。
『いつもこうなら可愛い後輩なのに』と、彼女の問題行動の数々を知るユウカは溜息を吐いた。すると、ノアは何を勘違いしたのか「ふふっ」と擽ったそうに笑いながら。
「ユウカちゃんも混ざったらどうですか?」
「ちょっ……! ノア、何言ってるの!?」
「え~、今更恥ずかしがるんですか? さっきもっと大胆な事しましたよね?」
アレを掘り返されるとは思っていなかったのか、指摘されたユウカの顔が茜色を折りて、気恥ずかしさから何時もの癖が発露しそうになるが、彼女はぐっと我慢した。コユキの言っていること……彼女達の目の前で彼と抱擁を交わしたのは厳然たる事実であるし、何よりこれ以上彼に自身の可愛くない部分を見せたくはなかった。彼ならばあの日のように『ユウカは可愛いよ』なんて平然とした顔で口説いてくるだろうが、これは自分の女の子としてのプライド。いつだって可愛い自分を見てもらいたいのが乙女心、それが気になる人なら猶更だ。
せり上がる言葉を嚥下して、空を見上げる。赫々とした明かりに照らされる夜の街、遠くからは戦闘音が聞こえる。誰かが頑張っている、抗っている。ならば、此方も頑張るしかないだろう。共にアリスを助けると誓ったのだ。それを違えることは許されない。
決意を新たにしたユウカは手で両頬を軽く叩いて気合を入れる。それを見て先生もコユキに「続きはまた今度ね」と言って、もう一度頭を撫でてから纏う空気を変質させる。意識の切り替え、或いは世界の切り替え。相変わらず戦闘者としての顔は似合わないな、なんて思いながらユウカは銃を取り出した。
相手はリオのとっておきのレプリカ。端末には質の悪い冗談かと笑い飛ばしたくなるような、単純明快な数値化された暴力的なスペックがずらりと羅列されている。出し惜しみができる相手ではない。最初から全力全開で挑まなければならないだろう────そう思った刹那、甲高い衝突音が聞こえた。
「随分良い目と装備を持ってるね。この距離でも私達を正確に狙えるのか」
呟いた彼はいつの間にか展開していた局所的なシールドを4人全員を覆うドーム形に展開。次の瞬間、ミサイルの雨霰が降り注いだ。狂い咲く赤の爆炎が視界を埋め尽くし、地面が振動する。ユウカとノア、コユキは自身の銃をCIWS代わりにしてミサイルの迎撃を行い、先生は少しでも彼女達の負担が少なくなるようにデコイを散布し狙いを分散させる。
先の攻撃────4km以上離れた此方を正確に射貫かんとした装備はレールガンだ。トキの装備の試作型をそのまま流用して装備させたのだろう。こういった時に即座に対応しアセンブルできるように予め規格を統一していたリオの生真面目さが伺える。
今更長距離狙撃を脅威だとは思わない。点の攻撃ならシールドの局所展開でどうとでもなる。寧ろ厄介なのは今しがた迎撃しているようなミサイル……物量でゴリ押しする面攻撃だ。展開を持続させるのはこの体では少々しんどい。故に最優先で狙うべきは右肩にマウントされている垂直ミサイルユニットだろう。
それ以外の装備はアサルトライフル、レールガンと防御面で困難な武装はない。相手の火力には対処可能、であれば残りの懸念点は────相手の防御を此方の攻撃が貫けるか否か。
ユウカ、ノアの9x19mmパラベラム弾。ノアはパーツの組み換えで.357SIG弾、40S&W弾、45ACP、10mmオート弾も使用可能。コユキの7.62mmNATO弾と各種爆弾。この中であの装甲を貫ける可能性が一番高いのはコユキだろうか。
そう思考した彼はクラフトチェンバー内にたっぷりと備蓄されている弾帯を取り出す。コユキの持つ銃……
勿論、相手は案山子ではないため素直に弾丸を食らい続けてくれるとは思わない。だが、そこはノアとユウカに足止めしてもらえばどうにかなるだろう。手数は足りないが、質は充分だ。
本物のアバンギャルド君ならば切り札を使わされる死線になる事は確定していたが、予備パーツと有り合わせの部品を使ったレプリカならばこの戦略でも拮抗できる。先生側の消耗も少なくて済むし、生徒側も必要以上に張り詰めなくていい。良い状況、とは口が裂けても言えないが、余裕が少し出てきたのは事実だ。盤面を覆すジョーカーを残したまま先行部隊と合流できるのは僥倖だろう。あのカードは見せ札としての切り札ではなく、ここぞという時にしか存在をオープンにしたくない正真正銘のとっておき。それを秘匿したままリオの眼前まで肉薄できるのはかなりのアドバンテージだった。
「交戦距離に入るまで1分を切った」
その言葉の正しさを証明するように、更に苛烈に鮮やかに狂い咲く爆炎。耳を劈くような爆音が周囲に轟いているのにも関わらず、静かに発せられた筈の彼の声はとてもよく聞こえた。まるで白一面のキャンパスに生まれた黒点のよう。
狙い澄ましたかの様に放たれる神速のレールガン。ローレンツ力から導き出される絶大な駆動力を持つ弾丸はしかし、権能域に足を踏み入れている彼の物理防御壁に阻まれ少女達に一切の手傷を負わせることはない。仮にこの防御力を突破したいのであれば神の眷属クラスの出力がなければ不可能だ。アバンギャルド君のスペックでは天地がひっくり返っても突破する事は叶わないだろう。
「攻撃は全て私が防ぐ。皆は安心して前に出て。君達には傷一つ負わせないさ」
彼が安心させるように微笑めば少女達も背中を押されたような心地を覚えて、臆することなくしっかりと前を見据える。彼がついているのだ、負ける訳がない────そんな頼もしさを覚えた少女達の前に遂にアバンギャルド君・レプリカが姿を現す。
「────うわぁ、やっぱダサ……」
本物と比べると幾分か小型化している。具体的には2mを超えていた本物と比べて、レプリカは自販機と同じくらいの背丈……180cm程度。だが脚部は相変わらずキャタピラで、腕も2本と減っているが武装の数は本物と据え置き。最大出力こそ劣るがそれ以外は殆ど本物と遜色ない……その極めて独特かつ
「その目、光るんだ……」
まさかフィギュアやプラモデルのような発光ギミックが盛り込まれているとは思わなかった彼は赤色に灯るメインカメラを携える機体を見て茫然と呟く。そして、どのような意図があるのかは一切不明であるが、アバンギャルド君・レプリカは頭部自体を回転させ始めた。それは宛ら灯台の閃光レンズのよう。
────これがリオなりの遊び心なのだろうか。確かに絵面的には面白いが……見ていると『何故?』という疑問の方が先行してしまう。何故光るのか。何故回るのか。
「終わったら聞いてみよ」
何もかもが無事に片付いた後の楽しみが1つ増えた先生は、緩んだ思考を引き締めるように戦場を俯瞰した。
コユキは弾帯を使い切る勢いでトリガーを引いている。ライフル等に用いられる弾丸は電磁シールドに阻まれるが、それは織り込み済み。阻まれるならいっそバッテリーを空にするまで防御させればいい。そうすれば煩わしい電磁シールドの事なんて頭に入れなくても済む。
幸い、弾丸のストックなんて山ほどある。こういった時の為に毎日クラフトチェンバーで様々な物資を製造していたのだ。出し惜しみは無し。全力で挑もう。
「こっちよ!」
回り込むように走るユウカ。あの機体にCIWSの類が無い事は確認済み。安心して突っ込めるというもの。障害物を利用し、巧みに距離を詰めんと一切減速せず敵の懐を目指す。
勿論、そんな目立つ行動を取れば当然狙われる。ミサイル、レールガン、アサルトライフルが雨霰のように襲い来るが、先生を信頼してノーガード。ユウカの眼前、淡い青色を帯びたシールドの向こう側に攻撃が殺到し視界が悪くなるが────
「捉えたわ!」
煙を切り裂く様に飛び出たユウカ、手に持つ二丁の銃が狙う先は右肩にマウントされているミサイルユニット。彼が最も警戒し、彼女自身もつくづく厄介だと思う面制圧装備。
しかし、ユニットを狙おうにもその外側には電磁シールドがある。ライフル弾の連射にすら耐えれる全く以てふざけた強度の次世代機構をユウカの火力で短時間で突破する事は困難なため、ただバッテリーを削るだけに終わるはずであったのだが……それは、真っ当に銃で弾をばら撒いた場合の想定だ。
「先生、強化をッ!」
「任せて」
瞬間的に倍化されたユウカの身体能力。無論、強化は長続きしない。効果時間内に精々一撃入れるのが関の山という超短期間。だが、それでもユウカの……キヴォトスに住まう生徒の身体能力の2倍だ。加えて、ユウカは飛び出してから一切速度を緩めていない。今の今までトップスピードを維持したままだ。
この一瞬、この一撃に限って言えば────ユウカの攻撃力はネルに迫る勢いであった。
「これでッ!」
展開されている電磁シールドにユウカの銃が突き刺さる。銃を鈍器のように使用するのは少々野蛮であるが、たっぷり乗った加速度と身体能力を最も効率的に活かせる攻撃手段がこれなのだ。故に彼女は一切躊躇わず、更に力を込めて────そして、電磁シールドを突破した。
局所的に空いた風穴に正確に銃を潜り込ませ、後の事なんて一切考えずにトリガーを引く。装甲部分は抜けないが、可動部ならば話は別。ユウカの9mmパラベラム弾でも充分射貫くことができる。
二丁のSMGの弾倉を空にした引き換えにミサイルユニットを支えるアームを銃弾で徹底的に破壊したユウカは、置き土産代わりにコユキから1つ貰った爆弾のピンを抜き投擲。一仕事終えたユウカはサポートに駆け付けたノアと共に一旦距離を取った。
そして、少し距離を離した直後に爆弾が起爆する。煙が晴れた先には多少装甲が焦げ、電磁シールドの出力が落ちているが依然健在なアバンギャルド君・レプリカ。しかし、ミサイルユニットは丸っと無くなっていた。恐らく誘爆を恐れてパージしたのだろう。AIらしい的確な判断だ。だからこそ、そこに付け入る隙がある。
コユキが弾帯を付け替え、ユウカとノアも新たなマガジンに変える。電磁シールドの出力が低下した今、ユウカとノアもメイン火力として参戦可能だ。
先生は蒼い眼を薄っすらと開く。宙を映したような、何処までも透き通るような蒼穹。その眼の縁から零れた赤い一筋を誰にもばれない様に拭い────先生は完全に開眼する。
先生の防御に割くリソースが尽きるのが先か、電磁シールド用のバッテリーが尽きるのが先か。
「さぁ、あと一押しだ。一緒に頑張ろう」
「了解!」
3人の声が重なると同時に少女達は駆け出した。フォーメーションはコユキをバックに、ユウカを前出ししてノアをミドルに置く。バランスとそれぞれの得意分野や特性を重視した配置は少女達が最も得意とする戦闘隊形。
それを相手に真っ向から拮抗するあの機械仕掛けの理不尽は、この中で最も火力が高いコユキを潰す選択をする。キャタピラを稼働させ、アサルトライフルをアクティブ。ユウカとノアを無視して一気にコユキまで詰め寄るつもりだったのだろうが────想定が甘い。その行動をノアが見逃すはずがないのだから。
乾いた破裂音が数発響いた後、電磁シールドを貫通しキャタピラの駆動部が的確に射貫かれる。そのままノアはストックを伸ばしSMGのようにしながらユウカにアイコンタクト。その意図を確かに受け取った彼女はノアと完璧にタイミングを合わせ、射撃。足回りを集中的に狙った弾丸はキャタピラを含む下半身を損傷せしめ、機動力を完全に剥奪。これにより相手は回避が不可能となり物理、電磁シールドに頼る他なくなった。
動かない大きな的と化したアバンギャルド君・レプリカに殺到する数多の弾丸。掃射から暫く経てば電磁シールドもバッテリーが底を突き、物理シールドや表面装甲が凹み始めた。確実にダメージは通っている。しかし、相手も中々倒れない。単純に装甲が頑丈過ぎる。一体どんな素材を使って、どういう加工を施せばこの強度が実現できるのか甚だ疑問だ。
この状況で負けはしない。しかし勝つためにはそれなりの労力を支払わなければならないだろう。ここにきてリオの目的が見え始めた。消耗と足止め。端から彼女は迎撃するつもりなんて無かったのだ。ただ時間稼ぎが出来ればそれでいい、と。
あぁ、なんて合理的。だからこそ────とても読みやすい。
少女達の射撃を停止させ、万象をすり抜け、先生は前に出る。手に持つのは彼だけが持つ反則、シッテムの箱。
「あとは私に任せて」
────少女達に夢中になり過ぎて、先生を視界から外していた事。それが決定的な分岐点だった。
優秀なAIだ。これまでの攻防から先生が戦場に及ぼす影響力がそこまで高くないと思ったのだろう。このメンバーの中で最も非力で、攻撃力も防御力も皆無なのが彼だ。実際にその判断はとても正しい。彼はどこまで行っても弱者であり、単体で何かを壊す力なんて持ちようが無い。
しかし、それは何もできない事を示さないのだ。目の前にいる相手を攻撃して倒すだけが戦闘ではない。少し工夫をすれば自身の得意なフィールドに勝負を持ち込む事だってできる。
彼はそっとボディに手を触れる。今の彼はシッテムの箱と深く繋がっているが故に、その指先で触れるだけでシステムの内部に入り込む事が可能だ。
「────捉えた」
彼が静かに呟くと、暗く消灯していたシッテムの箱の画面が淡く光り、プログラムコードが高速で流れる。莫大な量のソースコード。リオらしい理路整然とした丁寧な記述はメンテナンス性がとても高いが、それが却って仇となる。単純に見易いのだ。どこをどう書きかえれば、その動きが鈍るのか一目で看破できてしまう程度には。
彼が手を触れ、クラッキングを開始して1秒も経たないうちにメインAIが機能を停止させた。その次に各種火器の制御と駆動系、姿勢制御のプログラムを徹底的に破壊し────。
「アバンギャルド君を真正面から相手するのは少々骨が折れるからね。中から切り崩すのが一番なんだ」
彼がそう言う頃にはメインカメラも消灯しており、完全に沈黙していた。
────ゲーム開発部、エンジニア部、ヴェリタスを追い詰めた機体、そのレプリカ。圧倒的とも呼べる性能を誇るそれを、彼らはたった4人で突破した。
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アバンギャルド君・レプリカを突破した4人はビルの裏に隠れて少し息を整えていた。然したる損傷はないとはいえ、戦闘中はずっと気を張っていたのだ。目に見えない部分……集中力や体力は確実に消耗している。ユウカはアリスの事が余程気がかりなのか先に進みたがっていたが、回復も大事な仕事と説得して今は息を整えてもらっている。
先生とて彼女の気持ちは痛いほど分かる。彼も内心はなりふり構わずアリスの元へと駆けつけたい想いで一杯だ。だが、そうも言っていられない事情がある。
「────何をしに来たんだ、お前達は」
ギリ、と先生は奥歯を鳴らす。その表情は生徒には見せられないほどの嚇怒で歪んでいた。エリドゥの全てを掌握しているリオですら捕捉できない微量の残滓と出現時間。彼があの反応を捉えられたのは執念の成した芸当だ。こいつ等だけは絶対に逃がさないと誓った。許せないと叫んだ。
先生は思考する。この場にアレが現れた目的を。生徒の殺害……神秘というリソースの回収か。或いは、アリスが目的か。否、何方でも構わない。生徒を害するつもりならば此方も手加減しないというだけだ。
「来るなら来い、潰してやる」
先生は唇の両端を獰猛に吊り上げ、酷く似合わない攻撃的な薄ら笑いを浮べる。ゲマトリアの出方を窺う必要は無い。一部のメンバーにはやけに気に入られているが彼は神秘を解き明かす数秘術集団に属していないし、その個々の目的にも真っ向から対立している立場だ。キヴォトスや生徒を害さない限り積極的に潰すつもりはないが、今更仲良くしたいとも思っていない。
先生はクラフトチェンバーの制限を解除しテイラーメイドを使用可能にした。加えてワカモやアビドス対策委員会……彼の生徒達に連絡を入れる。アレが現れた以上、何が起きても不思議ではない。戦力は多いに越したことはないだろう。
そうやって先生が人知れずリオが見据える先の更に向こう側を見ている時、少し離れた場所でユウカとノア、コユキは壁に背を預け息を整えていた。
「明日筋肉痛になりそうね……」
ユウカは電磁シールドをぶち抜くのに使用した左腕をぷらぷらとさせながら呟く。瞬間的とはいえ、身体能力の倍化はそれなりに負荷がかかる。その負荷自体も先生がある程度肩代わりしているが、それでも実際に身体能力が倍になったのは彼女自身であるためフィードバックは皆無ではなく、明日の筋肉痛を心配する程度の残滓があった。
明日のデスクワークは右腕でやらないと、と思ったらノアがくすりと笑って。
「ふふっ、もしもなったら私がマッサージしてあげますね」
「ありがとう、ノア。そうね……もしかしたらお願いするかも」
親友という贔屓目なしで見てもノアのマッサージはとても上手い。彼女は『真似事ですよ』と言っているが、実際の腕前はその道のプロにも及びそうだ。指圧した場所ごとの反応を事細かに記録しているため、1回目よりも2回目、2回目よりも3回目……といった具合に回を重ねる毎にノアの腕前が上がっていく。
尚、このマッサージはユウカと先生専用になっているため2人以外の人にその腕前が露呈する未来の可能性は皆無である。
「ユウカちゃん、コユキちゃん、充分休めましたか?」
「えぇ。私は万全よ。コユキは?」
「私もばっちりです!」
2人の回答を受け取ったノアは先生に視線を送る。きっちり2分間休みましたよ、と。それを受け取った先生は緩く微笑んで少女達の元へと歩いて行き……これからやるべき事を説明する。
「此処から直線距離で15km先で大規模な戦闘が起きている。戦っているのはゲーム開発部を筆頭とするメンバー、相手はアバンギャルド君」
「え、あんなダサいのがもう一体いるんですか?」
「ダサいか否かは一旦置いて、私達が戦った個体よりも強い個体がいるのは事実だよ。交戦時間は30分に迫るけど、未だに有効打は与えられてない。そして、これが中央タワーまでの道を塞いでいる」
「これを倒さない限り、アリスちゃんの元へ辿り着くのは難しそうね」
「では、次の目標は……」
彼はノアの言葉に静かに頷いて。
「彼女達の元まで移動して、アバンギャルド君を撃破する……戦闘続きでごめんね」
「大丈夫ですよ、覚悟はしていましたから」
「……甘えてばかりだ、私は」
自嘲する様な声音を一つ紡いで、先生は再び指揮官としての顔に戻る。これから話すのは少女達と合流し、アバンギャルド君を撃破した────その後のこと。
「アバンギャルド君を撃破後は、恐らくC&Cと合流できる。そして、その後……中央タワー前で最後に立ち塞がるのが……」
「飛鳥馬トキ、C&Cの5人目のメンバー……ですよね?」
「その通り。だから、ここから先は余計な消耗を可能な限り避けたい。ドローンとの交戦もなるべく回避しよう……ルートの割り出しは済んでる」
転送されたデータに映る道順は一直線に進むより少々時間がかかる程度の距離感だった。しかし、その道は複雑怪奇。裏道や地下道も巧みに使い、徹底的に攪乱を試みている事がよく分かる。よくこんな道を瞬時に見つけられるものだ、とユウカは思う。
「さて────では、私達も先を急ごう」