シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
冷静なぼく「この話入れるとテンポ悪くならない?頭大丈夫?」
おかしいぼく「本筋とは関係なくても!!!過去の絶望を乗り越えるアリウスは!!!!俺が見たいの!!!!」
こんなテンションで書きました。
──────私は皆が好きなんだ。だから頑張れるんだよ。
そう笑った彼に、サオリ達は母性と父性を感じていた。
アリウスの貧民街出身の彼女達に両親はいない。身近にいる大人は兵士として、兵器としてしか見做さず、使い捨てる様に自分達を消費するだけ。そこには愛も執着もない。壊れたら捨てられるだけ。そんな時に、彼女達の手を引いて──────闇から光に連れ出してくれた大人こそが、シャーレの先生だった。
勿論、最初は彼女達も混乱した。いきなり彼女達を取り巻く複雑な問題が解決の兆しを見せ、これまでの環境とは全く異なる場所……シャーレの居住区に放り込まれたのだ。保護観察処分、という名目で。
だが、それは何の強制力もなく、場所を探知できるGPSは体裁を気にしているから取り付けているだけ。彼がそれを使ってアリウススクワッドの行動を監視した事なんて一度もない。故に、やろうと思えば余裕で脱走もできたし、無防備な彼を背中から撃つ事だって……とても簡単だ。
勿論、サオリ達にそんな事を行う理由はない。彼女達は彼に多大な恩がある。きっと彼は『気にしないで。君達を助けるのは当たり前だよ』なんて言うだろうが……それでも恩は恩で、借りは借りだ。仇で返す事などしたくない。
それから、シャーレでの生活が始まった。4人用の大きい部屋が割り当てられたのだが、これは4人を纏めておく事で監視しやすくする──────なんて理由は欠片もない。
大きく変わった環境で不安もあるだろうから、そういったものを分かち合えるように。仲の良い4人をバラバラにするのは忍びないから。狭い所が苦手なミサキが、少しでも安心できるように……そんな理由。
暖かいベッド、清掃が行き届いた部屋、生活に必要な家具は一通り揃っていて、消耗品は下のコンビニで買える。朝、目が覚めると暖かい食事が用意されていて。昼食は先生の手作り弁当で、夜も暖かい食事。
勿論、唯甘やかしている訳ではない。新しい環境に慣れるまでの期間限定で、慣れ始めてきたら徐々に頻度を落としていき、最終的には全て自分自身でやって貰うつもりだったようだ。生徒を慈しみつつも、自分の足で立つ事を善しとする彼らしい指針。上辺だけの優しさではなく、相手の事を思い遣った優しさであり、善意。
それは、子どもの自立を促す父性。彼は自分の目で世界を見て、自分の足でこの世界に立ち……一つの命として、そこに在ってほしかったのだ。
そして、彼は父でありながら母の側面も持っていた。
ふとした時に見せる笑顔。それはまるでお日様のよう。或いは、夜寝る前の絵本。子供の頃から使っていたブランケット、ぬいぐるみ。何もかもを溶かして、解いて、許される感覚があった。魔性のような、とは口が裂けても言えない、聖女の様な清廉さをもっている顔だった。全てを包み込む彼は、正しくサオリ達の母だった。
夜、見えない何かに押しつぶされて苦しくなっても、彼の腕の中なら穏やかに眠れたのだ。漠然とした不安や他者への恐怖心、未知への恐れが……彼に頭を優しく撫でられると、全て包容されて、消える。
する機会もなかった勉強、料理、洗濯、掃除。遊びも全力でやって、望めなかった友人もできて──────本当に、楽しかった。
何よりも、すぐ近くに笑っている仲間がいて、隣には先生がいて。これが幸福なんだと漠然と思った。貴方が、私達の幸せを形作ってくれた。
こんな生活が、ずっと続けば良い──────そう、思っていた。思っていたんだよ。
断頭台に吹き荒ぶ風が、先生を連れ去った。
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「はぁ……はぁ……ぐぅ……」
黒い、暗い空間。そこに這いつくばっている少女はアリウススクワッドのサオリ。全身に傷を負っていて、頭から流れる血で右目が閉じられている。ヘイローも半壊していて、その超常性はすでに風前の灯火。だが──────彼女は決して引かない。瞳の闘志は消えず、煌々と燃え盛っている。全ては、自分の後ろにいるミサキ達の為。サオリは気を失っている彼女達の盾になっていた。
「どうして、とは聞かないのですね」
そう言った女は、燃える様な赤い肌を持つ人型の怪物……ベアトリーチェ。最近までアリウスを手駒にしていたゲマトリアの1人、サオリ達の元マダム。
「当然だ。貴女が私達を生かしておく理由はない。今更そんな事を疑問には思わん」
そう言って、サオリは血が混じった唾を乱暴に吐き捨て、口を拭う。鮮血の赤が口紅の様に伸ばされた。
さて、どうするか──────と、彼女は考える。状況は圧倒的に不利、残弾は少ない、逃げ場もない、増援も望めない。
詰みの2文字が脳裏を過ぎるが──────まだ、負けてない。
「以前の貴女なら諦めていたでしょうに……生に執着する様になったのですね」
「はっ……先生は、どれだけ絶望的でも諦めなかった。何の力もないあの人が、だ」
銃口を眼前の悪意に向ける。決して引かぬ不退転の決意、死線を越える鉄の意志。死に体の彼女は、
「ならば、戦える力を持つ私が諦めるわけにはいかない……!」
この背中の後ろにいる、大切な仲間達の為に。
「そうですか──────では、死ね」
サオリの悲壮な決意に灰ほどの重みも感じないベアトリーチェは、無感情にサオリを殺そうとするが──────。
「おや……」
ベアトリーチェの器官が、空間の微細な振動を捉えた。だが、その振動は徐々に巨大になり世界を震わせ──────そして、ベアトリーチェが作っていた世界のテクスチャが木っ端微塵に破壊された。
包んでいた暗黒、サオリ達をキヴォトスから切り離していた結界は消え、じめじめとした薄暗いカタコンベ──────元いた場所へ戻ってる。勿論彼女だけでなく、後ろに倒れているミサキ達もちゃんといる。
サオリは突然の変遷に驚いているが、対するベアトリーチェは眉ひとつ動かしていない。寧ろシナリオ通り、と言わんばかりの表情。待ち望んだ獲物が漸く掛かったことに歓喜していた。
「えぇ──────待っていましたよ、先生」
キィ、と軋む音がよく響いた。
「私の生徒に手を出すとは良い度胸をしているね」
春の陽だまりの様な優しい表情は何処にもない。ベアトリーチェを射抜く眼差しは絶対零度の殺意と敵意で満ち溢れている。手に持つは世界を歪ませる権能、背負うのは偽典の獣殺し。現状、先生が持つ全て。
「思った通りでした。生徒に手を出せば、貴方が出てくる──────出て来ざるを得ない。それが罠だと分かっていても。そして、相手が私ともなれば、貴方は迂闊に他の生徒を連れてくることができない」
ベアトリーチェには神秘を殺す手段がある。そして、それを躊躇なく振るう精神性も有している。生徒を死地に送る事なんて先生にはできないから──────こうして、彼単騎で来なければならない。何もかもがベアトリーチェのシナリオ通り。
だが──────。
「そんな体で、よく私の前に来ましたね」
サオリのすぐ隣、
「これから死ぬ私の事なんてどうでもいいだろう? ましてや、私と一緒に死ぬ貴方が気にするなんて、滑稽にも程がある」
その嘲笑に、彼は同じく嘲りを返して、嗤う。
先生は此処で──────ベアトリーチェと差刺し違えて殺すつもりなのだ。もう先生は長くない。この空間を砕く際に支払った代償は彼の命に手を掛けるものだったから──────あと、保って数分。
彼女は不愉快そうな顔をして「つまらない男だ」と吐き捨てた。
そして、サオリは──────。
「──────ぇ……?」
信じられない言葉を聞いたような表情を浮かべていた。瞼が痙攣して、瞳孔が開いて、冷や汗が流れて──────心臓が竦む。
「まっ、せんせ……死ぬ……嘘って……」
言葉が纏まらない。呂律が回らなくて、文としての体裁を保てていない。いつものような口調で『嘘だよ』って言ってほしいのに、彼はただ申し訳なさそうに微笑むばかり。
瞬きをした次の瞬間、消えてしまいそうな儚さは蜃気楼。ユリとジャスミンに混じる彼岸花──────死の香り。
先生の死が覆せない結末である事を分かった──────分かってしまった。
「ごめんね、サオリ。でも、君達を此処で終わらせないためには……こうするしかないんだ」
そう言って、先生はサオリの頬を撫でる。最後の触れ合い、末期の温度。凍えそうなほど、冷たい手のひら。脈はない。鼓動はない。
──────私は、どれだけ暗い顔をしていただろうか。
先生は大人のカードを起動させる。用途はサオリ達の転移。代償は先生の右腕。ぐちゃり、と湿っぽい音がして右腕が潰れる。多量の出血、車椅子の元にできる血溜まり。ワンテンポ遅れて激痛。
それらを平然とした顔で先生は飲み込んだ。この程度、慣れていると言わんばかりに。
そして、先生の補助によって彼女達のヘイローが高速で廻り、既存の物理法則を捻じ曲げつつ光を生む。此処ではない何処かへ、飛ぶために。
サオリが「待って」、と叫んで手を伸ばしても──────世界が断絶したように届かない。もう彼は彼女では決して触れらない存在になってしまった。
「生徒の神秘を否定すると同時に、全く異なる祈りをその身に抱かせる……正しく、悲劇を生み出す法則の否定、神の否定。或いは、世界からの自立。普遍的な善性、全ての願いを抱きしめる……あぁ、なんて醜い」
ベアトリーチェは先生を見抜いていた。キヴォトスから求められた役割でなく──────彼の魂、その本質を。ワカモが触れた彼の本質と同じものをベアトリーチェも得たのだ。だが、全く同じではない。ベアトリーチェはその日常を尊ぶ心を
空の青さ、涼しい風、草原の緑、綺麗な茜空、大切な人と過ごした時間、夜寝る前の絵本、囲んだ食卓の暖かさ──────そういった根源的な幸福を何よりも尊ぶ彼だからこそ持てる法則。
美しき日常を守り抜く、誰かがそれを知らないならば与えてみせる……という祈り。凡夫の極み、天を舞う生徒達に比べたら……あぁ、なんと見窄らしく、つまらない。
「人の生涯を醜いの一言で片付ける……それが貴方の限界だよ、ベアトリーチェ。他のゲマトリアなら、そこに価値があると観測をしていたはずだ」
獣殺しが展開する。ミレニアムが開発した滅びを殺す兵装の中でも、最も火力と殺傷力に長けた──────
先生ではなく生徒が使用する事を前提とした武装のため、彼には規格が合わず十全に払う事は出来ない。起動するだけでも
馬鹿げた意志力、規格外の精神性。気味が悪い、とベアトリーチェは吐き捨てた。誰が好き好んで、理解不能の化け物の相手をしたいのか。こんな悍ましい生命、この世界に存在する事自体が許し難いのだ。
果てのない怒りと憎悪、嫌悪を抱いてベアトリーチェも同様に変身する。通常の変身ではなく、様々な因子を取り込んだ変貌──────端的に言うならば、キヴォトスの神秘の集合体、寄せ集め、キメラ。
その姿を見て──────先生は安堵したように微笑んだ。
「あぁ──────よかった。貴方はやはり、他のゲマトリアとは違う。他の方なら、此度の勝敗は些事として、決して本気を出さなかったでしょうが……貴方は重要だと認識して、持てる力を注ぎ込んでくれた。貴方の全開がそれであるならば──────私の有りっ丈のリソースで以って殺し切れる」
ベアトリーチェが全力でなかったならば、まず間違いなく勝てなかった──────先生はそう言ったのだ。生徒が作った兵器、これから自分ごとベアトリーチェを殺す墓標を愛しそうに、申し訳なさそうに撫でる。本来の使い方とは逸脱してしまったね、と思いながら。
先生の肉体がリソースに変換される。エーテルになり、獣殺しの動力へと変貌し、代償として彼の存在が消失する。先生の持ち得る全てを対価とした刃が──────ベアトリーチェの
「遺言くらいは聞いてやろう、シャーレの先生」
「ありませんよ──────では、共に逝こうか。
そして、場の殺意が臨界に達する──────その直前。彼は後1秒もしたら転移が完了するサオリの方へ振り返り。
「サオリ」
──────貴方は、いつもの調子で名前を呼んでくれて。
「後は、任せたよ」
──────その笑顔が最期だなんて、認めたくなかったんだよ。