シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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逆転の契機

 

 ミレニアムサイエンススクール内にあるヴェリタスの部屋は蜂の巣を突いたような惨状に成り果てていた。数分前に遮断された各部隊との通信。それをどうにか繋ぎ直そうと彼女達は持てる力と機器を総動員して奮戦しているが、相手はヒマリに匹敵する天才であるリオ。それに、場所のアドバンテージは相手に有る。

 

 状況は圧倒的に不利であり……その復旧の進捗も芳しくなかった。

 

「うわぁ! これ、どうすればいいの!? 回線がダメになっちゃってるよ!」

「復旧を試みてはいますが……これでは……ッ」

 

 うんともすんとも言わない回線、通信途絶を表す画面を前にマキとコタマは頭を抱える。何度も様々な手法を試したが、その悉くが徒労に終わっている。リオが自ら手を下しているのかAIの自動防御プロトコルとファイアウォールに任せているのかは定かではないが、彼女達の介入は全て未然にブロックされている。

 

「────ダメ。ネットワークが完全に途絶した。これじゃあ手の打ちようが……」

 

 悪い事は続く。未然に防がれていたとはいえ、今までは何とかエリドゥに通信を試みる事自体は可能であった。だが、ハレの挑戦を最後にそれすら不可能に成り果ててしまう。まるで回線そのものを引っこ抜かれたかのように、ヴェリタスの部室から外部にアクセスすることすらできなくなってしまった。試しにPCで適当な動画サイトを開いても『ネットワークに接続されていません』と無常に表示されるのみ。

 

「一体どうすればいいの……考えなきゃ……どうすれば……」

「落ち着いてください、マキ。通信不能になったのはウィルスの可能性が考えられます。先ずは全員のPCをネットワークから切り離し、クリーンアップを。その間は別回線に切り替え、予備のPCで通信を試みましょう」

「でも、そんな悠長にしてたら皆が負けちゃうよ! 急がないと……!」

「その通りですが、やれる事からやらなければ勝率は更に下がってしまいます」

 

 マキとコタマが回線切り替えとPCのクリーンアップ、予備PCの起動を行っている間、ハレは唇を噛みながらPCの内部を見ていた。何重にも掛けておいたウィルス対策、厳重が過ぎるファイアウォール。通信自体に掛けたプロテクトも全て独自のものを使用している。あのリオを相手にするのだ。『あればあるほどいい』と尽くせる手は尽くしてきた。

 

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 単純明快に、ヴェリタスの3人の力を合わせてもリオには及ばなかったのだ。最早比べるのも馬鹿らしくなる程の天才性。三人寄れば文殊の知恵と言うが、集っても尚、本物の天才……知識神から愛されたとしか形容できない規格外を上回る事ができなかった。

 

 ハレは「チッ」とらしくない舌打ちを挟んで。

 

「……相手の対応をナメてた。打てる手は打ってきたつもりだったけど、上を行かれるなんて。それに、ジャミングなんて妨害手段としては初歩中の初歩。その対策もっとしっかりする必要があったのに……」

 

 この時こうすればよかった、ああすればよかった。そんな考えばかりが頭に浮かぶが、所詮は後の祭り。この世にタイムマシンなんてない。起きてしまった事はどうしようもない。変えられるのはこれからだけ。そして、その未来(これから)も暗闇に閉ざされたかのように先が見えなかった。

 

 ヴェリタスにはエリドゥ内部の状況が分からない。その知識は数分前で更新が停止されている。だが、何となく分かってしまう。突入部隊も陽動部隊もどちらも絶体絶命のピンチ。片やエリドゥ直結のロボットと交戦し、もう片方は分断され散り散りに。きっと、何か少しでもミスを犯すとその瞬間に全てが瓦解するような綱渡りの上に居るだろう。

 

 そして、今の自分達に彼女達の為にできる事はない。ネットワークを封じられたヴェリタスは翼を捥がれた鳥と同じ。通信によるバックアップもハッキングによる援護も……何もできない。ヴェリタスは完全にエリドゥから……否、外部から切り離されてしまった。

 

 今現在、打てる手は打っている。別回線と別PC。それらを用意すれば通信を試みる事は出来るだろう。だが、予備のPCはメインのPCよりもスペックが優れている訳ではない。エリドゥの強固なプロテクトを突破できる可能性はお世辞にも高いとは言えなかった。

 仮にエリドゥの防御を貫き彼女達との通信を確立できいたとしても、これまでと全く同じ支援をできるか、と問われれば否だろう。使っている物のスペックが劣る以上、どうしてもできる事の限界は狭まる。

 

 考えれば考えるほど悪い状況。打開策も苦し紛れに等しい。地の利は相手にあり、用いる機器も相手が上、扱う者の能力も相手の方が上ともなればその勝算は語るに及ばず。相手のミスを祈るしかないが、あのビッグシスターにそんな人間らしい情緒が残っているとは思わなかった。

 

 余りに絶望的なこの状況、ハレの口からぽつりと弱音が零れる。

 

「私達だけじゃ、此処で打ち止めなのかな……」

「そんなの嫌だよ! アリスちゃんの事諦めるなんて絶対イヤ……!」

 

 マキの言う通りだ。アリスの事を諦めたくはない。その気持ちは誰もが同じだった。彼女を取り戻すための戦い、彼女にもう一度心から笑ってほしくて今まで戦い続けた。決して不利な状況でも模索を忘れず、希望を捨てず、諦めを踏破し────そして、自分を疑わず。だからこそ此処まで来れた。比類なきビッグシスターを相手に真っ向から喧嘩を売り、何とか勝負を成立させることができた。どれほど手札が悪くとも、状況が絶望的でも勝負のテーブルに着くことができるのだと証明してきた。

 

 それに────エリドゥ内部に居る彼女達はきっとまだ諦めていない。アリスを助けるための戦いに胸を張って身を投じているはずだ。彼女達が諦めていないのに、自分達だけが諦める訳にはいかない。

 

 状況は最悪だ。相手は格上。自分達には足りないものが多すぎる。だが、まだ負けていない。チェックメイトは早すぎる。エンディングなんて遥か彼方だ。この世に絶対や100%はないのだから、リオが敷いた盤面にもきっと穴はある。

 

「何か、方法は……」

 

 呟くハレ。諦めない、諦めたくない。その一心で彼女は模索する。それに呼応するようにコタマもマキも己ができる事、やれる事を熟していく。

 

 そして、彼女達の奮戦に応えるように────しっかり者の頼れる副部長が手を差し伸べた。

 

「……ちょっと待って」

 

 最初に気付いたのはハレだった。

 

「マキ、コタマ先輩」

「えっ? 急にどうしたの? ハレ先輩」

「急にモニターにコードが……」

「……これは」

 

 プログラムコードの内容を解読すると、別の場所からヴェリタス部室内のPCにアクセスしているようであった。ユーザー名とパスワードが入力され、プロンプト画面が立ち上がる。管理者権限で実行されたそれに打ち込まれるのはファイルの実行コマンド。

 

 そして、実行されたファイル名は────Optimus Mirror System。

 

 それを見たコタマはハッとした表情でハレとマキを見る。それだけで意図が伝わったのか、彼女達は勝算が芽生えたような顔で確りと頷いた。

 

 ハレは手元のノートPCの遠隔操作アプリを起動し、ヴェリタスに於ける生命線にして虎の子……ヒマリが使用するメインコンピュータに接続し、それを経由してハッキングを開始する。攻撃の矛先はエリドゥを司る基幹システム。当然の如くカウンターハックを貰うが、それらを全てコタマとマキの手動操作(マニュアル)で弾きながら何とか入り込む。

 

「これが通用しなかったら私達の負け。でも、もし通ったら……!」

 

 

 ▼

 

 

 ウタハの奮戦により、アバンギャルド君の4本腕の中の防御用のアームを切り落とす事に成功した。これによりあとは電磁シールドを突破するだけで装甲に直接ダメージを与える事ができるようになったが……変わったのは防御力だけ。その驚異的な攻撃性と機動力、演算能力に一切の陰りはない。

 そして、片腕を切り落とされ重心が変化してもバランスを崩した様子は見えずにいる。壊される事もある程度織り込み済みで、かなり優秀なバランサーや制御回路を搭載しているようだ。

 

 つまるところ、大ピンチには変わりなかった。

 

「つ、強すぎます……」

「……このままじゃ本当に危ないかも」

「危機一髪って感じだね」

 

 飄々とした……微笑みすら交えた顔で白旗を半分くらい上げているエンジニア部は言っている言葉に反してかなり余裕が見えた。これは隠し玉がある……なんてことはなく、ただ単純に修羅場に慣れているだけだ。

 発明に失敗は付き物。日々新技術を開発するエンジニア部には成功の数よりも多くの失敗がある。例えば思いつきで付けた回路が暴走したり、内部のプログラムが脆弱で容易くハッキングされ暴走したり、よく分からないが暴走したり。

 兎にも角にも、飼い犬(発明品)手を噛まれる(銃を向けられる)のに慣れているエンジニア部にとっては割と見慣れた光景だった。違う点としてはその発明品の開発者が自分達ではない事と、別に暴走している訳ではない事。尤も、それが大問題な訳であるが。

 

「なんでそんなに落ち着いていられるんですか!?」

 

 飛び出そうとした瞬間にアサルトライフルを向けられ、出鼻を挫かれたミドリ。隣では運悪くチャームポイントのおでこに流れ弾を食らったユズが半泣きで擦っている。よく見ると少し赤くなっている。内出血をしている訳ではなさそうだが……少し心配だ。

 

 そして、少し離れた瓦礫を盾にしているモモイが叫んだ。

 

「うわぁーん! こ、今度はこっちを狙ってるよ! 皆、頑張って回避!」

 

 ミレニアムの校章が大胆に描かれたボディがぐるりと回転し、銃口が向けられる。姉の言う通り、確かに狙っている。銃口を光らせているのは────ガトリング砲。ライフル弾を驚異的な連射レートで吐き出すそれは強固なビルの外壁を僅か数秒で穴だらけにする。盾代わりにしている瓦礫が持つとは思わなかった。

 

「頑張ってって言われてもどうやって────!」

 

 一か八か当たらない事を祈って飛び出すか。いや、動体感知センサーがあるから十中八九射貫かれる。かといってこの場に留まっていても瓦礫ごと蜂の巣だ。あれも駄目、これも駄目。ならどうすれば。思考を必死に回しても答えなんて何処にも無くて。あぁ、こうしている内にも蜂の巣に────。

 

「あれ……?」

 

 何時まで経っても体に銃弾が到達しなくて、痛みと衝撃に備えて強張っていた体の力が抜けていく。ミドリはぎゅっと瞑っていた目を薄っすらと開けると、直ぐ近くに居るユズや少し離れたモモイも呆けたような表情を浮かべていた。

 そして少女達は恐る恐る顔を出すと。

 

「アバンギャルド君の動きが……」

「急に遅くなっ、た?」

 

 あれほど苛烈で、宛ら暴走列車のように動き回っていた敵機が錆びついた絡繰り染みた鈍重な動作になった。試しに弾丸を撃ち込んでみても電磁シールド発生機能も鈍っているのか着弾してから展開する始末。出力自体は低下していないため突破するのは骨が折れるが、付け入る隙が大幅に増えたのは事実。バッテリーにものを言わせた常時展開でもされない限り、格段に攻撃が通りやすくなった。

 

 一体誰が────そう思った時、1つの見慣れない通信が開かれた。

 

『ふぅ……何とか間に合ったかな』

 

 ホログラム越しに映る光景は鉄火場。ドローンと銃弾が入り乱れる爆心地。その中で安堵の息を吐いた少女は。

 

『皆、大丈夫?』

 

 ヴェリタスの副部長、各務チヒロが心配そうな顔でホログラム越しに此方を見ていた。

 

 

 ▼

 

 

「チヒロ先輩!?」

 

 今までずっと姿を見せていなかったヴェリタスの副部長。クラッキングやハッキング等の悪戯好きな可愛い問題児が多いヴェリタスの中に於いてハッカー倫理を持ち合わせ、それを根気良く部員に説いている常識人にしてミレニアム内のシステムのアドバイザーも兼ねているセキュリティのスペシャリスト。

 

 今までずっとタイミングを伺っていた。リオが使用する妨害は質も量も最高峰。生半可な手札で突破する事は到底不可能だ。対策してもし切れない部分はどうしても出てきてしまう。ならば、いっそのこと相手に妨害手段を切らせて、後出しで対策すればいい。幸い、そのための手段と優秀な人員はヴェリタスがちゃんと保有していた。

 

『流石です、待ってました』

『タイミングもばっちり』

『うわぁーん! 副部長~!』

 

 チヒロの通信に加えてヴェリタスからの通信、及び支援も復活。レーダーやマップも見れるようになっていて、これまで通り……否、これまで以上に安定している。これは今までの常識を覆す異常事態だった。

 

「ふむ……どうやってこの通信を確立させたんだい? 先ほどまでは私達も秘匿回線を使用していたけど、それも潰された以上、こうやって遠隔地と通信を取る手段は限られると思うんだけど……」

「そうですよ! だってエリドゥの通信網は……!」

「リオ会長が掌握しているんじゃなかった?」

『うん、リオ会長が掌握している。でも、こういう時の為にヒマリが秘密道具を用意してくれたみたい。安易な使用はハッカー倫理に反するけど、今は使わなきゃいけない時だからね』

「秘密道具……?」

 

 ヴェリタスの秘密道具……何か心当たりがあるような、無いような。ミドリは「うーん」と声を呻らせながら記憶を掘り起こす。遡る日々はセミナーとC&Cに喧嘩を売った時に至って……差押品保管所からヴェリタスの発明品を奪い取った事を思い出した。アレの機能をそこまで正確に把握している訳ではないが、数多のセキュリティを貫通した実績は身を以て知っている。それこそ、秘密道具呼びも納得ができるほど凄まじいものだった。

 

「お姉ちゃん! アレだよアレ!」

「アレってどれ!? 何!?」

「前、G.Bibleを解析する時に使ったプログラム!」

「もしかして、鏡のこと……?」

 

 ユズがプログラムの固有名詞を出すと、チヒロは顏を少し綻ばせた。

 

『ご明察。鏡を使って私達の通信が通るようにエリドゥ内部のネットワーク設定を弄ったの。ついでに会長にも退場してもらったし、通信のプロテクトも掛けておいたよ』

 

 ────そう、彼女達の戦いは全てに意味があった。喧嘩を売った日、エンジニア部とヴェリタスに協力を仰がなければこうして共同戦線を張る事はなかった。差押品保管所から鏡を奪還しなければこの逆転は在り得なかった。

 彼女達が結んだ絆が、巡り巡って彼女達を助けている。彼女の背中を押している。望みを、願いを果たせと。

 それが、堪らなく嬉しかった。

 

「確か、鏡は生徒会に差し押さえられたツールだったかな? エリドゥの内部プログラムすら書き換えられるなら、リオ会長(セミナー)が押収するのも頷ける。流石ヴェリタスの元部長だ、侮れないね」

 

 ウタハは「となると……」と言い、先ほどから集中砲火を浴びせられているアバンギャルド君を指差して。

 

「アレも鏡の効能かな?」

『うん、鏡を使ったクラッキングだよ』

「成程……凄まじいね。此処まで計算通りって感じかな?」

『まさか。コタマ達がアレをエリドゥから切り離してくれないと通じなかったから、順風満帆って訳じゃないよ。寧ろ賭けの部分の方が大きかったかも』

 

 アバンギャルド君はエリドゥの基幹システムと自身のシステムの2つで稼働している。どちらか1つ潰した程度で動けなくなる訳もなく、多少動きが鈍くなる程度でその戦闘能力が落ちる事はない。

 仮に2つのシステムで稼働している状態のアバンギャルド君に鏡を使用してもエリドゥの絶大なバックアップがある以上、瞬時に解析されて無害化されるだろう。

 だからこそアレをエリドゥから切り離す必要があったのだが……そのタイミングも重要だった。切り離す前に鏡を使用しても無意味。だが、切り離した後に使用しても制御が完全なスタンドアローンに切り替わってしまうためシステムを逃す事は不可能だ。

 

 故に求められたのはエリドゥとの接続解除とアバンギャルド君自身が持つシステムへの攻撃……その2つを同時に行う事だった。

 手順としてはアバンギャルド君がエリドゥからデータを受け取る回線に介入し、『エリドゥからの情報』と偽装した鏡のプログラムを内部システムに混入させる。その後、ヴェリタスがエリドゥからアレを切り離すのと同タイミングで鏡のプログラムを起動。実効手段はこれだけだが、言うは易く行うは難し。これらの猶予はコンマ数秒。その上、一度の失敗も許されない大博打。

 

 作戦の成功率を上げるための手は勿論尽くした。どの回線でアレと都市が通信しているのか調べるために危険を承知でエリドゥに赴いたり、タイミングを少しでも合わせるために遠隔操作でヴェリタスのPCを起動させ意図を伝えたり。

 その上で賭けの部分が大きかったのだが────彼女達ヴェリタスは成功させた。

 

 それに誇らしさを感じたチヒロは『帰ったら褒めてあげないと』と内心で思いつつ……ヴェリタスではないもう一人のMVP、今もチヒロをドローンから守っている頼もしいボディガードに視線を送った。

 

『少なくとも、彼女が居なかったらこんなに上手く事を運べなかった』

「彼女……?」

「うん。運良く会長の監視から抜けられていた部活の……」

『こんにちは、皆さん』

 

 ベネリM4(ミレニアム製最新型ダンベル)をリロードした彼女はトレーニング部のスミレ。アリスと仲の良い生徒の1人。先生の手引きによりエリドゥに侵入した彼女達は今の今までずっと隠密行動をしており、少し前にリオに情報を開示……隠密を解除したばかりだ。

その僅かな間に彼女達に仕向けるドローンを集めたリオの判断力は凄まじいが……後手に回った時点で、彼女の盤面は崩壊したも同然だった。

 

『アリスさんの事を聞いて居ても立っても居られず……僭越ながら、協力させて頂きました』

『うん、本当に助かったよ。ありがとう……とまぁ、こんな感じで皆から少し離れたセクションで絶賛ドローン相手に抗戦中なんだけど』

 

 チヒロのすぐ傍に銃弾が放たれる。彼女はそれを転がるように回避し、ビルの外壁を盾代わりにしつつ応戦。前衛はスミレが務めているため、今すぐチヒロ自身に危険が及ぶ訳ではないが……多勢に無勢。いつまでもこのまま、という訳にはいかないだろう。スミレにもチヒロにも限界はある。

 

『どれくらい持つかは正直分からない。けどまぁ、やれるだけやってみるよ』

『持久戦ならお任せください』

『うん、護衛はお願い』

 

 ドローンを相手に獅子奮迅の活躍をするスミレの頼もしい言葉を耳に入れ、再び通信に集中するチヒロ。タブレットPCを起動させ、プログラムが走る画面を見つめながら凄まじい速度でキーボードを叩く彼女は少し顔を顰める。

 

『やっぱり……鏡を使ったとはいえ、エリドゥ側のファイアウォールが反応してる。プロテクトも過信できないからパスが切れる前に先手を打つ必要があるね』

 

 規格外の性能を持つ鏡とはいえ、相手もまた規格外のエリドゥ。通信のプロテクトも信用し過ぎてしまうと必ず痛いしっぺ返しを貰うだろう。だが────。

 

『こういう時こそヴェリタス……私達の出番だよ』

『うん、任せて副部長』

『私達のリソース全部使い切ったとしても! ネットワークを維持してみせるよ!』

『はい、全力を尽くします』

『うん、維持は任せた。代わりに、ここからは私が皆のサポートを引き受けるよ』

 

 ヴェリタスの部員は皆優秀だ。その人格も能力も信頼しているし信用している。そんな彼女達が任せてと言い、維持してみせると言い、全力を尽くすと言った。であれば、その結果は自ずと分かるというもの。チヒロは安心して彼女達にネットワークの維持を任せ、代わりに今まで彼女達が担っていた役割を引き受ける。

 

『……っと。中身をぐっちゃぐちゃにしたのにまだ動けるんだ。自己修復プログラムとかがあるのかな?』

 

 苦笑いしながら見つめるその先には、鏡によって内部システムを徹底的に破壊したはずのアバンギャルド君が再起動を果たそうとしている。セキュリティもファイアウォールも、およそプログラムと呼びうる全てを書き換えられ真面に動けなくしたはずであるが……チヒロの言う通り、別の何処かに自己修復のプログラムやバックアップを搭載しているのだろう。リオらしいリスクマネジメント。学習型AIに鏡の対策をされている可能性もあるため、この手がもう一度通じるとは思えない。

 

 ────尤も、例え無駄だとしてもやれる手は尽くすのだが。

 

『自己修復が終わるのは大体10分後。それを過ぎたらまた手が付けられなくなるから、それまでに決着を付けたいんだけど……何か手はある?』

「そこは私達エンジニア部がどうにかしよう。できれば温存しておきたかった手札だけど、背に腹は代えられないからね」

 

 エンジニア部がドローンに持たせた秘密兵器。その中の1つに途轍もない火力を持つ機械がある。ウタハの言う通り温存しておきたかった手札のそれは、万が一リオが中央タワーに籠城した際に防壁を根こそぎ吹き飛ばす為に使用する予定であった。だが、今は死線の中。この場を突破しなければ中央タワーと見える事すらできないのだ。手段や方法を選り好みしている場合ではない。

 

 ────それに、どの道エンジニア部は此処で終わりだ。であれば持ち得る力を出し尽くし、この後にまだ戦いが控えている彼女達を少しでも楽にした方が良い。

 

 そう思い、ウタハがヒビキとコトリに目配せをすると────意図がしっかりと伝わったのか強く頷いた。本当に優秀で、優しい後輩達を持てた。それが誇らしくてたまらない。

 

 さぁ、全てを出し尽くそう。彼女達の道行きを照らす為に。大切な友人を助けるために全てを用いた彼女達を阻む障害を打ち砕く。

 

「だけど、弾の数は一発だけ……」

『となると、確実に当てないとだね』

「その通りです! なので、皆さんには我々が準備している間……5分ほど、本体の足止めをお願いします!」

 

 エンジニア部総出で準備に掛からなければならないとは、余程巨大なのか手順が複雑な機械なのだろう。そして、準備している間にエンジニア部にターゲットを向けられたらその時点でアウトなため、本体を釘付けにする必要がある。準備するグループと、足止めするグループ。

 準備するグループのメンバーはもう決まっているため、必足止めグループの方に回されるのは────。

 

「わ、私達だけ!?」

「うぅ……幾ら動きが鈍ってるとはいえ……」

「ちょ、ちょっと難しい、かも……」

 

 必然的にゲーム開発部の3人だけになる。

 確かに、システムが乱されているため先程のような理不尽な強さはないだろう。動きも鈍り、照準もブレブレ。脅威の度合いは幾分か落ちたとはいえ、それでもリオ手製の兵器。其処らのドローンとは比べ物にならないスペックを持つ。実際、暴走状態のアバンギャルド君は自身の周りにいるドローンを手当たり次第に撃ち落としている。

 

 ────アレを3人で相手にしつつ、5分間は他にターゲットを向けさせない。できるできないの話ではなく、やるしかないというのはよく分かっている。だが、確実に成し遂げられるという自信も無かった。

 

 そんな彼女達の不安を感じ取ったのか、チヒロはくすりと笑って。

 

『あぁ、大丈夫。君達だけじゃないよ。凄く頼もしい援軍がいるから』

 

 その言葉が耳に届いた刹那、少女達の真後ろから数多の弾丸が降り注いだ。だが、それはドローンのものではなく少女達の味方によるもの。圧倒的な弾幕は少女達に一切の手傷を負わせる事無く、道を阻む敵だけ見ている。強固な装甲を凹ませ、キャタピラを破損させ、電磁シールド発生装置の一部を吹き飛ばした。

 当然アバンギャルド君も此方に銃口を向けるが、目の前に張られた青い障壁に全ての攻撃が阻まれ少女達に掠り傷一つ付けられていない。

 

 一体誰が……そう思った少女達に聞こえたのは、聞き覚えのある声達。ミレニアムサイエンススクールにいるはずの少女。

 

「ふふ、何とか間に合いましたね、ユウカちゃん」

「えぇ、急いだ甲斐があったわ」

「それでも結構ギリギリでしたけどね~」

 

 ゲーム開発部と最も親交が深く、どんな立場であろうとも彼女達を心の底から案じていた早瀬ユウカ。

 ゲーム開発部との関わりこそ多くないが、彼女達に必要な情報を搔き集めた生塩ノア。

 ユウカを経由して人知れずゲーム開発部の少女達と仲を深めていた黒崎コユキ。

 

 真っ向から敵対しているリオの除いたセミナー3名。その全員が少女達を助けるために此処に集った。

 

「ユウカ! ノア先輩! コユキまで!」

「にはは! 助っ人登場です!」

 

 3人しか居なかった戦闘員が6人に増えた。単純計算すれば倍の戦力。しかも、セミナーの3人はゲーム開発部とは異なり大きく消耗していないように見える。それは彼女達が可能な限り戦闘を避ける道を選んだという理由もあるが、なにより大きいのは先行していた2つの部隊が大半の戦力を釘付けにしていたからだ。だから、彼女達は大一番に間に合う事ができた。

 

「凄い……この戦力なら……!」

 

 急に生えてきた勝ちの芽にミドリは思わず呟く。足止めも決して夢物語ではなくなり、寧ろこのまま撃破する事も出来るのではないかと思ってしまう。

 

 だが、彼女にとって誤算だったのは────増援がこれで終わりではかった事だ。

 

「ふふ、まだもう一人いらっしゃいますよ、ミドリちゃん」

 

 悪戯っぽい、風鈴の音のようなノアの声が聞こえた……その刹那。

 

「遅れてごめん。これからは私も一緒に戦うよ」

 

 コツコツと革靴がコンクリートを叩く音がして、徐々に近づいてくる。その歩みに一切の乱れはない。

 

 聞き覚えのある声。ずっと聞けなかった声。ずっと聞きたかった声。まるで唄うような優しい口調。例えるなら春の陽だまり。彼はこの声音で名前を呼んでくれた。大切な音階を口遊むように。

 膝に乗せてもらったり、頭を撫でてもらったり、抜け駆けして彼と二人っきりで出かけたり。少し背伸びしたオシャレは彼の気を引きたくて始めたものだった。彼の好みは分からなかったけど、それでも大人っぽくなりたくて。

 

 ────記憶が頭から呼び起こされる。辛いから、痛いから思い出さないようにしていた大切な1ページ。それを強制的に想起させる……共に思い出を育んだ『誰か』が来た。その正体は分かり切っている。それでも、ミドリは自分が生み出した都合の良い幻覚だと思っていた。

 

 だって彼は、首を。血が流れて、斃れて。今も眠っているはず。だからこの場に来れる訳がないし、居る訳がない。だから、これは元気付けようとしたノア先輩の気遣い。ミドリはそう思う事にした。録音かメッセージビデオか。少し残酷なことをするな、とは思ったが……確かに気合は入れ直せたのだから結果オーライだろう。帰りを待つ彼の為にも頑張らないと────そう思っても、何故か現実感は消えない。

 

 どこか懐かしい────優しくて甘い花の香りがした。

 

 だから、恐る恐る振り返ると。

 

「先、生……?」

 

 砂塵と血に塗れた真白いコートと連邦生徒会の制服、ボロボロなシャーレの腕章。マフラーのように巻きつけられた赤が滲む包帯。取り繕っても尚色濃い怪我の痕。怖くなりそうなほど白い肌の色。手や足は少し震えていて、一目で危険だと分かる状態。

 だけど────そう、だけど。蒼い眼の奥の温度も、その雰囲気も、何もかも。それらが全て彼だった。失ったはずの、失いたくなかった大切な人。手を伸ばせばすぐ触れられる距離に居る。

 

 恐る恐る伸ばした手。彼に触れられずに蜃気楼のようにすり抜けてしまうのが怖かった。けれど、彼はミドリと同じように手を伸ばしてその指先を迎え入れる。そして指が触れ合って、手が重なった。手袋越しに伝わる温度。少し冷たくて、脈も速くて小さいけれど────ちゃんと、生きている。動いている。この世界に存在している。1つの命として、尊い生命として。

 

「うん、私だよ、ミドリ」

 

 はらり、と笑う彼。何時も向けてくれた儚い笑み。消えてしまいそうなほど透明で、眼を離せばいなくなってしまうほど不安定。だけども、その微笑は何もかも溶かして許してしまうほどに優しくて暖かかった。

 

「先生ッ!」

 

 その全てがあまりにも愛おしくて、戦場の真っ只中だという事も忘れてミドリは先生に飛びついた。彼もそれを一切咎めることなく、寧ろミドリと視線の高さを合わせて抱擁を迎え入れる。

 

「わたッ、私、ずっと……ッ!」

「心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫だから」

 

 0になった2人の距離を少しだけ離し、彼はミドリの瞳の涙をハンカチで拭う。それからもう一度だけ微笑みを投げかけて、抱きしめて────立ち上がった。彼の雰囲気の変貌を感じ取ったミドリも袖で目元を拭い、銃を構える。見据える先は同じ。アリスの笑顔、ただそれだけ。

 

「本当は色々と話したいけど……今は目の前の事を片付けよう。語り合いはその後で」

 

 彼は涼やかな目を鋭く尖らせ、眼前の脅威を見据える。先生達が戦い、撃退したレプリカではない。正真正銘、本物のアバンギャルド君。リオが持つ切り札が1つ。それを真正面から乗り越えよう。彼女達の孤独で冷え切った手足と心を温めるために。

 

「さぁ、あと一押し。頑張ろう」

 

 瞳を蒼く灯した彼は静かに開戦の号砲を告げた。

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