シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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始まりは宙だった。始点は神だった。人は霊長類として進化した。この星を代表する知性体となった。
人は、
星が過ぎ去り、文明は滅び、その痕跡はキヴォトスの一部に残るのみとなった。
この星の知性体は彼女達が初めてではない。彼女達が星を拓き、文明を拓くよりも前に栄えていた……当時の『人類』と言うべき存在達は確かに実在した。
彼女こそ前期の知性体が遺した文明の一部。『自分達は此処まで来た』という証明。或いは、文明が害悪になった場合に星ごと知性体を根こそぎにする終焉装置。
「────成長とは、絶望を重ねる事だと思うのです」
黒服は喉を鳴らしながら、何がそんなに面白いのか愉快そうに笑う。嗤う。
彼の根城たるオフィスは凄惨な状態に成り果てていた。窓ガラスは全て割れ、床や壁、天井には幾つもの風穴と亀裂が生まれている。応接用のテーブルやソファも同様に二度と使い物にならないであろう状態。この場で何か戦闘があったのは明確だ。
否、戦闘と呼ぶのは不適切かもしれない。この場で起きた事を正しく言うならば、それは蹂躙。黒服は指先一つで招かれざる客人達を地獄に叩き落とした。
「ば、馬鹿な……何も持たぬ
「それは正しい感想です。実際、私には大きな力はありません。あなた達と正面から戦った所で勝算はありませんが……あなた達の脅威を知るが故に、対策をしているのです。元々、万一の場合に備えて彼女を排除するための装置でしたが……えぇ、丁度良い慣らし運転ができました。感謝しますよ」
這い蹲り、立ち上がる事すら許されていない侵入者の近く。黒服はいつも使っている椅子に腰かけ、伽藍洞で見下ろしている。その視線は、その眼差しは先生に向けていたものとは大きく異なる。黒服は明確にこの者達を下に見ている。何処までも対等であった先生と違って。
「我々と敵対するか……ッ」
「元より私はあなた達を仲間と思ったことはありませんよ。私はキヴォトスを続けようとする側です。その時点であなた達とは相容れません」
黒服はキヴォトスが終わってほしいかと問われれば、迷わず否を返す。彼は紛れもなく続けようとする側なのだ。滅亡に加担するつもりは皆無であり、滅ぼそうとする悪意は見つけ次第踏み潰すつもりだった。
────例えば、今回のように。
「あぁ、生憎と私の元に名もなき神々の女王は居ませんよ。他を当たってみると良いでしょう」
「……あの者か。あの者の元にも我々が向かっている。何人たりとも逃れる事は出来ぬ」
その言葉を聞いた黒服は彼にその事を伝えようと思ったが────止めた。彼ならば恐らく気付いているはずだ。そして、恐らく彼もこの者達を敵と見做すだろう。
ビナーと戦う際に露出した彼の奥底に根差す根源的な敵意。或いは殺意。キヴォトスの人類には決して矛先が向かないそれは凡そ人の身には過ぎた質量。何が何でも殺してみせるという気概を離れた場所からでも感じる事ができた。
この侵入者は『何人たりとも逃れる事は出来ぬ』と言った。それは果たして何方なのだろうか。神格に至ったビナーすら打ち破ってみせた彼の『殺し』の手腕は半端なものではない。
「あちらの方は彼に任せてしまいましょう。私が赴くまでもありません」
「それが貴様の選択か、ゲマトリア」
「えぇ、ですから────私は私の仕事を完遂するとしましょう」
辺りが昏く染まる。それは深夜の様な闇ではなく、夜明け前……太陽が昇る前の空の色彩。黒服の持つテクスチャ。同胞の1人であるベアトリーチェの持つ能力を解析し、黒服なりにアレンジを加えた業。およそ戦闘に長けているとは言えない彼が持つ、技術的に再現された世界を侵す術。
「この星の長の座は随分前に代替わりを果たしました。今の時代を作るのも滅ぼすのも今期の知性体です。星を見棄て、滅びを望み、その果てに星に見棄てられたあなた達の居場所は────ここにはありません」
既に滅び去った知性体。その滅亡がどれほどの規模だったのか……それは分からない。何せ記録が残っていないのだ。そして、目の前に這い蹲る者達がその時代に於いてどの様な立ち位置だったのかも依然として闇の中。可能性として在り得そうなのは宗教団体か、何らかの秘密結社か。
だが、それらは些細な事だ。この者達は人類から生じたものでありながら人類を超えた真の知性体であると思い上がり、星を見棄て、滅びを招いた。その果てにこの者達は『星に住まう全生命の敵』としてラベリングされた。
そして月日が流れ、今期の知性体が生まれ、文明が作られ、キヴォトスとして発展した。この者達はそれらを全て台無しにしようとしている。
────それはなんと傲慢なのだろう。
「では、決を下しましょう。神に執着した成れ果て」
黒の間で腕を組み、黒服は厳かに切り出す。
「────その妄執に絶望あれ。あなたの解答は46億年前に失敗した」
▼
その日は偶々眠れなかった。色々な事が頭を渦巻いて、それが抜け落ちず、深海に落ちようとする意識は鎖に絡め取られ無理矢理表層部に押し留められる。
よく食べ、よく運動し、よく寝る。絵に描いたような健康優良児であるシロコにとって、朝4時に迫るまで意識を保ったままなのは非常に珍しい。彼女も年頃の少女らしく夜更かしをする時もあるが、その時でも就寝時間が深夜2時を回る事は今までなかった。
「────」
遠くを見る白と黒の瞳孔。視線の先には高く聳えるサンクトゥムタワー。空まで届かんとする天の階。別に連邦生徒会に特別な思い入れがある訳ではないが、あの場所には見知った制服を着ている人がいる。彼と同じデザインの制服を着ている人達が。
「……先生」
彼は仕事で忙しくてアビドスの方に来る余裕がなく、シロコも学校やら指名手配のバイトやらで立て込んでいてSNSでのやり取り程度しか交わせておらず、最近は会えていなかった。少し前まで毎日のように顔を合わせていた人がいなくなってしまった喪失感。文章のやり取りはしているが、やはり顔を合わせて声を聴きたいのが本音だ。
────また、怪我をしたらしい。ホシノ先輩は言葉を濁していたけど私とノノミはちゃんと分かる。本当に危ない状態だという事は。話すときに何となく目が泳いでいて、俯きがちで、掠れた作り笑いが多かった。
壁に預けていた背を離し、ベッドに倒れ込む。沈み込んだマットレスの感触。窓の外から覗く淡い月。それをぼうっと眺めて、スマホの画面を傾けた。時刻と曜日、バッテリー残量が映されて、通知が一件。メールだった。宛先は────連邦捜査部シャーレ。
「ッ!」
その文字を見た途端、シロコの脳が覚醒した。慌てて飛び起きてロックを解除し、通知をタップし本文を開く。その宛先になっていたのはやはりシャーレで、見間違いではない。件名は短く『依頼』とだけ。
本文も件名に比例するかのように短かった。指定の時間に指定のポイントにて待機。一旦シャーレに集合し、そこから指定の場所へ向かうようだ。作戦決行時刻は今から約2時間後。ポイントは……何処なのだろうか。指定された場所に特に何かがあった覚えはない。アプリのマップを開いて座標を打ち込んでもだだっ広い土地が広がっているだけ。シロコはアビドスの外側には疎いため、彼女が知らないだけで再開発やらで何かが建造されている可能性が高いが……。
「ううん、考えても仕方ない」
シロコは頭を振って取り敢えず疑問を外側に追い出し、画面をスクロールして更に読み進める。
依頼の内容は予想した通り戦闘。だが、人と戦う訳ではないようだ。添付されたデータに映るターゲットは丸っこい機械で、装甲と装甲の隙間には何本もの触手が垂れ下がっている。その先は鋭い刃のようになっていて、これに切り裂かれれば痛いでは済まないだろう。
そして、もう一枚────写真が添付されていた。全身白装束で、仮面と帽子に覆われた人型。服の下から覗く手は彫刻のように真っ白で、凡そ真っ当な生命とは言い難い外見。
これもターゲットなのか、と下の方にスクロールすると……どうやら違うらしい。此方は見つけ次第先生に連絡してほしいようで、仮に接敵したら可能な限り逃げてほしい旨が記述されていた。文面からは『絶対に戦わないでほしい』という彼の意志が感じられる。
それ程までに危険なのだろうか。写真を見た限りではそんな事はなく、前者の写真……『無名の守護者』の方が余程危険に見えた。
だが、強弱やらで表せない危険があるのだろう。機械の写真からは単純なまでの殺意と害意が感じられた。人型の写真から感じられたのは……粘つく執念と濁った憎悪。思わず生理的な嫌悪感を覚えてしまうような、どろりとした何かを感じる。
画面をスクロールすると、動画ファイルが幾つか。その中の1つをタップするとファイルが再生される。動画に映るのは画像にもあった機械とメイド服の小柄な生徒。戦闘の様子だ。実際に敵対する前にこうして相手の手札を知れるのは非常にありがたい。特に、何をしてくるのかいまいち分かり難い相手だと特に。
機械の主な攻撃方法は斬撃とレーザー。特に斬撃は触手の本数がそのまま手数になるため少々厄介だ。1体だけならどうとでもなるが、数で攻められると面倒な事この上ないだろう。瓦礫の山をバターのように切り裂いている事からも切れ味は見て取れる。反面、レーザーは砲門がそこまで多くない為、よほどの威力でない限りは大きな脅威にはなり得ない。
他の動画ファイルも似たようなもので、それより下には依頼の報酬等の現時点ではあまり関係ない部分ばかり。シロコは最下段の『作戦同意』を迷わずタップして、メールのタスクを切る。現状、シロコ以外に参加表明をしているのはワカモ、ホシノ、カヨコ、イズナの4名。そして、今しがたもう一人……トリニティ自警団の守月スズミという少女が参加者に名前を連ねた。前者4名と異なり彼女の事は詳しく知らないが、彼が頼ったという事は信用に足る人物なのだろう。
シロコは両頬を軽く叩いて意識を切り替える。緩んでいた思考を引き締め、戦闘が出来る状態へと移行。部屋の明かりを点け、パジャマを脱ぎ、シャワーを浴びる。湯上り後に簡易的なスキンケアとヘアケアを済ませ、軽く体の筋肉を解した後に制服へ着替える。
一連の参加者も大きく増えていた。アビドス対策委員会全員、便利屋68全員、忍術研究部全員、ワカモ。そして、トリニティ自警団ももう一名人員が増えたようで宇沢レイサという名前が名簿欄に記されていた。
アビドス対策委員会のグループチャットも動きが活発になっていて、20分後に校門前に集合に。その文面にスタンプで返信し、彼女も最後の準備へ取り掛かる。
愛銃の状態は良好、サブアームの拳銃も同様に良好。ドローンの動作も正常で、予備も同じ。弾丸やドローン用のミサイルの在庫も潤沢だ。
家の戸締りを済ませ、ロードバイクに跨り目指す場所はアビドス高等学校。夏の足音が聞こえる夜明け前の空気。太陽が昇る前の藍に染まる空の下、少女は駆け出した。
▼
シャーレオフィス、格納庫。地下と同様に一般の生徒の立ち入りが許されていない場所。作戦に使うヘリの選定をしていたワカモは────異形と相対していた。
殺意をそのまま形にしたようなワカモの視線。荒事に慣れていない者であれば向けられた瞬間に失神してしまいそうなほど、その意志は黒く輝いていた。
「失せなさい、下郎」
カチャリ、と起こされる撃鉄。底冷えする温度の声に乗る絶大な殺意。それを向けられても異形は特に驚く事も……ましてや退く事もなく。
「おぉ、そなたがあの者の猟犬か。あの者の敵を排除する牙にして剣。成程、猟犬が迎えるという事はあの者は居ないのだな」
「誰が猟犬ですか……もう一度言います。失せなさい」
ワカモは一歩近づき、銃下部に取りつけられている刃の切先を僅かに異形に触れさせる。それでも尚、異形……ゲマトリアが1人、マエストロの余裕は崩せない。それが酷く気に食わないワカモは仮面の下の顔を憎たらし気に歪めて。
「今の私はあの御方のご命令を受けていません。この意味が分かりますか、木製人形」
「無論だ。私を生かすも殺すもそなた次第……そういう事だろう」
「私は機嫌が悪いのです。頭の数を減らされたくなければ早々に立ち去ってくださいまし。これ以上この場に留まるつもりならば、私も手段を選びません」
ワカモは更に銃を前に出す。刃は服を割き、マエストロの木製の体に浅く突き刺さる。命の鼓動も温度も感じない。一体どんな肉体構造をしているのか甚だ疑問だ。否、そもそもこの個体は生きているのか。この木製人形はあくまで中身を入れるための外装でしかないのではないか。その本体は別の……人間で例えるならば魂とでも言うべき何かにあるのかもしれない。
ワカモはゲマトリアとの交流経験が多い訳ではない。無論、ワカモだけではなく大抵の生徒がそうだ。先生が意図的にゲマトリアを生徒から遠ざけていた。先生が来る前に黒服から直接取引を持ち込まれたホシノやアリウス地区を支配しているベアトリーチェ等の例外はあるが、彼が来て以来はそれらも全て彼の管轄になっている。大人の相手をするのは大人である、と言わんばかりに。
しかし、今、彼は不在だ。彼は彼でやるべき事を、やらなければならない事を果たしに行っている。であるならば、その相手は彼の懐刀たる
「さぁ、どうされますか。大人しく引き返すか、それとも────この場で屍を晒すか」
この来訪が彼を害するためのものだったら有無を言わさず木片にしていた。そんな事をしたら彼はきっと悲しむだろうが、ワカモは『必要なこと』と割り切って躊躇いなく果たせる精神を所有している。つまり、殺害の正当化。罪悪の肯定。
ただ、今回のマエストロの目的はあくまで対話。つまるところ彼に会いに来ただけなのだ。故に二択を持ちかける。逃亡か、死か。
別にこの場で逃しても特別良い事が無いのは知っているが、それでも。対話と相互理解を愛した彼に少しでも顔向けができるように。ワカモ自身が胸を張って『彼の教え子』と言えるように、こうして似合わない事をやっている。
そして、その祈りの結実は。
「────良かろう。知らなかったと謂えど主人がいない時に尋ねるのは礼に失していた。非礼を詫びよう、少女よ」
ギシギシと木が軋む音を立てながら、マエストロは頭を下げる。服装に違わぬ芝居がかった一礼。それを見てワカモは憎らしげに鼻を鳴らして銃剣を下した。しかし、完全に戦闘態勢を解く愚は侵さない。何時でも銃を構えトリガーを引けるように、目の前の人形を貫けるように神経は研ぎ澄ませておく。
「────だが。このまま去るのは些か興が削げる。詫びも兼ねて助言を1つ、そなたに提示しよう」
銃口を跳ねさせたワカモの眼前、数舜前まで確かにその場に居たはずのマエストロは影も形もなくなっていた。しかし、声だけは嫌なほど鮮明に響いていて。
「名もなき神々の女王、無名の守護者、その信奉者。それらは1つを片付けた所で解決するものではない。繋がる糸がある以上、必ず因果は保たれる」
それは、いつかの未来の暗示。誰も彼も運命の奴隷であるという証明。存在理由から逃れる事はできない。意味と目的を放棄する事は許されない。そのように生まれてきたから、そのように望まれたから。
それは何も、今挙げた3つだけではない。マエストロも目の前に居る
酷く分かり難い表現であるが、つまりマエストロは『全て片付けたと思って油断するな』と言ったのだ。世界と運命はあるべき残酷さを剥き出しにするタイミングを虎視眈々と狙っている。勝利も敗北も全て一過性。永遠は何処にもない。
その助言を受け取ったワカモは心底忌々しそうに鼻を鳴らし。
「────やはり撃ち殺しておくべきだったでしょうか」
と呟き、次見えたときは有無を言わさず破壊する事を決めた。
そして、壁に備え付けられているモニターを見ると既に全員ロビーに人影が集まっている光景が監視カメラ越しに映っていた。集合時間までまだ少し猶予があるが、全員揃っているのならばもう始めても良いだろう。
────相手はキヴォトス前期の知性体と、その遺産。油断は許されない相手だ。
「あの御方の世界で、好きにはさせません」
黒の制服を翻し、彼女は出口へと歩を進めた。
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あるビルの屋上。フェンスの上に立ち、マエストロは両手を広げて夜明け前の空を仰ぐ。風が鳴くと靡く服と、カタカタと揺れる関節部。
「必定された結実を覆さんと走る者。運命の末路を受け入れた者。彼我の溝は絶望だ。幸福な結末などない。必ず誰かが涙を流し、血を流す」
少女の為に少女を救おうとする者と、大切な者達の為に世界を壊さんとする者。
大事に思い、大切に想い、心から愛している。だからこそ譲れない。君に人として生きてほしい、貴方にヒトとして死んでほしい、抱く願いはただそれだけ。憎悪ではなく、殺意ではなく。ただ愛と憐憫で以て奏でられる戦場の旋律。
紛れもなく悲劇であろうそれを前に、彼が挫けず折れず立ち向かうならば。
「その結末を覆さんと唱えるならば────私は今一度、そなたを喝采しよう」