シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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ネルとトキ。彼女達の戦闘時間は累計で数時間にも及んでいた。極限にまで研ぎ澄まされた集中力。溶かした飴細工のように伸びる視界と、それに伴い切り刻まれ伸びる体感時間。ハイになっている、と誰もが思うような高揚状態でありながらネルの頭は冷えていた。自身の内側で冷たく現状を俯瞰する自分を飼い慣らしている。熱くなり過ぎないように。
彼女の端正な唇の両端が吊り上がり三日月を描く。宝石の様な赤い眼が蜃気楼のようにブレた瞬間、トキはその場で咄嗟に回避行動を取った。彼女が数瞬前に立っていた場所に降り注ぐ弾丸の雨。上昇した神秘により絨毯爆撃をも上回る威力になった9mmパラベラム弾。それは瞬く間にコンクリートに風穴を空け、都市の稼働機構を粉砕。世の中の物理法則に真っ向から喧嘩を売る異常事態を引き起こしたネルは、同じく物理法則に反する速度で飛翔するトキを睨みつける。
そのまま彼女は脚部をばねのようにしならせ────その脚力を解放した。足場になったコンクリートが粉微塵になるほどの速度で空中に飛び出したネルの速度は弾丸に匹敵する。音速を超えた弊害でメイド服のあちこちがソニックブームで切り裂かれるが、それを意にも介さず一直線にトキの元まで飛翔する。空中に於ける姿勢制御の方法は鎖や手足、銃をスタビライザーやバーニア代わりにする程度のため、その自由度は敵である彼女よりは大きく劣るが……『そんな事は知った事ではない』と言わんばかりに突貫。直線加速力で上回る彼女はあっという間にトキの影と重なった。
「テメェは、アタシの距離から絶対逃がさねぇ」
不敵に笑ったその顔を殴り飛ばそうとトキは拳を振り下ろすが、ネルは射撃の反動を利用して回避。ネルはそのまま空いている手で銃を構えるが、それも含めて見えていたトキは事前に攻撃を置いている。バチン、と音を立てて空中に奔る紫電。あらゆるリミッターを解除した超高出力パルス攻撃。高温により服が黒く焦げ、その下の肌に痛々しい火傷痕を刻む。その激痛に怯んだ時間は0.5秒にも満たない刹那であったが、その隙にトキはネルを離れたビルの方まで投げ飛ばした。
通常の生徒であれば五体がバラバラになっても不思議ではないほどのインパクト。幾らネルであろうとも確実に意識を失っている、と確信できる程の渾身の攻撃。恐らくは瓦礫の下に埋もれ、ボロボロになっているであろうネルを確認しに行こうとトキは身体を向け……そして、猛烈な勢いで何かに引っ張られた。
「なッ……!」
驚愕を覚えたトキの二の腕に巻きつけられた鎖。あの攻防の隙にこっそりと仕込んだのか。タダではやられないのが何とも彼女らしい。トキは急いで切断しようと手を赤熱させるが。
「メリーゴーランドは好きか、後輩ッ!」
怒号に似た声を張り上げるネル。全身血塗れで傷だらけではあるがその戦闘力と闘志に一切の翳りはない。彼女は瓦礫を足場に踏ん張りながら、その華奢な体の何処にそんな力があるのか分からなくなる程の膂力で全力で抵抗するトキを容易く振り回し────。
「オラァ!」
先の意趣返しと言わんばかりにトキをビルの外壁に叩きつけた。奏でられる爆音は隣のセクションの端まで聞こえるほどであり、たっぷりと乗った遠心力とそれに伴う衝撃によりトキは一瞬意識が消し飛びかけるが、何とか堪える。粉塵で塗り潰された世界の中、立ち上がった彼女が前にしたのは────赤い、眼。
大上段に構えられた、ぴんと張った右足。それがトキにはギロチンの刃に見えた。
「堕ちろォ!」
咄嗟に両腕をクロスさせガードするが、その上からでもネルの踵落としの衝撃は全身を駆け巡った。骨を直接揺らされているかのような重さと痛み。それはトキとネルの立っていた床を一瞬で砕き、下の階へ叩き落とし────落ちた先の階も同様の結末を辿った。落下、粉砕、貫通のサイクルを10回以上繰り返し、ビルの最下層……地下3階まで叩き落とした。
自身の踵落としにより作られた十数階層分の吹き抜けを見上げたネルは銃のリロードを済ませ、鎖を取り回しのし易い長さにする。サブウェポン……伸縮自在かつ途轍もない強度を誇る鎖はエンジニア部の力作だ。対トキを想定して手数と柔軟性を欲した彼女はエンジニア部に頼み、自身の戦闘スタイルを元にその有効範囲を拡張する武装を搭載させた。
それがこの鎖だ。エンジニア部は相変わらず良い仕事をする。土壇場でこれほどの完成度の武器を持ってくるとは思わなかった。
ネルは先生と合流した際に「傷が無視できなくなったらこれを」という一言と共に渡された注射器を取り出し、躊躇いなく首筋に打ち込む。一般では流通していない高性能ナノマシンが稼働し、ネルの体に在る傷を深刻度が高いものから治癒していく。
「倒し切ったって思ったが……随分タフだな」
「先輩ほどではありませんよ」
辟易とした目で見つめる先にはネルに負けず劣らずのボロボロ度合いのトキが立っていた。その顔には痛みが張り付いていて、浮かんだ脂汗と切れた唇から零れる血が端正な顔を汚している。
────トキの電磁シールドのバッテリーは既に尽きている。防御用ドローンに至っては10分も持たなかった。故に彼女は純粋な肉体強度のみでネルの猛攻を耐えていたのだが……それが偉業なのは言うまでもないだろう。何せ、先の二撃は紛れもなく必殺。最強から繰り出される最強の一撃が、二つも。何方か片方だけでも四肢が吹き飛ぶほどであり、両方とも貰えば
ネルの好条件と悪条件、トキの好条件と悪条件。それらを差し引きすると全くの互角。どう見ても千日手だ。やろうと思えば丸一日以上……体力と集中力が許す限り彼女達は全力で戦い合える。だが、それは余りにも不毛であろう。
双方共に狙っているのは、眼の前に立ち塞がる高い壁を超える事。時間稼ぎ? 足止め? そんな腑抜けたことを言うつもりはない。目指すのは完全なる勝利だろう。
ネルは脳震盪寸前、頭蓋骨骨折、肋骨もほぼ全滅し、幾つかの内臓にダメージがある。手足の骨も骨折または骨折寸前。右肩は脱臼し、背骨には罅が入っている。それ以外にも切り傷と打撲だらけで、どうして立っていられるのか不思議な体だ。
対するトキも肋骨や背骨が損傷し、手は粉砕骨折。両脚は無事であるが疲労骨折が見えている。内臓も傷ついており、ネルに負けず劣らずボロボロだ。
何方の傷も自然治癒では補え切れる範囲を大幅に逸脱している。ネルは先生の、トキはリオのナノマシンがあるとはいえ、今後の戦闘に大きな支障を与える傷も多い。トキさえ倒せれば良いネルは兎も角として、この後にC&Cの3名と別動隊との戦闘も控えているトキは目で見える状況以上に不利であった。
そして、彼女の不利は続く。無線から受け取った情報によると分断していた先生率いるセミナー3名とゲーム開発部とエンジニア部の連合部隊が合流し、アバンギャルド君を撃破したらしい。更にC&Cの3名が中央タワーに王手を掛けている状況らしく、隔壁とドローンで応戦しているものの何時まで持つか分からないようだ。
そして、それに伴い────
今の今まで隠していた奥の手。エリドゥのリソースを食い潰すが故に使いたくても使えなかった真の切り札。アバンギャルド君も撃破され、都市区画の移動も意味を成さない今であれば……確かに憂いはない。戦力の逐次投入は愚策であるが、最初から全てを晒すのもまた愚策だ。切り札は最後まで取っておく。それが戦術の基本であろう。
トキは半壊している各種ギアをパージし、胸元のリボンに手を掛ける。
「私は、皆様方に勝ち目が無いと申しました」
「あん?」
布の擦れる音が静かに鳴り、リボンが解け落ちる。ポーチが取り付けられたチェストベルトも外し、彼女はクラシカルなメイド服一枚になった。
急に目の前で後輩のストリップショーが始まりネルは目を白黒させているが……脳の奥、本能が全力で警鐘を鳴らしていた。拙い、と。武装メイドからただの丸腰のメイド、紛れもなく脅威度は下がっているはず。なのに彼女にはそう思えなかったのだ。まるで、目の前の彼女が別の何かに変貌を果たそうとしているような。
「ですが皆様は次々と不利を覆し、リオ様の切り札すら撃破し、限られた手数でこの盤面に王手を掛けました。皆様の力量を見誤り、貶める発言をしてしまい申し訳ございません。ここに非礼をお詫びします」
フリルのついた白いエプロンドレスのリボンも解き、その下のフリル付きのノースリーブシャツも脱ぎすて、黒のワンピースのみに。薄手のスカートが風に翻る。
「ですが……只今、リオ様から武装の使用許可が下りました。全てを使い皆様を撃破しろ、と」
「今までは本気じゃなかったって事かよ……ナメやがって」
「いえ、本気ではありました。ただ、全てを使っていた訳ではありません。ですが、此処からは……全力で、本気です」
そのワンピースも脱ぎ、其処に立っていたのは薄手のレオタード状のインナー一枚となった彼女の姿。ネルはその姿を具に観察するが……気になるポイントはない。特殊な加工は施されているだろうが、それ一枚になった所で大きく戦闘力が向上するような仕組みは見当たらず、一見ただ脱いで身軽になっただけにも思えるが、それは違う。あれは、これから使う何かのために必要なステップなのだろう。
────ネルの考えは当たりだった。あのスーツは体を動かす際に生じる電気信号を効率的に伝達するためのものだ。トキの手足のアタッチメント周りもあのインナーと同じ素材でできており、その性質により彼女はアームギア等を自身の手足のように扱えていた訳であるが……それをボディスーツのようにするとはどういうことなのか。
答えは簡単だ。ボディスーツすらも用いる大型の武装をこれから使用する────ただ、それだけだ。
「先輩のお望み通り、先輩の距離で戦わせていただきます」
飛来するは、いつかの絶滅に備えた決戦兵器。先生が保有する礼装が一つ、『神殺し』のベースとなった────届かざる者に届くための翼。人がいつか辿り着く最果て、その一端。リオが見出した、世界を救済する術。名もなき神々の女王を殺すために作られた真実。
世界を救済するための剣────それがネルに牙を剥く。
「本来であれば、来るべき時まで使用するつもりはありませんでした。リオ様も、私も。リオ様が仰るには、これは『
トキの身に纏われる装備。あくまで人体の延長線上にあった先ほどまでのアームギアとは異なり、人を
ネルの頬につう、と冷や汗が伝う。人生で初めて前にした機械仕掛けの頂き。天賦の才能ではなく、知性と知識により天まで上り詰めた、正に『ヒトそのもの』と言うべき究極。確かにこれならば自身に匹敵或いは凌駕するだろうと彼女は思い────獰猛に犬歯を剥き出しにして笑った。
「今はスケジュールが押しております。申し訳ございませんが30分で片を付けさせていただきます」
「ハッ! やってみろ、クソ生意気な後輩……!」
────此処に、ネルは生涯最大の敗北を刻むことになる。
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パワードスーツ、アビ・エシュフ。その名前は紀元前1700年ほど前まで遡る。バビロン第1王朝の第八代王。その逸話は戦いが多く、その記録からは王朝に反する多くの勢力を払ったことが読み取れる。
リオが装備にこの王の名前を送ったのは、記録の再現を望んだからだ。キヴォトスに反する外敵の排除。例え王朝の記録をなぞるようにキヴォトスが緩やかに堕ち逝くとしても、その選択を悔いない為に。外敵に蹂躙され滅ぼされるのと自身達が選んだ果ての衰退は違う。何も残せないのと、何も残さないのが異なるように。
故に、救済の剣。キヴォトスに存在する滅びを薙ぎ払う、人々を救う、人々が縋るための刃。
────皮肉にも、それは他者を効率的に殺戮する能力に過剰なほど長けていた。
戦闘開始から29分48秒が経過した。この短い間に崩壊したセクションの数はエリドゥ全体の10%に上る。ビル等の建築物は勿論、都市の根幹とも言える稼働機構や管理コンピュータが座する堅牢なタワーも一切合切。広大な範囲が文字通りの意味で更地になった。草木の1つ、生命の息吹の1つすらない不毛の地。それを成したのは戦闘能力が異次元の領域まで引き上げられたトキなのだが……都市の凄惨な状況はあくまで戦闘の余波だ。
これを向けた相手は、唯一人。
「ク、ソ……が……ッ」
仰向けになりながらトキを睨み上げているネル。彼女は完膚なきまでに、一切の言い訳が通用しないほどに負けた。
────何度も攻撃した。銃も鎖も肉弾戦も。この場にある全てを武器として彼女はトキを最大の敵と見做し全力全開で攻撃した。その試行回数は数えるのも馬鹿らしくなる程であったが……彼女はトキに一切の傷を負わせることが叶わなかった。掠り傷は勿論、その影に触れることすらできず一方的に叩きのめされ、今はこうして地に伏している。ナノマシンの再生が追い付いていないのだ。傷口が多すぎて、深すぎて焼け石に水にすらなっておらず、彼女は勝者を見上げる事しか許されていない。
「────」
驚くことは何もない順当な結末。トキがこの選択をしたあの瞬間、ネルの末路は決定していた。アビ・エシュフを使うとはこういうことだ。ネルを責める事はできない。寧ろ、たった一人でアビ・エシュフを相手に30分弱も戦えたことは充分誇って良いだろう。ネル以外では1分も持たない。ネルに次ぐアスナですら精々5分が良い所だ。
トキは自身の体をスキャンする。アビ・エシュフの回復機能とナノマシンの相乗効果により、装備前はネルに負けず劣らずの傷であったのにも関わらず8割以上回復していた。恐らく1分以内に完治するだろう。そして、完治と同タイミングで中央タワーの方まで戻れる。先生達、C&Cの移動速度よりも彼女の方が圧倒的に上だ。彼らの突入には確実に間に合う。
トキは握っていたトリガー兼操縦桿を離し、アビ・エシュフ内部に格納していた
額に銃弾を貰ったネルは完全に沈黙。ぴくりとも動いていない。
────トキはネルに勝った。約束された勝利とも呼称されるミレニアム最強の彼女を一切の言い訳が通用しない程に叩きのめした。リオを阻む最大の障害は消え去った。リオの完全勝利は目前だ。それなのに、トキの胸の中に実りあるものは何もなかった。目の前に聳えていた大きな壁を乗り越えた達成感も勝利の喜びも。ただリオの敵を排除した、それ以上の何かを彼女は感じなかった。感じられなかった。
────あまりにも空虚な勝利だった。
ネルに背を向けたトキは足のブースターを赤熱させた。空中に於ける自由度は先まで纏っていた各種ギアに僅か劣るが、それ以外の全てのスペックで大きく上回っている。番狂わせは起きない。強敵はもういない。ネルをも下した今、障害は無いに等しい。
「……終わらせましょう。この、戦いを」
自嘲を含む呟きを漏らし、眼を伏せたトキはこの場から離脱した。
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「……そう。ネルは私が回収しておくわ。貴女はそのまま先生達を叩きなさい。最優先はC&Cよ。ゲーム開発部とセミナーは無視して構わないわ」
トキと通信を切断し、リオは椅子の背凭れを軋ませた。無音の空間に良く響く不協和音。それがリオにはアリスの怨嗟に聞こえた。否、先の音だけではない。彼女の耳に届く全ての音が、彼女を責め立てる罵詈雑言に成り果てている。
勿論、幻聴だ。リオに対して口汚く罵った者は居ない。今敵対している少女達もリオを否定しているが、口汚い言葉を浴びせる事はなかった……
「……私は、キヴォトスを救う。この星を救う」
星を救う────その言葉はキヴォトスに於いて非常に重い意味を持つ。まかり間違ってもヒトが口にしてはいけない呪い、或いは天啓。口にした瞬間から星のために生きる事を強制させられ、あらゆる自由を剥奪された上で星を生かす為に生きる道具に成り下がる。ヒトというカテゴライズからも切り離され、その性質や属性すらも『星』に変わるのだ。先生と同じように。
現に今もリオは徐々にヒトというカテゴライズから距離を置きつつある。その果てに在るのが彼と同じ末路。星を生かす奴隷。或いは、世界の礎。未来のために解体される者。碌でもないのは誰の目から見ても明らかだ。リオにそうなってほしいと思うものは誰も居ない。だからこそリオは自ら進んでその身と心を捧げようとしている。根底にあるのは願いのはずなのに、それは最早呪いの様な強迫観念に似ていた。
……ある聖女。百年戦争をフランスの勝利で終わらせ、異端の烙印を押された上で火刑に処され19歳で生涯を終えたオルレアンの乙女。彼女は神の声……天啓を聞いたとされる。もし彼女が聞いた声と2人を侵す呪いが本質的に同じであったならば、彼女は戦争から逃げる事などできなかっただろう。それは声が正しいからではない。聖なるものだからではない。幸福を約束するものだからではない。逃げるという選択肢が頭から消えてしまうほど重く、振り払えないほど苦しいものだからだ。
────つまりはそういう事である。星を救うと誓った日からその運命は決まっていた。彼がリオの重荷を下ろそうと必死になるのもそういった事情が絡んでいる。彼女を自分と同じ末路を辿らせたくない、その一心で今も駆けている。まだ引き返せるから。踏み止まれるから。
彼が本当にリオを想っているのは、他ならぬ彼女自身がよく分かっている。言葉に籠る温度と優しさ。誰もが否定しても、彼はリオを決して否定しなかった。故に、彼女は退くことができない。だって、
ルベライトの瞳が理知の裏に憂いを灯し、その温度のまま眠る透明な青を見る。椅子から立ち上がったリオはアバンギャルド君のミニチュアフィギュアの前を素通りして……横たわるアリスの前に立った。そのまま彼女は跪く様にアリスと高さを合わせ……細く小さい手を両手で包み込んだ。祈るように。
「……私は、ちゃんと貴女の分まで苦しむわ」
短く告げた彼女は立ち上がり、眼を瞑る。
リオは今、境界線の上に立っている。超えたら最後、もう元には戻れない不可逆の変貌。リオは人殺しを背負う事になる。もう受け入れた事ではあるが、改めて運命が目前に迫ると否が応でも意識してしまう。
作戦決行の準備はもう直ぐ整う。あとはトキに回していたエリドゥのリソースを回収し、アリスを殺すだけだ。だから、これ以上先生達との勝負に付き合う必要は無い。無い筈だ。
────それなのに、何故まだ勝負を続けようとしている?
非合理的極まる己の言動にリオ自身が最も困惑しながら……彼女は自身の手を見つめる。
知っている匂いだった。血と、肉と、花の香り。真白いベッドで横たわる先生から生まれた、燃え尽きる寸前の命の香。それが自身の五感に訴えてきた。まるでこれからする事がどれほど罪深いのかを突き付けるように。
────それこそ今更だろう。罪深さは嫌というほど分かっている。例え誰かに阻まれたとしても、アリスを殺そうとした真実は変らない。命の取捨選択をしようとした思い上がりは消えることなく、人殺しを選択に交えた罪は拭えない。これを選んだ瞬間から戻れる場所なんて無いのだ。
故に、後は進むしかない。進んで、進んで、血を吐くまで続けて。それから、アリスと同じように誰かに切り捨てられる。お前は要らない、と。そんな結末こそがきっと相応しい。
リオはアリスの髪を優しい手つきで梳かしてから椅子に座る。運命を待つ人のように。