シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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原初の怒り

 エリドゥD4区画、地獄の底。最強同士の激突により復旧よりも一から再建築した方が早いと思われるほど崩壊した場所には無造作に転がる一つの小さな影があった。服はあちこちが破れ、焼け、切り裂かれ。その下の白磁を思わせる綺麗な肌には幾重にも傷が走っている。切創、擦過傷、創傷、挫創、火傷。

 

 地面に仰向けで転がるその少女がミレニアム最強、約束された勝利(ダブルオー)の名を冠す美甘ネルだった。彼女の先の長い人生における最大の敗北はアビ・エシュフを纏うトキによって齎されたもの。トキの宣告通り30分以内に叩き潰され、今はこうして地面で空を眺める事しか許されていない。言い訳のしようがない、するつもりもない完敗。

 鍛えた肉体、身につけた技術、磨き上げたセンス、場当たりの発想と瞬発力。ネルの持ち得る全てを総動員した。それを真っ向からトキが上回ったのだ。自身の傷が深かったとか、相手の装備が強かったとか、負けた理由を見苦しく探すつもりはない。負けは負け、それ以上でも以下でもないだろう。そもそも、現実の……こういった土壇場の戦いに反則もチートもルールも何もない。お行儀よく戦いたいならコロッセオにでも行っていればいいのだ。

 

 止めとして放たれたトキの弾丸は的確に眉間を射貫き、ネルの意識を闇に落とした。だが、彼女は今こうして意識を取り戻している。それはトキが情けをかけた……という訳ではなく、単純にネルの身体強度の高さから来るものだった。

 しかし、所詮は意識を取り戻しただけ。全身の骨は砕かれ、折られ、指先一つ満足に動かせない。神秘も底が突き、ガス欠。激痛で霞む視界、膜を隔てたように鈍い感覚。痛い。寒い。ぴちゃり、と何か液体に触れる音。自分の血だ。それくらいは分かる。力を振り絞って眼球を横に動かすと、ネルと同じように転がっている二丁の愛銃が見えた。当然、無事ではない。銃の片方は砕かれている。もう片方も表面に幾重の亀裂が走っており、あと真面に撃てるのは数発が限度。手数と制圧力を武器とするSMGとして致命的だ。

 

 身体もボロボロで、武器もボロボロ。きっと今、見るも無惨な地を這い蹲る敗北者の姿を晒しているだろう。戦闘行動はおろか動くことすら、呼吸すらかなりしんどい……それが今のネルの状態であった。今のネルなら非戦闘用のドローンが相手でも負けるだろう。その程度には戦闘能力が失墜し、キヴォトスに於ける最底辺の生命である先生よりも上くらいの立ち位置になっているはずだ。

 

 ネルはふと思う。先生達は、仲間達は、ゲーム開発部(チビ)達は無事だろうか。恐らく彼らの元にはトキが向かっているだろう。戦闘が始まっているとしたら……苦戦は免れないはずだ。もしかしたら既に敗北しているかもしれない。それ程までにトキは強かった。

 

 ネルは自身の体の状態を確かめる。笑ってしまうような損傷度合い。こうなる前に投与したナノマシンが回復に努めているが、その再生速度は欠伸が出るほど遅い。手の骨は砕け、足も靭帯とアキレス腱が断裂し、骨も複数個所折れている。もし仮にこんな状態で動こうとしたら医者に張り倒されるだろう。

 血は多く流れているが失血死はしない。多少貧血になる程度で済む。そもそも、キヴォトスの民……それもヘイローを持つ生徒はその程度で死なない。ヘイローが砕けていない以上、死は遠いのだ。

 

 だから────まだ、行けるだろう? 

 

「う、ごけ……」

 

 血の味がする声帯を張り上げる。確かに自身は一度敗北した。完膚なきまでに負けた。だが、一度負けたくらいで潔く引き下がれる諦めの良い性格はしていない。趣味と特技は勝利なのだ。アリスとのゲームもそうだ。勝つまでやる。何度も何度もリトライしたのは、その先にある王冠を信じたから。

 

 故に少女は叫ぶ。己を鼓舞する。痛みに歪み、苦しみに溺れ……それでも尚、希望と祈りを燃やす声。先ほどまでの敗者の姿はもうそこにはない。此処に居たのは紛れもなく強者だった。

 

「うごけ、よ……アタシの、体……」

 

 彼女を突き動かすのは、自身への怒り。手足も繋がっているのに、脳も心臓も無事であったのに。()()()()()()()()()()()()()地に這い蹲った己の不甲斐なさと、それに伴う嚇怒。それが致命傷を負う彼女を動かす。火に薪を焚べるように、肉体に怒りという燃料を注ぐ。

 

 ある者は言った。救済とは怒りであると。不条理に対する怒りが、不出来な世界に対する激怒が救世の第一歩であると。ならば彼女もそうなのだろう。世界(アリス)を救うために怒りを薪として燃やしている。それは宛ら恒星のよう。命という燃料を燃やし、人々に不変なる光を齎す────絢爛たる輝き。だが、燃え尽きるつもりは皆無だ。全員で無事に帰るという約束を違えるつもりはない。

 

 あぁ、そうだ。全員で。アリスも先生も纏めて全員だ。欠員なんて許せるわけがない。地獄や天国から引き摺り出してでも全員でミレニアムに帰る。

 

 そうやって気合を入れて、自身を鼓舞して、全身の力を絞り尽くしても体はピクリとも動かなくて。ネルは「クソッ」と短く呟き……もう一度、自身に現実を突きつける。その不出来な現実に抗う意志こそが、己を動かすと信じて。

 

「アタシが、動かないと……アリス(チビ)が……!」

 

 そうだ。自分は今立たないと、今勝たないといけない。勝利(ダブルオー)の名を背負ったのは何のためか。ミレニアムを守るためだ。自身の愛すべき友人や後輩達を守るためだ。地を這い蹲り、敗北の味を噛み締めるためでは断じてない。

 今、自分が折れたままであれば……アリスは死ぬ。ただ友人と笑い合いながら思い出を育みたかっただけの透き通る青の少女が消える。

 

 それを覆したくてここまで来た。そんなふざけた不条理が認められなくて世界に挑んだ。だから抗え、最後まで。立って戦え。地に伏せるな、前を見ろ。敵は後ろに居ない。未来は後ろに無い。望んだものは、見たかったものはいつだって暗闇の先にある。

 

 ネルは獣のような咆哮を上げながら全能力を用いて体を動かさんと力を籠め────そして、僅かに指先が動いた。その微かな動きは確かに全身に伝搬し、指から掌、肘、肩、腕全体。最終的に彼女は。

 

「ハッ……」

 

 全身から血を滴らせ、ネルは立ち上がる。がくがくと振るえる手足は紛れもなく無理をしている証拠であり、時折ふらついて非常に危なっかしい。一挙一動、呼吸をするのにも全力を尽くさなければならない。そもそも、無理をして立っている、なんていう次元ではないのだ。通常であれば立つことは無論できない深度の傷、どうして意識を保っていられるのか甚だ疑問に思ってしまうほど。

 

 事実、ネルはこうして立ち上がるだけで精いっぱいだ。この状態で戦闘を行うなんて無謀極まる。今だったらその辺りのドローンの質量にものを言わせた原始的な体当りですら致命打になってしまう。今よりも多少はマシな状態だった嘗ての彼女を一蹴したトキを相手にしたら30分どころか1秒で決着が付くはずだ。それも、彼女の敗北という形で。

 それは非常に癪だが……あぁ、認めてやる。トキは強い。紛れもない強者だ。それも、久しくネルが出会わなかったほどの。噂に聞くトリニティの戦略兵器であってもここまでネルを一方的に叩きのめす事はできない。故に今のトキはキヴォトス最強に最も近い座に居ると言えるだろう。

 

「あー……結構しんどいが、ま、何とかなるだろ。傷なんて唾付ければそのうち治る」

 

 ネルは屈み、半壊した銃二丁を手に取る。それだけの動作でも意識が飛びかけるほどの激痛が無遠慮にネルの神経を焼くが、それを何とか耐え抜いて、彼女は自身の得物を引き抜いた。片方は砕かれているため使えないが、もう片方はまだ使える。彼女は壊れた方を仕舞い、一丁だけ装備。二丁持ちがデフォルトのネルにしては珍しい姿。制圧力と手数は幾分か落ちるが……大きな問題はないだろう。尤も、他の問題が大きすぎて相対的に小さくなっているだけであるが。

 

 この状態で体を動かす感覚もつかめてきたのか、彼女は手を軽く握ったり、足首を回したり、体の各関節を解していく。骨の多くが砕かれているためその動作はぎこちないが、それでも確りと動くため問題無し。不足はない。

 

 さて、行くか────そう思ったネルが歩を進めようと、エリドゥ中央タワーを見据えたその時……駆動音が耳に届いた。種別は空中型ドローン。敗北した自身を回収しに来たのか、とネルは思ったが……音の種類的にはエリドゥの……リオのものではない。であれば、味方の可能性が高いだろう。

 

「……シャーレのロゴ」

 

 ネルの目の前でホバリングし、停止したドローンの側面に印字されているのは今や知らぬ者は居ないと断言できる程有名になった連邦捜査部のロゴ。そして、そのドローンを操る人物なんて1人しかいない。

 

『……ネル』

「先生か。てっきり、リオ辺りがアタシを回収する用のドローンかと思ったぜ」

『それも確かに来てたけど、今は私で足止めしてるよ。暫くは此処に来ない筈さ』

「そうか……そっちはどうだ?」

『若干不利。だけどジリ貧だ。私達側にトキへ攻撃を通す手段がまだ用意できていない』

「まだ、ってことは……当てがあるのか?」

『まあね……ッ』

 

 直後、通信が不安定になる。きっとトキだ。彼女の装備にECM(Electronic Countermeasure)は無いと思われるため、恐らくは背部に背負っていたエネルギー攻撃の余波だろう。あの火力を放たれながら電子機器を封じられるのは悪夢以外の何物でもないが……生憎とセンサーに回避を頼っている訳ではないため、ネルには大して関係の無い話だ。

 

「なら、そいつの用意は少し待ってくれ」

『……その傷で来るつもりかい?』

「当たり前だ。アタシがこんな所で寝てる訳にはいかないだろ」

 

 自身の傷と痛みを鼻で笑い、『この程度何でもない』と言わんばかりの勝ち気な表情を浮かべる。流れる無言の空気、その間に彼は何を思ったのだろうか。表情が見えず声も出ていないためそれは分からないが、恐らくはずっとネルを心配して様々な思考を重ねていたはずだ。そして、その思考の結果……決してネルは退かない、という当たり前の事実に直面した彼は溜息を吐いて。

 

『分かったよ。でも、条件がある』

「あん?」

『1つ、戦闘時間は計45分以内に留めること。分かってるとは思うけど、今のネルはボロボロだ。それも、どうして立っていられるのか不思議になるほどね。だから、45分が私の許可できる限界時間だ。それ以上はネルの今後に関わる。私はアリスの先生でもあるけど、同時にネルの先生だ。分かりきっている危険に君を追いやるわけにはいかない』

「充分だ、先生。45分もありゃ、アイツを叩き潰してもお釣りが来るだろ」

『頼もしい限りだよ、全く』

 

 45分。先の戦闘時間の1.5倍。それだけあれば不足は無いと言える。攻撃を回避される感覚は掴んだ。相手の攻撃の重さも掴んだ。そこから逆算し、トキに攻撃を通す方法は幾つか選択肢として頭の中に浮かんでいる。それが通るかどうかは不明だが、試す価値は充分あるだろう。ネルの掴んだ感覚が上を行くか、トキの未来予測が上を行くか。互いに人外の領域に足を踏み入れている者同士、その決着の行方は誰にも分からない。

 

 自信に溢れたネルの宣誓。ともすれば先の敗北を忘れた思い上がりと嘲笑されるかもしれないが、それは違う。彼女は敗北を認め、受け入れ、それを糧にして最後の勝ちを狙っているのだ。ダブルオーに相応しい、劇的かつ完全な勝利を。ハッピーエンドに至るための王冠を。

 

 ネルの意志を聞き、彼は声に僅かな喜色を滲ませた。だが、直ぐに真剣なもの……戦場の指揮者としての声音に切り替わる。

 

『2つ、この戦闘後は休息と治療に専念すること。最低でも1ヶ月ね。欲を言うなら2ヶ月。そして、トキと戦った後はあらゆる戦闘を認めない』

「……長くないか?」

『寧ろ最大限譲歩したつもりだよ。色々と持ってきたけど、所詮はその場凌ぎ。終わったらちゃんと休まないと』

 

 ドローンの上部カバーが開き、白い冷気が立ち昇る。中には注射器や包帯、その他の医療物資が入っていて、不足は感じられない。ネルは最初に注射器を手に取り、首筋に打ち込む。恐らくはナノマシンと細胞活性剤の混合。先ほど彼に貰ったものよりも効果が高い。ともすればミレニアムの最先端医療技術すら凌ぐかもしれないそれは、ネルの損傷の中でも重いものや戦闘に大きな支障が出るものから優先的に修復していく。

 ナノマシンの点滴、栄養剤の投与。それを済ませたら幾分か体が楽になったネルは手馴れた動作で体の表面に付けられた数多の傷跡に絆創膏を張ったりガーゼを当て、包帯を巻いていく。

 彼はネルの応急手当が終ったタイミングで再度口を開く。ネルに与える、己が守る条件……その後半部分を伝えるために。

 

『3つ、トキに攻撃を通すために少し無茶なことをお願いする場合があるかもしれない。無理だと感じたら迷わず断って。別の作戦を考えるから』

「必ずやり遂げろ……って訳じゃないんだな」

『当然だよ。作戦に代替はあるけど、ネルは1人だ。私の大切なネルは君なんだ。だから、無茶と無謀を通すのは待ってほしい。それは私の役目だ』

 

 相変わらず歯の浮くような言葉がポンポン出てくるな、なんて思いながら。だが、それを受け入れて嬉しく思っている自分が心の片隅に鎮座していて、ネルは苦笑いを浮べる。

 彼は無理なものは無理と分かっているタイプの人間であり、生徒の限界を生徒自身よりも熟知している。故に彼の口から出る作戦はその生徒ならば可能なラインであるが、それでも最終的な意思決定は生徒自身に委ねており、決して強要しない。怖いと感じたら、出来ないと感じたら必ず言ってほしいと何度も口酸っぱく伝えた彼をよく覚えている。

 

 ────だからこそ。そんな彼だからこそ、皆がこぞって銃と命を預けるのだ。元気な顔で無事に彼の元に帰りたいと思うのだ。それは生徒を大切に想っているから、大事に思っているから、愛しているから。

 

 だから、自ずと4つ目の条件は分かってしまう。最も大事な、彼のお願い。

 

『4つ、必ず無事に帰ること。さっきの3つも大事だけど、これが一番大事だ。ネル、必ず私の元に帰って来て』

「ハッ────当たり前だ。だから、先生も無茶すんじゃねぇぞ」

 

 分かり切っていた彼の第四にネルは勝ち気な笑顔を浮べて応える。彼女は必ず彼の元に帰り、彼は彼女が安心して帰れるようにする。互いに対等な条件だ。双方共にボロボロ、これ以上少しでも傷ついたら本当に先が危うい。だからこそ、その先の未来を視る。何もかもが終った後の幸せな風景を夢想して、その為に駆けるのだ。

 

『厳しい戦いになる。幾つか前提を覆したとしても、勝利の可能性より敗北の可能性の方が────』

「おいおい、先生。何弱気なこと言ってんだ」

 

 先生の想定。極めて冷静な戦局分析をネルは鼻で笑いながら一蹴する。厳しい戦いなのは分かっている。勝ち目が薄いのも、まあ想定内だ。このままいけば順当に負けるだろう。

 

 ────()()()()? 

 

 それはあくまで想定の話だ。まだ現実じゃない事を確定事項のように話すのは先走り過ぎている。それに、なにより────。

 

「こっちにはアタシと先生がいるんだ。負ける訳ないだろ」

『……そうだね。私が弱気になっちゃいけない。分かっていたはずなのに、ね』

 

 ネルと先生のタッグはトキとリオのタッグを上回る。上回れる。戦闘能力最強と戦術指揮最強が組むのだ。打ち破れない障壁はない。不可能すら覆し、必ず勝利の栄光を手にするだろう。これは理屈ではない。理論でもない。唯の直感であり確信であるが……それでも、今この場においては何より信じられるものだ。

 

『此方の状況を掻い摘んで伝えるね。ドローンは片付けたけど、もう直ぐ第四陣が来る。ドローンの対処はゲーム開発部3名、コユキ。トキの相手はC&C3名、ユウカ、ノア。トキに関してはまだ傷一つ付けられていないけど、ヴェリタスの仕込みがもうすぐ完了する。ネルが到着するまでの間に最低でも電磁シールドだけは破壊しておくよ』

「分かった。その後はアタシが受け持つ。アタシが到着次第、今トキの相手をしてる奴等もドローンに回してくれ」

 

 ネルが望んだのは完全な1on1(タイマン)。真っ向からのぶつかり合い。だが、これは合理的だろう。ネルの戦う距離感で、彼女の足手纏いにならずに戦える者なんてこの場に居ない。アスナが万全であれば可能性はあったが、一度直感がオーバーヒートしている今は下がらせた方が良いだろう。

 可能な限り援護とバックアップを施した最強のネルを、彼女が最も得意とする距離感を維持しつつトキにぶつける。他のメンバー全員はネルとトキに邪魔が入らない様に総力を挙げて露払に徹し、彼女の勝利を信じて待つ。

 

 ────これが通じなかったら、いよいよ打つ手が無くなる。生徒だけでのエリドゥ攻略、トキ撃破、アリス奪還を諦め、先生の手札の開示をしなければならない。生徒には可能な限り使いたくない、彼が敵と見做す悪意にのみ行使する……世界を歪める至上の権能を。

 

 そして、ネルは徐に「そういや」と切り出して。

 

「何で先生は此処に来たんだ?」

『何でって……それは勿論────』

アリス(チビ)を助けるため……そりゃ此処に居る奴全員の共通目的だ」

 

 先生の言葉を遮り、ネルは彼の意志の続きを口にする。彼女の言う通り、アリスの奪還は全員の共通目的。それを望まない者はそもそもこの場に居ないか、勝算の高いリオ側に付いているだろう。だから、彼女とてそんな当たり前を聞きたかった訳ではない。

 

「先生にはまだ理由があるだろ。少なくともその傷を押すだけの譲れない誇りみたいなやつがよ」

『……』

「だから、それをちっとばっかし知りたくてな。互いに背中と命を預けんだ。芯を知っといて損はないだろ」

 

 闘う理由。傷を押して、誰かを泣かせてまで。彼の安寧を願う心を轢殺してまで此処まで来た理由。それをネルは知りたかった。

 

 アリスを助けたいのは紛れもなく彼の本心で、この作戦に来た最も大きな理由の1つだろう。だが、きっとそれだけではない。彼はまだ此処に来た理由を抱えている。それはきっと、アリス奪還を志したメンバーと共有できない彼だけの理由。もしかしたら、先生ではなく……等身大の青年としての彼が抱いたものかもしれない。

 それをネルは知りたくて、この問いを投げかけた。今まで触れ合ってきたのは全て先生としての彼。彼はいつだってネルの、アリスの先生だった。それを別に不満に思う訳ではないが、ただ単純に先生ではない彼に興味があった。そして、恐らく……先生ではない彼個人に興味を抱くのはネルだけではない。彼と触れ合った全ての生徒が、先生ではない唯の彼を知りたいと思っているだろう。

 

 すると、先生は少しずつ……先生の仮面を剥ぎ取るように話し始めた。

 

『私は、悲しい別れが嫌いなんだ。別離は華やかに、笑顔で誰かを見送りたい。もし残された人の記憶に私の居場所があるなら、そこには私が一番私らしかった瞬間を刻みつけたい』

 

 これは彼の持論。命あるもの、形あるものの必然。訣別の時はいつか来る。別れは決して避けられない。どれほど劇的に生きても、惰性で生きても、愛されても、憎まれても……命はいつか終ってしまう。そこを否定してしまえば生命は立ち行かないから。

 それは先生も、ネルも、アリスだってそうだ。全員いつかは消えてしまう。全員、いつか命を終え、役目を終える時が来る。自身の次の世代に命のバトンを渡して。

 

 それはとても悲しい事だから────だからせめて、笑って別れたいのだ。誰かの記憶の最後に刻む自分が泣き顔ではなくて、笑顔であってほしい。この命に、この生に。君との出会いに満足している、微塵も後悔していない、本当に幸せだったと伝えるために。

 

 ……アリスとの別れは、きっと悲しいものだった。アリスはきっと、先生がアリスの事を嫌っていると思い込んでいる。彼女の記憶に刻んだ末期は、斬刑に処された瞬間。

 

 そんな別れは認められるはずがなかった。アリスが泣きながら誰かと別れたなんて、世界が許しても彼が許さない。だから死にかけの体を強引に動かして、止まりそうになる心臓を除細動器で無理矢理働かせて此処に居る。彼女にもう一度会って、話をするために。

 

 彼らしい理由だ、とネルは内心納得していると、彼は『あと』、ともう一つ切り出した。

 

『リオの事も気がかりでね』

「アイツの事がか?」

『うん。彼女、ずっと思い詰めていたから……心配なんだ』

「先生らしいな、全く」

 

 笑い、ネルは銃のリロードを済ませる。だが、真面に使えない事に思い至ると懐に仕舞い、徒手空拳を構える。見つめる先にはAMASの軍団。数は30弱。

 

『……SMG二丁、準備しておくね。カスタムの好みは?』

「デフォルトでいい。下手に弄ると撃ちにくくなるからな」

 

 平時であれば銃が変わっても直ぐに慣れるが、今は慣れる時間も惜しい。使い慣れたデフォルトの形が一番だ。

 

「慣らし運転には丁度良い。ちょっくら付き合えよ────ッ!」

 

 言うや否や、彼女はドローン目掛けて駆け出す。徒手空拳とは思えない程の殲滅速度。一撃で装甲ごとCPUを粉砕し、僅か10秒弱で全機を撃破した。

 

 1秒毎に進化し、深化するネル。その両脚は大地を踏みしめ、戦意に滾る瞳が見る先にはアリスが居る。

 

「負けっぱなしは性に合わねえんだ。絶対ぶちのめしてやる……ッ!」

 

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