シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
感想評価お気に入り登録誤字に多大なる感謝を。
ヴェリタス……各務チヒロ、音瀬コタマ、小鈎ハレ、小塗マキ。
エンジニア部……白石ウタハ、猫塚ヒビキ、豊見コトリ。
トレーニング部……乙花スミレ。
C&C……美甘ネル。
総勢9名が死力を尽くし、エリドゥ中央タワー前まで送り届けた戦力達。
ゲーム開発部……才羽モモイ、才羽ミドリ、花岡ユズ。
セミナー……早瀬ユウカ、生塩ノア、黒崎コユキ。
C&C……一之瀬アスナ、角楯カリン、室笠アカネ。
彼女達9人の相手を一身で務めるのはC&Cの秘匿戦力、飛鳥馬トキ。彼女単体の強さは少なくとも美甘ネルを始めとするキヴォトス最強……比べる事すら烏滸がましい比類なき天災、という訳ではない。あくまでそのワンランク下の位置づけ、言うなれば準最強とも呼べる場所に居る。
同じ場所に居るメンバーとしては彼女と同じC&Cに所属するトリックスター、一之瀬アスナや災厄の狐こと先生の懐刀、狐坂ワカモ、アリウススクワッドのリーダー、錠前サオリだろうか。このランク帯に居るメンバーの1つの特徴としては、戦闘能力もさることながら、それとは別の得意分野を持っている事だ。アスナは直感、ワカモは扇動、サオリはゲリラ戦、トキは機械操作。
その得意分野を生かし、状況を整え、万全を喫すれば……その牙は頂点にも届き得る。これはそういう当たり前の話だ。キヴォトス最強は最強であっても無敵ではない。
キヴォトスの頂点に最も近かった空崎ヒナは致死の神秘を纏う巡航ミサイル、無尽蔵に湧くユスティナ聖徒会、生まれ落ちたその時から戦闘訓練を受け続けたアリウス生徒、アリウスの特殊部隊であるアリウススクワッド4名と連戦し、底が突きかけた。
聖園ミカもそうであり、メンタルの不調により実力が十全に発揮できず、先生のバックアップを受けたアリウススクワッドとの連戦で消耗した結果、最も偉大と謳われた聖女バルバラを含むユスティナ聖徒会に死を覚悟しなければならないほど追い詰められた。
つまり、彼女達はあくまで生徒というカテゴリーで最強というだけで、それを上回る脅威や生命なんてキヴォトスにはごまんとある。神の眷属や神格はその最たる例だ。
トキの装備はそういった、人智の及ばぬ脅威を滅ぼすための剣である。いつかの絶滅を回避すべく、覆せぬ結末を覆す……
故に、元の運用方法を考えるとこの程度の……生徒の中での最強や、猛者10人弱くらいは容易く打ち負かしてくれないと困るのだ。
リオが想定している敵は惑星統括細胞と呼ばれる生命樹機神体と、それに対を成す死命樹機神体、名もなき神々の女王、戴冠王基、星の
「……ありえない」
ぽつりと呟いたリオの眼前に映るモニター、そこには戦力を半減されながらも尚、立ち向かう少女達と先生が立っていた。彼女達は皆同様に苦い顔を浮べながら、瞳の奥に滾る戦意は消える事を知らず。先生も同様で、傷口を取り繕う余裕すらなくなり全身血みどろで誰よりも酷い状態であるのにも関わらず、諦めという言葉が欠如している。
前述の戦力9名の内、ゲーム開発部3名、セミナーのコユキは戦線離脱。ユウカとノアも限界が見えており、そう遠くない未来に戦線を離脱するだろう。C&Cの3名はまだ残っているとはいえ戦力が半減し、近い将来には1/3になるのだ。
それでも、彼等は勝利を信じていた。ここで倒れるのも悪くないと思いながら、ここで倒れる訳には行かないという想いを共有している。
リオはアビ・エシュフの各種パラメーターをチェックする。各武装の出力は制圧用に抑えられているが、それ以外のスペックは想定している最大値を記録。トキの体の方も完治、運動機能に支障はなく、アビ・エシュフとの同調率も安定している。つまり、攻撃面以外はフルスペック。圧倒的な回避性能と防御性能を両立しており、因果そのものに干渉するような攻撃や概念攻撃、神域の権能でも使わない限りは傷一つ付かないだろう。それは演算の中核を担っている量子コンピュータがヴェリタスにハッキングされようと揺らがない現実だ。
だが、数刻前にその想定は覆された。アビ・エシュフの外部装甲に極小の凹みが生まれたのだ。ユウカとノア、カリンが全力で足止めし、行動範囲を激減させ、アカネが閃光弾とEMP爆弾で視覚、聴覚、センサーを徹底的に封じ、その隙にアスナがワンマガジンを叩き込み────だが、その上でも全弾回避され。しかし、弾丸を隠れ蓑にして彼女が全力で蹴り飛ばしていた小さなコンクリート片が装甲の最外端に小さな凹みを作った。
動員できる戦力を総動員して、ここまで徹底的に対策をして、その上で最後は運だった。彼女達のタイミングが何もかも一致していなければ僅かな凹みすら作れなかっただろう。これをもう一度やれと言われても確実に無理だと断言できる、余りにも再現性が低すぎる奇跡でしかないもの。それで成したことが装甲を僅かに傷つけただけ、というのは気が滅入りそうになるが……それでも、偉業には相違なかった。
何せ、ネルですら触れられなかったものに傷を付けたのだ。彼女の強さを、理不尽さを少しでも知っているならば思わず目を疑うだろう。ネルと彼女達、その両者に明確な差異があるとすれば────。
「先生……」
やはり、彼の存在だろう。どういう仕組みなのかは一切分からないが、彼は何らかの手段を用いてトキに攻撃を通せるように細工を施した。それもトキの弱体化ではなく、彼の生徒達に対する強化という形で。
そして、その何らかの手段もリオは分かっていた。正確には手段の媒介になったもの、というべきか。今も彼が持つ、白いタブレット……連邦生徒会の行政官や所有者の彼がシッテムの箱と呼ぶもの。外装は何の変哲もない、その辺りの家電量販店に行けば手に入りそうなデバイスであるが……その中身は全くの別物なのだろう。それは彼の顔を見ていれば嫌でも分かる。彼のタブレットを眺める瞳は、まるで────。
そこまで考えて、リオは思考を切り替える。今は彼がタブレットを大事に思っていることは然程重要じゃない。今必要なのは、彼がタブレットを使ってどこまで何ができるか、という事だ。
通常のタブレットの機能は当然有しているとして、大事なのはそれ以外の機能。恐らくは戦闘に関する事は一通りできるだろう。索敵やハッキング、生徒に対する各種強化、シールドの展開。それを十全に運用し、生徒の指揮さえできるようにしているのが……あの、彼の蒼い眼か。
分かっている……否、確定しているだけでもこれほど。生徒の潜在能力を引き出し、その上で高倍率の強化もできるともなれば厄介極まる。相手にしたい手合いではない。
だが、確実にこれだけではない。彼にはまだ隠された手札があるはずだ。使わないのは単純にまだその時ではないのか、今使っても意味がないものなのか……或いは、使いたくないものなのか。
兎にも角にも確定情報が足りない。特に彼が赴任した時期はキヴォトス全体が混乱しており、情報が錯綜していた。そのためリオは彼に与えられたあのタブレットも、噂になっていたシャーレの地下に運び込まれた何かも結局知らずに今に至っている。こうして彼と相対すると知っていたならば、多少無理をしてしてでも知るために動けば良かったと今更ながらに思う。
手札が多く、かつ何をしてくるか分からないというのは存在しているだけでも厄介だ。何をどこまで変数として考えればいいのかも分からず、かっちり想定すればするほど想定外に脆くなり、かといって余白を多くすれば容易く食い破られる。
彼は手札の切り方が上手い。異常なほど戦闘慣れしている。アビドスでの戦闘……シャーレの公式サイトに上がっている報告書、活動報告とユウカが提出した報告書でも、それは容易く見て取れた。あれは一朝一夕で身に着くような代物ではない。才能のある者が生涯を掛けて至れる、ある種の究極。
色々とおかしいのだ。彼の見た目はどう見ても20代前半から半ば。リオを含めた生徒達との年齢差は10年も無いだろう。そんな青年があそこまで場慣れしている訳がない。どんな生を送れば、どんな経歴を辿ればあの年齢であの様になるのだ。極めつけに、彼の性質。あそこまで戦闘慣れしているのにも関わらず彼が好むのは日常の風景、取り留めも無い奇跡と幸福。ちぐはぐすぎて、矛盾が多すぎていっそのこと不気味だ。
「……先生、これ程の力を持ちながら何故────」
管制室で1人呟くリオ。言葉の続きは口にしなかった。口に出来なかった。口にする資格が無いと思ったから。
────私は皆に笑っていてほしいんだ。私達の誰もが役目を終える日は、いつか来る。悲しくも輝かしい臨終さ。終わりは避けられないなら、その道中は笑顔が多くないとね。
────勿論、リオにもね。私は君に笑っていてほしい。だから、私は祈るよ。君がいつか、憂いなく笑えるように。
あの日の会話。無名の守護者を掃討するための作戦……それを詰めていた時に、ふと彼の口から零れた本音。皆が彼を慕う理由、その一端にリオは触れた。
その言葉に自分が何と返したか、正確な内容はもう覚えていない。ただ、現実に根差した言葉を吐いたのは覚えている。だって、リオを見つめる彼の視線が酷く辛そうで、痛そうだったから。
「……余計なことを考えている余裕はない。相手は先生。トキのサポートに徹しないと……」
そうだ、こんな雑念は不要だ。相手は先生を指揮官に据えた連合軍。過去のデータが紙束に見えるほどの神威を纏っていたビナーと真っ向から戦い、勝利してみせた彼なのだ。油断も慢心もできる相手ではない。何かを考えるのは、この戦いの後だ。
────エンドロールは、まだ先に在る。
▼
「はぁ、はぁ、は、ぁ……ッ」
体内に酸素が足りていない。体内に上手く酸素が取り込めない。故に息は短く荒くなる。血走った眼から零れ落ちる雫は透明ではない。濁った赤だ。喉の奥には何かが痞えているような感覚。完全な固形ではなく、半流体。恐らく血液と胃液が中途半端に凝固したもの。気道は塞がっていないが、息苦しさを助長しているのは間違いない。吐き出そうと思っても、生徒達の手前、瀉血のように自発的に血を吐くのは憚られる。特にミドリに死を意識させるような光景を見せるのは駄目だ。彼女にそんなものを二度も見せたくはない。
心臓が五月蠅い。不整脈のように、狂ったように跳ね回っている。そのくせ血液が運べてないから壊死寸前の箇所は徐々に広がっていた。自分の体ながら、余りにも脆すぎる。ほんの少し、シッテムの箱を介して因果を認識させただけでこの体たらくとは先生の名が泣くだろう。万全であればこの程度、とは思わなくも無いが、それは意味がない事だ。上手くいかない事の方が多い世界なのだ、万全で挑めることの方が少ないだろう。故に、こうして追いつめられている圧倒的に不利な状況に身を置いている時こそ真価を問われる。
コユキはとても頑張ってくれたが、体力の限界が近かったため下がらせた。
ゲーム開発部3名はこの後に控えているアリスの為に体力温存も兼ねて戦線から離脱させた。
この時点で戦力は半減。そして、近い内にユウカとノアも下がらせる。彼女達ももう直ぐ限界が来るのだ。生徒を戦力として使い潰すつもりはない。そうしないと勝てないならば、生徒の分まで己が体を張ればいい。
そう考えて、そう思って。あくまで自分を効率的に使い潰すつもりでいると……シッテムの箱が震えた。
『先生、もう無茶ですッ! これ以上は本当に……!』
耳に届くのは愛しい声。脳裏に過るのは愛しい顔。彼が覚醒してから経過した時間は約2時間。その間、彼は彼女の声を聴いていない。たったそれだけの時間なのに、その声が酷く懐かしく思えて。その声をもう一度聞けて、本当に嬉しくて。目が覚めてから今までの時間が急に長く感じて……彼は息を吸う事より、その名前を呼ぶことを優先した。
大切な、3つの音階を。
「……アロナ」
タブレットに視線を落とすと、半泣きで頬を膨らませている青の少女が超えられない壁に阻まれても尚、此方側にいる彼に触れようと手を伸ばしていた。彼は戦場に似合わない柔らかな微笑を浮べて、伸ばされた手を迎えに行く。勿論、青の教室に位相を移していない以上、触れるのは、触れられるのはタブレットのディスプレイだ。アロナではない。
それにも関わらず、先生の掌には温度が伝わっていた。液晶の冷たい温度ではない。子どもの高い体温、人肌に触れたような。少女を抱きしめた時、膝に乗せた時、背負った時に感じた温度。それはアロナも同じなようで、彼に触れた手を不思議そうに眺めていた。
────拙いな。同調し過ぎた。これ以上は戻って来れなくなるかもしれない。
内心でそう思い、彼は努めて柔和な笑みを浮べる。間違ってもこの思考が外に零れないように。
「起きたんだね。おはよう」
『おはようではないですッ! 今すぐシステムとの接続を────!』
「ごめんね、それはできない。まだ皆が戦ってるんだ」
この解答を予想していなかった、と言えばそれは嘘になる。少なくともアロナは彼の解答を想定していた。それも、途轍もない程高い確率で言うだろう、と。それは彼の重ねてきた旅路が、言葉が、意志が、願いが示している。ここで折れれば、それは彼ではない何かだ。
だが、それでも……『分かった』と一言。それだけ言ってくれれば良かったのにと思ってしまう。
アロナは先程よりも更に頬を膨らませる。ヘイローの色と形が変わり、まるで怒っているかのよう。実際、そうなのだろう。彼女はきっと怒っている。それが分からない程、彼は鈍くない。
『システムの負荷を私に回してください。そうすれば先生も少しは楽になるはずです』
「……いいのかい? アロナはさっきまで……」
『問題ありません! アロナは先生のスーパーアロナですから! 寝起きでもばっちりです!』
「ははっ……頼もしいよ、本当に」
呟き、先生は担っていたシステムの負荷をシッテムの箱に移す。すると途端に体が軽くなって、脳が捩じ切れるような激痛が和らいだ。心臓の音も呼吸も正常に戻りつつあり、自分がどれほどの無茶をしたのかを改めて突き付けられ……それに苦笑いを浮べる。どうやら、自分は想像以上に自分を追い込んでいたらしい。
そして、システムの負荷を半分請け負っているアロナは変らない表情。相変わらず凄まじい演算処理速度だ。『スーパー』という言葉では彼女の凄さは形容できないだろう。この手の事では電子の海を泳ぐ彼女には勝てそうになかった。尤も、この場合は人の身でありながらアロナに数段劣る程度の処理能力を持つ彼がおかしいのであるが。
『あれ? これだけですか?』
「半分こにしただけだよ。もう半分は私に、ね?」
『駄目です! 半分こするのはおやつだけです! 残りもアロナに渡してください!』
「……いつになく押しが強いね、アロナ」
逆らえない雰囲気を感じ取った彼は大人しく残り半分の負荷をシッテムの箱に譲渡する。すると再び体が軽くなり、寿命を削っていたような感覚も消え去った。呼吸がこんなに楽になったのはいつぶりだろうか、なんてどうでもいい事を考えてしまう。少なくとも目覚めてからはずっとあの調子だったため、それ以前……首を斬られる直前までだろうか。
対するアロナはやはり余裕な表情。指紋認証を『これでいいかな?』で済ませた彼女と同一人物とは到底思えない。生命としての規格の差をありありと見せつけられた先生は苦笑いを浮べて。
「アロナ、私の体はどう?」
『負荷は肩代わりしました。ですが、今までの負荷の痕跡は消えません。薬も作用しているので、直ぐに命に関わる事はありませんが……帰ったら絶対安静ですからね!』
「そうかい……ま、後のことは後で考えればいっか」
彼女が居る。そう思った途端、そう実感した途端に不安が一切合切消え去る。背中と遺志を預けられる少女が居てくれて、先生も漸く張り詰めた気を僅かに緩めることができた。心地の良い緊張感に身を預けて、彼は己のやるべき事を成し遂げるための手段を構築する。
「ネルのナビゲート、任せてもいいかい?」
『はい、お任せください! 先生はどうされますか?』
「ネルに啖呵を切ったんだ。トキの電磁シールドは最低でも持って行くって」
先生は髪をかき上げ、眼を一層鋭くする。刃のような、とは言い得て妙で、射貫かれただけで切り裂かれそうな鋭さがそこにはあった。だが、それは他者を傷つけるためのものではなく徹頭徹尾、己の意志を貫き通すためだけのもの。
「だから、ネルが此処に来るまでの10分弱で……彼女のシールドを破壊する。
『分かりました! 停止させていたプロトコルを再稼働させます!』
これで漸く勝負の土俵に上がる事ができる。ネルが来るまでの慣らしも兼ねて、トキのシールドをぶち抜く。それでボルテージが上がり、調子と冴え、キレを取り戻せればベストだ。
「アロナ、辛かったらいつでも私に回していいからね。君の苦しむ顔だけは絶対に見たくないから」
『大丈夫です! 先生のアロナは負けませんから!』
自信満々な言葉を聞き、先生は大胆不敵な笑みを浮べる。目指すのは大団円。その為に今までを重ねてきたのだ。負けるつもりはない。負ける訳がない。皆が居て、アロナが傍にいてくれるのだ。これで負ける方が逆に難しいだろう。
「アロナ、ありがとう。君がずっと守ってくれたから、私は今此処に居られるんだ」
『私もです、先生!』
互いに背中を預けるように、2人は阿吽の呼吸で己のやるべき事を行う。アロナはネルの為に最短ルートをナビゲートしつつ、演算の負荷を片手間に捌き。先生は頭の中で戦略を練りつつ生徒達を指揮する。
「────頼んだよ、ヒマリ」
彼のその言葉は、きっちりと届いた。