シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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中央隔離施設では1つの異変が起こっていた。突如として各種センサーが停止し、ロックが掛かっていた全ての扉が開錠、施設内部を徘徊していたドローンも全機が動きを止めて、その役目を終えたように沈黙。そして、これらの異常事態はリオまで届いていない。それは中央隔離施設の全てが第三者の手に堕ちた事を意味する。
────規格外の防衛システムを備えるエリドゥの一部を電子戦で陥落せしめる手腕を持つ人間なんて1人しかいない。
「リオ、あなたは『勝負は決した』と言いましたね?」
明星ヒマリ。ミレニアムに於ける知性の頂点。当代きっての天才にして、キヴォトスを覆す可能性すら持つ特異点。彼女は絹のような真白い長髪をくるくると指先で弄びながら……リオの言葉を反芻する。ただ反芻するだけでなく、その言霊に多くの意地悪を込めて。
あなたが捉えたと思った花はとっくの昔に束縛から離れていて、今まで大人しくしていたのは虎視眈々とタイミングを見計らっていたからだ────それを、最高の状況で突き付けるために。
「えぇ、確かにそうだったのかもしれません────貴女の見ている範囲では、ですが」
ヒマリがそう言い終えた刹那、中央隔離施設が爆発した。しかも、ただの爆発ではない。堅牢な防御力を誇るエリドゥ、その中でも中央タワーと並んで強固なのがこの場所だ。その外壁が吹き飛ばされた、ともなればどれほどの威力を持つ爆弾を使ったのかと思わざるを得ない。
『爆発!? 一体誰が……』
流石にこの爆発はリオもきちんと捉えているのか、生きている回線を使用してヒマリにコンタクトを取って来た。だが、会話に応じるつもりはない。今は一分一秒が惜しいのだ。
ヒマリはディスプレイに映る光点を満足げに見つめて、車椅子の中に端末を仕舞う。分かっていたが、助けに来てくれたのはやはり愛すべき後輩だ。効率を重要視する彼女らしい、壁を全て爆弾で吹き飛ばしながら最短距離を突き進む救出方法。折角全ての扉のロックを解除したのに、と僅かに思いながらも、そこに嫌な気持ちは一切ない。ヒマリはいつでもポジティブなのだ。『きっと私に会えなくて寂しかったのでしょう』と思うだけだった。
尚、救出に来ている彼女は『これが一番手っ取り早いから』という理由で最短距離を壁を吹き飛ばしつつ移動しているだけである。
「本番は此処からですよ」
勝負は決した? チェックメイト? いいや、まだだろう。誰もが諦めていないのに、誰もが全力を出し尽くしていないのにそう決めつけるのは余りに早計だ。だから、ここからが本番。エンドロールには早すぎる。起承転結の内、今から『転』が始まるのだ。
ヒマリは驚愕の表情を浮かべるホログラム越しのリオに向けて悪戯っぽくウィンクして、悠々と車椅子を動かしこじ開けられた穴から外へ出た。
────此処から本気だ。
▼
「……外部からの襲撃?」
ヒマリの鮮やかな脱出劇の一部始終を望んでもない特等席で見たリオは茫然とした様子で呟く。先生と共に入り込んで来た生徒がノアだけではないのは知っていた。ヴェリタスの副部長と、認知していなかった部活の部長。そして、それより後に入って来たユウカとコユキ。それ以外に更に侵入を許したのか? このエリドゥが?
「有り得ないわ。事前に脅威になる勢力は全てマーク済み。それに、エリドゥの都市内に居る限り私の捕捉から逃れることは────」
口に手を当てたリオはそこで思い至る。そうだ、先生達の侵入が発覚したのはメインコンピューターがハッキングされた時だった。ログを見て可能性に思い至り、カメラやセンサーではなく戦闘の痕から逆算する形で侵入経路と道中の経歴が詳らかになり、それに伴い先生に随伴していたノアと、別行動していた2人を探知できた。
つまり、ハッキング以前の彼らの行動をリアルタイムで追えていた訳ではないのだ。
リオは侵入者を捕捉したと考えたが、今ならば違う考え方ができる。そもそもどうして気付かなかったのだろうか。彼らの侵入をリオが捉えたのではなく、敢えて捕捉させた可能性に。否、確定していないから便宜上『可能性』と呼称しているだけで、その線が濃厚である事はよく分かっている。
先生は彼を含めた4人の侵入をエリドゥに探知させなかったのだ。その上、頭の回る彼がハッキングのログという特大の証拠を残すはずがない。故に態と残したのだ。何のために? 決まっている、侵入者は4人であるとリオに思ってもらうため。ずっと隠密を続けている誰かの存在を決められたタイミングまで伏せるためだ。
そうして徹底的に札を伏せ、状況を誤認させ、先生に対する対処で手一杯にさせ、リオの最後の切り札たるアビ・エシュフを使わせた。そうしてしまえばエリドゥの防衛機構は怖くない。スタンドアローンのドローン程度、それなりに腕が立つ生徒一人が居ればどうとでもなる。ヒマリは車椅子を使用しているため見た目は非力そうであるが、それでも先生よりは格段に戦える。自衛くらいは容易くできるため足手纏いになる事はない。
リオはヒマリの脱出を完全に止められない。ドローンを向かわせる程度の対処しかできない。そもそも、こうしてビルを爆弾で吹っ飛ばされた時点で後手に回ったも同然だ。
「ヒマリ……ッ! 先生……ッ!」
▼
「────こっちだよ、ヒマリ部長」
「ふふ……まさか、あなたが私を助けに来てくださるとは思いませんでしたよ、エイミ」
ヒマリの前に立ち、すたすたと歩いているのは特異現象捜査部の部員第一号である和泉元エイミ。街中で見かけたら二度見どころか三度見くらいしそうな、コハルが見たら卒倒し得るとんでもない服装の彼女であるが、そのような趣味という訳ではなく、ただ単純に極度の暑がりというだけである。その暑がりは世間一般を逸脱しており、冷房の温度を一桁にしないと『暑い』と言い出すくらいだ。
恐らく冷蔵庫の中が一番快適に過ごせるであろう彼女は1年生ながらその性質に目を付けたリオに直々にスカウトをされ部に所属する、というミレニアムの中では異色の経歴を持っている。尤も、部長の席にヒマリが来るまで特にやれる事も無かったため、部活として存在しているだけで活動を行っていなかったようであるが。
特異現象捜査部は会長のポストに就いたリオが独自で設立した部活だ。対神格、対権能、対滅亡に振り切れた、ともすればオカルトと切り捨てられるような眉唾物の伝承や神話、神秘を集積、解析し、対策するための部活。その活動内容は特殊作戦が大部分を占める。直近ではアビドス砂漠に顕現したビナーが特殊作戦に該当し、リオの要請とユウカのお願いを受けて彼女達も遥々駆り出された事は記憶に新しい。
「……これはリオへの裏切りになると思いますが、大丈夫なんですか?」
特異現象捜査部に所属するということは即ち、リオが属するセミナーの配下であるという事。数刻前に特異現象捜査部へ下された命令は部室待機のみ。故に、エイミの行動はどう繕ってもリオに対する裏切りだ。
リオを嫌いずっと冷戦関係にあったヒマリや、リオ本人からも癇癪玉扱いされ躊躇いなく飼い主の腕を食い破るネルが造反するのとは訳が違う。彼女は1年生、ミレニアムで多くの時間を過ごしてきていない。故に後ろ盾は少ないし、リオとの直接交渉権も持っていない。この作戦が失敗したら、会長権限で学籍を剥奪されてしまう可能性すらあるのだ。無論、リオがそのような事をするとは考えにくい。尊敬していないし嫌いだし、下水道ではあるが……それでも、重ねた年月の分の信頼はある。良くも悪くも彼女は感情に流されない。故に『自身に敵対した』というだけで即処分する筈がないが……その可能性は皆無と言い切れない。だって、この世に絶対はないのだから。
もしそうなった場合、ヒマリはこの先自分の立場がどうなろうと庇うつもりであるが……それでも、セミナーの長という肩書は相応に強い。権力が同じでも立場が上なのはリオだ。ミレニアム内部で真正面から権力戦争をして勝てる、とは断言しがたい。
だから、本当にいいのかと────ヒマリはそう聞いたのだが。
「うーん……さあ?」
あまりにもあっけらかんとエイミはそう言って。
「『私がリオに会いに行った後、24時間経っても戻って来なかったら冷蔵庫にあるプリンを食べてもいい』って部長が言ってたでしょ? でも、どうせなら一緒に食べたいなって思っただけ。それに、誰かに従うならリオ会長よりもヒマリ部長の方がいいなーって何となく思ったから」
「そうなのですね……」
歩きに合わせて揺れる長い三つ編み。体のあちこちに張ってある絆創膏とガーゼは怪我の証であり、ヒマリの為に戦ってきた事を示す。彼女はチヒロとスミレと別れてからずっと1人で行動しており、人知れず中央隔離施設まで歩んできた。最高効率を常に考えている彼女は無駄な交戦を可能な限り避けてはいたが、それでも避けられない戦いはそれなりにあっただろう。それを1人で踏み越えて、ここまで来てくれた……そう思うと、ヒマリの心の内に暖かい感情が溢れた。大事に思っている後輩から同じような感情を返してもらえて嬉しくならない訳がない。
「ふふっ、後輩がどうやって助けに来てくれるのか、想像しながら待つというのは思いの外楽しいものですね。おかげさまでリオの面白い表情が見れました。満足です。暫くはこれをネタに弄れるでしょう」
「……一体、どっちが悪趣味なんだか」
自信満々な笑みを浮べるヒマリの手元には白のボディにシャーレのロゴが印刷された端末。そのディスプレイには驚愕の表情を象るリオが居た。ホログラム越しといえどその表情は無駄に鮮明で、ひと目で驚いていることが容易く見て取れる。一体いつの間に撮ったのやら、なんて思うが、聞いてもどうせ碌な解答が返ってこない事はこれまでの付き合いからよく知っていた。恐らくは『超天才清楚系美少女ハッカーに不可能はないのです』とはぐらかされるだけだ。
溜息交じりのエイミの表情は相変わらず読み取れない。だが、それでもよく知る者から見れば通常の無表情よりも幾分か柔らかい表情をしていた。それはヒマリの悪戯心に溢れた趣味に呆れたからなのか、それとも存外元気そうで安堵を覚えたのか……それはエイミ自身にしか分からない。
それに、ヒマリの言葉……『暫くはこれをネタに弄れるでしょう』というのは少々意外であった。リオを蛇蝎の如く嫌っている彼女は、てっきりこれを機にリオと金輪際関わらないと思っていたのだが、彼女の口振りから鑑みるにどうやら違うらしい。
道を分かち、袂を分かち、互いに交わらぬと確信し、嫌い合い。そして、決定的な亀裂が今回だ。アリスを好いて、1つの命として尊重し、後輩として大切にしていた彼女は恐らく……いや、絶対にリオを許さない。だから縁を切りそうなものだと考えていたが、まだ関わるつもりがあるようだ。勿論、これまで通りとはいかないだろう。2人の溝は更に深まった。今までは舌戦の裏に銃を隠していたが、この先はきっと銃口を突きつけ合いながら言葉を交わすのだろう。
それが良い事なのか悪い事なのか分からない。事の善悪は当人同士で決めるものだ。だからせめて、その道を選んだことを後悔しない様にしてほしい。費やした時間が意義のあるものだった、と考えられれば無駄でなかった事の証左になるから。
「あら、悪趣味なんて失礼な。超天才美少女ハッカーの高尚な趣味と訂正していただけませんか?」
「はいはい。というか部長、状況が悪いのは変らなくない? このままじゃ負け戦だよ? 私達が加勢しても互角になるかどうか……」
呟き、エイミは端末を眺める。ディスプレイに映るのは広大なエリドゥ全域。そこには自陣営を示す青のマーカーと相手陣営を示す赤いマーカーがポイントされている。
分かれていた部隊が合流し、1つの連合軍となって中央タワー前に集結し、全員が足止めを食らっていた。そこから離れたセクションでは2人──恐らく以前まで共に行動していたチヒロとスミレ──がドローンを相手に防衛戦を行っている。
また、それとは別で1人が冗談のようなスピードで中央タワー前に向かっていた。その進軍を止めようとドローンが道を阻むが、足止めは叶わず蹴散らされるのみ。この様子では数分で中央タワー前に到着するだろう。
エイミは内心で『なんかよく分からなくなってきたかも』と思い、端末を仕舞った。
「あら、それなら大丈夫ですよ」
「うん? 何か切り札でもあるの?」
「えぇ、勿論です。超天才美少女清楚系ハッカーたる者、切り札の1つや2つは完備しております」
さも当然のように言うヒマリであるが、彼女は少し前まで軟禁同然の扱いを受けていたのだ。外の情報こそリアルタイムで先生から受け取っていたが、リオに感づかれない為にも大きなアクションは取れない。それにも関わらず、彼女は切り札の用意があると言った。
相変わらずの規格外、全知の名は伊達ではない。先生がとっておきの切り札と言った理由がよく分かる。彼女がいつ、どのタイミングで脱出するかが勝率に直結するのだ。
「エイミ、先生の動きは何処まで把握していますか?」
「途中から無線で連絡できなくなっちゃったからそこまで詳しくないけど、大体は把握してるよ」
「でしたら、その行動の中に私か若しくは私の頼れる優秀な後輩達に向けたものがあったのは分かりますか?」
ヒマリの問いかけにエイミは頭を捻る。何かあっただろうか、と今までの時系列順に出来事を整理する。ヒマリ、もしくはヴェリタスや
彼が使ったもの。彼が残したもの。その中で、外部からアクセス可能なものは────。
「……もしかして、中央の量子コンピュータ?」
「その通りです。アレは先生が残しておいた保険にして、私達に託したとっておきのカード……それを使わせてもらいましょう。私側にも幾つか用意はありますが、勝算の高いものから試すのが定石です」
そう言い、先頭がエイミからヒマリに切り替わる。車椅子を自在に動かし瓦礫の山を越えれば、白みだした空の元に辿り着いた。彼女達は行軍を続け、近場のビル……セクションを統括しているタワーの中に侵入する。スパコンまでの道は把握済。統括タワーの規格は全て同一のため、先生達の侵入経路をそのまま流用できる。
2人は迷わずに建物の中を進む。ドローンと接敵こそすれど、
「うわー、凄いね、この子」
「彼女の強さを支えているのは文字通りエリドゥの全てです。エリドゥの能力が彼女に集中している限り、私達に基本的に勝ち目はありません」
コンソール前、2人は大型ディスプレイでトキの戦いを見物する。戦いの場所はいつの間にか中央タワー前の広場から高層ビルが立ち並ぶ場所に映っており、トキは立体的な軌道を描きつつ地上にいる先生達をガトリングで狙うが、ビルの窓ガラスを突き破りながら飛び出てきたアスナに銃口を明後日の方向に逸らされ隣のビルを穴だらけにするに留まる。落下する瓦礫を乗り継ぎながら彼女の元へ向かうのはアスナの跡詰めを担うアカネ。2人は前後を入れ替え、空中に身を投じたアカネはアビ・エシュフの最大火力兵装、エネルギー砲に狙われた。回避は不可能────そう思われたが、彼女は手練れのC&C。空中戦の経験は多くある。
何と彼女は自身の背中に爆弾を放り投げ、即起爆。爆風で無理矢理空中制御を成し、トキの銃口から逃れた。流石にこの回避方法は予想外だったのかトキは驚いた表情を見せて────その隙に2人とカリンは攻勢に打って出た。
それを支援するのは先生。彼は守るための防御壁を檻のように活用し、トキの行動範囲を制限。回避性能の高さを生かせない空間を無理矢理構築する事で突破する手法はアビ・エシュフに有効であったようで、回避し損ねた弾丸が電磁シールドに負荷を与えバッテリーを削り────トキは苦い顔を浮べる。先生の戦い方も、C&Cの戦い方も洗練されてきているのを肌で感じているのだろう。このまま勝負を続けても負ける事はないだろうが、消耗は避けられない。
それはきっと先生も同じで、決め手に欠ける状態なのだろう。積極的に攻勢に転じていない事が証拠であり、確実に決めれるタイミングのみカウンターのような形で攻撃を差し込んでいる。それは防戦のようであるが……ヒマリとエイミには何かを待っているように見えた。
ミレニアムに於ける武力の頂上決戦。混ざれと懇願されても混ざりたくない戦場は数多の佳境を超えていた。ゲーム開発部、セミナーは戦闘の余波が及ばぬ場所、先生の背後で治療と回復に専念し、先生は適度に防御を張りつつ戦場の行く末を見ながら詰将棋のように手を打っている。その対局者はきっとリオだろう。C&Cの後ろに先生がいるように、トキのバックには彼女が居る。2人は互いの千手先を読み合いながら、相手に詰みを押し付け、自身の詰みを回避している。頭脳の頂上決戦も水面下で行われているのだ。
その映像を背後にヒマリは人差し指を立てて。
「さて、エイミ。ここで超天才美少女高嶺の花のハッカーからちょっとしたクイズです」
「クイズ?」
「えぇ、完璧な相手に勝ちたいならどうすれば良いでしょうか?」
突然のクイズにエイミは「うーん」とワンテンポ置いて。
「自分も同じように完璧になる、とか?」
「それも良いでしょう。ですが、この場の解答としては三角ですね」
「答えは『相手を自分と同じ土俵まで引き摺り下ろす』です。相手を完璧じゃなくすれば、それだけでいいんですよ」
完璧な相手は完璧だから切り崩せない。倒せないものを倒すには倒せる段階まで相手を引きずり降ろさなければならないのだ。つまり、完全性を失墜させる。それこそが攻略不可能に思われたアビ・エシュフを攻略する唯一の手段であった。
「……そっか、じゃあ中央のコンピュータに向かう価値はあるね」
「えぇ……エイミ、パズルはお好きですか? それも、とっても大きな」
「今興味が出てきた所だよ、部長」
少しだけ楽しそうな表情を浮かべたエイミに応えるように、ヒマリもまた微笑を浮べる。狙うのはアビ・エシュフの演算機能の中枢を担う量子コンピュータ。これを処理堕ちさせるのだ。
その為に何を使うのかはもう決まっていた。