シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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瓦解する完全性

「あ、あの……先生……」

 

 控えめな声音と共に袖を引っ張るユズは何かに気付いたような、或いは何かを聞いてほしいかのような顏で先生を見上げた。大きな瞳に見つめられた彼は彼女の意志と考えに気づき、視線を彼女と合わせる。

 

「気付いたのかい?」

「は、はい……もしかしたら違うかもしれないですけど……」

「違ってもいいよ。臆せず言ってみて」

 

 背中を押されたユズは意を決して。

 

「あの装備を決められたルールの範疇でチートをハメ技で突破できるかもしれません」

「そう思った理由は何かあるかな?」

「はい。攻撃を回避する瞬間……特に飽和攻撃になればなるほど、初動が遅くなっていました。恐らく、最適解を出すまでに時間が掛かっているんだと思います。1マガジンくらいなら撃たれる前に回避できるかもしれないですが、それ以上となると……」

「回避にも上限がある……ユズはそう言いたいんだよね?」

「はい。で、でも、実際の上限値はよく……それに、回避と未来予知に莫大な演算量が要求される、という仮定の元ですし────」

「いいや、百点満点だよ、ユズ」

 

 卑屈になりかけたユズの言葉を強引に遮り、彼は状況証拠のみでアビ・エシュフの真実に辿り着いた彼女に惜しみない賞賛を贈る。ゲームで鍛えられた動体視力と観察力、推理力。UZQueenの名は伊達ではないのだ。

 

「ユズの推察通りだ。アビ・エシュフもエントロピーは超越できない。被造物である以上、どれだけ上限値が高くても限界はある。倒せない、って事はないのさ」

 

 その言葉の後、彼は二本の指を立てて。

 

「攻略に必要なピースは2つある。1つは演算に膨大な負荷を掛ける事。2つ目は回避力が落ちたアビ・エシュフを倒す事。そのための前提として電磁シールドの突破があるけど……これは私がなんとかしよう。加えて、1つ目はヴェリタスの子達がどうにかしてくれるから、残るは……」

「実際に倒す役割、ですね。でも、私達の火力じゃ……」

「そこは心配しないで。当てはちゃんとある。だから、ユズ達には最後の一押しをやってほしいんだ」

「最後の一押し、ですか?」

 

 彼は「あぁ」と短く首肯し、前を向く。見惚れてしまうほど透明な色彩を伴って。

 

「演算力を失墜させ、アビ・エシュフを倒すための……最後の一押しをね。大丈夫、隙は必ず私が作るよ」

 

 

 ▼

 

 

 ネルの脚力により生み出された神速の踏み込み。距離を離さんとしていたトキの思惑ごと踏み砕く圧倒的な速度は残像すら目で追えない程。文字通りの一瞬で数百メートルの距離をゼロにした。

 ネルの最も得意な距離感、彼女が負け無しと豪語するレンジはクロスレンジであるが……彼女が優れているのはその距離での戦いだけではなく、その距離を作り出す術にも長けている。数百メートルなんて半端な距離を離しても容易くクロスレンジまで持ち込まれてしまうため、離脱する労力を鑑みれば開き直ってネルの距離に居座る方がマシなのかもしれない。結局、捩じ伏せられるまでの時間がコンマ数秒ずれるだけなのであるから。

 

 その近接技能は負傷多数といえど未だ健在。寧ろ痛覚と傷がアドレナリンの分泌を後押しし、コンバットハイを齎している。先生のサポートによる感覚の拡張も相まって過去最高の冴え。それに加えて全力のアビ・エシュフを相手に30分弱防戦を成立させた際に得た膨大な経験値がある。敗北の経験は決して無意味ではなく、彼女の学習能力とセンスに後押しされ糧になりつつある。肉体的には弱体化しているが、それ以外の面では大幅に強化されていた。総合力で見れば今のネルの方が上だろう。

 

 それに、ネルは全てを出し尽くす気でいた。アリスの奪還は仲間に任せ、自分の役目は……勝利はトキを倒す事だと割り切って。故にフルスロットル。このあとの戦闘なんてものは知らない。この壁を越えられないなら後の事など考えても意味が無いのだから。

 

「オラァッ!」

 

 砕けんばかりに硬く握り締めた五指。リスク度外視で高められた身体能力により生まれる破壊力は一撃でビル群を崩壊させるほど。当然、真面に受ければ吹き飛ぶどころでは済まない。間違いなく一撃で意識が消し飛ぶだろう。

 だが、それは受ければの話。演算が妨害され、回避力は落ちた。しかし、それでもスペックは異常と言う他ない程のもの。ネルの初動、筋肉の隆起、視線の動きから狙いは既に分かっている。そもそもアビ・エシュフが強いのもそうであるが、澱みなく使いこなすトキが強いのだ。その強さは機能が落ちても揺らぎはない。

 

 ネルの打撃は流麗な所作で回避。そのまま右足側面のバーニアを吹かし急制動を掛けてクイックターンを行い、鈍器となった左脚部をネル目掛けて振り抜いた。だが、その蹴りは紙一重で回避される。読まれた、と思うのに時間は掛からなかった。

 突き付けられた銃口。引き絞られたトリガー。発射される弾丸。見える。未来は見えている。だが、回避はできない。アビ・エシュフの制御プログラムがオーバーフローを起こしている。自動姿勢制御ができない事を悟った彼女は瞬時にマニュアル操作に切り替え、巻き返しを図った。回避が不可能であるならば、取るべき手段は必然的に防御に限られる。

 

 トキは腕部を動かし、自身と銃口の間に潜り込ませ────その直後、銃声と金属音が断続的に聞こえた。軽量かつ硬度が高い特殊合金がふんだんに使用された装甲は全ての弾丸を受け止め、返す刃のようにフリーな方の腕……ガトリングガンを構えた。熱を帯びる空気、硝煙を切り裂く様にトキはトリガーを引く。

 

「ハッ! 良い動きだッ!」

 

 一瞬で零距離から離脱し、再びクロスレンジの間合いに戻ったネルは分間6000発という狂ったレートを持つ銃に一歩も後を引かず、臆せず、全弾回避する。鋭く速い動き、その上かなり正確だ。すばしっこいな、とトキは内心思いながら……もう片方のガトリングガンと背中のエネルギー砲を展開。チャージ時間を最大限短縮し、威力と範囲を絞った青の致死光は宛ら超高出力ウォーターカッター。薙ぎ払う様に放たれたエネルギーはビル数棟をバターのように鋭く切り裂き、ついでにネルの持つMPXを半分以上消し炭にした。

 

「チッ……」

 

 得物が一つ消し飛んだネルは舌打ちを挟み、殆どグリップだけになり使い物にならなくなった銃をトキ目掛けて投擲する。唯の投擲と侮るなかれ、ネルの膂力により放たれたそれは宛ら砲丸。直撃すれば骨折は免れないであろう。だが、直線軌道のそれに態々当たってやる理由も無いトキは軽々と回避した。

 

 直後、周囲に白煙が立ち込め、轟音が数回響いた。音の理由は不明であるが、煙の方はスモークグレネード。恐らくアカネかユズのもの。ネルが誰かから譲り受けたのか。それは不明だが……この程度では目晦ましにもならない。それは先生だってよく知っているだろう。それにも関わらず、ともすればネルの方に不利に働きかねない戦法を取った。であるのならば、そうまでして隠したかった、或いは一時でも意識や視界から外したかった何かがある────そう考えるのが自然だ。

 

 何か猛烈な嫌な感覚を覚えたトキは急いでスモークを切り払い、視界を確保。すると、やけに暗い事に気が付いた。今現在の時刻は6時を過ぎている。太陽は疾うに上っているため、この暗さはありえない────いや、この暗さは……何かの影になっている? 

 

 そこで初めて、トキは上を見上げて。

 

「なッ……!」

 

 絶句した。影になっていた、という予想は正解だ。しかし、トキに影を落としていたものまでは分からなかったが……今漸く分かった。トキの頭上を埋める巨大な影の正体、それは。

 

「テメェがぶっ壊したモンだッ! ちゃんと受け取れよッ!」

 

 先のエネルギー砲の薙ぎ払いで切り飛ばしたビルの一部であった。ネルはトキの視界が封じられているごく短い間に移動し、落下しつつあるビルの一部を蹴り飛ばして此処まで運んだのだ。比較する事すら馬鹿らしい圧倒的な身体能力。ビナーを蹴り飛ばしたヒナに勝るとも劣らないスペックはたった数十トンの質量であれば容易く動かせる。

 

「……驚きました。本当に同じ人間ですか?」

「お前にそれ言われるとムカつくな、おい」

 

 軽口を叩きながら巨大質量と共に落下するネル。その手には先ほど消し炭にしたはずの銃が再度握られていた。恐らく序に取りに行っていたのだろう。本当に抜け目がない。

 

 さて、とトキはやけに落ち着いた感情を抱きながら頭上を見た。落下する巨大質量と、それに随伴するネル。流石にこれは予想外だ。それでいて回避の術も限られる。随分と面倒な戦法を取ってくれましたね、とトキは内心で溜息を吐いた。これはどうやったって無傷での回避は出来ない。であるならば……。

 

「ほう?」

「……」

 

 双方、考えは同じだったようで。2人は互いに銃口を構え、トリガー。恐ろしい速度と殺傷能力を伴う弾丸が瞬く間に巨大な質量を細断し、細かな瓦礫に変えていく。これまで目立った損傷が無かったアビ・エシュフは巨大な運動エネルギーを伴う瓦礫により凹みを作られ、装甲に細かな亀裂が走り、内部の機械部分が露出。

 勿論、傷つくのはアビ・エシュフだけではない。ネルはトキの弾丸で、トキはネルの弾丸と瓦礫により傷つけられ、流血と打撲痕が作られた。

 

「やっぱりこいつは避けられねぇよなぁ!」

 

 先生から与えられた情報。ヴェリタスの妨害。そして、ネルの経験。それらを統合して導き出したネルなりの攻略法。それは周囲の環境をフラットな状態から遷移させ、演算機能をオーバーフローさせる事だった。

 平地平面の環境下であれば環境変数は然程多くない。気温や湿度、風向き等であればエリドゥのスペックが有れば瞬時に計算できるだろう。

 だが、こういった……通常ではまず起きないイレギュラーな状態であれば瞬時に計算して行動、とはいかないだろう。落下する無数の瓦礫とその合間を縫うようなネルの射撃を一瞬で計算し、回避行動に盛り込めるほどまだ現代は進歩していない。故に、相手の機能を逆手に取った攻撃は非常に有効であった。

 

 トキはアビ・エシュフの演算が使えない事が分かると回避を諦め、両腕のガトリングで瓦礫を粉砕し、少しでもダメージを抑えるために打って出た。回避ではなく次善策の防御を瞬時に選択するのは流石の判断力だろう。彼女はアビ・エシュフの性能に胡坐をかいているわけではない。アビ・エシュフの性能と性質を誰よりも理解し、使いこなしているのだ。

 

「ぐッ……!」

 

 瓦礫に打ち付けられ体が鬱血する。纏うボディスーツが切り裂かれる。久しく感じていなかった痛み。アビ・エシュフを装着している状態で、ここまで鮮烈な痛みを味わうとは思っていなかった。だが、この程度の傷で動きは落ちない。アビ・エシュフも装甲が凹んだ程度で戦闘に大きな支障はない。

 

 故に今気にするべきは────瓦礫と瓦礫の間を舞うように飛び、銃撃音をミュージックに破滅的な舞踏を踊るネルだ。彼女はやはり戦いが上手い。そのセンスがずば抜けている。先生の入れ知恵やアシストがあるとはいえ、たった1回……30分の攻防で限りなく正解に近い攻略法を導き出してくるとは思わなかった。やはり侮れない。動きは先と比べてかなり落ちているが、総合的な脅威度は今の方が確実に上だろう。恐ろしい事この上なかった。

 

「テメェの演算のタネは割れてる。周囲の環境変数を貪欲に、無差別に収集して機体に未来を見せてるんだろ?」

 

 その声は思ったより近くで聞こえた。右、2m。即座に振り向き赤熱したガトリングの砲身で殴りつけようとしたが……重低音が鳴り響いて腕が明後日の方向に逸らされる。開けた視界に映るのは足を振り抜いたネル。蹴りで軌道をずらされたのだ。

 

「なら簡単だ。演算に負荷を掛ければいい」

 

 続いて反対の足での蹴り。それはトキの体に届く事はなくアビ・エシュフの腕部により防がれるが……一際大きな音が鳴り響き、蹴りを防いだ部分の装甲が周りを巻き込み無惨にひしゃげながら吹き飛んだ。

 無敵を誇っていたアビ・エシュフに生まれた明確な致命打。大きな傷。その余りにも非現実的な光景を見たトキは驚愕を浮べる。あの装甲は勿論特別性。途轍もないほど高い剛性を持っている。衝撃、斬撃、その他温度変化にも強く、爆撃を受けた程度では傷一つ付かない。そんな素材を全身に使い、更に表面に何層ものコーティングを施しているのだ。真面な手段ではまず無傷を保ち続ける。アスナの全力で漸く凹みが1つ着いた程度なのだ。それにも関わらず、無造作にも見える蹴りで装甲を吹き飛ばすなんて。

 

「成程、これぐらいの力加減か」

 

 にやりと笑ったネル。最適な力加減を見つけたネルは漸く攻めに転じれる事に歓喜を抱いた。防戦は趣味ではない。何方かと言うと攻める方が性に合っているのだ。そして、攻めている自分が一番強い事も彼女はちゃんと分かっている。

 故に、ネルは手を緩めることなく────更に一歩、死地に踏み込んだ。

 

「……ッ」

 

 超至近距離。ネルと相対するトキはアビ・エシュフの操縦をオートに切り替え、操縦桿から手を放して自身の愛銃とサブアームのハンドガンを持ちながら抗戦する。だが、高い出力と強度を実現していたアビ・エシュフの巨体が小回りが利かないというデメリットに転じてしまい、トキが有効打を与える回数よりもネルが有効打を与える回数の方が上だ。このままでは遠からず負ける────そう思ったトキは撃ち尽くしたハンドガンを放り投げ、空いた手で操縦桿を掴み……物理ロックを解除する。

 

「制限、解除」

 

 トキの音声によりシステム側のロックが解除され……アビ・エシュフの奥の手が使用可能となった。

 

「電磁シールド……攻性転用」

「ネル、避けてッ!」

 

 先生の叫びと共にネルの体に幾層ものシールドが展開される。それと同時に背筋に冷たさを覚えた彼女も飛び退くが……トキの攻撃の方が速かった。

 

「一掃します」

 

 その言葉と共に、トキを中心とした全方位に電磁パルス爆発が発生する。その範囲は半径100m。トキの頭上から降り注いでいた瓦礫は悉くが消し炭になり、地面も同様に焼け爛れ、抉れ、吹き飛ぶ。

 ネルに付与されたシールドは当然の如く全て粉砕。受け止めきれなかった熱量は彼女の五体を焼くのに充分すぎる威力を持ち、衝撃は彼女を容易く数百m先のビルまで吹き飛ばし、外壁にクレーターを形成する程。

 

 これこそがアビ・エシュフの奥の手であるアサルトパルス。一回の使用でシールドの発生装置が焼き切れ、攻撃にも防御にも使用できなくなるため使用タイミングは限られるが、仮に直撃すれば一瞬で戦況をひっくり返す攻撃力を持っている。ロック解除の手順を含めなければほぼノーモーションで発動可能な奇襲性の高さも相まって、必殺と言って差支えないスペックだ。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 だが、この攻撃はアビ・エシュフを中心として発動する。その影響を最も受けるのは当然搭乗者のトキだ。故にこの攻撃に際し保護目的のシールドが展開されるのだが、これまでの損耗によりシールドの展開が不完全となってしまった。全くの無防備、という訳ではないが、それでもあの爆発を受け止めきれるものでは到底なかったため、ボディスーツは縁の方が炭化し、彼女の肌には痛々しい火傷痕が随所に見られた。

 

 だが────まだ、戦える。トキは最早デッドウェイトにしかなっていない発生装置をパージし、ガトリングガンのリロードを済ませた。背部のエネルギー砲も即座に発射可能な状態に展開し、準備を万全にし……眼前の脅威を見た。

 

「く、そ……ッ……んなのアリかよ……」

 

 瓦礫の山を掻き分け、悪態を吐きつつ手足を引きずりながら歩く姿は万全とは程遠い。彼女も少なからずダメージを受けている。火傷の痕と炭化したメイド服。だが、戦意だけは翳る事を知らず。

 トキとネルのダメージレースはほぼイーブン。距離を離して仕切り直せた事を含めると……僅かにトキが戦場をコントロールしている。少しばかりネルが不利であった。

 

 しかし、この程度は不利の内に入らない。コントロールが相手にあるなら奪い返せばいいだけだ。

 

「さぁ、お望み通り仕切り直しだ」

「えぇ、もうあの距離まで近づけさせません」

「やってみろッ!」

 

 言うや否や、駆け出すネル。銃を構え、全速力で前へ。直線軌道における加速力は圧倒的にトキが上だ。ジェットエンジンを搭載しているものを相手に単純な追いかけっこをしても絶対に追いつけない。彼女が勝るのは小回りが利くという点。そこを利用しもう一度近づく必要がある。

 

 対するトキもネルを相手に接近戦なんて御免だと言わんばかりに距離を離しつつ全火器を以て迎撃を行っている。ガトリングガンの圧倒的な発射レートと、少しでも足が止まったらそれを見逃さず射貫くエネルギー砲。エネルギー砲は今までのような集束だけではなく拡散タイプも解禁しているため、これまで以上に隙が無い。

 

 故に距離を詰めて再びクロスレンジの戦闘に持ち込むのはほぼ不可能だと思われたが……そんな事は織り込み済み。態々アビ・エシュフの演算機能をオーバーヒートさせ、トキの意識をネルに集中させたのは意味がある。

 彼女が今まで誰と戦っていたのか────その現実が最高のタイミングでトキの選択に否を突き付けた。

 

 カチ、と静かに破滅を告げる音が鳴る。発生源はトキの足元。ネルを収めていた視界を引き戻し下に眼をやると……巧妙にカモフラージュされた爆弾が1つ。

 

 今度は外しません、と脳裏でアカネの声が聞こえた。

 

「────ッ!」

 

 人が持ち運べる火器とは思えないほど高威力、広範囲の爆弾は既に空中へ回避行動を取っていたはずのトキを容易く呑み込み、アビ・エシュフの脆くなっていた外装を容易く吹き飛ばした。更に内部の駆動系にも一部ダメージが見られ、左腕部が僅かに動かしにくくなる。今まで受けたダメージの中で最も重篤だ。拙い、と思ったトキはスラスターを全力で吹かし、黒煙を切り裂きながら空中に踊り出る。

 

 そして────その行動を諫めるように黒鉄の弾丸が音速を超えて飛来した。

 

「くぅ……ッ!」

 

 トキの右足に直撃した弾丸は13.97mm弾。対物ライフルに使用されるものだ。9mmパラベラム弾よりも高い威力と衝撃を貰ったトキは思わず顔を顰めて、自身と同じ高さに居る彼女を見る。

 

「カリンほど上手くねぇけどなッ!」

 

 叫ぶネルは空中に居るトキに追いつかんとビルの側面を全速力で駆け昇っている。その速度は速く、トキとほぼ同速。恐らく先生の身体能力強化だろう。

 だが、それより目を引くのは彼女がカリンの得物である筈のボーイズ対戦車ライフル(ホークアイ)を担いでいる事だろう。

 

 重力に真っ向から歯向かい、壁を全速力で駆け昇りながら、同じ速度で上昇するトキを射貫くのは紛れもなく神業。本職のスナイパーも顔負けだろう。

 

「もう一発貰っとけッ!」

 

 先と同様に発射される対物ライフル。空気を切り裂きながら飛来する弾丸は正確にトキを狙っていたが、来ると分かっていれば対処は容易い。彼女は脚部で音速を優に超える弾丸を蹴り飛ばし、そのまま巧みな姿勢制御で立て直し────ガトリングガンを向けた。それに対してネルはアサルトライフル、FA-MAS(サプライズパーティー)を構える。アスナの武器だ。もう片方の手にはMPXが握られている。

 

 道路を挟んで向かい合わせのビルの側面、上昇しながら行われる銃撃戦。弾丸は窓ガラスを、外壁を砕き、互いの体に数多の傷を付ける。そうして彼女達は互いの終点であるビル屋上まで駆け上り……トキは開けた場に小柄な3つの影を見た。

 

「さぁ、ここからは私達も相手だよ!」

 

 啖呵を切るモモイに追随するミドリとユズ。彼女達も銃を構え、何時でも戦闘可能な臨戦態勢を取っている。その立ち姿は手練れのそれ。初めてトキと相対した彼女達よりも成長している。潜り抜けた数多の死線と戦場が、彼女達に著しい飛躍を齎した。

 

 認めなければならない。彼女達は強いと。トキは内心で『これは油断できませんね』と呟いて、対ネルに染まっていた思考を切り替えた。

 

「……なるほど。姿が見えないと思ったらここにいらっしゃいましたか。読み通り、という事ですか……先生」

「どうだろうね。でも、何もかもが上手く運んでここまで来れたのは事実だよ」

 

 落下防止フェンスに凭れ掛るように立つ先生は力なく笑いながらトキの問いに答える。読み通り、なんて事はない。賭けの部分は依然として多かった。だが、それを皆が全力を賭して行ってくれたから、どうにかここまで辿り着く事ができた。再現性なんて皆無で、もう一度やれと言われても絶対に無理だと断言できる。このメンバーだから成し得た偉業だ。

 そして、残る不確定要素はあと一つ。それが成功すれば────勝ちが見える。

 

 この3人の戦いは残る賭けが成功する確率を少しでも上げるための布石だ。勝つための戦いではなく、負けないための戦い。大きく攻めに転じる必要は無い。必要なのは防衛と、損耗を可能な限り抑える事。こういった戦いはそれなりに得意であった。

 

「行くよ、ゲーム開発部ッ!」

「了解ッ!」

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