シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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終焉へ向かう疾走

 

『モモイ、2秒後に221度右に旋回。その0.5秒後にミドリはマーカーに向けて射撃。ユズはポイント更新後、弾頭をグレネードに入れ替えて』

「ひ―ッ! 先生の指示細かすぎ! 頭パンクしちゃうよ!」

「泣き言言わないでお姉ちゃん! 私達、それで助かってるんだから!」

 

 とやかく言いながらも彼の指示通りに行動するモモイと、淡々とこなすミドリ。そして、集中し過ぎるあまり元々少なかった口数が更に減少するユズ。三者三様ながら、それでも同じ部活に所属する者同士似ている部分が多々ある。こういった嚙み合いの良さも仲を更に深める要因となったのだろう。

 

 ミドリはG3SG/1(フレッシュ・インスピレーション)を構え、瞳に映るガイドマーカーに従いトリガーを引く。一見何もない場所に撃ったかのように見えるが、そもそも弾丸を直撃させることが狙いではない。狙ったのは貯水タンクの留め具。弾丸によって螺子が吹き飛ばされ、その自重と重力に従い落下し……トキの通路を塞ぐように陣取った。

 

 急に生えてきた障害物を前にトキは態々迂回するのも面倒だと言わんばかりに背中のエネルギー砲を片方だけ展開し、即座に射撃。タンクを真っ二つに溶断し、強引に道を確保した。

 

 最速で中央を突っ切り、青い眼がブレる。獲物を品定めするように細められた瞳が狙うのは────近場に居たミドリ。付着した水滴をスラスターの熱量で蒸発させながら、一瞬でトップスピードまで加速したトキは背部のエネルギー砲を構えた。

 

 ミドリの反応速度は一般的なキヴォトスの生徒の平均値から逸脱していない。手先の器用さを要求される細かな作業や絵を描くことは得意であるが、戦闘行為に特別長く身を置いていたわけではないため、その能力はあくまで一般生徒の範疇。トキの攻撃を目視で認識してから体を動かし回避行動を取る……というのは不可能だ。

 

 だが────。

 

「来るって分かっているなら……!」

 

 予めその択が読めているのならば事前に回避行動を置いておく事で対処可能だ。ミドリはトキがタンクを溶断したその時からトキの攻撃方法、及びそのポイントが分かっていたため、既に動いていた。

 

「良い動きです。ですが……」

 

 言うや否や、トキはマニュアルで照準を直し地面に狙いを定める。そして即座に拡散弾を発射し、屋上の足場を穴だらけにする。いざとなれば空中に浮けるトキにとって足場はそこまで大事ではないが、地に足をつけるしかない彼女達にとっては異なる。いつ崩落してもおかしくない地面、というのはそれなりにやり難い筈だ。

 

「足場が……ッ!」

『エリドゥの建物は頑丈だ。この程度で崩落はしない。臆せず前へ行こう』

「その言葉信じるからね! 嘘だったら帰ったら沢山遊んでもらうんだから!」

『可愛らしい要求だねぇ』

 

 彼の言葉に背中を押されたように少女達は前に出る。モモイはG3A3(ユニーク・アイディア)を構え、扇形に乱射しトキの逃げ道を制限。態と用意した逃げ道に身を投げた瞬間にミドリとユズがそれぞれ撃ち抜く手筈だったが……その意図を瞬時に察した彼女は敢えて回避行動を取らずにアビ・エシュフの装甲を信頼し、ガードを選択。両腕をクロスさせた彼女は脚部のスラスターを赤熱させ、真正面に居る少女達に向けて突貫した。

 

 少女達も慌てて距離を取ろうとするが、トキの方が速い。距離はみるみる内に詰められ、あと少しでぶつかる……といったタイミングで彼女はバーニアで急制動を掛けて停止。体当り攻撃と踏んで防御の姿勢を取っていた近場のモモイとミドリをそれぞれ左右の手で掴み、端のフェンスに向けて放り投げた。

 

「モモイ! ミドリ!」

 

 先程まで確かに一緒に居たはずの2人が刹那の間に投げ飛ばされたユズは珍しく声を荒げ、急いで銃を構えたが……射撃よりも前に銃が彼女の手元から離れた。見ればトキが腕を振り抜いた後であり、『遅かった』と内心で歯噛みする。

 

「……これで終わりです」

 

 左右のガトリングをそれぞれフェンスに凭れ掛るモモイとミドリに。自身の愛銃をユズに向けてトキは静かに終わりを告げる。彼女達が僅かでも動いた瞬間、トキは躊躇いなくトリガーを引くだろう。銃口が目と鼻の先にあるユズは当然回避できず、モモイとミドリもガトリングが相手だと少々厳しいと言わざるを得ない。トキはバイザー越しに万象を視界に収め、離れた場所に居る先生を見る。

 

「ネル先輩はどこですか? 先輩ですから逃げたわけではないでしょう。恐らく近場に居る筈です」

「確かにネルは近くにいるけど……今のトキの相手はこの子達だよ」

「面白い事を仰いますね。彼女達との勝負は既に────」

 

 言い終わる前、トキは右腕が跳ね飛ばされる感覚を覚えた。自身の認識外から誰か来たのか、と思って人がいると思われる場所に目を向けても……誰も、何もない。

 

「なッ……!」

 

 驚愕の声を出すトキに向けて降り注ぐ数多の銃弾。ミドリが此方に近寄りながらトリガーを引いている。先ほどまで銃口を突き付けていたユズも今や手を離れ、落とされた銃を拾いに行っている。であれば、今近くにいるのは────才羽モモイ。

 

「少し視界に細工をさせてもらったよ」

 

 蟀谷の部分を人差し指でトントンと叩く彼を見て、トキは全てを察する。バイザーだ。バイザーのシステムに入り込まれ、ある筈のないものを見せられていたのだ。恐らくタイミングはモモイとミドリを投げ飛ばした直後。そこでトキの視界を偽装し、モモイを動かしていたのだ。超高度な気配遮断等も利用して。

 

 バイザーを跳ね上げ肉眼で視界を確保すると、やはり見えてこなかったものが見えてくる。フェンスで項垂れていたモモイは消え、その代わりに……ほぼゼロ距離まで近寄り、銃を構えているモモイが現れた。

 

 超至近距離からG3A3の掃射を貰ったトキは思わず呻き、距離を離そうとするが────。

 

「逃がさないッ!」

 

 その行動を全力で咎めんとミドリとユズが近距離まで寄る。彼女達の銃の特性が活かされる距離ではないのだが、それでもこの距離を維持するのは余程逃がしたくはないからだろう。

 

 しかも、こんな至近距離で3人とも各々銃を振り回しているのにも関わらず、フレンドリーファイアが一切ない。息が合っている、という言葉すら生ぬるい超高度な連携。同じことができるキヴォトスの生徒はほぼ皆無だろう。

 視線一つ、言葉一つ、息一つ。それだけで相手のやりたい事、やってほしい事が分かる関係性。心の奥底で彼女達は繋がっているのだろう。そんな関係性と、そこから生み出される連携はトキですら目を見張るものがある。

 

 これは手加減できる相手ではない。全力で以て当たらなければ逆に此方が喰われてしまう。トキは目の前の少女達の脅威度を一気に最高レベルまで引き上げ、全火器を展開。

 

「来るよ、皆ッ!」

 

 少女達が散開すると同時に火力が解放される。圧倒的な破壊力を持つエネルギー砲は驚異的な狙いの良さでモモイとミドリを射貫かんとし、ガトリングガンはユズを中心に狙いながら、他の2人の行動を制限、誘発する。

 

 人を倒すのに過剰な火力は要らない。故にエネルギー砲は威力を最低限まで落とし、代わりに連射力と範囲を強化。ガトリングガンは連射レートを引き上げ、回避される隙を無くす。瞬く間に屋上の開けた場所に銃撃戦の痕跡を刻みながら、狙うのはすばしっこく動き回る3人。

 

 彼女達の動きには無駄がない。必要最低限の動きで弾丸は回避し、回避しきれないものは付与されたシールドで受ける。動いている間もトリガーを引く手は緩めず、その銃口と瞳は絶えずトキを見続けていた。

 

 そうして十数秒回避し続けた後、ミドリはハンドサインを送り────全員一直線にトキ目掛けて駆け出した。

 当然そんな事をすればいい的なのだが、今まで回避に重点を置き続けたのは此処で無茶を通すため。シールドの損耗を抑えた選択がこの土壇場で活きた。

 半透明の青い壁に衝突した弾丸は明後日の方向に逸れる。青白い光は霧散する。傷を恐れ、痛みを恐れ、死を恐れ。しかしそれを前に立ち竦むことはしない。恐怖に全力で抗いながら、プリミティブな感情に牙を突き立て、彼女達は足を前に進ませる。

 

 再びのクロスレンジ。ガトリングガンの掃射とエネルギー砲に数秒耐えきったシールドは彼女達が近寄り切ったのを見届けてから蜃気楼のように溶けて消える。幾ら3人にターゲットが分散されていたとはいえ、1つ1つの攻撃力が埒外なのだ。数秒耐え切っただけでも充分だろう。

 

 頼れる防御手段がなくなった今、少女達は攻撃を受けれない。要求されるのは全弾回避。ゲーム開発部の3名全員が揃って中央タワーの中に侵入する事が最低限の条件なのだ。ここでのリタイヤは作戦失敗を意味する。

 

「ミドリ! あとどれくらいか分かる!?」

「あと10……いや、14! 頑張って耐えて!」

 

 ────タイミングを図っている? 

 

 トキは思考の片隅で疑問符を浮べた。反対側のビルに着地したはずのネルが参戦してこないのも気になる。彼女の脚力なら一瞬だろうに。

 

 彼女達が図っているタイミングはネルに関連するものだろうか。だとすると、時間は掛けていられない。このままでは相手の策に嵌ってしまうだろうから────先ずは最速で彼女達、最低でも1人は撃破してテンポを崩す。

 

「痛ッ! もーッ! 痣になったらどうすんのさ!?」

「泣き言言わないでお姉ちゃん! このペースなら……! ユズちゃん、行けそう!?」

「うん……任せて……!」

 

 苛烈になる攻め。嵐の渦中に居ても、少女達は諦めない。全弾回避は諦め、致命傷になり得るものだけを重点的に回避。反撃も最低限にして、誰も脱落しないための守りを固める。ただ、何かを待つように。

 

 そして────その時は遂に訪れた。

 

 ガトリングガンは左右共に弾切れ、リロードしなければ使えない。エネルギー砲は赤熱してクールタイムが必要。トキの手数は大幅に減り、武装と呼べるのは手持ちのアサルトライフルのみ。トキの視界に赤いEmpty(弾切れ)表示が躍った。

 火器を酷使し過ぎた、と内心で思った彼女は急いでリロードと放熱を済ませようとしたがそれを咎める弾丸が飛来する。

 

「先生の読み通り……!」

 

 ミドリの勝利宣言。彼女達が待っていた弾切れは訪れた。最後の策を盤石にするための準備、それをきっちりとやり切った彼女達は安心して託されたバトンをアンカーに渡す事ができる。負ける、とは思っていない。

 

 何せ、彼女は────勝利(ダブルオー)なのだから。

 

「今だよッ! ネル先輩ッ!」

「最高だッ! チビ共ォッ!」

 

 靭帯が切れているとは思えない圧倒的な速度で飛び出してきたのはネル。彼女は一目散に、他の事は知らないと言わんばかりにトキを見ていた。

 突撃槍のような形で展開されたシールドが空気摩擦により赤熱し、空中に青白い燐光。右手には愛銃の片割れ。貪欲な闘志を剥き出しにし、血化粧が施された顔が獲物を前に歪む。

 小脇には先生が抱えられていて、若干青い顔をしていた。

 

 流石に相手にしていられないと思ったトキは中断されたリロードを行おうとトリガーを再度握ったが────。

 

「させない……ッ!」

 

 リロードなんてさせるつもりはない。ユズのグレネードランチャーが炸裂し、弾頭からはネットが飛び出てトキを絡め取り、動きを制限。いつの間にアタッチメントを付け替えていたのか、と思っても……もう遅かった。

 

「くッ……!」

 

 眼前。鼻の先が触れ合いそうな距離には既にネルがいる。何をしてももう間に合いそうにない事を悟ったトキは攻撃を諦め、全てのリソースを防御に回した。

 

「ぶっ飛べッ!」

 

 言うや否や、ネルは己の全膂力を以てトキを蹴り飛ばした。防御の上だろうとお構いなしに繰り出された強烈な威力を持つ蹴りは重戦車同士が正面衝突したような音を奏でる。それを受けたトキは吹き飛ばされ、フェンスを突き破り、空中に身を晒す。

 

「先生、行くぞッ! 舌噛むなよッ!」

「任せたよ、ネルッ!」

「当然ッ!」

 

 勿論、これで終わりではない。ネルは先生を抱えたまま突き破ったフェンスから身を投げる。狙うのは離れたビルの外壁に巨大なひび割れを作りながら待ち構えているトキ。

 足場を崩壊させるほどの速度で弾丸のように飛び出したネルは人間とは思えない勢いでトキの居るビルに着弾。急停止と急加速で失神しそうになっている先生を心を鬼にしながら無視して、垂直の壁に立ちながら銃を構えた。

 

「────ッ」

 

 2人は同タイミングで駆け出す。先ほどは駆け上りながらであるが、今回は逆。ビルの側面を下りながら銃撃戦を開始した。

 穴だらけになるビルの外壁。ガラスが割れる。足場にした鉄筋コンクリートがひしゃげる。高い硬度で作られているはずのビルが宛ら脆い陶器のように砕けていく。

 

「ちょっと乱暴するぞ、先生ッ!」

 

 叫ぶネルは背負っていた先生を空中に放り投げ、トキのエネルギー砲を真正面から受け止める。身体に纏わせた神秘と気合と根性で最低限にまでダメージを抑えた彼女は落下してきた先生を横抱きで受け止め、顔が真っ青になった先生を覗き込んだ。

 

「……死ぬかと思った」

「死なせねぇよ。アタシがいる限りは、な」

 

 互いに笑みを交わし、ネルは再び先生を背負い銃を構え直す。再び襲い来るガトリングガンは感覚を掴んだネルには通用しない。この最悪な足場でも致命傷の回避は可能だ。最悪、先生にさえ着弾しなければ大丈夫だし、彼は彼で守る手段は持っていると言っていた。先のようなエネルギー砲以外は気にしなくていい。

 

 故に今は────攻めろ。

 

 ネルは思いっ切り足を踏みしめる。それだけでビルの外壁が砕け、蜘蛛の巣状の亀裂が随所に奔った。衝撃で舞い上がった破片をボールのように蹴り飛ばし、接近するための布石に。ふわりとした浮遊感の裏側、血走る死線に生命としての躍動。死への恐怖は闘争心を掻き立てるスパイスにしかならず。ここで死ぬのも悪くないと思いながら────されど、ここで死ぬつもりは毛頭ない。

 

 猛スピードで迫る地面。衝突までは何秒だろうか。例えこの高さから、この速さでコンクリートに打ち付けられてもネルと、恐らくトキは死にはしない。精々全身打撲程度で済み、数か月も安静にしていれば日常生活に復帰できる。だが、先生は違う。彼は容易くミンチになるだろう。

 失敗は許されない。ここから先は詰将棋だ。一手を正確に、速く、タイミングを合わせて。リカバリーが効くなんて思わない方が良い。チャンスは一度きりだと先生にも言われている。ここで決め切れなかったらその瞬間に負けだ。トキの迎撃パターンはある程度把握済み。そして、彼女の手札は近距離よりも中遠距離で真価を発揮し、そのレパートリーも増える。この極限状態、いちいち彼女が取るであろう膨大な択を選別している余裕はない。だからまずは、取れる択を可能な限り減らす。

 

 ぐん、とネルは加速する。下方向に、横方向に。その速度は脚部のスパイクを展開し壁に突き立て、可能な限り減速しているトキを容易く追い抜く。そのまま彼女は回り込むようにトキの前方、超至近距離で陣取り────地面を背にしながら近接戦闘を開始する。

 

「正気ですか、この人達」

 

 最早命を捨てたとしか思えない行動にトキも思わず心の声が漏れる。命知らず、なんていう言葉では表せないほどの無謀。これを思いつく、という時点で大概なのに、実行に移せるのは頭の螺子がダース単位で外れているとしか考えられない。

 

 銃をメインウェポンとしながら、その背後に隠される蹴りと拳。発砲を隙と見た手練れの相手を一撃でノックアウトさせるための暗器のような魔手。彼女も大概戦闘に関しては遊びが無い。いや、遊ぶ時と遊ばない時を弁えている、と言うべきか。

 トキが思い返したのは、今から少し前……ゲーム開発部を含む3つの部活がセミナーの保管庫を襲撃した事件。それが終息した後、ネルとアリスは戦った。データとして閲覧したその戦闘、彼女はそれなりに戦いを楽しみ、遊んでいたようにも思える。尤も、実際に銃を突き付けられたアリスからしてみれば堪ったものではなかっただろうが。

 

 頬を横切る風切り音。はらりと落ちる頭髪。プラチナブロンドが朝日を浴びてキラキラと輝く。

 

 ……今のは危なかった。仮に回避が間に合っていなかった場合、確実に意識が消し飛んでいただろう。それ程鋭く、重い一撃。何せトキの背後のガラスが風圧だけで粉砕されたのだ。直撃した場合の事なんて言うに及ばない。

 

「先生、場所何処だ!?」

「あとちょっと! 今、60階を通過した!」

「上等ッ! 振り落とされんなよ、先生ッ!」

 

 ネルは速度を僅かに落とし、何かのタイミングを計るように、或いは探す様にガラス越しに室内を見ようと視線を送るが……それも即座に中断する。

 タイミングも何もかも彼女は全て先生に譲渡したのだ。自分のやるべき事はこれだと割り切って。頭脳を使うのはしがみついている彼の仕事、自分の仕事は────戦い(これ)だ。

 

 一際大きな衝撃はトキを容易く上に突き上げ、がら空きの胴体に遠慮なしの弾丸が叩きつけられる。肌を、スーツを切り裂く鋼鉄。彼女の顔が痛覚に歪む。

 仮に彼女が攻撃に転じれば、ネルも幾分か手を緩めて回避にも体を使うだろう。しかし、彼女はあえて反撃に転じず防御に専念。アビ・エシュフの装甲を信頼し、防戦一方を態と演出する。それを隠れ蓑にして背中のエネルギー砲をアクティブ。砲身の展開は必ずしも必要、という訳ではない。砲身を前に出すのはあくまで照準を正確に定めるためだ。故に、態々分かりやすく前に出さなくとも発射可能になるまで準備する事は可能であるし、射角も体勢も限定されるが……射撃自体も可能である。

 

 とは言っても、それはあくまで可能であるというだけ。アビ・エシュフの仕様から逸脱しているし、そもそもそんな無茶苦茶な運用をした経験なんて一度も無かった。

 

 だが、それがこの場では有効に働く。ネルが最も輝き、強力になるのは相手の手札がある程度割れた2回目以降の戦闘のとき。無論、初見の戦闘でも最強の名に相応しい強さを持つが、それが更に理不尽になるのは学習能力が発揮された場合だ。初見で、一撃で決め切れるのならば桁外れの学習能力は意味を成さない。賭ける価値は充分にあるだろう。

 

 しかし、結局はそれも全て理想論。机上の空論はどこまで行っても絵空事、絵に描いた餅だ。これを現実に落とし込むためにはぶっつけ本番で成功させる必要がある。それも、超高速で動くネルを相手に。できる訳がない、と脳の冷静な部分がトキの浅はかな考えを嘲笑うが……やれるだろうと自身を鼓舞する。

 

 リオは確かに自分を信用しているし、信頼もしているだろう。だが、それはあくまで兵器としての自分(トキ)だ。人間としての自分ではない。それはちゃんと分かっている。自分は替えの効く便利なナイフで、それ以上でもそれ以下でもない。錆びれば捨てられるし、より切れるナイフがあれば捨てられる。それに納得した上で、トキは今ここにいるのだ。

 

 あぁ、分かっている。自分に実りあるものは何も与えらえない。信用も、信頼も、尊敬も、愛も。勝利も敗北も全て空っぽ。中身なんて無い。傍には誰も居ない。主であるリオも、誰もが彼女にとっては余りにも遠い。本音を言うと寂しいが、それは仕方のない事だ。別に誰かが悪いという訳ではない。その苦みはちゃんと飲み干して、この虚無を受け入れた。

 

 ……もし、そんな自分に拠り所があるとすれば────このメイド服。ミレニアムのC&C、コールサイン04(ゼロフォー)こそが飛鳥馬トキの唯一だ。

 

「────ッ!」

 

 眼球に張り巡らされた毛細血管が千切れるほど、眼の縁から涙と血が零れそうなほどにトキは眼を見開く。見極めるのは一瞬。全てがコマ送りになるほどに切り刻まれた体感時間。風景が伸びる。音が伸びる。風が肌に纏わりつく。視線は逸らさない。ただ、ネルと先生を見る。

 

 良い眼だ、改めてネルはそう思う。どういう心境の変化があったのかは分からないが……先ほど戦った時の表情よりも遥かに良い。あれは戦士の眼だ。現実に牙を突き立て、命ある限り生に抗い続ける者の眼だ。

 

 だからこそ、己の全力で以て応えよう。そう思ったネルは、思考の外側で待ち望んでいた声を聴いた。

 

「軌道修正……中央棟の、区画……地上50階……ネルッ! 今だ!」

「応ッ!」

 

 先生はネルにしがみついていた手を離し、シッテムの箱をフル活用して空中で姿勢を整えて砕けた外壁からビル内部に侵入。それに伴い、先生という荷物が無くなったネルは全力でトキに接近し────。

 

「させませんッ!」

 

 策を弄していたのは会話から既に分かっていた。策に嵌ってから抜け出すのは掛かる労力と作れる状況の採算が取れないため、狙うのはその初動、唯一点。

 

 格納したままの砲身、ノーモーションで放たれる青白い閃光。彼女はぶっつけ本番の賭けに確かに成功した。照準を定めていないとは思えないほど正確無比の射撃はネルを貫通し────貫通? 

 

 そこで漸く気付いた。今、自分が撃ち抜いたのは────ネルのスカジャンだ。

 

 当の彼女は、自身の懐に。

 

「────あぁ」

「一名様ご案内ってなァッ!」

 

 蹴りでも、拳でも。ましてや銃でもない。ネルはトキを掴み、その勢いのまま自身ごと彼女を先ほどまで側面を走っていたビルの内部へと叩き込んだ。

 

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