シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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己が心に決着を

『────これで終わりッ!』

 

 ドローンオートマタ、と固定砲台が数十機ずつ。それらと3人の少女が入り乱れる20分程度の戦闘の最後を飾ったのはモモイによって放たれた1発の弾丸だった。彼女の1発は残存していた最後のオートマタの眉間を正確に射貫き、沈黙。止めの弾丸すら必要のない鮮やかな一撃は静かながらも少女達の完勝を表していた。

 

 その光景をカメラ越しに見ていたリオは『当然の帰結だろう』と納得し、眼を伏せる。最初から勝てるとは思っていなかった。戦闘開始前に彼女自身が言っていた『足掻く』と云う言葉が全てで、実際悪足掻きにしかなっていない。数多の死線を潜り抜け、銃を持ち力を振るうものとして大躍進を遂げた少女達の相手はこの程度の自動人形に勤まらない。

 アバンギャルド君が健在であれば勝てただろうが、オリジナルもレプリカも破壊されている。無いものねだりだ。もう一度最初から建造する時間は無かったし、先まではエリドゥのリソースを全てトキとアビ・エシュフに割り振っていた。どんなifを夢想したとしても間に合わない────それが決定された結論。

 

 あぁ、勝てると思い上がっていない。最初から負け戦だ。トキがあの場所に連れ込まれた時点でこうなる事は決まっていた。最高戦力であるトキを『使わされた』時点で、リオの盤面は不利になってしまっていた。表面上は有利に見えて、相手の戦力を削っていても、その実見えない地雷原の中に放り込まれている。それを運悪く爆破させてしまえば、そこを起点にして全てが崩れ落ちてゲームセット。

 

 敵対戦力にミレニアム最強であるネルと戦術指揮の鬼才である先生が居るのだ。此方側が圧倒的に有利なフィールドで、アドバンテージを常に握り続けていたとしても……負けるのは不思議ではない。それ程までに2人は逆境を覆す事に長けていた。

 ……それでも、策を使ったとはいえアビ・エシュフを全損させるのは予想外であったが。

 

 だから、納得できるし当然の敗北。それでも少しばかりの口惜しさがあった。それは盤石の計画を覆されたからではない。ただ、自身が持つ救済意識が彼女達の友愛に上回られた事から来る悔しさ。自分の意志を真っ向から凌駕されて悔しくない訳が無かった。納得もできるし、理解もできる。だが、それでも心だけが追い付いていない。

 

 人生で初めてだ。理性が心に敗北するなんて。だけど、何故かそれが酷く心地良い。これが(だれか)と同じ人間らしい心なのか、と。これが(だれか)の見ていた景色なのか、と。漸く胸を張って『自分も誰かと同じ人間である』と言える気がする。

 

 自分の持ち得る全てと、彼女達が持ち得る全て。力と力をぶつけ、意志と意志を衝突させ、彼女達は見事に勝利を勝ち取った。文句の付けようがない勝利だ。負けた此方側までもが晴れやかな気分になりそうなほど、鮮やかかつ透明な勝利。それを掴んだ少女達を見てリオはふと考えた。自分の理想の結実を。思い描いた未来を。

 

 そこは平和で、誰もが当たり前に幸福を謳歌していて、明日への希望に満ちていて。楽園、と呼ぶに相応しい未来だ。だが、そこにリオの姿はない。ただのイメージの問題だ。リオは最後までイメージできなかった。自分が平和な時代の中に居て、笑っていられる光景を。夢を描く癖に、その夢の中に自分の居場所をどうしても作れなかった。

 

 それができていれば、もしかしたら────なんて思うのは、自分が人間になれたからであろうか。以前までなら意味の無いifと割り切っていた空想の絵画は、人間にとってはきっと救いなのだ。だって、そのifを考えられるのであれば、自分があの時よりも成長している事を示すから。

 

 未熟で、折れやすくて、砕けやすくて、定まらなくて、半端で。でも、それでも酷く愛おしい心。リオの心臓はもう停止していない。この世界に住まう尊き者の一人として、確かに命の鼓動を鳴らしている。

 

「……私の負けね」

 

 微笑を浮べて見上げた空は透明に見えた。

 

 

 ▼

 

 

「────」

 

 先生は手首から先を覆い隠していた手袋を外し、自身の生身の肉体を見る。壊死、凍傷、火傷、内出血、挫傷。ざっと見ただけでこの程度。

 だが、なによりも眼を引くのは────小指の指先に亀裂が走っている事だろう。亀裂の全長は1mm程度。眼を凝らさないと良く見えないため見落としそうになるが……それでも、この変化は重篤だった。

 聖痕が刻まれた事よりも、指が欠け落ちたことよりも、腎臓を欠損した事よりも……ずっと重い症状。その亀裂から覗くのは肉の色ではない。およそ人体から零れる色ではない。

 

 蒼だ。彼の亀裂の中から透き通るような蒼色が見えている。

 

 彼は自身の肉体に起きた変化を再度一瞥して、手袋の奥に仕舞い込む。どうせできる事が無いのだ。気にしない方が良いだろう。こうなったからといって直ぐに命に別条がある訳でもない。精密検査をしなければ今の自分なんて分からないのだ。だから頭の奥に追いやって、今は目の前の事に集中する。

 

「……リオ」

 

 痛みを堪えるように吐息と共に吐き出された声。名前を呼ぶ音階。また誰かの願いを踏み付けてしまった。また誰かの希望を踏み躙ってしまった。そうするしかなかったとか、そんな見苦しい言い訳をするつもりはない。生徒の願いより自身の意志を優先したのは言い逃れのできない真実であり、アリスを助けるためにリオの少女性に牙を立てたのもまた事実だ。

 

 ────全く以て嫌になる。後味の良かった戦いなんてあった試しがない。いつだって戦いの後は最悪の気分で、掌に残る自分以外の血の温度が返しの付いた刃のように突き刺さり、抜けずに残留する。まるで勝者の報いだと言わんばかりに。

 

 敗北にも勝利にも代償はある。勝利者は敗者の願いを背負わなければならないのだ。背負って、戦って、また背負って。いつか敗北するその時まで己が滅ぼした敗者の願いを背負い続ける。それこそが勝者の報いであり代償であり、罰だ。

 

 あぁ、そうだ。踏み付けた願いに報いるために。踏み躙った希望に報いるために。見殺しにした命に報いるために。

 もう投げ出す事はできない。あまりにも多くの願いを背負い過ぎた。

 もう断ち切る事も出来ない。彼女と夢見た景色は眩し過ぎた。

 

 そうして、走って。走って。血を吐くまで走って。もう止まってほしい、と自身を案じる声すら彼方に置き去りにして。夢見た景色の為に走り続ける。減速はない。この短い生涯を常にトップスピードで駆け抜けるのだ。安息はない。休息はない。何を犠牲にしてでも帰りたかった場所にすら背を向けて、ただ只管に前へ。

 

 理想に生きて、夢に殉じる。短く瞬いて、刹那に消え去る光のような生。彼はそんな生き方を彼女達にしてほしくなかった。そうすることでしか生きれないならば兎も角として、他に選択肢があるならばそんな道を選ぶことだけは思い留まってほしい。だって、余りにも碌でもないのだ。

 自分だけが同じ場所にいない。愛した人、愛した景色を全て置き去りにしなければならない。過去も現在も未来も、己を構成する全てが理想を実現するための燃料なんて生き方は────人間の生き方じゃないだろう。

 

 だから必要だった。リオに寄り添える人間が。リオの理想を理解して、共感して、その上で彼女の犠牲と献身を否定する者が。

 ヒマリは理解もできるし、犠牲と献身の否定もできる。だが、アリスを贄に捧げる道をリオが選んでしまった以上、決して共感する事はない。

 故に先生がその役を請け負った。彼女の描いた理想を肯定し、理念に共感し、その上で彼女の犠牲を否定した。彼女もまた、皆と変わらない人間であると。そして、彼女が下した荷物を彼が背負って歩き続ける。これが、彼が望んだ結末だ。

 

 まだ高校生の彼女が世界の未来なんて背負う必要は無い。ましてやその為に自分を殺す事なんて。そんな惨たらしい末路は認められる訳がないだろう。その果てでリオが安らかに笑えるとしても……あぁ、否定しなければならない。それが、先生としての己だから。

 

 頭の中でずっと反響する感傷的な心を彼は振り払うようにもう一度「リオ」と名前を呟いて。

 

「……私達の勝ちだ」

『えぇ。私の負け、ね』

 

 どこか晴れやかに自身の敗北を宣言するリオは、諦めた様な……あるいは憑き物が取れたような顔を浮べている。

 

『私は私の持ち得る全てを使って貴方達を相手にして……負けた。敗北なんて万一にも有り得なかったはず……そう思っていたのは私だけね。先生達は次々に前提を覆し、勝利に必要なピースを搔き集めて私達を打倒した』

「そうかな? 実際、私達が勝てる確率はほぼ皆無だったよ。今回は色々と上手く運んだのと、皆が死力を尽くしてくれたからさ。もう1回同じことをやったら、こうはならないさ」

『それでも、先生はその1回をちゃんと通し切った。その勝負所における強さは誇れるものだと思うわ』

「お褒めに預かりどうも……?」

 

 突然の誉め言葉に先生は困惑と微笑が綯い交ぜになった表情を浮べながら返答したが、それも直ぐに真剣なものに切り替わって。

 

「リオ、これが終ったら話をしよう。私達には互いに知らない事が多過ぎる。だからまずは互いを知る所から始めよう。私の事、君の事。それらを取り巻く世界の事。過去の歩み、今思っている事、未来の事。友達とか好きなものとか……そういった何でもないようなことを話そう。それが多分、今の私達に必要なことだからさ」

 

 彼の唐突にも見える提案。互いを知る事。思えば、彼とフラットな立場で会話を交わしたことがなかった。リオは先生の情報を書面や人伝くらいでしか知らず、会話を交わしたのも無名の守護者掃討の件とエリドゥ突入後の通信越しでのみ。あまりにも彼の事を知らなかった。

 

 それに、リオも彼の事を知りたかった。否、知りたくなった、と言うべきか。

 

 生徒を眺める眼差しは何より優しかった。だが、同時にその眼差しの先にある光景にはどうやったって混ざれない事を心の底から理解しているように思える。

 生徒を何よりも愛している。だが、その愛は人間が持つには手に余るほど大きく、重く、それでいて歪だ。まるで一度失ったから、もう二度と手放さない様に強く抱きしめているかのように。

 

 彼は別離を知っている。大切な誰かと既に分かれているのだ。『また会えるよね』の声は届かず、彼は大切な……それこそ、心の一部とも言うべき半身を永遠に失った。それが誰なのかは分からない。生徒なのか、それ以外なのか。個人なのか、それとも集団なのか。

 

 このキヴォトスでは呼吸するのも辛いほどに底抜けに優しくて、暖かくて────愛に溢れた人。誰かを失う事に心から怯える人。そんな彼の奥にもう少し触れたくなって、リオは。

 

『えぇ、そうね』

 

 短く、だが声音に喜びと楽しみを乗せて呟いた。その柔らかい表情はきっとリオ本来のもの。だが、その表情は直ぐに隠れた。今は将来の楽しみに思いを馳せている場合ではないと思ったのだろう。今はまだ、やるべき事が残っているから。

 

『私達は最上階に居るわ。エレベーターで昇って来て頂戴。これからの話は、会ったその後で』

「うん、また後でね、リオ」

 

 繋がっていたリオとの通信が途絶する。彼女との会話をしていた先生は、通信機を指先で撫でながら眼を蠱惑的に歪めて微笑を浮べた。

 

 そうして彼は軽やかな足取りでドローンの残骸が山積みになったエントランスを軽やかな足取りで歩んでいく。彼の後を付いていくように少女達も残骸を踏まぬように慎重に歩を進ませる。

 

 エレベーターの真正面。彼は指先でボタンを押し込む。すると銃弾で凹んだドアが開き、オフィスビル然としたエレベーターが口を開いた。どうやら1階に常駐していたらしい。

 

 開いたエレベーターを背にするように、彼は振り返って────少女達に笑いかける。

 

「じゃあ、アリスに会いに行こうか」

 

 この長き旅路の果て、最後の笑顔を迎えに。

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