シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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靴底が硬い床を叩く音が聞こえたから、リオは閉じていた眼を開けた。眠っていた訳ではない。ただ思考を巡らせていただけ。視覚から入る情報を遮断して脳内の情報処理に専念させたい時によくやる方法だった。
考えなければならない事。考えてはいけない事。何かを考えている時、雑念のように別の物事が入り込んで来て思考が乱れる……なんて経験を一度はしたことがあるだろう。思考は取り留めがない。指向性が無い。故に、思考を単一方向に向かせるのはそれなりに労力がいる。それが『集中すると疲れる』要因の一つなのかもしれない。
リオは同じくヒールで床を鳴らす。振り返る。眼は知性を体現するようなルベライト。理知的で、合理的で、数理的で……だが、それだけではない。その裏側には人間らしい温度と少女性が見え隠れしている。
その眼差しが射貫いたのは、少女達3人の先頭に立つ……息も絶え絶えな死に目を綴る青年。彼はその死相に似合わぬ穏やかな笑みを浮べて、ひらひらと手袋に覆われた手を振った。そして、彼は少女達を連れてリオの顔がよく見える距離まで歩いて。
「……こうして直接顔を合わせるのは2度目だね、リオ」
「いえ、3度目よ。貴方は眠っていたから覚えていないと思うけれど」
「あ、そうなんだ……態々来てくれたんだね、ありがとう」
くしゃり、と屈託のない笑みを浮べる彼。大人である彼にしては少々子どもっぽい笑みであるが、不思議とよく似合っていた。だが、それも当然であろう。彼の年齢は別に少女達と大きく離れている訳ではないのだから。多く見積もっても年齢差は両手の指で数えられる範囲。ともすれば片手の範囲かもしれない。
彼の笑みと感謝を受け取ったリオは少し気恥ずかしそうに顔を逸らす。真正面から混じりけの無い『ありがとう』を受け取ったのはかなり久しぶりだった。だからなんて返して良いか分からなくて、失礼と分かっていても顔を逸らすしかなくて。
だがいつまでも顔を背けている訳にはいかないから、彼女は場の仕切り直しと自身の感情のリセットを兼ねて咳払いを1つ。それだけで自身の背が伸びて、緊張感を持てる。見れば少女達も緊張した面持ちで、自然体と呼べるのは彼だけ。
「……本当に、ここまで来たのね。立ち塞がる全てを薙ぎ払って……いつか、貴女達にもう一度切先を向ける存在の為に」
「当たり前だよ! 最初からそう決めてたからね!」
「……そう。友達思いなのね」
短い言葉。モモイ達のこれまでを肯定する言葉。それは何を言われるかと身構えていた少女達を拍子抜けさせるには充分すぎるものであり、あまりの呆気なさに彼女達は眼を瞬かせて疑問符を浮べていた。
頭の中がエクスクラメーションマークで詰まったモモイは恐る恐るリオを見るが、彼女は一瞥した以降眼を合わせてくれない。彼女の視線は、ずっと彼に向いている。
リオが抱いた原初の願いを肯定してくれた人。
リオが描いた理想の先を美しいと言ってくれた人。
その上で、リオの犠牲を否定した人。
あくまでアリスの事をかけがえのない友人、仲間として見ている少女達とは訳が違う。彼は透明だった少女に潜む危険性について正しく理解している。恐らく、この場に居る誰よりも。
だから、これが最終確認。本当に良いのかと。自分の首を切り裂いた少女を、自身を殺しかけた少女を助けても良いのかと────今一度、彼に問いかけた。
「あぁ。私はアリスを助けるよ。何度でも。それが私のしたい事だから」
するべき事ではなく。しなければならない事ではなく。彼が『そうしたい』から助ける。己の中の善悪のコンパスに従い、本当にやりたい事を選んだ。
────その選択の結果が自身を貫いたとしても、彼は微塵も悔いないだろう。
「……その選択が世界の危機に繋がるとしても」
「確かにあの子は世界の危機になるのかもしれない。でも、それは誰もがそうだと思うよ。大なり小なり、私達は世界に影響を及ぼして生きている。その影響が良いものしかないなんてありえないし、逆もまた然り。善も悪もあるからこその人間だ」
善人が悪を成し、悪人が善を成す。善人で在り続けられる人間は居ない。悪人で在り続けられる人間は居ない。善も悪も抱えて生きるのが人間だ。単一に振り切れた在り方はシステムに近いものであり、間違っても人間ではない。
透明だった少女は生きる喜びを知った。誰かと過ごす楽しさを知った。初めて体験した『生きること』は彼女の心に彩りを齎しただろう。
無垢だった少女は罪を知った。誰かを傷つける痛みを知った。初めて突き付けられた悪性はきっと彼女の心に大きな影を落としている。
モモイを……大切な友達を傷つけた。望む望まないは関係ない。そんなものは結果の前では全て無意味だ。アリスがモモイを傷つけた、それは揺るがない真実。モモイとてそれを否定する事はできない。
だが、彼女は許した。アリスに傷つけられた事を。その罪も、痛みも。だから、あとはアリスが彼女自身を許せるかどうか。
許す事も許さない事も、どちらも同じくらい重い。罪を贖い罰を受けて生きること、死ぬこと。罪を罪のまま背負って生きること、死ぬこと。どれが正しいのかなんて問うつもりはない。それを言えるのは少なくとも本人だけだろう。
「……アリスは?」
「奥よ。案内するわ」
────彼女は善と悪を知った。生きる本質に近い部分に触れた。故に、彼女に問わなければならない。何を選ぶのか。
本音を言うと、アリスには生きてほしい。己の醜いエゴだとは思うが、それでも……涙で生涯を終えるのだけは駄目だ。避けられない終わりであるのならばせめて笑顔で。
だから、彼女が生きることを選んでくれるのならば良い。先生としてその生存を後押しし、祝福し……また共に歩めることに心から喜ぼう。
だが────彼女が本心から『死にたい』と言ったのならば……その選択を見送れるだろうか。
自身の中に生まれた永遠に解決できそうにない疑問を押し殺して先生はリオの後に続いた。
▼
リオに通された部屋。その中央────メカニカルなデザインのベッドの上にアリスは居た。数多のケーブルと電極を取りつけられ、手枷足枷を付けられ。ともすれば罪人にしか見えないものであったが、不思議とそうは思えなかった。寧ろその逆、まるで目覚めを待ち続ける聖女のようで。
「アリスッ!」
「アリスちゃんッ!」
「アリスちゃん……ッ!」
その姿を視界に収めた瞬間、駆け出すゲーム開発部の少女達。求め、焦がれたアリスを見て我慢が効かなくなったのだろう。一目散に、他の事なんて心底どうでもいいと言わんばかりに。
駆け寄って、肩を揺すって。手枷や足枷を外そうと力を込めても、身体能力に優れたアリスを想定した強度の素材で作られた枷は少女達の膂力で壊せなくて。
それならばともう一度肩を揺すっても、彼女は力なく揺れるばかりで一向に目を覚ます気配はない。固く閉じられた双眸。それはもう光を灯す事が無いと語っているかのようで。
頭の中に生まれた想定。アリスが二度と眼を覚まさない可能性。それは妄想と笑い飛ばすにはあまりにも現実に根差していて、この光景とリンクしていた。
残酷が過ぎるもしもに怯えたユズは振り返る。このどうしようもない現実をどうにかしてほしくて。覆してほしくて。先生なら、なんて可能性に縋る。彼ならばどうにかしてくれると思った。だって、今まで彼は何度だって不可能を覆してきたから。
「……先生、アリスちゃんが眼を────」
泣きそうになりながら紡がれた言葉の先を遮るように、先生は少女達の前に出てアリスの近くで跪く。その傍らにはリオが彼とアリスの言動に目を光らせており、不測の事態に即座に対応できるように構えている。
彼女の眼光は鋭い。知っているのだ。世界はそんなに上手くいかないのだと。ここでアリスが無事に目を覚まして、皆と抱き合ってめでたしめでたし────そんな結末にはならない。
そうだ、常に世界はあるべき残酷さを剥き出しにするタイミングを虎視眈々と見計らっているのだから。
「……アリス」
悔いるように。悼むように。憂うように。彼女の呟き、手を伸ばした彼の指先。それがアリスに触れようとした刹那────ピクリとも動かなかった彼女の体が動いた。
「アリ────ッ」
突然の状況変化。名前を呼んだ彼、伸ばされた指先。その手をアリスは細く、小さな手で乱暴に迎えた。枷を紙屑のように引き千切り、フリーになった手で彼の左腕を掴み力いっぱい握り締め圧迫。彼の骨が少しずつ、だが着実に壊される。バキバキと人体から鳴ってはならない音が耳に届いたリオは躊躇いながらも腰のホルスターから頼りない口径のハンドガンを抜き、照準を定める。
「リオ会長ッ! 何をやって────ッ!」
「ミドリ、撃っちゃ駄目ッ!」
咎める姉の声によりワンテンポ遅れたミドリはトリガーを引くタイミングを逃し、反対にリオはトリガーを引き切る。発射された弾丸が狙う先はアリスでもなく先生でもない。未だ眼を閉じたままのアリスが横たわる場所。つまりは威嚇射撃だ。
だが、
────このままだと彼の腕が肉塊になる。
そう思ったリオは狙いをアリス本人に定める。照準の先は彼の腕を潰している右腕。威嚇射撃は止めだ。直撃させる。
汚れ役は自分だけで良い。ゲーム開発部の3人にアリスを狙えと言っても荷が重いだろう。だから、
引き絞られたトリガー。発射された弾丸は狙いを過たずアリスの腕目掛けて飛んでいく。音速を超えて向かい、瞬きよりも速く着弾するであろうそれを薄く開いた眼で一瞥し────それから興味なさげに視線を逸らし、握り潰していた彼の手を人体の構造上あり得ない方向に曲げたのち、ごみを捨てるように彼を壁に目掛けて放り投げた。
「────ッ」
何度か味わった浮遊感。速度。このままだと壁に衝突するだろう。この速度と壁の強度から算出したエネルギーは先生の五体を砕いて余りあった。衝突したら最後、恐らく即死だ。
だが、彼にはアロナが居る。彼女が展開した障壁を巧みに使い、衝撃の殆どを受け流すか相殺してなんとか生存を掴み取る。だが、殺し切れなかった衝撃は当然存在する。それは衝突した背中を中心に彼の体の中を駆け巡り、肺を思いっきり殴られたかと錯覚する衝撃と全身の痺れを齎した。
「はぁ……はぁ……ぉぇ……」
壁に凭れ掛り、息を整える。視界が白飛びし、半開きになって緩んだ口からは涎と血の混合物がぽたぽたと垂れて止まらない。
「先生、しっかりして!」
「だ、い……丈夫……」
絞り出した言葉。その直後に息を吸い込み、吐いて、無理矢理呼吸のペースを整える。ブレる視界に蒼を乗せて、臨戦態勢に。
────あぁ、分かっていた。それも、最初から。あの時、彼女が何と言っていたか……今でも覚えている。故にこの未来は避けられぬ運命。予定調和の如く帰結。だけども縋るしかなかった。都合の良い未来というものに。アリスもあの子も眼を覚まして、仲直りをして、何もかも元踊り。そんな素晴らしい未来予想図。砂糖菓子よりも甘い妄想。現実ではない何か。
甘い考えは捨てたはずであったのにこんな
口の縁から零れた粘度の高い血液を白の袖で乱暴に拭う。引き延ばされた血はまるで口紅のように彼の唇を彩り、白に重ねられた赤は死闘の到来を突きつける。
彼は口内に仕込んでいた鎮痛剤のカプセルを噛み砕き嚥下して痛覚を鈍らせ、壁を背にしながら立ち上がった。
「……ごめん、しくじった」
「そんな事より先生、手……ッ」
「大丈夫、千切れてない。繋がってる」
ぷらん、と己の意志に関係なく垂れ下がる腕。骨折だけならまだマシであるが、骨と一緒に周辺の神経と肉も纏めて握り潰された。恐らく完全な再生は不可能。最悪の場合、肘から先を切断しなければならないだろう。何方にせよ左腕は以前のように動かせなくなる。利き腕ではないとはいえ、それでも片腕を満足に動かせなくなるのは痛手だ。この先のスケジュールも修正しなければならないだろう。
だが────たかが腕一本だ。無くなった所で死にはしない。
「先生、無事!?」
「生きてるよ。それより……」
「……えぇ。全員、構えて頂戴。来るわよ」
とても残酷な話だ。助けに来たはずの友達に銃を向けなければならないなんて。こんな事をしたくなくて此処まで来たはずなのに、現実というものはいつだって反吐が出るような醜さを見せつけてくる。
「アリスッ! 私達の事が分からないのッ!?」
先生を除いて最もアリスの近くに居たモモイは立っていた場所も相まって、リオと同様にあの状況を正しく俯瞰できていた。彼女は見た。正確に。彼の腕がアリスにより壊される瞬間を、まざまざと。
もう分からなかった。今目の前に居るのがアリスなのか。否、確実にアリスではない。アリスは先生を傷つけたりはしない。となると、アレは誰だ?
「リオ会長、本当に何もやってないんだよね!?」
「そこは本当よ。誓って嘘は吐いていないわ」
「だったら何で……ッ!」
焦燥感と不安と。様々な感情が混ざり合った声音は目の前で起きた不条理を前にして中断された。
「なに、あれ……」
眼を見開き驚愕を浮かべる少女の前方、空間が揺らぐ。まるで水面の波紋のように。空間という概念に何かが干渉している。その干渉は時間経過で強まり、何かが軋むような嫌な音が鳴り響いて────空間に罅割れが起こった後、宇宙色の穴が開いた。
開いた孔は人間大。だが、唯の孔ではない。あの空洞からは人体に致命的な害を与えるほどの莫大な神秘が溢れている。その総量は神秘の嵐と形容された完全顕現のビナーには遥かに劣るが、それでも────ミレニアム最強であるネルの数百倍以上。人間が浴びていい代物ではない。現に神秘に耐性が無い彼は障壁を施さなけばこの環境下で呼吸すら儘ならず、ゲーム開発部の少女達やリオも息苦しさを覚えている。
先生は蒼を凝らして眼前の不可解な現象を見つめる。解析の必要は無い。アレは見たことがある既知の現象だ。尤も、こんな所で見られるとは思っていなかったが。
────アレは特異点。神秘を媒介にして異空間と繋げている。意図的にこの現象を起こすには最低でも学園最強クラスの神秘が無ければならないのだが……まだ発展途上のアリスにその規模の神秘はない。
しかし、彼女は特別だ。『今』は無くても可能であろう。だが、先生の直感は彼女の手によるものではないと叫んでいる。
では、彼女が繋げた訳ではないと考えると……異空間が接続要求を出したのか。全く別の箇所から神秘を引っ張って来たのか。それとも……それらの制約を無視できる何かしらがあるのか。
いずれにせよ非常に厄介だ。あの空間の亀裂は閉じる方法が非常に限定的。一番手っ取り早いのは神秘切れを待つことだが、アリスが神秘を使用していないと仮定するとその手は通用しない。外部から供給されている場合はその供給元を断てば良いが、それを今から探すのは現実的ではないだろう。
残る2つのパターンに分類される場合、この特異点を閉じる事はほぼ不可能だ。同じ空間干渉という手段を使用しない限りは。そして、それが可能な手札は生憎と大人のカード以外持ち合わせていない。これを閉じるためにカードを使うとなると最低でも2回の行使になる。異空間を閉じるための1回とその後……無名の司祭との殺し合いで1回。
唯でさえデメリットが重く、デメリットそのものも予想できない大人のカードの連続使用。あまりにもギャンブルが過ぎる。
「一応、別の方法はあるけど……」
冷や汗を浮べながら打開策を探す彼の云う通り別の手段はある。だが、それは正真正銘の最終手段。最終手段を前提として立てる作戦は破綻しているし、此処で気軽に使えるようなものでもない。何せ、使った後の末路は────自分が一番よく分かっている。
さて、どうするか────そう思った刹那、彼と生徒の接続が途絶えた。瞳の蒼も右を残して消え失せ、莫大な疲労感と倦怠感が圧し掛かる。コマ落ちしたように視界が不連続になり、水中のように景色が揺らめいた。
「ハァ、ハァ、ハ、ァ……ッ!」
ゲマトリアにされたような演算の介入────ではない。
接続経路が変更された訳でもなく、生徒側から拒否をされた訳でもない。今も尚、アロナの演算は正しく機能している
であれば、解はただ1つ。
「クソッ、もう持たないのか……ッ!」
単純に、彼の体が限界を迎えただけだった。精神が底を突きる前に肉体の方が悲鳴を上げ、これ以上は自壊する未来しかないと生存本能から来るセーフティが作動したのだ。
「しっかりしろ、私……此処で無様を晒すために来た訳じゃないだろ……」
言って、再び彼は蒼を齎さんとするが努力は無意味に空回り。僅かに染まるだけで、持続も数秒以下と心許ないどころの話ではない。戦闘用の技術のはずなのに戦闘にすら使えなくなってしまった。どれもこれも、先生が弱いせいで。
彼は舌打ちを1つして思考を切り替える。使えないものを使おうとしても仕方がない、時間の無駄だ。なら、別の方法を考えろ。
ぽたぽたと鼻血と冷や汗を垂らしている彼を脅威から庇う様に立つリオは内心で焦りを覚えた。思った以上に彼が限界だ。これ以上、彼に戦闘行動を強いる事は出来ない。
そして、この場に居るのは連戦して消耗したゲーム開発部の生徒3名と荒事には向いていないリオ、護身用ドローンが幾つか。アンノウンを相手取るには少々心配と言わざるを得ないだろう。
────撤退を視野に。今は先生の安全確保を最優先に時間稼ぎに徹する。その後はエリドゥ内部のドローンと戦力を搔き集めて応戦する。
「あれは……ッ」
今まで変化の無かった空洞から零れ落ちたのは何度も見た機体。無機質で、機械的で。ただ只管に殺傷能力を高めた殺戮の機能美。何の力も無い人間を効率的に虐殺するために生み出された人形。無名の守護者。トラウマが想起されたミドリは短く悲鳴を上げた。
勿論、1体だけではない。今いるだけでざっと20体以上。しかも現在進行形で増え続けている。まるで際限なんて無いかのように。
────無から有は生み出せない。恐らくあの空間の孔はポータル。大方、無名の守護者の生産工場か待機場と繋がっているのだろう。生産スピードを撃破スピードが上回れば個体を枯らす事が可能だろうが、現実的ではない。やはり撤退しかないだろう。
「よく聞きなさい。エレベーターホールを抜けた先に裏口直通の非常階段があるわ。ドアの施錠は解除してある。外に出たら先生の護衛に一人、残る二人は残存戦力を搔き集めて」
前方に展開していた3名を彼の傍まで寄らせ、リオは手持ちのハンドガンとAMASをコール。入口の隔壁をワンコマンドで下せるように準備し、たった一人で防衛戦を開始しようとする。
「それまでの時間は私が稼ぐわ」
「ッ! でも、リオ会長は……」
「四の五の言わないで。今ここで手を打たないと全滅するわ」
それはリオに言われなくとも分かっていた事だった。遅かれ早かれこのままでは全滅する。今の戦力であの軍勢を相手にする事なんてできない。どう考えてもじわじわと追いつめられて嬲り殺しにされるのが関の山だ。だから、少しでも確率が高い方を。リオが足止めをしている間に全戦力……最低でもC&C3名を搔き集めて打って出れるようにする。逃げるための撤退と防衛ではなく、勝つための布石。
あぁ、分かっている。だけど────そう、だけど。そんな犠牲を認められる訳が無かった。そんな犠牲を否定したくてここまで来たのだ。今ここでリオを見棄てる選択を取れば過去の自分達を裏切る事になる。あの願いに嘘は吐けない。
3人は顔を見合わせてから頷き、無言でリオの隣に立つ。銃を構え、眼は逸らさず。息を吸って吐いて、意識を戦闘に切り替える。
「……非合理的ね」
「いーや、合理的だよ! だってゲームの主人公なら絶対見棄てないからね!」
「お姉ちゃんの言う通りです。一人だけ置いてきぼりにする為に、私達は此処に来た訳じゃないですから」
「うん……それに、こんな所で逃げたらアリスちゃんに胸を張れません……!」
解答になっているような、なっていないような。何とも言えない解を受け取ったリオは眼を白黒させて、それから溜息交じえて微笑を浮かべる。友人独り助けるためにエリドゥに真正面から喧嘩を売った彼女達らしい。合理性を彼方に投げ捨てたその向こう見ずさが今は頼もしかった。
「────ふぅ……」
息を吐く音と共に、カシュ、と背後で何かの空気が抜ける音がした。振り返ると首筋に針無しの注射器を突き刺している彼が立っていて、血濡れの体を引きずるように前を向く。
床に転がる空の注射器の中に入っていたのはアドレナリンの分泌を促す効能を持つ化合物。掌から零れ落ちた注射器には目もくれず、彼はタブレットを構えた。
「無茶よ先生。そんな体で……」
「無茶は今に始まった事じゃないさ。それに皆が頑張ってるんだ、私もやれるよ」
案じる声に『大丈夫だ』と言って心配する権利すらも奪う。いつだって彼は1人で戦場の痛みにのたうち回る。誰にも悟らせずに。最期も一人ぼっち。
やはり何も変わっていないのですね、貴方は────忌々しい程に。
あの声に生かされた。
あの温度に救われた。
伸ばされた手に輝かしい未来を見た。
だから今度は────私が貴方を
「まだ、生きていたのですね……先生」
アリスの空色と対を成す茜色の双眸が、先生を射貫いた。