シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
「────神秘、装填」
自身の最奥にアクセスするための
それは彼女が最奥にアクセスできたこと────ではない。彼女はそもそも色々と特別だ。間違いなくキヴォトスに於ける唯一無二。まだ発展途中のため未熟で荒削りの部分はあれど、そのポテンシャルはキヴォトスにおける生徒の最上位に匹敵する。このまま順当に成長を重ねれば確実にネルやツルギ、ヒナ、ホシノ、ミカといった頂点の座に名を連ねる事ができるだろう。
だから彼女が最奥にアクセスした事に関しては驚きこそあれど疑問は無い。ある意味、到達点の前借りだ。アトラ・ハシース……並行世界を認識できる彼女であれば、どこかの時間軸で『そういう未来』があると認識可能なら多少の時間のずれを無視して結果を引っ張って来れる。
故に問題なのはアクセスそのものではなく、アクセスした方法。それこそが彼が『あり得ない』と思った理由であった。
ビナーは既に内部に己が最奥に至るための
彼は神秘を持たぬが故に外部から起爆剤となる神秘を持ち込む必要があった。それをアロナと共に礼装に籠め経路を演算で算出、礼装自体に最奥へ至る道を組み込む。
そして、組み込んだ神秘を何倍にも増幅、圧縮させることにより目の前の悪意を穿つ一撃を作り出す。故に、神秘、
礼装を扱う先生には資格がないため、裏技じみた方法で礼装自体を最奥へ至らせる。最も特殊なアクセスパターン。
だから在り得ない。神秘を持つKeyが態々外部から装填する必要が無いのだ。
ビナーは
先生は
彼女は
「────」
そんな彼女が態々自己の内部ではなく、外部で最奥に至らせる意味がない。外部から引っ張ってきた神秘も取り込んで自身に馴染ませてしまえば己の神秘と同様に扱う事が可能であるし、現在進行形で彼女はそれをやっている様にも見える。
だから彼女は敢えて外部を使用したと考える事が妥当であるが……態々外部を使用する意味も理由も見当たらない。
単純に費用対効果が最悪なのだ。先生はそれしかないからその手段を使っているが、他の方法があるなら喜んで飛びつくほどには悪い。強力であるのは紛れもない事実であるが、それを差し引いても要改善の部分は多数。オーパーツのアロナと規格外の情報処理能力を持つ先生が組んでやっと真面な運用ができる兵器なんて世間一般の兵器からは逸脱しているだろう。
その逸脱した兵器、神殺しの真実の内の1つ────この世界で先生とホシノがビナーに振るい、致命打を与えた
恐らく機能の幾つかはオミットされている。具体的には対象の観測機能とそれを元にした
しかし、だからといって油断できる要素は皆無。元の性能が高すぎるため、幾つか簡略化したとしても脅威である事には変わらない。寧ろ取り回しが良くなり、個人に向ける分には強化されているとも言える。
殺意の塊のような武装を手で弄ぶKeyは微笑を浮べて。
「何故、という顔ですね。貴方の技でしょう? これは」
「……そうだね。それは私の
設計図と基礎理論はエンジニア部、ヴェリタス、特異現象捜査部、リオが。その他の部分……具体的には神秘や最奥に関する高次元の概念が絡むものは先生が担当し、完成させた武装群の1つ。対セフィラ、対神格、対尊き者に特化した礼装……その偽典。それを片手で持ち上げた彼女は馬鹿げた口径を先生に向ける。
「貴方を完膚なきまでに殺すにはこれが必要と結論づけました。復活の器として貴方の体を残すつもりはありません。貴方の裏側にある不愉快な繋がりごと、この場で破壊します」
言うや否や、暴力的な神秘が吹き荒れる。構築された術式自体は比較的単純。だが、先生という矮小な人間を1人殺すには過剰だ。だが、それでもこんなものを用意したのは
例えば……ただ殺すだけでは彼の肉体に埋め込まれた縁を辿られて最悪の結末になってしまうから。
彼を殺すならば最低でも肉体は消しておかなければならない。火葬も駄目だ、残った骨も聖遺物になる。
概念の絡まない方法で彼を殺すならば、文字通り跡形もなく、細胞の一片すら残さないという気概で挑まなければならない。
Keyは肉体の完全消滅に加えて概念的にも手を打つつもりであった。『不愉快な繋がり』と彼女が称した何かも消し飛ばす。そうすれば彼は彼自身が唾棄した無価値な結末を迎えずに済むと信じて。
「……」
先生は何処にも向ける事ができない、形容しがたい感情を飲み干してケイの眼を真っ直ぐと見る。彼女は本心から彼を案じていて、せめてもの慈悲で茨の道を選んでいる事が眼に見えて分かって。
あぁ、ケイはちゃんと分かっている。彼を殺したらきっと後悔する事も。殺した瞬間、身を押し潰すような絶望と後悔と罪悪感に苛まれる事も。そして、それを一生背負って長い人生を歩むことも。ケイだけではない、体を同一にしているアリスも一生消えない傷跡を負ってしまう。
自分も最愛も深く傷つくことが分かり切っていながらも、それでもこの選択をした。幾度悩んだだろう。幾度悔やんだだろう。何度も無力を呪って、世界を呪って、運命を呪って。なんて残酷なのだろう。彼女は最愛と救ってくれた人を天秤に掛けざるを得なかった。
彼の全てが台無しになり無価値になっていく瞬間を見せつけられるか。それとも自身の手で彼を終わらせるか。
その二択を突きつけられて、彼女は悩み抜いた末に後者を選んだ。
ケイは差し伸べられた彼の手に光を見た。輝かしい未来を見た。胸を張って生きていいと言ってくれて、皆と変わらない人間であると言ってくれた。一個の命としてアリスや彼、ゲーム開発部の彼女達と歩んだ時間は片時も忘れた事はない。
────だから、守られてばかりだった幼年期の日々にお別れを。悲しみが伴っても、一緒に笑い合ってくれた貴方を救ってみせる。
「これが私ができる最大限の慈悲にして……唯一の恩返しです」
「────ケイ」
涙が零れそうなほど、暖かくて。
こんなにも大切に想わている事が嬉しくて。
優しい彼女にあんな顔をさせてしまっている己に対する怒りが止まなくて。
だからせめて、最期の最期くらいはあの子の願いを叶えてあげてもいいんじゃないか────そう思う自分が居ない、と言えば嘘になる。あの子は何度も悩んで、悔やんで、その度に泣いてこの結論に至った。それを踏み躙ってまで生きていたいとも思えない。
勿論、彼女の手を血で汚すつもりはない。死ぬなら誰にも見えない場所で1人で死ぬ。脊髄に埋め込まれている自決装置はその為のものだ。ニューロンまたはシッテムの箱さえ生きていれば専用の信号を出力し、即座に脳と全神経を焼き切り、その後に肉体を結晶化させて砕け散らせる。肉や骨は残らず、砕け散った後の結晶も時間経過で徐々に消失するため安全性も高い。正に自殺にはうってつけ。
でも、それは。その選択は。
「────」
自己の中で答えを固めた……否、最初から出ていた答えを改めて強固にした彼は少し肩の力を抜き穏やかに話しかけた。
「私は、皆が大事」
「知っています」
「私は、皆とは違う」
「……そうかもしれません」
皆が大切で、でも皆とは違って。その孤独はKeyにも分かる。だが、彼の疎外感は彼女のものよりも強いだろう。だってアリスが居るKeyとは異なり、彼には孤独を共有できる存在が居ないのだから。
本質的に彼の隣には誰も居ない。確かに彼には触れられる。その温度や存在を五感で感じる事は可能だ。声を聴くことも話す事も充分可能で、彼の存在が非常に近いものであると錯覚しそうになるのも無理はないだろう。
しかし、心の届く距離には誰一人として足を踏み入れる事が叶わない。例外なく、全員。生徒も住民もオートマタもゲマトリアも、須く。彼の特別である連邦生徒会長やアロナであっても。
彼の理解者であるワカモやヒナ、ミカはあくまで彼の抱えるものや信念を理解しているというだけで彼の孤独に寄り添える訳ではなく、元より彼もそれを望んでいない。彼女達は何処まで行ってもあくまでキヴォトスの生命であり、ヘイローを持つ少女。彼とは同じ種族ですらない。
別にそれを今更どうこう思ったり、自身を憐れんだりしない。こうなる事なんて■■と契約をした時から分かり切っていたし、選んだのはあくまで自分自身。信じたもののために殉じると誓った以上、それらに後悔はない。
でも、ふとした瞬間に胸を掻き毟りたくなるような感情を抱いてしまう事があった。これはただ、それだけの話だ。
「確かに、ケイに選択を委ねれば私は今より幸福になる事も、不幸になる事も無い。意味のある生を歩んだ事になるんだろうね」
死ねばその人間の物語は終わる。どれほど幸福の絶頂に居ようと不幸のどん底に居ようと、ピリオドが打たれればそれでお終い。終焉の代償は停滞。死んだその瞬間、苦しみからも幸福からも見放される。
それは紛れもなく彼にとって良い事であり、最善であった。
彼はこの先、多くの出会いを経験する。多くの愛に触れる。彼が守りたいと誓った幸福の数々を見つける事ができる。
彼はこの先、多くの別れを経験する。多くの無関心に触れる。彼が守りたいと誓った幸福の数々に彼の居場所はなく、その幸福そのものも世界の運命を前に崩れ去る。
そして、彼自身も次第に『人』を失っていく。人を嫌いになっていく。彼の人生は無意味になる。彼は何処にも行けなくなる。
確かにこの先の彼の生には幸せがあるのだろう。だが、それ以上の不幸と痛みと絶望がある。生徒の幸福のためにその全てを捧げてきた彼にそんな結末はあんまりだろう。
だから、殺してでも解放してあげたい。Keyの優しさと善意をちゃんと分かっている彼は「でも」と言って。
「それは逃げだ」
「……」
「選択する事、自身に問い続ける事から逃げて、誰かに……ましてや生徒に選択と責任を押し付ける。そんなものは
彼は強く、だが静かに。声音に悔恨と痛みを乗せて。
「ごめんね、ケイ。僅かでも救われたいなんて思った。この恵まれた生を逃げる言い訳に使った」
その上、この生を逃げる言い訳に使ってしまった。確かに自分の人生は他人から見れば地獄のような旅路で、終わらせる事こそが慈悲であると思ってしまうような酷いものなのかもしれない。
それでも、守れたものがきっとある。救えたものがきっとある。なら、この生を言い訳にするわけにはいかない。
「楽になろうとしたんだよ、私は」
「それの、何がいけないのですかッ」
「私は、駄目なんだ。今まで多くのものを殺してきた。多くのものを見棄ててきた。多くを踏み付けて、多くを取り零した。そんな私を私は一生肯定する事も許す事もない。でも、私がここで楽になったら、未来を諦めたら……犠牲にした全ての意味をなくしてしまう。それだけは嫌なんだ」
作り出してきた地獄に少しでも寄り添えるように。あの子に手を振って会えるように。数多の苦難が伴ったとしても、この道を生き抜いてみせる。それが先生としての自分。彼女に託された生徒達の前に立ち、誰よりも鮮烈に短い生涯を駆け抜けよう。
「私はこの命が終わろうとも足掻かなければいけない。それがどれほど辛く、苦しい道であっても……私は私達の信じたものを裏切りたくない。だから────」
彼は申し訳なさそうな笑みを浮べて。
「ケイの願いは叶えられない。私は、この先にある景色を皆と見たいんだ」
彼の云う皆には勿論のことながらアリスもケイも含まれている。誰かを切り捨てる事を好まない彼らしい宣言。それにもいい加減うんざりしてきた。
あぁ、端から知っている。彼がこの程度で止まる訳が無い。こんなもので止まってくれるなら最初から苦労していないのだ。そのあまりの不撓不屈っぷりは頭の螺子がダース単位で外れているのかと疑ってしまうほど。精神強度が人間から逸脱している。ことメンタルの強さは間違いなくキヴォトス最強だろう。
そんな彼の心を折る事なんて至難の業である事は、あぁよく分かっている。だから、最初からこうなる事なんて初めから明らかであった。
「そうですか。では、実力行使です」
言葉と共に少女は構える。誤魔化さない露骨な殺意。空気に奔る鉄の味。死線の感覚は物理的な鋭さを伴ったかのように肌を貫いた。
『……先生』
「分かってるよ、アロナ」
先生はシッテムの箱を近くのテーブルに置き、隣のコンソールルームから引っ張ってきたケーブルに繋げる。これでリソースの陣取り合戦は多少優位に立てるだろう。
『先生の予想通りあの特異点はケイさんが繋げているものではありません。特異点側が直接ケイさんにアクセスする形で出現しています。ですが、穴を開けるための神秘はこの場にあるリソースを使用していました』
「……電気を神秘に変換しているのか」
『はい。加えて、電波塔の消費電力が上昇しています』
「成程、神秘を送信して各地にこの特異点をこじ開けているのかな」
少々厄介だね、先生は内心で独り呟く。電気を使っていると分かった以上、最も手っ取り早いのはこの都市の電源を落とす事であるが……アリスの人格の事を考えると得策と言えない。彼女の人格が深層にまで追いやられている今、電源を突然落としたりケーブルを抜くのは確実に悪手。最悪、二度と彼女の笑顔を見れなくなってしまうかもしれない。
「クラフトチェンバー、ECの準備。準備が済んだら出現させて。それからNo.3144のプロトコルの送信。ユウカとノア、カリンを動かそう。残りのメンバーは彼女達の露払いに徹させて」
『はい! 外周で待機している方達はどうされますか?』
「指定したポイント5か所に降下を。部隊分けはワカモとホシノ、アヤネ、カヨコに一任するよ」
現在取る事ができる手を全て使い切った先生は凡そ戦場に似つかわしくない笑顔を浮べて真っ直ぐケイを見る。本当に心の底から愛情を抱いていないと向ける事ができない笑みは、確かにケイの心を揺さぶった。弱く、強く。優しく、激しく。
「君の絶望も怒りも悲しみも、全て受け止めてみせる。その上で、私はまた前を向くよ」
「……本当に、貴方は」
呆れがそのまま形になったかのような声を背に、先生はゲーム開発部の少女達と視線を合わせる。一切の虚飾が含まれていない透明な色彩。眼を逸らせない不思議な魔性を持つ彼は深刻そうに、申し訳なさそうに口を開いて。
「あと少しだけ……私に力を貸してほしいんだ」
どんな無茶ぶりが無理難題が飛び出してくるかと身構えていた少女達は、そのあまりに拍子抜けなお願いを聞いてきょとんとして……それから挑戦的な笑みを浮べた。
そのお願いに対する答えは、当然。
「勿論だよ、先生!」
「はい! ここまで来たんです、絶対アリスちゃんを助けます!」
「ハッピーエンドは目前ですから……ッ!」
三者三様の言葉で戦意を新たにし、少女達は銃を握る。彼女達の願いはシンプル。アリスを取り戻したい、ただそれだけ。
彼とKeyの会話。その多くは理解できなかったけれども、彼女が彼のためと言いながら彼を傷つけようとしている事はきちんと分かっている。
────そんな残酷なことをやらせる訳にはいかない。ましてやアリスの体でそんな惨い事をさせたくはなかった。
誰かを心からも思っているのに傷つけあうしか道が無いなんて、そんなのは悲しすぎるだろう。
「私も手伝うわ。サポートと先生の護衛くらいならできる筈よ」
「ありがとう、リオ」
先生とリオの前に壁のように展開されるドローン達。前方に躍り出た少女達にも随伴する機体が幾つか。焼け石に水だとしてもやらないよりはマシだろう。
リオは気を引き締める。相手はリソースを得た女王、油断できるような相手ではない。一挙手一投足に細心の注意を払い、最善手を打ち続けなければ物量とアリスの高い戦闘能力で確実に磨り潰されるだろう。
勝てる、とは言えない。現実的な勝率は2割を切っている。実質負け戦だ。だけど、それに挑まんとする彼の横顔が綺麗だから声も忘れてしまう。
「これは、私の戦いだ」
そう────これは先生が『先生』であるための戦い。彼の存在を、意味を、理由を、価値を問う戦いだ。
救った少女の嘆きと願い。涙を呑んだ少女は救ってくれた人のために傷だらけになりながら救済を振るう。今度は自分が救う番であると思って。最善ではないかもしれないけれど、それでも彼が救われるならと納得して。
自身の安息を心から願う声に背を向けられるのか。
その幼気で純粋な願いを見棄てる事ができるか。
自身のために流してくれた涙を踏み越える事ができるのか。
「その命を花のように手折ってみせましょう」
「……おいで、ケイ」
▼
「あの御方からご命令を賜りました。全員、一言一句聞き漏らさないように心して聞いてくださいまし」
シャーレが保有する軍事ヘリ。黒のボディに印字されたシャーレのロゴがよく映える機体の中には学園も所属もバラバラな少女達が一堂に会していた。
全体の指揮を任されているのは彼の懐刀たるワカモ。彼女はトレードマークの仮面越しに張り詰めた声を発する。
「現在、私達は要塞都市エリドゥの最外端に位置しております。現時刻を持って待機の任務は破棄、エリドゥ内部に突入します。突入後はAからEまでの部隊に分かれ、指定のポイントに降下。無名の守護者と戦闘を行います」
少女達が持つスマホにマップが映る。現在時刻とヘリの進行ルート、各降下ポイントと到達予想時間。少女達は画面を注視しながらワカモに言われた通り一言一句を逃さず頭の中に叩き込む。
「先にミレニアムサイエンススクールの方々があの御方と突入しておりますが、そちらはあまり気にしなくて良いそうです。ですが、ポイントEに降下する部隊はミレニアムの方々の護衛も任務に入っています。人数は2名。どうやら戦闘を行えないほど疲弊しているようですので、安全な場所に運ぶかしてくださいまし」
「……1つ質問いい?」
「なんでしょうか、鬼方カヨコさん」
「部隊の割り振りは?」
「そちらは私と小鳥遊ホシノさん、奥空アヤネさん、鬼方カヨコさんに一任されておりますわ」
────部隊の割り振りを任されるなんて、どうやら自分は随分と頭脳面で彼から信用されているようだ。彼に抱いていた信頼と信用が一方通行でない事に喜びを感じたカヨコは、彼の信頼を裏切らない為にも頭脳をフル回転させる。人数は15名、ポイントが5つのため部隊は3名ずつ。加えて各部隊に司令塔を配置しなければならないだろう。
「……負傷者が居るポイントEには機動力と防御力が高いメンバーをアサインした方が良さそうだね。ウチからはハルカを出すよ」
「では、アビドスからはホシノ先輩を推薦します。ホシノ先輩なら防御力に関しては申し分ありません」
「うへ、大役任されちゃったな~」
アヤネに推薦されたホシノは気だるげに欠伸を噛み殺しながらシールド片手に銃を担ぐ。開かれたホルスの瞳には眠気は一切見えず、真剣そのもの。文字通りの一瞬で彼女は意識を切り替えた。護衛を任務とする部隊に割り振られただけで。
────やはり彼女は凄まじい。意識の切り替えがスムーズ過ぎる。こうなるまでに幾つの修羅場を超えてきたのだろう。
カヨコは内心でホシノに対する認識を改めながら声をかける。
「小鳥遊ホシノさんは司令塔もできる?」
「経験はそんなにないけど、3人ならできる規模だよ」
「ならその問題もクリアできた。あと一人……」
顎に手を当て、背中の小ぶりな翼をパタパタとさせながら思考を回す。防御力と司令塔問題は解決、攻撃力に関しても申し分ない。だが2人とも使用する武器がショットガンのため瞬間火力は兎も角として継戦能力に不安が残る。一応ホシノはサブアームにハンドガンを持っているが心許ないと言わざるを得ない。だから残る一人は継戦能力に優れ、かつ機動力がある人材が望ましい。
どこかにそんな都合の良い人は居ないものかとメンバーをざっと見渡したカヨコは……ふと、先のビナー戦で見かけた少女を指差した。
「そこの、狐っぽい百鬼夜行の子」
真白い指を向けられた少女はきょろきょろと辺りを見渡し……それから愛らしく首をかしげながら自分自身を指差した。
「もしかしてイズナの事ですか?」
「そう、君。君、足に自信ある?」
「勿論です! このイズナ、忍者ですので速さには自信があります!」
「に……? ま、いいや。じゃあ君もE部隊ね」
カヨコは『忍者って何……?』と内心思いながらも表情には出さず、人員の配置の整合性を再確認。
機動力と継戦能力に優れたイズナ、瞬間火力と防御力に秀でているハルカ、それらを束ねるホシノ。ホシノの戦闘能力の高さは言わずもがな。その基礎能力の高さは難易度の高い任務にもってこいと言えるだろう。最悪、イズナとハルカが負傷者の手当てや運搬で一時的に戦線離脱したとしても彼女一人でどうとでもなる。それ程までに彼女は強い。
「これで最優先で決めたかったE部隊は決めれたから、残りも手早く決めよう」
「えぇ、時間にさほど余裕がある訳ではございません。割り振られた方々は戦闘準備を始めてくださいまし」
各組織の頭脳と言える少女達は人員をバランスよく割り振り、それが正確か否か確かめながら正式決定させていく。メンバーのアサインに掛かった時間は僅か5分程度。その時間で少女達はこの場における最適解を導いた。
A部隊────奥空アヤネ、陸八魔アル、大野ツクヨ。
B部隊────鬼方カヨコ、浅黄ムツキ、砂狼シロコ。
C部隊────狐坂ワカモ、黒見セリカ、千鳥ミチル。
D部隊────守月スズミ、宇沢レイサ、十六夜ノノミ。
E部隊────小鳥遊ホシノ、伊草ハルカ、久田イズナ。
▼
研究センター近辺のビル内部……先生がポイントEと呼称した場所。そこで息を整えていたネルは優れたセンサーで僅かな違和感を捉えた。
空間振動と神秘。空間振動に関しては心当たりは無いが、神秘の方はある。間違えるはずがない。この短期間で何度も戦った相手。何度も煮え湯を飲まされた相手。全ての悲劇の始まり、ぶっ壊したくて仕方がない我楽多。
距離は現在地から約500m、かなり近い。アレの足なら到着に1分も掛からないだろう。
ネルは手足の感覚を確かめながら立ち上がり、先生が置いていった未カスタムのMPXを2丁手に取る。傷は癒えていない。痛みは消えていない。身体は動かしにくい。戦闘能力の低下は目に見えて分かっている。
だが、それでも我楽多をダース単位でスクラップにすることは充分に可能。良いハンデだ、なんて思いながら彼女はトキの方を向く。
「……おい、後輩。動けるか」
「……えぇ、動けます」
少々辛いですが、そう付け足したトキは確かにその足が覚束なかった。恐らく靭帯が切れているのだろう。だが、立ち上がる事は出来ている、銃を握る事も出来ている。戦力としてはカウント可能だ。
彼女は弾切れだった
手の震えはない。銃を放つ動作に不足は無い。身体の傷は確かに深いが、それも癒えつつある。戦闘能力の低下は著しいが遅れは取らないと宣言しよう。この程度の傷を踏み潰せなくて何がC&Cか。
十全に戦える、言葉より確かな証明を目の前で見せられたネルは口元をにやりと歪めて……トキの隣に並ぶ。
「頑丈なのは良い事だ」
「ネル先輩ほどじゃありませんよ」
「ハッ、これが取り柄なもんでな」
今までずっと目の前で戦っていた相手が自身の隣に並ぶなんて不思議な気分だった。だが、考えてみれば同じ部活に所属している仲間だ。こうして共に肩を並べるのはなんら不思議なことではない。彼女達が戦っていたのは別に相手が憎いからでも、許せないからでもない。ただ、譲れないものがあったから。
故に遅かれ早かれ轡を並べるのは当然のこと。だって、双方ともに相手に悪感情なんて抱いていないのだから。
……尤も、予想よりずっと早かったが。まさか戦ったその日の内に共同戦線を張るなんて思いもしなかった。
「ほら、お出ましだ」
「これは……」
2人の前に現われたのは何度も見た無名の守護者、
万全とは決して言えない手負いの状態、ビル内部という閉鎖空間で囲まれるという考え得る限り最悪の状況。しかし彼女達は余裕そうな表情を崩さなかった。
それは油断している訳でも慢心している訳でも、相手を侮っているからでもない。ただ、純粋な力量とスペックの差。現実に根差した厳然たる実力差がこの余裕を作り出している。
この程度の物量でネルとトキを相手取ろうとは考えが甘すぎる。この三倍は持ってこいというものだ。
「コイツ等との戦闘経験はあるか?」
「えぇ、リオ様の下で何度か」
「なら良い。油断はすんなよ?」
「当然です────私はC&Cのコールサイン
「よく言った後輩。大口叩いたんだ、へばるんじゃねぇぞ?」
「ネル先輩こそ先に根を上げないでください」
「クソ生意気だなぁ、オイ。誰に向かって言ってんだ」
言葉とは裏腹に何処か喜色を滲ませた声。ネルとトキは合わせた訳でもないのに全くの同タイミングで動き、背中合わせに。
「背中は任せるぞ、トキ」
「えぇ、任されました。代わりに私の背中はお願いします、ネル先輩」
少女達は構える。吊り上がった唇。好戦的に見開かれた眼。腰を落とし、トリガーに指を掛ける。深く息を吸って、吐いて。声を張り上げる。
「初めての共同任務だ、気張れよッ!」