シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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亡き王女のためのパヴァーヌ Ⅴ

 

 

 地面を無様に転がりながら先生は攻撃を回避する。

 

 自身の身体能力は痛いほど身に染みて知っている。見てから回避、なんて生徒の皆のような真似はできない。故にあらゆる動作を先読みし、Keyの攻撃よりも先に回避行動を取らなければ、その瞬間に命の花が散る。

 

 耳のすぐ隣で風切り音が鳴る。風圧で切れた耳、流れる血。それが耳の孔に入って、音が聞こえにくくなった。だが、そんな些事は気にしていられない。既に彼の目前には次の攻撃が来ている。右肩から左脇腹に掛けての袈裟斬り、返す刃の胴に向けた一文字斬りの計二撃。二撃目は兎も角、一撃目の回避は不能。今から動き出しても確実に回避ごと狩られる。ならば────。

 

 使い物にならなくなった市販のタブレットを攻撃の軌道に割り込ませて盾代わりにし、攻撃をワンテンポずらす。バターのように切り裂かれるそれが受け止めた時間は僅かであったが、その時間で充分。アロナの防壁を一瞬だけ展開し、明後日の方向に刃を弾く。

 

 それを視認する事も無く彼は疾走。シッテムの箱と深く繋がった腕を伸ばしながら自身に武器を向けた機械兵へと駆け出した。そして、彼の背後を猛追する刃。その軌道が狙う先は彼の(うなじ)

 

「くッ……」

 

 項に僅かに刃が喰い込んだところで彼の腕に触れられた機械はその稼働を停止。流入した神秘が脳神経を駆逐するよりも早く神秘を無毒化し、血走った眼で戦場を俯瞰する。

 

 モモイ、ミドリ、ユズは互いに背中合わせになりながら応戦している。囲まれているが、即座に窮地に立たされることはないだろう。

 Keyは変らず機械兵の指揮をしながらアロナとリソースの陣取り合戦中。恐らく今すぐには行動を起こさないため、今は気にしなくてもいい。

 

 問題は────。

 

「リオ……ッ」

 

 彼女の周りに殺到する機械兵。AMASは全滅し、ハンドガンを片手に応戦しているが多勢に無勢。逃げ道の確保を最優先にし、囲まれないように小まめにポジションを変更する戦い方はクレバーであるが……その頭脳的優位も武力の格差と物量を前にすれば磨り潰されるのみ。

 

 未来演算。彼女が詰みの状況に陥るまで10秒もない。その僅かな時間で────この状況を切り開く。

 

 先生はまだ手で持っていたタブレットの下半分を適当に機械兵に向けて放り投げる。此方側に意識を向けさせればそれだけで良いと思った苦し紛れ。それはきちんと役割を果たし、一機のカメラアイが彼を射貫いた。

 

「そうだ、そのままこっちを見てろよ……ッ」

 

 彼から零れたとは思えないほどに荒っぽい口調、駆ける足は止めない。殺到する致死の攻撃は全てアロナの防御を一瞬だけ展開して受け止め、回避もせず最短最速でリオの元へ向かう。途中、受け止めきれなかった攻撃が彼の右大腿部の裏側を切り裂いたが────その程度の痛みと傷で、彼が怯むわけがない。

 

「リオッ!」

 

 流れ出た血を利用して機械兵のカメラアイを塗り潰し叫んだ彼は満身創痍でリオの居る死地に飛び込む。彼女の近場に居た一機を手で掴んで機能停止に追い込み、刹那の安地を手に入れた彼は流れるような動作でリオを横抱きにした。

 

「せ、先生!?」

「荒っぽくてごめん、しっかり捕まってて!」

 

 言うや否や、リオが予め確保しておいてくれた逃げ道を駆け出す。背後から追い縋る刃の対処はしない。機械の残骸を飛び越え、テーブルに置いておいたシッテムの箱を掴んでからUターン。直前まで彼の頭があった場所には無数の刃が通り背後のモニターを破壊した。

 

 割れて散った液晶の破片を踏み、彼はリオを抱えたまま壁に向かって一切速度を緩めずに向かい────そして、叫ぶ。

 

「ユズッ! 私の進行方向、壁を撃ってッ!」

「はいッ!」

 

 ユズは半ば条件反射のような速さで彼の方へ振り返り、一切迷わずトリガーを引く。彼と壁までの距離は大きく開いていない。ともすればグレネードランチャーの爆発に巻き込まれかねないため、自殺行為と言われても仕方ないだろう。

 

 だが、ユズは知っている。彼は命を懸ける事をしても、命を捨てる真似はしない。如何なる困難がその行く手を阻もうとも、どれほど困難でも先にあるハッピーエンドを目指している。血に濡れた彼の眼に諦めはない。逃避もない。

 

 ────彼は最初からずっと信じてくれた。彼も彼で色々と忙しいだろうに、『皆と一緒にいられなくなるから廃部をどうにかしたい』なんて無茶苦茶な、ともすれば子どもの我儘だと切り捨てられても仕方ないようなお願いに快く頷いてくれて、ずっと近くで見守ってくれていた。その暖かさと優しさに触れるたびに思うようになる。いつか恩返しがしたい。

 

 怖いだけだと思っていた外の世界、殻に籠ってばっかりで俯きながら生きてきた(ユズ)。明日の声が聞こえても顔を上げられなくて、毎日が何処か憂鬱で。大切な友達はいるけれど、それでも明日が怖かった。先の見えない世界が怖かった。どうしようもない程、他人が怖かった。

 

 でも、彼は私の固定観念ごと諦観と恐怖を破壊した。まるで鎖と枷を外すかのように自由を与えた。いや、与えたんじゃない。気付かなかっただけ。耳を塞いで鳥籠を作っていたのは自分で、本当はこの空の下、何処にでも行けたのに。

 

 彼は手を引いて私を連れ出してくれた。外の世界へ。差し出された手に光を見た。輝かしい未来を見た。少しだけ、明日という漠然としたものが楽しみになって。大切な人達と過ごす時間が前よりも楽しくなって。

 

 日に日に強まる感謝の想い。自分にできることは多くないけれど、それでも彼のために何かしたい。彼ならば『ユズの気持ちだけでも私は充分すぎるほど嬉しいよ』なんて言うだろうけれど、それでも。

 彼に何が返せるだろう。彼のために何ができるだろう。

 

 考えても答えは出なくて。また明日と先送りして。そうしたら、彼はもしかしたらもう会えない状況に陥ってしまって。また俯いてしまった。悲しみに折り合いを付けれずに、アリスが奪われる光景を見ている事しかできなかった。

 

 だが、何度も奇跡が起きた。モモイも先生も目覚めて、アリス奪還まであと一歩。その果てしなく遠い一歩の前に立ち塞がる不条理な現実。それをゲームの主人公のようにカッコよく乗り越える事は出来ないかもしれないけれど、諦めずに立ち向かう。だって今の私は一人じゃない。こんなに近くに大切な人達が沢山いる。

 

 ────だから迷うなッ! 彼が信じてくれた私であるためにッ! 

 

 そして、グレネードランチャーが壁に着弾する。部屋を揺るがすほどの轟音と立ち込める黒煙。それを切り裂きながら飛び出してきたのはリオを抱えた先生。

 

「皆、私の後に続いてッ!」

「了解!」

 

 ユズの攻撃により壁に空いた人2人分程度の風穴。先生が其処へ飛び込むと同時に少女達3名も応戦を止めて敵に背を向け疾走した。背後から迫る刃とレーザーは少女達もリオも狙わない。狙うはただ一人、先生だけ。だが、初めから狙いが分かっているなら迎撃は容易い。

 

「そこッ!」

 

 小回りの利くモモイをメインに据え、精密射撃のミドリと範囲攻撃のユズをサブで運用するゲーム開発部の戦闘スタイルはきっちりと先生を守り、少女達も大して手傷を負わないまま隣の部屋……メインのコンソールルームへと飛び込んだ。

 

 ……Keyが居た部屋は『王女が玉座に至る道』と呼べるべきものに成り果てており、既に彼女のテリトリーと化している。相手のテリトリーで戦うことほど不利な事はなく、事実彼らは徐々に磨り潰されるように詰みの状況へと誘い込まれた。

 

 その状況を打破するために最も手っ取り早い方法は単純にフィールドを変える事であり、今回の場合であれば隣のコンソールルームに飛び込めばそれだけでもマシな状況を作れる。壁の強度もユズのグレネードであれば問題なく破れることは証明済みであり、それをする隙自体も数回はあった。

 

 だが、彼はどれほど不利な状況に陥っても決してフィールドをあの部屋から変えなかった。今の今まで。その理由はただ1つ。隣の部屋には人が居るのだ。

 

 荒事にはあまり向かず、個人での戦闘能力も高くない。だが、頭脳1つであらゆる状況不利を瞬く間にひっくり返す最強のワイルドカード。エリドゥ攻略における先生の切り札。

 

 またの名を────超天才清楚系病弱美少女ハッカー。

 

「ヒマリッ!」

 

 逆転への一手。アリス奪還への王手の構築をたった今終えた車椅子の儚げな少女は、漸く待ち人が来たと言わんばかりの顔で先生を見る。その顔に浮かぶは自信と信頼。必ずできるという確信。頼もしい限りだ、と内心で思いながら彼はアイコンタクト。ヒマリにとってはそれだけで充分だった。

 

「あなたの力の根源、この私が剥奪させていただきますね」

 

 悪戯っぽく笑う彼女は空間に投影されたコンソール画面を指先で叩く。先生達とKeyが戦闘していた間に1人で組んでいたプロトコルが起動した。

 

 中央タワーのメインルームに付与された最上位の管理者権限はKeyが不正に書き換え入手した権限を上回るが、それでも相手は旧文明が遺した最高峰のトリガーAI。幾らヒマリであろうと真っ向から戦えば勝算は限りなく低い。しかし、当のKeyはシッテムの箱との攻防にリソースの大部分を割り振っているのだ。そこを掠め取る様な形でヒマリは潤沢かつ莫大な電力を保有していた蓄電施設を彼女から奪取した。

 

「チッ……」

 

 出し抜かれたKeyは舌打ちを挟み再びリソースを奪い返さんとヒマリに勝負を仕掛けんとするが、シッテムの箱によるプロテクトがあると分かるや否や潔く諦めて守りの姿勢に入る。

 

 ────今保有しているリソースは中央タワーを含むエリドゥ全体の32%。特に重要な蓄電施設は奪われ、発電施設も奪われつつある。シッテムの箱と真っ向勝負してこの程度の『不利な拮抗』状態に持ち込めているのは幸運と言う他ないだろう。彼やシッテムの箱がもし万全であればもっと早く決着が付いていた。

 

「接続先を予備バッテリーに変更。出力を30%低下、箱舟顕現領域を縮小……対処します」

 

 Keyが取ったのは守りの一手。彼女の最も強力な部分は潤沢なリソースでも、個人の武力でもない。その神髄は走らせたプロトコル……アトラ・ハシースの箱舟にある。

 彼女が展開する箱舟の領域内に限れば彼女に出来ない事は殆ど無いと言っても過言ではない程、その性質は全方位に優れており隙も無い。端的に言ってしまえば、これを維持しているだけで勝てるのだ。

 

 故に無意味な攻勢は取らず、守りを固める。主電源を肉体に直接接続された予備バッテリーに切り替えたとはいえ、そこに蓄えられている電力もそれなりに多い。無駄な使用を控えれば先生達程度であれば余裕で磨り潰す事が可能。勝利は揺ぎ無かった。

 

 しかし、誤算が1つ。此処にはKeyの強さをよく知っている者が一人だけ存在する。対話を重ね、絆を重ね、時間を重ね。アリスを除く万象に対して閉ざしていた心の扉を、その粘り強さとひたむきさで開いた彼が居る。

 

「君ならそうすると思ったよ、ケイ」

 

 最初から分かっていた。知っていた。彼女は幾度となく言葉を交わし、心を交わした生徒なのだ。僅かな律動でその心根を読み取れる。思考の癖や取る戦術の特徴すら把握している彼がKeyの勝ち筋を見落とすはずがない。

 本気で勝ちを狙うなら防衛に徹して相手のミスを待つか、若しくは体力切れを待つ。態々リスクを背負ってまで攻勢に転じる必要はない。安全策を取るだけで勝てるならそれに越した事はないだろう。

 

 ────その選択が、敗因に繋がった。

 

 薄寒い笑みを浮かべる彼を見てもKeyは苦し紛れの強がりだとしか思えない。Keyには彼の勝ち筋が全く見えなかったのだ。だが、それと同時に嫌な予感。彼は嘘や虚言を言わない。勝利を宣言するという事は、彼の中でしっかりと勝利に至るための道筋が組み上がっているのだろう。しかし、彼女にそれが分からない以上阻止する事は出来ない。

 

『先生! 発電施設の切断が完了しました!』

「ナイスタイミングだよ、アロナ」

『後で一杯頭撫ででくださいね! 約束ですよ、先生!』

「勿論、あとで幾らでもね」

 

 アロナとの会話を終えた彼はそのまま流れるような手つきで耳の通信機をタップ。シャーレの秘匿回線が繋がる。頼れる彼女へと。

 

「カリン────頼んだよ」

 

 言い終えるや否や、上の階から轟音が鳴った。

 

 

 ▼

 

 

「合図来た、ノアッ!」

「はい、環境変数の入力を開始します」

 

 エリドゥ中央タワーがよく見えるビルの屋上。待ち望んでいた合図を受け取ったユウカは無数のケーブルが接続されたPCのキーボードの前に座り、ノアとの共同作業を開始する。要求される無数の変数、それを理数系に特化した知能で次々に定数へ固定。その数値を受け取ったノアがシステムに組み込んで動作の安定化を図る。

 

 ケーブルの先にあるのは巨大な機械。全長10mにも及ぶそれは巨大な銃。先生がクラフトチェンバーで呼び出した────他の世界線でエンジニア部が作成した長射程エネルギーキャノン。

 

 開発コンセプトとして掲げられたのは射程。『全てのアンチマテリアルライフルを過去にする』という心意気で開発されたこの武装は、その心意気通りのスペックを叩き出した。

 

 有効射程距離は10kmを超え、ドローン等の視覚補助を使用すれば更に延長可能。文字通り地平線の向こう側のターゲットすら撃ち抜く事ができる。

 威力に関しても申し分がない。寧ろ過剰とも言えるほどで、有効射程距離内であれば戦闘機の爆撃すら防ぐシェルターを数枚纏めて貫通する。

 

 だが、その代わりに取り回しが絶望的になった。

 射程を突き詰めた結果、その全長と重量は当初の想定から1桁増加。要求する射程で求める威力を発揮する弾丸が無かったためエネルギーに方針を転換したのは良いが、銃本体に取り付けるエネルギーパックによってネックだった重量は更に増加。とてもではないが持ち運びなんて夢のまた夢。運搬に難がある、という言葉で済ませる事ができないほどに扱いが困難になった。それこそ、これを有効活用するには固定砲台くらいしか手段がないと言い切れるほどに。

 

 カジュアルに持ち運べる銃器……キヴォトスにおける需要からかけ離れた形になってしまった新兵器。通常の部活であれば予算の回収も見込めない金食い虫の開発なんてストップするだろうが、当然の如くエンジニア部はアクセルを全開。重量という枷から解き放たれた彼女達はあれもこれもと実験段階の機能を盛り込み、情熱を注ぎこんだ。

 

 そうして出来上がった銃がこの怪物。単体運用での有効射程は12.3km。視覚補助ドローンを使用すれば18kmまで延長。最大射程は30kmとなる。

 エネルギーを高圧縮し撃ち出す事により距離減衰を物ともしなくなった代わりに効率が悪化。一発でカートリッジを交換しなければならなくなり継戦能力も劣悪になってしまったが、威力は高められた。

 オペレーターを動員する事ができれば射撃精度が向上し、羽虫すら正確に撃ち抜く事ができるほどの照準制度を実現可能だ。

 その他スマートウォレット、NFC、Bluetoothも完備。余剰スペースとなった冷却装置の横には冷蔵庫が取りつけられ、排熱装置は暖房器具替わり。こたつにもなる。

 

『実用性? 何それ美味しいの?』と言わんばかりの銃器はロマン全振り。完成させた彼女達の眼の輝きは凄まじく、新しいおもちゃを与えられた子どものようにはしゃいでいた。

 

 ────どれも過ぎ去った思い出。もう戻れない尊き過去。それを未来に連れて行くように、彼は最後の生であるこの世界で設計図を形にした。忘れないように。何時でも思い出せるように。

 

 その思い出が、一人ぼっちで泣いていた少女を救う術となる。

 

 エンジニア部はアリスに剣を与えた。アリスが勇者であるための剣を。アリスがアリスであるための繋がりを。皆がアリスを大切に想っている事の証明を。

 

 そして、今は────エンジニア部の作りし刃が少女を縛る鎖を解き放つ。再びアリスが彼女の信じる勇者として立てるように。アリスとして結んだ繋がりを取り戻せるように。

 

 アリスの事はずっと大切だと、世界へ叫ぶため。

 

「演算終了、ノアッ!」

「入力完了しました! 射撃タイミングをカリンさんに譲渡します!」

「了解した」

 

 全ての環境変数を計算し、入力し終えた2人は振り返る。巨大な銃の隣にはケーブルで繋がる射撃ユニットがあり、カリンはそこでうつ伏せになりながら照準を定める。

 

 初めて使うエネルギータイプの銃。初めて使う巨大なライフル。加えて、カリン自身の傷も完全には癒えておらず、連戦続きで集中力も切れかけ。人銃一体の極地である狙撃を行うにしては条件もコンディションも悪かった。

 

 それらの悪条件を補うために2人が環境変数を予め入力してくれたとはいえ、最終的に照準を定め引き金を引くのはカリン本人。過信はできない。

 

「ふ、ぅ……」

 

 引き金にここまでの重さを感じたのは久方ぶりだった。幾度となく冷静にターゲットを撃ち抜いてきた彼女がこれほどの緊張を覚えたのはコールサインを貰う前……それこそ、C&Cとして初の任務に赴いた時以来だろう。

 指に感じるのは命の重さ。責任の重さ。この一射が全ての明暗を分ける。アリスだけではない。このエリドゥにいる全ての運命がこれで決まるだろう。カリン自身も、部長(ネル)も、先生も。外したら、なんて考えるだけで身の毛がよだつ。

 

 だが、不思議と外す予感は無かった。在るのは直撃の未来。カリンは眼を鋭くし、最終調整に取り掛かった。

 

 ────この一射。このためにアスナが、アカネが、コユキがビルの下で無尽蔵に沸く機械兵を相手に全力で戦っている。このビルに一体たりとも通さないように総力を挙げて足止めをしているのだ。カリンに逆転の可能性を託して。カリンならば必ず当てれると信じ、命を預けた。その信頼を、裏切りたくない。

 

標的(ターゲット)固定(ロック)

 

 キヴォトス最高峰のスナイパーであるカリン。鷹のような眼が射貫く先は神秘をばら撒き、エリドゥ各地に異空間に繋がる孔を広げている────エリドゥ中央タワーの頂点に座す電波塔、その根元。

 

 悲劇と争いの根を根源から絶つようにカリンは運命の一射を放つ。

 

「外さない……ッ!」

 

 青白い燐光がエリドゥの空に奔り────その目標を過たず撃ち抜いた。

 

 

 ▼

 

 

 幾重にも亀裂が走り、火花を散らしているモニターに映るのは根元から吹き飛ばされた電波塔が重力に引かれてゆっくりと落下していく様。鳴り響く轟音、揺れる天井、割れる窓ガラス。その光景はあまりに非現実的で、手配した本人である先生以外は全員茫然としていた。

 

 一応、ヒマリは『神秘を散布している電波塔はどうにかする』と彼から聞いていた。しかし、その具体的な方法を聞くよりも先に何をすればいいのか聞いてしまったため手段は実際に見るまで聞けず。頭脳派の彼らしくハッキングやら何やらで華麗かつスマートに解決するのだろう、と彼女は想定していたのだが……蓋を開けてみれば脳筋もびっくりなゴリ押しかつ物理的な解決方法。『先生は案外、そういうタイプなのでしょうか?』とヒマリの中の先生に対するイメージが若干揺らいでいた。

 

 尤も、彼としては『取れる手段としてこれが一番早いから』というだけで選んだだけであるが。ゴリ押しするTPOはちゃんと弁えている。

 

 そして、彼以外にもう一人。非現実な光景を無表情で眺めるのはKey。計画を状況有利ごと木端微塵に壊されたというのに、驚きはない。寧ろ、彼はこの位はすると思っていた。

 

 彼は戦闘……特に何か大切なものが関わっている時に関して全く隙が無い。只管最短ルート、最速ルートを突き詰め、詰将棋を行うように戦術指揮を取る。この状況も彼が想定したパターンの内の1つ、という事だ。

 

「これで増援は無くなった。あとはエリドゥ内部にいる追従者を掃討すれば君に集中できる」

「元より私しか見えていないでしょう、先生は。この程度の雑兵、貴方の認識では盤面の駒に過ぎません。勿論、貴方にとっては脅威でしょうが……最優先事項は変らず王女(アリス)です」

「あぁ、そうだね。私はアリスとケイしか見ていないよ」

 

 地震のような巨大な振動が床を揺らす。恐らくあの電波塔が地面に落下したのだろう。エリドゥ中央タワーの周りにいる生徒は入り口を防衛しているエイミを除いておらず、彼女も少し前にタワー内部に避難した。故に落下に巻き込前れたのは機械達だけ。まあまあ良い成果と言えるだろう。

 

「さて、これで不利だった状況もイーブンに縺れ込んだ」

「イーブン? 面白い事を言いますね。ここに呼び寄せた追従者の数は3000体に及びます。その内、残存個体は2815機。エリドゥ内部の戦力で御し切れるとは思いません」

「確かにエリドゥ内部に限定すればそうだろうね。でも、私はあらゆる生徒が所属可能なシャーレの責任者だ」

「ッ……成程、温存していましたか。ですが、想定内です」

 

 モニターが切り替わり、エリドゥ各地で学園も所属もバラバラな生徒達が追従者を相手に抗戦している様子が映し出された。彼女達の共通点はただ1つ、シャーレの先生である彼と交流がある事。それだけを縁にして彼女達は此処に集まり、キヴォトスの未来を脅かす敵意と戦っている。

 

 つい最近、シャーレの提言により正式な生徒会として認可されたアビドス対策委員会。

 戦闘能力こそ申し分ないが、やる事の規模が他の部活と比べると微妙に小さいゲヘナの小悪党……名前は確か、便利屋68だったか。

 トリニティの権力中枢(ティーパーティー)から完全に独立し、独自の基準の元で市民の安全を守るトリニティ自警団。

 内部の動きが若干きな臭くなりつつある百鬼夜行の……恐らく非認可の部活。

 泣く子も黙る七囚人、災厄の狐。

 

 そして、それ以外にも。

 

「あ、あれはまさか……!」

 

 モモイが指差すはモニター中央。ポイントは丁度、彼女達の記憶に強烈なインパクトを残したアバンギャルド君と戦った場所であり、体力の限界を迎えていたエンジニア部と別れた場所。

 

 そこには原型を僅かに残す程度に壊したはずのアバンギャルド君が復活し、追従者を相手に暴れ回っている光景が広がっていた。

 ネルとトキの戦闘の余波により罅割れ崩れた道路を物ともせず、背中のアームに取りつけられたドリルを呻らせレールガンとガトリングで並み居る障害を薙ぎ倒していく姿は頼もしい事この上ない。しかし、少女達には風邪を引いた時に見る夢のように見えた。色々と突拍子が無さ過ぎる。

 

 ダサくも愛らしい気がする頭部には赤いブレードアンテナ、ボディ正面にあったミレニアムの校章はマキが作ったヴェリタスのロゴに塗り替えられ、バズーカと黄金長方形のシールドはドリルに、アサルトライフルをレールガンに変更。相変わらず見た目はアレであるが、その戦闘能力に翳りはない。寧ろ強化されている。

 

 これらの強化と仕様変更を行ったのは当然────。

 

『怪しい気配を事前にキャッチ! エンジニア部が華麗に復活しましたよ~!』

『あちこちに不思議なセンスの機械がいっぱいあるね』

『恐らくこれが……会長が言っていた廃墟から溢れた脅威なのだろうね』

 

 現在進行形で暴れ回っている不思議なセンスの機械(アバンギャルド君)の事を棚に上げ、機械に対する造詣が深い彼女達は各々不思議なセンスの機械(追従者)を見る。データや言伝で見聞きしたことはあるが、実際に肉眼で見るのはこれが初めて。

 

 成程、確かにキヴォトスに存在するオートマタやドローンとはそもそも設計思想が異なる。不気味で怖い、と口を揃える理由も分かるというもの。些か、この機械達は血の臭いが濃すぎる。

 

 30秒にも満たない時間で粗方の特性を見抜いたウタハは口元に手を当て、上品に『ふふ』と笑う。

 

『ならば、私達も負けていられないね。相手が廃墟から這い上がって来た怪物なら……こちらは宇宙(そら)を目指す技術者』

 

 地下から這い上がり、地上に住む命を脅かすならばお帰り頂くまで。全員残らず地下に叩き返してあげよう。

 

『丁度、この子のデザインと武装、システムをエンジニア部(私達)とヴェリタスの手で一新した所でね。試運転に付き合ってもらうよ』

『はい! 敵の敵は味方! 私達が改造した敵も味方です!』

『うん……今回は特に、今後開発予定の宇宙戦艦でも使える武装を試験的に付けたから』

『ふふ……幾ら廃墟の怪物だとしても、アバンギャルド君Mk.2の敵じゃあない』

 

 新しい玩具を与えられた子どものように目を輝かせ、アバンギャルド君Mk.2の快進撃を眺めていた少女は工具を仕舞い、各々の銃やドローン、雷ちゃんを展開する。

 

『それでは行こうか! 突進ー!』

『はい! 廃墟のザコをお掃除しちゃいましょう!』

『お~!』

 

 風邪を引いた時に見る夢よりも取っ散らかっている現実を見たモモイは眼をパチパチと瞬かせて。

 

「アバンギャルド君を改造して……宇宙戦艦を……? え? 何言ってるの?」

「宇宙戦艦は浪漫だからねぇ、仕方ないよ。私達はいつだって最果ての星を目指さないと」

「えっと……先生が何を仰ってるのか、よく分かりません……」

 

 微妙に緊張感が無い会話を繰り広げている傍ら。部屋にミニチュアフィギュアを置くほどアバンギャルド君を気に入っていたリオは変わり果てた機体を見て。

 

「アバンギャルド君……」

 

 と、少々悲しさを滲ませる声で呟いた。

 

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