シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
本日から投稿を再開します。
最強の会合
キヴォトス三大マンモス校が一角、ミレニアムサイエンススクール。少し前は蜂の巣を突いたような慌ただしさだったが、それも時間が経てば少しずつ収まり、今は普段通りの様相を呈している。
教室に向かう人影。部室に向かう人影。売店に、寮に、実験棟に。或いは、構内から出て自治区の方へ向かう生徒もいる。何の変哲もない、いつも通りと言う他ない平和な日常。
「────」
その光景をネルは窓の外から見下ろしていた。プラプラと揺れる足。頬杖を突いて流し目で眺める景色は何の変哲もないからこそ美しい。彼女はミレニアムが好きだ。この学園と、この学園に通う生徒の事を好いている。代わり映えの無い日常、誰もが笑い合える毎日こそが尊い。それを改めて知った日はここ最近。暴力に秀でた己が学園の秩序として立っている事にはきっと意味がある。
「平和だなぁ……」
ネルは学園に帰還して直ぐにアカネの手により、トキと纏めて病院に叩き込まれた。だが、持ち前の頑丈さと治癒能力によりほぼ瀕死の重傷から僅か2日で完治に近い状態になり、想定よりも随分早く復帰した彼女は珍しくデスクワークを買って出る。これには流石にユウカやノアは勿論の事、彼女をよく知るアカネや先生もかなり驚いた。
だが、その申し出は猫の手も借りたいセミナーにとっては非常にありがたく、ノアは膨大な書類が入ったPCを「期日は明後日までですよ」という恐ろしい言葉と共に満面の笑みで手渡し……ネルは『絶対病み上がりの奴にやらせる量じゃねぇだろ』と内心でぼやきながらも慣れない書類仕事をアカネと共に完了。
それ以外にも細々とした調査やデスクワークを熟し、それらが漸く落ち着いたころにネルとトキの退院祝いの打ち上げとトキの歓迎会を複合させたパーティーが開催されて、今日に至る。
今はアスナ、カリン、アカネはセミナーからの依頼で席を外しており、トキも特異現象捜査部の方に出向いているため、コールサイン持ち用のだだっ広い部室にはネル一人。銃もメンテナンスに出しているため手持ち無沙汰で、構内を歩く気分でもない。ゲーム開発部の部室にでも遊びに行こうか、と思っても、そういえば今日はシャーレに遊びに行くから居ないと数日前に
結局、窓の外から景色を眺める以外にやる事もやれる事もなく、ただ彼女はぼうっと見下ろしている。
思い出すのはあの日の事。アリス奪還作戦の最終局面、トキと背中合わせで無名の守護者を相手にして────己に匹敵する『最強』に出会った。
▼
振り下ろされる銀の刃。音速に迫る速さで以て狙う場所は首。胴体と泣き別れさせんと鋭利な殺意が襲い来るが、ネルは不敵に笑う。嗤う。その程度の速度、鋭さ、重さで首を断とうなど片腹痛い。
ネルは犬歯を剥き出しにして口を開き────横薙ぎの銀閃を咥えた。その在り得ない光景に一瞬搭載されたAIの判断が鈍るが、このまま刃を押し込む事を瞬時に選択。だが、幾ら力を加えようとも刃はピクリとも動かなかった。
混乱を手に取るように感じ取ったネルは笑みを深め、咥えるだけだった口に力を入れて刃を噛み砕く。キラキラと舞う刃の破片は宛ら硝子細工。
「ハッ! 我楽多如きがッ!」
単なる無害なケーブルとなった触手を乱暴に掴み、無理矢理引き寄せて銃口でカメラアイを貫通し、メインCPUを粉砕。完全に沈黙した無名の司祭を砲丸代わりに投げ飛ばし、周囲一帯の雑兵を纏めて薙ぎ払った。
「アタシに勝とうなんて万年早ぇ!」
MPXのトリガーが引き絞られると共に破壊音が鳴り響く。眼に見えて減っていく機械兵達だが、増援の足音は聞こえている。恐らく少し時間が経てば数は元通りになるだろう。こうなると心配なのは残弾。先生が大量に替えのマガジンを置いて行ったため、今すぐ枯渇することはないだろうが、それでも際限なく湧き出る機械と物量勝負するのは分が悪い。別に素手でも戦えるが効率は落ちてしまうため、あまり歓迎できない。であれば発生源を直接叩く事ができれば一番手っ取り早いが……そもそもどこが発生源なのか分からないため候補から除外。
「結局、眼の前の雑魚どもを片すしかねぇって事か」
マガジンを落とし、新しいものへと交換。鋭い眼光で戦場を俯瞰し、最後に自身の後ろで背中を任せているトキを見る。彼女も随分と余裕そうであり、その表情に疲れは一切見えない。ネルが認め背中を預けた猛者にしてコールサイン持ちの一人なのだ、この程度の雑兵は幾らでも相手できるだろう。
当然彼女のカバーは必要ない。伸び伸びと戦わせていれば勝手に成果を出す。ネルは眼の前の敵を倒す事だけに集中していれば良い。あとはネルとトキが敵を倒し続けている間に、先生とゲーム開発部が全てに決着をつけてゲームセットだ。
そうして、気合を入れ直し敵に向き直った時────廃ビルの角から気配を感じた。
「────ッ!」
風切り音。張り詰めた殺気と、トリガーに掛けた指先。ネルは右手に持つSMGに全神経を注ぎ、眼前に突き付けられたSGの銃口と、その先にあるオッドアイを見た。
────このアタシが、この至近距離に入られるまで気付かなかった。卓越した気配遮断と隠密性。しかもそれが専門じゃないときた。装備を見りゃ分かる、コイツは真正面からの打ち合いがメイン。盾を持ってるが、筋肉の付き方から鑑みるに恐らく本来の戦闘スタイルは防御を捨てた攻撃特化型。身のこなし、身体能力、神秘の総量。どれを取っても超高水準。総合力はアタシ並み、下手すりゃそれ以上か?
ネルは内心で唾を呑む。この感覚……背筋に氷柱を入れられたみたいな緊張感と高揚感。研ぎ澄まされた戦闘勘が眼の前の少女を紛れもない強者であると訴えかけている。直近でこの感覚を覚えたのはトキと初めて対峙した場面だろうか。
だが、今回は少々事情が異なる。確かにトキは強い、キヴォトスに於ける上澄みも上澄みだ。しかし、トキ本人のスペックは最上位のネルに及ぶものではなく、リオが配備した各種装備といった絡繰りによりその強さを底上げしていた。
けれども、眼の前にいる少女は違う。トキのような絡繰りは一切ない。純然たる己のスペックのみでネルに匹敵、あるいは凌駕しているのだ。自身と並ぶ猛者と云えばゲヘナ最強と名高い空崎ヒナか、トリニティの歩く戦略兵器こと剣先ツルギか。だが、彼女はその何方でもない。
……敵ではないだろうが、警戒するに超した事はないだろう。
「……誰だ、テメェ」
突き付けられた銃口に驚愕したのはネルだけではなく、彼女……小鳥遊ホシノもそうだった。
────早い。初動は私の方が速かったのに、構え終わりはあっちの方が速かった。早撃ち勝負なら負けてた。反応速度が常識を逸している。怪我だらけで体力も限界が近いだろうに、この速さと精度。身体の使い方から多分戦闘スタイルは攻撃偏重のインファイト特化、でも得意なのがそれってだけで戦場は選ばないだろうね。出来れば戦いたくないタイプの子だ。
先に銃を引き抜いたのは間違いだったかもしれない。加えて、負傷者を保護するまで無駄な接敵を避けようと隠密に徹していた事も裏目に出た。初めて会った話の通じそうな彼女に無駄な警戒心を抱かせた事は良い事と云えないだろう。
「うへ、熱烈な歓迎だね。これがミレニアム流なのかな? 毎回凄く嬉しがられるんじゃない?」
苦笑いしながらホシノは構えた銃を下す。交戦の意志はない、という証明。それを受け取ったネルは怪訝そうな顔をしながら同じく銃を下した。
「分かってるじゃねぇか。ただ、皆してアタシ等が帰る時に大喜びしてるんだけどな」
ホシノが目配せとハンドサインを送ると、物陰から2名の生徒が出てきた。制服からして百鬼夜行とゲヘナだろう、とネルは当たりを付けるが……更に疑問は深まる。
「で、何の用だ。ここはミレニアムの最高機密に近い部分、他校の生徒の無断侵入は自治権の侵害と見做して実力行使で排除するぜ?」
「血の気が多いな~、でも大丈夫。ちゃーんと許可は貰ってるよ」
「へぇ、誰からだ?」
「
「……つまり援軍か」
疑問が氷解したネルは最後の砦であった警戒心を解き、一旦彼女達に味方のレッテルを張り付ける。其れを感じ取ったホシノも一歩前に踏み出して、聞きたかった事を投げかけた。
「そうそう。で、私達は人探ししてるんだけど……この辺に結構重傷な子達がいるらしくて、その子達の保護がおじさん達の任務なんだよね~。で、探してる子の名前は美甘ネルちゃんと飛鳥馬トキちゃんなんだけど……君達でしょ?」
「正解だ。全く、先生もお節介を焼きやがる」
「でも、そういう根っからのお人好しな所が良いんじゃない?」
「違いない」
ネルとホシノは適当にトリガーを引き絞り近寄って来た機械を一瞬で壊滅状態に追いやる。それは宛ら暴風雨が二つが増えた如く。既に勝ち目が那由多の彼方だった無名の守護者であったが、その勝ち目すら最強を前に立ち消えた。
「二人とも、任務変更。ネルちゃんとトキちゃんと一緒にこいつ等を掃除するよ」
「承知! イズナ、参ります!」
「は、はい! 全部ぶっ壊します!」
左右に展開するイズナとハルカ。ネルの隣に立つホシノ。トキは我関せずと言った様子で己の敵を倒し続けている。連携なんて取れる訳もないが、各々が単騎で戦うだけでこの戦場は充分すぎる。
「アンタ、名前は?」
「小鳥遊ホシノ」
何処かで聞いた覚えがある、と思ったネルは脳内のライブラリを検索し……そしてすぐ見つかった。
小鳥遊ホシノ。アビドス高等学校生徒会の元副会長にして、最近認可されたアビドス対策委員会の委員長。そして────暁のホルスの異名を持つ最強が一角。アカネが言っていた各校の要注意人物の一人。表舞台に戻って来ていたのは知っていたが、こんな所でお目に掛かれるとは思ってもいなかった。
「へぇ、アンタがあの……」
「うへ、おじさんってば有名人?」
「あぁ、こんな状況じゃなけりゃ
「それは勘弁してもらいたいな~、おじさんも年だからね」
「ハッ、冗談が上手いな。まだまだ全盛だろ」
アビドス最強とミレニアム最強。先生の縁が結んだ奇妙な共同戦線が此処に張られた。
▼
撃破スコアで負けたのは正直気に食わない。勿論彼女が到着する前に撃破した数を入れれば勝てるが、それはフェアではないだろうし、そんな事を言えば際限なんて無くなってしまう。単なるMPXではなく愛銃たるツイン・ドラゴンであれば。身体が万全であれば。そんなIFには意味がない。ホシノはあの時、同条件のネルに撃破数で勝った。それだけが真実だ。
────それにしても、彼女の戦いは無駄が無かった。ショットガンと盾の使い方は熟練という言葉すら侮辱になるほど。研ぎ澄まされ、削ぎ落され、洗練された戦闘スタイルは最早芸術品と呼べるものであり、美しさすら感じてしまう。
「アイツとは
城砦を相手にしているのかと見紛う防御を自分ならどう切り崩すか。圧倒的な瞬間火力を持つショットガンをどう掻い潜るか。攻めと守り、何方に回ればより効果的か。脳内シミュレーションで何十戦と戦っているが有効打を一回も与えられず、互いに千日手。ここまで苦労する相手に出会ったのは久方振りで、どうしても高揚が抑えきれない。
────だが。叶うなら、全力の彼女……盾を捨てた超攻撃型のスタイルの彼女とも戦いたい。それが彼女の今のスタンスと願いに背くものだと分かりながらも、いつか記録で見た苛烈な戦い振りを目の前で見て、対峙したい。
「……楽しみが増えちまったな」
「何が楽しみなんですか?」
眼の前から声が聞こえたから流し目で見ると、整った姿勢で椅子に座っているトキが無表情……否、微妙に疑問符を浮べながらネルを見つめていた。
「あのなぁ、帰ったんだったらなんか一言言えよ」
「コールサイン
「今じゃねぇよ」
ネルは『コイツってこんなに愉快な奴だったんだな』と何回目かも分からない感想を抱いて溜息を吐いた。
「んで、どうだったんだ?」
「予定通り、暫くヒマリ先輩の元で働くことになりました」
「そうか。なら序にアビ・エシュフも直してもらえ。ヒマリなら出来るだろ」
「えぇ、ネル先輩が壊したアビ・エシュフを直してもらう事にします」
「喧嘩売ってんのかお前」
「冗談です……この任務が終わったら、私は────」
「
ネルの言葉にトキはその表情を分かりやすく綻ばせて。
「はい、ネル先輩。飛鳥馬トキ、これより長期任務に向かいます」
「あぁ、行ってこい」
▼
────後日。
『あ、ネル? なんかトキがシャーレでメイド活動を始めたんだけど……』
『ネル先輩、聞こえていますか? ピースピース』
「何やってんだテメェ」
電話越しから聞こえる愉快な状況にネルは何度目か分からない溜息を吐いた。