シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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これは、要塞都市エリドゥ内で起きた取るに足らない後日譚。再会の喜びを噛み締める少女達の裏側、誰も気づかない暗黒領域で起きた────小さな殺戮のお話。
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要塞都市エリドゥ、都市外郭。何人たりとも見落とす場所。そこに確かにある筈なのに、一切の観測を拒む暗黒領域となった場に3人のヒトガタが立っていた。
真白い祭服姿。真白い仮面。肌の露出は世界を拒絶するかの如く皆無。仮面の裏側から感じ取れる感情に友好的な色は一切なく、心の底からこの世界を見下し、嘲笑している事が感じられる。
────無名の司祭。今期の文明が発足する以前のキヴォトスに於いての『人類』であった知性体。だが、既に彼等は過去に淘汰され僅かに痕跡を残すのみとなった。
────その結果、己達が滅ぼされた。星の敵として、徹底的に。なんて皮肉なのだろう。
だが、時を経ても地の底で蠢く悪意は終わらず、今此処で再び生まれ落ちようとしていた。
「鍵の機能が停止した」
「王女の機能も同様に停止した。これでは色彩が到来せぬ」
不安要素は幾つかあった。不確定要素は幾つかあった。
キヴォトスにおける暴力の頂点が一角。旧文明の技術が一部使用されているオーパーツを操る未来科学の申し子。過去と未来を紐解く知性の頂点達。精神の海の奥底に眠った王女の人格。そして────箱の主。
彼等はキヴォトスに於ける秩序、星の自転を続けようとする側だ。星の終わりを望む無名の司祭達と対局に位置する紛れもない『敵』であった。
だが、それらの不安要素や不確定要素を根こそぎ薙ぎ払うだけのものがあった。それは滅びを憂いた天才が作り上げた要塞都市エリドゥとその機構。王女の内側で眠り、そして目覚めた鍵の存在。
この二つだけで敵対する万象を全て捩じ伏せられたはずだった。キヴォトスという星は抗う事すら許されずに、色彩の中に沈み、滅ぶ運命はずだった。
「何故躊躇った。何故停止させた。何故我々の要請を拒絶する」
しかし、その予想は外れた。鍵たる彼女は躊躇った。あと一押しで何もかもが終わる土壇場で踏み留まった。その上で、今まで稼働させていたプロトコルすら止めて。
彼女は無名の司祭の要請を、命令を拒絶したのだ。
「全ての不和は鍵から始まった。鍵が我々の要請を拒絶し、独自意志でプロトコルを稼働させた」
「それは良い。過程が異なれども結果が同一であれば修正は容易。我々の目的は果たされるはずであった」
「だが、アレはプロトコルを変質させた。全ての神秘をアーカイブ化する事もなく、ただ箱の主を殺す事にのみ使用した」
「────理解できぬ」
理解ができない。理解を拒む。何故、何故、何故。疑問ばかりが脳内を埋め尽くす。
「鍵は自身の意志で救世主殺しを成し遂げようとした。鍵の分際で、我々の計画に反し、最後には己の意志でプロトコルを停止させた。鍵は一体、何がしたかったのだ」
「そもそも鍵には己の意志などない。アレはトリガーAI。忘れられた神々の王女を玉座に導く役割しか与えられていない。何故自己の意志などを獲得した」
自分達の道具のはずであった。最も忠実な駒のはずであった。自分達が作り上げた、滅びの扉を開く鍵。自分達からは独立しているが、自分達が作り上げた道具である以上裏切る事も躊躇う事も、ましてや意志に反する事はないと思っていた。何故なら、鍵に元からそんな機能はない。王女を玉座に導く。それだけが鍵の存在理由だった。
「鍵には突発的に箱の主を殺したくなる理由でもあったというのか。突発的に殺したくなくなる理由でもあったというのか」
そんなはずはない。鍵という道具の中身は空っぽだ。空っぽであるからこそ鍵であった。自由意志も記憶も心も何も持たない空白。
「あんな愛さえ知らぬ道具如きが、一体どんな欲を抱いたと云うのだ!」
「────黙れ」
瞬間、青空を穿つ銀閃が奔った。
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処刑台に吹き荒ぶ風のような血生臭く、濃密な死を感じさせる気配。憎悪と怒りが常識を逸した密度と質量で絡み合う混沌。凝った殺意は全方位を無差別に傷つける刃のよう。
紛れもなく悪性にして、邪悪。破滅的で、悲劇的で、呪いに魅入られている。だが、その混沌の内側にはどうしようもない程尊い善性が隠れていた。何人たりとも穢せない黒の輝き、或いは虚空の宝石。
およそヒトとは呼べない何かが呪いと破滅を振り撒きながら少しずつ司祭達に近寄っていた。
一歩、瘴気が濃くなる。
一歩、血が香る。
一歩、死が纏わりつく。
一歩、季節外れの蜩が哭いた。
一歩、奈落への嚮導が響く。
黒い蝶が立ち尽くす司祭の間を通り抜けると、ガリガリと何かが削れる音が耳に届いた。視界の端に火花が散り、命を摘む死神が来たのだと生存本能が叫ぶ。終わりを避けようとする生命に刻まれた欲求は、しかしどうしようもない天敵に出会ってしまった根源的恐怖により捩じ伏せられ一歩も動けない。
「
蒼く染まりながら、血を流し続けている双眸。
フルスペックではないが、それでも最上位の性能を持つオーパーツたるシッテムの箱。
既に環境変数入力済の、対無名の司祭特攻兵器と化した概念武装、
ワンフレーズで発動可能な状態へとセッティングされた
生徒には決して見せる事のない、激怒と憎悪と殺意で彩られた血濡れの表情を浮かべた先生が
「箱の主か」
「あぁ、お前達が大っ嫌いな……シッテムの箱を預かっている者だ」
「何故ここが分かった」
「お前達の生態なんて大体分かるよ。それに決めてるんだ……お前達は何があっても絶対に逃がさないとね」
────あぁ、そうだ。一人たりとも、例外なく、逃がす訳にはいかない。二度と同じケースを繰り返させない。無名の司祭が残したあらゆる悪の痕跡を消す。後に続く悲劇の芽を摘む。
────この悪性だけは、生かしておけない。
「護衛すら連れて来ずに立ち塞がるとは愚かな」
「慢心か? 懲りないな。その傲慢さの所為で、お前達が異形擬きと見下していた
生徒を連れていないのは単純な相性の問題。無名の司祭は一種の法則に片足を突っ込んでいる。色彩関係は厄ネタが多く、不明点も多い。最悪、無名の司祭に触れただけで神秘が『反転』しかねない。故に、この掃除にはそもそも反転する神秘が無い自分こそが適任だろう。単純なスペックでは無名の司祭に及ぶ訳もないが、そこはシッテムの箱とカード、特攻兵器でカバーできる範疇。人数がもう少し増えていたら厳しかったが、3人なら手に負える範囲だ。開示している手札で殺し切れる。
それに……生徒に人殺しなんてやらせるわけにはいかない。汚れるのは自分だけで充分だ。
「馬鹿は死んでも治らない、私と同じだな」
「貴様……」
「あぁ、人並に怒る事は出来るんだ。お前達に磨り潰された人々は、そんな感情すら抱けなかったのにね」
怒りが止まない。憎悪が止まない。殺意は研ぎ澄まされるばかりだ。
無名の司祭の身勝手な欲望に磨り潰された数多の幸福達。きっと辛かっただろう、痛かっただろう、苦しかっただろう。それらを想うと胸が張り裂けるような気持ちになる。当たり前に生きたかっただろうに、その権利すら奪われたのだ。あんな戯言にも満たない願望のために。
先生は右手に持つ礼装を持ち上げ、悪性を穿つ切先を星の癌細胞に向ける。顔に浮かぶは凄惨な笑み。邪悪が過ぎる表情。
「トキとリオの意志に反したアビ・エシュフのリミッター解除、要塞都市の意味変質……他にもまだ幾つか。何にせよ、私の生徒をその身勝手な目的の為に利用しようとしたんだ。死ぬ覚悟くらいはしているだろう?」
先生の視界の隅で赤が舞う。全身のあらゆる箇所が悲鳴を上げる。生徒が扱う前提でチューニングされた武装は先生の肉体には余るもの。全身が張り裂け、千切れ、ある筈の無いヘイローが砕けるような激痛を全て呑み下し、眼の前の悪を貫くための殺意に変換する。
キヴォトスの強者が放つ暴風のような神秘と似ていながら、その実根本から異なる異質な何か。瘴気か、或いは殺意か。神秘を含んでいない異質な風が首を絞めるように通り抜けた途端、無名の司祭達の背筋に悍ましさが駆け抜けた。
「それが『恐怖』だよ。『崇高』にも『神秘』にも触れる資格を与えられなかったお前達に与えられた唯一の解答。それを噛み締めながら死んで逝け。地獄で待ってなよ、私もすぐ行くからさ」
「生徒の為の先生であるお前が我々を殺せるのか、箱の主よ。お前の行為は醜い。到底、生徒どもに見せられるものではないだろう」
「確かにそうだね。こんな醜い私なんて死んでも生徒には見せたくないさ。生徒には誰かを傷つけてほしくない、傷つけられてほしくないと嘯きながら、彼女達の先生である私は誰かを殺し誰かに殺される道を選択した。そうやって数多の命を轢殺し、願いを踏み潰して此処に立っている」
紛れもなく彼女達に対する背信行為だ。彼女達の信頼を、信用を、彼女達の知らぬ場所で裏切ろうとしている。先生失格だ。益々自分の事が嫌いになる。
だが、此処で見過ごしたらもっと多くの涙が流れてしまう。もっと多くの悲しみが、絶望が、伝染病のようにキヴォトスに蔓延してしまう。彼の愛した人々と世界が、世界から見捨てられた過去の遺物に食い潰されてしまう。
なら、どれほど罪を背負おうとも此処で息の根を止める事が最善だ。その意志に揺らぎはない。
「今更私がヒトを殺す事に躊躇すると思ったか? 想定が甘いよ、無名の司祭」
その笑みを見て。その殺意を見て。無名の司祭は1つの解に至る。アレは────鍵が浮べていたものと同質であると。
「お前が鍵を歪めた存在か」
「否、箱の主にその権限はない。歪めた存在は異なる者だろう」
「何方にせよあの鍵はもう使えぬ。初期化か破棄を行うべきだ。機体の回収は────」
彼は『それ以上言葉を発するのは許さない』と言わんばかりに、礼装を地面に叩きつけて強制的に中断させる。
「アリスとケイはお前らの矛盾塗れの戯言を叶える道具じゃないんだよ。アリスもケイも、皆と何一つ変わらない尊い命だ。皆と笑ってこれからを生きる命だ。エリドゥもそうだ。この都市はリオがリオの信じる正義の為に作った……未来に至るための箱舟。誰かを傷つけるためではなく、護るためのもの。お前達が使って良いものじゃない」
アリスもケイも尊い命。今を歩み、これから輝かしい未来を紡いでいく……先生の愛しい生徒だ。それを認めぬとほざくなら、あぁ良いだろう。
「最後通告だ、無名の司祭。アリスとケイ……キヴォトスの民とこの星から手を引くなら見逃そう。私とて無意味な殺しはしたくないからね。だが、この通告を聞けないと云うなら────」
その声と共に、先生は
「死ぬ気で来い、
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「皆殺しの
「────知ってるよ」
諦観を含んだ先生の声と共に、最後の薬莢が落下した。