シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
感想、評価、お気に入り登録、誤字報告は素早くDNAに届いて私を多幸感で包みます。
アビドス高等学校、その一室。先生を背負ったまま校内へと入ったシロコは、そのままメンバーが集まっている部屋のドアを開け放った。
「ただいま」
「おかえり、シロコ先輩」
如何にも文芸部室と云った部屋の中には、ホワイトボードと長机、スチール棚にぎっしり詰まったファイル。時折、テーブルの上に見える弾薬と銃器が物騒ではあるもののキヴォトスでは一般的な風景だ。銃火器はキヴォトスに置いてはライフラインの一つであり、生活に欠かせない物である。自衛用の銃すら懐に忍ばせていない先生がキヴォトスでは異端も異端なのだ。
部屋の中には猫耳と黒髪のツインテールが特徴的な少女────黒見セリカと、赤縁の眼鏡を掛けた少女────奥空アヤネ、服の上からでも分かる抜群のプロポーションと明るい髪色を持つ少女────十六夜ノノミ。
彼女達は仲間を出迎えようと顔を上げて──────。
「──────うわっ!? 何!? そのおんぶしているの誰!?」
シロコに背にもう1人いる事に最初に気づいたのはセリカ。彼女は背負われ脱力している大人の男を視界に収めて瞠目する。大切な友人が殺人犯(推定)になった瞬間であった。
「わぁ、シロコちゃんが大人を拉致してきました!」
「拉致!? もしかして死体!? シロコ先輩、ついに殺っちゃったんですか……!?」
「皆落ち着いて、バレなきゃ犯罪じゃないわ! 死体を隠す場所を探すわよ! 体育倉庫にシャベルがあるから、それで──────」
セリカの声に2人の生徒が集まり、更に騒がしくなる。彼女達はシロコに背負われている先生に対して思い思いの反応を見せ、拉致だの死体遺棄だのとんでもない事を言い出し、何とか友人の罪を無かった事に出来ないかを模索している。これはこれで美しい友情なのかもしれない。
そして、普段どんな目で見られているのか心配になる程の心ない扱いと言葉にシロコは何とも言えない表情を浮かべている。表情変化が少し分かりにくい彼女にしてはかなり珍しい、割と心外そうな表情であった。そんな彼女の愛らしい顔を特等席で眺めた先生は。
「……これ、死んだふりした方が面白い?」
「死体が喋った!?」
「言葉のナイフ鋭すぎないかなぁ!?」
心無い言葉パート3である。矛先はシロコではなく先生であるが、切れ味はシロコの時よりも増している気がする。
なお、先生は那由多の果てまで屍を重ねているため死体扱いも強ち間違いではないのだが、それはそれだ。この世界の自分はまだちゃんと息をしている。
「いや……普通に生きている大人だから。死体でもないしゾンビでもない。うちの学校に用事があるって云われて」
シロコがそう言って訂正すると、3人の動きが示し合わせたようにピタッと止まった。そして、3人は彼女の発言内容を咀嚼し、恐る恐る口を開く。
「……えっ? 死体じゃ、なかったのですか?」
「拉致ではなく、お客さん?」
「そうみたい」
シロコにおんぶされている彼がお客さんであると分かると、3人は顔を見合わせ……その後、先生を見つめる。視線の色は好奇心、興味、疑い……その他諸々。中には『いい加減降りたら?』と言わんばかりの視線もあったが、先生は見て見ぬふりをした。タイミングを見失ったんです、と言い訳して。
「びっくりしました。お客様がいらっしゃるなんて、とっても久しぶりですね」
「そ、それもそうですね……でも、来客の予定なんてありましたっけ……?」
「えっと、死体でもなくて拉致でもなかったとしたら、この人は一体誰なの?」
「それは──────」
続きの言葉を綴ろうとしたシロコを止めたのは、背負われている先生だった。彼は『自己紹介くらいは自分でやるよ』と言わんばかりにシロコの言葉を手で優しく遮り、彼女の背から降りる。少し乱れたスーツとコートを整え、胸ポケットに入れていたIDカードを晒して。
「初めまして。アビドス高等学校の方々。私は連邦捜査部シャーレの顧問だ。君達の手紙を頂き、此方に参った次第です──────なんて、ね。気軽に『先生』と呼んでくれると嬉しいな。よろしくね」
彼はその顔を耽美に歪めて、笑う。堅苦しい挨拶と、少し冗談めかした口調で雰囲気を柔らかく。首元で揺れるIDカードにはシャーレと連邦生徒会のロゴ、羽織っている白のコートもシャーレの刺繍が施されている。よく見ると、顔もクロノススクールがアップロードしていた動画に映っていた人物と一致している。
まず、間違いなく本物のシャーレ顧問……それが分かった瞬間、3人は驚き、手を取り合って歓喜した。
「え、ええっ!? まさか!?」
「連邦捜査部『シャーレ』の先生!?」
「わあ! 支援要請が受理されたのですね! 良かったですね、アヤネちゃん!」
「はい! これで……弾薬や補給品の援助が受けられます!」
その喜びを見て、彼もまた顔を綻ばせた。彼女たちの孤独な戦いに一先ずピリオドを打てたことに喜びを感じて。特に、彼に手紙を出したアヤネは目じりに小粒の涙を浮かべていた。本当に、藁にも縋る思いだったのだろう。この笑顔達が見れただけでも彼の数日に渡る砂漠での移動の努力が報われる気がした。
「あ、早くホシノ先輩にも知らせてあげないと……」
そう言ってアヤネは部屋をキョロキョロと見渡すが……部屋には先生を含めて5人しかいない。ホシノと呼ばれる少女はこの部屋にはいなかった。
「あれ? ホシノ先輩は?」
「委員長は隣の部屋で寝てるよ。私、起こしてくる」
そう言って部屋を出ていくセリカを見送り、アヤネは改めて先生に向き直る。彼は微笑を浮かべてセリカに「いってらっしゃい」と手を振っていて────視線に気づいたのか、アヤネの方を見る。
アヤネは手紙を読んでくれたことと、補給のお礼、そしてメンバーの紹介を行おうと口を開くが────それは叶わなかった。彼らの空気を鋭い音と硝煙が切り裂く。
「じゅ、銃声!?」
「……ッ!」
弾かれたように窓の外を見ると、視界に映ったのはヘルメットを被った集団だった。彼女達の手には多種多様な重火器、爆発物が握られており、どう解釈しても友好的な集団とは言えないだろう。威嚇のつもりか空に向かって鉛弾をばら撒いている者もちらほらといた。
先生は浮かべていた微笑を消して、口元を真一文字に引き締める。
「ひゃーっはははは!」
「攻撃、攻撃だ! 奴らは既に弾薬の補給を絶たれている! 襲撃せよ! 学校を占領するのだ!」
間違いなく両手両足の指では足りない人数の集団が、無秩序に校門へ殺到している光景を見て────シロコ達は露骨に顔を顰めた。
「わわっ!? 武装集団が学校に接近しています! カタカタヘルメット団のようです!」
「あいつら……! 性懲りもなく!」
ギリッと歯を軋ませるシロコは愛銃たる
「ホシノ先輩連れて来たよ! 先輩っ、寝ぼけていないで、起きて!」
「むにゃ……まだ起きる時間じゃないよぉ~」
セリカの腕の中には小柄なピンク髪の少女────小鳥遊ホシノが抱えられている。まだ半分以上夢の中にいるのか、言葉はふにゃふにゃ、目は閉じられていて、四肢は脱力し切っていて、セリカに凭れ掛るような体勢になっている。
「ホシノ先輩! 襲撃、襲撃です! ヘルメット団が攻めて来たんですよ! あと、こちらはシャーレの先生です!」
「ありゃ~そりゃ大変だねぇ……あ、先生? よろしく~……むにゃ……」
先生は柔和な笑みで「よろしくね~」とホシノに挨拶したのち、再び表情を切り替える。アビドスの面々は、この切り替えのシームレスさに少し驚いたようだが……即座にそんな事をしてる場合ではないと判断。
「先輩、しっかりして! 出動だよ、装備を持って! 学校を守らないとっ!」
「ふぁあ~……むにゃ……おちおち昼寝もできないじゃないか~、ヘルメット団め~」
その語気の強さにただ事ではないと気付いたのか、ホシノの両眼が開かれる。金と青のオッドアイが先生を一瞬射貫いて────それから、窓の外を見て恨み言を呟く。まだ眠そうなものの、きちんと自分の足で立っているため、及第点だろう。
そのまま彼女はふらふらとした足取りで自身の装備たるショットガンとバリスティックシールドを取りに行った。
「すぐに出るよ。補給は受けれるから、出し惜しみせず使い切る」
「はーい、みんなで出撃です☆」
「私がオペレーターを担当します。先生は此方でサポートをお願いします!」
アヤネがそう言うと、先生は柔らかい微笑みを浮かべた。嬉しかったのだ、彼女達に土壇場でのサポートを任せてくれる程度には信頼されていることが。
「あぁ、任せて。君たちが戦いやすいように、場を整えよう……」
先生は既に戦闘オペレートシステムを立ち上げ、脳の思考も完全に切り替えている。現時点のアビドスの面々の戦闘力は熟知している。適性も戦い方も、全て全て──────あぁ、知っているとも。
校門へ駆け出した生徒達をアヤネと共に見送りながら、先生はカバンの中を探り……目的の物を取り出した。
「アロナ、制御を頼むよ」
脳内に聞こえる『はい! 任せてください!』という頼もしい言葉に安堵を抱いて、先生はドローンを飛ばす。
高性能カメラとマイクのみが搭載されたドローンは戦闘フィールド全域をその視野に収め、タブレット上に投影。既にシロコ達は戦場に降り立っていたが──────その表情は芳しくなかった。単純明快に、人数が違いすぎるのだ。ざっと見て10倍近い差があるだろう。アヤネもディスプレイに映った光景に顔色を悪くしている。
だが──────先生は全く焦っていない。必ず勝てるという確信がある。
なぜならば先生にも手札が多くあり、この場で切っても痛くないカードだってある。そして、アビドスの面々は……とても強いのだ。
故に、彼は約束された勝利を確信して脳内で戦術を組み立てる。
「数は43、特殊な装備も見当たらない……これなら問題はなさそうだ。
────掌握、完了。
先生の両眼が開かれる。眼球には幾何学模様──────
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アビドスの少女達のヘイローが僅かに燐光を帯びる。それと同時に視界が鮮明になり──────。
「なに、これ……」
少女達の視界に映っているのは、文字通り戦場の全てだった。
自身のステータスは勿論の事、味方及び敵のステータス、敵の行動予測とその確率、敵味方の位置、詳細なマップ、起こりうる自然現象、各種環境データ──────戦場において、戦闘において欲しい情報の全てが、ノイズにならない範囲で視界に投影されている。
アヤネに映る情報はもう少し戦場を俯瞰したものになっている。敵のステータスはなく、代わりに戦場の全体像を広く捉えた────指揮官向けの情報が与えられている。しかも、オルタナティブの表示がアヤネの眼鏡に搭載されている液晶ディスプレイと競合しないように配慮までされているのだ。
『私ができる精一杯のサポートさ。未来予測はあくまで予測で、
だが、当然フィードバックはある。情報をリアルタイムで共有しているという事は、完全に同期している事を指す。先生にはリアルタイムで5人分の視覚と聴覚、触覚を処理しつつ、更に接続している5人の負担を軽減するための演算もしなればならない。
アロナは演算に直接関わらず、常に余裕を持たせている為──────彼は絶え間なく送られてくる莫大なデータを、外付けの演算機無しの、文字通り脳一つで捌いているのだ。
常人ならまず間違いなく脳が焼き切れる情報量、ヘイローを持つ少女達でも耐えられない程であるが……先生はそれを平然とした顔で捌いている。過去のループにおいて脳髄を集積回路として利用された経験が活きているのだ。あまり思い出したくない類の記憶と体験だが、使えるものは全て使うのが彼のモットー。己の全てを薪に焚べて、高く崇く──────天を目指してイカロスの様に飛翔するのだ。蝋の翼が果てるまで。
故に、現在の先生……アロナと共にオペレーティングシステムを立ち上げている先生はほぼスパコンと呼んで差し支えない。演算力と情報処理能力は、キヴォトス全てを合算したモノと比較しても話にならないレベルだ。
『あぁ、心配いらないよ──────全て、任せてくれ』
離れているはずなのに、シロコ達には彼の表情が見えた気がした。血が通っていないような透明な表情と、僅かに吊り上がった口角、瞳の温度は冷たい。
【OPEN COMBAT】
開戦の号砲が響き渡った。