シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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簒奪の砂塵

 

 開戦の合図が目のオルタナティブに表示されたと同時に、ホシノは銃のグリップを握りしめる。ベレッタ1301 Tactical(Eye of Horus)、面制圧攻撃。そして、彼女の変化を表す……誰かを守るための盾。

 

 彼女は、先生が嘗ての自分と似ていると思ったのだ。多く言葉を交わしたわけではない。寧ろ、挨拶を一回しただけの薄っぺらい関係性。だが、それでも……彼女は先生と同じだと感じた。

 

 自身を顧みることがない、狂気的な前のめり姿勢。

 果たせなかった約束を胸に抱いて、傷だらけになりながら歩き続ける姿。

 そして、失ってしまった何かを狂おしいほど求める飢餓感。

 

 現段階では信頼も信用もしていない。だが、過去と今のホシノを写す鏡のような彼は、決して裏切らないという確信があった。

 

 だって、自分は最後まで裏切れなかったのだから。その重荷を投げ出すことなどできなかったから。

 

 だから、きっと。

 

 彼は、これから信用も信頼もできる大人になる。

 

「ホシノ先輩、いけそう?」

「ん~……ま、多分大丈夫でしょ。分断して各個撃破に専念しちゃえば、人数差なんてあって無いようなものだし。それに、システム……なんだっけ……? まぁ、このオルタナもあるし。それに、作戦立案は先生がしてくれるっぽいじゃん」

 

 ホシノはにへら、と笑みを浮かべて金色の目を指す。戦いやすい、なんてレベルの話ではない。これさえあれば孤立無援でもある程度は戦えてしまうような、キヴォトスにおける戦闘の有利不利を根底から覆す劇物だ。戦い方さえ考えれば、この人数でも一個小隊とやりあえてしまうだろう。

 

 敵に回ったら、と考えるだけでも恐ろしい。前線で撃ち合っている全員が戦場のすべての情報を得ているなんて悪夢以外の何物でもない。

 

「いやー、それにしても凄いね、これ。どんなスパコン使ってるんだろ」

「ん。欲しい情報全部ある。大人って凄いね」

「これはあの人が特別だと思うな〜」

「じゃあ、先生が凄いってこと?」

「そうだねぇ」

 

 視線を向けた先や注視した光景すらも即座に分析し、結果を出力する規格外の演算能力が先生の脳一つで賄われているなんて言っても、誰も信じないだろう。

 

 彼女達は軽口を叩きながら、じっとオルタナを見ている。先生の指示だ。

 反撃は最前線のヘルメット団がリロードするタイミングで、既にカウントは始まっている。取るべきポジション、予想される反撃、弾道予測。

 秒刻みで流動する戦場の、必要なデータだけを得られる──────全能に近しい感覚。

 

 狙うのは20m先にいる、スリーマンセルで固まっている不良達。その10m離れた場所にもツーマンセルで固まっている不良がいるが、彼女達は別動隊のターゲットだ。

 

 倒す順番はもう分かっている。そして、予想される反撃も動作も──────その後の行動も。

 

 ホシノは乾いた唇を舌で舐めて、ショットガンと展開済みの盾を硬く握る。カウントの表示が2になり、1になり──────。

 

 そして、臨界(ゼロ)へ。

 

『反撃開始』

「じゃあシロコちゃん、カバーお願いね」

「ん、任せて」

 

 聞こえた先生の声と共に、ホシノは飛び出し──────それにコンマ5秒遅れてシロコが追随する。

 

「たった2人だ! 囲めッ!」

「ん〜、ちょっと判断遅いんじゃないかな?」

 

 飛び出したホシノに銃口を向け、その後ろのシロコに目を向けた不良達への──────呆れにも近い言葉。

 銃に加えてシールドまで持っているとは思えない初速と加速で一瞬で距離を詰めた彼女はほぼゼロ距離で不良にトリガー。セミオートのショットガンが一瞬で敵の意識を刈り取る。

 

「こいつッ!」

「惜しいね」

 

 敵も負けじと反撃するが、銃弾は全てシールドに阻まれる。アサルトライフルの掃射すら防ぐ防御力を前に、不良は突破する手段を模索するが──────彼女は気づかなかった。いつの間にか、スリーマンセルから独りぼっちへ変わっていたことに。

 

「余所見は駄目」

 

 その無防備な頭蓋に、シロコが銃弾を撃ち込む。強烈な衝撃は脳震盪を引き起こし、続く次弾で完全に意識を闇へ叩き落とした。

 

『ホシノ、30度西へ旋回と同時に射撃。その後は防御に専念して。シロコはホシノのシールドで射線を切りながら北東方向へ3秒掃射』

 

 ホシノはぐるりと盾を振り回し、ノコノコと1人近づいてきた不良達を殴り飛ばす。そして先生の指定された角度で射撃を行うと、不良が持ち込んだ爆薬に引火して派手に5人ほど吹き飛んだ。そして、殴り飛ばした不良の喉元に銃を押し付けて引き金を引く。完全に沈黙した。

 

 その間にもシロコは北東へ射撃を行っている。ホシノのシールドや不良を肉壁として用いて銃弾を防ぎ──────次の一手のため、邪魔な障害を排除している。

 

「終わったよ〜」

『お疲れ様。じゃあ、2人とも倉庫の外壁を盾に待機ね』

『倉庫裏にホシノ先輩の替えのシールドと、予備の弾薬を置いておきました!』

 

 そんなアヤネの通信が聞こえたと同時に、不意に聞き慣れたドローンの音が聞こえた。上空を見上げると何も持っていないドローンが滞空している。恐らく既に荷物を置いてくれた後なのだろう。

 

 ホシノはシールドの表面を見る。前回の戦闘から引き続き使用している為、損傷が激しい。このまま使用し続けると高い確率でシールドの役割を果たせなくなるだろうと判断。彼女は裏の替えマガジンを引っこ抜いて。

 

「これお土産ね〜」

 

 思いっきりシールドを投擲した。その小さな体の何処にそんな力があるのか、と思わざるを得ないような速度で放たれた金属とカーボンの塊は離れた不良の胴体に突き刺さる。途轍もない衝撃によってシールドは破損し、当然のように不良も気絶。通信越しにアヤネの『えぇ……』という声が聞こえた。

 

 そのまま2人は軽い足取りで倉庫の外壁を盾にする。作戦は第2段階へシフトした。2人が先行している部隊の頭を押さえてくれたお陰で随分射線が通るようになった。遮蔽物も少ない。これならば、彼女の武器を存分に活かせるはずだと確信して──────名前を呼んだ。

 

『ノノミ、頼むよ』

「はーい、お掃除の時間ですよ〜!」

 

 その声と共に戦場に躍り出たのは十六夜ノノミ。抱える武器はM134ミニガン(リトルマシンガンⅤ)。リトルやミニ、という名前が付いているため可愛らしく見えるが、キヴォトスでも類を見ないほどの超火力武器だ。瞬間火力はミサキのFIM-92(セイントプレデター)が勝るが、継続的な火力や制圧力だったらノノミの銃に軍配が上がるだろう。

 

 主な用途は軍用ヘリの地上目標に対する制圧射撃用であり、間違っても生身の人間が振るう武器ではないものだ。地上でも三脚等を使用すれば使用できるが、複数人での使用を前提としており、歩兵1人の携帯火器としては非現実的であり反動等も人間が制御できるレベルのものではない。本体重量だけでも18kg、バッテリーや弾薬を含めれば100kgが想定される事も拍車を掛けている。

 

 その実態は、6本の銃身から分間2000〜6000発の7.62mmNATO弾……バトルライフルや狙撃銃に用いられる銃弾……を撃ち出す電動ガトリングガンであり、痛みを知覚する前に一瞬でミンチに成り果て絶命する事から無痛(ノーペイン)ガンとも呼ばれるシロモノ、バルカン砲の小型(ミニ)版。

 

 その銃身が回転し──────銃弾が放たれた。

 

「うわぁぁぁぁッ!」

 

 弾丸の雨、暴力の嵐。そう形容するしかない圧倒的な火力が容赦なく不良達に振るわれた。遮蔽物へ逃げ込もうと動く敵から優先的に薙ぎ払う姿はアビドス対策委員会の面々からは頼りになり、不良からしてみれば悪魔だろう。トリガーを引いている最中、体幹は一切ブレずに満面の笑顔のままなのも──────恐怖を掻き立てるスパイスにしかならない。

 

 キヴォトス屈指の火力による1分間の掃射によって消費された銃弾は約5000発、その成果は敵戦力の壊滅(50%損耗)だった。圧倒的な人数差で以って擦り潰しに来たはずが、逆にその上から更なる暴力で叩き潰されるとは思ってもいなかったのだろう。明らかに敵の士気が下がっている事が分かる。シロコ達はこの場のイニシアチブがほぼこちら側に移ったことを確信していた。

 

『シロコは回り込む形で右翼を押さえて、立て直す隙を与えないように。ホシノはノノミの後退支援を。セリカは陽動としてシロコのカバーを』

 

 矢継ぎ早に告げられる指示、背中を優しく押される感覚。それに従い、アビドスを狙う敵を撃とうとしたセリカの瞳に──────全てを捨てて逃げ帰る不良の姿が映った。鋭敏になった、なり過ぎたと言っても過言ではない視覚は、遠く離れた敵手をくっきりと捕捉した。それを見て、セリカの頭がカッと熱くなり愛銃たるベレッタAR70/223(シンシアリティ)を引き抜き、怒りのまま叫ぶ。

 

「逃すわけ──────ッ!」

『セリカ』

 

 その行動を諌めたのは先生であった。先程まで音楽を奏でるように戦場の指揮を取り、掌握していた人物から発せられたとは思えない優しい声音で──────セリカを諭す。

 

『逃げてる子達は追わなくていいよ。深追いしたら、逆にこちら側の陣形が崩れる。逃したくない気持ちはわかるけど──────今は、抑えて』

 

 ここで追っても意味がないと。此方の目標はあくまで退ける事で、敵の殲滅ではないのだと──────1人2人倒した数を増やしても、君の怒りは収まらないだろうと、彼は言外に言っていた。

 セリカもここで深追いし、人数差を更に作ったら折角の有利状況がどう転ぶか分からないと思ったのだろう。怒りのあまり周囲の状況が見えてなかった、今回の勝利条件が何であったのかを反芻して。

 

「分かったわよ! でも……!」

『あぁ、再戦の機会は必ず設けるよ……さぁ、向かってくる子達にお灸を据えてあげよう』

 

 悪戯っぽい声音が通信越しに聞こえて、少しだけ可笑しくなる。だけど緩んだ気を即座に引き締めて、眼前の敵を見据える。ほぼ勝ちみたいなものだが、まだ戦いは終わっていないのだ。

 

 セリカはシロコが飛び出したのを目視してから、彼女の邪魔になる敵を撃ち抜いていく。取り付けられたスコープと彼女の腕前から放たれる銃弾は全て命中、1人たりとも撃ち漏らしはいない。ノノミやホシノと比べると派手さは無いものの、堅実な手法。

 更に、弾丸は全て頭部にヒットしているため、1回の射撃で1人を確実に戦闘不能に追い込むワンショットワンキルを徹底している。

 

「セリカちゃん凄いね〜。おじさんも負けてられないよ」

 

 セリカの奮戦を見たホシノはそんな事を呟いて、此方に銃口を向けている敵を金眼に捉える。追随する青の眼光、決意。

 

 クラウチングスタートの要領で大地を蹴り抜いたホシノは小柄な体躯を活かした疾走で、距離を詰める。勿論そんな事をすれば敵の注目を集めてしまうが、ホシノの体はシールドで守られている。鈍い衝突音が断続的に響き、前進する足が僅かに鈍るが──────関係ない。

 

 そのまま盾を真正面に構えて、疾走、突撃。加速度と質量を活かしたシールドバッシュは不良の体を5m以上吹き飛ばし、間髪入れず抜いたショットガンで追撃。その隙を狙って不良が銃口を向けるが──────全て見えている。予定調和の如く。

 

 彼女は最低限の動作でターンし、地面を蹴り上げる。サマーソルト。敵の銃口があらぬ方向へ逸れて、そこには隙だらけのガラ空きの胴体だけ。そこに撃ち込まれる9mmパラベラム弾。ノノミのサブウェポンがホシノの作った綻びを確実に撃ち抜いた。

 

「カバーありがとうね、ノノミちゃん」

「いえいえ〜。それより、もう大詰めのようですよ?」

 

 ノノミが指差す方向には、シロコが立っていて──────何やら携帯端末を操作している。

 

「ん。先生、こんな感じで大丈夫?」

『あぁ、完璧だよ』

 

 先生の了承を得たシロコは画面の承認ボタンをタップ。システムチェックが入り、全てが正常である事が確認されると──────彼女の奥の手が起動した。

 

 シロコ達の猛攻に反撃の糸口さえ見つけ出せず、逃げるように土嚢へ退避した不良達の耳に、何か聞きなれない音が届いた。小型のエンジン音だろうか。

 

「……ん? なんだこの音」

「あいつらが何かやったんすかね?」

 

 首を傾げ、土嚢から顔を出して見ても──────前方には何もない。ならば何処だとぐるりと見渡して、最後に上を見ると。

 

「──────は?」

 

 戦場の上空に現れたのは中型のドローンだった。白を基調としたカラーに黒とエメラルドグリーンが差し色として入っている機体。恐らくカスタム機だろう。左右に膨らんだコンテナボックスと、その上部に取り付けられたローター──────あの様な機体は他に見たことがない。

 

 そして、コンテナボックスが開く。中にぎっしりと詰め込まれているのは小型の誘導ミサイル。次いで、ロックが外れる音。点灯しているランプの色が変更される。

 

「ロックオン完了。発射」

 

 左右4機ずつ、計8機の誘導ミサイルが発射された。白煙を尾に引きながら空気を切り裂く鋼の弾頭は隠れていた不良達に容赦なく着弾し爆発。派手に吹き飛ばしながら続々と敵を沈黙させていく。

 爆炎と爆風をいつも通りの表情で眺めながら、シロコはぐるりと戦場を見渡す。もう大半が逃げの姿勢に徹している。まだ向かおうとしているのは、恐らく不幸にも殿を任された者達だろう。

 

「じゃあ、後はアイツらを倒して終わりってわけね!」

「最後まで気を抜きませんよ〜」

「ん。詰めもしっかりやるべき」

「おじさんも頑張りますかぁ〜」

 

 総崩れになった不良達に向かって、4人が駆け出した。

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