シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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補習授業部、始動

 先生、ヒフミ、ハスミ。色々と起こり過ぎて収拾がつかなくなってきているこの部屋において、冷静に現状を見極める事ができていた3人。超法規的な権限を持つシャーレの責任者、これから結成される補習授業部の部長、正義実現委員会のNo.2。様々な所属が入り乱れるこの場に於いて、各所属のトップとも言える3人の話し合いは、その場でこそこそと行われた。椅子に座る事もなく、立ち話。大体10分弱、先生とヒフミの経緯と今後の予定を聞いたハスミはどこか納得したような表情で腕を組んだ。

 

「……なるほど、お話は理解しました。先生が補習授業部の担任の先生になられると」

「うん。一応、まだティーパーティーと当事者以外には開示されていない情報だから……」

「えぇ、他言無用ですね。しかし、先生が補習授業部の担任を……首尾はナギサ様が?」

「根回しはナギサだけど、私に声を掛けるきっかけになったのはミカだろうね。最終決定はセイアかな? その辺りの話は聞いてないから私の推測になるけど」

「そうですか……ミカ様が……先生が担任なら授業が楽しみになりますね」

「そうかい? ハスミにそう言ってもらえるなら少しは自信が持てそうだよ」

 

 先生が微笑を浮べると、ハスミの表情も同じように柔らかになる。先生が担任なら授業が楽しみになる……この言葉に一切の嘘偽り、お世辞は含まれていない。ハスミは本心でそう思っている。彼女自身、別に勉強が嫌いな訳ではないのだが、BDと教本での学習は些か味気ないと感じた事があった。一人で黙々と、うんともすんとも言わない無機物相手にペンを走らせる学習は効率的かもしれないが……楽しくはない。

 

 だが、補習授業部は違う。先生を担任として、効率化と人員削減の名の下に失われて久しい過去の授業を再現する。確かに昨今の学習よりも幾分か効率は落ちるかもしれないが……それでも、人と向き合いペンを走らせて誰かに質問するのは、一人で黙々と学習するよりは楽しいだろうという確信がある。

 

 別に、自分(ハスミ)が成績不振でなかった事を悔いるつもりはない。成績が良いのは良い事であるし、成績不振は決して褒められた事ではない。だけれども、先生を担任として仰ぐことができる補習授業部が少しだけハスミは羨ましかった。担任の先生と授業なんて、キヴォトスではまずできない経験だろうから。

 

 ハスミは綻んだ表情を引き締め、襟を正して先生を見る。彼もその気配を感じ取り、緩めていた気分を引き締めた。

 

「……申し訳ございません。補習授業部に関しては恐らく正義実現委員会(わたしたち)はお手伝いできません」

「ありがとう。ハスミのその気持ちだけで私は嬉しいよ……という訳で、ハナコとアズサ(あの2人)、連れて行ってもいいかな?」

「はぁ!? ダメに決まってるでしょ!? 絶対ダメ、凶悪犯なのよ!?」

 

 ハスミが口を開くよりも前に先生のお願いに否を叩きつけたのはコハル。構内を水着姿で練り歩いていただけのハナコが凶悪犯かと問われれば微妙だろうが、催涙弾をトン単位で爆破させたり、様々な施設を壊したり、正義実現委員会のメンバーをダース単位で救護騎士団送りにしたり……色々と好き放題やったアズサは間違いなく凶悪犯だ。

 まだ恐怖が抜けきっていないのか、涙目のコハルはガスマスクで「シュコー、シュコー」と吐息を漏らすアズサを真っ向から直視できないでいる。だが、正義実現委員会としての自分に誇りを持っている彼女は恐怖を前に立ち竦む事はしない。恐怖を押し殺し、誇り高い正義実現委員会の一人として彼女は凶悪犯(アズサ)を指差す。

 だが、指差され、奇怪な視線を現在進行形で一身に受けている当の本人たるアズサは完全に無視している。それは自身の処遇に一切の興味が無いのか、それとも何か別の事情があるのか。何にせよ、彼女は自身を取りまく悉くに興味を示さないで……じっと、先生を見ていた。

 

 ガスマスクを被っているためその視線の向きが外部に漏れる事はないが、この部屋に足を踏み入れて、先生の存在を認識してから彼女は彼をずっと見ている。その一挙手一投足、全てを視界に収めるように。呼吸による胸の上下も視線の動きも、表情も、その全てを記憶に焼き付けるように────或いは、リフレインするように。

 

 沢山の人がいた。本当に大好きで大切な家族達(サオリ、ミサキ、ヒヨリ、アツコ)初めてできた外の世界の友達(ヒフミ、ハナコ、コハル)。それ以外にも多くの人々、多くの暖かさ。アズサが受け取った大切なもの。アリウスから出て、外の世界に立って。人殺しの道具でしかなかった自分が、当たり前のように人間として認められた。自分でも、当たり前に前を向いていいと言ってくれた。

 

 あぁ、覚えている。沢山の日々。沢山の煌めき。沢山の笑顔。

 補習授業部の一員として落第を回避するために奔走した日々。

 エデン条約の裏切り者(止まれなくなった少女)と戦った事。

 夏の思い出、生まれて初めて友達と海を見た日。

 世界のために、友達のために、人としての自分を愛してくれた全てのために、大切な家族と決別した日。

 決別したはずの家族ともう一度会う事が叶って、仲直りできた日。

 

 これ以外にも沢山。何の変哲もない、誰もが忘れてしまうような日常でもアズサにとってはかけがえのない宝物。あの場所が、皆の笑顔が在る場所が大好きだった。

 

 ……その中にいる、大きな後悔と愛。

 

 ────会いたかった人。記憶が朧げだった頃からずっと、会いたかった人。どんな手を使っても帰りたかった、日常の象徴のような人。そして、誰も彼もが取り零した人。彼の事を誰も守れなかった、誰も救えなかった。

 

 話は聞いている。サオリから、アツコから、ミカから。或いはニュースだったり、噂話だったり。何度もシミュレーションして、計画通りいつもの『白洲アズサ』として振る舞えるようにした。その筈なのに……彼を視界に写してから心がずっと揺れている。あの透き通った白、澄んだ蒼。彼だけの色彩。あの人の全てが愛おしくて仕方がない。

 

 見惚れていた、のかもしれない。まるで星の海を泳ぐように生きた彼は、全てがアズサの知る彼。その姿をじっと見ていたら、ガスマスク越しに先生と眼が合ったような気がして……天使の羽が落ちるように、彼は優しく微笑んでくれた。

 

「……ッ」

 

 それだけで、アズサの視界は少しだけ滲んでしまった。息を呑んで、喉を殺して、嗚咽が漏れないように。だけど、少しだけ肩が震えてしまったから、気付いた先生とハスミは少しだけ疑問符を浮べて……話を戻した。

 

「コハル、先生はシャーレとして、ティーパーティーからの正式な依頼を受けて此方にいらっしゃったのです。規定上は何の問題もありません。彼は補習授業部の顧問、担任の先生になるのですから」

「えぇ……まあ、でも先輩がそう言うなら……」

 

 先生の言葉には『絶対に認めない』と言わんばかりに噛みついていたコハルだったが、ハスミには渋々ながらも素直に従う。正義実現委員会の副委員長が言うなら問題ないと思ったのか、それとも彼女が尊敬してやまないハスミの言葉だったからなのか。それはコハルにしか分からないが……恐らくは両方だろう。

 

「コハル、浦和ハナコさんの釈放を。制服は予備のものを渡してください。着替えは更衣室で。マシロは白洲アズサさんの拘束を解いてください。先生、お手数ですが書類上の手続きだけお願いします」

「勿論、色々と手間をかけてごめんね」

「これも私達の仕事ですから、お気になさらないでください」

 

 ハスミは「此方にどうぞ」と言い、受付の奥……執務室へ繋がる扉へ先生を案内する。ハナコとアズサ、共に校内で問題を起こし正義実現委員会で預かっている生徒だ。その解放ともなれば、色々と書面での手続きが発生する。面倒かもしれないが、学校という組織を円滑に運営する上では必要なことだ。先生は嫌な顏一つせず、寧ろ申し訳なさそうな顔をしてハスミの後に続いた。

 

 マシロは巨大なスナイパーライフルをラックに立てかけ、既にアズサの解放準備に移っている。それを見て、コハルも言い渡された仕事である浦和ハナコの釈放を行おうと牢屋の扉に足を向けて……その前に、何を思ったのかヒフミとアズサ、そしてついでに先生に向けて鼻を鳴らした。明確な嘲りであり、どう見ても馬鹿にしていると分かるような態度。

 

「ふん! まあでも良いザマよ! こっちはこんな凶悪犯達と一緒に居なくて済むし、そもそも補習授業部だなんて恥ずかしい! あははっ! 良いんじゃない、悪党と変態の組み合わせ! そこにバカの称号だなんて、私なら一緒に居るだけで羞恥心で死んじゃいそう!」

 

 見下ろす嘲笑。ヒフミもアズサも然程気にしている様子は無いが、流石に言い過ぎだろう。確かにコハルの言う通り、それが真実なのかもしれないが……もう少し言い方は考えた方が良い。やんわりと注意をしようと先生は踵を返すが、それよりも早くハスミが動いた。

 

「……ふぅ……コハル?」

「あぅ……えっと、その……」

「……な、何よその眼……」

 

 痛む頭を押さえるような仕草で、まるで言い難い事を口ごもるようにコハルを何とも言えない眼で見ているハスミ。この錚々たるメンバーの中、コハル基準でも比較的マシな方のヒフミですら微妙な表情で手に持った名簿とコハルを眺めている。そして、その2人の何とも言えない曖昧な雰囲気に心当たりがあった先生も「……あぁ」と呟いた。これからコハルにとって残酷な真実を開示するのだろうな、と。

 

「その、非常に言い難いのですが……補習授業部の最後の一人は……下江コハルさん、です」

「……」

 

 補習授業部のメンバーは全4名。阿慈谷ヒフミ、浦和ハナコ、白洲アズサ……そして、最後の一人こそが下江コハルだった。補習授業部、唯一の1年生。ヒフミが持つ名簿には名前と学年、所属、顔写真がばっちりと記載されており、その全てが今まで受付をしていた少女と一致している。

 そして、当の本人たるコハルはきょとんとした顔できょろきょろと周囲を見渡した。ヒフミの言う『下江コハル』なる人物、同姓同名の誰かさんが何処にもいない事を突き付けられてしまった彼女は。

 

「……えッ!? 私ッ!?」

 

 ────補習授業部、1年。下江コハル。

 既に3回連続で赤点を叩き出し、留年目前。

 補足事項:成績が向上するまでは正義実現委員会に復帰できないものとする。

 

「賑やかになるなぁ……」

 

 

 ▼

 

 

 その後、ハナコとアズサの身柄を預かったりコハルとひと悶着があったが……それも今や過去の事。補習授業部の教室に先生を含む全メンバーがこうして揃う事ができた。それは非常に喜ばしいことだろう……この教室の空気に目を瞑れば、だが。

 

「では、ここに揃っているのが補習授業部のメンバーという事ですか?」

「シュコー、シュコー」

「……うぅ……死にたい……」

「は、はい……えっと、これで何とかみんな集まりましたね、補習授業部……」

 

 釈放時、確かに制服を手渡されたはずのハナコは何故か未だに水着姿。アズサはガスマスクを外さず、銃を片手に警戒態勢。コハルは色々と悲惨な現状に頭を抱えて、ヒフミはこの終わっている雰囲気の純然たる被害者。澱んでいるとひと目で分かる空気を何とか払拭しようと、少しでも明るくしようとヒフミは率先して発言する。

 

「こ、ここからが本当の問題なのですが……」

「ふふ、何をすれば良いのでしょうか? 阿慈谷部長?」

「まぁ、何だって構わない。やるべき事、やれる事をやろう。それがきっと善いことに繋がる」

「死にたい……本当に死にたい……」

 

 だが、そのヒフミの勇気は憂鬱な空気を砕くには至らなかった。一応、ハナコとアズサは話に乗ってくれているが……片方は何処か悪戯っぽくて、もう片方は真面目なのか天然なのかよく分からない。2人とも掴みどころが無いのだ。協力的であるのか、そうでないのか。その判断がヒフミにはつかない。そういった意味では、色々と分かりやすいコハルが有難かった。

 

「放課後に人気のない教室で、素行の悪い女子高生と大人が集まって……ふふっ、何かイケない事が始まってしまいそうですね。ねぇ、先生?」

「始まるのは補習授業だけどね」

「保健体育の実技でしょうか?」

「じゃあハナコの希望通り理系科目から始めようか。温まった頭が数理で冷えるように、ね」

「ふふっ、釣れませんね」

「私も命は惜しいからね」

 

 そう言い、先生は止めていた手を再び動かす。ハナコと話している最中、彼はずっと手を止めてハナコの眼を見て話してくれていた。色々と律儀な人、という評価。やはり、トリニティではなかなか見ない類の人種だ。外の世界から来たと聞いたが、外では彼のような人間がデフォルトなのだろうか。もしそうなら……少しだけ。そう、ほんの少しだけ。

 

「えっと、先生……」

「うん、頑張ろうね」

「あぅ……ありがとうございます。私も出来るだけ頑張ります……」

 

 まだ始まってもいないのに、補習授業部は前途多難だった。

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