シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
感想評価お気に入り登録誤字報告本当にありがたい限りでございます。段々と一話あたりの文字数が嵩んでいる拙作ですが、お付き合いいただけると幸いです。
アヤネは別人と成り果てた先生を見つめながら支援を行なっていた。眼球に表示されるオルタナティブ。彼が圧倒的な不利を悉く覆していく様をリアルタイムで見せられたのだ。
先生が指先と言葉で戦火を奏でると、『その様に在れ』と言わんばかりに戦場が動く。秒刻みで有利になっていく。人数差が次々と埋まっていく。
フェーズ1。先行しているスリーマンセル部隊と、その後ろにいるツーマンセル部隊群の撃破。
フェーズ2。部隊の撃破により通った射線を活かしたノノミの制圧射撃で数を大幅に減らし、相手の士気を下げる。
フェーズ3。ノノミの後退支援、部隊立て直しの阻害を同時に行いつつシロコのドローンによる爆撃で遮蔽物に隠れた生徒の撃破。
そして、最後は士気がダダ下がりになり総崩れになった不良生徒を各個撃破。統率された抵抗も応戦も撤退もできなくなった生徒を、学校外まで追い回すアビドスの面々は割と楽しそうであった。散々煮湯を飲まされた間柄の為、報復の快感も大きいのだろう。
こんな筈ではなかったのに、とでも言いたげな不良達は負傷した仲間を背負いながら呆然とした表情で撤退していく。その様子を校門前で4人は肉眼で、先生とアヤネはドローン越しに見送った。
先生はドローンに搭載された全天スキャン機能で、戦場になったアビドスを隈なくチェックする。不発弾、地雷、IEDの類は見つからない。不良達もそれなりに遠く離れており、スナイパーは編成にいなかった。警戒を解いても良い頃合いだろう。
脳内で『アロナ、お疲れ様。ありがとう』と呟いて
「カタカタヘルメット団残党、校外エリアに撤退中」
「状況終了。皆、お疲れ様」
アヤネの報告に次いで、先生が状況の終了を知らせる。先生がアヤネの方に視線を送ると、彼女は破顔した。彼はその笑顔に微笑みを返すと、彼女は少し恥ずかしくなったのか視線を逸らして──────外にいる4人に少し早口で告げる。
「皆さん、お疲れ様でした! 一度、部室に帰還してください! ヘルメット団に関しては──────」
「私が手配済みだよ」
「だそうですので、そのままで大丈夫です!」
アヤネの説明に補足を入れて、先生は外を見る。開いた窓から心地の良い風が吹き込んで、前髪をくすぐる。問題が解決したわけではない。アビドスに巣食う闇は晴れておらず、大企業の暗躍とゲマトリアの蠢動は止まっていない。近いうちに必ず何かしらの動きは見せる筈だ。だから、この勝利に然程大きい意味はないが──────それでも。
あんな風に喜んでいる彼女達に水を差す真似はできる筈がないのだ。共に勝利の喜びを分かち合おうとしている彼女達の優しさを踏み躙る事は……あぁ、できるわけがない。
──────この感傷も、君は笑い飛ばしてくれるのかい?
「なんて、ね」
近くて遠い、大切な誰かへ。彼は自嘲混じりの言霊を綴った。
『わあ☆私達、勝ちました!』
『あははっ! どうよ! 思い知ったか、ヘルメット団め!』
『うへ〜疲れた〜』
『ん、一応警戒はしておく』
アヤネと先生の通信で現実から引き戻されたのか、4人は勝利を喜ぶ。彼等の通信が来るまでは若干現実感に乏しかったのだ。あの人数を相手にここまで余裕を持って、傷一つ負わずに、全てが上手くいって──────勝利を手に入れた事が。
彼女達は軽い足取りで部室へ向かった。
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「いや〜まさか勝っちゃうなんてね。ヘルメット団もかなりの覚悟で仕掛けてきたみたいだったけど」
「まさか勝っちゃうなんて、じゃありませんよ、ホシノ先輩……勝たないと学校が不良のアジトになっちゃうじゃないですか……」
部室に戻ってきた前線部隊の4名は銃火器をガンラックに掛けて、簡素なパイプ椅子に深く腰をかけて、脱力した。戦闘時間は1時間にも満たないが、やはりその期間中ずっと神経を張り巡らせていけないともなれば、疲労は蓄積する。
シロコはスティックバーを頬張り、栄養補給中。セリカは思いっきり背もたれに体を預けて、ホシノは机に突っ伏しているが……顔は先生に向けている。ノノミとアヤネは3人の様子を見て微笑んでいる。
先生は給湯スペースで何かをやっていた。
「先生の指揮が良かったね。私達だけの時とは全然違った」
「そんなに褒めても何も出ないよ。私は無力な人間だからね……できる事なんて、これくらいさ」
先生はそう言って、5人に紅茶を出した。事前にアヤネにカップとソーサーの使用許可を仰ぎ、全員が落ち着いた完璧なタイミングでの提供。茶葉は彼が持参したものであり、トリニティのティーパーティーでも飲まれる上等なもの。疲労を慰撫する香りは、するりと鼻腔を通り抜けて気持ちを落ち着かせる。
5人は先生にお礼を言って、彼はそれに微笑みで返す。アビドスに来てからそこまで時間が経っていないのに、彼は完璧に溶け込んでいた。まるで、初めからそこにいたように。あるべきパズルのピースがピタリと嵌った感覚を覚えていた。或いは、懐かしいとも。
抗い難い安心感は彼を信用ならない大人ではなく、別の何かへ昇華しようとして──────ホシノは頭を振った。まだそこまで心を許した訳ではない。悪意を見せてないだけの可能性は十分に考えられる。
この居場所は、何としてでも守り抜く。誰にも汚させない犯させない。その戒律に例外はない。
ホシノは彼から視線を外して、隣にいるシロコを見る。そして、顔を綻ばせて──────冗談を言う準備を。
「今まで寂しかったんだね、シロコちゃん。パパが帰ってきてくれたおかげで、ママはぐっすり眠れまちゅ」
「はーい、パパでーす。お眠なママの代わりでーす」
ホシノの冗談にノータイムで便乗し、悪ふざけとしか思えない言葉を緩い口調で紡いだ彼は、白い姿が執事服に見えるくらい奉仕活動に従事していた。ホシノ達に向けられた目は何処までも優しさと慈愛に溢れていて──────目が合った。
そして彼は悪戯っぽく笑う。もしかしたら彼を少し困らせようとしていたのがバレたのかもしれない。そう思ってもう一度彼の顔を見ると、『ご破産だったね』なんて言われているような気がした。
「いやいや、変な冗談はやめて! 先生も便乗しないで! それに、委員長はその辺でしょっちゅう寝てるでしょ!」
「先生も案外ノリがいいんですね〜」
「あはは……少し遅れちゃいましたけど、改めてご挨拶します、先生」
アヤネは佇まいを正す。それに釣られて残りの4人も姿勢を少し良くして──────あぁ、そういえば自己紹介もまだだったと思ったのだろう。中々に濃い時間を過ごしたが、彼がここに訪れてからまだ2時間程度しか経っていない。自己紹介も活動内容も、何も彼に説明していないのだ。
「私達はアビドス対策委員会です」
彼女は自身の大切な友人、仲間の紹介を始める。先生はそれを──────窺い知れない温度で眺めて。
「私は、委員会で書記とオペレーターを担当している1年の奥空アヤネ。こちらは同じく1年の黒見セリカ」
「どうも」
セリカは少しぶっきらぼうに。
「2年の十六夜ノノミ先輩と、砂狼シロコ先輩」
「よろしくお願いします、先生〜」
「さっき、道端で最初に会ったのが私……あ、別にマウントを取ってるわけじゃない」
ノノミは楽しそうに穏やかに、シロコに関しては必要か不必要かよく分からない補足を入れて。
「そして、こちらは委員長の3年の小鳥遊ホシノ先輩です」
「いやぁ〜よろしく、先生ー……てか、先生ってもしかしなくてもおじさん達の名前、把握してるよね? さっきの戦闘でも当然のように名前を呼んでたし」
「勿論。これでもシャーレの責任者だ。生徒の名前くらいは把握しているよ。加えて、ここの現状も。全校生徒が君達5名の事、周辺地域に住民が殆どいない事、物資が枯渇寸前の事も。そして、君達がそれの対策を考える委員会……対策委員会である事」
先生はゆらりと笑顔を浮かべる。影のような、実態が掴めないそれは宛ら蜃気楼。だけど、何処までも突き抜けるような明瞭さを同時に併せ持つ。
そう──────彼は全てを知っている。
彼女達が抱えている事情を、彼女達以上に把握している。アビドスで誰が何を求めて、何が起きようとしているのか──────知っているとも。
「物資に関しては教室に運び込んであるよ。これがリストだから、君達の目で確認しておいて。一応チェックはしたから、不足はない筈だけど……万が一があるからね」
先生はそう言って、アヤネに一台のタブレットを渡す。家電量販店で売っている一般的なそれの画面には彼女達が使う弾丸等の消耗品、レーション、無線機器、ドローン、応急手当てキット、予備の銃火器……他にも多数。キヴォトスにおける戦闘で必要な物資の殆どがリストに記載されている。しかも、どれだけ潤沢に使っても1ヶ月は余裕で保つほどの量。これだけあれば暫く困らないと断言できるだろう。
「一体、どうやって……」
「キヴォトスに来て2週間強、私も無為に時間を過ごしてきた訳ではないってことさ……それに、状況は把握しているんだ。対策を打つのは当然だよ」
手品のような彼の所業であるが、その実態はクラフトチェンバーの恩恵に肖ったものである。
設計図さえ割れていれば、生命以外の大抵のものを生み出せる──────連邦生徒会に於いても主席行政官たる七神リン以外は権限不足で使用はおろか存在を把握する事すら許されていない、シャーレの秘密兵器。更に、アロナによってキヴォトスの座標へ干渉すれば、狙った空間に生成物を顕現させることも可能だ。
生成には当然何かしらの対価は必要であるが、その対価も非常に窓口が広い。こちらも生物以外の大抵のものを対価として差し出せるのだ。
彼の切り札2種を使った反則技に等しい行為だった。
「さて、では今度は私の番だ」
先生はそう言って、姿勢を正す。彼女達の眼の奥に、疑問が燻っていたのはずっと前から知っているのだ。だから、彼はそれに対して──────一人の人間として向き合おうと。
「何か聞きたい事があったら────誠心誠意答えよう。私や連邦生徒会の機密に抵触しない範囲、という条件付きだが……それでも、君たちには一粒も噓を吐かない」
彼の透徹した瞳には5人と青空が投影されている。何処までも、真っ直ぐと対峙しているのだ。彼は誤魔化さない──────不思議と、そう思えるくらいには愚直で、純粋だった。
そして──────ホシノがその小さな手を挙げた。
「じゃあ、私から一ついいかな、先生」
「あぁ、勿論」
「あのオルタナティブって何?」
彼女は異なる色彩を持つ宝石のような両眼で先生を見つめて。周囲の温度が僅かに下がった気がした。
「あそこまで高性能なものなら……所謂PDPモデル、大量のスーパーコンピュータによる並列分散処理くらいしか思いつかない。でも、先生の持ち物にそんな大掛かりなものはないよね。シャーレの何処かにシステムの根幹が部分が置いてあって、遠隔通信で接続しているって線もあるけど……そこの所、どうなのかな? おじさん気になっちゃってね〜」
彼女は未知のシステムが自分達に接続されていた事……それが気がかりなのだ。先程は余裕がなかった為受け入れていたが、デメリットの如何によっては拒絶しなければならない。大切な仲間を守るために。
更にホシノは
自分と他者が混ざる未知は恐怖でしかない。そんな恐ろしいものをあの人は自由に生徒に振るえるのか。
故にこの質問は必須であった。彼が嘘をつかないと言ったのは行幸だとすら思った。恐らく、彼は必ず誰かからこの問いが投げかけられると思っていたのだろう。掌で転がされている、とは思わない。
神秘的なホシノの瞳から──────彼は決して視線を外さないで言葉を綴る。
「……驚いた。ホシノは鋭いね。あのオルタナは確かにPDPモデルと言えなくもないけど……その実態はもう少し前時代的で、マンパワーで補われている。ほら、ここに無意識下で並列分散処理を行なっている演算機があるだろう?」
先生はそう言って、自身の頭をペンで叩く。
「人間の脳を機械に接続して、思考力を拡張、高速化するシステムは割と前から理論提唱はされているんだ。誰もやりたがらなかったのは、フィードバックで廃人になりうる可能性があったから。でも私には少し特殊な経験と、可能な限りデメリットを軽減できる手法があった。
仮に30人以上接続すると、どうなるか分からないけど、それ以下ならば……ましてや片手で数えられる人数ならデメリットなんてあってないようなものだよ」
ホシノは30人、という言葉が引っ掛かったが──────彼は説明を続けて。
「君達に投影されたオルタナはヘイローを介しているんだ。ヘイローに視覚と聴覚、触覚があると仮定する。そして、その感覚器は君達の体のものと同一である……こんな感じでどんどんパスを繋いで、リンクを確立している。
接続は私からしかできないけど、切断は私からも君達側からもできるし、情報の取捨選択も自由自在。私側からできる事はオルタナの表示を含めた演算結果の出力だけ。他の干渉は一切できないから、君達は便利な外部演算装置が付いたと考えてもらって差し支えないよ。
詳しく理論を説明すると3日ぶっ通しでやっても終わらないくらいのヤツだから、このくらいで勘弁してもらいたいんだけど……」
彼は「ミレニアムの全知は凄いよね」なんて言って苦笑する。それに釣られてホシノもいつもの笑みを浮かべて──────張り詰めた空気が緩んだ。
「うへぇ、そんなにかかるんだ〜……うん、でも聞きたい事は聞けたから、これでいいよ。ありがとうね」
「礼には及ばないさ。それに、ホシノの疑問は尤もだからね……あと、他に聞いておきたいことはあるかい?」
何はともあれ、ホシノは彼の解答に満足して、今後もその力を自分達に使用する許可をくれた。
彼はその信頼が嬉しくて。でも同時に──────彼女達を戦いの道具として使っている自分自身に果てのない嫌悪感を覚えた。
「なさそう、かな? じゃあ、堅苦しいお話は此処でお終いにしようか」
彼は「きっちりとするの、案外疲れるんだよね」と言って、纏っていた少し硬い雰囲気をぶん投げた。
生徒の疑問点に、先生が答える──────BDで済まされるキヴォトスでは、失われて等しい先生を必要とする教育。太古から連綿と受け継がれる学びという文化──────その再現。
教える人がいるとは、こういう事なんだと彼女は思って。
「ん、なんか本当に先生っぽいね」
「……別の子にも言われたんだよね、それ。そんなに私は先生っぽくないかい?」
いつかユウカに見せた笑みと同質のものを、彼は浮かべた。