シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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「あ、先生」
少し舌足らずな甘いコハルの声に釣られて少女達は顔を上げる。フロントから個室に続く廊下の境界線には先生が立っていた。持っていたバッグも手持ちの荷物もない手ぶらの彼は穏やかな表情のまま少女達の集まる机まで歩いて行き、椅子を1つ別の机から拝借して腰掛ける。
「待たせちゃってごめんね」
「いえいえ、私達も今さっき来たところですよ」
「ふふっ、気遣いありがとう」
そう言い、見ている側がくすぐったくなる程に甘い笑みを浮べる彼にハナコも頬が緩んだ。心地の良い緩さ、とでも言うべきなのだろうか。彼が居るだけで場の雰囲気の棘が丸くなり、暖かくなるような気がする。元々人好きのする人だと思っていたが、これは最早人誑しだ。
「さて、じゃあ始めようか」
「は、はいッ! ……というわけで、改めて」
先生からバトンタッチしたヒフミは全員を見渡して、少し固い面持ちで口を開く。
「ナギサ様から通達があった通り、残念ながら第一次学力試験には落ちてしまったので……この別館で合宿する事になりました。私達は第二次学力試験までの1週間、此処に滞在することになります」
ナギサから貸し出されたこの合宿所は、元々トリニティに存在する様々な部活が長期休暇の期間中に使えるようにと建てられたものだった。長らく放置されていたとはいえ、設備は健在。消耗品こそ各々で持ち込まなければならないが、水回りやガス、電気は通っており、冷蔵庫や電子レンジ等の必須家電類は数日前に入れ替えられたらしい。1週間ほど生活を営むには充分と言えるだろう。広さも申し分なく、スペースで苦労する事はないはずだ。
「長い間放置されていたそうですが、まだ全然使えそうですし、体育館やシャワー室、浴室なども充実しているようですので……」
「うん。そういえば外にはプールもあった。暫く使われていないようだったけれど」
「あ、そうなんですね。あと、此処はトリニティの本校舎からも頑張れば歩ける距離ですし、地下には食堂設備のようなものもありましたから、食材さえあればお腹を空かせる心配もなさそうです」
頑張れば歩ける距離とヒフミは言っているが、先ほどマップを確認したら此処から本校舎まで直線距離で20kmほど離れている。先生の足では余裕で数時間かかる距離であるが、それを少しの頑張りで歩けるのは流石ヘイローを持つ少女と言わざるを得ない。やはり根本的な生命としての強度が違いすぎる。
「それに、私達が此処にいる間、先生もずっと一緒に居てくれる予定ですので、何かあっても大丈夫だと思います!」
「うん、何かあったら頼ってね」
「ありがとうございます。えっと、先生は何方のお部屋を……?」
「通路を挟んで向かい側、少し北に歩いたところにある部屋を使わせてもらってるよ」
「あら、近いですね。なら────」
「ダメッ! 絶対ダメ! 夜這いなんてエッチ過ぎ! 死刑ッ!」
先手必勝、
「えっと、コハルちゃん? 私、まだ何も言っていませんが……?」
「アンタが何を言い出すかなんて大体わかるわよ! ダメったらダメ! 私の眼が黒い内はそういう事はさせないんだから!」
「コハルちゃんは厳しいですね……先生はどうですか?」
此処で私に振られましても、と先生は苦笑い。何を言っても角が立ちそうな気がしたのだ。というか、その話はさっき決着が付いたんじゃなかったんかい? と思ったが……コハル曰く、先は同衾で今回は夜這い。どうやら違うものらしい。
彼は1つ、溜息に似た息を吐いて。
「寝室に無断で入り込むのは止めていただけると大変ありがたいのですが……」
「あら、無断じゃなければいいんですか?」
「……事前に言ってくれれば」
「まあ♡」
「良い訳ないでしょッ!? ハナコも先生も何考えてるのッ!? 2人とも死刑ッ!」
先生の謎の譲歩に怪しく目を光らせたハナコであったが、その続きはコハルが許さない。2人の間に割り込み、両手で大きくバツ印を作る。そして流れるように2人を牽制。絶対に年齢制限が掛かる様な事はさせないとガードの体勢を取った。
その頑なさを見て、先生も『思った以上に麻痺しちゃったな』と自省。数名の生徒の盗撮盗聴により現在進行形でプライベートを侵食されているため、『無断じゃないなら、まぁ……』と判断基準がバグってしまっていた。
盗撮盗聴は良くないことであり、寝室に入り込むのも良くないこと。その当たり前を思い出させてくれたコハルに若干ずれた感謝をしつつ、ヒフミを流し目で見る。先に進めて良いよ、と。
「で、では一旦そういう事で。皆さん、あまり羽目を外さないように節度を持ちましょう。荷物の片付けも粗方終わりましたし、早速ですがお勉強を……」
「あら、でもその前にやる事があると思いませんか、ヒフミちゃん?」
「えっ、やる事ですか?」
ハナコの言葉にヒフミは『何か忘れている事があるのでしょうか?』と思い、思考を巡らせるが……今までの段取りで特に抜けている部分はないはずだ。やる事、と言われても心当たりは浮かばない。それに対して、アズサは一定の理解を示しているようで。
「なるほど、敵襲を想定して更なるトラップの設置を?」
「いえ、そうではなく……」
ハナコは綺麗な笑みを浮べて、心底楽しそうに。
「お・そ・う・じ、ですよ♡」
「……お、お掃除、ですか?」
「はい。管理されていて、数日前に手が入った建物とはいえ、長い間使われていなかったものです。隅の方に埃などが溜まっているように見えませんか?」
そう言い、ハナコは部屋の角の方や窓の桟を指差す。日常生活においても埃が溜まりやすい箇所には確かに薄っすらと埃を被っていて、綺麗好きな生徒は顔を顰めてしまうだろう。別に放置しても大きな問題にはならないだろうが、目に留まったからには掃除しておきたい……そのくらいの汚れ。
「このままの状態で過ごすのも健康に良くなさそうですし、今日はまずお掃除から初めて、気持ちの良い環境で勉強を始めるというのは如何でしょう?」
「……なるほど、確かにそうですね。先ずは身の回りの整理整頓から始めるのは定石ですし、途中で気になってそこから掃除を始めても非効率的ですからね……」
「うん、衛生面は大切。実際、戦場でも士気や生存率に直結する部分だ。綺麗に出来るなら綺麗にしておいた方が良い」
「お、お掃除……えっと、まぁ、普通のお掃除なら……」
普通じゃないお掃除とは何なのかは不明だが、ハナコの提案に3人は概ね賛成の姿勢を示した。1週間という期間とはいえ、此処で生活するのだ。どうせなら清潔な方がいいだろう。
「ハナコちゃんの言う通りかもしれません。やる気が空回りしてしまっても困りますし……私達がするのは一夜漬けではなく、きちんと用意された期間の中での試験勉強。つまりは長距離走のように順番やペース、作戦も考えないとです」
ヒフミの言う通りだろう。いきなり飛ばし過ぎても良くない。勉強も何事も計画的に。テスト勉強中に汚れが気になって、手を止めて掃除を始めてしまうくらいなら、初日の纏まった一気に綺麗にした方が効率的だ。
「先生はどうですか?」
「いいんじゃないかな。初日からいきなりアクセル全開で勉強を始めても息が詰まっちゃいそうだし、まずは掃除から始めるのも私は賛成だよ」
「む、先生も手伝ってくれるのか」
「勿論。こういうのは人手があった方がいいからね。皆と比べれば色々貧弱だけど、役に立ってみせるさ」
先生は軽く手をひらひら振りながら参加表明。元より、皆が言わなかったら一人で掃除するつもりだったのだ。生徒が頑張る中、一人だけ暇を貪るようでは先生の名折れ。手伝わない訳がなかった。
「では、まず大掃除から始めましょう!」
全員の賛同を得たヒフミはそう宣言する。1週間お世話になるこの場所を綺麗にしてから、気持ちよく合宿を始めよう。
「汚れても良い服に着替えてから、10分後に建物の前に集合としましょう!」
「分かった」
「はい♪」
アズサとハナコが返事をする中、コハルは少し不安そうな眼で先生を見て。
「よ、汚れても良い服……た、体操服で良い……?」
「それで充分だと思うよ。じゃあ、また10分後に」
少女達と彼はフロントを後にした。
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「あ、アズサ。掃除しながらでいいから、仕掛けたトラップは解除しておいてね」
「……了解した」
「勿論、新しく設置するのも駄目だよ」
「…………うん、分かった」
▼
フロントで皆と別れて、大体10分が経過した頃。先生は一足早く着替えを済まし、一人建物の入り口前の木陰に佇んでいた。緑の息吹を感じる風がふわりと通り抜けて、髪が静かに靡く。長らく切っていないからそれなりに伸びてしまっていて、前髪は目元を超え、横は耳にかかる程度、襟足はヘアゴムで結べそうなほどだった。いつかタイミングを見て切らないとな、と思っていると……視界の隅で明るい髪色が躍った。
「先生、お待たせしました!」
「いいや、大丈夫だよ」
そう言って先生に駆け寄るヒフミは何時ものトリニティの白い制服ではなかった。ほぼショートパンツと言っても差支えないほど短い丈のパンツ、黒に近いネイビーのジャージのファスナーを上の方まで上げている。上下ともにトリニティの指定体操服だった。
「ヒフミは体操服なんだね」
「はい、服装から入るのも大事ですからね。体操服の方が動きやすいですし、汚れた時にも洗濯しやすいですし」
そう言い、はにかむヒフミ。彼女はそのまま眼前に立つ先生の格好をじっと見ていた。すると、彼はくすぐったそうに。
「……そんなまじまじと見ても何も出てこないよ」
「い、いえっ! ただ、少し新鮮だな、と……お会いする時、先生はいつもシャーレの服装だったので」
「ま、確かにそうだね」
ヒフミの前に立つ彼の格好は、いつものかっちりとしたシャーレの真白い制服でも、ブラックスーツでもない。靴はスポーツブランドのスニーカー。パンツは細身のスラックス。トップスは黒のカットソー。何の変哲も面白味もない恰好だが、確かにヒフミにとっては見慣れない格好だろう。
「でもこれ、何時もの格好から靴を変えて上に着ていたのを脱いだだけだから、実はあんまり変わってないんだよね」
先生の準備が誰よりも早かった要因もこれだ。先生がした準備は靴を履き替え、ネクタイを外し、コートとジャケットとシャツを脱いだだけ。着替えよりも軽装になったという表現が正しいだろう。だが、これだけでも結構違う。服の重量は意外と馬鹿にならないものであり、何時もの制服に比べると格段に動きやすくなっていた。
彼の動きに呼応するようにひらひらと揺れる裾。カットソーとその下に着ている肌着の下から、ちらりと偶に奥の素肌が見えていた。ほっそりとしていて、細身の体躯。しかし、引き締まっている所はしっかりと締まっていて、筋肉も確かにある。腹筋は割れていて余分な脂肪や贅肉は皆無。均整の取れた現代的な肉体美、端的に言えばモデル体型だった。
だが、やはり細い。元から太っているとは思っていなかったが、ここまで線が細いとも思ってなかった。何時も会う時はボディラインを誤魔化せるコートやジャケットを羽織っていたため、今の軽装の彼を見て余計にそう思うのだろう。
手も足も腰も、どこを見ても細い体。ちゃんと食べているのか心配になってしまうほどで、華奢と表現されてもおかしくない。少しでも力をかければ簡単に折れてしまいそう。だが、ちょっとだけ羨ましい。ヒフミは素直にそう思った。華の女子高生たる彼女にとって体重と体形はいつだって悩みの種で、天敵である。
「……先生って凄い細いですね」
「そう? あんまり気にした事はないけど……」
ヒフミの言葉に先生は訝しげに自分の体を見るが……こんなものだろうと思ってしまう。確かにヒフミと初めて会った時よりは体重が落ちているけれども、そんなに分かりやすいのだろうか。
「普段運動とかされているんですか?」
「嗜む程度には、ね。でも、生徒の趣味に付き合う程度で自分から率先してやる事は無いかな」
先生が自ら率先して運動する事はない。と言うより、悠長に自己鍛錬やトレーニングに使っていられるような暇な時間が無いのだ。故に、運動する機会は必然的にフィールドワーク等の外回りの仕事や、生徒の趣味や用事に付き合う時に限られる。
例えば、平気で100km単位でサイクリングやランニングをするシロコや科学的な知見に基づき高負荷なトレーニングを行うスミレ、あとは冒険と称し様々な場所を歩き回るアリス。彼女達と一緒に居る時は比較的動き回るため、それが積み重なり脂肪が落ちて筋肉になっていたのだろう。
職業柄デスクワークが主になりがちで体が凝り固まっていた先生にとって、外に連れ出してくれるような彼女達はとてもありがたかった。尤も、根本的な体力や身体のスペックが違いすぎるため、連れ出されてから数時間後には彼女達に背負われ、物理的にお荷物になっていたのだが。
「……最近は、それもできていないけれど」
そう言い、首をそっと撫でる先生の声には大きな後悔と自嘲が滲んでいた。ヒフミは其処に踏み込めない。だって、あんなにも悲しそうな、痛そうな顔をした人を見るのなんて初めてだったから。どんな声を掛けても、どんな言葉を届けても、彼を傷つけてしまいそうだった。
2人の間に流れた微妙な空気。また変な事を言ってしまったな、と先生は己の甘さを痛感しつつ、話題を変えようと口を開こうとするが……着替えを終えた生徒が一人、近づいてくるのを視界の端で捉えた。
「お待たせ……で、私は何をやればいいの?」
「あ、コハルちゃん。早かったですね」
少し駆け足気味に2人の元まで来た少女はコハルだった。彼女もヒフミと同じトリニティの指定の体操服で、着こなしもヒフミによく似ている。
「む、待たせてしまったな。すまない」
「アズサちゃんも────って、どうして銃を……?」
「肌身離さず持っていないと銃の意味がない。襲撃はいつ来るか分からないものだ」
「いえ、それはその、何と言いますか……その通りかもしれませんが……あうぅ……」
コハルのすぐ後に現われたのはアズサ。彼女は2人と異なりジャージは羽織っているだけ。だが、何よりも目を引くのはストラップを取りつけた銃を背中に背負っていることだろう。常在戦場を徹底している彼女らしいが、掃除には確実に邪魔だ。小ぶりなハンドガン辺りで我慢できなかったのだろうか、と思うが……『使い慣れた銃が一番だ』と返される未来が見えた。
「お待たせしました。皆さんお早いですね」
「皆、今来たところだから気にしないで」
「ふふっ、さっきの意趣返しですか?」
「そうかもね」
最後に合流したのはハナコ。彼女は皆が既に揃っている場所まで駆け足で行き、朗らかに笑う。これにて全員勢揃い、さあ掃除を始めよう────とはならないのが補習授業部でありハナコだ。ヒフミ、アズサ、コハルに浮かぶ顔はそれぞれ驚愕、無表情、驚愕と羞恥と怒りのミックス。先生は不気味なほどに通常運転。
そう────浦和ハナコは水着であった。
「アウトォ────ッ!」
「あら……?」
「『あら……?』じゃないわよ! 何で掃除するのに水着なの!? バカなの!? バカなんでしょ!? バカだったわね! バーカッ!」
「ですが動きやすいですし、何かで汚されても大丈夫ですし、洗濯も簡単で────」
「そういう問題じゃないでしょ!? 水着はプールで着るものなの! っていうか、だっ、誰かに見られたらどうすんの!?」
「誰かも何も、此処には私達以外いませんよ?」
「先生が居るわよッ!? ていうか、先生もなに平然と会話してるのよ!? 先生でしょ!? 生徒がプールでもない所で水着姿になってても良いわけ!?」
コハルに指先を向けられた彼は数秒間の思考を巡らせた後に、何とも言えない微妙な表情を浮かべて。
「……良いんじゃない?」
「何も良くないわよッ! バーカッ!」
地団駄を踏みながら『此処には馬鹿と変態しかいないのか』とコハルは怒り狂う。ハナコは変態だし、先生はハナコが絡むと微妙に使えない。アズサはド天然で、ヒフミくらいしかまともな人がいない。自分がしっかりしないと、と思ったコハルを誰が責められるだろうか。
「兎に角ダメ! アウトったらアウト! あんたはもう水着の着用禁止!」
「あら……それはそれで、まぁ……」
「あうぅ……」
ヒフミは頭を抱え、アズサは微笑ましいものを見るような眼で見つつヒフミの心配を。先生はいつの間にか蚊帳の外に放り投げられて、コハルはハナコに説教。だが、愛くるしいワンちゃんに吠えられているような心境のハナコは余裕と笑みを保ったまま……肩紐に手を掛ける。それは奇しくも初日と同じ構えであった。
「では着替えますね。よいしょ、と……」
「ああああああッ! こんな所で着替えるな変態ッ!」
「あら、でも私はもう水着を着ちゃいけないんですよね? なら一刻も早く脱がなければいけないと思いませんか?」
「だからって此処で脱げとは一言も言って無いわよバカッ!」
「むう、困りました。水着も駄目で、此処で脱ぐのも駄目……あ、もしかしてボディペイント──」
「普通に更衣室で体操服に着替えればいいでしょッ!? 全裸も水着もボディペイントもダメッ! 兎に角ダメッ! まず服を着ろッ!」
「あぁっ、そこはもう少しや・さ・し・く♡」
「へ、変な声出さないでよぉッ!?」
コハルはハナコを入口に押し込み、合宿所の中に消えていく。その間にもハナコは揶揄う事を忘れずに、笑顔のままコハルにされるがまま。
そして、残された3人の内、ヒフミと先生は。
「……ヒフミ、もう少し力緩めて。私の眼が頭蓋ごと物理的に潰れちゃうから」
こちらも初日と同じような事をやっていた。
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「では改めて……皆さん、お待たせしました」
「おかえり」
再び10分程度が経過した頃、ハナコとコハルが2人仲良く入口から出てきた。ハナコの服装は先と異なり、きちんとした指定の体操服。アズサと同じくジャージは上に羽織るだけの着こなし。そして、彼女に付いていたコハルは若干疲れていた。
「ふふっ、コハルちゃんったら凄くて……」
「な、何もしてないわよッ!? 変な事吹き込まないでッ!」
相変わらず仲が良いなぁ、という感想。微笑ましい光景を視界に収めつつ、先生は何かを思い出したように「あ、そうそう」と呟き、木陰の邪魔にならない場所に置いてあったクーラーボックスの中身を弄った。
「忘れないうちに配っておくね」
そう言い、ボックスの中から取り出し皆に配ったのはよく冷えたペットボトルと袋に入った飴のようなもの。ペットボトルは市販でよく見るスポーツドリンクで、飴のようなものはこれまた今の時期に市販でよく見る塩分補給のタブレットだった。
「スポーツドリンクと熱中症対策のタブレット。もう結構暑くなってきてるから、水分補給はこまめにね。まだストックはあるから、無くなっちゃったら好きに持って行って大丈夫だよ」
「先生の言う通り、日差しも大分強くなってきているので、日射病と熱中症には充分気を付けてください。少しでも体調に異変があったら、誰でもいいので直ぐに連絡をお願いします!」
既に連絡先は交換済み。スマホは全員ポケット等に入れて持っているため、連絡がつかない心配はないだろう。だが、体調不良になった時に連絡を入れれる元気が残っているかは分からないため、定期的に皆の様子を見に行った方が安心だ。先生は自分のやるべき仕事に一つ追加した。
「それではまず、建物周辺の雑草から抜いていきましょう!」
「は~い♪」
「草を、抜く……まぁ、別に……」
「なるほど、確かに本陣の周辺で敵が隠れられそうなポイントを可能な限り排除するのは理に適っている」
「えっと、と、兎に角まず建物の周りを整えたら、その後は中をそれぞれ一ヶ所ずつお掃除していくという順番でお願いします!」
各々口を開き、思い思いの言葉を発する中、ヒフミは全員に軍手とゴミ袋、園芸用の小ぶりなスコップを行き渡らせる。敷地は広大だが、頻繁に使用する出入口周辺や建物の周りに限定すれば、5人で手分けすれば1時間から1時間半程度で終える事ができるだろう。
「それでは、始めます! 頑張りましょう!」
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────ゴミ捨て場。
「アズサちゃん、不発弾の処理を頼んでもいいですか?」
「勿論。任せてくれ、ヒフミ……ふむ、この辺りに集中しているのか」
「んー……だとすると、私は離れた方がいいかな?」
「うん、先生に怪我をさせたくない。此処は私とヒフミに任せてほしい」
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えて。2人も充分気を付けてね。私も2人に怪我なんてしてほしくないから、さ」
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────建物外周。
「まだ6月ですのに暑いですね~」
「そうだねぇ……ちょっと動くだけでも汗が出るよ」
「ふふっ……あら、汗で先生の服が透けて際どい下着が……♡」
「透けてないからね?」
「しっ、下着!? エッチなのはダメ! 死刑!」
「いや、別に透けてないんだけど……」
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────出入口周辺。
「外はここで最後です! ラストスパート、頑張りましょう!」
「おーッ!」
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そうして、大体1時間ほどで外の掃除は完了した。時刻は大体9時ごろ。少女達はそのままの流れで掃除を続行。建物の中に移り、各々思い思いに手を動かしている。
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────居住区、廊下。
「ここはまず箒で埃を掃いて、その後にモップが良さそうですね。どうしても埃の溜まりやすい箇所ですので、一度で終わらないかもしれませんが……」
「大丈夫、問題ない。綺麗に仕上げよう」
「あと、アズサちゃんにはこの廊下が終わったら、シャワー室とお手洗いの辺りをお願いしても良いですか?」
「うん、了解。任せて」
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────合宿所、ロビー。
「けほっ、けほっ……! なにここ、凄い埃……」
「そうですね、家具が多いからでしょうか……えっと、ではここも埃を掃いて……」
「やっ、やり方くらい知ってる! 正義実現委員会でずっとやってるし! マスクを着けて埃を払ってから、水拭きすれば良いんでしょ!? バカにしないでッ!」
「あうぅ、ば、バカにしたつもりはないですよ……? では、此処はコハルちゃんにお任せしますね!」
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────合宿所、4人の寝室。
「えっと、ここは……」
「ヒフミちゃん、此処は私に任せてください。これから色々とお世話になる場所ですし、きちんとお掃除しておかないとですよね。寝具類は今洗って干しておけば、午後には乾くでしょうし……他の部屋にもマットレスがあったので、古そうなものは交換して、あとは換気を……」
「すごい、詳しいですね! ではお願いしますね、ハナコちゃん!」
「うふふ、はい♡」
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────地下施設、簡易キッチン兼食堂。
「先生は今どうですか?」
「使わせてもらってる部屋の掃除が終わって、今は見ての通り。この後は浴室か更衣室のどっちかに手を出そうと思ってるけど、他に優先した方がいい箇所とかあるかな?」
「いえ、その流れで大丈夫です! あ、でも更衣室と浴室でしたら、浴室の方を優先していただけると……」
「勿論。じゃあ、浴室の方を先に済ませておくね」
「はい、お願いします! 私も手が空き次第、お手伝いに行きますね!」
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教室、体育館────少女達は次々に掃除を終えていき、建物内の設備の全ての清掃が済んだ今、一旦出入り口に集合していた。箒、モップ、雑巾、ブラシ、バケツ。各々の掃除道具を持つ少女達は、数時間前と比べて大分綺麗になった合宿施設を眺めて、満足そうに息を吐いた。
目に見える範囲で雑草は無く、建物の中に汚れが無いのは確認済。それなりの時間をかけて丁寧に清掃した甲斐もあって、全体的にかなり綺麗になった。ゴミも埃も雑草も目に見える範囲では見当たらない。
「……こんな所かな」
「良いんじゃない? 随分綺麗になった気がする。うん、気持ちいい」
「……うん、悪くない」
「そうですね、皆さん、お疲れさまでした!」
先生は息を1つ漏らして、タオルで汗を拭う。掃除を開始してから数時間、ほぼ通しで動きっぱなしであったため流石に疲れてしまった。
「これで掃除は終わりですね。この後は一旦シャワーを浴びて────」
「いえ、まだ一ヶ所だけ残っていますよ?」
「あれ、そうでしたっけ……?」
使う部屋から使わない部屋まで、大方の掃除は終えた────そうヒフミは認識している。何か見落としている部屋があるのかと建物の構造を考えても、思い当たる場所が無かった。ハナコの言う一ヶ所の見当がつかず、疑問符を浮べていると……彼女は人差し指を立てて。
「はい、屋外プールが♡」
「ぷ、プール、ですか……あ、そういえばさっき……」
合宿所内を見て回った時、確かにプールと思わしき設備はあった。とはいっても遠目で見た程度で、しっかりと見た訳ではない。だが、それでもあの施設は────そう思っていると、ハナコは楽しそうに笑って。
「一旦、皆で行きませんか? 見てもらった方が早いので♡」
「え……? あ、ちょ、ちょっと!」
楽しそうな足取りで駆けていくハナコと、彼女に手を引かれるコハル。その2人の背を追うように、ヒフミとアズサ、先生は歩き出した。