シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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強襲作戦

 

「取り敢えず、これで物資問題は解決しましたが……」

 

 先生の質疑応答が終わり、場の空気を切り替える目的半分、現状の再把握目的を半分としてアヤネは口を開いた。

 そう、まだ終わってなどいない。アビドスに巣食う問題は邪魔者を消して、はいお終いとは決して言えないほど──────深い部分に根ざしている。

 シロコとセリカはため息をついて、分かりやすく顔を強張らせる。辟易としたその表情には疲れや呆れ、怒りが見て取れた。

 

 主な交通手段が徒歩の時点で察する事ができるが、此処はキヴォトスの中でも僻地に近い。そのため、ヴァルキューレ警察学校やトリニティ自警団といった、キヴォトス全体をターゲットにした治安維持部隊の手が回りにくい。彼女達もこんな辺鄙な場所より、より多くの人々が住まう中心地の治安に気を配らなければならない。

 

 故に、多少の悪事は看過されてしまう。不良にとっては涙が出るほど有難い環境だろう。

 

「ん、一先ずあいつらは撃退できたけど、アレで全員じゃない。攻撃を止めるような奴らじゃないし、すぐ次が来ると思う」

「あー、確かに。しつこいもんね、アイツら」

 

 シロコとセリカはそう吐き捨てた。確かに先ほどの軍勢は数こそ多かったものの、あれが全てというわけではあるまい。前哨基地や、本部基地には更に多くの人数が待機しているだろう。アビドス高等学校を手中に収める為に。

 

 故にたった50人にも満たない部隊を壊滅させても、数日もすれば増援と補給が来て、性懲りも無くアビドスを狙うだろう。

 

「こんな消耗戦をいつまで続けなきゃいけないのでしょうか……ヘルメット団以外にも沢山問題を抱えているのに……」

 

 アヤネはその様子が脳裏に鮮明に浮かんだのか、ため息混じりでボヤく。早ければ明日にでも、突撃してくる忌々しいヘルメットの不良達の姿を見る事ができるだろう。

 

 そんなアヤネを励ますように、ホシノは脱力していた体に力を入れて──────。

 

「そういう訳で、ちょっと作戦を練ってみたんだ〜」

 

 大胆不敵な笑みを浮かべて、そう宣言した。

 

「えっ!? ホシノ先輩が!?」

「うそっ……!?」

 

 まさかの案が、予想だにしなかった人物が出た。その事実にホシノは心外だな、なんて表情を浮かべている。表情をあまり表に出さないシロコですら眼を丸くしているのだ。何か変なものでも食べたのかと、4人はホシノ見つめていると──────彼女は頬を掻いた。「たはは」と笑いながら。

 

「いやぁ〜、その反応はいくら私でもちょーっと傷ついちゃうなぁ。おじさんだって、偶にはちゃんとやるんだよ?」

「……それは、知っていますけど……えぇ……」

「……で、どんな計画?」

 

 セリカは壁に背を預け、腕を組みながらホシノを見る。どう考えても、あまり信頼していない眼だった。若干針の筵になっているホシノは、自身の考えを……ずっと前から考えてはいたものの、必要なピースが足りなくて実行できなかった作戦を開示する。

 

「ヘルメット団は数日もすればまた攻撃してくるはず。ここ最近。ずっとそのサイクルが続いているからね。だから、このタイミングでこっちから仕掛けて、奴らの前哨基地を襲撃しちゃおうかなって。今こそ奴らが一番消耗しているだろうからね」

 

 それは紛う事なき奇襲作戦だった。ずっと防衛戦をしていた相手に、此方側から打って出る……大胆な作戦。4人も驚きが隠せない表情でホシノを見つめている。

 

「い、今からですか?」

「そう。今なら先生もいるし、補給とか面倒な事も解決できるし」

 

 足りなかったピースは、『その後』を気にしなくていい潤沢な物資と攻勢に出る為の余裕だった。その両方が同時に解決を見せ、更に強力な指揮官がいる……考える限り最も良い状況だろう。それに対して、相手の基盤はガタガタ。攻撃しない理由がどこにもない。

 

 意表を突く事こそが作戦の本懐だ。相手はアビドスが攻めてくるなんて夢にも思っていないからこそ──────必ず刺さるという確信がホシノにはあった。

 

「なるほど。ヘルメット団の前哨基地はここから30kmくらいだし、今から出発しよっか」

「良いと思います。あちらも、まさか今から反撃されるなんて夢にも思っていないでしょうし」

「それはそうですが……」

 

 うーん、とアヤネは唸る。ホシノの作戦にシロコやセリカ、ノノミは賛成であった。元より守りよりも攻める方が性に合っているのだろう。それに、散々煮湯を飲まされた相手に吠え面をかかせることが出来るともなれば乗り気にもなる。

 

 だが、アヤネは前線で戦う人材ではないが故に慎重派だった。前のめりな4人に対するストッパーとも。此処で仕掛ける場合のリスクとリターンが頭の中で羅列されているだろう。

 

 確かに、ホシノの言っている事は間違っていない。この作戦が成功すれば、暫く不良達の銃声を聞かない安心感を手に入れる事ができるだろう。だが、この作戦実行中にもう一度不良達が攻めてきたら……そんな事が頭を過ぎってしまう。

 

「先生は如何ですか?」

 

 彼ならば、どのような選択をするのか。10倍近い人数差の中で尚、アビドスに勝利を齎したあの頭脳が出す答えが知りたくて──────アヤネは問いかけた。

 

 その言葉を受けて、黙ってホシノの作戦を傾聴していた先生は目を開く。そして、少し考える素振りをして。

 

「私個人の意見としては賛成かな。奇襲のタイミングとしてはベストだ。不良の子達も、今この段階で攻勢に出る余裕はないはず。アヤネの懸念は尤もだけど、その線は限りなく薄いと考えていい」

 

 彼は「だけど」と言葉を区切って。

 

「最終的には皆の決定に従うよ。仮に行くならサポートと指揮、現地での作戦立案は任せてくれると嬉しいな」

 

 彼はそう言って、微笑む。アヤネは言葉に出していない心中を読まれた事に驚いていた。洞察力も優れているのか──────と思いながら。

 

 アヤネも、彼が言うならば大丈夫だろうと納得し「私も賛成します」と頷く。ホシノは作戦決行に全員の賛同を得られた事を嬉しく思い、その手に再び銃を取った。皆の瞳に戦意の炎が灯る。

 

「先生のお墨付きも貰ったことだし、この勢いでやっちゃおっか〜」

「善は急げってことだね」

「はい〜、それでは、しゅっぱーつ!」

 

 前衛の4人は各々の銃を手に取り、アヤネはドローンと予備弾薬等のセットを慌ててバッグに入れて駆け出した。

 先生はタブレットと専用のドローンを懐に入れて──────彼女達の背を追いかけた。

 

 

 ▼

 

 

「恐らくヘルメット団の数は100程度だと思うよ。勿論、全員が真正面から撃ち合えるわけ訳ではないから、実数値を考えるともう少し減少するけど……概ね間違ってないはずだ。

 作戦の概要としては、基本的に速攻を心掛けよう。真正面から馬鹿正直に戦う必要はない。交戦距離になったら、各自最高火力であの子達を倒しに行く。弾薬や武器の保管庫はアヤネのドローンで押さえるから、4人は思いっきり暴れておいで。

 逃げる子はいると思うけど、優先的に狙う必要はない。逃亡用の車両に機関銃とか取り付けてあった場合は破壊してほしいけど、非武装の場合は攻撃は不要だよ。向かってくる子達にトリガーを引けばいい」

 

 先生はそう言って作戦を組み立てる。混乱に乗じる、という事が今回の根幹を成す為、先程の戦闘……防衛戦よりは幾分かシンプルだ。細やかなフェーズや、相手の状態によって動きを変えなければならない綿密な作戦は……考案者は勿論、実行役も中々に頭を使う。

 

 故にシンプルであればある程、作戦は良い。

 

「あの、先生……」

 

 良いのだが……。

 

「生徒に抱えられるのは、中々に不味いのでは……?」

 

 主に、絵面的に。

 キヴォトスにおいては虚弱の代名詞になり得る先生が、30kmという距離を彼女達と同等の速度で移動できる訳もなく、絶賛シロコにお姫様抱っこされている。

 

 移動用の車両はつい最近破壊されたばかりであり、新しいものを買う資金的な余裕もあるはずもなくここに至るまで放置して──────その代償を先生が体で支払っている最中だった。

 

 生身で時速60km強は普通に怖い。安全装置のないジェットコースターに乗せられている気分だ。彼とて絶叫マシンの類は嫌いではないが、絶命マシンは話が違うだろう、と。

 

 故に彼は結構ガッチリとシロコにしがみついている。こんな所で死んだら末代までの恥だと思いながら。

 

「ん、大丈夫。それに、さっきも背負ったし」

「まあ、うん……私の身体能力じゃどう足掻いても君達の速度に追いつけないし……」

 

 微妙に遠い目をしながら、先生は呟いた。きっと何やら色々と苦労した事が窺える声音。アヤネは心の中で彼に合掌した。

 

「先生、もし辛かったら仰って下さいね? 休憩を挟むだけの時間はありますし、シロコちゃんの抱っこが怖かったら私が代わりますから」

「ありがとう。でも大丈夫だよ。この程度は慣れてるから」

 

 彼はそう言って、ノノミに向けてふわりと微笑む。彼女の提案は非常にありがたいものだったが、抱えられているだけの己が弱音を言うのは違うだろう。

 

 それに、遠い過去……ネルに抱えられた時に比べれば幾分かマシなのだ。あの時は色々と後に引けず、状況も最悪に近かった為仕方のない部分もかなり多かったのだが──────ビルの側面を疾走し、そのまま三角飛びされた時には明確に死を意識した。速度は余裕で時速100kmを超えていただろう。

 

 だから、その時に比べれば大丈夫──────そうやって自分を鼓舞していた時。

 

「──────ッ!」

 

 彼は世界の法則を捉えた。

 

「どうしたの、先生?」

「……いや、何でもないよ」

 

 何度も対峙してきた存在──────その残滓。

 

 勿論、完全ではない。パスも乱れている。至る道も開かれていない。仮にこの場に顕現したとしても、全能の一端が関の山だろう。

 

 だが──────それでも、神の領域に届き得る莫大な神秘の塊だ。

 

 先生は奥歯を噛み砕かんばかりに食いしばった。やられた、と心の中で吐き捨てて。やはり現実というのは、想定した最悪の一歩先を行くものだと──────天を仰いだ。

 

 その様子にアビドスの面々は不思議そうな顔をしたが、彼が何でもないと言うなら大丈夫だろうと判断し、この場で問い詰める様な真似はしなかった。

 

 だって、彼女達は彼を──────。

 

「ん、なにを心配してるか分からないけど、大丈夫。それに皆、先生の事を信頼してるから」

「そうですよー☆心配は無用です、先生」

「私達に手を差し伸べてくれた人は先生だけですから! 勿論、信頼してます!」

「ま、まぁ、指揮に関してはね! それ以外は全然だから!」

 

 信頼しているのだ。彼が同じ1人の人間として、信用に足る存在であると認識している。手を差し伸べてくれた優しさに打算はない。彼はただ放っておけなかったから、伸ばされた手を取ってくれた。

 

「んー、まぁ……信頼してるよ、先生の事を。先生は悪い大人じゃない。試すような真似をしたり、疑ってごめんね」

 

 ホシノは、そう言って申し訳なさそうに笑った。彼女はずっと戦っていた。唯一の3年生として、大人と、世界と、現実と。目に映る全てを疑い、信用せず、たった独りで。その小さな背中にどれほどの覚悟と悲しみを、怒りと涙を背負ったのだろうか──────その思いを、彼は感じ取った。

 

「ホシノはそうやって、ずっとアビドスを背に戦ってきたんだろう? 私を疑った君は正しいよ。だから、その想いを大切にね。君が頑張ったから、君達が諦めなかったから──────私は今、此処に立てているんだ」

 

 先生はそっと微笑む。誰かの想いに、願いに、覚悟に寄り添う表情。全ての心を愛しく慰撫するため、奏でられる言葉。

 彼の言葉と表情は傷ついた、疲れた心にそっと染み込んで。

 

「たはは……先生、人を誑し込む才能あるね。そうやって何人の女の子を泣かせてきたの?」

 

 赤くなった頬を彼に見られないようにそっぽ向いて、照れ隠しをしながらホシノは言う。

 

 彼を見ていると不思議な気分になる。心が掻き乱される。

 

 なぜなぜなぜなぜ──────彼が生きているだけで、泣いてしまいそうになるのだろうか。何故、彼の首に時折斬首痕が見えるのだろうか。彼が血塗れになる光景を幻視してしまうのだろうか。

 

 分からない。貴方は何も教えてくれない。

 

「──────そろそろ、かな」

 

 彼はそう言って、シロコに抱えられたままタブレットを起動する。いつの間にか飛ばしていたドローンのカメラに写っている光景は、ヘルメット団の駐屯地。

 

「私とアヤネは此処からサポートをしよう……シロコ、運んでくれてありがとう」

 

 シロコは短く、「ん」とだけ言って先生を下ろす。彼はそんな彼女の頭にいつもの癖で手を伸ばそうとしたが──────そっと下ろす。彼女は、己の知っている彼女ではないから。

 

「敵はまだ此方に気づいていません! 今なら先手を取れます!」

「うーん……この配置なら陽動は必要ないかな。シロコ達は回り込んで、この位置から突入しよう」

 

 彼はタブレットの画面を4人に見せる。ディスプレイのマーカーピンが突入位置だろう。ヘイローのシグナルも少ないため、襲撃するには絶好のポイントだ。

 

 先生はオペレーティングシステムを起動させ、先程と同様のオルタナが目に表示される。

 

「作戦は道中に話した通りに運ぼう。ホシノは前衛で、倒す事よりも防御の方へ注力して。シロコとセリカは中衛、2人が主にヘルメット団の子達を撃破していこう。ノノミは後衛で、広範囲の制圧を主軸に」

 

 彼の指示に、4人は強く頷く。彼はそれをしっかりと見て──────。

 

「では、作戦開始」

 

 先生の号令と共に駆け出した4人を、彼とアヤネは見送った。

 

 

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