シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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夜更けと朝焼け

 先生とハナコの談話は30分ほど続いた。彼の過去の話に区切りがついたら今度はハナコの番。彼女は自分の事や友人の事を沢山話してくれた。だが、その話の中でトリニティ内部での事を意図的に避けていたように思えたのはきっと気のせいではないだろう。

 

 空が白み始めるまでこの歓談が続くと思われたが、彼は「そろそろお開きにしようか。この話の続きはまた今度」と言い、きりの良い所で話を切り上げた。壁掛けの時計を見れば時刻は午前3時前。確かに、そろそろ寝ないと今日の日程に響くだろう。睡眠不足程度でペーパーテストの結果に影響はないが、動き回った体を休ませる時間は必要だった。

 

 彼の言葉に納得したハナコは名残惜しさを覚えながらも「お休みなさい、また後で」と言い、ロビーを去る。合宿期間中はずっと共同で生活するのだ。こうして二人っきりで話す機会は沢山ある。だから、今日話し足りない位で丁度良い。

 

 そうして別れて、彼は独りぼっちになったロビーで軽く伸びをする。この後、皆が起きる前に薬を飲んで点滴を打たないとな……なんて考えながら、彼はこの場を()()()()()()少女に向けて虚空に視線を投げた。

 

「────盗み見とは感心しないね、セイア」

 

 少し先にある未来での出来事、セイアは誰かの記憶を辿る過去視によってこの場面を見るであろう……という予測。とはいってもこれは先生の予測で、外れる可能性は大いにある。だが、例え無駄になったとしても遺しておくべきだと思った。彼女が過去に頼った時に何のヒントが無いなんて状態は避けたい。

 

 この言葉は未来の彼女に送るもの。故に今の時点では何の意味も持たない。セイアが視る事によって初めて何かしらが見出される。

 

「君が過去視でこの光景を見た理由についてだけど……正直、今の私には分からない。だけど、君が本格的に動くという事は、私は死んだかそれに近い状態なんだろうね」

 

 セイアが動いた。動かざるを得なくなった。それはつまり、盤面が大きく変わったという事だ。どういう風に動いたかは不明であるが、口が裂けても良い方向とは言えないだろう。未来ではなく過去にヒントを求めるという事は、つまりはそういう事だ。

 

 先生についても同じことが言える。彼女がこのメッセージを受け取っている時点で彼が居るならば、こんな面倒な事をせずとも直接聞けば良い。だが、それをしなかった。出来なかった。なら、解は一つ。彼女の時間軸に於いて、彼は既に話せる状態ではない……ただそれだけだ。

 

「今から私の現時点で持っている情報をセイアに開示するよ。幾つかは既にセイアも知っていると思うけど、まあ念のため。冗長だけど認識の擦り合わせだと思って付き合ってほしい」

 

 彼は少しだけ申し訳なさそうな笑みを浮べてから真剣な表情に戻り、また虚空へと声を投げる。

 

「先ずアリウス自治区について。これを手中に収めているのはゲマトリアの一角、ベアトリーチェ。神曲の女だ。内乱に乗じて自治区の支配者に成り上がり、子ども達に洗脳教育を施した外道。我が身が一番可愛くて目的の為なら何でも犠牲にする、端的に言えば小物も良い所だけど……連邦生徒会に感知されず、一つの自治区を纏め上げたその手腕だけは本物だ。甘く見て良い相手じゃない」

 

 ベアトリーチェは油断ならない大敵だ。此方が手を誤ればそれを見逃さず、容易く食い破ってくる。彼女にとっては自分自身以外全て捨て駒。後に取り返せる損失だと思ったのなら、平然と自爆特攻も自殺も他者に強要するだろう。

 

「ベアトリーチェ自身の戦闘能力も高い。特に変異後は生半可な生徒では傷一つ負わせることすら不可能だ。加えて、ベアトリーチェは神秘を吸収する体質を持っている。強力な神秘を手中に収めた場合、戦闘能力は相応に跳ね上がるだろう。勿論、神秘の相性問題もあるけどね」

 

 ベアトリーチェの神秘はセム的一神教に属する。ダンテの亡き恋人にして、彼を天界へと導いた乙女。彼女の神秘と相性が良いのは同じセム的一神教に属するものか。その流れを汲むもの……その二択。その内、彼女は恐らく後者の方を手中に収めている。

 

「少し前……あぁ、セイアが視ている時点ではどれだけ前かは分からないけど、今話している私から見れば少し前の話。トリニティの未確認領域、地下墓地(カタコンベ)の最奥で聖典が起動された。恐らくベアトリーチェによるものだろうね。この聖典の神秘を取り込んでいる、と思っておいた方が良い。聖典の所属はゾロアスター、最古の一神教とも呼ばれている。ベアトリーチェの神秘との相性も別段悪くはない。取り込めばそれなりに使えるはず」

 

 同じセム的一神教の神秘ほど相性が良い訳ではないが、取り込んだ時点で自壊してしまうほど悪いわけでもない。あくまで並程度。取り込めばプラスにはなるだろう。

 アヴェスターの偽典。ベアトリーチェに馴染むよう改良が加えられた結果、元の形を残しながら悪質に歪められた。悪性情報の塊にして生命と世界に対する呪詛。恐らくは終末悪のレプリカだろう。過去、先生が対峙したものと同規模かどうかは定かではないが……全てを使い潰す覚悟だけはしておいた方が良い。

 

 そして、それを取り込んだベアトリーチェも。彼女自身が終末悪そのものに成り果てる事はなくても、その権能の行使くらいはできると考えなければならない。

 

「ベアトリーチェ自身の神秘と取り込んだゾロアスターの聖典、ユスティナ聖徒会。これが現時点で判明しているベアトリーチェの手札の最低数。だけど、あくまで最低ラインだ。もう少し……最低でもあと3枚は手札があると考えた方が良い。彼女はキヴォトスで活動していた期間が長いからね。何かしらの神秘と接触するたびに取り込んでいてもおかしくない」

 

 ベアトリーチェの手の内に何があるのか、それは先生であっても把握し切れていない。彼と彼女では単純にキヴォトス内における活動時間が違いすぎるのだ。だが、神秘を取り込み糧とする性質上、有用なものは見境なく奪っていると考えた方が自然だ。

 

 もし仮にベアトリーチェが自身の神秘しか持っていないのだったら……比較的楽に殺せる。彼女の神秘は天界、神、天使の側に属している。つまりは、尊き者。天命(ネガ・セフィラ)の特攻範囲だ。振るえば文字通り一撃で、ベアトリーチェの全てを蹂躙し塵すら残らず消し飛ばす事ができるだろう。だが、今の彼女は恐らく様々な要素が混ざり合っているため、一撃で殺し切る事はまず不可能だ。

 

「じゃあ、次に……ベアトリーチェの目的について」

 

 彼はちらりと窓の外に視線を送る。天がまだ深い藍に染まっている事を見て、また口を開いた。

 

「思うに、ベアトリーチェの目的はキヴォトスを自身の領域に改造する事だ。正確に言えばキヴォトスを神曲の世界に作り替える事。至高天(エンピレオ)に昇ったダンテを連れ戻そうとしているんだろうね」

 

 ある意味、キヴォトスの支配なのだろうか。キヴォトスのテクスチャを塗り替え、自身の領域である神曲の世界に作り替える。そうして出来上がった偽りの世界でいるかも分からない恋人(ダンテ)に手を伸ばす。どうか私の元に帰ってきて、愛しい人よ────と。

 

 別に、その願い自体を否定するつもりはない。大切な人に帰ってきてほしいと思うのは当たり前であるし、共に生きたいと思うのも当然だ。だが、その願いの為にキヴォトスを巻き込むならば話は別。

 自身の願いの為に多くを踏み躙った彼女は先生にとっての敵であり、排除すべき悪意だ。願いの根本を知り、彼女の事情を具に把握したからといって絆される事はない。彼は『でも、殺す(で、だから?)』と言いながら躊躇いなく排除する。自身の意のままに世界を作り替えようとした時点で、生徒を苦しめ泣かせた時点で、彼女は先生の敵だ。

 

「その為の手段としての『儀式』がある。捧げられた供物を媒介にして、神秘の元になった『忘れられた神々』にアクセス。それを取り込んで自身を高次元の存在へ昇華させる……言わば、『儀式』は神に成り上がるためのものなんだ。これの阻止方法は二択。ベアトリーチェの殺害か、供物の破壊または奪還。可能ならどちらも実行できるとより安全だ」

 

 何方かしかできないなら、より望ましいのはベアトリーチェの殺害だ。今彼女の手元にある供物をどうにかした所で、他を見つけてきたら変わらない。悲劇を断つなら元からしかないのだ。

 だが、それが難しいなら供物をベアトリーチェの手から離れさせるのも有効だろう。破壊できるものなら破壊し、破壊できないものは奪還する。そうすれば根本的な解決にはならなくとも今すぐの危機は無くなる。時間稼ぎしている間に対策を打つ事ができるなら供物に焦点を絞るのも悪くはない。

 

「ゲマトリアは全4名。追放された者も含めると増えるけど、今は4人だ。構成メンバーは黒服、マエストロ、ゴルコンダ&デカルコマニー、ベアトリーチェ。基本的には互いに不可侵で、自身のテリトリーが侵害されない限りは関与しない方針を取っている。互いに敵対してないけど完全な味方とも言えない間柄。技術の提供や物資の融通を除いてゲマトリア個人がベアトリーチェに協力している、って状況はない」

 

 つまりは倒すべきなのはベアトリーチェだけ、その盤面に他が関与する事はない。それがゲマトリア全体の方針だ。此方側からアクションを仕掛けない限り、あの集団は中立。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもので、ベアトリーチェ以外のゲマトリアは基本的に放置でいい。

 

「クラフトチェンバーの制限解除コードはワカモとノアが知っている。シャーレの設備は自由に使ってくれて大丈夫だし、必要なら連邦生徒会を頼ってもいい。シッテムの箱は私以外じゃフルスペックで使えないけど、それでも他とは隔絶した性能を持っている。持っていけば何かしらの助けにはなるだろう」

 

 シッテムの箱は先生でなければ扱えない。と言うより、彼以外が起動しようとするとアロナがそっぽを向くのだ。電源ボタンを押してもうんともすんとも言わず、オペレーティングシステムも立ち上がらず、画面は暗いまま。

 普通のタブレットなら使えないと匙を投げるのが妥当であるが、シッテムの箱は普通ではない。キヴォトスに於ける最高峰のオーパーツは伊達でも誇張でも何でもないのだ。持っていればきっと少女たちを助けてくれる。

 

 だけど何も立ち上がらないのは少々不便であるため、生徒が起動した場合は単なるタブレットとして動かせるよう、アロナにお願いしておいた方が良いだろう。

 彼はやるべき事を一つ頭の中に付け足し、最後の情報を開示する。

 

「ベアトリーチェの居場所はトリニティの地下墓地(カタコンベ)。だけど、もしそこに居られなくなった場合は星の内側に続く坑道に構えているはず。アリウスを乗っ取る前のベアトリーチェの根城だ。地図はシッテムの箱の中とシャーレのライブラリにある。何方か使いやすい方を好きに使って」

 

 アリウス自治区の現状。アリウスを支配するベアトリーチェの目的と手段、手札、居場所の予測。ゲマトリアについて。先生が持つもの。話さなければならない事を話し終わった彼はその表情を柔らかくした。

 

「よし、語るべき事は概ね語った。これが現時点で私が分かっている情報の全てだよ……ごめんね、肝心な時に使えない役立たずな先生で。罵倒は甘んじて受け入れるよ。これは本当なら私がやるべき仕事で、生徒にやらせたくなんか無かったのに」

 

 でも、思っているだけでは結局そうなってしまう。自分はいつだって後悔ばかりで、生徒の涙を拭ってあげることさえできやしない。無力で無意味で無価値あったとしても……それでも此処に居る以上、何かやれる事があるはずだ。

 

「私の言葉がセイア達の助けになるように願っている」

 

 そう言い、彼は未来との交信を終了した。

 

 

 ▼

 

 

 ヒフミは先生と話した後、眠りにつき。

 アズサは一度起きて見張りをして、そしてまた眠って。

 ハナコは夜風に当たりながらアズサと話し、その後に先生と話してベッドに入った。

 コハルは一度も起きることなく一人熟睡。

 先生は生徒達と会話しつつ、幾つかやる事を済ませた。

 

 そうすれば長いように思えた夜も明ける。初夏らしい早い日の出、差し込む日差しに照らされる少女達の眠る室内。合宿二日目、今日も快晴だった。青空が高く、澄んでいる。

 

「おはよう!」

 

 朝の哨戒が終わり、部屋に戻ってきたアズサは眠気など一切感じない元気な声で朝の訪れを告げた。彼女は乱れの無い足取りで奥まで行き、カーテンと窓を開ける。すると一気に室内が明るくなり、より朝らしくなった。開いた窓から入り込んだ爽やかな夏風には緑の香りがあって、吸い込むと清涼感がある。気持ちの良い目覚めだった。

 

「おはようございます、アズサちゃん。朝から元気ですね♡」

 

 ベッドの縁に腰掛け、手慰みに本を捲っていたハナコはアズサの挨拶に微笑みを浮べながら同じように返す。アズサほどではないが早起きの彼女は朝の身支度は全て終えていて、いつもの見慣れた制服姿。

 

「うん、一日の始まりだから。さぁ、ヒフミ、コハル。早く起きて歯磨き、シャワー、それから着替え。順番に遂行していこう」

 

 そう言い、アズサは未だにベッドで丸まっているコハルの傍まで行って「おはよう」と声を掛けながら容赦なく布団を引っぺがす。声は優しいのにやる事は容赦なし、成す術なく引き摺り出されたコハルはゆっくりとした動作で体を起こした。だが、まだ半分くらい夢の中にいるのか頭上に浮かぶヘイローは現れては消えてを繰り返している。

 強敵なのはヒフミの方であり、彼女は布団を引き剝がそうするアズサに全力でレジストしていた。朝の訪れを拒むように布団を抱き締めて離さない彼女を起こすのは中々難しそうである。

 

「んん……もう朝……? 今何時……?」

「あうぅ……アズサちゃん……10分……あと10分だけ……」

「ヒフミ、コハル、起きて。そろそろ起きないと駄目だ」

 

 6割寝ているコハルの肩を揺すり、9割寝ているヒフミと再び布団を巡って取り合いを始める。ヒフミは相変わらずだが、コハルは徐々に目が覚めてきたのか寝ぼけ眼を擦っている。だが、まだ眠そうでヘイローの点滅は止まっていない。

 

「んんぅ……アズサ、ちゃん……5分で良いですからぁ……」

「ん……起きてるってばぁ……」

「ヒフミちゃんの方はもう少し時間が掛かりそうですね。昨日はどうやら、遅くまで起きていたみたいですし……」

「……補習授業部の部長だから、心理的なプレッシャーもあるのかもしれない。もう少しだけ休ませておこう」

 

 アズサはそう言い、布団と一つになっているヒフミを見やる。頭のてっぺんまで被っているため顔は見えないが、耳を澄ませば微かに聞こえる寝息は穏やかそのものであるため、ゆっくり休めているだろう。彼女は夜遅くまで頑張っていた部長に柔らかな笑みを浮べ、乱してしまった布団を整える。

 

「コハルは私が見ておくから、ハナコは先生をお願い。ヒフミは私が戻ったら改めて起こそう」

「ふふっ、分かりました。では、色々とお世話してきますね♡」

「……えっちなのはだめ……しけぇ……」

「よし、コハルは段々と起きてきたな」

 

 それで判断するのは如何なものか、と突っ込む常識人はスヤスヤと夢の中。楽し気な雰囲気で部屋を後にするハナコを見送り、アズサは再びコハルの方を向く。所々跳ねている髪と翼、寝ぼけ眼を擦り、時折ぼうっとしている半覚醒状態。朝の準備と一口に言っても色々あるが……コハルは先ずシャワーからだ。先に寝癖を整えて、それから歯磨き等を済ませよう。

 

「ん……あれ、ここ、どこ……? 私、どうして……?」

「おはよう、コハル。早速朝の支度を始めよう」

「……? ん、え……?」

「シャワーを浴びれば多少は目が覚める。ついて来て」

「……え? なに、なんで……?」

 

 そう言い、アズサは大きな欠伸をするコハルを引き連れて部屋を出た。

 

 

 ▼

 

 

「うわぁぁッ!? なになになんなの!? なっ、なんで!? ちょっ、待って脱がさないでッ!? ひゃっ、うえぇッ!?」

「時間は有限だ。多少巻かないとスケジュールに遅れが出てしまう」

「冷たっ……ちょっ、せめてお湯にしてよぉ! あっ、もうっ、ちょっと……! んっ、シャンプーが眼に……!」

「コハル、動かないで。洗えないから……頭の翼はどうすれば良い?」

「自分で洗えるから取り敢えず離れてッ! あとお湯にしてッ!」

 

 

 ▼

 

 

「先生、起きていますか? もう朝ですよ?」

 

 ハナコは3回扉をノックするが、少し時間をおいても中から物音の一切は聞こえない。

 

「……まだ寝ていらっしゃるんでしょうか」

 

 ハナコは彼の寝た正確な時間を知らない。だが、ハナコが部屋に戻って意識を手放す間に彼が廊下を歩いた気配はなかったため、最低でもそれより後だろうという予測はつく。そこから導き出される彼の就寝予想時間を考えれば、まだ眠っていても全然おかしくはない。

 さて、どんな悪戯をしてあげようか……なんて思いながらハナコは「失礼します」とドアを開けると、そこには誰も居ない。部屋は片付いている、というよりは使用されている形跡が殆ど無かった。はて、何処に行ったのだろう────と疑問符を浮べると、背後から足音。

 

「私に何か用事かい?」

「あら、もう起きていらっしゃったんですね。おはようございます、先生」

「うん、おはようハナコ。態々起こしに来てくれたのかな? ありがとう」

 

 そう言い、朗らかな笑みを浮べる彼には眠気が一切見えなかった。疲れはあるがそれは昨日の肉体労働。別に古傷が痛んだりしている訳でもない、至って健全な痛みであった。

 ハナコ達にとっては何でもない運動であっても、肉体強度がキヴォトスにおける最低値かつ体力の全盛が過ぎた成年男性である彼にとっては普通にしんどい。最近の運動不足も祟り、今日は絶賛筋肉痛であった。

 

「先ほどまでどちらに?」

「キッチンに行ってただけだよ。朝食、作っておいたから良かったら食べてね」

「あら、そうなのですね……何から何までありがとうございます」

「どういたしまして……とは言っても、皆が勉強に集中しやすい環境を整えるのは私の仕事だからね。極力、試験勉強のノイズになるような雑務は引き受けるさ」

「ふふっ……では、お言葉に甘えて洗濯もお願いさせて頂きましょうか。勿論、下着は手洗いで────」

「洗濯は自分でやってね」

 

 先生は冗談だと分かっているからこそ過剰な反応はせずに軽く釘を刺すだけに留めて、さらりと流す。ハナコも本気ではなかったため、上品に笑いながら「また振られちゃいました」と楽し気。その距離感は今までよりも更に近く、ハナコの心の中に引いてあった一線が少しだけ薄くなった証拠だった。

 

「もう作っておいて聞くのもおかしいけど、嫌いな食べ物とかはない?」

「私は特にはありませんが、他の方はどうでしょうか? 後で聞いてみた方が良いかもしれませんね」

「部屋にはいないのかい?」

「はい。アズサちゃんはコハルちゃんを連れてシャワーに行きましたし、ヒフミちゃんはまだおねむですので」

「そっか、なら後にした方が良いかな」

 

 彼がそう言うと、浴室の方から可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 

「あらあら、2人で仲良く洗いっこでしょうか? 微笑ましいですねぇ」

「だねぇ」

「良いですねー、裸の付き合い♡」

 

 今日も今日とて補習授業部は平和で賑やかである。

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