シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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貴方は理解していない

 

 

 カタカタヘルメット団のアジトへの強襲作戦は拍子抜けに思えるほど上手くいった。全体の人数としては50名強だったが、それは負傷者も引っくるめた総数であり、実際に戦える人数はその半分程度。

 アビドスの奇襲を察知する事もできず、想定すらしていなかった予想外の攻勢は多大な戦果を上げた。組織だった行動は一切できず、1人また1人とアビドスの銃撃に倒れた。

 

 作戦中、先の防衛戦で敗走した生徒達の姿が見えたものの、安全と思われた前哨基地が攻撃を受けている事に衝撃を受けたのか、攻撃すらせずに踵を返した。唯一の懸念点だった『敵戦力の合流』が無くなった事で、アビドスの面々は更に苛烈に銃弾をばら撒き──────呆気なく、制圧できてしまった。

 

 攻撃らしい攻撃も殆どなく、銃弾の消費も想定よりずっと少なく──────アビドスにしつこく攻撃を重ねてきた不良達の巣を潰してしまえた。

 

「敵の退却を確認……私達の勝利です!」

「状況終了、お疲れ様」

 

 アヤネに続いて、先生が作戦終了の旨を告げる。タブレットに写る光景は、半壊した前哨基地と佇むアビドスの生徒達。

 

 彼女達は破壊された、デッドウェイトにしかなっていない機関銃が搭載されたトラック数台を見つめている。撤退したヘルメット団がこれでもかと言うほど詰め込まれた車だ。おそらく彼女達は何処かの前哨基地か、本部基地に逃げ帰るのだろう。

 先生の指示にあった通り、逃げる者の追撃はしない。元より弱い者いじめや殲滅が目的ではなく、銃声を聞かない安全を手に入れたかっただけ。戦力に数えられない不良達を執拗に追い回すのは美学に反する。

 

『これで暫く大人しくなるはず』

『よーし、作戦終了。皆、先生、お疲れ〜』

「ホシノもお疲れ様。私とアヤネも、そちらに向かうよ」

 

 シロコとホシノ、最後まで不良達を見送った2人の帰投を確認し、先生は通信を切断してオペレーティングを解除。その次の瞬間、僅かに立ちくらみがした。次いで、頭痛。間を置かない連続使用はそれなりの負荷になってしまったようで、内側から脳を切開されるような痛みが断続的に襲ってくる。

 

 彼は懐から錠剤……痛み止めを取り出し、服用する。この程度の痛みならばオーバードーズする必要はない。時間が経てば痛みも引くだろう。

 

「アヤネもお疲れ様。サポート、ありがとう」

「いえ! そんな……先生の方こそ、お疲れ様です。これで、暫くは安心できます」

 

 そう言って、胸を撫で下ろすアヤネを見ると──────先生の表情も自然と柔らかくなる。

 

「じゃあ、皆と合流しようか」

 

 

 ▼

 

 

「物資は可能な限り全部回収してしまおう。保管庫を探しつつ、周囲を警戒。シロコとアヤネはドローンで上空から視察を。ノノミは残党を警戒して出入り口で待機。セリカとホシノで物資の積載を」

 

 アビドスの面々に指示を出しながら、先生はタブレットを片手に銃弾の嵐によって半ば瓦礫の山と化した前哨基地を歩く。ディスプレイに映るのは周辺地形と1つのマーカー。彼はポイントされたそこに一直線で向かっている。

 

 彼が目指した場所は、何の変哲もない一室だった。足を踏み入れて──────乱雑に置かれたデスクの一つ、その引き出しを開けた。

 

「──────あった」

 

 彼が手に取ったものは1枚の紙だった。使用されている言語は、キヴォトスで使用されなくなって久しいもの。現在、この言語を正しく扱える存在は先生と極一部の生徒を除くと──────。

 

「ゲマトリア」

 

 先生が排除すべき、神秘の探究者達に限定される。A4サイズの紙にびっしりと綴られた文字列に『読みにくい』と内心で文句を言いながら言葉を追っていく。

 最後まで読解し終えると、アロナにテキストデータの保存を頼み、原本をライターの火で灰にした。

 

 この手紙は不良達に宛てたものではない。キヴォトスの歴史に精通していなければ解読はおろか、書かれているものが文字であるかすら分からないものだ。不良生徒に宛てるには適切ではない。仮に暗号を使うにしてももっと分かりやすいものがあるだろう。

 

 では、誰に宛てたものか。そんな事は言うまでもなく分かりきっている。

 

「全て想定通りって事かい?」

 

 先生たる彼に他ない。ゲマトリア……黒服は、彼が此処に必ず訪れる事を知っていたのだ。

 黒服は此方の動きを全て見ている。俯瞰している。神様気取りで、先生と生徒の劇を眺めているのだ。

 

 それが、ただひたすらに──────。

 

「ナメやがって」

 

 零れた言葉に籠った感情は、抑え難い嚇怒。絶対零度の激情は彼の肉体を駆け巡るが──────それを飲み込んだ。らしくない、と頭を振って。

 冷静さを失った結果、自分が死ぬのは許容できる。だが、生徒が傷つくのだけは受け入れ難い。

 

 何はともあれ、用事は済んだ。彼は溜息を一つ吐き踵を返して、部屋を後にしようとして──────部屋の出入り口に立っているアヤネと目が合った。どうやら今来たようで、先ほどまでの醜態は目撃していない様子であり……先生は安堵する。

 

「アヤネ、何か気になる事があったのかい?」

 

 先生は何時もの表情に切り替えて、和やかに問いかける。聡明な彼女の事だ、きっと違和感を覚えたのだろう──────そう、確信して。

 

「先生、何かおかしいと思いませんか?」

「……一介の不良に過ぎないカタカタヘルメット団が、此処まで潤沢な物資を保有している点が、かい?」

 

 アヤネは「はい」と答えて、状況証拠と推論を交えて──────思考を言語化する。

 

「そして、その潤沢な物資をアビドスを攻め落とす為に使っている点もです。アビドスには目ぼしいものがそこまで多くあるわけではありません。廃墟や学校目当てで集まるのは理解できますが……」

「リスクとリターンが釣り合っていない。現状認識できている範囲に、ヘルメット団がアビドス高等学校に拘る理由が見当たらない。アヤネの懸念はそこだろう?」

「そうなんです。それに、この廃墟も不良の棲家にしては随分行き届いています。清掃も、食事も……先生が来る前の私達よりも余程。

 この弾薬の出所も不明です。現在のアビドス地区周辺にここまで多くの物資を扱っている店はありません。だから、此処に運び込まれたと考える方が自然ですが、そこまでする理由が分からないんです」

 

 先生はアヤネの推論に驚いていた。この限られた証拠の中で精度の高い考察を練れる頭脳に。彼女が述べた事は概ね真実だ。

 

 だから、彼がやる事は──────後押しをするだけ。

 

「アヤネは推理小説を読むかな?」

「推理小説ですか? いえ、そこまでは……」

「推理小説の関連用語で、ハウダニット、ホワイダニット、フーダニットという言葉があるんだ。どうやって、なぜ、誰が。謎を解明する時、犯行方法、犯行動機、犯人……これらの中でどれを主軸に添えるのか、それを表す言葉。それが、さっき挙げた3つさ。

 ここをミステリーの舞台と考えてその3つを探っていこう。ハウダニットとフーダニットは既に分かっているから、残りはホワイダニット……犯行動機だけだ」

 

 彼は近場のデスクに腰掛けて、言葉を紡いでいく。彼女の聡明な頭脳ならば即座に答えに至れるだろうと予想して。

 

「じゃあ、動機は何か。現状は不明だ。恐らく、この廃墟を隈なく探しても見当たらないだろう。そして、動機は隠されている訳でもない」

「……! もしかして……」

 

 やはり、彼女は非常に優秀だ──────彼は微笑みを浮かべて。

 

「その通り。動機なんて無いのだろうね。少なくとも、彼女達には」

「ミステリー風に言うなら、真犯人は別にいるって事ですか?」

「そうだね。笑ってしまうほど陳腐なジョークだけど……恐らく、裏で糸を引いている人物は別にいるはずだ」

「では、黒幕がアビドスを狙っていて、不良達はそのための手駒……物資やこの場所も黒幕の手引きだとしたら、恐らく個人ではなく組織、それもかなり大きい規模の……」

 

 アヤネはブツブツと呟きながら考えを纏めていく。見えてこなかった糸口、アビドスを狙う悪意の一端をようやく掴めそうなのだ。思考は深く、鋭く、早く。

 

「先生。この物資の出所は探れると思いますか?」

「厳しいだろうね。十中八九、複数のバイヤーとルートを経由している筈だ。ブラックマーケットも使って徹底的に足がつかないように、ね。仮に見つけたとしてもそれは末端で、トカゲの尻尾切りの要領で切り捨てられて上流まで辿れないだろう」

 

 先生がそう言うと、アヤネは「そうですよね……」と呟いた。彼女も薄々そう思っていたのだろうが、断言されるとやはりショックなのだろう。だが、彼の言葉には続きがあって。

 

「だけど、目の付け所は素晴らしいよ。百点満点だ、花丸も付けちゃおう。辿ろうとしている物資が弾丸とかの、キヴォトスで日常的にやり取りされているものだから難しいんだ。もう少し特異な物資を軸にすると、きっと黒幕へ辿り着けるはずさ」

 

 先生は体重を預けていた机から離れて、アヤネの肩をポンと叩く。その小さくとも、確かな応援を受け取ったアヤネの顔は明るくなっていた。

 

「さて、じゃあ考察はこの程度にして皆の所へ戻ろうか。このままだと、サボってるって言われてセリカに怒られそうだ」

 

 先生は苦笑しながら外を指さすと、セリカがキョロキョロと辺りを見渡している。恐らく2人を探しているのだろう。それを見てアヤネも微笑んで。

 

「はい!」

 

 アヤネの返事と共に、2人は廃墟の一室から抜け出した。

 

 

 ▼

 

 

 物資は積載できるだけ積載し、水道や電気といったライフラインは徹底的に破壊。持ち運べない弾薬は使用不可能になるように細工し、仕上げと言わんばかりにプラスチック爆弾で廃墟を瓦礫の山に変える。

 

 それらの作業が全て完了し、彼女達は学校へ戻ってきた。鹵獲したトラックから荷物を下ろし、車庫に入れ、漸く部室へ。

 予定外の連戦で肉体的にも精神的にも疲労したのか、愛銃をガンラックに立て、皆が一人残らず椅子にへたり込んだ。

 

 先生はバッグの中から疲労回復のハーブティーの茶葉を取り出して、数時間前と同じように執事の真似事に勤しんでいる。お湯を沸かしているガス代もきちんと払わないとな、なんて思いながら。

 

「ふぃ〜、おじさんもうクタクタだよ〜。疲れたぁ〜」

「ホシノ先輩、お疲れ様です」

「アヤネちゃんも、サポートお疲れ」

 

 余裕があるのはシロコくらいであり、残りの面々は椅子に深く腰掛けている。ホシノに至っては完全に机に突っ伏していた。

 

「火急の案件だったカタカタヘルメット団の件が片付きましたね。これで一息つけそうです」

「そうだね。これでやっと、重要な問題に集中できる」

「うん! 先生のおかげだね。これで心置きなく全力で借金返済に取り掛かれるわ! ありがとう、先生! この恩は忘れないから!」

 

 まだ片付けなければならない問題はあるものの、一番目につくヘルメット団は一旦終わりを迎えた。これから暫くはアビドスの周辺で銃声を聞かなくていいと思うと、疲労を重ねて打って出た甲斐があるだろう。

 

 セリカは花が咲くような笑みで、先生に感謝を告げた。

 

「この程度、お礼を言われるものじゃないよ。皆が頑張ってくれた成果さ。私はそれをサポートしただけに過ぎない。今こうして君達が笑い合えているのは、アビドスが存続しているのは──────君達が諦めずに頑張ってくれたからだよ」

 

 そう言って、彼は5人分のソーサーとカップを机に置く。

 

 先生がした事なんて多少背中を押しただけだ。全ては彼女達が頑張ったから──────その成果がこうして順当に実を結んだだけ。彼がいなくとも遅かれ早かれこの結末に至っただろう。

 

 少なくとも、先生はそう思っている。

 

「それで……借金返済とは?」

「……あ、わわっ!」

 

 先生がそう指摘すると、セリカは慌てて口を塞いだ。言葉は取り返しがつかない為、そんな事をしても意味がないのだが──────それでも塞がざるを得なかった。アビドスの明確な弱点を話してしまった。部外者(せんせい)に。

 

「そ、それは……」

「ま、待って、アヤネちゃん! それ以上は!」

 

 先生に説明しようとしたアヤネをセリカが慌てて止める。彼女の瞳には消えかけていた敵愾心と猜疑心が復活していた。

 

「……いいんじゃない? セリカちゃん。隠すような事じゃあるまいし」

「でも、態々話すような事でもないでしょ!?」

「別に罪を犯したとか、やましい事じゃないし……それに、先生は私たちを助けてくれた大人でしょ?」

 

 ホシノは一旦言葉をそこで区切って──────先生を見る。

 

「それに、先生さ……ある程度把握しているでしょ? 結構事細かに調べてきてくれたっぽいし……借金の理由とか原因は知っているんじゃない?」

「……あぁ、把握しているよ」

 

 彼は肯定した。目を決して逸らさず、ホシノの視線を受け止めて。一粒の嘘も吐かないと言ったのだ──────誤魔化す事は絶対にしない。

 

「やっぱりね。でも、先生は私達がこうやって話題に出すまで踏み込んで来なかった……それだけで、他の大人より信頼できると思うんだけどな〜」

 

 この話題は彼から出たものではない。セリカが口を滑らせた結果なのだ。面倒事だからと避けていたわけではない。アビドスの根幹にある問題だから、彼女達の口から出ない限りは踏み込まないと決めていたのだろう。

 

「そ、そりゃそうだけど……先生だって結局部外者だし!」

「確かに先生がパパッと解決してくれるような問題じゃないけど、それでも話すだけ話してみようよ。この問題に唯一手を差し伸べてくれそうな大人だしさ」

 

 ホシノはそう言ってセリカを諭す。実際、願ってもない好機なのだ。シャーレの顧問という立場ある人間が、こうしてアビドスまで態々足を運んで親身になって耳を傾けてくれている。過去を振り返っても例がないレベルで事態が好転する兆しを見せている。そして『助けて』と言えば、彼なら喜んで手を差し伸べてくれるだろう。

 

 彼はそういう人間だ。助けを求める手を振り払うことができない。その結果、自身にどれほどの不利益を齎そうとも。

 

「悩みを打ち明けてみたら何か解決法が見つかるかもよー? それとも、他に何かいい方法があるのかな、セリカちゃん?」

 

 正論であった。紛れもない正しさであった。問題の解決を最優先に考えるなら、彼に頼る事は正解だろう。

 

 だけど──────それで納得できる訳がない。

 

「で、でも……さっき来たばかりの大人でしょ!? 今まで大人達がこの学校がどうなるかなんて気に留めた事あった!? この学校の問題はずっと私達だけでどうにかしてきたじゃん! なのに、なのに今更大人が首を突っ込んでくるなんて……」

 

 セリカは先生を睨め付けて。

 

「私は認めないッ!」

 

 そう叫んで、セリカは部室を飛び出した。目尻に涙を溜めて──────酷く、痛そうな表情を浮かべながら。

 

「セリカちゃん!」

 

 ノノミはそう言って、ドアの向こう側に消えた友人の名前を叫ぶ。そして、先生を見て申し訳なさそうに目を伏せた。

 

「ごめんなさい、折角来ていただいたのに……」

「私の事はいいよ。それよりも」

「はい。セリカちゃんの様子、見てきますね」

 

 ノノミはセリカの後を追って部屋を出る。残された4人の間には微妙な気まずい空気が流れるが、ホシノが「んー」と言って静寂を切り裂いた。

 

「セリカちゃんも先生の事を信用していない訳じゃないけど……」

「分かっているよ。頑なになれるのは、真剣に問題と向き合ってきた証拠さ。セリカはずっと頑張って来たんだろう? この学校の一員として。好きな場所が、誰かに奪われないように。その想いを汲み取る事はすれど、踏み躙る事はしないよ」

 

 あぁ、だけど──────少し、悲しい。

 

 先生は目を伏せた。

 

 

 

 

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