シャーレ活動備忘録 作:遊園市街
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合宿所、地下施設。
学校が建設した施設という事もあり構造的にトリニティの食堂に近く、数十人単位で座れる席とその人数を捌ききれるように大きな調理場が設置されている。だが、此処に居る人数は現時点でも先生含めて6人であるため、持て余し気味なのが現状だ。
だが、広いに越した事は無い。狭いと同時並行で出来る作業の数が減ってしまい効率が落ちるのだ。勉学に集中しなければならない少女達と、少女達のサポートと自身のやるべき事が多くある先生にとって時間は貴重なもの。設備が広いのは手放しで喜べることだった。
「ごめんね、マリー。お客さんなのに手伝わせちゃって」
「お気になさらないでください。寧ろご馳走になる身ですからこの位はさせていただかないと」
「そう言ってもらうと助かるよ……っと」
先生は急いでコンロの火を止め、吹き零れを防ぐ。鍋を持ってシンクの方に移り、水を流してお湯を捨て中に入っていたペンネを笊に上げてから隣でソースを作っているアズサを見やる。
「アズサ、そっちはどう?」
「……うん、問題ない。私の方で合わせておく。先生はヒフミの手伝いに行ってくれ」
「助かるよ。ハナコとコハルはどう?」
「私達はもう終わりそうだったので、コハルちゃんにはパンを焼いてもらってます♡」
そして、各々の料理を進めて数分後。小鉢に盛り付けるペンネのクリームソース、主菜の付け合わせの夏野菜のソテー、サラダ、主食のパン。大体は出そろったため、後はヒフミに作ってもらっているメインだけ。手が空いた皆にはお皿の準備をして貰おうか……なんて思っていると、桃をカットしていたマリーが彼に声を掛けた。
「何時も皆さん一緒に料理を作られているんですか?」
「いつも、って訳じゃないけど、大体はね。今日みたいに作る日は多めに作っておいて作り置きした方が効率的だけど、今は食材の足が速いからさ。なるべく毎日作ってるんだ。時間が掛かりそうなのを朝のうちに私の方で作って、お昼と夜はそれ以外のとかを皆で作ってるんだ」
口を動かしつつ、先生はヒフミのサポートをする。その手際は非常に良く、これが彼が時折口にしていた給食部での成果というものだろう。嘘か誠か、噂では彼と給食部の生徒で4000人分捌いたことがあるらしい。それが本当かは分からないが、手際を見る限り本当でも何らおかしくなかった。
「そうなんですね……とても楽しそうです」
「皆もそう思ってくれてると嬉しいんだけど」
「ふふっ、きっとそう思っていますよ」
マリーはカットの終わったフルーツを透明な皿に盛り付けると手持無沙汰になる。「次はどうしましょうか?」と彼に尋ねると、彼は少しだけ考える素振りをして。
「あとは私がやっておくから、テーブルに行っていいよ」
「ですが……」
「少し煮込んだら完成だからね。片付けもやってくれたし、もう特にやる事が無いんだ。ほら、ヒフミ、マリーを連れて行ってあげて」
そう言って、彼はヒフミにマリーの手を握らせ、軽く背中を押す。彼だけにやらせるのは申し訳ないと思いつつ、やる事が無いのもまた事実。彼女達は僅かな逡巡の果てに頭を下げてテーブルの方に向かっていった。
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数分後、「お待たせ」と言い戻ってきた先生を出迎え皆揃って昼食を取ろうとしたのだが……マリーが「あの……」と遠慮がちに声を上げた。視線の先、疑問を投げかける方向は彼。
「先生は昼食を取らないのですか?」
「え、私? 私の事は気にしないで。後でいただくからさ」
皆の前には数枚のお皿と其れに盛り付けられた食事が並んでいるのに対して、彼の眼の前にはコップしか置かれていなかった。唯のミネラルウォーターだけで、それ以外は何も置かれていない。一人だけ殺風景なそのテーブルの上を訪ねても、何かを避けるように彼ははぐらかし、笑うばかり。
誰かと一緒に食べたくない……という訳ではないと思う。マリーがシャーレの当番になった時は一緒に食事を取っていたし、何度か外食にも連れて行ってもらった。誰かと過ごす時間を大切にする彼がそう思うなんてことはありえない。だから何か他に理由があるのだろうと思うが……そんな理由なんて皆目見当がつかない。
マリーの胸の中に正体の掴めない疑念が生まれつつあるとき、隣に座っていたアズサが徐に「……そうだな」と声を上げて彼の方を見た。
「前々から思っていたが、食事は皆で取った方が良い。効率的だし、その方が楽しい」
「アズサちゃんの言う通りです。今なら『あーん♡』してあげますよ?」
「べ、別に一人で食べられるでしょ!? なんで態々食べさせようとするのよ!?」
「こ、コハルちゃん、マリーちゃんもいらっしゃるので……」
「えっと、お気になさらず……賑やかなのは良い事ですし……」
彼が皆の前で食事を取らないのは別に今回が初めての事ではない。初日からずっと彼は誰かの前で食事を取る事はしなかった。同じテーブルに着いて、申し訳程度に持ってきたコップ1杯の水にすら口を付けず、食事を取っている皆を本当に微笑ましそうに眺めたり、会話に混ざるだけ。
その理由を聞いてもはぐらされるばかりで、少女達も彼は彼で何かの事情があるのだろうと思ってそれ以上深く踏み込む事はしなかったが……それでも疑問は胸の中に根差したまま。マリーが聞いてくれたのはいい機会だと思った。どうせなら皆で食べた方が楽しいのだから。それに、彼を仲間外れのようにするのは嫌だ。
「私達と別々に食事を取っているけど、何か理由があるのか?」
「あー……」
皆の真っ直ぐな視線に彼は『逃げられないな』と悟る。
別に、彼とて皆と一緒に食事を取りたくない訳ではない。本当に取りたくないならば席を外している。だが彼はそれをせず、自分は食べもしないのに皆と一緒のテーブルに着き同じ時間を過ごしているのだ。そもそも、生徒と共に過ごす時間を何よりも大切にする彼が『誰かと居たくない』なんて思う訳がない。故にこの問題は彼の心理面ではなく肉体面の方にある。
「────」
彼の体は徐々に固形物を受け付けなくなりつつあった。何か固形物を食べても大体4割から5割程度の確率で吐き出してしまい、消化能力も落ち込んできてしまっている。一応、これ以上衰えさせないために『固形物を口に含む』という習慣は作っているが、やはり戻してしまう可能性が脳裡にちらつくため人目につくような場所で大っぴらにやるわけにはいかず、皆と共同生活を送っている現在は栄養補給を点滴や注射等に頼ってしまっている。
ヒフミが彼の体を見て『痩せている』と言ったのも当然で、経口摂取の食事をしなくなると人は眼に見えて肉が落ちてしまう。こうなってしまったのは比較的最近だが、その僅かな期間でも彼の体重や体力、基礎代謝はがくっと落ちていた。自分の肉体の脆弱さ、虚弱さには呆れるばかりだが、なってしまったものは仕方ないから諦めて受け入れて改善策と対策を考えるだけ。
だが、このような事を誰かに言うつもりはなかった。誰かに心配をかけたくないし、訴えたところで状況が改善する事はない。優しい皆に心の重荷を与えたくないのだ。どうしようか、と頭を捻らせていたが……ふと、彼は笑う。別に難しく考える必要はなかった。
「……そうだね、私も食べるよ」
ほんの気まぐれ。ほんの気の迷い。ただ単純に、久し振りに
彼が席を立つと少女達の顔が綻んだ。どこか一線を引いていた彼との距離が近づいたような気がして。誰もが近づけるけれども、ある一定ラインよりも先には誰もが行けない……彼はそのような壁を持っていた。
「ありがとうございます、マリーちゃん。初日に私達も聞いたのですが、はぐらかされてしまったのでそれ以上聞けなくて……」
「いえ……食事は全員で取った方が楽しいですから」
マリーが笑うと同時にお皿を持った先生が姿を現す。メニューは皆と同じ。少し多めに作っておいて助かった、と先生は内心苦笑いして席に着く。
失われていく自分を惜しいと思ってしまうのは……甘えだろうか。死んでいく自分に同情しないと決めたはずなのに。
▼
食事も終わり、片付けも済ませ、今はマリーが持ってきてくれたクッキーを皆で摘まみながらティータイム。先生が淹れた紅茶に舌鼓を打ち、何でも無い雑談を交わして笑い合う。最近あった事やお勧めの店、趣味の事を話していれば……あっという間に時間は過ぎ去ってしまった。楽しい時間が過ぎるのは早い、とはよく言ったもので、補習授業部は午後のカリキュラム開始時刻が迫り、マリーもトリニティに戻らないと次の予定に遅れてしまう可能性がある。名残惜しいが、今日はこれでお開き。楽しかった、ありがとう……そんな言葉を互いに言い合い、マリーはハナコの方を見た。
ハナコを見るマリーの眼は少しだけ悲しみと申し訳なさを帯びていて、それに気付けるハナコは『そんな風に思わなくても良いんですよ』と内心で自嘲するように呟く。だって、誰も悪くないのだ。マリーは悪くないし、ハナコも悪くないし、サクラコもヒナタも、他のシスターフッドの生徒だって悪くない。強いて言うなら間が悪かっただけ。でも、マリーは優しいからハナコの痛みをまるで自分の事のように受け止めてしまう。その痛みに共感して、寄り添って、同じように苦しんでいる。
「……マリーちゃんが元気そうでよかったです」
「はい、私は……ですが……」
「玄関まで送りますね。さぁ、一緒に行きましょう」
マリーが二の句を告げるよりも前に先を促すハナコ。心を痛めてくれるのはそれほど想っている証明。マリーに想われていること自体は嬉しいが、彼女が悲しむ事をハナコは決して肯定しない。彼女は出会った中で最も優しく、暖かい人で、誰よりも最初に『浦和ハナコ』を見てくれた人なのだ。そんな人の悲しい顔なんて見たくない。
ハナコの中ではこの件は既に決着が付いた事。悲しんでも喜んでも……もう結末は変えられないから。
「では、お見送りに行ってきます」
「皆さん、お邪魔いたしました。先生も、急に訪ねてきてしまってごめんなさい」
「またおいで。いつでも歓迎するからね」
先生がそう言い、ふわりと微笑むとマリーも同じように微笑む。性質がよく似ている2人が穏やかな笑みを浮べるだけで雰囲気が柔らかくなるような気がして、周りの少女達の空気も和らいだ。
だが、その雰囲気は一転して襟を正したマリーによって払拭される。少しだけ硬くなる空気。マリーにしては珍しい変遷に目を瞬かせた先生であったが、戸惑いも一瞬。彼女に合わせるように自身の意識を切り替えた。
「……先生、折り入ってのお話が」
「私にかい?」
「はい、サクラコ様から言伝を頂いております」
サクラコからの伝言。勿論、心当たりはある。サクラコはシスターフッドの長。ユスティナ聖徒会を前身とする集団は、ティーパーティーや正義実現委員会、その他の有力な部活ですら把握していないような様々な文献を所有していた。そして、それらは基本的に外部への貸し出しはおろか閲覧すらも禁忌とされ、中にはサクラコですら触れられないものだって存在している。特に聖堂の最下層は数世紀に渡り一度もその扉が開け放たれた事は無く、その部屋の中にはトリニティやキヴォトスの歴史をひっくり返しかねない書物や過去に使われていた拷問道具がある……なんて噂が囁かれていた。
少々物騒であるが、それも仕方なき事。今でこそ争いや政治と無縁なシスターの集まりであるが、元々は生粋の武闘派集団の魔女狩り部隊であり、異端審問会なのだ。
彼が彼女に頼んだのはシスターフッドが保管している文献の調査。彼女の権限で動かせるものの中に、『滅び』に関するデータが何か残っていないか、もし残っていればそれを元に何か予測を立てれないか……そんな事を頼んでいた。
少し前は図書委員会のウイやシミコに依頼していたのであるが、やはり一般に公開されている書物の中にその手の情報は記されておらず、それならばとより長い歴史を持つシスターフッドに頼んだ……というのが始まり。
本当ならば彼がやるべき事であるのだが、今は彼も聖典の方に掛かり切りになってしまっているため余裕がなく、かといって放置すると、いつどんな詰みが訪れるか分かったものではないため、過去に彼が対峙した際のデータ群を渡して色々と調べてもらったのだが……ビンゴだったようだ。今度お礼にサクラコが好きな甘いものでも買って持って行ってあげよう。
マリー経由なのは彼女自身が多忙で会う時間を捻出するのが難しいからか、それとも別の理由があるのか。確かにマリーならば誰かに口外する事は無いと断言できるため、言伝を頼む人材としては申し分ない。
彼が正面に立つマリーに視線を送ると、彼女は一歩近づき彼の耳元に顔を寄せて────そっと囁くように呟く。
「3の再生、8の臨界。対の8iの目覚め……とのことです」
齎された情報。それらを頭に叩き込んだ彼は内心で『拙いな』と舌打ちする。
8の臨界は予想済していた。これは別に問題ない。
問題なのは3と8iの方。前者は少し前に撃破したばかりで、生半可な再生では追い付かないほどの損傷を与えたはずだ。無論いつかは再生すると思っていたが、想像よりもずっと早い。8iに至っては予兆すらなかった。にも拘らず目覚めた、あるいは目覚める可能性があるとサクラコは言っている。
予想されるのは同時多発の総力戦。最低でも3か所で互いの存亡を賭けた争いが繰り広げられる。動員できる戦力に不安は残るため、幾つか切り札を使用する事も考慮に入れなければならない。
「……ありがとう、マリー。サクラコにもお礼を伝えて貰ってもいいかな? あと、私からの依頼はこれでお終いって事も。後は私の仕事だ」
「は、はい。畏まりました……」
彼がサクラコに何を依頼したのか。サクラコが彼に何を伝えたかったのか。伝えられたそれに彼が何を思ったのか。それら全てをマリーは知らない、分からない。彼女がやった事は会って話せない2人を仲介しただけ。2人と同じ視座、情報を持っていないが故に2人と同じ世界に足を踏み入れる事は叶わなかった。
だからこそ、彼と同じ何かも見て、彼に頼られたサクラコを少しだけ羨ましいと思ってしまう。シスターに相応しくない感情だと知っていながら。まだまだ私も未熟ですね、と微笑んだマリーは皆に向き直って深く一礼した。
「では、失礼します。それではまた」
▼
「さあ、では洗濯を始めましょうか」
場所は合宿施設のロビー。一日のカリキュラムも終わり、各々入浴も済ませた頃。あとは自由時間を過ごし、頃合いを見て就寝するだけとなった少女達の前にハナコが洗濯籠を片手に現れる。その中にはハナコの制服などが丁寧に畳まれて入っていて、洗濯の準備は万端。あとは他の少女達の衣服を待つだけだった。
「皆さん制服や下着、靴下など、洗うものは全部この籠に入れてくださいね」
「ありがとう。よろしく」
「はい……はいッ!? し、下着もですか!?」
「なんで!? 下着は各自で良いでしょ!?」
ハナコの言葉に特に疑問を持つことなく、アズサは自身で持っていた衣服を籠の中に入れる。制服や靴下、下着に至るまで。受け取った彼女は「ありがとうございます♡」と言い、まだ入れていない2人に籠と視線を向けるが、どうやらあまり乗り気ではない様子。ヒフミとコハルは疑問やら驚きやらが混じった声を上げている。
「洗濯は纏めて一気にした方が水と洗剤の節約になるし、時間も短縮できる。人数分の洗濯機が無い以上、纏めるのは然程おかしなことではない。ハナコの言ってることは間違ってないと思うが……」
「あ、あうぅ……そ、それはそうかもしれませんが……」
確かに合理的ではあるが、ヒフミにもコハルにも羞恥心がある。いくら同性で、年齢も一緒とはいえ下着を触られるのはちょっと恥ずかしい。だが、洗濯機にそこまで数がないのも事実で1人1人やっていたら時間が掛かり過ぎてしまう。時間と羞恥心、それらを天秤にかけるとヒフミの心は後者に傾く。だが、折角のハナコの好意を無為にしたくないという思いがそこに加わって……ヒフミは前者の方を選ぶ。
「で、では……お願いします……」
「え、えぇ……わ、私がおかしいの……?」
「コハルちゃんはどうされますか?」
「……ま、まぁ、洗濯だけなら、良いけど……み、見たら死刑だからッ!」
ヒフミがお願いするなら、と言わんばかりにコハルも同じように籠に衣類を入れる。一人だけ仲間外れなのもアレだし、これは時短のためだと内心で誰に向けているのかも分からない言い訳。下着類を誰かに見られないように制服で包むのは羞恥心の発露。見られるのは恥ずかしい。
「あ、先生はどうされますか?」
「は、ハナコちゃん!?」
「な、何言ってんのよ!?」
洗濯籠を取り出した辺りからずっと皆に背を向けていた彼の方に選択の話題が向けば、ヒフミとコハルが顔を真っ赤に染めてハナコを止めに掛かる。流石にそれは恥ずかしすぎる、と。その余りにも必死な様子にアズサは疑問符を浮べて。
「……うん? 何か問題があるのか? 纏めるなら先生も一緒の方が良いと思うのだが……」
「そ、それはそうかもしれませんが、皆と一緒なのと先生と一緒なのはハードルの高さが違うといいますか……い、いえ! 決して嫌な訳ではないんです! ですが、色々と問題がありそうというか……その……」
「あら? ですが先生だけ仲間外れは寂しいと思いませんか?」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!?」
「私は遠慮しておくね。気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう」
顔を真っ赤にした2人に助け舟を出すように彼はハナコの提案を断る。別に彼個人は洗濯物が誰に洗われようが、誰の衣類と一緒に洗われようが構わない。何なら着ていた服が洗濯籠ごとごっそり無くなっていようが『まぁ、そういう事もあるか』とさらっと水に流す事ができる。私物の一つや二つが行方不明になった事を気にしていたらキヴォトスで先生をやってられないのだ。
だが、彼女達は高校生の女の子。閉鎖空間で育った関係でその辺りの情緒がまだまだ発展途上のアズサと彼を揶揄っているハナコは兎も角として、他の2人は真っ当に羞恥心がある。大人の男と一緒に服を洗われたくないだろう。
自分の面倒は自分で見るよ、と苦笑い混じりに言う彼にヒフミとコハルは胸を撫で下ろし……ハナコはまだ楽し気に笑ったまま。
「えぇ、先生ならばそうおっしゃると思っていました。ですので────」
そう言い、ハナコが取り出したのは……彼の部屋にあったはずのもの。
「先生のお部屋から拝借してきちゃいました♡」
「はいッ!?」
「……はぁ!?」
「ふむ、流石の手際だな、ハナコ」
「えー……」
驚きやら何やらがごちゃ混ぜになった表情のヒフミとコハル、感心しているアズサ、微妙な表情を浮かべる彼。掲げられたのは彼の衣類が入った洗濯籠。皆の洗濯が終わったらやろうと思い、部屋に放置していたはず。だが、何の手違いか今はハナコの手の内にある。
「ふふっ、私も男性用の服を洗濯するのは初めてですので腕が鳴りますね……あ、籠は1つに纏めちゃいますね」
そう言い、ハナコはまるで割れ物を触るように彼の籠の中から一つ衣服を手に取る。彼女が最初に掴んだのは真っ白のシャツ。
「シャツも連邦生徒会指定のものなんですね。シャーレのロゴも入っていますし、サイズも大きめ。私が着たらちょっとぶかぶかになっちゃいそうです。肩幅も袖の長さも合っていませんし……ですが彼シャツはこのようなサイズのギャップにグッと来ると聞きます」
ハナコは「ボタンは左前なんですね~」と言いながら、一通り観察し終えたシャツを洗濯籠の中に入れて次なる衣類を手に取る。楽し気なハナコと対照的にヒフミとコハルは顏が真っ赤で、可能な限り見ないように背を向けているのだが……気になるのか時折ハナコと彼女に摘ままれている服に視線を送っていた。アズサはハナコの解説を興味深そうに傾聴しており、『衣服にも差異があるのだな』と感想を抱いている。
尚、皆の前で着ていた服を解説されるという謎の体験を現在進行形で受けている彼は『どうしたらいいんだろうね、これ』と半ば匙を投げていた。
「スラックスも連邦生徒会指定のシャーレの制服……ウエスト細いですね。女性としては羨ましい限りです、ふふっ」
「ちょッ!? 先生、何とかしてよぉ!? 先生の着てた服でしょ!?」
「確かにそうだけど、今は私の手を離れちゃってるし……」
何とかした方が良いのは彼も同意であるし、彼も何とかしたい。具体的には公然わいせつ罪になる前に。
だが、どうしたらこの状況は収まるのだろうか。アズサは興味津々に、ハナコに交じって彼の服をつぶさに観察していて。ヒフミは恥ずかしがっているのは明らかなのに何故か服から眼を逸らそうとせず。コハルは彼の方を揺するのを止めてガン見している。
「カットソーは普通ですね。ビックリするくらいに。靴下もファストファッションのものですね……先生、お勧めの靴下のお店があるのですが、いかかです? ファッションは足先から、とよく言いますし……」
「申し訳ないけど遠慮しておくよ。今ので困ってないし、何より変な事に使うと無駄遣いで怒られちゃうからね……っと、電話だ。少しの間席を外させてもらうよ。私の服の話は切りの良い所でお終いにしておこうね」
そう言い、電話を片手にロビーから去っていく彼。その背を見送り、ヒフミとコハルはほっと安堵を覚える。これで漸く羞恥と謎に満ちた時間が終わる────なんて思ったのは束の間。
「ふふっ……では、これが最後ですね」
「話聞いてたアンタ!? 先生が終わりって言ったじゃん!?」
「まあまあコハルちゃん、先生は切りの良い所でって言っていましたし、あと一着だけ放置するのも良くないですから」
ハナコが洗濯籠の中から取り出したのは最後に残していた衣類。それは────。
「皆さん、ご注目ください。こちら、先生が履いていた下着です♡」
「アウトォ────ッ!?」
「は、ハナコちゃん!?」
「私達のものとは随分デザインが違うのだな」
ハナコはまるで星を掲げるかの如く、先生の下着を皆によく見えるように翳す。普通にしていたらまず見る事が無い先生の下着にヒフミとコハルは先程よりも更に顔を赤くし、アズサは他の衣類よりも興味深そうに見つめる。色は黒で、肌にぴったりとフィットするサイズ感。女性用のものと比べて飾りが無く、面積も広め。機能面を突き詰めた様なデザインとシルエットはアズサの眼に新鮮に映った。可愛いものも良いが、これはこれで悪くない……なんて思いながら。
「ゴムの部分に何か書いてあるな。カル……ふむ、ブランド名か?」
「そうみたいですね。ふふっ、これが先生愛用の……♡」
「バカ! バカ! 本当にバカ! 死刑! 早くそれ仕舞って! 先生のパンツ見せびらかすな変態ッ!」
「せ、先生の、ぱ、パンツ……あうぅ……ごめんなさい、先生……」
「あらあら、お顔が真っ赤ですね。少し刺激的過ぎたでしょうか。身近な男性の、普通では見られないものを見た訳ですし……無理もないですね」
ハナコは満足したような笑みを浮べ、先生の下着を畳んで洗濯籠の中に入れる。この時間は終了と、皆に合図を送るように。
「では洗濯機を回してきますね。何も問題が無ければ、きっと明日の朝までには乾かす所まで終わるはずです♪」
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「あんなタイミングで席を外しちゃってごめんね」
「エッチなのはダメ! 死刑!」
「何もしてないんだけどなぁ……」
「お、おかえりなさい、先生……」
「え、本当に何があったんだい……?」
「えっと、その……」
戻ってきた先生に開口一番いつものを言うコハル。彼と視線を合わそうとせず、斜め下を見つめるヒフミ。2人とも風邪でも引いているのではないかと疑うほどに顔が真っ赤で、どことなくぎこちなさを感じてしまう。大方、ハナコがあの後何かをやったのだろうが……コハルは兎も角、ヒフミまでこうなるのは珍しい。本当に何があったのかと疑問を呈すればアズサが口を開いた。
「ハナコが先生のし────」
「わぁー! 駄目ですアズサちゃん!」
「それ以上言ったらアズサでも死刑だから!」
アズサの口を全力で塞ぐ2人に苦笑いを零し……彼は1人だけにこやかなハナコに視線を送る。
「ふふっ、何があったか知りたいですか? 先生♡」
「……知ったら後悔する予感がするからやめとくよ」