シャーレ活動備忘録   作:遊園市街

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雨天決行、水着パーティー

 地面に作られた水溜まりや窓の桟に水滴が跳ねる音。窓ガラスには大きな水滴が付いては流れてを繰り返し、少し曇った透明越しに見える空の色は暗い灰色を呈していた。

 

「あうぅ……結構降ってますね……」

「そうですねぇ」

 

 補習授業部、4日目。合宿期間の折り返し地点となるこの日は授業が午前中までしかなく、午後からは各々の自由時間となる。1週間缶詰で勉強するよりも適度に休みを作ってメリハリをつけた方が効率も上がり、生徒達も息苦しくないだろう……という先生の気遣い。

 カリキュラムの組み方は彼に一任されているため、多少の自由は利かせやすい。皆が頑張ってくれたお陰で進捗も良かったため、午後は丸っと自由時間に割り振る事ができた。

 

 それを聞き、皆は久しぶりの休暇に胸を躍らせ、明日は何をしようと思っていたのだが……天気は生憎の雨。しかも小雨ではなく本降りで、傘を差さずに外に出れば一瞬でずぶ濡れになってしまうだろう。

 折角の休日、ヒフミは外の空気を吸おうと散歩でもしようかと思っていたのだが……この天気だと少し厳しいだろう。考えた予定の一歩目が挫かれてしまったヒフミはしょんぼりとした表情で溜息を吐いた。

 

 ハナコは特に休日の予定を考えていなかったが、雨だとやはりテンションは下がるもの。天気が悪いと心まで落ち込んでしまうような気がする。

 

 そうして2人で雨模様を眺めていると、後ろのベッドから布の擦れる音が聞こえた。視線を後ろに向ければ上体を起こし、寝ぼけ眼を擦っているコハル。小さな口を開き、欠伸を一つ。ずり落ちた体操服をそのままにぽけーっと虚空を眺めている。

 

「んぅ……」

「あら、おはようございます、コハルちゃん」

「おはようございます、コハルちゃん」

「ん……おぁよう……」

 

 コハルは呂律の回らない舌で言い、もう一度欠伸をする。ヘイローが偶にふっと消えているため、まだ半分くらいは夢の中なのだろう。幸い、今は起床時間よりも前。眠いならばもう一回くらい寝ても大丈夫な時間ではあるが……コハルはどうやら起きるようだ。体操服を整え、下がっていたファスナーを上げ、軽く背伸び。その小動物の様な動きに愛らしさを感じつつ、2人はもう一つのベッドを見やる。

 

「アズサちゃんは……まだちょっと起きられなさそうですね」

「……ん……んぅ……」

 

 まだ夢の中に居る少女はアズサ。初日からずっと一番の早起きであった彼女であるが、今日は打って変わって一番遅くまで眠っている。時折零す寝息はまだ夢の中に居る事を示していて、布団は寝返りでもぞもぞと動いてた。

 

「どうしたの、アズサ結構早起きだったのに……」

「……今までずっと、無理をしていたんだと思います。ギリギリまで寝かせてあげましょう」

「んんっ……ダメ、かわいいものが……ふわふわで……それは、良くない……」

「それになんだかいい夢を見ているようですし♡」

 

 枕を抱きしめている彼女の寝顔は穏やかそのもので、寝言は愛らしい内容。夢の中で縫いぐるみでも抱きしめているのだろうか。幸せそうな夢を見ているなら、このまま寝かせてあげた方が良いだろう。3人は顔を見合わせてふっと微笑み……コハルはもう一人、姿を見ていない人の影を探した。

 

「……先生もまだ起きてないの?」

「そうかもしれませんね。物音も聞こえなかったので……起こしてあげた方が良いんでしょうか?」

「そうですねぇ……先生は授業の準備などもあるので起こしてあげた方が良いかもしれません。本当はもう少し寝かせてあげたいのですが、これは私のエゴでしかないので」

 

 アズサに負けず劣らず無理をしていたであろう彼。本音を言うならゆっくりと休ませてあげたいが、彼は生徒ではなく先生。授業の準備もあるし、シャーレとしての仕事もある。朝早くからやらなければならない事もきっとあるだろうし、それを考えれば一旦起こしておいた方が良い。

 

「ふふっ、起こしに行ってあげましょうか」

「あ、あうぅ……そうですね。勝手にお部屋に入るのは気が引けますが……」

「……部屋に入って起こすだけなら、大丈夫……エッチじゃないし」

 

 他の2人の賛同を取りつけたハナコは悪戯っぽく、だが楽しそうに笑って。

 

「決まりですね。では、先生を起こしに行きましょうか♡」

 

 

 ▼

 

 

「ヒフミです。先生、いらっしゃいますか?」

 

 部屋を出て少し歩いた先の彼の部屋。その扉の前に立ち、ヒフミは3回ノックして部屋主の反応を伺った。だが、結果は沈黙。30秒ほど待っても何ら反応が返ってこなかった。

 ヒフミはハナコとコハルにアイコンタクト、ハナコがふわりと微笑めば、それは『入りましょう』の合図。ヒフミは一度深呼吸をして心臓を落ち着けた。何度も彼の部屋に入っているのに何を今更緊張しているのかと思うが、それはそれ。今回は何も伝えていないアポなしなのだ。

 

 意を決したヒフミは取っ手に手を掛けて、ゆっくりと回す。鍵は掛かっていない。

 

「失礼します……」

「失礼しま~す♡」

「は、入るわよ、先生……」

 

 ドアを開けて部屋に入ると、ハナコとヒフミにとっては何度か見た部屋、コハルにとっては初めて見る部屋が広がる。広さ自体は彼女達が過ごしている部屋よりも狭いが、ベッドの数が1つしかないため見た目以上に広く見えた。簡易キッチン、小さい冷蔵庫、電子レンジ、クローゼット、金庫……設備自体は少女達の部屋にあるものと同一。

 

 その部屋の中に彼はいた。椅子に腰かけ、眼を閉じて。足音を殺して近づくと小さな寝息が聞こえて、その穏やかさに少女達も表情が綻ぶ。休めているのは良い事だ。寝る場所が椅子ではなくベッドであれば満点だったのだが……それを言っても仕方がない。机を見れば何かがやりかけのまま放置されていて、大方作業中に眠ってしまったのだろう。頑張り過ぎもいけないと昨日云ったばかりなのに、とハナコは少しだけ頬を膨らませた。

 

「────」

 

 机に突っ伏し、眠る彼。初めて見る彼の無防備な姿に少女達は思わず息を呑んだ。何だかいけないものを見ているような気がしてしまって。目を離そうにも目が離せない不思議な魅力。いつもは確りとした頼れる人なのに寝顔には幼さやあどけなさが微かに残っていて、どこか可愛らしいと感じてしまう。彼の貴重な姿をもう少し眺めていたいと思ってしまうほどに。

 

 だが、そうする訳にもいかないため、ヒフミは彼の肩を軽く叩いて「先生、起きてください」と声を掛ける。その最中、ハナコは彼の頬を指先で突っついたり、跳ねている後ろ髪を指で梳かしたりしながら遊び、コハルはヒフミと同じように「先生、朝よ」と肩を揺すっていた。

 

 その甲斐もあって彼は少女達が起こし始めて10秒もしない内に「んぅ……」と小さく呻き声を上げて体を起こす。ぽけーっと虚空を見つめる彼の眼、その右眼だけ色が違った。見慣れた色ではなく、晴れた日の空の様な蒼。

 カラーコンタクトかと思ったが、時折燐光のようなものが零れているため違うとハナコは直感する。ではアレは何なのか。目が蒼に発光するする現象なんて聞いた事が無い。だからアレは少なくともハナコの知らない事象。

 そして、初めて見るコハルも同じような印象を抱いた。少し不気味で怖いとも。彼ではない、知らない彼を見ているような気がして。

 

 見覚えのないハナコとコハルに対し、ヒフミは見覚えがあった。アビドスに関する件……ブラックマーケットで一回、アビドス砂漠で一回の計二回、彼女は彼の眼が蒼くなる現象を目の当たりにしている。しかし、それでも疑問は残る。あの二回は戦闘が起きた際、彼が意図的に発動していたように見えたのだが……今は別に戦っている訳でもないし、彼も起きたばかりだ。故に今までのものとはケースが違う、とは思うのだが……見た事があるからといって詳細を知っている訳ではないためそれ以上の事は分からなかった。

 

「先生、おはようございます」

「ふふっ、おはようございます、先生」

「お、おはよ、先生……」

「おぁよう、皆……」

 

 呂律の回り切っていない声で半ば条件反射の様に返事をする彼。ふわりと笑った表情はいつも見るものよりもいっそう柔らかい……と言うよりはふにゃふにゃしている。寝起きの彼はこんな感じなんだな、何て毒にも薬にもならない事を考えていると……段々と彼の意識が鮮明になっていく。覚醒と微睡の間で揺蕩っていた脳が現実に固定されていくに連れて、彼の表情も引き攣ったものへと変わっていった。

 

「あの、つかぬ事をお伺いしますが……え、今何時?」

「7時ですよ♡」

 

 ハナコの言葉をゆっくりと咀嚼し、彼は菩薩の様な表情で「そっかぁ……」と呟いてから先と同じように机に突っ伏した。

 

「あー、やっちゃった……」

「あぅ、えっと、その……だ、誰にでもあることですから、そんなにお気になさらなくても……先生が頑張ってるのは知っていますし……」

「だからといって私がこんな為体じゃ先生として立つ瀬が無いよ。失敗は失敗、ミスはミス。ちゃんと自分を戒めないとまた同じ事をしかねない」

 

 そう言い、彼は立ち上がって……シッテムの箱を見やり、もう既に起きているであろう少女に声を送る。

 

 ────アロナ、私を無理矢理寝かせたでしょ。

 

『し、仕方ないじゃないですか!? アロナがお休みさせないと、先生全然休まないんですから!』

 

 全く以て耳が痛い話だ。脳に響く少女の声に先生は自嘲する。

 こういった事は今回が初めてではない。アロナがシッテムの箱を介して脳の信号を偽装し彼を寝かせようとするのは一ヶ月に一回前後の頻度であったが、それに引っ掛かったのは今回が初めて。いつもの様にレジストする間もなく意識を深くに叩き落とされてしまった。抵抗する力もないほどに体力を消耗していた、という客観的な事実を突きつけられた彼は苦笑いをして……アロナに感謝を告げる。

 

 ────寝かせてくれてありがとう。お陰で少し体が軽くなったよ。

 

『そ、そうですか? なら良かったです! これからも先生のサポートはアロナちゃんにお任せください!』

 

 その声を最後にシッテムの箱との接続を一時的に切断し、充電ケーブルを引っこ抜いてハンガーに掛けてあるコートのポケットに仕舞い、羽織るといつもの先生の姿になる。

 

「あの、何かお手伝いする事はありますか? まだ終わってない事があったら……」

「ありがとう、でも大丈夫だよ。授業の準備は終わってるし、食事の仕込みも終わらせてるから」

 

 彼は「それよりも」と言って窓の外に視線を送って。

 

「今日は雨か。折角のお休みなのにこんな天気だとちょっと気分も重くなっちゃうね」

「そうですねぇ……」

 

 分厚い雲で覆われた空、その向こう側にある青い空に思いを馳せるように眺めていると……一瞬、空が光った。次いで、大地を引き裂くような轟音。唐突な光と音に驚いた少女達は思わず肩を跳ねさせ、窓側に視線を送る。

 

「か、雷ですか? 今のは……」

「雷……」

 

 遠くでゴロゴロと聞こえる雷鳴、太陽の光を通さぬほど分厚い黒い雲。降りしきる雨はまるで滝のようで、通り雨などではない事がよく分かる。これは暫く止みそうにないな、とヒフミは1つ溜息。夏の天気は不安定で、特に今は梅雨明け前。昨日は晴れでも今日は雨なんてことはよくある。

 

 今日一日はずっとこんな感じなのだろうか……なんて考えていると、隣からハナコの「……あ」という声が聞こえた。彼女に視線を送ればいつもの穏やかでにこやかな表情ではなく、どこか青褪めたような表情。

 

「どうしたの?」

「忘れてました、洗濯物が外に干したままで……!」

「えッ!?」

 

 ヒフミはその一言で昨日の事を思い出す。確かに昨日、ハナコは籠を持って皆の洗濯物を回収してくれた。制服だけでなく、下着や靴下まで全部セットで。洗濯機を回して洗って、昨日の内に干して、今日には取り込めるはずで。でも今は土砂降りの雨天で、じゃあ干されている洗濯物は────こんな天気の中、外にある? 

 さっとヒフミの顔が青褪めれば、コハルも驚いた表情。一足先に駆け出したハナコの背中を追うように先生の部屋から飛び出した。

 

「ま、まずいですっ……!?」

「は、早く取り込まないとッ!」

「すみません、失念していました……ッ!」

「謝るのは後! 今は急いでッ!」

 

 土砂降りの雨音にも負けないような声量で会話をしながらどたばたと廊下を駆けていく少女達3人と、その後ろを付いて行く先生。その騒がしさは眠りにあった少女を覚醒させるには充分すぎるもので、1人ベッドで眠っていたアズサは起き上がり、寝ぼけ眼を擦って当たりを見渡した。

 

「……?」

 

 きょろきょろと当たりを見渡しても見慣れた姿は1つもない。代わりに聞こえるのは雨音と雷鳴……それから少し離れた所での会話と走る音。

 

「ま、待って。何か分からないが、私も……!」

 

 アズサは手の届く場所にあったサブウェポンのハンドガンを咄嗟に握り締め、急いで先行している少女達の元に辿り着かんと駆け出した。

 

 

 ▼

 

 

 洗濯物の騒動から大体1時間後。

 補習授業部の少女達は教室ではなく体育館へ集まっていた────トリニティの指定スクール水着姿で。

 

「さあでは、記念すべき第一回、補習授業部の水着パーティーを始めます♡」

 

 そうやって高らかに宣言するハナコは心底楽しそうで、彼女の周りだけまるで晴天かのように錯覚してしまうが……周りの空気は総じて微妙だった。ヒフミとコハルは恥ずかしさやら何やらで満ちていて、アズサは相変わらず無表情、1人だけ水着ではなくブラックスーツの上に真白いシャーレのコートを纏う彼は苦笑い。

 

 天井から聞こえる雨音、雷鳴、歩くたびに少し床が軋んで、水着という事も相まって実際の室温以上に肌寒く感じてしまう。照明を点けているとはいえ体育館は若干薄暗く、そんな空間に水着の生徒4名と普通の服の大人が1名。絵面は完全に事案だった。

 

「あうぅ……」

「……」

「なんで、どうしてこんな事に……」

 

 ヒフミはプールでもない場所で水着になっているのが落ち着かないのか頻りに裾や後ろを気にしていて、アズサは『この天気だと侵入者の音に気付かないかもしれない』と警戒態勢。コハルは余程恥ずかしいのか体育座りで極力肌を見せない様に苦心している。

 

「なんか私だけ普通の服装なのが申し訳なくなってきたな……」

「あら? 先生も水着、着ちゃいますか?」

 

 そんな事を言う先生の隣からひょっこりと顔を出したハナコは悪戯っぽく笑う。彼女としては水着の人数が増えるのは大歓迎だ。

 

「いや、そういう訳じゃなくてね……」

「ですが、ごめんなさい。スクール水着は一着しか持ち込んでいないので、先生には私の脱ぎたてを着てもらう事になってしまいます……」

「なんで着るのが確定路線なの? 着ないよ?」

「私、先生のためでしたら一肌脱ぐのもやぶさかではありません」

「そこは頼むからやぶさかであってほしかったよ」

 

 苦笑いでハナコを窘めつつ、先生は顔を真っ赤にしながら凝視しているヒフミとコハルのうち……特に食い入るように見ていたコハルに声を投げる。

 

「……一応言っておくけど、着ないからね、コハル」

「あ、当たり前でしょ!? そんなことしたら先生もハナコも死刑だからッ!」

 

 猫が威嚇するように小さな体を使って精一杯威勢を示すコハル。そんな彼女を微笑ましい目で見る先生。何だかこれもよく見る光景だった。

 

「……ふむ。水場でない場所で水着になるなんて新鮮だ」

「ふふっ、仕方がないじゃありませんか♡」

「あうぅ……た、確かにそうかもしれませんが……」

 

 ────事の発端は大体40分ほど前に遡る。

 

 

 ▼

 

 

「多分、これで全部だ」

「これは……見事に全滅ですね」

 

 少女達と先生の眼の前に鎮座する昨日回した分の洗濯物。5人分という事もあり堆く重なっているそれは大半が雨と跳ねた泥にまみれていて、洗濯が終わったとは口が裂けても言えないような惨状であった。コハルの制服は黒がベースであるためまだ目立ちにくいが、他の少女達や先生の制服の色は白という事もありその汚れが良く目立っている。

 

「泥も跳ねちゃってますし、洗い直しが必要そうです」

「体操着も凄い事に……うぅ、中まで全部びちゃびちゃ……気持ち悪い……」

「それはコハルが途中で転んだからだ」

 

 コハルは雨や泥で張り付いた体操服の上着を脱いで洗濯物の上に被せる。水分や泥を吸って重くなった体操服を脱ぐと少しだけ身軽になり、だが中まで濡れているため肌に張り付く服の感触は変わらない。若干不快な独特の感触にコハルは嫌そうな顔を浮べながら、適当な洗濯物を一つ摘まむ。

 

 偶々つまんだのは先生の真白い指定シャツ。連邦生徒会のロゴとシャーレのロゴ、青の刺繍、綺麗な白地は見る影もなく、泥やら雨やら何やらでかなり汚れてしまっている。『これ、洗濯だけで落ちるかな』と思いつつ、彼女は服を山の中に戻す。どの道、この洗濯物は全部洗い直しだ。どの服も雨や泥、若しくはその片方を被ってしまっている。

 

 そして、今着ている服も。それは思いっ切り転んで全身泥まみれになったコハルだけではなく、少女達や先生も例外ではない。バケツをひっくり返したかのような雨の中、短時間とはいえ傘も差さずにいれば全身ずぶ濡れになってしまう。少女達も先生も程度の差はあれど大体似た様な状態であった。

 

「ごめんなさい、色々と失念していて……私が皆一緒に、と言いだした所為です」

「いや、ハナコのせいじゃない。素早く取り込むなら人数が居た方が良かった。あの数を一人で取り込むともっと時間が掛かって、その分ハナコが濡れる事になる。ハナコだけに押し付けるのは私達の望むところではない。皆でやって良かったと思う。それに、洗濯はもう一度すればいいし、服は着替えればいい。そんなに気に病む事でもないだろう」

「はい、そうですよ。ハナコちゃんの所為じゃありません。先ずはお風呂に入って着替えましょう。濡れた服のままですと風邪を引いてしまいますし」

「……ありがとうございます。そうですね、髪も乾かさないと……」

 

 ふわり、と笑みを浮べるハナコ。洗濯物の洗い直しも必要だが、最優先なのはお風呂だ。雨に打たれたままの体を放置すれば風邪を引いてしまうかもしれないし、濡れたままの服でいるのは衛生的とは言えない。

 だからまずはお風呂に入って、雨に濡れた体を暖める。それから着替えて髪を乾かして、洗濯物の洗い直しはその後だ。

 

 少女達は各々のバス用品を取りに戻るべく自室に向かおうとするが……その時、ふとコハルが何かに気付いたかのように顔を上げた。

 

「……あ」

「コハルちゃん、どうかしましたか?」

「……もう、着る服が無い」

「……え?」

 

 コハルは自身の持ち物を思い返す。この合宿施設に持ち込んだ服は制服と体操服、それから初日に使って以降一回も出していない水着がそれぞれ1セットずつに、下着が数セット。替えの下着はあるが、その上に着るものが無いのだ。

 

「そういえば私もそうだ。制服も体操服もびしょ濡れで、他に予備の服はない」

「そ、そういえば私も……あ、あうぅ……」

 

 それはアズサとヒフミも同じであり、私服や替えの制服、体操服を持ち込んでいないため鞄の中にある衣類の類は下着類のだけ。パジャマとして使っていた体操服一着を残して残りを洗濯に出してしまっていて、洗濯物は全滅で体操服もずぶ濡れになっているため、入浴後に着れる服が手持ちに無いのだ。

 

 そして、それはハナコも同様で。

 

「……あらあら♡ まあ、下着姿で勉強というのも凄くアリだと思いますよ?」

「何言ってるの!? バカ! そんな破廉恥なのはダメっ! どうしてそういう方向になるの!?」

「でも話は分かる。幸い、下着のストックはある。加えて靴下も履いておけば体温の維持も問題なさそうだ」

「変に同調しないで! 教室で下着なんてヤバいでしょ!? ヘンタイじゃん!」

「ですがコハルちゃん、想像してみてください────」

「しないからッ! もうあんたは黙っててッ!」

 

 思考を変な方向に誘導しかねないハナコの言葉を途中でシャットアウトし、コハルは自身の論を捲し立てる。今までの経験からハナコは喋らせた時点でアウトであると彼女は知っているため、一番の対策は出鼻を挫く事だ。

 

「手早く洗濯してドライヤーでも使ってすぐ乾かせばいいでしょ! その間はバスタオルでも撒いておけばいいし! 何かあっても先生にやって貰えば良いじゃん! ていうか、先生に服買いに行ってもらえば解決するし!」

「確かにそうかもしれませんが……こんな天気で先生を一人外に出すのは可哀そうじゃありませんか?」

「うぐっ……」

 

 ハナコの言葉にコハルは言葉を詰まらせる。確かにこんな悪天候の中、彼一人だけ、しかも自分のものでもない服を買いに行くためだけに外に出すのは流石に良心が痛んだ。そんなのは唯のパシリであり、虐め同然の行為。正しくない、自身の信じる正義と相反している。

 

 勢い任せとはいえそんな酷い事を言ってしまった事を謝ろうとコハルは彼を探すが……何処にも居なかった。

 

「……あれ、先生は?」

「先ほどからお姿が見えませんし……ヒフミちゃん、何かご存じですか?」

「あ、そういえば先ほど『電気系統が心配だからちょっと見てくるよ』と仰っていましたが……」

「確かに心配ですね。雷も鳴っていますし……」

 

 降る雨に鳴る雷。天気は大荒れで、一向に晴れる気配はない。雨雲レーダーを眺めると周囲一帯に掛かっている事を示している。落雷注意報と大雨警報の二つのアラート。もしかしたら停電してしまうかも、とハナコは思った。

 

「……兎に角、濡れた服を着たままなのは拙いな。脱ごう」

「あうぅ……し、仕方ありませんね。兎に角脱ぐしか……」

「なんで皆そんなに脱ぎたがるの!? 露出は犯罪なんだよ!?」

「びしょびしょの服をいつまでも着ている訳にはいきませんから。ほら、コハルちゃんも」

 

 夏と謂えど雨天時は気温は然程上がらず、相応に冷える。このまま濡れた服を着ていると体温の低下を招き、風邪を引いてしまうかもしれない。ならば恥を忍んで服を脱ぐしかないだろう。一応理に適っている論理にコハルも最終的に折れたが、脱ぐのは更衣室という点だけは譲らなかった。だが、何方にせよシャワーは浴びたかったため好都合。濡れた衣類を洗濯機に放り込んで、時短のために4人仲睦まじく大浴場に入り、シャワーでさっと雨や汚れを洗い流してから、下着だけ纏って髪を乾かしスキンケアをして────と、そこまで終わった時点で少女達は更なる悲劇に見舞われる。

 

 唐突に脱衣所の電気が切れてしまったのだ。窓があるとはいえ元より光の差し込みにくい場所で、今は雨天。一瞬で明かりを奪われ、暗闇が少女達の上に覆い被さった。

 

「えッ!? な、なにッ!?」

「て、停電みたいですね……」

「落雷による停電、でしょうか?」

「古い建物ですし、先ほど先生が見てくれているとはいえ……」

 

 スマホの懐中電灯機能を使い最低限の明かりを確保した少女達は何処か不安げな面持ちで外を見る。すると、アズサが深刻そうな表情で語り始めた。

 

「……問題が発生した。繰り返す、問題が発生した。停電による電力供給の停止、これにより洗濯機が停止。加えて蓋も開かなくなった。うん、とても困った」

「……!?」

「……えっ」

「あら……」

 

 

 ▼

 

 

 そうして少女達はバスタオルを一枚巻いて駆け足で部屋に戻り。唯一ずぶ濡れを回避した水着を着て……体育館にいる。何故教室ではなく体育館を選んだのかは分からない。大方、ハナコの趣味だろう。

 

「まぁ、色々と不運が重なった結果という事で……うん、仕方ないんじゃないかな」

「そうですよ。こうとなってはパジャマパーティーならぬ水着パーティーくらいしかする事はありません♡」

「なんかハナコの個人的な願望が入ってるような気がするけど……」

「あうぅ……な、何か他にもありそうな気はしますが……」

 

 そう言ったはいいものの、着ている服が水着で明かり一つ満足に扱えない今、具体的に『何ができるか』と問われれば咄嗟に思いつかないのが現状。一応、教室に行けば勉強用具はあるし、水着で机に向かうという奇怪な光景こそ作られるものの勉強は出来るだろう。だが、電気も点かない薄暗い教室で勉強したいかと言われると、ヒフミは少し悩んだのちに首を横に振る。つまりはそういう事である。

 

「なるほど、下着パーティーとかもありそうですね♡ 確かによく考えると、他にも幾つかあると思いますが、それで本当に良いんですか? ふふっ……」

「や、やっぱりこのままで……」

「あら、残念です♡」

「この姿では授業もやり難いし……こんな落雷くらいで建物の設備の大半が機能不全なんて酷いセキュリティだ」

「まぁ、古い建物なので仕方ないかと……」

 

 人の手が入らないと建物等の人工物は急速に劣化する。放置されてどれほどの年数が経っているかは不明であるが、落雷対策等は現行のものと比べると大きく劣っているだろう。電力に限らずガスや水道等も事前に『使えるかどうか』しか確認していないだろうし、この天気の荒れを鑑みれば停電も致し方ない。

 

「っていうか待って! 流されないわよ! 水着パーティーって何!? 響きがなんか卑猥! 授業もできないし着る服もない事は確かだけど、だったら大人しく部屋で休めばいいでしょ! 普通に考えて!」

「あら、ですがこういう時間こそ合宿の花だと思いませんか? 皆寄り添って、お互いの深い部分を曝け出し合う……雨も降っている上に停電でよく見えませんし、雰囲気は最高です!」

 

 謂わば、修学旅行や合宿における寝る前のこそこそ話みたいなものだろう。消灯時間を過ぎた後、バレない様に声を潜めて闇夜と隣り合わせでおしゃべりを楽しむ……それは普段の生活では得られない非日常であり、胸を躍らせるのは自然と言える。それに、この合宿で会話できる時間は食事の時間を除けば起床から始業までの間と、終業から就寝までの間だけ。4日間共に過ごしてきたとはいえ、時間を気にせず目一杯話せたわけではないのだ。だからこそ、こうして皆揃って話す時間は貴重で新鮮。ハナコはこの時間を心行くまで楽しみたかった。

 

「うふふふ……♡ せっかくの休み時間なんですし、そうやって有意義に過ごしませんか?」

「あはは……た、確かに合宿の定番という感じはしますね」

「なるほど、それがこの水着パーティーと」

「いやいやいや納得するか! 水着と掛け合わせる意味はどこよ!?」

「あうぅ、確かに……」

「ヒフミはさっきからどっちの味方なのよ!?」

「まあまあ。折角なんですし楽しむとしましょう。そうはいってもただのお喋りですし、話題も何でもアリという事で♡」

 

 ふしゃー、と威嚇するコハルを宥めつつ、ハナコは満面の……少女らしい笑みを浮べて。

 

「ふふっ♡ 私、こういう事、すっごくしてみたかったんですよね。なので、ちょっとテンションが上がってると言いますか……」

「ハナコ、本当に楽しそうだね」

「気持ちは分かる。私も補習授業部に入って以来、ずっとそういう気持ちなんだ」

「あら、そうなんですか?」

「うん。何かを学ぶという事も、皆でご飯を食べる事も、洗濯も掃除も、その一つ一つが楽しい。皆とこうして一緒にいられて、ハナコと居て本当に楽しいんだ」

「あら……♡」

 

 飾らない言葉で告げられたその言葉にハナコは一瞬たじろいだ。此処まで真っ直ぐに、面と向かって、嘘偽りなくそんな事を言われたことなんて無かった。ハナコは少し恥ずかしそうにしながら、だがそれを打ち消すほどに大きな喜びを噛み締める。

 

「水着は泳ぐときにだけ着るものだと思っていたのに、こんな活用法があるなんて事も初めて知った。知らなかった事を知れるというのは楽しい事だ」

「み、水着の件はちょっと違う気もしますが……」

「でも、動きやすいし通気性も良い。ハナコがこれを着て学校を歩いてたというのも納得がいく」

「そうですよね、だから言ったじゃないですか、コハルちゃん」

「いやだからといってそれで外を歩くのは犯罪だから! アズサも納得しちゃダメ! 公然淫猥罪だよ!?」

「……勿論、コハルと一緒に勉強するのも楽しい」

「っ! きゅ、急になに!? 何でそんな急に恥ずかしい事を言ったの!?」

「あらあら♡」

 

 ハナコが終われば次はコハルの番。先と同じように伝えれば彼女は面白いくらいに動揺してくれた。どうやら彼女も真っ向から言われることに耐性が無い様子。パタパタと揺れる羽根は彼女の内心の荒れを表しているよう。そして、彼女は「こほん」と一つらしくない咳払いして。

 

「ま、まあ、私みたいなエリートと一緒に勉強してためになる事は多いと思うけど?」

「うん、本当にそうだ。コハルと過ごせて楽しい」

「アズサちゃん……最初は表情の変化も読み取れなくて心配でしたが……良かったですっ」

「……勿論ヒフミもだ。本当にいつも世話になっている。ありがとう」

「あ、アズサちゃんッ! うわーん!」

「ひ、ヒフミ、少し苦しい……」

 

 その言葉に感極まったヒフミは思わずアズサに走り寄り抱き着く。その一言で補習授業部の部長として頑張ってきたこれまでの全てが報われた様な気がして、この先も頑張っていこうと固く誓った。絶対無事に補習授業部を卒業して、アズサとモモフレンズのイベントに行ってグッズを買って……それ以外にも皆と一緒に沢山の思い出を作りたい。そんな願いを乗せながら、溢れる心のままにアズサを抱きしめるヒフミ。

 

 そして、抱きしめられているアズサは僅かに苦しそうに息を詰まらせていたが、何処か嬉しそうな様子。彼女はヒフミの熱い抱擁を受け止めつつ……自分達を少し離れた場所で優しい眼差しで見つめている彼に声を掛けて。

 

「……先生も」

「ん? 私がどうかしたかい?」

「……先生に逢えて、本当に嬉しかった」

「────」

 

 真っ直ぐ眼を見て告げられたその言葉に、先生は一瞬とても驚いたような表情を浮かべて……それから嬉しそうに、寂しそうに、悲しそうに笑って。

 

「私もだよ、アズサ」

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